ウィッチブレイド –Shadow Gazer-

第5話「去」

 

 

 シャドウブレイドについて聞かされた日から一夜が明けた。いつものように眼を覚ました葉月は、ベットから降りると窓から空を眺めていた。

 葉月は昨晩、ルイにシャドウブレイドとブレイド装着者について聞かされたことを思い出していた。ブレイド装着者に待ち受けている末路についても。

 装着者はブレイドに戦いに駆り立てられ、そこから得られる高揚感を堪能するようになる。それは装着者自身の意思で完全に拒絶できるわけではない。このまま戦い続ければ、自分自身が滅びることになる。葉月の心身に死の重圧が重くのしかかっていた。

(私もいつか死ぬかもしれない・・唯一の希望は、ブレイドリムーバー・・)

 葉月はルイの言葉を思い返していた。

 「ブレイドリムーバー」は、装着者からブレイドを取り外す唯一かつ特殊な道具である。これを使えば、自力で決して取り外すことのできないブレイドを外すことができるのだ。アークレイヴがシャドウブレイドに対する保険として立案されていたが、完成を目前にしたところで何者かによって、開発途中のリムーバーとその設計データを持ち出されてしまっていた。

 設計データはどこにあるのか。侵入者は何者なのか。アークレイヴが捜索を続けているものの、依然としてそれらの行方は分かっていなかった。

(今はそんな小さな希望にすがるしかないようだね・・・)

 かすかな光を追い求めて、葉月は今を精一杯生きていくことを心に決めた。

 

 この日も店の仕事に精を出す葉月。影路もやる気のないような態度を見せながらも、仕事をこなしていた。

 そんな中、葉月はきぬの様子がおかしいことに気づく。切りのいいところで手を休めて、葉月はきぬに近寄った。

「どうしたの、カニちゃん?何かあったの?」

 葉月が声をかけると、きぬは不機嫌そうな顔を見せて黙り込んでしまう。

「何だ?またガキのわがままが始まったのか?」

 その様子に気づいた影路が悪ぶった態度を見せて寄ってきた。

「僕は子供じゃねぇって言ってんだろ!」

 彼に反論して見せるものの、きぬはすぐまた黙ってしまう。影路は呆れて髪をかく。

「やれやれ。おめぇにも悩みのひとつくらいはあるみてぇだな。」

 影路の呟きを耳にして葉月が当惑を覚え、きぬに眼をやる。そこへ3人の様子に気づいたシエルがやってきた。

「葉月さん、影路さん、少しお話が・・カニちゃんはこのまま仕事を続けてください。」

 笑顔を見せてきたシエルに、葉月と影路は小さく頷いた。

 

 シエルに呼び出された葉月と影路。厨房に来たところで、シエルは2人に話しかけた。

「実は明日は、カニちゃんの両親の命日なのです・・」

「えっ!?カニちゃんの・・!?

 シエルの言葉に葉月が驚き、声を上げようとしたところを手で口を押さえて止めた。

「カニちゃんは6年前の大震災の被害者なんです。カニちゃんはそのとき両親を亡くして、カニちゃんはそのことを今でも、心の奥で引きずってるみたいで・・」

「そうだったんですか・・・カニちゃん・・・」

 シエルの説明を聞いた葉月が、沈痛な面持ちを浮かべ、仕事を続けているきぬに視線を向ける。

(カニちゃんも辛い経験をしてるんだね・・それなのに、私は・・・)

 葉月は胸中で自分を責めていた。自分のことで手一杯になって、周りの心境に気づいてあげられなかったことを、彼女は悔やんでいた。

「シエルさん、私に何か手伝えることありませんか?」

 葉月は唐突に言いかけると、シエルは笑顔を浮かべて答える。

「ありがとう、葉月さん。カニちゃんのこと、よろしくお願いします。」

「・・は、はいっ!」

 シエルの言葉に、葉月も笑顔で頷いた。

「影路さんも、カニちゃんのことをお願いしますね。」

「何言ってんだ。何でオレがアイツなんか・・」

 続けて影路に言いかけるシエルに、影路は憮然とした態度を見せる。やる気がないようにしているが、葉月もシエルも彼に優しさがることを信じていた。

 

