月姫 -白夜の月紅-
Episode21「過去の邂逅」
私が物心ついたときには、引き取られた家にいた。
その引き取った人は、私を愛していなかった。そればかりか、私を自分たちの怒りの解消に利用していた。
だがある日、私はその人たちをこの手にかけた。
その瞬間こそが、私がロアであることを受け入れたときだった。
私の両親は、私がまだ赤ん坊だったときに事故で亡くなったと聞かされた。身寄りがなかった私は、子供をほしがっていた夫婦に引き取られた。
だが引き取られて数ヶ月がたった頃から、その人たちは私に愛情を見せなくなった。自分たちの私欲のために私を利用し、落とし込めていた。
私は許せなかった。自分たちの勝手な考えのために私を利用したことを。
だが、幼かった私はあまりにも無力で、その理不尽さから抗うことができなかった。反抗的な態度を見せただけで、私は暴力を振るわれた。
なぜ私がこんな苦痛を味あわされなくてはならないのか。なぜ誰も私に救いの手を差し伸べてくれないのか。
私は人だけでなく、神すらも信じられなくなった。
そんなある日、私にどこからともなく声が聞こえてきた。私ははじめ、夢か幻覚かと思った。
だが聞こえてくるその声は紛れもなく本物だった。
「私を受け入れろ・・・」
「誰・・・?」
不気味に聞こえてくる声に、私は声を返した。
「お前は私の新たなる体・・私が宿す新たな命なのだ・・・」
声は私に迫るように話しかけてきた。その声に私は恐怖を覚えていた。
その直後、突然私の中に何かが飛び込み、入り込んできた。その一瞬、私は自分に何が起こったのか分からなかった。
だがしばらくして、私は自分がどうなったのか実感した。私の中に、永遠を求め続ける存在、ロアが入り込んできたことを。
その翌日。里親はいつものように自分たちの私欲のために私を使おうとした。このときの2人はひどく苛立っており、手を出すことも辞さなかった。
「全くお前はどこまで行っても使えないポンコツだよ!」
「貴様は私たちが引き取ってやったんだぞ。その恩を仇で返すつもりか?」
夫婦そろって身勝手な言い分を並べてくる。今回は今までよりもひどく、私の苛立ちも今までの中で最高だった。
「まさかここまで使えないなんてね・・いい加減ひとおもいにやっちゃおうよ。」
「そうだな。いっそのこと、ズタズタに引き裂いてやろうか。」
夫婦はついに私に刃を向けてきた。ナイフを取り出し、私に傷をつけようとする。
それで私は、この夫婦をついに見限った。そのとき、私の中にいるロアが、私が備えていた牙を覚醒させる。
次の瞬間、私が見たのは断裂されて血まみれになっていた男の姿だった。女はその出来事に恐怖し、後ずさりする。
これは私の、私の中のロアのせいだった。その力が私の隠された能力と合わさることで、男を始末したのだ。
「ずい分と好き勝手にやってくれたな・・その愚かな行為の先に何が待っているのか、お前は分かっているのか・・・?」
私は女に言うが、女は恐怖のあまりに声を出せないでいた。だが私は女を許すつもりはなかった。
「お前は罪を犯しすぎた。お前がどれほど許しを請おうとしても、お前は決して許されない・・」
私はこの異質の力を刃として使い、女の首をはねた。鮮血を飛び散らした女が事切れ、体が倒れる。
「私はロアであることを受け入れ、その魂の赴くままにこの力を行使する。お前たちはあまりにもけがれている。故に我が糧にもなりえない・・」
私は冷たい眼差しを夫婦の亡骸に向けると、自分の力を炎に変えて放ち、家を燃やした。私の中に積み重ねられていた忌まわしき記憶とともに。
それから私は闇の世界を歩き続けた。闇の世界ではロアという存在は畏怖するに値するもののようで、ほとんどの者が私を恐れて避けていた。
