ウォールマスター

 

 

「また来たよ、ナナ・・・」

 ユイが1つの墓の前で祈る。

 ユイとヒトミは、共通の親友のナナの墓参りに来ていた。ナナはいじめや暴力で傷つけられ、最後は2週間前の集団暴行で亡くなってしまった。

「そろそろいこう、ユイ。」

 ヒトミがユイに声をかける。

「分かった。・・・また来るからね、ナナ。」

 ヒトミに続いてユイもその場を立ち去る。

 

「ここ最近、女性が次々と行方不明になってるみたいね。」

 帰り途中に、ヒトミが連続失踪事件の話を持ち出す。

「何、こんなときに。」

「その行方不明者、全員ナナをいじめてた連中なの。」

「ちょ、ちょっと!まさかヒトミ・・・」

「な、何言ってるのよ!そんなことあるわけないでしょ!」

「あ・・・・」

 ヒトミの話を聞いて、ユイにはその犯人がナナではないかと思ったのだ。それを聞いて慌てるヒトミ。

 そんなことはあるわけがない。ナナはもうここにはいないのだから・・・。

「ご、ごめん。そんなつもりじゃ・・・」

 ハッとしてユイに謝罪するヒトミ。

「い、いいのよ。あたしもついカッとなっちゃって。」

 

「あ、おーい!ヒトミ!」

「アレ!シンゴさんだよ!」

 雑談をしていた2人は、ヒトミの彼氏であるシンゴを見かけた。

「今、バイトが終わったところだよ。ヒトミたちはどうしたんだ?」

「うん・・ちょっとね・・・」

 シンゴの問いにうつむくヒトミ。それを見かねたユイは、

「ヒトミ、あたし先に帰るね。それじゃシンゴさん、頑張ってね。」

「ああ、ユイ!」

「じゃ、また明日ねー!」

 ヒトミたちの返事を待たずに早々と走り去っていくユイ。

「っもう!ユイったら・・・」

 ユイの親切を受け入れながら、皮肉を口にするヒトミ。

「それじゃ、いこうか、ヒトミ。」

「うん!」

 

「あの事件、全然解決の兆しが見えてこないなあ。」

「うん。空から巨大な手の化け物が降ってきて、さらってるっていう根も葉もない噂まで出て来てるよ。」

「だいじょうぶだよ。凶悪犯だろうが怪物だろうが、お前はオレが守ってやるよ、ヒトミ!」

「まあ、シンゴったら。」

 楽しい話で盛り上がっている最中、突然シンゴの動きが止まった。

「シンゴ?」

 不審に思ったヒトミ。その直後、疑問が恐怖に変わった。

「シ、シンゴ!?

 巨大な物体がシンゴの体を貫いていた。心臓を一突きされ、シンゴは絶命していた。

 ヒトミが振り返った先には、巨大な手の化け物が存在しており、その人差し指がシンゴを貫通していた。そして、ゆっくりと人差し指を抜いて大きく手が広がる。

「キャアアーーーー!!!

 絶叫するヒトミを容赦なく手が襲う。

「イヤ!放して!」

 ヒトミを掴む手。そしてそのまま飛び上がり、夜の空の闇に消えていった。

 

 

 ヒトミたちと別れ、1人自宅に戻ってきたユイ。高校進学の際に、1人暮らしをしたいと言って、、マンションに住むことになったのだ。

「ヒトミ・・・ナナ・・・」

 悲しみに心を濡らしながら、ユイは机にある写真立てを手に取る。高校に入って半年たった頃に撮った写真である。

 今は亡き親友を想いながら、ユイの眼から大粒の涙が零れる。

 

「ユイ・・ユイ・・・」

 突然、ユイの耳に声が響いた。

「何?・・この声・・・」

 聞き覚えのある声だった。辺りを見回すユイ。しかし周りには誰もいない。

「ユイ・・ユイ・・・」

「ナナ?ナナなの!?

