月姫 -白夜の月紅-
Episode22「ひとときの安らぎ」
アルクエイドの突然の誘いに、志貴は少なからず動揺を感じていた。そして志貴は半ば強引に、アルクエイドに街に連れ出されていた。
「いったいどういうつもりなんだ?いきなりオレを誘うなんて・・」
「ただの気まぐれよ。それだと乗り気しない?」
志貴の問いかけにアルクエイドが笑顔を見せたまま真面目に答えようとしない。志貴はため息をつきながら、アルクエイドに付き合うことを決め込んだ。
「それで、オレをどこに連れて行くつもりなんだ?」
「何よ。まるで私がアンタの飼い主みたいな言い方じゃないの。」
アルクエイドの返事に、志貴はさらに呆れる。
「・・遊園地っていうところに行ってみたいな・・カップルがよく行く場所のひとつって聞いたことがあるから・・」
アルクエイドが切実な面持ちで志貴に言いかける。彼女は一般的な常識に欠けるところがあり、なかなか日常にとけ込めない部分もあったのだ。
だが遊園地でのひとときが、志貴と気持ちを交し合う結果を生んでくれるかもしれない。アルクエイドはそう信じていた。
「オレもそういうことには詳しくないんだ・・だからあまりオレをあてにしないでもらいたい。」
「そうなの・・・じゃ、適当に行っちゃえばいいかな?」
「お、おい・・」
アルクエイドの言動に、ついに志貴は呆れ果てた。再びアルクエイドに引っ張られて、志貴はため息をついた。
適当にぶらついて、いろいろと調べて回り、志貴とアルクエイドは街外れの遊園地にたどり着いた。するとアルクエイドが期待に胸を躍らせて笑みを浮かべる。
「何だかいつもより嬉しそうにしてるな。」
「そう?確かに嬉しいんだけどね。」
苦笑しながら言いかける志貴に、アルクエイドが笑みを崩さずに答える。
「それじゃ早速行こう♪どんなのがあるのか楽しみになってきたかな。」
「そんなに急がなくても大丈夫だって・・」
引っ張るアルクエイドに、志貴は苦笑いを浮かべるばかりだった。
それから2人は遊園地の様々なアトラクションを回った。だが絶叫モノやホラーモノにも乗せられ、志貴は一気に体力を浪費する羽目に陥った。
だがアルクエイドの喜びの笑顔を眼にして、志貴は安堵を感じていた。
しばらく回ったところで、2人は近くの休憩所で小休止することにした。その近くの売店で、志貴は2人分のソフトクリームを買い、1つをアルクエイドに渡した。
「あ・・ありがとう、志貴・・・」
「オレができるのはこのくらいしかないから・・」
アルクエイドが戸惑いを見せながら感謝の言葉をかけると、志貴は微笑んで頷いた。
「それにしても本当にどうしたんだ、アルクエイド?まさかいつもの気まぐれじゃないだろうな?」
志貴が改めて問いかけると、アルクエイドが苦笑を見せて答える。
「私もよく分かんない。どうしてこんなことしようって思ったのか・・・ただ、志貴と一緒の時間を過ごしたいと思ったから・・ホントにそれだけ・・」
「オレと一緒に?・・・お前というヤツは・・」
半ば呆れた様子を見せる志貴だが、彼は内心安堵を覚えていた。
「お前にいろいろと付き合わされてウンザリしたこともあったけど、お前を殺してしまったっていう責任があるし、負い目もある。それに・・」
「それに?」
「・・お前との時間、悪くない気分だったよ・・」
志貴のこの言葉を受けて、アルクエイドは戸惑いを覚える。誰かにこれほど純粋に真っ直ぐに想われたことは、彼女は今までなかったと感じていた。
「そ、そんなひねりなく言われるなんて、私にも予想外だったわよ・・」
「え?もしかして、言っちゃいけないことを言ったとか・・」
