月姫 -白夜の月紅-

Episode17「裏切りの転化」

 

 

「あなたという人はいつもいつも・・・」

 帰宅した志貴とさつきに、秋葉は呆れ果てていた。志貴もさつきも気落ちの表情を浮かべるしかなかった。

「あなたもあなたですよ、弓塚さん。兄さんのそばについていながら・・」

「すみませんでした・・以後、気をつけます・・・」

 秋葉が言いとがめると、さつきが沈痛の面持ちを浮かべて謝罪する。すると秋葉が突然微笑みかけた。

「これからは軽率にせずに、兄さんのことをよろしく頼みますよ。」

「秋葉様・・・はい、分かりました。」

 秋葉の言葉を受けて、さつきが笑みを取り戻して再び一礼した。さほどお咎めがなかったことに、志貴は内心安堵していた。

「それでは志貴様、ゆっくりお休みになってください。」

 翡翠が志貴に声をかけて、彼の私室へと促す。さつきに小さく頷いてから、志貴は私室へと戻っていった。

 

 帰宅途中、シエルはレナと再会し、彼女を自室に招き入れた。

 レナはシエルと同じく、教会の埋葬機関に属する人間である。シエルとともに任務を行ったこともあってか、レナはシエルを心から慕っていた。

「へぇ。ここでシエルさんは生活してるんですね。」

 レナが喜びを振りまきながら、部屋の中を見回していく。そしておもむろにキッチンに赴き、その戸棚を開ける。

「相変わらずなのはシエルさんも同じだね。思ったとおり、レトルトのカレーをこんなに買い溜めしてあるよ。」

 レトルトカレーを目の当たりにして、レナが笑みをこぼす。

「でも、それだけ好きだってことなんですよね?よね?」

「そうですね。人には必ずこだわりのひとつはありますからね。」

 レナの言葉にシエルが相槌を打つ。

「そうだ。今日はあたしがカレーを作っちゃいますね。」

「えっ?悪いですよ。あなたはお客さんなんですから、ここは私が腕によりをかけて・・」

「いいんですよ。あたしがやりたいんですから。それに、あたしが料理が得意なの、シエルさんは知ってるはずですよね?よね?」

 互いに弁解をかけるシエルとレナ。レナの気持ちを汲んで、シエルは彼女の言葉に甘えることにした。

 

 レナが調理した特性カレーが出来上がり、テーブルに運ばれる。アルクエイドとの壮絶なカレー対決を繰り広げた後にも関わらず、まるで何事もなかったかのように黙々と食べだしていた。

