月姫 -白夜の月紅-
Episode24「白夜の月紅」
志貴と対峙していたルナを追って、教室に駆けつけてきたシエルとアルクエイド。アルクエイドはルナを鋭く見据えて、爪を立てて身構える。
「その体で何ができる、アルクエイド?たとえ真祖であるお前でも、それでは私に敵うはずもない。」
ルナも眼つきを鋭くしてアルクエイドに言い放つ。だがアルクエイドは悠然さを崩さない。
「また勝手を言う。これだから私はアンタが嫌いなのよ。」
「アルクエイド・ブリュンスタッド、私はお前を倒すことで、私の存在はこの世界に知れ渡る。」
不満を口にするアルクエイドに、ルナが眼を見開いて言い放つ。
「それはロアとしてではなく、ルナさん自身の考えですね。」
そこへシエルが声をかけると、ルナが眉をひそめて彼女に眼を向ける。
「前にも言ったはずだ。ロアと一体になってはいるが、私はルナだと。」
「そうでしたね・・・ではルナさん、神にあだ名す存在として、あなたを断罪します。」
ルナの言葉を耳にして、シエルが黒鍵を構える。シエル、アルクエイド、志貴の3人と対峙している状況にありながらも、ルナは動揺を一切見せない。
「いいだろう。お前たち全員をこの場で葬り去ってやる!」
ルナは言い放つと、吸血鬼としての力を解放し、紅いオーラを教室中に解き放つ。アルクエイドが教室から廊下へ、シエルが志貴を連れて教室から外に飛び出す。
紅い閃光によって、教室が爆発して破壊を引き起こす。火事で燃え尽きたように、教室は黒こげたもぬけの殻となっていた。
「志貴、大丈夫ですか?」
「シエル・・・ありがとう。オレなら大丈夫だよ。」
シエルの心配に志貴が笑みを見せて答える。そして2人は教室に校舎に視線を戻す。
まだ校舎内に残っていたアルクエイドに、ルナは紅い刃を振りかざして飛びかかっていた。
「アルクエイド!」
校舎に向かおうとした志貴を、シエルが手をつかんで止める。
「1人で行けば、あなたは確実に殺されてしまいます。勝機はあるのですか?」
「分からない・・・だがうまく、この力でルナを倒せれば・・・」
シエルの問いかけに志貴が歯がゆさを浮かべる。
「今はやるしかない。やらないとアルクエイドが、みんなが・・・!」
「志貴・・・では私があなたをサポートします。その隙を突いて、確実に決めてください。」
シエルの言葉に志貴が頷く。2人は改めて、アルクエイドとルナのいる校舎に飛び込んだ。
膨大なエネルギーの放出の後も、ルナはアルクエイドを攻めて疲弊することはなかった。その底知れぬ潜在能力に、アルクエイドは焦りを覚えていた。
「もう遊びはしない。すぐに終わらせてやる。」
壁まで追い詰められたアルクエイドに、ルナが紅い刃を向ける。だが横から狙う気配を察知して、ルナはアルクエイドへの攻撃を中断する。
志貴が直死の魔眼を使ってルナを狙っていたが、それに気付いたルナが跳躍し、その牙から逃れたのだった。
(志貴・・・また志貴に助けられちゃったね・・・)
アルクエイドは胸中で微笑みかけると、傷ついた体に鞭を入れて前進する。志貴はまたもどこかに隠れて、ルナに死を与える機会を狙っていた。
そしてシエルも、志貴の攻撃の機会を作るべく、ルナの動きを監視していた。彼女は黒い銃身を手にして、ルナを葬り去ることも視野に入れていた。
(完全に志貴に気が向いたときが攻撃の瞬間。その一瞬を見逃してはいけません・・・!)
さっきと気配を押し殺して、シエルがルナを見据える。ルナは志貴の行方を追って、周囲に視線を巡らせる。
そして志貴を狙って、ルナが紅い刃を身構えた。
(今です!)