 闇夜に包まれた街中の通り。その小さな道を必死に駆け抜けていく1人の女性がいた。女性は全力疾走をしていたため、全身が汗でぬれていた。

 そしてしばらく走り抜けたときだった。突如強い向かい風が吹きつけ、女性は前に進めなくなる。

 恐る恐る振り向いてみると、奇怪な姿をした何かが風を吸い込み、その吸引力で女性さえも吸い込もうとしていた。そのものの体には扇風機のプロペラのようなファンが回転していた。

 その強い吸引力に耐えられなくなり、女性は風に巻き込まれてしまう。その直後、女性の悲鳴が高らかに響き渡り、この道にはおびただしい鮮血が飛び散った。

 

 その翌日、いつものように仕事に励む葉月は、通りに張られていたある張り紙を眼にした。それは今夜行われる祭りのお知らせだった。

「お祭りかぁ・・どういうものなんだろう・・」

 葉月はお祭りに対して興味津々だった。記憶喪失のため、お祭りの実感が分からなかったのだ。

「多分、子供の頃は楽しんでたんだと思うんだけど・・・」

「なら、行ってみてはいかがですか?」

 独り言を呟いていたところへ、シエルが葉月に声をかけてきた。

「シエルさん・・でも、それじゃ店が・・」

「気にしないでください。私は1人だけの作業も手馴れてますから。」

 心配する葉月だが、シエルは笑顔を絶やさずに言いかけた。その気遣いを受けることにして、葉月も微笑んで頷いた。

「それでは昼は一生懸命に頑張って、夜に楽しんできてください。葉月さんとカニちゃんと、影路さんと。」

「影路と・・・こういうのは興味がないのでは・・・?」

 葉月が再び不安を口にすると、シエルは笑みを崩さずに首を横に振る。

「影路さんがどう思うかよりも、葉月さんがどうしたいのか。そう考えたほうが効率がいいと思いますよ。」

「シエルさん・・・そうですよね。少しぐらいわがままをやっても、バチは当たりませんよね。」

 シエルの言葉を受け入れて、葉月が笑顔を見せた。

 

 その日の夕方、葉月は影路ときぬをお祭りに誘った。影路もきぬも始めは行くのを嫌がったが、葉月に半ば強引に連れられて、2人も渋々行くこととなった。

 お祭りの行われている町の通りでは、既に人々でにぎわっていた。様々な屋台が立ち並び、訪れる人たちに喜びと楽しみを与えていた。

「何でオレがこんな騒がしいとこに行かなくちゃなんねぇんだ。」

「たまにはこういうのも悪くないと思うんだけど・・」

 憮然とした態度を取る影路に、葉月が笑顔を作って答える。

「さて、カニちゃんはどこから行く?今日はちょっとお金があるから、私がおごるよ。」

「おっ!気が利くじゃねぇか、葉月。よーし、しっかりおごらせてやるぞ!」

 葉月の言葉にきぬが上機嫌になる。

「お前なぁ、ガキにそんなこと言って、後で後悔しても知らねぇぞ。」

「何だよ、その言い草は!」

 悪ぶった態度を見せる影路に、きぬが怒って反論する。すると影路がきぬの頬を引っ張り、彼女は眼に涙を浮かべていた。

「もう、やめようよ、2人とも。せっかくのお祭りなんだし、楽しまないと・・」

 葉月に言いとがめられて、影路もきぬも不機嫌そうな顔を見せるも渋々従うことにした。

 そこから3人の楽しいひと時が始まった。

 影路が射撃ゲームにてなかなか的に当てられずにいる横で、葉月が1発で的の商品に当ててしまったり、きぬがたこ焼き屋に対してカニの入った食べ物を要求したり、3人がキャラクターのお面を被って見せ合ったり、屋台カレーの味比べをしたり、いろいろな場所を巡っていた。