 声の主はナナだった。死んだはずのナナの声が、ユイの耳に届いていた。

「ユイ・・ここよ。」

「えっ?ここって・・鏡!?

 信じられない事に、ナナの声は壁に付けられていた鏡から発していた。

「ナナ、これって・・・」

「私はいつもユイを見てたよ。ユイも私のことを想ってくれてたみたいね。」

「ナナ、本当にナナなの!?

「ユイ、今から私の世界に案内してあげる。誰も傷つく事のない世界だよ。」

「あなたの・・世界?」

「手を差し伸べて。そうすれば行けるわ。」

 ナナに促されて、手を伸ばすユイ。

「わっ!」

 すると水に溶け込むように、ユイは鏡の中に吸い込まれていった。

 

「ん・・んん・・・」

 鏡の中に吸い込まれたユイは、一瞬気を失っていた。気がつくとそこは漆黒の闇とも言える所だった。

「あっ!ヤダッ!あたし、裸!?

 言葉通り、ユイは何も着ていない全裸の姿だった。そのことを恥らいながらも、水の中を泳ぐようにその空間を進んでいく。

「ナナ、どこなの?」

 進みながら辺りを見渡すユイ。

 

「ここよ、ユイ。」

 ナナの声が聞こえた。ユイが振り返った先には、確かにナナはそこにいた。彼女もまた一糸まとわぬ裸身を見せていた。

「ナナ!」

「久しぶりね、ユイ。」

 ユイの感激の声に、ナナは笑顔で答える。

「ねえ、ここはどこ?なんであたしたち裸なの!?

「ここはあなたがいる世界とは違う空間。魂、つまり精神体の世界なの。精神体は何もまとわず、常に生まれたままの姿でいるの。」

「でもあたし、死んでないし。」

「あなたは今は私の力で、精神と肉体を同一化させて、鏡を出入り口にすることでこの世界に入れるようにしたのよ。」

 次元の違う話と現実に、思わず自分の体を抱きしめるユイ。

「ここは私の世界。ここでは全て私の思い通り。もういじめられることも暴力に苦しむこともない。」

 そう言って右手を近くの壁にかざすナナ。

「これを見て!」

 

 ナナの指した壁から人影が現れた。その正体はヒトミだった。

「あっ!ヒトミ!」

「・・あ・・・」

 今まで気を失っていたらしい、ユイの呼びかけで意識を取り戻す。

 彼女もまた全裸だったが、下半身と両手が壁の中に埋まったままだった。

「あっ!ユイ!・・えっ!?ナナ!?どうしてナナが!?

「ここ、ナナの世界らしいんだ。」

「そうよ。ヒトミもようこそ。」

 不敵な笑みをヒトミに見せるナナ。

「これから、私の仕返しが始めるのよ。」

「えっ!?

「仕返しって・・・」

 笑みを消さないまま、ナナはヒトミに向かって右手を広げた。

「あっ!」

 ヒトミが驚愕の声を上げる。壁にめり込んだ両手と腰から、ヒトミの体が石になり始めた。

「ちょ、ちょっとナナ、仕返しって、まさかヒトミに!?どうして!?

 ユイも驚愕と困惑の声を上げる。ナナの顔が怒りの色に染まっていく。

「どうして!?こいつは私を見捨てたのよ!」

「見捨てた!?ヒトミが、ナナを!?

「そう、そうなのよ、ユイ。」

 変わりゆく自分の体に困惑しながら、ユイに答えるヒトミ。

「ナナが死んだあの日、私、見てたの。集団暴行を受けてるナナを。私その場を通りがかって・・助けようと想ってたけど、あの連中にやられるのが怖くて・・思わず、逃げてしまったのよ。ゴメン!私が勇気を出してればこんなことに・・・」

 必死に事情を説明しながら涙ぐむヒトミ。ユイも思わず涙を浮かべている。それでもナナの怒りは消えない。

「あの連中って、こいつら!?

