ウィッチブレイド –Shadow Gazer-
第4話「時」
「すみません!ただいま戻りました!」
外に出ていた葉月が、既に開店しているシエルに戻ってきた。
「遅いぞ、葉月!もう客来てんだぞ!」
きぬが葉月に憤慨を放つ。葉月はそれを気に留めつつ、急いで仕事を行う。
「すみません!すぐに仕事に!」
葉月がシエルに声をかけて、慌てて接客に向かう。何があったのか、シエルはあえて聞かないことにした。
「何で聞かねぇんだ?」
厨房にて食器洗いをしている影路がシエルに声をかけてきた。するとシエルは笑顔で答える。
「葉月さんは記憶喪失なのでしょう?私たちからムリに聞こうとせず、葉月さんから話を切り出すのを待ちましょう。」
葉月の動向を見守ることを告げるシエル。影路も腑に落ちない心境に陥りながらも、ここは引き下がって仕事に専念することにした。
それから店内での仕事を続け、葉月たちは働いた。そして夜の客のラッシュを乗り切った後のことだった。
客足が少なくなり、落ち着きを取り戻す葉月たち。
「ったく。やっと一息つけるぜ。」
影路が肩を落として愚痴るように言葉をこぼす。
「お疲れ様、みなさん。葉月さんも少し休んでください。」
「分かりました。」
シエルの声に葉月が笑顔を見せて答える。休憩室に向かおうとしたところで、葉月はシエルに声をかけた。
「シエルさん、今朝はいきなり飛び出してしまって、すみませんでした。」
「葉月さん・・いいですよ、気にしないでください。私も気にしていませんから。」
謝罪する葉月に、シエルは笑顔で弁解する。そしてシエルが振り返ったところで、葉月は彼女に再び声をかけた。
「聞かないんですか?・・私が出て行った理由を・・」
沈痛さを浮かべる葉月に、シエルは再び笑顔を見せてきた。
「私はその人が言いたくないことをムリに追求することはしたくありません。だから言いたくなければ、言わないままにしておいて構いませんよ。」
「シエルさん・・ありがとうございます・・」
シエルの優しさに葉月は感謝し、深々と一礼した。
「おい、葉月、お前にお客さんだぞ。」
「えっ?」
そこへきぬが声をかけ、葉月は休憩室から出た。すると窓側のテーブル席に、見知った人物がいた。
「あなたは・・」
「いよう。やっぱりここだったんだねぇ。」
葉月に声をかけられ、カツカレーを食べていたルイが顔を向ける。その向かいでデュールもハヤシライスを食べていた。
「私はここの常連でね。シエルちゃんやカニっちとも顔なじみになっちゃってるのよ。」
「そうだったんですか・・・」
ルイの言葉に葉月が渋々納得し、シエルのいる厨房に眼を向ける。すると顔を見せていたシエルが微笑んでいた。
「シエルちゃん、ちょっとこの子借りてくよー。」
カレーを食べ終えたルイがシエルに声をかけた。そして葉月に店の外に出るよう視線で促した。
「デュールくん、ここ払っておいてよ。」
「えっ!?僕がですか!?」
支払いを申し付けるルイに、デュールが抗議の声を上げる。
「ここにお金置いとくからさ。それじゃ、よろしくねー♪」
ルイはテーブル席にお金を置くと、葉月とともに店を出た。
ルイとともに外に出た葉月。ルイは葉月を、あらかじめ呼んでいたアークレイヴ所有の車に連れ込んだ。
そしてルイの運転する車の助手席に着いていた葉月。大通りの真ん中を走っている中、ルイが葉月に声をかけた。
「そういえばアンタ、記憶喪失みたいだけど・・」
「え、あ、はい・・何もかも分からなくなっていて・・バイクの免許証がなかったら、自分の名前さえ分からなかったところでした。」
ルイの問いかけに答えながら、葉月は物悲しい笑みを浮かべた。彼女の心境を察しながら、ルイは話を続ける。
「それでその右腕のそれ、覚えてる間ずっと付いてたの?」
