ウォールマスター 〜恐怖の館〜

 

 

 とある森の中にあるという古びた館。

 そこに足を踏み入れた者は、決して無事では出られないという。

 

 その館の噂を調査していた優(ゆう)と真理子(まりこ)は、ついにその館があると思われる森の中を進んでいた。

 2人は通う高校のオカルト研究会の会員である。といっても、会員は彼女たち2人だけであるが。

 1度踏み込んだら2度と出られないと言われている館について、彼女たちは調査をしていた。聞き込み、ネット上の書き込み、様々な文書など、あらゆる手を施した。

 そしてついに、その館のおおよその場所を突き止めたのであった。

「ねぇ、まだつかないの、真理子?」

「もうちょっとのはずなんだけど。」

 子供じみた口調で優がたずね、真理子が戸惑いを込めた返事を返す。

 茶色がかったショートヘアをしている優は、普段から無邪気な性格である。長い黒髪を首元の辺りの長さで1つに結わいて、大人びた装いをする真理子のそばにいると、さらにそれが浮き上がってしまう。

 2人とも心霊現象などに関心があった。これが2人が意気投合するきっかけとなった。

「古い本や周りの聞き込みや情報から、やっとここを探し当てたんだから。こうなったら徹底的にしらべてやるわ。」

 張り切る優に真理子は苦笑する。どこからそんな元気が出てくるのか、真理子は少なからず疑問に思っていた。

 林や草むらを掻い潜り、一歩一歩前進していく優と真理子。そしてついに、林を抜けたその先の広場に、1つの建物を発見したのである。

「も、もしかして・・」

「あれよ!あれに間違いないわ!」

 困惑の面持ちで建物を見つめる真理子と、歓喜に湧いてその場で飛び跳ねる優。

 2人の眼前に、噂とされている恐怖の館がそびえ立っていた。

 真理子は腕時計に視線を移す。時計は5時を少し過ぎていた。

「さて、ちょっと中をのぞいてみますか。」

「ち、ちょっと待ちなさい、優。」

 意気込んで館に向かって進もうとする優の腕をつかんで呼び止める真理子。

「どうしてよ、真理子?館は眼の前だっていうのに。」

「もうすぐ日が沈んで暗くなるわ。また今度、明るくなってからにしよう。場所は分かってるんだから。」

 真理子の言うとおり、日は傾きかけて沈もうとしていた。しかし優は帰ろうとする気配はなかった。

「何言ってるの?こういう怪奇的なのは、夜に起こりやすいものと相場が決まってるのよ。だから今行くのよ。」

 すっかり行く気になっている優に、真理子は呆れるしかなかった。

「さぁ、真相を突き止めるべき出発よ!」

「ダメだよ。」

 元気よく前に進もうとした優を呼び止める声。優と真理子が振り返ると、そこには1人の少年が立っていて2人を見つめていた。

 少年は右腕を包帯で巻いて、その包帯を首に引っかけていた。

「あの中に入ったらダメだよ。」

 少年がさらに優たちを呼び止める。

「ダメ?どうして?あの中に何かあるの?」

 優が少年に聞き返す。少年は表情を変えずに答える。

「あの中には恐ろしい怪物がいるんだ。1度入ったら、2度と出てこれなくなるよ。」

「怪物・・・!?

 少年の言葉に真理子が不安の様子を見せる。しかし優は逆に歓喜を顔に浮かべていた。

「やっぱりあの噂はホントなんだわ!だったらなおさら行かないといけないわね!」

「やめたほうがいいよ。帰れなくなるよ。」

 少年がさらに念を押してくるが、優は全く聞いていなかった。

「行こう、真理子!早速この中を調べるわよ!」

「ちょ、ちょっと、優!?

 駆け出していった優。彼女を慌てて追いかける真理子。

 2人の後ろ姿を見送ったまま、少年はその場で立ち尽くしていた。

 

 古びた扉を開け、館の中に足を踏み入れた優と真理子。ここには電気が流れておらず、周囲に明かりとなるものも見当たらなかった。

「ここにはろうそくが見当たらないね。しばらく誰も住んでなかったみたい。」

「念のために懐中電灯を持ってきておいてよかったわ。」

 見えないのに辺りを見回す優。真理子がバックから懐中電灯を取り出し、明かりを照らす。

 この部屋は古びた戸棚やテーブルが置かれているが、しばらく使われた形跡がなく、ほこりをかぶっているものもあった。

 上に続く階段はなかったが、部屋の奥に下に下りる階段があった。

「地下に続いているようね。」

「もしかして、その地下に行方不明になった人たちが見つかるかもしれないよ。」

「もうよそう、優。明日明るくなってからまた来よう。」

 真理子が不安そうに言いとがめるが、優は館の謎を解き明かそうとすっかり乗り気だった。

「大丈夫よ。何かあったらすぐに出ればいいわけだし。それにここまで調べたんだから、今のうちに調べたほうがいいよ。」

「あっ!優!」

 優は満面の笑みを真理子に向けて、地下への階段を下りていってしまった。

「もう、優ったら・・」

 真理子は腑に落ちない気分に陥りながらも、優を放っておくこともできず、後を追って階段を下りた。

 

