ウィッチブレイド –Shadow Gazer-
第1話「覚」
ウィッチブレイド
繰り返される戦いの影にそれはあった。
魅入られた女が待っているのは、恍惚と破滅・・・
兵器開発を本業としている「導示重工」にて、ある武装の開発が持ち上がった。しかしあまりにも高いリスクのため、開発は中止となった。
だがその武装の開発をある組織が引き継ぎたいと申し出た。導示重工はその組織の真意を聞き出し、協力という形でこれを了承した。
そして長い月日と高度の科学力を費やして、その武装は完成された。しかしコストとリスクがあまりにも多く、また組織の研究部への何者かの侵入によってその武装が紛失したため、導示重工にさえその姿を実際に見ることはなかった。
その武装とは、古より伝承されてきた武器「ウィッチブレイド」を分析、模倣されたものである。その性質は、ウィッチブレイドを元に人工的に造られた「クローンブレイド」に匹敵し、ウィッチブレイドに勝るとも劣らないものであると分析結果が出ている。
その特質と姿から、組織はこう命名した。
「シャドウブレイド」と。
近未来の東京。この街は6年前の大震災によって崩壊に陥り、人々はようやく復興への歩みを始めていた。
その東京の街に、バイクを走らせる1人の少女がいた。ブラウンのショートヘアで、おっとりとした性格をしている。名前は咲野葉月(さくのはづき)。
葉月は今までの数ヶ月間以前の記憶がなく、自分の名前以外のことを何も覚えていない。所持していた運転免許証がなければ、自分の身分を証明することもバイクに乗ることもできなかっただろうと、彼女は小さく感じていた。
葉月はバイクの給油のために近くの給油所を探し始めた。そこで彼女はひとつの問題に気づく。
「お金が足りない・・そろそろどこかで働いて、懐をあたためておかないと・・」
サイフの中身をチェックして、葉月が肩を落とす。
「ここは東京。まだ復興したとは言い切れないけど、働ける場所なら、探せばあるでしょ・・」
葉月は自分にそう言い聞かせて、再びバイクを走らせようとした。
そこへいきなり1人の男が葉月にぶつかってきた。
「イタッ・・!」
「イタタタ・・おい、こりゃ折れちまったみたいだぜ・・」
痛がる2人に、数人の男たちが続々と集まってきた。
「あっちゃー、アニキの腕折れちまったってか?こりゃいけねぇなぁ。」
「姉ちゃん、ワリィんだけどアニキの治療費払ってくれねぇか?」
男たちが葉月に詰め寄ってきた。
「そ、そんな・・ぶつかってきたのはあなたたちのほうじゃ・・」
葉月が動揺を見せながら言いかけると、男たちの表情が一変し、剣幕になる。
「何だ!?腕折れたアニキにケチつけるのか!?」
「このアマ!いい度胸してんじゃねぇの!」
いきり立つ男たちに、葉月が完全に追い詰められてしまう。
そのとき、折れたと主張していた男の腕が、別の腕につかみ上げられた。
「イデデデデ!な、何しやがる・・!?」
男が必死に腕をつかんでくる手を振り払おうとするが、手の力は強く、振り払うことができない。
「何だよ。折れてるならもっと派手にへし曲がるはずなのによ。何か仕込んでんのか?」
男の腕をつかんでいたのは、少し逆立った黒髪をしている青年だった。
「やいやいやい!こっちは取り込み中だ!ガキはすっこんでろ!」
男たちがいきり立ち、青年に詰め寄る。しかし青年は憮然とした面持ちを崩さない。