頬を赤らめるアルクエイドの言葉に、志貴がそっけない面持ちで言いかける。一瞬不満を感じたアルクエイドだが、すぐに笑みを取り戻した。
「ううん・・ありがとう、志貴。私のお願いを聞いてくれて・・」
「お願いというよりは、わがままというんじゃないのか?」
「もう、志貴ったら・・」
志貴の言葉にアルクエイドが肩を落とす。だが彼女はすぐに元気を取り戻す。
「さて、また別の乗り物に行こう♪」
「えっ?また絶叫マシンに乗せられるのか?」
アルクエイドが無邪気な笑みを見せると、志貴が肩を落とす。だが彼女が指差していたのは、遊園地の中心にある観覧車だった。
「遊園地か・・あれくらいなら・・」
志貴は安堵の笑みを見せると、アルクエイドが軽い足取りを見せる。
「それじゃ志貴、早く行こう♪」
アルクエイドに急かされて苦笑を浮かべるも、志貴は彼女を追う形で観覧車に向かった。
街を一望できる高さのある観覧車。その高さに差しかかろうとしていたところで、アルクエイドが志貴に言葉を切り出した。
「1度、こういう時間を過ごしてみたかった・・」
「えっ?」
「志貴と2人だけで、戦うとかそういうのがない、気兼ねなく過ごせる時間を・・・」
アルクエイドの切実な言葉に、志貴は戸惑いを覚える。
「そうしてオレなんだ・・オレなんかよりも、他にいいヤツはたくさんいると思うんだけど・・責任を取るとかは別の問題でわけで・・」
「そんなのは関係ない・・私は志貴のそんな志貴らしさが好きになったのよ・・」
戸惑いを見せる志貴に、アルクエイドが心境を明かす。
「私、気付いたの・・いつの間にか、志貴にひかれていっていたんだって・・最初は責任を取らせるために近づいてたんだけど、そうしてるうちに、志貴の気持ちがだんだんと分かってくるようになってきて・・」
「アルクエイド・・・オレももう、まだ何となくかもしれないけど、アルクエイドの気持ちを理解できるようになってきたよ・・・お前は・・」
志貴も自分の気持ちを告げようとするが、アルクエイドが志貴の口元に軽く指を当てて制する。
「その気持ちは嬉しいよ。でもこれは、私がけじめをつけないといけないことだから・・」
「しかし、相手はルナだ。いくらお前でも、あの子のあの力に勝てるかどうか・・」
「それでも私はルナと、ロアと決着を着けないといけないのよ・・・」
志貴の不安を聞きながらも、アルクエイドは決意を変えない。
「私がロアを吸血鬼に転化させなければ、全ての悲劇は起こらなかったのかもしれない・・・全ては私のせいなのよ・・」
「たとえそうでも、オレはお前が危険に飛び込もうとしているのを、指をくわえて黙っていたくない・・!」
志貴がたまらず立ち上がり、アルクエイドの肩に手をかける。その衝動で2人の乗る観覧車が少し揺れる。
感情的になったことを悔やむ志貴と、彼の感情に困惑するアルクエイド。志貴が腰を下ろし、観覧車の中は沈黙に包まれた。
やがて観覧車は乗降口まで下降した。声をかけづらい心境のまま、志貴とアルクエイドは観覧車を後にした。
「やっぱり、こういう雰囲気はよくないよね・・」
「・・ゴメン、アルクエイド・・だけどオレは、お前を・・・」
ようやく言葉を切り出す志貴とアルクエイド。その気持ちのすれ違いに、アルクエイドが思わず笑みをこぼす。
「何だか気が合わないね・・お互いを心配して、かえって混乱しちゃってる・・」
物悲しい笑みを見せるアルクエイドに、志貴も笑みを作ろうとするが、苦笑いになってしまっていた。
「今日は志貴と一緒の時間を過ごせて楽しかったよ。ホントにありがとうね。」
アルクエイドが満面の笑顔を見せて、志貴に振り返って手を振る。
「アルクエイド。」
そこへ志貴が呼びかけ、アルクエイドがきょとんとなる。