「はい。そうだったと思います。」
「なるほどね・・これは濃厚になってきたわね・・」
葉月の返答を参考にして、ルイは納得の笑みをこぼした。車はアークレイヴ本部に到着しようとしていた。
ルイとともにアークレイヴ本部に入った葉月を迎えたのは、部隊の隊員や研究員たちだった。見知らぬ人々に囲まれて、舞華は戸惑いを見せた。
「はいはーい、みんなちゅーもーく。」
葉月に声をかけている隊員たちに呼びかけ、ルイが事情の説明を始める。
「そこの咲野葉月ちゃんは記憶喪失よ。あんまり質問攻めにしていじめないように。」
ルイの注意を受けて、隊員たちが葉月と距離を取る。
「それと、もう気づいてる人もいると思うけど、葉月ちゃんの腕にはシャドウブレイドが装着されています。」
そのルイの言葉に、隊員たちの中に緊迫を覚える人がいた。その反応に、葉月も困惑を浮かべていた。
「葉月ちゃん、ちょっと私の部屋で話をしようか。シャドウブレイド装着者として、知っておかなくちゃいけないことだから。」
気さくな態度から真面目になるルイに、葉月も真剣さを見せた。動揺を見せている隊員たちを背に、彼女たち2人は作戦室を後にした。
それから2人はルイの私室に入り、ルイは部屋のドアを閉めた。部屋は防音式で、外部からの介入と情報の漏洩を妨げていた。
「ここなら気兼ねなく話ができるわね。」
真面目さの中に気さくさが抜けないルイに、葉月は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「さて、シャドウブレイドについて話すには、まず“ウィッチブレイド”について話しておかないといけないわね。」
「ウィッチブレイド?」
ルイの口にした言葉に葉月は眉をひそめる。
「ウィッチブレイドは大昔から伝わってきている伝説の武器のこと。シャドウブレイドは、ウィッチブレイドを元に開発したものなの。」
ルイが葉月の腕輪を指し示し、葉月がそれを見つめる。
「ウィッチブレイドも、それが元となっているシャドウブレイド、クローンブレイド、アルティメットブレイドも、装着者を鎧のような装甲で包み込み、刃をメインとした武器を使う戦士に変える。そしてブレイドの最大の特徴は、その装甲をまとった装着者に、戦いの中で心地よさを与える。まぁ、男女が愛の中で“いろいろなこと”をしたときの快感みたいなもんかな?」
「快感・・・」
「でも本当に理解しておかなくちゃいけないのはこれからよ。ブレイド装着者は、そのブレイドの強力な力を扱える分、相応のリスクが伴ってくるのよ。」
「リスク・・」
深刻さを見せるルイの言葉に、葉月は緊張を覚えて固唾を呑む。ルイが葉月に向けて話を続けようとしたときだった。
「ルイさん、ただいま戻りました。」
ノックの後、送れて本部に戻ってきたデュールが声をかけてきた。タイミングの悪さをつかれて、ルイがため息をつく。
「デュール、いいわ、入って。」
ルイが落胆の面持ちを浮かべて、デュールに呼びかける。デュールがドアを開けて部屋に入ってきた。
「ルイさん、支払いのおつりです。ルイさんにおごってもらって、おつりまでもらうわけにはいきませんから。」
デュールはルイに言いかけて、支払いの際に出たおつりを机の上に置く。
「ところで、ブレイドについての話ですか?」
「そ。これから装着者に知っておいてほしい重要なことを話そうとしていたとこ。」
デュールの問いかけにルイが頷く。
「それで、その重要なこととは・・?」
葉月が不安の面持ちを浮かべてルイに声をかけてきた。ルイは一瞬気さくな笑みを浮かべると、真剣な面持ちになって話を続ける。
「うん。それは、ブレイド装着者に待ち受けている運命・・」
ルイが本格的に話を切り出そうとしたときだった。
“ルイさん、ブレイド装着者を発見しました!”