「うん。レナさんの作るカレーはいつ食べても絶品ですね。」

「そんな、褒めすぎですよ、シエルさん。はう〜♪」

 シエルに賞賛されたレナが笑顔を振りまき、歓喜に酔いしれる。

「それにしてもレナさん、どうしてこちらへ・・?」

 シエルが唐突に問いかけると、レナは気持ちを落ち着けてから答える。

「ちょっとこっちに用があったんで・・それでこっちに来たら、シエルさんがいると聞いて・・」

「そうだったのですか・・・しばらくいるようでしたら、ここを拠点にしてください。よろしければ、あなたのことも皆さんに紹介しますよ。」

「そんな、迷惑じゃ・・でも、シエルさんがここまで言うのでしたら・・」

 シエルの優しさを受け入れて、レナは今夜はここに泊まることを決めた。そしてレナがいきなりシエルに飛びついてきた。

「前から思ってたんだけど、シエルさんってかぁいい♪」

「えっ?」

 レナの突然の言動にシエルが戸惑いを見せる。

「やっぱりこのままお持ち帰りしちゃおうかな〜♪」

「かわいいものをお持ち帰りしたいという気持ちは分かりますが、あまり過剰にならないようにお願いします。」

 歓喜を見せるレナに、シエルは微笑みながら注意する。落胆の反応を見せるレナだが、すぐに笑顔を取り戻す。

「すいません、シエルさん。でも、シエルさんとこうしてまた会えたことが嬉しいのは確かですよ。」

「・・そうね。私も仲間に会えて、本当に嬉しいですよ・・」

 レナの切実な気持ちに、シエルも喜びを伝えた。その気持ちを受けて、レナはたまらずシエルを抱きしめていた。

「このまま、ずっと一緒にいようかな・・・」

 悩ましい面持ちを見せるレナを、シエルは優しく抱きとめる。

 そのとき、不気味な眼光を宿したレナの口元から鋭いものがきらめいた。そして彼女はシエルの首筋に顔を近づけようとする。

「レナさん?」

 そこへシエルが声をかけ、レナが我に返る。一瞬きょとんとなるレナだが、すぐに笑顔を取り戻した。

「あ、すいません、シエルさん。あたし、つい、その・・」

 レナが頬を赤らめて動揺をあらわにする。その様子にシエルは笑顔を見せる。

「いいですよ。今夜あなたはここで寝るわけですから・・でも私は表向きは学校に通う学生ですので。」

「学校ですか・・いいなぁ。あたしも教会と戦いの連続で、全然通えなかったから・・」

 シエルの言葉を受けて、レナが物悲しい笑みを浮かべる。レナの気持ちを察したシエルが、レナの髪を優しく撫でる。

「あなたもいつか学校で学業を学べるときがします。そのときには、私が申請しましょう。」

「シエルさん・・・」

 シエルの優しさを受けて、レナが笑顔を見せた。

 