「まだ、オレと一緒にいてほしい・・今離れたら、2度と会えなくなるような気がするから・・・」
「志貴・・・分かった。もう少しだけ一緒にいようかな・・」
志貴の切実な言葉を受け入れて、アルクエイドは笑みを浮かべたまま頷いた。
日が傾き始めた頃、志貴とアルクエイドは街に戻ってきていた。2人はしばらく歩き回った後、小さなホテルの前に行き着いていた。
「こんなところに来ちゃったけど・・・」
アルクエイドが言いかけると、志貴はひとつ吐息をついてから答える。
「このまま家に帰っても、秋葉や翡翠が黙っていないだろうし、他に落ち着ける場所もないし・・・」
「そうね・・・ここで落ち着くしかないかもね・・・」
「ハァ・・何にしても、秋葉への言い訳は考えておかないと・・」
笑みを見せるアルクエイドの言葉を受けながら、志貴はため息をついた。
2人が立ち寄ったホテルはさほど料金は高くなく、2人はそこで休憩を取ることにした。小さなホテルでありながら、室内は整えられているほうだった。
「ここなら何とか落ち着けそうね。」
「そうだな。料金もかからないほうだったし・・」
安堵の笑みを見せ合うアルクエイドと志貴。するとアルクエイドが沈痛の面持ちを浮かべた。
「ホントは、私たちは出会わないほうがよかったかもしれないね・・そうだったなら、ここまで思いやりを向けることもなかったのに・・」
「アルクエイド、いまさら何を言ってるんだ・・」
アルクエイドの言葉に志貴が苦言を告げる。
「確かに最初は、お前と出会ったことを後悔していた。生きた心地がしなかったこともあった・・だけど今は違う。こうしてお前との時間を過ごせることができて、むしろ嬉しいと思ってるくらいだ・・」
「志貴・・・」
志貴の言葉にアルクエイドが戸惑いを見せる。そんな彼女を、彼は唐突に抱きしめる。
「アルクエイド、お前と出会えてよかった・・そしてこれからも、お前と一緒だ・・・」
「志貴・・・でも、私はロアと・・・」
「危険だっていうのは分かってる!それでもオレは、お前を放ってはおけないんだ・・・!」
言いとがめるアルクエイドに、必死に呼びかけようとする志貴。彼の感情を目の当たりにして、彼女は言葉を切り出せなくなった。
「オレはお前を失いたくないんだ・・アルクエイド・・・!」
一途の想いを口にする志貴の眼から涙がこぼれる。その雫がアルクエイドの頬に落ちる。
互いをじっと見つめあうと、志貴とアルクエイドが口付けを交わす。2人はその感触と抱擁の心地よさを感じ合っていた。
(もうこのまま、お前を放したくない・・・)
(志貴、このままだと私、志貴のこと・・・)
志貴とアルクエイドの心が交錯する。2人はさらに体を寄せ合い、そのぬくもりを確かめ合った。
日が落ち、夜が訪れていた。志貴とアルクエイドはさらなる抱擁をしていた。身に付けていた衣服を全て脱ぎ、2人は肌と肌を触れ合わせていた。
高まる心地よさに、アルクエイドが声を荒げていた。メガネすら外している志貴の顔を、彼女は自分の胸にうずめる。
(入ってくる・・志貴が私の中に・・・)
アルクエイドがそのぬくもりにたまらず顔を歪める。
(私と志貴は吸血鬼と人間。どこか受け入れられないところがあったかもしれない。そう思ってた・・・)
吸血鬼と人間との格差を振り返り、アルクエイドは戸惑いを感じていた。
(でもそんなのは些細なことに過ぎないんだよね・・私と志貴が一緒にいることは、絶対に間違いなんかじゃないって・・)
胸中で囁くアルクエイドの胸に志貴の手が触れる。その接触に彼女は快感を募らせ、思わずあえぎ声を上げる。
「あはぁ・・志貴・・・志貴・・・!」
