月姫 -白夜の月紅-

Episode23「月下の輪舞曲(ロンド)」

 

 

「全く兄さんは!アルクエイドさんと一緒に出かけたまま帰ってこず、いったい何をしているのですか・・・!」

 帰宅しない志貴に対して、秋葉は憤りをあらわにしていた。夕方の直前に電話一本で外で一夜を過ごすことを聞かされ、彼女はいても立ってもいられなくなっていた。

「秋葉様、落ち着いてください。志貴さんには志貴さんの考えと付き合いがあるのですから・・」

「分かってますわ!ただ私は兄さんを心配しているだけです・・・!」

 琥珀の心配に対して、秋葉が声を荒げる。さつきも翡翠も秋葉と志貴が気がかりになって仕方がなかった。

 そのとき、玄関の扉が開いたかすかな音が聞こえ、秋葉がとっさに玄関に向かった。行き着くとそこには息を荒げている志貴の姿があった。

「志貴・・・!?

 遅れてやってきたさつきが、志貴の様子を見て声を荒げる。

「こんな時間まで何をやっていたのですか、兄さん!?電話一本よこすだけで、一晩中何をしていたのですか!?

 秋葉が志貴に向けて叱責する。だが志貴はその声を気に留めず、家の中を見回す。

「アルクエイド・・アルクエイドは来てないのか・・!?

「アルクエイドさん?・・昨晩は来てませんが・・?」

 問い詰めてくる志貴に、秋葉が眉をひそめて答える。

(ここに来ていない・・・やっぱり、ルナのところに・・・!)

 志貴はたまらず家を飛び出し、アルクエイドを探して外に飛び出す。

「兄さん!・・・弓塚さん、兄さんを追ってください!」

「は、はいっ!」

 秋葉の呼びかけを受けて、さつきが志貴を追っていった。そして秋葉がため息をついて、心配そうな面持ちを見せている琥珀と翡翠に振り返る。

「秋葉様、私たちはよろしいですか?」

「私たちもすぐに追いかけたほうが・・」

 翡翠と琥珀が言いかけるが、秋葉は首を横に振る。

「これは兄さんの問題です・・兄さんが心から頼ってこない限り、私たちが介入する余地はありません。」

「ですが、それでは・・」

「大丈夫です。兄さんはしっかりしてきていますし、もう私が手を回す必要もないでしょう。」

 翡翠の心配を前にしても、秋葉は微笑を崩さなかった。彼女は志貴の無事を信じて、待つことを決めた。

 

 アルクエイドを追って、必死の捜索を続ける志貴。彼を追ってさつきが駆けつけ、合流を果たす。

「志貴・・・よかった・・やっと追いついたよ・・・」

「さつき・・君がどうして・・・?」

 息を荒げながらも笑みを見せるさつきに、志貴が疑問を投げかける。

「秋葉様に言われて・・・それと、私も志貴が心配だったから・・・」

「さつき・・・」

 さつきの切実な思いに、志貴は戸惑いを見せる。

「志貴がダメだって言っても、私はアルクエイドさんを探すよ・・・」

「さつき・・・分かったよ。だけど相手は君を吸血鬼にしたルナだ。見つけても絶対に何とかしようとは思わないでほしい・・・」

「分かってる。でもそれは志貴も同じだからね。」

 互いに念を押す志貴とさつきが、思わず笑みをこぼす。そして2人は手分けして、アルクエイドの捜索を再開した。

 

 志貴と別れ、ルナとの決着に向かったアルクエイド。彼女はルナの気配を探って、学校跡地に行き着いていた。

(ここは絶好の隠れ蓑ね。死徒や他の連中がたくさんいそうね・・)

 アルクエイドが学校の校庭の中央に立ち、周囲を見回す。この場は嵐の前の静けさに包まれ、緊迫を強めていた。

 アルクエイドがおもむろに校舎の周りを歩いていく。そしてその廊下と隣り合わせとなっている窓の前に差し掛かる。

 そのとき、その窓からアルクエイドを狙って、吸血鬼が1人飛び出してきた。アルクエイドは跳躍して突進をかわし、その死徒を爪で切り裂く。

 体を断裂されて鮮血をまき散らして倒れる死徒。その亡骸を見下ろすアルクエイドに、さらなる死徒たちが次々と飛びかかってきた。

(まさに巣窟ね。死徒がどんどん出てくるわね・・・!)

