ウィッチブレイド –Shadow Gazer-

第3話「影」

 

 

 カレー店の少女、きぬに連れられて、葉月と影路は店のキッチンに連れてこられていた。

「シエルのねーちゃん、食い逃げ犯を捕まえてきたぞー!」

 きぬが遠慮なく声を張り上げ、葉月が恥ずかしくなり、影路が苛立ちを覚えていた。

「カニちゃん、カレー作りは慎重さが大事。あまり大声を上げないように。」

 するとキッチンから優しい声が返ってきた。葉月がキッチンを覗き込むと、そこにはメガネをかけた水色の髪の女性がいた。

「カニちゃん、それとそこのお二人さん、人手が足りません。手伝ってもらえませんか?」

 女性はカレーの調理に専念したまま、葉月たちに呼びかける。きぬと葉月はそそくさに仕事に取り掛かるが、影路は憮然とした態度を取ったまま動こうとしない。

「すみませんが、お皿洗いをお願いできますか?カニちゃんもあの人も、接客に行ってしまいましたから。」

 女性はなおも影路に頼んでくる。影路はふてくされながらも、彼女の言うとおりにした。

 こうして成り行き任せのまま、葉月たちの1日は過ぎていった。その夜、女性から感謝の言葉をもらった葉月たちは、賄いを受けることとなった。

「本当にありがとう。人がいなくて、猫の手も借りたいくらいだったから。」

「は、はぁ・・」

 笑顔で感謝の言葉をかける女性に、葉月が戸惑いを見せる。そして葉月は賄いのカレーを口にする。

「自己紹介がまだだったわね。私は知恵留美子(ちえるみこ)。みんなからシエルって呼ばれてるから、よろしくね。」

「私は咲野葉月です。こっちは雨宮影路。」

 互いに自己紹介するシエルと葉月。だが影路は不機嫌な態度を見せていた。

「馴れ馴れしく紹介すんな。別に仲良しってわけじゃねぇんだ。」

「おい、コラ、お前!生意気だぞ!少しは礼儀ってもんを見せろよ!」

 影路の態度にきぬが怒り出し、スプーンを突きつける。

「悪いが口が悪いのは生まれつきなんだよ。そういうお前こそガキのくせに生意気じゃねぇかよ。」

「僕はガキじゃねぇ!こう見えても16だぞ!」

 きぬの言い放った言葉に、葉月が驚きを覚えて手を止める。

「コラコラ、カニちゃん。食事中にそんな大声出して、お行儀が悪いですよ。」

 そこへシエルの注意が入る。きぬは腑に落ちないながらも、黙って食事を続ける。

「それで葉月さん、影路さん、よければここを新しい住まいにしたらいかがでしょう?」

 シエルが続けて葉月たちに提案を告げると、彼女は戸惑いを覚える。

「でも、それじゃシエルさんやきぬちゃんに迷惑じゃ・・」

「名前で呼ばないでくれよな。」

 戸惑いを見せる葉月に、きぬが不満をぶつける。きぬは名前で呼ばれることを嫌っているのだ。

「気にしなくていいんですよ。バイトのみんなのための寮として解放してるんですけど、使ってくれる人がいなくてほとんど空き部屋になってるんです。好きな部屋を使ってくれて構いませんよ。」

「そうですか・・ありがとうございます!」

 シエルの親切を受けて、葉月が笑顔を見せて一礼する。

「ったく、しょうがねぇな。今夜はここに泊まらせてもらうぜ。」

 影路もふてくされながらも、シエルの言葉に甘えることにした。

「何言ってんだよ。お前もここで働くんだよ。食い逃げしようとした海軍カレーのお代を稼ぐためにな。」

「オレの計画を勝手に決めるな。オレは無理矢理やらされるのがイヤなんだよ。」

 きぬの文句に対して、影路は憮然とした態度で一蹴していた。

 