 その翌日の休日。志貴は秋葉とさつきに連れられて、街に買い物に連れ出されていた。さつきに気遣って秋葉が買ったものを運んでいた志貴は、ふとため息をついた。

「ハァ・・今日の秋葉は機嫌が悪いみたいだな・・まだ買い物するつもりなのか・・?」

 肩を落とす志貴が、未だに不満を浮かべている秋葉に眼を向ける。彼女の買い物はまだまだ終わる気配がない。

 彼らが次の店に足を運ぼうとしたとき、彼らの前にアルクエイドが現れた。

「やっほー♪志貴、お買い物?」

 アルクエイドが気さくな態度で志貴に声をかける。しかし志貴の状態を見て、彼女は状況を理解した。

「それじゃ私も一緒に買い物しちゃおうかな。たまにはおしゃれしてみるのもいいかも。」

「おいおい、冗談はやめてくれよ。ただでさえ秋葉につき合わされてるって言うのに・・」

 アルクエイドが唐突に口にした言葉に、志貴が思わず不満を口にする。するとアルクエイドがからかうような笑みをこぼす。

「買い物はするけど、志貴に荷物運びはさせないから安心して。」

 アルクエイドの言葉に対し、志貴は半ば呆れる。

「それで、お前は何してるんだ?また気晴らしに出てきただけなのか?」

「正解。」

 志貴の問いかけにアルクエイドが笑みを崩さずに答える。

「見ての通り、オレは秋葉の買い物に付き合わされて手が放せない。だからお前に付き合うことはできないんだ。」

「そうなの・・ちょっと残念だなぁ・・」

 アルクエイドが志貴の答えに落胆の面持ちを見せる。

「あなたは少しは人の都合を考えたらどうなのですか。」

 そこへ声をかけてきたのはシエルだった。アルクエイドが不満の面持ちを浮かべ、志貴とさつきが微笑みかける。

 そこでふとアルクエイドが、シエルの横にいる少女に気づく。

「ところでシエル、その子、誰?」

「あたしですか?あたしはレナ。竜宮レナです。」

 アルクエイドが訊ねると、レナが笑顔を見せて自己紹介をする。

「そのレナちゃんがどうしたのよ?シエルの知り合いみたいだけど・・」

「えっと、あたしはシエルさんと同じ・・」

 アルクエイドの問いかけに答えようとするレナを、シエルが手で制する。

「ちょっとした知り合いです。彼女がここを訪れていたところに遭遇して・・」

「そうだったんですか・・よろしく、レナちゃん。」

 シエルが弁解を入れると、志貴がレナに挨拶をする。

「オレは遠野志貴。」

「私は弓塚さつきです。よろしくね。」

 志貴とシエルがレナに自己紹介をする。

「私はアルクエイド・ブリュンスタッド。よろしくね、レナちゃん。」

 続いてアルクエイドが自己紹介する。そのとき、アルクエイドを見たレナの視線が一瞬鋭くなり、それにアルクエイドは気づいた。

 だがレナが先ほどの無邪気そうな顔に戻っていた。アルクエイドもあえてこの場では追求しなかった。

「ところで、みなさんは何をしているのですか?もしかして買い物?」

 レナが唐突に志貴たちに訊ねる。

「うん。妹の買い物に付き合わされていて・・」

「人聞きの悪いことを言わないでください、兄さん。」

 レナに説明する志貴に、秋葉が不満をぶつけてくる。妹の介入に志貴は苦笑を浮かべる。

「はう〜♪何だか妹さんのほうがしっかりしているようだね〜♪」

 レナが歓喜を振舞うが、秋葉は慄然さを崩さない。

「兄さんは少しそそっかしいところがありますからね。私のほうがしっかりしているように見えるのも、仕方のないことなのかもしれませんね。」

「秋葉、他の人にそんなこと言うもんじゃない。」

 秋葉の言葉に反論する志貴。兄妹のやり取りを見て、レナが再び笑顔を向ける。

「ホントに仲いいみたいですね。あたしとシエルさんみたい。」

 レナの言葉に志貴と秋葉が一瞬唖然となる。だが秋葉はすぐに平静さを取り戻す。

「た、確かに私は妹として、兄さんを慕ってはいますが・・」

「シエルさんにはいい知り合いがいて、あたしもなぜか鼻が高くなっちゃいます。」

 弁解しようとする秋葉の言葉を気に留めていないのか、レナが笑顔を振りまいていた。

「それでは私たちはこれで。これから調べ物がありますので。」

 シエルは志貴たちに言いかけると、レナとともにこの場を離れた。志貴は微笑みながら2人を見送った。

「志貴、もしかしてあんなかわい子ちゃんもタイプとか。」

「えっ・・!?

 アルクエイドの唐突な声に、志貴が驚きを覚える。

「ほ、本気なんですか、兄さん!?あなたという人は・・!」

 そして秋葉が志貴に憤りを向けてくる。

「ま、まて、秋葉!アルクエイドの言葉を鵜呑みにするんじゃ・・!」

「言い訳は見苦しいですわ、兄さん。いつまでもそのような考えでは、先が思いやられますわ。」

 必死に弁解しようとする志貴だが、秋葉は完全に呆れ果てていた。

 