 アルクエイドが不敵な笑みを作ると、向かってくる死徒たちを爪で切り裂いていく。切り裂かれた死徒たちから鮮血が飛び散り、校庭は血の海と化していく。

 その中で死徒たちを殲滅し、アルクエイドがひとまず肩の力を抜いて一息つく。そしておもむろに校舎の屋上に振り返る。

 その屋上には、彼女に冷たい視線を向けているルナの姿があった。

「お前が今倒したのは、私に血を吸われただけでなく、互いの血を吸いあっていった成れの果てに堕ちた死人たちだ。」

 ルナがアルクエイドに向けて淡々と告げる。

「やはり死徒は力はあるが理性がない。制御できない力はただの見せかけに過ぎず、その実もろい。私はおろか、お前の敵でもないということだな。」

「今日はえらく口数が多いじゃないの・・それにしてもどういうこと?私はともかく、他の吸血鬼たちが昼間に動いてるなんて。」

 アルクエイドが悠然さを見せて、ルナに問いかける。ルナも淡々とした態度を崩さずにそれに答える。

「簡単なこと。私は結界を張り、この場を一時的に漆黒に陥れている。そうすることで、この場に限り吸血鬼は行動を可能とするわけだ。」

「なるほどね。」

「だがここにいるのがお前と私だけなら、この結界を張っていることにもはや意味はない。」

 ルナがアルクエイドに言いかけて、展開していた結界を消失する。再び日が差し込み、真昼の空が広がった。

「ここからは私とお前だけの決闘だ。誰にも邪魔はさせない。誰にもお前を渡さない!」

「好き勝手に言ってくれるじゃないの・・・!」

 互いに言い放つルナとアルクエイド。屋上から飛び降りてきたルナに対して、アルクエイドが真っ向から迎え撃とうとする。

 だがルナの眼が紅く染まっていることに気付き、アルクエイドがとっさに回避行動を取る。直死の魔眼と吸血鬼の力を併用して、ルナはアルクエイドを断裂しようとしていたのだ。

「やっぱり敵に回すと厄介ね、その力・・!」

 アルクエイドが移動を続けながら、ルナに対して毒づく。

「私は相手を確実に死に追いやる術を持っている。たとえ真祖の姫でも、この死から逃れることはできない!」

「生憎だけど、私はここで死ぬわけにはいかなくなったのよ!私には待ってる人がいる!帰る場所があるのよ!」

 普段の平穏さをかき消して、感情をむき出しにするルナとアルクエイド。ルナの紅い刃とアルクエイドの爪が衝突した。

 

 アルクエイドを探して、志貴とさつきが街を奔走していた。さつきの五感が、かすかに感じるアルクエイドの気配をつかんでいた。

 さつきは志貴と合流を果たし、アルクエイドのいる学校跡地に向かおうとした。だがその彼らの前に、ワンピース姿のシエルが立ちはだかった。

「シエル・・・?」

「アルクエイドのところに行くつもりですか・・・?」

 当惑する志貴に、シエルが落ち着いた様子で問いかける。すると志貴も真剣な面持ちで頷く。

「そうですか・・・なら、私も同行いたしましょう。」

「シエル・・・」

 笑顔を見せるシエルに、志貴が戸惑いを覚える。

「私は埋葬機関の代行者として、アルクエイドとルナの行動を監視しなくてはなりません。最終的に断罪を行うことを前提に・・それに、志貴がここまで決意していることですから、私も黙っているわけにはいきません・・」

「シエル・・・ありがとう、シエル。オレはアルクエイドを助けたい。たとえ誰かを裏切ることになっても・・・」

 シエルに向けて決意を告げる志貴。彼の決意が揺るぎないものであることはシエルもさつきも分かっていた。

「とにかく行きましょう。急がなければ、何もかもが手遅れになってしまいますよ・・」

「はい、シエル・・・」

 シエルの呼びかけに志貴が頷く。それぞれの思いを抱えて、志貴たちはアルクエイドを追った。

 

 学校跡地にて、血で血を洗う戦いを繰り広げていたアルクエイドとルナ。だが直死の魔眼を駆使してくるルナに対して、アルクエイドは悪戦苦闘を強いられていた。

「よほど私の力を警戒しているようだな。だが私のこの力は絶対的に近いといえる。警戒したところで、お前に逃げる術はない。」

「また勝手を言ってくれるわね。でも私は、アンタにやられるわけにはいかないのよ!」

 淡々と告げるルナに、アルクエイドが敵意をむき出しにして言い放つ。だが迂闊に攻めることはアルクエイドにはできなかった。

(このままじゃ、いつかルナの牙に切り裂かれる。一気に決着を着けないと、こっちの勝機がなくなる・・・!)