 階段を下りたその先には、さらに大きな部屋が広がっていた。そこも明かりらしきものがなく、懐中電灯で探ることになった。

「この雰囲気・・何か出てきそうな感じだね。もしかしたら、行方不明になった人たちがそこに・・」

 歓喜に湧いている優をよそに、真理子は不安の表情を隠せずにいた。

 この暗い未知の場所。何が現れるか分からない。もしかしたら人でないものが出現するかもしれない。

 真理子の脳裏に様々な不安がよぎっていた。

「あっ!真理子、あそこ!」

 そのとき、優が奥に続く扉を発見した。彼女に呼びかけられ、真理子が振り返る。

「もしかしたら、この先に・・・」

「待って、優!」

 真理子が呼び止めるのも聞かず、優はその扉をゆっくりと開けた。

「・・・な、何なの・・・!?

 歓喜に満ちていた優の笑顔が凍りついた。その部屋は明かりがなく広かったが、その壁には人の姿が浮き出ているという異様なものだった。

 その人たちは、いずれもその壁の石と同じ色になって、壁にめり込んだまま微動だにしていなかった。

「なんか・・イヤな気分ね・・・」

 優が懐中電灯で照らしまわしながら、恐る恐る壁に近づいていく。そして壁を、壁にめり込んだ1人の少女の頬に手を触れてみる。

「つ、冷たい・・・それに、この手触り・・・!?

 優は少女に触れた感触に嫌悪感を覚える。色だけでなく、体の質そのものまで壁と同じだったのだ。

「もそかして、ここにいるのは・・・真理子!」

 優は血相を変えて真理子に駆け寄った。

「あ、あれ?・・・真理子・・?」

 しかし、戻ってきたその場所に、真理子の姿がない。周囲に明かりを照らして回るが、どこにも見当たらない。

「真理子、どこ!?

 優が必死に呼びかけるが、真理子は答えない。

「1人で出てっちゃったのかな・・・でも、真理子は私を置いて勝手に出て行ったりしないし・・・」

 優の中にさらなる不安が広がる。

「あ、あれ・・・?」

 そのとき、優は何らかの違和感を感じた。ふと懐中電灯の明かりを見つめると、その明かりが暗くかげって見えた。

 ふと天井を見上げると、

「えっ!?

 優は思わずその場から飛び出した。その勢いでつまづき、前のめりに倒れる。

 さっき自分がいた場所に振り向くと、そこには巨大な手があった。

「な、何なの・・・あれ・・・!?

 優が眼の前にいる巨大な手に驚愕を覚える。手はゆっくりと握り締めた後、そのまま床の中に入り込んでいった。まるで床を通り抜けるように。

「イヤァ!」

 優は恐怖のあまりに叫んで、なりふりかまわずに駆け出した。外に通じる階段を目指して、ひたすら廊下を駆け抜けていく。

 そして再びつまづいて倒れ、痛みにうめきながら立ち上がる。そのとき、ふと横の壁に視線が移った。

 そのとき、その壁に見覚えのある姿があり、優は眼を疑った。

「な・・なん、で・・・!?

 その壁には、あの少女たちと同じように、真理子が埋め込まれて固まっていた。

 髪型、服装。先ほどまで一緒にいた彼女そのままだった。

「ま・・り・・こ・・・」

 優の振り絞る声が震える。動かない真理子から次第に離れていく。

 そのとき、優は廊下のわずかな明かりがさらに暗くなったのが気になり、ふと後ろを振り返った。

「えっ・・!?

 背後に存在していた巨大な手に優は愕然となる。そして間髪おかずに恐怖を感じる。

「イヤァーーー!!!

 優は振り返り、手から逃げ出そうと前に踊り出る。だが、手はそんな彼女を簡単に捕まえてしまう。

「イヤッ!放して!」

 優が必死に手から逃れようとするが、手の力と拘束から抜け出すことができない。手は優をつかんだまま、ゆっくりと壁のほうに移動していく。

 そして壁に接触するかと思われたとき、手は壁の中にすり抜けるように入り込んでいく。

「えっ!?

 自分の体まで壁に入り込んだことに、優は驚愕する。まるで壁が自分の体に触れているかのような不快感が彼女を襲った。

(このままじゃ、壁に・・・!)