だが同時にそれは、私に孤独感を受け付けていた。
夫婦に弄ばれていた時期にも同じことが言えたが、このときと比べれば実感は湧かなかった。以前は湧く余裕すらなかったというのが事実だが。
だがそれでもよかった。闇に堕ちたことから、こうなることは覚悟の上だった。
手を差し伸べてくれる者はいなかったが、襲いかかってくる者がいないわけではなかった。死徒をはじめとした理性を失った魔物が私を狙ってきた。
「誰を相手にしているのかすら分からなくなっているようだな・・」
私はため息をつくと、力を発動し、死徒たちを切り裂いた。だが死徒の数は多く、私は追い詰められていた。
ついに死徒の牙が私を狙ってきた。私は覚悟を決めながら、たまらず刃を振りかざしていた。
だが刃が触れていないにもかかわらず、死徒の体が断裂される。その血を浴びた私は、奇妙なものを眼にしていた。
私の眼には死徒たちを絡め取っているかのように、赤い線が張り巡らされていた。その線が何なのか、何を意味しているのか。それは分からなかったが、いずれにしても戦うには邪魔だった。
私は刃を振りかざしてその線を断ち切った。するとその線に絡め取られていた死徒たちが突然切り刻まれた。
私は理解しつつあった。その線はあらゆるものの「死」であり、その線を切ることでその線を取り巻いているものに死を与えることができるのだと。
私の力を目の当たりにした死徒たちが、本能的に恐怖し、私から遠ざかっていく。だが私は死徒たちを見逃すつもりはなかった。
刃を振るって赤い線とともに死徒たちの腐りきった命を断ち切る。死徒たちは断裂され、鮮血をまき散らす。
この場に再び静寂が訪れた。私が今立っていたのは、一見すれば地獄のように見える、血まみれの紅い世界だった。
だが私は彼らの死を気に留めていなかった。私以外、私は誰も信じていなかったからだ。
私の中にあるロアは私を宿主としており、また私とロアは一体となっていた。私はルナであり、ロアでもあった。
本当は私はルナという人間なのか。ロアという吸血鬼なのか。どちらにしても私には意味をなさないことだが。
この血だらけの世界を一瞥してから、私は再び歩き出した。ロアと私自身の血への渇望の赴くまま。
街から街に転々としていた私は、行く先々で死徒や私をロアとして狙う魔に眼をつけられた。その敵対するものを、私は次々と葬ってきた。ロアと私自身の力で。
いろいろと場所を移っていく中で、私のこの力が「直死の魔眼」であることを知った。
直死の魔眼は死を線や点で捉える異質の力であり、その線を切る、あるいは点を突くと、その対象はいかなる存在であろうと崩壊を引き起こす。半ば絶対的な死を与えることのできる強力な能力だ。
しかし直死の魔眼を使うと、血を大量に消費してしまう。本来は脳にその代償がかかるものらしいのだが、その脳への負傷を吸血鬼の力が軽減しているのだろう。結果的に力が足りなくなることが多くなった。
そのため、私は純粋でけがれのない血を求めるようになった。それは悪意の少ない人間の体内を流れているもののようだった。
私は直死の魔眼を使った後は、吸血衝動の赴くままに人間から血を吸い取っていった。それが吸血鬼なのだと、私は血を吸うたびに実感していった。
今の私にとって、血を吸う行為はそれほど不快ではなくなっていた。むしろ心地よさすら感じられるようになっていた。血を吸う私にとっても、血を吸われる相手にとっても。
そうだ。これが吸血鬼の本質。今の私の生きる意味なのだ。血を吸うことで力を行使することができ、私の存在を確立させる。
私の前に立ちはだかるものは全て、私の糧としよう。