「うっとうしいからさっさと消えろ。でないと、腕折れる程度じゃすまねぇぞ。」
「こ、このヤロー!」
言い放った青年に対して憤慨し、男たちが飛びかかる。だが青年は男たちが殴りかかろうとした瞬間に、男たちに打撃を見舞っていく。
強烈な打撃を受けて、男たちが次々と吹っ飛ばされていく。力の差を見せ付けられ、男たちが一気に焦りを覚える。
「こ、このヤロー・・このままじゃすまさねぇからな!」
男たちは捨て台詞を言い放つと、そそくさにこの場を退散していった。青年は憮然とした態度のまま、男たちを見送った。
「あ、あの・・助けてくれて、ありがとうございます・・」
そこへ葉月が青年に声をかけてきた。だが青年は依然として憮然さを見せていた。
「勘違いすんな。オレはアンタを助けたつもりじゃねぇ。アイツらのような姑息な連中が気に食わねぇだけだ。」
青年は突き放すように答えると、そのままきびすを返して立ち去ろうとする。
「待って!・・せめて、お礼を・・」
「言ったはずだ。オレはアンタを助けたわけじゃないって。だからお礼なんてもんは期待してねぇよ。」
葉月の言葉を振り切って、青年はそそくさに自分のバイクに乗ってその場を後にする。だが急ぐあまりに何かをポケットから落とすが、彼は気づかずに走り去ってしまう。
葉月はその落ちたものを拾って見つめる。それは彼の運転免許証のようだった。
「雨宮影路(あめみやえいじ)・・・」
葉月はその免許証に記されている名前を呟く。
「い、いけない!このままじゃあの人・・!」
葉月は影路が去ったほうに振り向くと、慌てて自分のバイクを走らせた。
賑わいのある通りから外れた裏路地。物静かなその道を1人のOLが歩いていた。彼女は勤めている会社の中で天真爛漫さが有名で、この道も彼女の秘密の近道としていた。
だがいつもと雰囲気が違うことを彼女は感じていた。いつも以上の不気味さを覚え、彼女は不安になっていた。
おもむろに向けたOLの視線の先に、1つの影があった。よく見るとそれは薄汚れた格好をした中年の男だった。
「切リタイ・・刻ミタイ・・・」
「な、何・・・?」
男が弱々しく呟き、OLがさらに不安を覚える。
「切ッテ刻ンデスリ潰ス・・・切ッテ刻ンデスリ潰ス・・・」
呟き続ける男の眼が、突如不気味に光りだす。
「切ッテ刻ンデスリ潰ス・・・!」
すると男の体から突如、人のものではない数本の腕が飛び出してきた。腕は恐怖するOLを捕まえ、男の前方部から開いている口の中に引きずり込む。
そしてOLを取り込んだ男の体内で刃物と金属の音が鳴り響き、その直後、裏路地に悲鳴が上がり、その地面や壁に鮮血が飛び散った。
影路を追ってバイクを走らせる葉月。しばらく進んでいると、路肩によってため息をついている影路を発見する。
葉月がそばにバイクを止めると、影路が舌打ちを見せる。
「またアンタか。礼はいらねぇって言ったはずだぞ。」
影路が不機嫌に言い放つと、葉月が運転免許証を差し出した。
「こ、これ・・!?」
「出るときに落としたから、ここまで届けにきたの。」
眼を見開く影路に、葉月が満面の笑顔を見せる。影路はぶっきらぼうにその免許証をつかみ取る。
「よかったですね。もし免許がないときに事故を起こしていたら・・」
「フン。余計なことを・・」