 するとナナは右手を上にかざす。そこには、壁に埋まっている女性の石像が所々に何体も点在していた。しかも、それらは全てナナをいじめていた人ばかりだった。

「まさか、ナナが!?

「あの、手の化け物も、ナナが・・」

「化け物ってこれのこと!?

 気が付くとナナの隣には、あの手の化け物が存在していた。

「キャッ!もしかして、シンゴを殺したのも・・」

「えっ!?シンゴさんが!?

「邪魔者は消えてもらわないとね。」

 

 ヒトミの石化が肩、胸にまで及んだ。後悔と恐怖で涙ぐむヒトミの頬を、ナナは手で触れる。

「泣いたってムダよ。私が受けた痛みは泣くぐらいで済むようなもんじゃないわ!」

「ゴメン・・ゴメンネ・・ナナ・・」

「ナナお願い!ヒトミを放して!」

「もう謝ったって許さない!オブジェになって自分の罪を悔い改めなさい!ずっとここで!」

 ナナの触れるヒトミの頬も石に変わっていく。

「ユイ、アンタは、こんな私、許してくれないよね・・・」

「そ、そんなことないよ!そんなこと・・・」

 涙を眼に浮かべながら、必死に笑顔を見せるユイ。

「あ、ありが・・とう・・ユ・・・イ・・・」

 ヒトミも必死に感謝の言葉を口にする。そしてヒトミにかけられた石化が唇を、涙あふれる瞳をも包んだ。

「ヒトミーーー!!!

 友を想うユイの絶叫が、この空間にこだました。ヒトミの体は完全な石になり、その動きを止めていた。

 

「ユイ・・・なんで、こんなヤツをかばうのよ!?暴力に苦しむ私を見捨てていったこいつを!」

 ユイの悲しみを無視して、怒りの矛先をユイに向けるナナ。ユイの眼にはまだ涙があふれていた。

「だって、親友だもん。親友を想うのは当然のことだよ!」

「その親友を放って逃げたのはこいつなのよ!」

「ヒトミだって、怖かったのよ。それなのに、責められるわけないよ。」

 ナナは歯がゆい気分だった。今となっては唯一の親友と信じていたユイに裏切られたと思い込み、心の中で怒りと混乱が交錯して、どうにもならなくなりかける。

 