ロアと一体となってさらに年月が経過した。私は未だに吸血と戦いの日々に明け暮れていた。
ある街を訪れたところで、私は奇妙な感覚を覚えた。それは初めて感じるものではなかった。
それはロアと因果のあるものだと私は悟った。ロアと関わりのあるもの、いや、ロアが欲しているものが近くにいる。
私はその感覚のある場所を目指してひたすら突き進んでいた。ここまで何かに引き寄せられたのは初めてのことだったかもしれない。
そしてその場所に行き着いた私は、1人の女性の姿を眼にする。丁度人込みに紛れる瞬間だったため、はっきりと姿を確認することはできなかった。
だが私の中にいるロアは、その女性が自分が追い求めていた存在だと告げていた。
真祖の白き姫、アルクエイド・ブリュンスタッド。ロアが血を吸わせて吸血鬼となった要因をもたらした人物であり、ロアが転生における長い月日の中で求め続けていた存在でもある。
ロアは確かに、この街の中を歩くアルクエイドの気配を感じ取っていたのだ。
ロアがここまで望み欲している真祖の白き姫。それが私に何をもたらすことになるのか。
アルクエイドへの渇望が私の心にも宿った。私は血への渇望を抱えながら、アルクエイドを追うことを心に決めた。
だがアルクエイドと交錯する存在は少なくなかった。
埋葬機関に属する代行者、シエル。アルクエイドと一進一退の戦いを見せているネロ・カオス。真祖の姫は吸血鬼の中でも群を抜いているほどの強大な力の他に、様々な因果を抱えている。
だが私には姫を取り巻く存在が何であろうと関係ない。ネロもおそらくそう思っているだろう。
私はアルクエイドと戦い、私自身の在り方を確立させる。邪魔する者は誰であろうと容赦なく葬り去る。
たとえそれが、私と同じ異質の力を備えた者であろうと。
忌まわしき過去とロアとシンクロさせている記憶を巡らせていたルナ。アルクエイドへの渇望を確かめて、彼女は夜空を見上げる。
「待っていろ、アルクエイド・ブリュンスタッド。私の存在、人間たちだけでなく、お前にも認識させてもらうぞ。」
ルナは月夜に向けて、突如哄笑を上げる。なぜここまで笑っているのか、彼女自身分からなかった。
それは血と戦いに対する歓喜の笑みだとルナは解釈することにした。
(ロアを、今の私を止めることはできない・・誰にも・・・)
一抹の狂気を秘めて、ルナは夜の闇の中に姿を消していった。
ルナとの戦いで負傷したアルクエイドとシエル。2人はシエルのマンションの自室にとりあえずたどり着いた。
「しょうがないから、ここで休憩させてもらうわよ。」
「不満でしたら出てって構いませんよ。本来ならあなたは招かれざる客なのですから。」
アルクエイドの声に、シエルが不機嫌そうに答える。体の傷を直に確かめようと、アルクエイドが突然衣服を脱ぎだした。
「なっ・・!?」
彼女の行為にシエルが驚き、思わず赤面する。
「何をしているのですか、アルクエイド!?いきなり服を脱ぐなんて、軽率にもほどがあるでしょう!」
「だってこうでもしないと傷口がはっきりと見えないんだもの。」
声を荒げるシエルを気に留めず、アルクエイドが自分の体を見て傷の具合を確かめる。吸血鬼としての治癒力によってほとんど塞がってきていた。
「何とかなりそうね・・さて、せっかくだからアンタの傷も見てあげるわよ。」
「何をふざけたことを言ってるんですか、アルクエイド!?私は不死の体ですから、あなたにわざわざ見ていただく必要は・・!」
気さくな笑みを見せるアルクエイドに、シエルは気恥ずかしさを浮かべながら答える。するとアルクエイドが笑みを強め、シエルを押し倒して彼女の服を無理矢理脱がせた。
「ど、どこまでふざければ気が済むのですか!?いい加減にしないとここで断罪しますよ!」
