月姫 -白夜の月紅-
Episode18「ひぐらしのなく頃に」
赤く彩られたレナの瞳。その色が彼女が吸血鬼であることを証明していた。
「吸血鬼・・・本当なのですか、レナさん!?あなたは、本当に・・・」
シエルが動揺をあらわにしてレナに問いかける。するとレナは開き直ったかのような振る舞いを見せて答える。
「そうですよ。あたしは血を吸われて、吸血鬼へと転化したんです。転化する前は嫌な気分でしたけど、転化してみると気分がよくなってきちゃって・・」
「眼を覚ましなさい、レナさん!あなたは吸血鬼の力に振り回されているだけ!」
シエルが呼びかけるが、レナは妖しく微笑むばかりだった。
「教えてあげますよ。あたしを吸血鬼にした吸血鬼が誰なのか・・」
レナが地面に落ちている鉈を拾い上げて、シエルに言いかける。
「その吸血鬼の名前はルナ。ロアって呼ばれてた人だよ。」
「ロア・・・!?」
その言葉にシエルが愕然となる。レナはルナに血を吸われて吸血鬼へと転化したのだった。
「教会にも埋葬機関にも多分知られてないはずですよ。吸血鬼になった日から、あたしは姿をくらましてましたから。教会のほうも、あたしが死んだものと判断したんでしょ。」
「レナさん・・・あなたは教会に、神に弓引く闇の住人となってしまったというのですか・・・!?」
「弓引く?それは教会の出方次第ですね。万が一、教会がシエルさんに敵意を向けるようなことがあれば・・・」
レナはシエルに言いかけながら、鉈を地面に叩きつける。
「あたしがやっつけるから・・・!」
鋭く冷たい視線を放つレナ。以前の無邪気な性格が一変した彼女に、シエルは言葉が出なくなった。
そのとき、地面にめり込ませていたレナの鉈が、突如断裂し崩壊を引き起こした。その出来事にレナは驚愕する。
シエル、レナ、秋葉が振り返った先には、志貴の姿があった。志貴はメガネを外しており、手にはナイフが握られていた。
「遠野くん・・・」
「兄さん・・・」
シエルとレナが当惑を浮かべる。レナは身構えている志貴に鋭い視線を向ける。
「アンタ・・遠野志貴・・・もしかして、アンタがやったのかな?・・かな・・・!?」
問い詰めてくるレナに対し、志貴は緊張感を崩さない。
「どういうつもりか知らないけど、秋葉を傷つけるなら、オレは容赦しないよ。」
「容赦しない?それはこっちのセリフだよ。シエルさんを傷つけるものを、あたしは許さない・・」
志貴の言葉に対し、レナが鋭く言い放つ。
「聞いたことがある。それ確か、直死の魔眼っていうのよね?よね・・・!?」
さらに問い詰めてくるレナだが、鉈は志貴に壊されており、今の彼女に武器はない。志貴はレナを見据えながら、秋葉に近づいていく。
「秋葉、大丈夫か!?」
「兄さん・・どうしてここへ?・・弓塚さんと一緒に戻られたはずでは・・?」
「気になってしまって・・さつきが買ったものを全部持って、先に戻るって言ってくれたんだ。吸血鬼になったことで、力が強くなったみたいなんだ・・」
疑問を投げかける秋葉に志貴が落ち着きを払いながら答える。吸血鬼へと転化したさつきは身体能力が向上し、不安定ながらもその力を振るえるようになった。
「とにかくこの場は離れたほうがいい。琥珀に介抱してもらおう。」
志貴が呼びかけながら、秋葉に手を差し伸べる。
「シエル先輩も、ここは離れたほうがいいですよ!」
「・・いいえ、遠野くん、私はレナさんと話し合わなくてはならないことがあります。ですから、あなたは秋葉さんとともに先に行ってください。」
志貴が呼びかけるが、シエルはこれを拒んでレナに眼を向ける。
「シエル先輩・・・分かりました・・・」
志貴はシエルの気持ちを受け入れて、秋葉とともにこの場を離れようとする。
「逃げるな!」
そのとき、レナの感情の爆発とともに、彼女の周辺にとてつもない衝撃が解き放たれる。吸血鬼となった彼女の力が暴発したのだ。
その衝撃に、志貴が緊迫を覚える。だがシエルが彼の前に立ち、さらにレナを見据える。