 記憶を失っている葉月にとっては、このひと時は新鮮なものに感じていた。その中で彼女は、昔にもこんな感じを味わったことがあると感じて、不思議に思っていた。

 多くの店を回った後、休憩のために人ごみから離れた葉月たち。安堵を浮かべたところで、彼女はきぬに笑顔がないことに気づく。

 きぬがじっと見つめているほうに眼を向けると、その先には1組の親子の姿があった。きぬはその姿に、自分自身への悲しみと忌まわしさを感じていたのである。

「カニちゃん、今日は楽しかったね。私もこういう楽しいのは初めてだった、はず・・・」

 きぬに弁解の言葉をかけようとする葉月だが、うまく言葉が出ずに口ごもってしまう。

「僕は大丈夫さ!今はシエルのねーちゃんがいるし、今の生活に満足してんだから・・!」

 するときぬは強気な態度を見せて言葉を返す。だが葉月にも影路にも、彼女の態度が悲しみを押し殺すための強がりにしか見えなかった。

「僕は強いんだ!パパとママがいなくなって、生きていけるんだ・・・!」

 強がりを見せるきぬが次第に涙眼になっていく。そんな彼女の髪を撫でてきたのは影路だった。

「ムリすんな。オレはお前に親がいねぇことを笑ったりバカにしたりしねぇよ。」

 言いかける影路に、きぬが涙をこぼしながら顔を上げる。

「ま、オレも似たような境遇だっていうのもあるんだけどな。」

 ぶっきらぼうに言いかける影路に、葉月は笑みをこぼす。

「カニちゃん、あなたにはシエルさんだけじゃない。私も、影路も一緒だから・・・」

「葉月・・影路・・・」

 葉月からも励ましの言葉を受けて、きぬは涙をこぼしながら2人の顔を見つめる。

 そのとき、3人の背後の草むらから機械の腕が飛び出し、振り返ったきぬをつかんだ。その腕に引っ張られていく彼女に、振り返った葉月と影路が眼を見開く。

「な、何だ!?

 驚愕する影路の眼前に、不気味な機影が姿を現した。下半身に車輪を搭載している巨大な機械の怪物だった。

(エクスコン・・!?

 葉月はその機体の姿を見て、昨日のルイの言葉を思い返していた。

 導示重工がかつて開発していた自立型兵器「アイウェポン」。「エクスコン」はその欠陥品であり、東京で多発していた猟奇殺人を行っていたのも彼らである。

 アイウェポン、及びエクスコンは人間の死体を材料にしているため、兵器としての武装の他に知能と擬態を備えている。また兵器としての本能の赴くまま、女性を好んで襲っている。

 現在、導示が流出していたエクスコンは、導示によって全て回収されている。だがアイウェポンは導示だけでなく、アークレイヴでも少数開発されており、シャドウブレイドを奪われた際に流出してしまい、エクスコン化してしまっていた。

 今、きぬを捕まえて飛び去っていったのは、そのエクスコンの1体だった。

 影路はいきり立って駆け出し、きぬを連れ去ったエクスコンを追いかけた。近くに停めていた自分のバイクに乗り、エンジンをかけて走らせる。

 機体は大通りに飛び出し、街とは逆の方向へ進んでいた。その機影を追いかけて、影路はバイクのスピードを上げていた。

 装甲の最中、影路は上着の内ポケットから銃を取り出した。その銃口をきぬをつかんでいる機体に向ける。

(アイツの腕はけっこう長い。だけどコイツの威力と反動は派手だ。ちゃんと狙わないとカニまで吹き飛ばしちまう・・!)

 影路はきぬを気遣いながら、銃の銃口に狙いを定める。走りながらの照準のため、なかなか狙いが定まらない。

(狙うのは腕じゃなく肩だ。腕を撃ち抜いたら一気に走り抜けて、カニをキャッチする!)

 思い立った影路は、機体の肩に向けて狙いを定め、銃の引き金を引く。爆発的な発砲によって弾丸が放たれ、機体の肩を撃ち抜いた。

 弾丸を受けた機体の肩は破壊され、腕につかまれていたきぬが落下する。影路は全速力で走り抜け、きぬを捕まえようとする。

 だが機体が落下した衝撃で突風が起こり、バイクが揺さぶられる。その拍子で影路は体勢を崩される。

「なっ・・!?