 この手に捕まれたまま壁に引きずり込まれれば、真理子やみんなのように固められてしまう。そう感じた優は必死に壁から抜け出そうとする。

 しかし溶け込んだように壁に入り込んだ体はびくともせず、どんどん壁の中に吸い込まれていく。

「ダメ・・・たす・・け・・・」

 やがて優が巨大な手に引きずり込まれて、完全に壁の中に入り込んだ。

 

 壁の中に引きずり込まれた優は、ひどい不快感を感じていた。

 中は暗い茶色が広がっていた。壁の影を想像すれば、こんな感じになるのだろう。

(く・・苦しい・・・息が、できない・・・)

 異空間の真っ只中で息詰まる感覚を覚えていた優。まるで土の中に埋められて、窒息していくような。

 必死に自分の体を抱きしめて、痛みをこらえる。そのとき、優は驚愕する。

「これって・・・!?

 自分を抱いていた両手が、壁と同じ色に変色していた。優にさらなる恐怖が植え付けられていく。

 全く動かなくなったわけではなかったが、次第に両手の自由が利かなくなっていく。

(ダメよ・・ここにいたら、私も固められちゃう・・・早く出ないと・・・!)

 危機感が高まっていく優が、空間を見渡して、出口を探す。無重力に感じる空間を1人さまよっていく。その間にも、彼女の体の変色は次第に広がっていき、彼女に痺れにも似た束縛を与えていた。

(早く・・・もっと早く・・・!)

 あるのかさえ分からない出口を目指して急ぐ優。

 しばらく空間をさまよっていると、彼女の視線の先に、一条の光が現れた。絶望という暗闇の中で現れた希望の光とも感じ取れた。

(もしかして、あれが・・!)

 優は胸中で歓喜に湧きながら、急いでその光を目指した。すでに彼女の変色は体にまで及んでいた。

 その激痛に耐えて、優はその光の中に飛び込んだ。

(えっ・・・?)

 しかし、光に飛び込んだ瞬間、優は完全に動けなくなる。

(あれ・・・どうしたんだろう・・・あの光に入れば、外に出られるんじゃ・・・)

 微動だにできない優。周囲は真っ白に光り輝いていた。

(動けない・・・うごけ・・ない・・よ・・・)

 光をつかもうとする体勢のまま、優の意識が薄らいでいく。彼女の変色が体を包み、首筋を駆け上がってきていた。

 何の抗いもできず、変色が涙を流す優を完全に包み込み、彼女の感覚と意識がそこで途切れた。

 

 壁に埋め込まれる形で固められたマ真理子の隣に優はいた。彼女も真理子と同じように壁に埋め込まれて固まっていた。

 彼女が見て飛び込んだのは、外の光だった。そこに飛び込めば外に出られると彼女は信じていた。

 だが、“壁”という障壁に阻まれた優は、粘着質の網に引っかかったように身動きが取れなくなった。そして壁の中の空間にいることで起こった、壁の同質化に包まれてしまったのである。

 希望の光をつかもうとしながら、それをつかめなかった優。

 動かなくなった彼女を、1人の少年がじっと見つめていた。優と真理子に館に入らないようにと忠告した、右手を包帯で巻いた少年である。

 少年は無表情で2人に声をかけた。

「だから言ったのに・・人の家に勝手に上がりこんじゃいけないって、教わらなかったのかな・・・?」

 答えるはずのない優と真理子に語りかける少年。するとその背後の壁から、彼女たちを壁に埋め込んだ巨大な手が姿を現した。

 すると少年は右手の包帯を解き始めた。薄汚れた包帯が床にゆっくりと落ちていく。

 そして包帯を全て解いた少年。その右腕は、手首から先がなかった。

 少年はその腕を大きく伸ばした。すると背後で構えていた巨大な手が収縮されていく。

 人の大きさにまで小さくなった不気味な手。それが少年の手のない右腕にくっつく。そしてそれが人としての手に形成されていく。

 完全に少年のものとして形成された手。手を握ったり緩めたりして、その感覚を確かめる少年。

「あまり深く入り込んでしまうと、このような目にあってしまうんだよ。」

 右手を下ろし、小さく笑みをこぼす少年。

「この右手に捕まって壁に引き込まれた人は、その壁と同じ質の石に変わってしまうんだ。1度引き込まれたら、自力では出ることはできないよ。外の光を見ても、“壁”という隔たりに引っかかって、そのまま身動きが取れなくなるよ。」

 固まった優と真理子を見て、さらに笑みをこぼす少年。

「ここまで来たんだ。ここにいるといいよ。ずっとね・・」

 少年はきびすを返し、右手の指を小刻みに動かしながらこの廊下を立ち去っていった。

 優と真理子は動かない。壁に埋め込まれ、壁と同じ質の石になったまま、この館で永遠を過ごすことになる。

 

 とある森の中にあるという古びた館。

 そこに足を踏み入れた者は、決して無事では出られない。

 その館の主である少年の魔手に取り込まれ、その行動を止められてしまったのだから。

 

 

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