シエルが飛び出し、ルナに黒い銃身を突きつける。だがその狙いに気付いていたルナがすぐさま振り返り、紅い刃を振り下ろす。
ルナが断裂したのはシエルの持つ黒い銃身。死を与えられた銃身が崩壊し、シエルの絶好の機会を奪った。
「そんな・・・!?」
驚愕するシエルに向けて、ルナが紅い刃を突き出す。複数の刃が、シエルの体を貫く。
鮮血をまき散らして力なく倒れていくシエル。ルナの眼が紅く染まり、シエルに死を与えようとする。
そこへ何かが飛び込み、ルナを突き倒そうとする。ルナが視線を移すと、そこにはさつきの姿があった。
「志貴や先輩をこれ以上傷つけさせない!」
「くっ!」
しがみついてくるさつきに毒づくルナ。たまらずルナはさつきの上着をつかみ、彼女を振り払う。
そのとき、ルナは自分の体を何かが貫いたような不快感を覚える。見開いた眼に映っていたのは、飛び込んできていたアルクエイドの姿だった。彼女の爪がルナの体を貫いていたのだ。
「バ・・カ・・な・・・!?」
ルナが愕然となりながらも、アルクエイドの腕を自分から引き抜く。そして力を振り絞って、アルクエイドを一蹴する。
そのとき、ルナは戦慄を覚えて自分が硬直したことを覚える。直死の魔眼の引き金に手をかけている志貴の視線に気付いたのだ。
「侮っていたというのか・・お前たちの底力を・・・!?」
「お前は人間の心を、いつの間にか忘れてしまっていたんだ・・だからお前は、ずっと孤独の道を進むことになったんだ・・・」
声を震わせるルナに対して一瞬ためらいを抱くも、志貴は手にしているナイフを振り下ろし、死の赤い線を断ち切った。その瞬間、ルナは自身の死を自覚した。
「私の負けだ・・だが、このままでは終わらせない・・・!」
言い放つルナから紅いオーラが解き放たれる。刃となったオーラが、ルナの直死の魔眼と合わさり、校舎の赤い線を断ち切る。
その直後、志貴の直死の魔眼の効力で、ルナの体が断裂される。ズタズタに切り裂かれ、鮮血をまき散らして崩れ落ちるルナの体。
その瞬間、教室も動揺に切り裂かれ、崩壊を引き起こした。
「志貴!」
シエルとさつきが、倒れそうになっていた志貴に駆け寄り、彼を支える。だがアルクエイドは物悲しい笑みを浮かべたまま、ルナの亡骸から離れない。
「アルクエイド、早く・・・!」
志貴がアルクエイドに向けて手を差し伸べる。だがアルクエイドはその手を取ろうとしない。
「ありがとう、志貴・・・志貴がいなかったら、私はもっと前に死んでた・・・」
「えっ・・・?」
アルクエイドの唐突な言葉に志貴が眉をひそめる。
「志貴と会えたことが、私にとって最高の思い出・・・志貴・・・」
涙ながらに言いかけるアルクエイド。その姿が、落下してきた教室の天井によって巻き上げられた粉塵の中に消えた。
「アルクエイド!」
志貴が必死に手を伸ばそうとするが、シエルとさつきに止められる。
「ダメだよ、志貴!このままじゃ志貴まで・・!」
さつきが呼びかけながら、志貴を必死に教室から連れ出そうとする。歯がゆさをあらわにして、志貴はさつきとシエルに連れ出されていった。
崩壊を引き起こして瓦礫と化した校舎を、志貴、シエル、さつきは沈痛の面持ちを浮かべて見つめていた。五感の研ぎ澄まされているさつきが気を配るも、アルクエイドの気配は感じられなかった。
「どこにもいない・・気配を消してるみたい・・・」
さつきが首を横に振って、志貴に言いかける。志貴が不安を噛み締めて、さつきに問いかける。
「生きているんだよね、アルクエイドは・・・?」
「死んでいたら、そういう気配を感じてるよ・・・でもここにアルクエイドさんの気配が全然感じられない・・・」
さつきの答えを聞いて、志貴は複雑な心境に陥る。そこへシエルが落ち着いた面持ちで声をかける。
「気ままな彼女のことです。いつかひょっこりと姿を見せるでしょう。ですがもしかしたら、志貴よりも私が先に見つけるかもしれません。」
「あなたが倒してしまうから、ですか・・・?」
志貴の言葉にシエルは顔色を変えずに頷く。
「私は教会の代行者。彼女のような神にあだ名す存在を抹消する者です。これからもそれは変わりません・・私という存在と同じように・・・」
「シエル・・・」
責務に忠実なシエルの言葉に、志貴は戸惑いを感じていた。だがシエルが唐突に笑顔を見せてきた。
「でもまずは志貴に知らせたいとも思っています・・志貴の悲しい顔は、私にこたえますから・・」
シエルの優しさを垣間見て、志貴はおもむろに微笑を浮かべていた。
「信じましょう。志貴が信じなくては、アルクエイドも出るに出られなくなってしまいますよ・・・」
「はい・・・」
シエルの励ましを受けつつ、志貴は遠くを見据えていた。
「いつの間にか、オレは彼女を放っておけなくなっていたのかもしれません・・・」
「志貴・・・」
志貴の言葉にシエルとさつきが戸惑いを見せる。
「いつも自由で気ままで、時々人の都合を考えないときもあるけど・・ただ・・・」
「ただ・・?」
「何ていうんでしょうか・・虚しさが感じられたんです・・自分は何をしているのか分からないって言わんばかりで・・」
アルクエイドに対して戸惑いを見せる志貴。するとシエルが志貴の手を優しく握る。