影路は葉月に背を向けて、そのままバイクに乗ろうとする。
「ねぇ、そんなに急いでどこへ行くつもりなの?」
「ん?アンタにはカンケーのねぇことだろ。」
葉月の問いかけを影路は苛立たしげに一蹴する。
「アンタ、何を考えてるか知らねぇが、オレをややこしいことに巻き込まないでもらいたいね。」
「ややこしいことって、そんな・・・」
影路の言葉に葉月が沈痛の面持ちを浮かべる。
「とにかく、オレをくだらねぇ用で呼び止めてくれよな。まぁ、免許証を届けてくれたアンタの優しさは、素直に受け取っておくぞ。」
ぶっきらぼうながらも親切を受け入れてくれた影路に、葉月は一途な喜びを感じて微笑んだ。
そのとき、そんな2人の横を数台のパトカーが通り過ぎていった。すぐ近くの十字路を左折していくパトカーたちを眼にして、葉月が戸惑いを見せる。
「何か、あったのかな・・・?」
「さぁな・・・」
葉月の疑問に対して憮然とする。だが無関心さを見せながらも、彼はパトカーが向かったほうへとバイクを引っ張っていく。
影路への言動を気にかけながら、葉月も彼の後を追いかけた。
警察が駆けつけたのは、普段は物静かな裏路地だった。1人のOLの消息不明と、彼女が近道に使っているこの小道に飛び散った血について、警察は調査を行っていた。
ここ最近、奇妙な猟奇殺人や失踪事件が続発しており、一部の刑事たちが焦りを覚えていた。今回もその事件性が強く感じられ、警察の中で緊迫を感じていた。
かすかに集まってくる野次馬の中で、葉月と影路はその現場をできる限り近づいて目撃していた。
「ひどい・・こんなひどいこと・・・」
残酷な光景を目の当たりにして、葉月が悲痛さをあらわにする。その隣で影路は現場を観察していた。
「かもしれねぇことだけど、いなくなったっていうOL、もう生きちゃいねぇ。しかもここで殺されてる・・」
「えっ・・!?」
影路の呟きに葉月が驚きを覚える。
「どうして、そう思うの・・・?」
「さぁな。ただの山勘ってヤツだ。分かりきってるわけじゃねぇが、何となく分かるんだよ・・」
葉月の疑問に、影路はぶっきらぼうに答える。そのとき、影路は葉月の右の手首に奇妙な腕輪があるのに気づく。漆黒の中心に紅い宝玉が埋め込まれている腕輪である。
「アンタ、変わった腕輪してるんだな。」
「え?これ?これ、腕輪とはちょっと違うみたいなの・・」
指摘された腕輪を見つめて、葉月が語り始める。
「私、数ヶ月前より前の記憶がないの。バイクの免許証がなかったら、自分の名前さえ分かんなかった・・」
「アンタ・・・」
沈痛さをあらわにして語りかける葉月に、影路が深刻さを噛み締める。
「・・ゴ、ゴメンね。いきなりこんな話をしちゃって・・」
「・・だったら最初から話すな。」
謝る葉月に対して憮然とした態度を取る影路。
「さて、オレはそろそろ退散するぞ。いい加減オレに付きまとうのはやめとけよ。」
影路は葉月に言いかけると、そそくさにその場を後にしようとする。
「ち、ちょっと・・」
葉月が慌てて影路を追いかけようとしたときだった。
(えっ・・・!?)
葉月は何かに呼ばれたような感覚を覚え、足を止める。それは周囲からではなく、自分の「中」からだった。
おもむろに視線を移すと、葉月は腕輪の赤い宝玉が輝きを放っていることに気づく。
(これって・・・もしかして、あなたが私に・・・!?)