人としての抑制が効かなくなり、感情をあらわにするアルクエイド。ついに彼女の秘所から愛液があふれ、ベットのシーツをぬらす。
「志貴、吸って・・私の心を・・・」
アルクエイドが弱々しく志貴に言いかける。その声に導かれるように、志貴が彼女の下腹部に顔を近づける。
志貴に愛液を吸い出され、アルクエイドが声を荒げる。途中咳き込むも、志貴はアルクエイドへの接触を続ける。
(志貴、ありがとう・・これでもう、私は迷わない・・・)
揺らぐ意識の中で、アルクエイドは志貴に対して感謝の笑みをこぼしていた。
深い抱擁を経て、志貴とアルクエイドはベットの中で横たわり、互いを見つめていた。
「何だか、無茶苦茶になっちゃったね・・・」
「オレも何をしていたのか・・お前に何をやっていたのか分からなくなってる・・・」
微笑みかけて囁くように言いかけるアルクエイドと志貴。
「このまま何もかも忘れて、志貴とずっとこうしていたいかな・・・なんて。」
「冗談でも本気でも、オレなら真に受けてしまうかもしれない・・」
「志貴は気が小さいところも見せるからね。鵜呑みにしちゃうかも。」
アルクエイドが冗談を口にすると、志貴が不満を覚える。その反応を見た彼女がたまらず苦笑いする。
「ゴメン、ゴメン。本気にしないでよ・・」
「・・分かってるよ。お前の考えくらい分かる。もう付き合い長いから・・」
謝罪するアルクエイドに、志貴も笑みを取り戻す。
「志貴、ありがとう・・私、もう迷わないから・・」
「アルクエイド・・・?」
アルクエイドが口にした言葉に、志貴が眉をひそめる。
「志貴に対して、自分の気持ちを素直に出すことに・・・」
「アルクエイド・・・」
戸惑いを感じながら、互いを優しく抱きとめる志貴とアルクエイド。心身ともに解放され疲れ果てた状態の中、2人は眠りについた。
一夜が過ぎ、日が昇り始めようとしていた頃だった。眠りについている志貴より先に、アルクエイドが眼を覚ましていた。
アルクエイドは自分の衣服を着ると、未だに寝ている志貴を見下ろして、物悲しい笑みを浮かべた。
「ありがとう、志貴・・アンタに出会えて、私はホントに幸せだったよ・・・」
眠る志貴に呼びかけて、アルクエイドが彼をじっと見つめる。
「だけどやっぱり、私はロアとの決着を着けなくちゃなんないのよ・・今度こそ、私の宿命にピリオドを打つから・・・」
ロア、ルナとの因縁を断ち切ること。アルクエイドは志貴を想い、あえて彼を巻き込まない当初の考えを貫くことを決意していた。
「最初は道連れにしようと思ってたけど・・まだ私は、死ぬわけにはいかないよね・・・」
アルクエイドは志貴に背を向けて、顔だけを彼に向けて微笑みかける。
「またね・・志貴・・・」
アルクエイドは志貴に言いかけると、彼に気付かれないようにして、部屋を後にした。
志貴が眼を覚ましたのは、朝日が完全に昇りきっていたときだった。起きた志貴はメガネをかけ、呆然と部屋の中を見渡した。
そこで志貴は、隣にアルクエイドがいないことに気付く。
「アルクエイド・・・!?」
志貴は慌てて自分の服を着て、部屋の中とその前の廊下を捜索する。しかしアルクエイドの姿はどこにもない。
(アルクエイド・・・まさか、ルナと・・・!?)
思い立った志貴は慌ててホテルを後にする。しかしホテルの周辺や街中を探してみるが、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
街から離れ、途方に暮れる志貴。アルクエイドがルナとの決着に向かったことに、彼は今までにない不安を感じていた。
「こんなことって・・・アルクエイド!」
その不安のあまり、志貴はたまらず叫び声を上げていた。