ホワイトデーキッス

 

 

 憧れだった人に、その想いとともにチョコを手渡したバレンタインデー。

 17歳の女子高生、ユカも憧れの相手、ヒデにハート型の手作りチョコを手渡した。

 1工程ごとに彼に対する想いを込めながら作ったチョコを、彼女は本命である彼に手渡した。

「・・ありがとう。1ヶ月後にちゃんとお返しをしないとね。」

 ヒデの感謝の言葉に、ユカは心から喜んだ。

 バレンタインデーの1月後はホワイトデー。バレンタインデーでのお返しと定説されているが、愛の告白の日ともされているなど、様々な説がある。

 その日にチョコのお返しをするとヒデはユカに約束してくれた。

 

 そしてホワイトデーの前日。ユカにヒデから連絡が届いた。バレンタインチョコのお返しに、彼女とどこかへ遊びに行きたいと言ってきた。

 ユカは迷うことなくこの誘いを受けた。誘ってくれた喜びと、どこに連れてってくれるのだろうという期待に、彼女は胸を躍らせずにはいられなかった。

 そしてその翌日のホワイトデー。予定の時間より早く駅前で待っていたユカ。

 腰の辺りまであった長い髪をツインテールにして、格好は上はポロシャツにジャケット、下はジーンズと少しラフで動きやすいものを着用していた。

 早く来ないかなと待ちわびていると、予定時刻の5分前に、ヒデがやってきた。

「あ、ゴメン、ゴメン。待った?」

「ううん、私が早く来すぎちゃっただけだから。」

 苦笑いを浮かべるヒデに、ユカは弁解する。

「それで、どこへ遊びに連れてってくれるの?」

 ユカが期待を込めて聞くと、ヒデは少し考えてから答えた。考えたといっても、既に計画は練りあがっていて、あえて考えているふりをしていただけだった。

「そうだな・・遊園地なんてどうかな?」

「遊園地・・うん。しばらく行ってなかったから、近いうちに行きたいと思ってたの。」

「そうか。それはよかった。じゃ、行こうか。」

 ヒデに促されて、ユカは満面の笑みを見せて頷いた。

 

 ユカとヒデの楽しい時間が始まった。

 遊園地は少し混み合っていたが、不敏になるほどではなかった。

 ジェットコースター、ホラーハウス、レストランなど、遊園地での時間を心行くまで楽しんだ。

 そして観覧車に乗ったユカとヒデ。ユカは眼下に広がる遊園地に魅入られ、それをヒデは笑みを浮かべて見つめていた。

「うわぁ。遊園地がおもちゃみたいだよ。」

「ホント、きれいだね。でも、君と比べたらさすがに見劣りしてしまうね。」

 ヒデの誉め言葉に、ユカは思わず頬を赤らめる。

「そんなきれいな君に、バレンタインのお返しをしないとね。」

 そういってヒデは上着のポケットから1つの箱を取り出した。ユカに見せるようにその箱を開く。

「うわぁ。きれいな指輪だぁ。これ、ホントに私に?」

「あぁ。それと、オレの愛の気持ちも兼ねて。」

 ヒデの告白に、ユカは心からの喜びを感じた。ここまで想ってくれる人に出会えて、彼女は嬉しかった。

「よかったら、はめてみてくれないか?目安で買ってきてしまったから、合うかどうか分からないんだ。」

 苦笑を浮かべながら頼むヒデ。ユカは微笑んで見せて、その指輪を右手の人差し指にはめた。レッドエメラルドの宝石がひとつ付いた指輪である。

 指輪のサイズはユカの指に当てはまるものだった。

「うん、大丈夫。ちゃんと合うよ。」

「アハハ、それはよかった。」

 満面の笑みを見せるユカ。いい加減な態度で笑みをこぼすヒデ。

 そんな愛の会話をしているうち、観覧車はまた乗降口に戻ってきていた。

 

 遊園地でのひと時を過ごしたユカとヒデは、楽しみを終えて出入り口に向かっていた。彼女は彼がプレゼントしてくれた指輪を眺めて、笑みを浮かべ続けていた。

 指輪の宝石は、夕日の光を浴びてさらなる輝きを宿っていた。

「ありがとう、ヒデ。遊園地とかプレゼントの指輪とか、楽しい1日だったよ。」

「それはよかった。よかったついでに、今夜はオレの家に泊まるといいよ。」

「えっ?いいの?」

 ヒデの申し出に驚きを見せるも、ユカはすぐに笑顔を見せた。

「都合、悪かったかい?」

「ううん、今夜は大丈夫。でも、そこまでしてくれなくても・・」

 苦笑を見せるヒデに、ユカは恥ずかしさを感じた。彼はここまで自分を想ってくれていることに、真正面からなかなか向き合えなかった。

 彼女がもじもじしていると、ヒデが笑みをこぼしてきた。

「言ったはずさ。バレンタインのお返しがしたいって。このお誘いもそのひとつ。その締めくくりだよ。」

「締めくくり?」

「というよりも、クライマックスというのが正しいかな?」

 疑問符を浮かべるユカに、ヒデは微笑んで彼女の手を取る。その行為に彼女の胸の高鳴りがさらに強まる。

「受けてくれるかい?」

「・・・うん、もちろん・・」

 ヒデの誘いを、ユカは快く受けることにした。

 