葉月が腕輪に語りかけたときだった。全身を強烈な衝動が駆け抜け、彼女は眼を見開く。意識が吹き飛びそうな感覚の中、彼女は今まで感じたことのない奇妙な高揚感を覚える。
その直後、腕輪から漆黒の衣が解き放たれ、葉月の体を包み込む。衣は鎧のような装甲を形成し、ブラウンのショートヘアも黒く荒々しい長髪となる。
膨大な衝動によって巻き上げられた砂煙の中、一瞬にして姿が一変した葉月。だが変貌したのは外見だけではなかった。
「感じる・・・私の心を満たしてくれるヤツが、近くに・・・」
葉月は小さく呟きながら、周囲の気配を探る。その語気は、普段の大人しい彼女からは想像できないほどだった。
そして葉月は上を見上げ、建物の屋上から見下ろしてきている1人の男を発見する。
「見つけた・・・アンタは私をみたしてくれるのかしら・・・?」
葉月は妖しい笑みを浮かべて言いかけると、男のいる屋上に向かって飛び上がる。振り返った男の前に、葉月が着地した。
「ねぇ・・アンタは私をどんな気分にさせてくれるの・・・?」
葉月が男に向けて妖しく語りかける。
「切ッテ刻ンデスリ潰ス・・・切ッテ刻ンデスリ潰ス・・・」
男はブツブツと呟くと、前方部を開いて鉄の腕を伸ばす。腕は葉月を捕まえ、男に引きずり込んでいく。
追い込まれているはずにも関わらず、葉月は笑みを消していなかった。
「切ッテ刻ンデスリ潰ス!」
男がその大口からさらに刃物を出す。この男は口の中に相手を取り込み、この刃で切り刻んでいるのだ。
その鋭い刃が葉月の体を刻もうと迫る。だが刃は葉月の体に接触すると、金属同士がぶつかるような甲高い音が鳴り響くだけだった。
「そんなもんなの?・・それじゃ全然気分がよくならないじゃないの・・・」
物足りなさを口にする葉月の右手の甲から刃が飛び出してきた。刃は男を前方部の口から体を貫いた。
その刃による攻撃は、男の命を奪いかねないものだった。だが男は未だに自分だけの快楽の言葉を繰り返していた。
それが自分の行為によるものなのか、こうして体を貫かれていることへのものなのか。それは葉月にも、男自身にも分からない、いや、どうでもいいことだった。
何らかの強い能動、受動によって刺激と快楽を堪能することしか、今の2人の脳裏にはなかった。
葉月は男を貫いている状態から、刃を振り上げて男を切り上げる。男は重々しい音を響かせて、その場に崩れる。
右手の刃に眼を向ける葉月。その刀身には淡い白色の液体が伝っていた。
葉月は感情の赴くまま、刃を舐めてその液体をすくい取る。そして彼女はさらなる快感を覚える。
もはやそこにいるのは葉月ではなかった。漆黒の鎧に身を包んだ彼女は、戦うことに快感を覚える凶戦士となっていた。
「そこまでだ。」
そのとき、そんな彼女に呼びかけた声があった。彼女が笑みを消さずに振り返ると、その先には拳銃を手にしている影路の姿があった。
「アンタを今まで探してた・・まさかこんな辺鄙なとこで見つかるとは思わなかったぞ・・」
影路がため息混じりに言い放つが、眼前の人物の正体が葉月であることに気づいていなかった。
「アンタ、6年前のここの大震災のときに、どさくさに紛れて、オレの家族を殺したんだよ・・・!」
影路が鋭く言い放つが、葉月は妖しい笑みを崩さなかった。今の彼女には、眼の前にいるのが影路と認識していなかった。
「・・知らないわよ、そんなの・・・知ってても、私には関係のないことよ・・・」
葉月のこの言葉に、影路は憤慨を覚える。だがそれを表には出さず、顔色を変えなかった。
「それより、アンタは私を楽しませてくれるの・・・?」
葉月が妖しく微笑んで、影路に迫る。すると影路は一丁の銃を取り出した。拳銃より一回り大きく、重みのある銃である。
「あぁ・・存分に楽しませてやるよ・・天国に昇れるくらいにな!」
感情を込めて言い放つ影路が、葉月に向けて銃の引き金を引いた。
画面の明かりだけが中を照らしている1室の部屋。その中のレーダーが1つの反応を示していた。
「これは・・・!?」
その反応と、その地点から呼び出した映像を見ていた女性が、驚愕を覚えていた。
「本部にいる人を全員作戦室に集めて。仮眠してる人がいたら叩き起こして。」
女性は部下に呼びかけると、自分も急いで部屋を飛び出していった。
次回
記憶をよみがえらせるために東京に来たんだけど・・
着いたら着いたで、いろいろ大変なことばかり。
でも影路っていう人が助けてくれて、ホントに嬉しかった。
いつかしっかりお礼をしたいな・・・