それを見計らって、志貴は秋葉を連れて、今度こそこの場を離れた。この草原にはシエルとレナだけが取り残された。
「シエルさん、どうして?・・どうしてあの人たちをかばうの・・・!?」
「レナさん、あなたはロアに血を吸われ、その力に慢心してしまっています。今のあなたは、まさに神からは忌むべき存在となってしまっているのです。」
問い詰めてくるレナに、シエルが落ち着きを取り戻して答える。
「このまま力に溺れれば、教会もあなたを放ってはおかないでしょう。そして私もあなたを・・」
「あたしを殺すっていうんですか!?・・いいですよ・・他の連中に殺されるくらいなら、いっそのことシエルさんに殺されたほうがマシですものね!アハハハハ・・!」
言いとがめるシエルに対し、レナが狂ったように哄笑を上げる。もはやそこにいるのはこれまでのレナでも、埋葬機関に属する少女でもない。血と力に溺れた吸血鬼だった。
「レナさん、できることならあなたを手にかけたくはない。お願いです。もう1度私のところに戻り、もう1度やり直しましょう。」
「シエルさん、あたしはもう後戻りはできないのです・・吸血鬼となったあたしには、人間に戻ることはできない・・・」
シエルの呼びかけを振り切って、レナは後ずさりする。
「あなたはまだ戻れる!あなたにはまだ人の心が残っているのです!」
「もちろん、あたしはシエルさんのところに戻りますよ。シエルさんをあたしのものにするために・・・」
レナが妖しい笑みを浮かべると、シエルの前から姿を消した。
「レナさん!」
シエルが呼び止めるが、レナは既に気配を消していた。いたたまれない心境のまま、シエルもこの場を離れた。
シエルとすれ違いの状態のまま、レナは森の中に来ていた。そして込み上げられていた感情と衝動を何とか抑えていたレナは、息を荒げていた。
(シエルさん・・どうして・・どうしてあたしを受け入れてくれないの・・あたしはただ、シエルさんと一緒にいたいだけなのに・・・!)
レナは胸中でシエルを想うも、受け入れてもらえないことに愕然となっていた。
「シエルと会ったようだな、レナ。」
そこへ姿を現したルナがレナに声をかけてきた。レナは苛立ちを覚えるも、ルナにそれをぶつけようとはしなかった。
「会ったわよ・・だけどシエルさん、吸血鬼になったあたしを受け入れたくないって・・」
レナが感情を押し殺しながら、呟くように答える。だがルナは顔色を変えない。
「それでお前はどうするつもりだ?ここまで来たなら、後は力ずくで奪うしかないな。」
「そんなの分かってるわよ。言っとくけど、アンタに吸血鬼にされたこと、別に感謝してるわけじゃないからね。」
言いかけるルナに、レナは不満をぶつけるように言い放つ。
「私をどう思おうが、お前の自由だ。お前がこれからどうするのかも・・」
ルナはレナにそういうと、音もなく姿を消した。
(シエルさん、あたしはどんなことがあっても、あなたを手に入れてみせます・・・)
シエルへの渇望を胸に秘めて、レナもこの場を後にした。
傷を負った秋葉を連れて、家に戻ってきた志貴。正門を通ると、玄関から琥珀と翡翠が飛び出して、2人に駆け寄る。
「秋葉様、大丈夫ですか!?」
「翡翠、私はこのくらいでは弱音は吐きませんよ。あなたたちも少し落ち着きなさい。」
動揺をあらわにしている翡翠に、秋葉が微笑をこぼして言いかける。その言葉に翡翠は我に返る。
「琥珀さん、翡翠、秋葉の手当てを頼む。」
「分かりました、志貴さん。お任せください。」
志貴の指示を受けて、琥珀が頷く。
「志貴様も傷の手当を。」
「翡翠、オレは大丈夫だ。それよりも秋葉を・・」
気遣ってくる翡翠に、志貴は秋葉を任せた。これを受けて翡翠も琥珀とともに秋葉を屋敷の中に連れていった。
志貴も遅れて屋敷の中に入った。その玄関で体を下ろすと、さつきが心配の面持ちを浮かべて歩み寄ってきた。
「志貴は、大丈夫なの・・・?」
「さつき、オレは心配ないよ。」
さつきがかけた声に、志貴が微笑みながら答える。
「いったい、誰が秋葉様を・・・?」
