ウィッチブレイド –Shadow Gazer-
第2話「違」
突如異様な姿へと変貌した葉月。その相手が彼女だと知らず、影路は取り出した銃の引き金を引いた。
発砲による強烈な音と衝撃。普通の人間ならその反動で逆に吹き飛ばされているはずである。だが影路はその反動に踏みとどまっていた。
そして放たれた弾丸は葉月に向けて飛んでいく。彼女は大きく飛び上がって、その弾丸をかわす。標的を外した弾丸は、その先の隣のビルの屋上出入り口を吹き飛ばした。
飛翔している彼女に向けて、影路は再び銃を発射した。強烈な弾丸が、今度は彼女に命中した。弾丸は彼女をまとう武装によって、めり込んだり貫通したりしなかったが、爆発的な衝撃が彼女を突き飛ばし、地上に落下させた。
葉月が裏路地に叩きつけられ、轟音が鳴り響く。影路は屋上から飛び降り、仰向けに倒れている葉月の前に着地する。彼は彼女に、常人ではない身体能力を見せ付けていた。
「立て。オレは今まで見てたんだ。アンタがヘンなバケモノと戦ってたのを・・」
影路が葉月に銃口を向けて言い放つ。
「この銃はそこらのもんとはわけが違う。威力だけを追求した代物だ。普通の人間だったら即死どころか、木っ端微塵になってるところだ。だがアンタぐらいなら、食らっても生きてるだろ。」
影路の言葉を受けてか、倒れていた葉月がゆっくりと立ち上がる。疲れを見せるどころか、妖しく微笑んで喜びを感じていた。影路が放った弾丸を受けたことすら、今の彼女にとっては快感だったのだ。
「いいわね・・今の1発、とっても気持ちよかった。一気に心が満たされたわ・・・」
葉月が心地よさをあらわにして、影路に手招きをする。
「アンタのその狂ったような態度を見てると、イライラしてくるな・・・!」
影路は鋭く言い放ち、再び発砲しようとしていた。そのとき、近くからサイレンが聞こえて、葉月と影路が眉をひそめる。
「運がよかったな・・だが今度はアンタを高みに昇らせてやるよ。“天国”って高みにな。」
影路は言いかけると、葉月の前から去っていった。葉月は妖しい笑みを浮かべたまま、影路を見送っていた。
そのとき、葉月をまとっていた鎧が分解され、右手の腕輪に収束されていく。彼女の姿も元の人のものへ戻っていた。
「あれ・・・わた・・し・・・」
今まで自分が何をしていたのか分からず、葉月はもうろうとした意識のまま、この場を後にした。
特殊武装部隊「アークレイヴ」。様々な武具や能力の分析と行使を目的としている。
その総責任者である女性、夢野(ゆめの)ルイ。黒い髪に黒い瞳。いつも自分は18歳と言っており、それに違わぬ容姿に見えるが、実際のところは不明。
気さくな態度と的確な判断力から、部下からは信頼されている。しかし彼女を知らない人間からは、本当に責任者なのか疑問視されることもあるが、いずれも彼女はあまり気にしていないようである。
ルイはレーダーが捉えた反応を目の当たりにして、本部にいる部下を招集。彼らの待機している作戦室に入っていた。
「いよぅ。みんな集まってるみたいだねぇ。」
ルイがいつもの気さくな態度で部下たちに声をかける。集まっている全員を見渡してから、ルイは真剣な面持ちになる。
「知ってる人もいると思うけど、たった今、膨大で特殊なエネルギー反応を感知した。これほど数値が高く、独特の反応は限られてくる。」
ルイの言葉に、眼前の人たちが緊迫を覚えてざわめく。
「そこで和泉くん、間宮くん、君たちは調査に向かってほしい。あれの情報を細大漏らさず集めておきたい。」
「了解です!」
ルイの指示に2人の研究員、和泉と間宮が答え、行動を開始する。
「さて、うちらはここからデータ収集よ。何人か私についてきてちょうだい。」
そしてルイも動き出し、あるものの調査が開始された。
漆黒の鎧に身を包んだ異質の女性と対峙した影路は、自分のバイクのところへ戻っていた。彼が警察を避けたのは取り調べられてまずいという深刻なものではなく、面倒ごとに巻き込まれたくないだけだった。
彼は対峙していた女性を思い返していた。彼は彼女のような異形の人に一抹の憎悪を抱えていた。
(今度会ったら必ずぶち抜いてやる・・多分、アイツが・・・)