 漆黒の武器、シャドウブレイドを身に着けた葉月の消息を追い求めるアークレイヴ。ルイはデュールを連れて、東京の街に繰り出そうとしていた。

「わざわざシャドウブレイドの回収なら、ルイさんが行くことはないと思うのですが・・」

 本部前に出たところで、デュールがルイに声をかける。するとルイは気さくな態度で答える。

「直接話をしたいのよ。私たちの最高の発明品といっても過言じゃないシャドウブレイドの装着者にね。」

「でも危険と隣り合わせになるのも明らかです。やっぱり他の人に行かせるべきかと・・」

「その危険と緊張感がいいのよ。高価な宝物を手に入れるには、それなりのリスクが付いて回るもの。私はそのリスクが好きなのよ。」

「あなたも物好きですね。もっとも、僕もあなたのそんな好奇心に心を動かされて、この組織に入ったんですから。」

「そんなこというけど、デュールくんのホントの好奇心は、かわいい男の子だったりして。」

「も、もう、ルイさん、意地悪言わないでくださいよ・・」

 からかうルイに、デュールが困り顔を浮かべる。その反応にルイが気さくな笑みを見せる。

「さて、そろそろ向かうとしますか。久しぶりの街中の探検。ワクワクしちゃいそうよ。」

「気持ちは分かりますが、目的のほうも忘れずに。」

 歓喜を見せるルイに、デュールが注意を促した。

 

 その翌日の日が昇った直後、葉月はシエルから借り受けた部屋で眼を覚ました。窓から差し込む朝日の光を眼にして、彼女はふと微笑んでいた。

「朝か・・・昨日がすごく長く感じる・・あんなことがあったから・・・」

 葉月は昨日の出来事、異質の姿へと変貌した自分を思い返していた。

 記憶のない自分の身に起きた驚異の変貌。漆黒の鎧を身にまとった自分は全身が武器そのものとなり、立ちはだかる敵を迎撃していった。さらにその中で、普段の自分にない狂気が芽生え、戦うことに快楽を覚えるようになっていた。

 全ては彼女の右腕につけられている腕輪が起因していた。腕輪の力が彼女を変貌させ、彼女を戦いへと駆り立てたのだった。

 彼女はこれまで何度か、腕輪を外すことを試みたことがあった。しかし腕輪はまるで体の一部であるかのように密着しており、外すことができなかった。

「これは、何なのかな・・・腕だけじゃなく、私の全部を縛り付けてるみたいに・・・」

 葉月はこの腕輪を忌まわしく思っていた。

 そのとき、隣の部屋からたくさんの目覚まし時計の音が鳴り出した。何事かと思い、葉月は部屋を出て隣の部屋の前に行き着く。

「何だよ、朝っぱらからうるせぇなぁ・・」

 そこへ影路が寝起きが悪そうにしながらやってきた。そしてシエルも部屋の前にやってきた。

「これはカニちゃんね。彼女、たくさん目覚ましを使ってるけど、それでも起きないの。」

 シエルは微笑みながら葉月たちに説明すると、未だに目覚まし時計が鳴り響くきぬの部屋に入っていった。

「こらこら、カニちゃん、早く起きないと特性スパイスを食べさせますよ。」

 シエルが未だに眠っているきぬの耳元に囁きかける。その言葉に、深い眠りの中にいたきぬが飛び上がった。

 緊迫の面持ちを浮かべて呼吸を荒くしているきぬに、シエルが満面の笑みを見せる。

「眼が覚めましたか、カニちゃん?」

 シエルに声をかけられて、きぬは我に返る。

「シエルの、姉ちゃん・・・?」

「早起きは三文の徳ですよ、カニちゃん。朝はしっかり起きましょうね。」

 笑顔のシエルに言いとがめられて、きぬは落胆をあらわにする。2人のこのやり取りは、まさに親子としか呼べなかった。

 