「シエル先輩の知り合いみたいだった・・だけど、彼女も吸血鬼になっていたみたいだ・・」
志貴の答えを聞いて、さつきが困惑を見せる。
「とにかく今日は休んで、外に出ないようにしよう。まだ危険があるかもしれないから・・・」
「志貴・・・うん・・・」
志貴の言葉に頷いて、さつきは志貴を気遣いながら大広間に連れて行った。
秋葉の傷は軽く浅いものだった。異形の血による治癒力だけで済むはずだったのだが、琥珀は念を入れて、ひと通りの介抱を行った。
「本当に大丈夫だと言っていますのに・・琥珀もここまで心配性だとは思いませんでしたわ。」
「念には念を入れるのは、いつものことだと思ってますけど。」
不満を口にする秋葉に、琥珀は笑顔を崩さずに答える。
「手当てするに越したことはありません・・今夜はお休みください、秋葉様。志貴さんには私がお伝えしておきます。」
「分かったわ・・・後のことは任せますよ、琥珀、翡翠。」
琥珀に促されて、秋葉は就寝することを決める。
「翡翠ちゃん、先に志貴さんとさつきさんのところに行っていてください。私もすぐに行きますから。」
「姉さん・・・分かりました。それではお先に失礼します。」
翡翠は琥珀の申し出を受けて、先に部屋を後にした。ところが部屋の前の廊下で足を止めて、翡翠は部屋に振り向いていた。
(姉さん、本当に秋葉様のことを・・・)
主従関係を超えた愛情にも似た想い。姉のその想いを理解して、翡翠は戸惑いを覚えていた。
しかし姉の想いを尊重したいとも思い、翡翠はあえて止めようとはしなかった。
(姉さんなら、大丈夫ですよね・・・)
姉、琥珀にそう告げて、翡翠は志貴とさつきのいる大広間に向かった。
翡翠が大広間に到着すると、志貴はさつきが出した紅茶を口にしていた。
「翡翠さん、秋葉様の具合は・・・?」
「心配は要りません。もうお休みになられました。」
さついが心配そうに訊ねると、翡翠は淡々とした面持ちで答える。
「そうか・・それはよかった・・・さつき、翡翠、オレもこれを飲んだら寝るよ。」
志貴は安堵の微笑を浮かべて、残っていた紅茶を飲み干した。
「これは私が片付けておきます。さつきさん、志貴様を部屋にお連れしてください。」
「はい、分かりました、お願いします。」
翡翠の言葉を受けて、さつきは微笑んで頷く。そして志貴とともに大広間を後にした。
その翌日、秋葉は昨晩の疲れが取れていた。自身の治癒力と琥珀の介抱の賜物だった。
そのことに再び安堵を感じながら、志貴はいつものように登校した。
教室にて、志貴は有彦から、シエルが学校に来ていないらしいということを聞かされる。
(やっぱりシエル先輩、あの子と・・・)
秋葉を襲い、縁の深いシエルとも対峙した少女、レナが関係しているものと思い、志貴は一抹の不安を覚えた。シエルがレナに対して、何らかの感情を抱いているのだろう。
(帰りに訪ねてみよう。いろいろと聞きたいこともあるし・・)
授業中、志貴は放課後の予定を胸中で練り上げていた。
そして放課後、志貴はシエルのいるマンションに向かおうとしていた。
「志貴、これからどこに行くの?」
昇降口に来た志貴に、さつきが声をかけてきた。志貴は立ち止まり、さつきに振り返る。
「シエル先輩のところに。昨日のこともあって、いろいろ聞きたいことがあるから・・」
「そう・・なら私も行く。私も話を聞きたいから・・」
志貴の意向を聞いたさつきも、彼に同行することを告げる。
「しかし、さつき・・」
「私も志貴やシエル先輩のいる世界に関わっているから・・私も私なりに何とかしたいと思ってるから・・」
当惑する志貴に対し、さつきが切実に語りかける。彼女の気持ちを察して、志貴は拒もうとはしなかった。
「分かった。だけど危険と隣り合わせになる。それは覚悟してほしい。」
「うん・・危険なのは、私がこんなことになってから、私に付きまとってるから・・・」
志貴の忠告にも、さつきはさほど動じずに頷く。
「それじゃ、行こうか。オレもそれほど強いってわけじゃないけど、何かしたいと思って動いてることに変わりないから・・・」