女性への憎悪を抑えることができず、影路は拳を握り締めていた。そこへ葉月が姿を現し、影路は気持ちを落ち着けて振り向いた。
「まだいたのか?いい加減にしてくれよな・・」
「バイクがここにあるんだから、取りに行かないと・・」
影路が呆れると、葉月が困惑の面持ちで答える。
そのとき、腹の虫の音が鳴り響き、葉月も影路も唖然となる。そして2人とも空腹感を覚えて、自分の腹に手を当てる。
「そういえば昨日から何も食ってなかった・・」
「えっ・・実は、私も・・・」
影路の呟きに葉月が同意すると、2人は互いを見つめ合って再び唖然となる。
「言っとくが金はねぇぞ。さっきバイクのガソリン代で使い切っちまったとこだ。」
「そこまで甘えるわけにはまいりませんよ。」
愚痴をこぼす影路に、葉月が笑顔を見せる。だがすぐに雇ってくれる店や仕事場が思い浮かばず、2人とも途方に暮れていた。
「どうしよう・・このままじゃ・・・」
困惑している葉月を前に、影路は最後の手段を思い浮かべていた。
「仕方がねぇ。もうこれしか手はねぇな・・」
「えっ・・?」
影路の言葉に葉月が疑問を投げかけた。
葉月はジョーに連れられて、とある店の前に来た。そこは小さなカレー店だった。
「ここまで来てどうするつもりなの?」
葉月が問いかけるが、影路は店の中をじっと見つめていた。中には1人の少女が店番をしているようで、他は客が数人いる程度だった。
「ここだ・・ここなら何とかなるかもしれねぇ・・」
「えっ?」
「イート・アンド・ランだよ。こうでもしねぇとオレもアンタも飢え死にだぜ。」
「もしかして、食い逃げ?・・ダ、ダメだよ!食い逃げなんて犯罪だよ!そんなことしたら・・!」
葉月が声を荒げると、影路が彼女の口を手で塞いで黙らせる。
「ここまで来て、諦めるわけにはいかねぇだろ。オレだけでもやるぞ。」
「もう・・しょうがないんだから・・」
あくまで決行しようとする影路に、葉月は呆れながらも渋々頷いた。2人は普通の態度を振舞いながら、店の中へと入っていった。
「いらっしゃいませー。お二人様ですかー?」
すると1人の少女が2人の前に現れた。黄色のショートヘアの髪のうち、何本かをまとめて編んで飾りのようにしている。
「当店では海軍カレーがお勧めでーす。」
「海軍カレーか・・」
少女の勧めに葉月が迷いを見せる。
「じゃ、その海軍カレーを2つ。」
影路はその勧めを受けることにした。少女は駆け足でキッチンに向かっていった。
キッチンには青年が1人いて、少女は接客に専念していたようである。しばらく待っていると、葉月と影路の着いているカウンター席にカレーが2つ運ばれてきた。
「どうだ、うまいだろ、うちの海軍カレーは?」
少女が先ほどの親切さから無邪気さを見せて声をかけてきた。だが葉月も影路も食べることに夢中だった。
「そーか。そんなにうまいってことか。でもちゃんと味わってもくれよな。」
少女は明るく言いかけると、キッチンに戻っていった。そのことを気に留めず、葉月と影路はカレーを食していく。
そしてカレーのほとんどを食べたところで、影路は周囲に注意を払い始めた。店から飛び出す機会を狙っているのだ。
彼の眼つきが鋭くなった瞬間、
「来い!」
影路が葉月の腕をつかんで、とっさに動き出した。
「あっ!おいっ!」
2人の動きに気づいた少女が声を荒げ、2人を追いかける。
店員に捕まらないよう、店から飛び出して必死に逃げ出す葉月と影路。2人のバイクは店から少し離れた場所に置いてあった。
「コラー!うちの店で食い逃げしようなんて100年はえーんだよー!」
そのとき、背後から声が聞こえて、葉月がふと振り向く。そこには店にいた少女が憤慨の表情を浮かべて追いかけてきていた。
「ウ、ウソだろ!?あんなガキが何でこんなに速いんだよ!?」
「知らないよ、私にだって!」
声を荒げる影路と葉月を、2人に勝ると劣らない速さで追いかける少女。そのことに焦りを覚えるあまり、2人は曲がるべき曲がり角を直進してしまう。
「ちょっと、通り過ぎちゃったよ!」
「こうなったら2手に分かれたほうがいい!どっちに付きまとわれても恨みっこなしだ!」
影路の言葉に葉月は頷く。2りは次の十字路でそれぞれ左右に分かれる。少女は左に曲がった影路を追いかけてきた。
(くそっ!オレを追ってきたか!)