 そしてヒデの自宅に着いたときには、日はすぐにも落ちそうなところだった。

 彼は1人暮らしで、彼女を家に呼ぶことに気遣いはさほど必要なかった。

「はい、どうぞ。家でオレからの最高のもてなしをするから。」

「そんな、もてなしだなんて・・」

 玄関のドアを開けてもてなすヒデに、ユカはまたも頬を赤らめて微笑む。彼の言葉に甘えて、家の中に入る。

 しかし家の中は、いつもとあまり変わらなかった。ユカは何度かヒデの家を訪れたが、もてなしと思われるものは見当たらない。

「何も見当たらないみたいだけど・・・どこかでそのもてなしを隠してるとか?」

 リビングに来たユカが辺りを見回す。そんな彼女に振り返って、ヒデが微笑む。

「いいや。もてなしはもうできているよ。君がここに来た時点でね。」

「えっ?」

 ヒデの言葉の意味が分からず、ユカはきょとんとなる。

 そのとき、彼女の眼から生の輝きが消えた。意識を奪われたような虚ろな表情を浮かべて、その場に立ち尽くす。

 彼女の指にはめている指輪の宝石が淡い光を宿している。

「やっと指輪が効果を発揮したようだね。」

 その指輪の光を見て、ヒデが笑みをこぼす。

「その指輪は、はめてから2時間以内に外さないと、効果が起こってしまう代物だからね。」

 指輪の宝石の光が強まり、さらにユカの手を、腕を、体にまで侵食を始める。

 やがて体全体を包み込むと、光は消えて、変色したユカが現れた。それははめた指輪についているものと同じ色、同じ質の宝石になっていた。

「これがこの日、オレの最後の、そして最高のお返し。それは、最高の美さ。」

 ヒデが両手を広げて、宝石の像となったユカを称える。

「この指輪の宝石は、身に付けたものを同じ宝石に変える。まさに最高の美につり合えるという現象が起きる。あ、こういう言い方はユカに失礼だね。」

 思わず苦笑を浮かべつつ、ヒデはレッドエメラルドの宝石となったユカの頬に優しく手を当てる。

「この効果は指輪を外さない限りなくならない。でもこうなった以上、自分で外すことはできない。」

 彼女の眼をじっと見つめる。宝石の魔力に意識を奪われた彼女は、虚ろな表情を浮かべたまま固まっていた。

「オレはこの指輪を外すつもりはない。というより、外すのはもう難しくなってるよ。」

 彼は視線を彼女の指にある指輪に移す。

「君は指を少し曲げた状態で宝石になっている。だから指輪は引き抜けない。ムリに外そうとすれば、その前に君の指が割れてしまうことになる。」

 彼の呟きの通り、ユカの指輪はもはや外せないに等しくなっていた。

「これで君はオレと一緒さ。決して離れることはない。そして君はその最高の美のまま、ずっと変わることはない。」

 視線を再びユカに戻すヒデ。

「これがオレが君へのバレンタインのお返し。そしてオレの君へのもてなしだよ。」

 宝石の頬に手を添え、彼女をじっと見つめる。

「君を、誰にも渡したりはしないよ・・・」

 そして彼女の唇に自分の唇を重ねる。宝石となっている彼女からはあたたかさはなかったが、彼は心のあたたかさを感じていた。

 そのぬくもりを確かめるように、ヒデはユカの宝石を体を抱きしめた。2人の愛は、こうして永久不変のものとなった。

 

 ユカは宝石となった。

 彼女はバレンタインのお返しとして、ヒデの想いを受けて、彼のその愛を受け取ったのだった。

 もう彼女は人としての生はない。しかし彼女は悲しみを感じていなかった。

 ユカはヒデの愛に包まれて、至福の喜びを感じている。もう2度と離れることはない。一人ぼっちになることもない。

 これ以上の幸せはない。そう感じ取っているはず。

 少なくともヒデはそう思っていた。

「これからは君を放さないよ、ユカ・・・」

 

 

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