歩き出す志貴に、さつきが笑顔を見せて頷いた。
吸血鬼となったレナにすれ違いを感じ、シエルは困惑を抱えていた。その感情から抜け出すことができず、心身ともに疲れていた。
シャワーを浴びて迷いを振り払おうとするも、迷いは募るばかりだった。刻印の刻まれた彼女の肌にシャワーの雨が降り注ぐ。
(私はレナさんに何をすればいいのでしょうか・・どうすれば、彼女の心を取り戻すことができるのでしょうか・・・)
レナに対する打開の策を練り上げようとするシエル。葛藤を抱えたまま、彼女はシャワーを終えて、バスルームから出る。
そこでシエルは驚きを覚える。部屋の中には、昨晩帰ってこなかったレナの姿があった。
「レナさん・・・戻ってきていたのですか・・・?」
「もちろんですよ、シエルさん。だってあたしは、あなたをずっとほしがってたんですから・・」
当惑するシエルに、レナが普段見せるような無邪気そうな笑顔を見せていた。だがその笑みの中に冷たさが込められているのを、シエルは気付いていた。
「シエルさん、あたし、あなたを自分のものにしたい。この気持ちを止めることができないの・・・」
レナが悩ましい心境を見せて、シエルに近づく。
「嫌われてもいい。憎まれてもいい。あたしはシエルさんを手に入れてみせる・・」
「何を言っているのですか、レナさん・・あなたは自分の中にある邪な気持ちに支配されているのです・・・」
シエルが呼びかけるが、レナの考えは変わらない。レナはシエルにすがりつき、そのまま彼女を押し倒す。
そしてレナは、シエルの刻印のある肌に手を伸ばす。その体を巻きつけているタオルを外し、その裸身を見つめる。
「きれいな肌・・この刺青と不死の呪縛を含めても、ホントにきれい・・・」
完全に魅了されたといわんばかりの悩ましい眼つきをするレナ。彼女からの抱擁から、シエルは逃れることができない。
「このまま好き放題にしちゃおうかな・・あたしとシエルさん、お互いの気分がよくなるように・・・」
「やめなさい、レナさん・・そんなことをしても、私の心はあなたのものには決してなりません・・・」
妖しく微笑むレナに抗おうとするシエル。すると眼が紅く染まるレナが力を発動させ、シエルの手足に光の輪をかけて拘束する。
「これで抵抗されることもないでしょう。さて、じっくり楽しませてもらうわよ。」
レナが眼つきを鋭くすると、動けないでいるシエルの胸に手を当てる。その接触にシエルが動揺を見せる。
「シエルさん・・今のあたしと同じように、聖職につきながら呪いを宿している人・・・あたしと同じ境遇だったから、あたしはあなたに惹かれたのかも知れないね・・・」
「レナさん、あなた、そこまで私を・・・ですが、私は・・・」
「あなたに嫌われてもあたしは構わない。だけどあたしはあなたがいないと、この先どうしたらいいのか分かんない・・・!」
反論するシエルに対し、レナは語気を強めながら彼女に寄り添う。
「だからあたしはシエルさん、あなたをあたしに染めてあげる・・・」
レナが言いかけると、シエルの体を突然舐め始めた。その感触にシエルの動揺はさらに広がる。
(何とかしなくては・・このまま弄ばれれば、体も心も、レナさんに支配されてしまう・・・!)
抵抗の意思を見せるシエル。本来ならレナが発動させた光の輪は、集中すれば簡単に外せるものなのだが、レナからの抱擁を受けて意識を集中することができない。
シエルの胸に顔をうずめた後、レナは体を少しだけ起こす。そしてシエルの下腹部に顔を近づけ、秘所に舌を入れる。
「あ・・あぁぁ・・・!」
その接触にシエルがたまらず声を上げる。彼女の感情がさらに高まり、彼女はついに耐えることができなくなった。
秘所から愛液があふれ出し、レナの顔にかかる。一瞬眼を細めるレナだが、顔に付いた愛液を拭うと、それを舐め取って笑みをこぼす。
「これが、シエルさんの味、なんだね・・・」
さらなる高揚感を募らせるレナが、さらにシエルに迫る。なすがままにされるシエルの意識が、快楽によって薄らいでいった。