影路は胸中で毒づきながら、少女から必死に逃げる。やがて工場跡地の広場に飛び出し、影路も少女も立ち止まる。
「こ、このヤロー・・お金を払いやがれってんだ・・」
「お前もいい加減しつこいな・・どんな運動神経してんだよ・・・」
互いに声を振り絞りながらも、呼吸を整えようとする少女と影路。
そのとき、2人の間に何かが飛び込み、コンクリートの床を削り取る。驚愕を覚える影路と少女が眼を凝らすと、機会の腕がそこにあった。
「これは・・!?」
影路が眼を見開くと、腕は引き戻されていく。彼が振り返ると、その先には1人の中年の男がいた。腕は男の前方部の大口から出されたものだった。
「アイツは・・!?」
その男の姿に影路はさらなる驚愕を覚える。その男は、先ほど異質の姿の女性の刃で切り裂かれたはずである。
(もしかして、プロトタイプ、量産型ってヤツかよ・・!)
胸中で毒づきながら、影路はジーンズの後ろポケットにしまってある銃に手を伸ばす。そこで彼は、そばに少女がいたことを思い出す。
(くそっ!ここでぶっ放したら、反動があのガキにも及んじまう・・!)
再び胸中で毒づく影路。迂闊な発砲ができず、彼は苛立ちを覚える。
「切ッテ刻ンデスリ潰ス・・・切ッテ刻ンデスリ潰ス・・・」
「な、何なんだ、アイツは・・!?」
ブツブツと呟く男に、少女が声を荒げる。
「切ッテ刻ンデスリ潰ス!」
男が声を上げると、大口から無数の腕を飛ばす。
「どけ!早く逃げろ!」
影路は呼びかけると同時に、少女を抱えて腕から回避する。だがその拍子で2人とも転んでしまう。
「しまった・・!」
毒づく影路に向かって、再び腕の群れが飛びかかる。影路はやられると思い、歯を食いしばった。
そのとき、向かっていた腕たちが飛び込んできた一閃によって切り裂かれ、なぎ払われる。何事かと思って影路が顔を上げると、彼らの上を1つの影が通り過ぎていくのを眼にする。
「アイツ・・!?」
影路がまたも驚愕を見せる。現れたのは先ほど彼が対峙していた女性、葉月である。
葉月は妖しく微笑みながら、男を見据えていた。
「あら?この前会わなかった?それとも双子の兄弟とか。」
葉月が言いかけるが、男は聞いていない様子だった。
「まぁいいわ、何でも。とにかく私は、楽しめればいいんだから・・」
葉月は笑みをこぼすと、右手の刃を振りかざして男に飛びかかる。男は不気味な笑みを浮かべて後退し、彼女を引き付けていく。
葉月は男を追って、倉庫のひとつの中に飛び込んだ。周囲には山積みのダンボールやドラム缶が並んでいた。
「こんなとこに誘い込んで、何をしようっていうの?」
葉月が男に向けて言い放つ。すると周囲のダンボールの山が崩れ、葉月は視線だけをそこへ向ける。
すると視線の向けたほうの反対から、男の腕が飛び込んできた。だが葉月は動じることなく、刃を振りかざして腕をなぎ払う。
「切ッテ刻ンデスリ潰ス!」
続いて男が飛び込み、葉月に組み付いてくる。右腕をつかまれ、彼女は刃を封じられる。
男が不気味な笑みを浮かべて、葉月に刃物を突きつける。だが葉月は歓喜を込めた笑みを見せる。
「そんなんじゃ、私は満足しないわよ。」
葉月は妖しく言いかけた直後だった。彼女の左肩から刃が伸び、男の体を貫いた。腕輪の力を得た今の彼女は右手だけではなく、体のあらゆる部分から刃を形成することが可能である。
葉月の体からさらに刃が飛び出し、男の体を串刺しにする。男の体がバラバラになるのを目の当たりにして、彼女は妖しく微笑んだ。
男から出てきていた液体のついた刃の刀身を舐めて、葉月は心地よさを覚える。漆黒の鎧の力に魅入られている今の彼女は、戦いの中での刺激と快楽を渇望していた。
そんな彼女の戦いを、影から見つめる人影があった。その人影に彼女は気づいていなかった。
鎧を解除した葉月は、依然と身構えていた影路の前に戻ってきた。
「お前・・」