 攻を焦るアルクエイドがたまらずルナに飛びかかる。だがルナは冷静にアルクエイドの動きを見据えて、爪による一閃をかわしていった。

「一気に勝ちを得る魂胆か。だがそんなに焦っては私を倒すことはできない。」

 ルナが紅い刃を突き出し、アルクエイドに迫る。その一閃がアルクエイドの体をかすめる。

「くっ!」

 アルクエイドが後退して、ルナを見据える。ルナは紅い刃を構えて、アルクエイドの動きを伺う。

「お前に打つ手はない。その血を私に捧げ、私とともに命を長らえるがいい。」

 ルナがアルクエイドに向けて紅い刃を振りかざす。アルクエイドが跳躍してその一閃をかわす。

 だがさらに飛び込んできた紅い刃がアルクエイドの右のわき腹を突く。体勢を崩されたアルクエイドが横転し、鮮血をまき散らす。

 わき腹に苦痛を覚えて動けないでいるアルクエイド。彼女の前にルナが立ちはだかり、紅い刃を構える。

「今度こそ終わりだ。お前の血を、私の栄えある糧としてくれる。」

 ルナに刃を向けられ、アルクエイドが危機感を覚える。

 そこへ一条の刃が飛び込み、ルナはそれに気付いて跳躍し、その一閃をかわす。着地した彼女が振り向いた先には、黒鍵を構えているシエルの姿があった。

「シエル・・・」

 ルナがシエルの姿を捉えて、眼つきを鋭くする。その間に割って入り、志貴がアルクエイドに駆け寄っていた。

「アルクエイド、大丈夫か!?しっかりするんだ!」

「し、志貴・・・」

 志貴の呼びかけに、アルクエイドが弱々しく返事する。

「どうして・・お前はどうして、オレに黙って1人で・・・!?

「志貴・・・やっぱり、志貴を傷つけさせたくなかったから・・・」

 悲痛さをあらわにする志貴に、アルクエイドが微笑みかける。彼女の反応に、志貴が歯がゆさを見せる。

「本当にバカなんだから、お前は・・・お前にはオレがいるじゃないか・・何で信じてくれなかったんだ・・・!?

「信じてたからこそ、私は1人で行ったのよ・・・絶対に生きて、志貴のところに帰るって・・」

 悲痛さに顔を歪める志貴に対し、アルクエイドは笑みを崩さない。

「・・・アルクエイド、お前は帰るんだ・・みんなのいる場所に・・・」

 志貴はアルクエイドに言いかけると、立ち上がり、ルナを見据える。そしてかけていたメガネを外し、携帯していたナイフを取り出す。

「お前の力は私のものと同列。私もお前も、死と隣り合わせということを自覚することだ。」

「この事件に首を突っ込んだ時点で、いや、この力を持った時点で、オレは死と隣り合わせだったのかもしれない・・・」

 互いに淡々と声をかけるルナと志貴。志貴はアルクエイドから離れて、ルナの動きを伺う。

 それを見計らって、今度はさつきがアルクエイドに駆け寄る。さつきはアルクエイドを支えて、この場から離れようとする。

「大丈夫よ、さっちん。私はこのくらいじゃ・・」

「分かってます。でもこれは、志貴の戦いですから・・」

 アルクエイドの声に、さつきは落ち着きを見せながら答える。本当はさつきも志貴が気がかりで仕方がなかった。

「志貴・・・さっちん、ちょっとだけ休憩したら、すぐに行くからね、私は。」

「アルクエイドさん・・・」

 アルクエイドの揺るがない意思に、さつきは戸惑いをあらわにした。その眼前で、志貴がルナと対峙していた。

「その勇気には敬服しておこう。だが度が過ぎれば、それは勇気ではなく無謀。愚の骨頂へと堕ちる。」

 ルナは言い放つと、紅い刃を志貴に向けて放つ。志貴がその一閃を後退してかわし、標的を見失った刃は地面を削り、砂煙を巻き上げる。

 志貴は間髪置かずに、学校の校舎に入り込む。そこで攻撃の機会をうかがおうとしていた。

 その考えを予測しながらも、ルナは校舎へと向かった。

 廃校となっている校舎には明かりは付いておらず、差し込んでくる昼の光だけが頼りだった。

(強力な力を秘めた者や本能をむき出しにしている獣や死徒は、私ならすぐに察知できる。だが彼は異質の力を持っているとはいえ、ただの人間。気配だけを探るのは危険だ・・)