 この日の朝食はまたカレーが登場した。シエルの好みと店がカレーを扱っていることから、これは悲しい性となっている。

 だがきぬもシエルもカレー好きであるため、その点を苦にしておらず、むしろ大歓迎であった。

「朝っぱらからよく入るよな・・」

 影路がカレーを口にしながら、感心の言葉を呟いていた。

 そしてその朝食後、葉月たちの一日が始まろうとしていた。だがジョーはやる気を見せていなかった。

「何でオレがここで働かなくちゃなんねぇんだよ。」

「海軍カレーのお代を払うためだろ。それじゃ基本中の基本、挨拶からやってみるぞ。」

 憮然とした態度を取る影路にきぬが呼びかける。彼はふてくされながら、渋々従うことにした。

「・・いらっしゃい・・」

「もっと愛想よく!」

「・・いらっしゃいませ・・」

「もっと元気よく!」

「・・いらっしゃいませ!」

 やっと影路が様になる挨拶をしたと見て、きぬが自信ありげに大きく頷いた。

「さて、次はメニューだ。ここに載ってるメニューを全て覚えてもらうぞ。」

 きぬはそういって、メニューの冊子を広げて葉月と影路に突きつけた。そのメニューに影路が不満をあらわにする。

「こんな大量になるもん、覚えられねぇだろ。」

「何言ってんだよ!そんくらい覚えて当然だろ!」

 影路の不満にきぬが言いとがめる。

「あーあ、やってらんねぇ。こんな肩の凝ることゴメンだね。」

「おい、コラ、いい加減にしろよ!お前は海軍カレーのお代を払わなくちゃなんねぇんだぞ!お前に“ノー”の選択肢はねぇんだ!」

「人の道を勝手に決めるな。オレはオレのやりたいようにやるんだ。」

「そんな身勝手許されると思ってんのか!?悪者として通報すっぞ!」

 影路ときぬのやり取りは、いつしかケンカになっていた。そして憤慨した影路がきぬの頬をつねる。

「イデデデ!な、なにじやがる・・!」

「いつまでそんな生意気な口を・・ん?」

 きぬの頬を引っ張っているところで、影路は彼女が涙を浮かべていることに気づく。

「お前、もしかして泣いてるのか・・?」

「な、ないでないもんね〜・・!」

 影路の疑問にきぬが反論する。だがその訴えとは裏腹に、彼女は眼に涙を浮かべていた。

 きぬは涙腺がゆるいため、頬をつねられただけですぐに涙が出てしまう。しかし気が強い彼女は泣いてないと主張しているのだ。

 影路ときぬのやり取りを見て、葉月が思わず笑みをこぼした。すると2人が視線を彼女に向けてきた。

「何がおかしいんだよ?」

「ゴメン・・でも、2人を見てると楽しくなっっちゃって・・仲がいいんだね。」

 葉月に言いとがめられて、影路ときぬが思わず赤面する。

「だ、誰が仲良しだってんだ!」

 葉月に反論する2人の声は見事に重なっていた。

 

 開店直前となり、店内は忙しくなっていた。葉月はこれからの本格的な仕事に期待を覚えていた。

 そのとき、葉月は突然奇妙な感覚を覚えた。ふと視線を移すと、彼女の右腕にある腕輪の宝玉に光が宿っていた。

(これって・・・!?

 その腕輪を見つめて、葉月が当惑する。

「葉月さん、どうかしたのですか?」

 そこへシエルが声をかけてきた。

「シエルさん、ごめんなさい!」

 すると葉月は振り返り、突然店を飛び出していった。何が起こったのか分からず、シエルがきょとんと彼女の後ろ姿を見つめていた。

 