シエルがたまらなくなってアルクエイドを突き飛ばす。しかしアルクエイドはシエルの服を脱がしており、シエルもアルクエイドと同じように全裸になっていた。
「アンタも傷が塞がってるみたいね。私よりも治りが早い・・・それにしても・・・」
シエルの体をまじまじと見つめると、アルクエイドが突然にやける。そしていきなりシエルの体に手を当てて、その状態を確かめる。
「あ、あなた・・・!?」
その接触にシエルが赤面する。たまらなくなった彼女が、アルクエイドを引き剥がそうとする。
「離れなさい、アルクエイド!あなたはどこまで・・!」
「もしかして妬いてるの?私のほうがいい体してるからって。」
「いい加減にしなさい!あなたに共感するものなど何もありませんよ!」
笑みを見せるアルクエイドに必死に抗議するシエル。
「とりあえずもっと成長するように、私が療養してあげる。」
「ア、アルク・・!」
シエルの制止も聞かずに、アルクエイドが彼女の体をもみ始める。その接触に顔をゆがめるシエル。
肌と肌の触れ合いを楽しむアルクエイドと、押し寄せる快感にさいなまれるシエル。部屋の中を愛液でぬらしたところで、アルクエイドはシエルへの抱擁をやめて、仰向けになる。
「ハァ・・ハァ・・ちょっと張り切りすぎちゃったかな・・」
「どうして・・あなたとこんな付き合いをしなくてはならないのですか・・・」
呼吸を整えながら、弱々しく言いかけるアルクエイドとシエル。
「でも何かうまくいかないって感じがしてるかな・・さて、次は誰にこういうことしちゃおうかな・・」
「すぐに息の根を止めて差し上げましょうか?・・遊びが過ぎると面白くないですよ・・」
笑みをこぼすアルクエイドと、不満を口にするシエル。アルクエイドがおもむろに立ち上がり、遠くを見るような眼つきをする。
「ルナとの・・ロアとの決着は、私が着ける・・・私がまいた種でもあるからね・・・」
真剣に言いかけるアルクエイド。抗議しようとしたシエルだが、あえて黙ることにした。
「さてと・・それじゃ私は帰るわ。傷も治ったし、体力もある程度回復したし。」
「あなたはまるで猫のような人ですね。ものすごく気まぐれで、本当につかみどころがない・・・」
安堵を振舞うアルクエイドに、シエルがため息をつく。自分の衣服をまとって、アルクエイドはシエルの部屋を後にした。
数日が経過した日曜日。遠野家では平穏な休日を過ごそうとしていた。
志貴も疲れを癒すため、少し遅めの起床をしていた。肩を落としながら大広間を訪れた。
「遅いですよ、兄さん。遠野家の人間として、常に規則正しい生活習慣を行ってもらわないと。」
秋葉が不満の面持ちで志貴に言いかける。志貴はただただ小さな笑みをこぼすだけだった。
そのとき、玄関の扉がノックされる。その音が断続的に響き、秋葉が苛立ちを覚える。
その様子を見かねた志貴が、玄関に向かう。だが玄関に向かったときには、翡翠が玄関の扉を開けようとしていた。
扉を開けた先には、気さくな笑みを浮かべているアルクエイドの姿があった。
「やっほー♪志貴いる?」
「相変わらず不謹慎ですよ、あなた。」
気さくな態度で訊ねてくるアルクエイドだが、翡翠は顔色を変えずに淡々と言いかける。志貴も呆れながら、アルクエイドの前に姿を現す。
「あ、志貴、いたんだぁ♪」
「何だ、いきなり?またお前につき合わされるのか?」
喜びを見せるアルクエイドに、志貴が気のない声を返す。するとアルクエイドが志貴に悩ましい微笑を見せる。
「デートしようか?」
「なっ・・!?」
アルクエイドの突然の言葉に、志貴だけでなく翡翠も驚きを隠せなかった。後から玄関にやってきた秋葉、さつき、琥珀も。