 驚愕する影路が前に眼を向ける。このままではきぬが地面に叩きつけられてしまう。

 そのとき、きぬの姿が地面に落ちる前に突然消える。影路はたまらずバイクにブレーキをかけて踏みとどまる。

 周囲を見回してきぬの行方を探る影路。背後に振り返ったところで、彼は漆黒の女性に抱えられているきぬを見つめる。

「カニ!」

 影路がバイクから降りて、きぬを抱える女性、葉月に駆け寄る。

「おい、カニを放せ!手を出したら容赦しねぇぞ!」

 影路が言い放って銃を葉月に向ける。その眼前で葉月は、意識を失っているきぬを下ろし、機体が倒れたほうへと眼を向ける。

 機体が立ち上がり、残ったもう1本の腕を振り上げる。葉月が右手から刃を突き出して駆け出し、その直後に影路がきぬに駆け寄る。

「おい、カニ、しっかりしろ!おいっ!」

 影路が必死の面持ちで呼びかけると、きぬのまぶたがかすかに動く。彼女の無事を察して、影路が安堵を覚える。

 一方、葉月は機体と交戦していた。振り下ろしてきた巨大な腕をかわし、彼女は機体の頭部に刃を突き刺した。

 そして突き刺している刃を振りかざし、機体の頭部を切り裂く。昏倒した機体が崩壊し、その鼓動を停止させた。

 戦いにおける歓喜を覚えて、葉月が妖しく微笑む。刃を下げて振り向き、きぬを介抱している影路に眼を向けてからこの場を後にした。

 

 エクスコンが破壊された場所から少し離れた場所に位置している公園。そこできぬは眼を覚まし、起き上がって影路を眼にする。

「あれ・・僕は・・・?」

「やっと眼が覚めたか。おめぇ、バケモンに捕まって気を失ってたんだぞ。」

 疑問を投げかけるきぬに、影路は憮然とした態度で答える。

「もしかして・・お前が助けてくれたのか・・・?」

 きぬが訊ねるが、影路は答えようとしなかった。そこへ葉月が遅れて公園に到着した。

「影路、カニちゃん、無事だったんだね・・」

「遅かったな。もう一件落着だ。」

 安堵の笑みを見せる葉月に、影路がぶっきらぼうに答え、きぬに眼を向ける。

「ムチャすることだけが強いってことじゃねぇ。自分のできることをやって、いざってときにムチャすんのが強さってもんだ・・オレにはよく分かんねぇけどな。」

「影路・・・」

 影路の言葉にきぬは沈痛の面持ちを浮かべる。だがすぐに笑顔を取り戻し、いつもの強気な自分を見せた。

「まぁ、お前たちにはホントに感謝してるぞ。お礼に海軍カレーをおごらせてやるぞ。」

「ったく、生意気な口を叩きやがるな、このガキが。」

 影路が憮然とした態度を取ると、きぬがふくれっ面を見せる。2人のやり取りを見て、葉月が笑顔を見せていた。

 

 先ほどの葉月とエクスコンの戦いの一部始終を、アークレイヴはモニターしていた。その映像に眼を通して、ルイは考え込んでいた。

「今までの映像を見ていると、本当にすごいですね、シャドウブレイドの力は・・」

 彼女の横で映像を見ていたデュールが、率直に感想を口にする。

「だけどこんなすごい力と喜びを得られる代わりに、だんだんと死に近づいていく。ブレイドの高いことこの上ないリスクよ。」

 その言葉にルイがモニターを見つめたまま答える。

「それを回避するためのブレイドリムーバーはどこにあるのか分からず、見当もつかない。」

「でもまだ望みが残ってるうちは、最後まで探してみるべきですよ。」

「そうだねぇ・・諦めるにはまだ早すぎる。こうしている間にも、葉月ちゃんに死が近づいてるんだから、うちらが何もしないわけにはいかないよねぇ。」

 デュールに励まされて、ルイは椅子から立ち上がる。

「さて、明日、朝になったらあの人に会ってくるよ。」

「あの人って、誰なんですか?」

 部屋を出ようとするルイに、デュールが疑問を投げかける。するとルイは立ち止まり、気さくな笑みを彼に向ける。

「私の大先輩。少し頑固で不器用だけど、気の利くいい人だよ。」

 ルイはデュールの問いかけに答えると、改めて部屋を後にした。

 

 

次回

第6話「翔」

 

昨日のお祭り、とても楽しかった。

カニちゃんも影路も楽しんでたみたいで。

不機嫌そうにしてたけど、私には分かるよ。

私も昔は、こんなふうに楽しんでたのかな・・?

昔の私は、どんなんだったのかな・・・?

 

 

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