「人は誰でも、自分が何者なのか、何をしているのか分からなくなるときがあります。ですがいつか必ず、自分が求めている答えが見つかるときが来ます。それは求めて手に入るものではなく、自然とやってくるものです。」
「シエル・・・」
「志貴にも私にも、いつか答えが見つかるときが来ます。アルクエイドの再会も・・」
シエルの言葉に、志貴は真剣な面持ちで頷く。彼の心境を察して、さつきも微笑んで頷いた。
アルクエイドは生きている。この世界のどこかに必ずいる。
志貴の願いは確信へと変わりつつあった。
それから数週間が経過した。
ルナの死亡から、街を騒がせていた怪奇事件は全く起こらなくなった。理性を失った死徒たちもまだはびこっていたのだろうが、シエルが殲滅させたのだろうと、志貴は思っていた。
事件の収束から、再び平穏な日々が戻っていった。まるで先日のことが嘘か夢だったような、そんな感覚まで思い起こさせるようだった。
全てが始まる前と変わったところがあるとすれば、さつきが人間でなくなったことと、自分の恐怖心が少し和らいだこと。志貴は心密かにそう感じていた。
秋葉は遠野家当主として慄然とした態度で臨み、有彦は気さくな態度で志貴に言い寄り、シエルは優しい態度で、食事のときにはカレーを食べている。
何も変わっていないと思えば何かが変わっている。何かが変わっていると思えば何も変わっていない。そんな違和感に志貴は少なからず戸惑いを抱えていた。
そんなある日、志貴はいつものように下校しようとしていた。そこへさつきが遅れて、昇降口に駆け込んできた。
「待って、志貴。一緒に帰ろう。」
さつきの呼びかけに志貴が足を止めて振り返る。
「さつき・・・うん。」
志貴が微笑んで頷くと、さつきも喜びの笑みをこぼした。日が落ち始めていた空を見ながら、2人は岐路に着いていた。
「あれからずい分たったような気がしてるよ・・」
「そうだな・・何かが変わったのか、何も変わっていないのか、不思議な気分を感じてる・・・」
さつきの唐突な言葉に、志貴が物悲しい笑みを浮かべて答える。
「いったいどこを歩き回っているのだろうか・・アルクエイド・・・アイツのことだから、自由気ままにどこかを歩き回っていると思うけど・・」
「そうかもしれないね・・・」
志貴の悲しみのこもった心境を察しながらも、さつきも沈痛の面持ちを浮かべて答える。
アルクエイドはどこにいるのだろうか。何を求めて世界を転々としているのだろうか。志貴は少なからず、彼女が気がかりになって仕方がなかった。
いつしか志貴は思い立つようになっており、おもむろに街のほうに眼を向けていた。
「さつき、用事を思い出したから、先に帰っていてほしいんだ・・・」
「志貴・・・」
志貴の唐突な申し出に戸惑いを見せつつも、さつきはそれを受け入れて頷いた。そして志貴は1人、街へと繰り出していった。
街はいつもと変わらないにぎやかな雰囲気を放っていた。その雑踏の中、志貴はアルクエイドを追い求めて歩き回っていた。
しかし眼を凝らしてみても、アルクエイドの姿はどこにも見当たらなかった。思い当たる場所を探してみても、彼女を見つけることができなかった。
先ほど思い立ったのはただの思い過ごしだったのだろうか。志貴は肩を落とし、途方に暮れていた。
いつしか志貴は街中の公園にたどり着いていた。そこはアルクエイドと初めて対面した場所でもあった。
(ここで全てが始まったんだ・・オレがオレの力で、アルクエイドを殺したことから・・・)
志貴はかすかに揺れている公園のブランコを見つめて、これまでの出来事を思い返す。アルクエイドとの出会いから始まり、シエル、秋葉の秘密、ネロ、レナとの戦い、さつきの転化、そしてロアの転生したルナとの決戦。
様々な人たちを取り巻いてのありとあらゆる出来事が、走馬灯のように志貴の脳裏を駆け巡っていく。揺れているブランコの上にアルクエイドがいるようにも見えたが、それは幻でしかなかった。
ただの取り越し苦労になってしまったと思いつつ、志貴は引き返そうとした。
「やっほー♪」
そのとき、志貴の耳に聞き覚えのある声が伝わってきた。聞き間違いではないかという疑念を抱きつつ、志貴はゆっくりと後ろに振り返った。
その先にいたのは、白のハイネックと紫のロングスカートを身につけた金髪の女性。見覚えのある吸血鬼の女性。
真祖の吸血鬼、アルクエイド・ブリュンスタッドに間違いなかった。
「どうしたのよ、志貴?久しぶりに会ったっていうのに浮かない顔して・・」
「アルクエイド・・・本当にアルクエイドなのか・・・?」
気さくな態度で声をかけてくるアルクエイドに、志貴は動揺を隠せなくなる。
「何言ってるのよ。私はアルクエイド。本物よ。」
「アルクエイド・・・よかった・・本当にアルクエイドなんだな・・・」
悠然さを崩さないアルクエイドに、志貴はようやく笑みをこぼした。彼の眼には涙があふれてきていた。
久方の再会を目の当たりにして、アルクエイドも喜びを感じていた。
「・・・待たせたね・・志貴・・・」
「おかえり・・・アルクエイド・・・」
互いに微笑みかけるアルクエイドと志貴。2人の再会を、透き通るような満月の明かりが静かに照らしていた。