突如入ってきた隊員からの通信。話に水を差された気分を受けて落胆の吐息をつくも、ルイはすぐに真剣の面持ちになって通信機に呼びかける。
「装着者?それで場所は?」
“はい。エクスコン1体と交戦し、これを破壊。その後新たに現れたもう2体のエクスコンと交戦中です。”
「分かった。このまま見張ってて。だけど危なくなったらすぐ逃げること。いいわね。」
“はい、了解しました。”
ルイは隊員への指示を出して、通信を終えた。
「ちょっとお話は後回し。ちょっと出なくちゃなんないから。デュール、行くよ。」
「あ、はい、ルイさん。」
葉月とデュールに呼びかけて、ルイは部屋を出ようとする。
「私も連れてってください!」
そこへ葉月がルイを呼び止めてきた。ドアの境目でルイが足を止める。
「よく分からないんですけど・・呼んでるんです。これが私に・・・」
葉月が真剣に語りながら、腕輪をルイに見せる。腕輪の宝玉に光が宿っていた。まるで何かに呼応するかのように。
「もしかして呼んでるのかもしれない・・ブレイドがブレイドを・・」
「ルイさん・・・」
ルイが真剣に呟きかけると、デュールが一瞬戸惑いを見せる。
「ルイさん、僕も行きます!」
「デュールくん・・・よーし!2人とも私についておいで!」
デュールの申し出を受けて、ルイは気さくな笑みを浮かべて部屋を飛び出した。葉月とデュールも彼女を追って駆け出した。
寂れた裏通りに1人たたずむ女性。彼女は右手の刃を下げて、妖しい笑みを浮かべていた。
その女性の姿を監視するアークレイヴの隊員たち。そこへ1台の車が走りこみ、ルイ、デュールが降りてきた。
「状況は?」
「はい。たった今、エクスコンを全て処理し、今ああしてたたずんでいます。」
ルイの問いかけに隊員の1人が答える。そしてルイはその女性に眼を向ける。
「いかがいたしましょうか。拘束するには武装が足りませんが・・」
「いいや、それには及ばない。今、助っ人がやってくるから。」
「助っ人?」
ルイの言葉に隊員が疑問符を浮かべる。そのとき、彼女たちの頭上を何かが駆け抜けていった。
女性の前で着地し、影の正体、葉月は妖しい笑みを浮かべてみせた。
「またアンタなの?・・今度はたっぷりと楽しませてほしいわね。」
「あなたには刺激が強すぎるかもしれないわよ。」
言いかける葉月に、女性が笑みを強めて振り向く。ルイと初めて体面する直前に交戦した、ブレイド装着者の女性だった。
女性は葉月に向かって飛びかかり、右手の刃を振り下ろしてきた。葉月は歓喜の笑みを浮かべて、右手から刃を出して迎え撃つ。
2つの刃が空を切り、そして激しくぶつかり合う。火花を散らす影の衝突は、息詰まる緊張感を周囲に与えていた。
その緊張さえも、葉月と女性にとっては心地よいものだった。
「どうしたの?そんなんじゃ全然楽しめないわよ。」
「そう?あなた、なかなか火付きが悪いみたいね。」
互いに喜びを語り合う葉月と女性。その異様な光景に、デュールは当惑を見せていた。
「実際に見てみると、信じられない光景ですね・・男だったら、強い相手と戦えてうれしいっていうのがあるけど、女性が戦って喜ぶなんて・・」
「これがブレイドを発動させた装着者の姿よ。」
そんなデュールに、ルイは真剣な面持ちで言いかける。
「戦いの中で快楽と刺激を堪能して、喜びを感じる。しかもその刺激が強ければ強いほど、その喜びは大きくなる。でもね・・」
ルイがデュールたちに説明していたときだった。葉月と交戦していた女性の動きが突如鈍り始めた。その異変に葉月も足を止めて眉をひそめる。
女性は刃を突き出している右腕を見つめていた。彼女の腕についている腕輪に亀裂が入っていた。
「どうしたの?まさかもう興醒めしたなんていわないわよね?」
「・・そうね。楽しい時間はまだまだこれからだものね。」
葉月に言いかけられて、女性は再び笑みをこぼし、刃を振りかざして飛びかかる。葉月も笑みをこぼしてその一閃を受け止める。
そして葉月は女性の刃を弾き返し、すかさず刃を突き出した。刃は女性の胸を貫き。女性は眼を見開いた。
葉月は笑みを消して、たまらず刃を女性から引き抜いた。女性も歓喜の笑みを消して、苦悶の表情を浮かべる。