 奇妙な感覚に導かれるまま、葉月は街のほうへ駆け出していた。

「感じる・・でも、今までとは違う感じ・・・」

 違和感を覚えながらも、葉月はその感覚に導かれるままに突き進んでいく。そして彼女に付けられている腕輪が蠢き、彼女の体を包み込んでいく。

 漆黒の鎧に身を包んだ葉月が、妖しい笑みを浮かべて跳躍する。そして小さな裏通りの真っ只中に着地する。

 葉月は周囲を見回して、その気配を探る。そして背後に振り返り、彼女は再び笑みを見せる。

「出てきたらどう?それとも、かくれんぼが好きなのかしら?」

 葉月が物陰から感じられる気配に向かって言い放つ。すると1人の女性が電柱から姿を見せた。

「そんな物騒な姿で、私に何の用かしら?」

 女性が葉月に言い放つと、異質の姿へと変貌を遂げる。その姿は葉月が変身したものと酷似していた。

「今までとは少し違うみたいね。でも私には関係のないことだけど。」

「あなたが何を相手にしてきたか知らないけど、あまり他のものと一緒にしてほしくないわね。」

 淡々と声を掛け合う葉月と女性。2人は右手から刃を抜き出し、互いを見据える。

「それは失礼したわね。そのお詫びとして、たっぷりと遊んであげる。」

「遊ぶ?お子様には、大人の遊びはきついと思うけど?」

 2人は言い終わると同時に飛び出し、刃を振りかざす。2つの刀身がぶつかり、激しく火花を散らす。

 そして刃は幾度もぶつかり合い、戦いの激しさを物語っていた。そんな中で葉月も女性も、この戦いに歓喜を見せていた。

「いい感じね。今までこんなに興奮したことはなかったわ。」

「そう?私はまだまだ物足りないけど?」

 笑みを浮かべて興奮を見せる女性と葉月。さらなる快感を覚えるべく、2人は再び刃を振りかざして飛びかかる。

 そのとき発砲が轟き、葉月たちが足を止める。振り返った先には、銃を空に向けて撃ったルイの姿があった。

「楽しんでるとこへ水を差しといて悪いんだけど、とりあえず一時中断してもらえないかな?」

 淡々と告げてくるルイに、葉月も女性も眉をひそめる。

「この申し出を聞かないとしても、今の発砲で誰かが警察を呼んでると思うわよ。いつまでも戦ってて、牢屋に叩き込まれるなんてオチにはなりたくないでしょ?」

 堂々と警告を言い放ってみせるルイ。女性はため息をついて、刃を下げる。

「まだまだ続けたいところだけど、今回はやめにするわ。でも今度はたっぷりやりたいものだわ。」

 女性は葉月に言いかけると、飛び上がって彼女たちの前から姿を消した。葉月はルイとデュールに視線を向ける。

「これから盛り上がろうって時だったのに・・」

「だから水差して悪かったって。とりあえずその物騒なのを収めてよ。」

 妖しく語りかける葉月に、ルイが苦笑を浮かべる。すると葉月が肩の力を抜き、それによって彼女をまとっていた武装が解除される。

「ア、アンタ・・!?

 人の姿を見せた葉月を見て、ルイが眼を見開いた。

「あ、あの・・?」

 そこへきょとんとした面持ちを見せる葉月に声をかけられ、ルイは我に返る。

「あぁ、ゴメン、ゴメン。ちょっと知り合いに似てたから・・とりあえず自己紹介しとかないと。私は夢野ルイ。こっちはデュール・ペッパー。」

 ルイは葉月に謝罪と自己紹介をし、デュールも紹介する。

「私は葉月。咲野葉月です。」

「咲野葉月・・・!?

 続けて自己紹介した葉月に、ルイは再び驚愕を見せた。

「葉月、私たちのこと、覚えてないの・・・!?

 ルイが深刻な面持ちで葉月に呼びかける。だが葉月は疑問を覚えるばかりだった。

「やっぱり、覚えてないみたいだね・・・」

「私、記憶がほとんどないんです・・もしかして、あなた方に何か迷惑を・・?」

「えっ?・・そ、そんなことはないよ。むしろ、うちらのほうがアンタに迷惑をかけたくらいなんだから・・」

 不安を口にする葉月に弁解した後、ルイも物悲しい笑みを浮かべた。

「とりあえず、詳しい話は場所を変えてからってことで。もうすぐ警察が来ちゃうからさ。」

「でも私、仕事の途中で抜け出してきてしまっているので・・後でカレー店“シエル”に来てください。話はそのときに。」

「シエル?」

 葉月の言葉に眉をひそめるが、葉月はルイが呼び止める前にこの場を離れていってしまった。

「あちゃー。確認する前に行っちゃったかぁ。」

「どうするんですか、ルイさん?そろそろ本部に戻ったほうが・・」

 肩を落とすルイに、デュールが心配を込めて声をかけてきた。するとルイは元気を取り戻して彼に言いかける。

「せっかくシャドウブレイドの装着者を見つけたのよ。このまま引き返すつもりはないよ。」

「ルイさん・・」

「本部には遅れるって連絡しといて。葉月がいる場所に、心当たりがある。」

 ルイは笑みを見せるデュールに指示を送り、葉月とのさらなる接触を図ろうとしていた。

 

 

次回

第4話「時」

 

昨日はいろいろあったけど、今日も今日でいろいろなことがあった。

私と同じ力を持った人。

私の過去を知っていると思われる人。

これからどうなっていくんだろう・・・?

今の私は、変わってしまうのだろうか・・・?

 

 

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