 志貴の行方を追いながら、ルナは自分の行動を憶測していた。細心の注意を払って、彼女は廊下を進んでいく。

(この建物を崩壊させ、彼を巻き添えにすることは容易だが、完全に息の根を止められるとは言い切れない。それに崩壊によって砂煙が上がり、視界がさえぎられる。そこを狙われる可能性もある。)

 攻を焦ることをせず、ルナは志貴の居場所を探ろうとしていた。

 そんな中で、志貴は教室のひとつに身を潜めていた。彼は逆転の機会をうかがいつつ、打開の策を必死に練り上げていた。

(考えるんだ・・相手は吸血鬼だけど、攻撃方法は主にオレのこの力と同じ・・)

 自身とルナにある直死の魔眼を比較する志貴。

(もしもオレが追う立場だったら、どうする?・・・その攻め手をひとつひとつ潰していくんだ・・・)

 さらに思考を巡らせながら、ルナの動きを見据える志貴。

(相手は吸血鬼。接近しすぎると、人間のオレでもすぐに気付かれてしまう・・・)

 志貴が一抹の不安を脳裏によぎらせた直後だった。突然危機感を覚えて立ち上がった志貴の背後の壁から紅い刃が突き出してきた。

 壁を切り裂いて、ルナが志貴の前に現れる。もしも気付かず立ち上がらなかったら、彼は体を貫かれていただろう。

「焦らずにいることはいい。だが慎重になりすぎるのも、逆に自身を危機に陥れることになる。」

 ルナが志貴に向けて淡々と告げる。ナイフを構える志貴が焦りの色を見せる。

(どうする・・一気に死を与えるにしても、真っ向からじゃ確実によけられてしまう・・・!)

 勝機を見失い、志貴が後ずさりをする。それに合わせてルナが一歩ずつ踏み込んでいく。

 そして彼女が突き出してきた紅い刃が、志貴の右頬をかすめる。ルナは直死の魔眼に頼らずに志貴を仕留めようとしていた。下手に直死の魔眼を使えば、そこを付け込まれて形勢逆転される可能性があるからだ。

「次は外さない。この世界に絶対的な死の遂行者は1人で十分だ。」

 ルナが眼つきを鋭くして、志貴に紅い刃の切っ先を向ける。窮地に追い込まれ、志貴が覚悟を決める。

 だがルナは志貴ではなく、背後に刃を振りかざす。彼女を狙っていた長剣を彼女が叩き落す。

 ルナが振り返ったその背後には、黒鍵を構えているシエルの姿があった。

「今私が戦っているのは遠野志貴だ。邪魔は許さんぞ。」

「誰も1対1の勝負を望んではいませんよ、ルナさん。あなたをロアとして、その命を絶たせていただきます。」

 互いに淡々と言いかけるルナとシエル。一瞬体から力が抜けそうになるのを踏みとどまり、志貴が必死に足を前に踏み込む。

「志貴、下がってください。ここは私が・・」

 シエルが呼びかけるが、志貴は受け入れようとしない。

「全く、これじゃ見てらんないわね、志貴、シエル。」

 そこへ声がかかり、志貴とシエルがそのほうへ眼を向ける。その先には気さくさを見せているアルクエイドの姿があった。

「アルクエイド・・・!?

 志貴がアルクエイドの姿に驚愕を覚える。

「戻るんだ、アルクエイド・・そんな状態で・・・!」

「人のこと言える状態じゃないんじゃないの、志貴?」

 必死の心境で呼びかける志貴だが、アルクエイドは悠然さを崩さない。

「とにかく、ロアは私が何とかする。私が全て終わらせる・・・」

 アルクエイドが真剣な面持ちを浮かべて、ルナを鋭く見据える。

「・・私が作り出してしまった宿命を・・・」

 

 

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