「どうしたの?いったい、何が・・?」
当惑を見せる影路に、葉月が疑問を投げかける。先ほど戦っていたことについて記憶が曖昧となっていた。
「おい、お前ら、ありゃいったい何なんだよ!?」
そこへ少女が声を荒げて2人に問い詰めてきた。すると影路が頭をかきながら答える。
「オレも詳しくは分からねぇ。ただ、世の中にはあんなバケモンがいるってことだ。」
「バケモン・・・!?」
「ま、あんまりこういうことには関わらないほうが身のためだ。それじゃ、オレは。」
影路が答えると、そそくさにその場を立ち去ろうとする。すると少女が影路の腕をつかんで止める。
「どさくさに紛れて食い逃げしようたって、そうはいかねぇんだよ!」
声を荒げる少女に、影路が舌打ちを見せる。
「さーて、自慢の海軍カレーを食ったんだ!払うもんは払ってもらわねぇとな!」
少女が自身ありげな態度で影路に迫る。
「影路、いい加減観念しようよ。いくらなんでも食い逃げはよくないよ。」
葉月にも説得させられ、影路は腑に落ちない心境ながらも、渋々頷くしかなかった。
「アンタまで・・・くそっ!しょうがねぇな。けどオレもこの女も、払えるだけの金は持ってねぇぞ。」
「なぬっ!?おめぇら、本気で金持ってなかったのかよ・・!?」
影路の言葉に少女が驚きの声を上げる。彼女は少し考えてから、1つの案を思いついた。
「しょうがねぇが、おめぇら2人を雇ってもらえるよう頼んでやるよ。僕にちゃんと感謝しろよな。」
「はっ?何でオレがお前の店で働かなくちゃなんねぇんだよ。」
その案に影路が文句を言い放つ。その横で葉月は喜びの笑顔を見せていた。
「そういえば自己紹介がまだだったな。僕は蟹沢(かにさわ)きぬ。“カニっち”って呼んでくれよな。」
少女、きぬが葉月と影路に自己紹介をした。
アークレイヴ本部内のルイの私室。ルイがデータ画像を見ているこの部屋に、1人の少年が入ってきた。
「ルイさん、和泉さんと間宮さんが、戦闘データを収集して帰還しました。データがここのパソコンに転送されているはずです。」
「そう。ご苦労さん、デュールくん。早速拝見しなくちゃね。」
少年、デュール・ペッパーの報告に、ルイが気さくな態度で答える。
「どこ行ったのかしばらく分かんなくなってたけど、今起きた反応でやっと位置がつかめたわよ。しかもすぐに調査を回したおかげで、それも明確になった。」
ルイはパソコンのキーボードを叩き、その画面にあるものを映し出した。それは異質の腕と腕輪だった。
「大昔から伝承され続けてきた武器“ウィッチブレイド”。そしてこれはそのウィッチブレイドをベースにした新しい武器・・」
ルイの説明を聞きながらも、デュールはその武器をじっと見つめていた。
「ウィッチブレイドの力を人工的に生み出そうと、たくさんの人間が知恵を振り絞り、たくさんの人間が犠牲になった。その中で“クローンブレイド”、“アルティメットブレイド”が開発されたが、どれもオリジナルのウィッチブレイドには行き着いていない。」
「そして、僕たちアークレイヴも、ウィッチブレイドの域に行き着くためにいろいろやってきた。そんでもって完成したのがコレなわけ。」
「でも数機完成したところで何者かの侵入で、コレは設計図やデータ共々全て奪われてしまい、行方が分からなくなっていた。」
「そう。でもようやく見つけた・・」
デュールと言葉を交わすルイが、その武装を見つめて笑みを強める。
「ウィッチブレイドの域に達するかもしれない武器、“シャドウブレイド”。」
一途の望みを見出して、ルイ率いるアークレイヴが動き出そうとしていた。
次回
何だかんだ言いながら、ややこしいことになっちまった。
おかしな女と一緒に行動するわ。
うるさいガキに引っ張られるわ。
カレー代のためにバイトをさせられるわ。
けど、曖昧な目的しかないよりはマシか。
ま、何とかなるだろ・・・