 しばらくすると、ナナの顔から憎悪が消えた。そしてナナは手の化け物を退け、ユイに近寄る。

「ナ、ナナ?・・・あっ!」

 ユイに近づき、抱きしめるナナ。その行動にユイは困惑する。

「ナナ、何を・・・?」

 妖しい笑みを浮かべるナナ。

「ユイ、私はいつもユイのことを見てたのよ。」

「あっ!ああ・・・」

 ユイの耳元で囁きながら、ナナはユイの背中を指でなぞる。ユイの困惑がさらに高まる。

「ユイのことだったら、ユイの次に理解しているつもりよ。」

「ちょっと、ナナ・・・」

 ナナは左手で、ユイのお尻を触りだした。抵抗のあったユイだったか、自分の中からあふれ出す好感を抑え切れなかった。

「これが、生きてるってことなんだね。」

「止めて、ナナ!止め・・て・・・」

 ナナは今度は右手で、ユイの胸を触りだした。好感の波に押し切られ、振り切ることができないユイ。

「この心の高鳴りが、自分は生きてるんだって実感できるんだよね。でも、今の私にはそれがない。」

「ナナ!ナナ・・・」

「ずっとここにいて、ユイ。ここなら、あなたを幸せにできる。私がそうするわ。」

「・・・・・」

 ナナに恥らう行為をされながらも、ユイはしばらく沈黙して、

「お願い、ユイ。」

「えいっ!」

 いきなりユイはナナの体を押す。高まる鼓動を抑えるように自分の体を抱きしめながらユイは言う。

「あなた、誰?」

「だ、誰って、私は・・」

「あなたは、ナナじゃない!ナナはこんなことをするような・・・」

「したくてもできなかっただけの話よ。」

「違うっ!ナナに成りすましてあたしたちをもてあそばないで!あなたみたいな人なんかと一緒にいたくないっ!」

「ユイ・・・」

 声を荒げるユイと、心が荒れるナナ。

「もういいわ。あなたも私を受け入れてくれないのね!」

 そう言うとナナはユイに右手を突き出す。するとそこから衝撃波が発し、ユイを壁に押し付ける。

「キャッ!」

 ぶつかると思われたユイの体は何もないかのように壁に入り込み、両手と下半身が壁に埋め込まれる。

 ナナはユイに再び近づいて抱きしめ、ユイの胸に自分の顔をうずめた。

「イヤッ!止めてっ!」

 手足が壁に入り込んでいるユイは、まともな身動きができず、否定の叫びを上げるしかなかった。

「みんな自己満足で生きているのね。ユイだってそう。」

 ユイに囁きながら、今度は胸の谷間を数回舌でなでる。まるで飼い主にじゃれる内気な犬のように。

「あはあー!・・ああ・・・」

 ユイの叫びは言葉にならず、いつしか声にもならなくなっていた。

「私も自分に忠実にすることにするわ。私はあなたを放さない!例えあなたをオブジェに変えてでも!」

 

 ナナの言葉通り、ユイの体がめり込んだ部分から石に変わり始めた。ユイから体をいったん離し、ナナは自分の両手をユイの両頬に当てる。

 虚ろな表情のユイが呟く。

「あたし、石になってく・・ずっと、このまま・・・」

「そう。このまま私と一緒だよ。ユイはこのままオブジェに変わってしまうけど、私はずっとユイとは離れないよ。」

「・・ナナ・・・」

 ユイの虚ろな顔に変化はない。自分の体が硬く冷たくなっていき、自由も利かなくなる。

「あたし、石にはなりたくないよ。ナナやヒトミを想うことができなくなっちゃうよ。」

「ユイ、これは死ぬこととは違うのよ。オブジェとしてずっと生きていくということなの。罰として見たら生き地獄になるけど、裏を返せば友達として生き続けていられるのよ。」

 無表情のユイに、ナナは妖しい笑みを見せながら言い聞かせる。

「あ・・あうう・・・」

「いい気分でしょ?肌を触れられて感じられるんだから、この快感も喜べるはずよ。」

 石化は、放心しているユイの胸に及んだ。本心とは裏腹に、自分の体を蝕む石化に快感を覚えていた。

「ナナ、ヒトミ・・あたしたち・・友達だよね・・・」

 思考ができない心境の中、必死にユイが語りかける。

「ええ。この私の世界にいる限り、ずっと友達よ。」

 そう言ってナナは、自分の唇をユイの唇に重ねた。長い長い口付けだった。それがユイの心理を止めるには十分だった。

(・・・ナナ・・・)

 ナナが触れているユイの頬に涙が流れた。それでもナナは唇を離さない。

 ありとあらゆる快感が、ユイを心地よくさせていた。

 自分の体が石になっていく快感。人間の愛による快感。そして親友を想う気持ち。

 今のユイの心は、快感と友情で満ちあふれていた。

 

 やがて、ナナの触れる頬も、口付けする唇も、虚ろな瞳さえも石に変わり、ユイは完全に石化した。ナナに口付けされたまま、ユイの意識は途切れた。

 重ねていた唇を離し、ナナは石になったユイの体を抱きしめ、耳元で囁く。

「もう放さないよ、ユイ。ここにずっといよう。ここなら、私たちを傷つける人はいないから・・・。」

 ナナはユイのそばを離れなかった。

 自分だけの世界で、自分を傷つける人に生き地獄を与え、大切な親友と永遠に過ごす。

 誰にも邪魔できない空間で、ユイとナナは親友としてお互いを想い続ける。

 

 

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