「こんなこと・・・私は・・・!」
声を荒げる女性の足が覚束なくなる。そして女性の体に変化が起きた。
それは人間の姿に戻るものではない。異質の姿のまま、体が透き通った結晶へと変わっていった。
「な、何だ・・・!?」
その異変にデュールが声を荒げる。結晶化した女性は、砂のように崩れ去ってしまった。崩壊した亡骸の中に、腕輪が変形した異質の腕が落ちていた。
その光景に驚愕を覚え、葉月は思わず元の姿に戻っていた。彼女だけでなく、周囲の隊員の何人か驚きを見せていた。
「そういえばデュールくんは、直接見るのは初めてだったわね。もちろん葉月もだけど。」
当惑を見せているデュールに言いかけて、ルイは同じく当惑している葉月に近づいた。
「本部を出る前に言おうとしたこと。それはブレイド装着者の最後よ。」
「装着者の、最後・・・!?」
ルイの告げた言葉に葉月は不安を募らせる。そして崩壊した女性の亡骸をじっと見つめる。
「結晶崩壊による完全な消滅。それが装着者に待っている末路・・」
「・・いつか、私もこうなるのですか・・・?」
「・・それが、装着者の宿命ってヤツよ・・」
怯える葉月の問いかけに、ルイは気持ちを落ち着けてから答える。
「ウィッチブレイドを始めとしたブレイドの力を手にした人は、そのすごい力と戦いでの喜びを堪能できるけど、その代わりに体が崩壊して、最後にはこんなふうになっちゃうってわけ。今みたいに致命傷を受けなくても、遅かれ早かれ結晶崩壊を起こす。」
「それじゃ、私もいつかこういうふうに崩れてしまう、ということですか・・・!?」
「完全には否定できない。この事態を免れたという前例は、装着者全員の中で前例がなかった。酷だけど、葉月ちゃんもいつか・・・」
沈痛の面持ちを浮かべて答えるルイに、葉月が恐怖して体を震わせる。
「唯一可能性があるとしたら、“ブレイドリムーバー”を使えば・・・」
「えっ・・・!?」
ルイが口にした言葉に、葉月が戸惑いを見せた。
ブレイド装着者に関する大まかな説明を聞いて、葉月はひとまず帰ることにした。ルイに送られて、葉月はカレー店「シエル」に戻ってきた。
「とりあえず、葉月ちゃんはひと休みして、質問はその後で。それと、みんなには内緒の方向で。」
ルイが気さくに言いかけると、葉月は戸惑いを覚えつつ頷く。
「シエルちゃんやカニっちには、私らのことは研究チームって言ってあるから。葉月ちゃんもそのことはよろしくね。」
「はい、分かりました。」
ルイは葉月に念を押すと、再び気さくな笑みを浮かべてから車を走らせた。葉月は動揺を覚えながら、ルイを見送った。
シャドウブレイドの存在と脅威、ブレイド装着者に科せられた宿命。そしてブレイドリムーバーの存在。それらが葉月に大きな重圧をかけていた。
いつかあの女性のように死を迎えるかもしれない。葉月の不安は今までにないほどになっていた。
(私、これからどうしたらいいんだろう・・このまま死ぬしかないなんてこと・・・)
死の恐怖に駆り立てられて、葉月は震える自分の体を強く抱きしめて押さえ込む。こんなに怯えたのは初めてだと彼女はそう思っていた。
「おい、そんなとこで何やってんだ?」
そこへ店から出てきた影路が声をかけてきた。その声で我に返った葉月が彼に振り返る。
「そんな深刻にはなってないみたいだけど、シエルもあのガキも心配してたぞ。」
ぶっきらぼうな態度を見せる影路に、葉月は次第に笑顔を取り戻していった。
「とにかく中に入れ。シエルったらまたカレー作って待ってるぞ。」
「影路・・・はい。」
影路に呼びかけられて、葉月は笑顔を見せて頷いた。
(こんな私にも、帰る場所がある。その場所にいる人のためにも、私は生きなくちゃ・・)
自分を迎えてくれる存在がいることを確かめた葉月は、自分を迎えてくれている店の中へと入っていった。
(たとえ死ぬしかないというなら、私はその運命を変えてみせる・・・!)
次回
ったく、葉月のヤツ、いったい何をやってるんだか。
あのルイって女と何かやってるみたいだけど。
ま、オレには関係ないんだけどな。
それにしてもあのガキ、何か思いつめてたみたいだったな。
何かあったのか・・・?