 それからアルクエイドと別れた志貴は、さつきとともに秋葉の買い物にしばらく付き合わされた。そして夕暮れ時となり、志貴たちは岐路に着いていた。

「あ、いけません。まだ買うものがあったのでした。」

 秋葉が突然口にした言葉に、志貴とさつきが足を止める。

「忘れ物か?だったらオレが買いに・・」

「いいえ、大丈夫です。私1人で行きますから、兄さんと弓塚さんは先に戻っていてください。」

 志貴の気遣いに弁解を入れて、秋葉が1人離れていった。

 彼女が寄ろうとしていたのは近くのコンビニだった。そこで彼女はノートと筆記具を買って店を出た。

 秋葉は家に戻ろうと駆け足になる。道は街灯に照らされて、分からなくはなかった。

 その途中、秋葉は背後からつけてくる足音に気づき、足を止める。

「私が気づかないとでも思っているのですか?隠れているのは分かっているのですよ。」

 秋葉が振り返らずに背後に向けて呼びかける。すると追いかけてきていた足音が止まり、

「私はこれでも耳はいいほうなんですよ。」

 秋葉が声をかけながら、ようやく振り返る。その先にいた少女に、彼女は眉をひそめる。

 その少女は、シエルと一緒にいたレナだった。

「あなたは、昼間シエルさんと一緒にいた・・・?」

 レナの登場に秋葉が眉をひそめる。先ほどの子供っぽいところを見せていた彼女ではなく、冷淡で不気味さをかもしだしていた。

「シエルさんと仲がよさそうだった・・そんなの、あたしが許さない・・・」

 レナが低い声音で秋葉に言いかける。彼女が手にしていたのは、彼女の身長の半分以上の長さもある鉈だった。

 不気味にきらめくその鉈に、秋葉が眼を見開く。

「本気ですか、あなた!?・・その外見で通り魔ですか・・・?」

 秋葉が慄然さを見せながら、徐々に移動を図る。

「シエルさんはあたしのものなの。だからシエルさんに近づく人は、あたしがやっつけてやるから・・」

 レナは言い放つと、鉈を振り上げて秋葉に飛びかかってきた。同時に秋葉も駆け出し、移動を始める。

「逃げるな!」

 感情をむき出しにしたレナが叫び、秋葉に向けて鉈を振り下ろす。勢いよく振り下ろされた鉈は秋葉を外し、その下の地面を抉る。

 秋葉を追って駆け出してくるレナ。2人は人気のない草原へと行き着いていた。

 そこで秋葉が足を止め、追ってきたレナに振り返る。

「やっと観念したみたいね。すぐに終わらせてあげるから。」

「勘違いしないでくれます?ここなら存分にやれる。それだけのことです。」

 笑みを見せるレナに対し、秋葉が慄然となりながら言い放つ。

「そうなの?でも、普通の人間のアンタが、あたしに勝てるのかな?かな・・・?」

 レナが眼つきを鋭くして、秋葉に向かって歩き出す。

「普通?そうとは言い切れませんよ、私は・・」

 秋葉がレナに告げた瞬間、秋葉の髪が紅く染まる。向かってくるレナの前に炎が舞い上がり、彼女の行く手をさえぎる。

「へぇ。アンタ、こんな力持ってるんだ・・でもあたし、こんなことで立ち止まったりしないよ。」

 レナは冷淡な笑みを浮かべると、鉈を振りかざして炎を振り払う。そして間髪置かずに秋葉に飛びかかる。

 レナが炎を紅い刃に変えて、レナが振り下ろしてきた鉈を受け止める。だがレナの力は強く、その衝撃に秋葉は突き飛ばされ、草むらを横転する。

(力任せに・・それにしても何という力・・・彼女も普通の人間ではないのでは・・・)

 苦悶の表情を浮かべる秋葉。レナが鉈を手にしたまま、眼つきを鋭くしたまま秋葉に近づいていく。

「せっかくだから、他の人たちへの見せしめにしてあげる。これで頭を殴りつけて血まみれにした後、思いっきり真っ二つにしてやるから。」

「何を考えているのですか・・そんなの、正気の沙汰ではありませんわよ・・」

「あたしが正気かどうかなんてどうだっていいの。シエルさんを守るためだったら、あたしは何だってやってみせるんだから・・アハハハハハ・・!」

 緊迫を募らせる秋葉を前にして、レナが突然狂ったように笑い出した。

「そんなにシエルさんのことを・・・そこまでいくと溺愛というべきでしょうね。」

 秋葉が言いかけると、レナが哄笑をやめて狂気をあらわにする。

「ええ、そうよ!あたしはシエルさんが好き!好きでたまらず、愛してるの!だからシエルさんを傷つけるものは、誰だろうと許さない!あたしが徹底的に叩き潰してやるんだから!」

 レナが言い放って鉈を振り上げ、秋葉を狙う。そのとき、一条の刃が飛び込み、レナの持っていた鉈を弾き飛ばす。

 驚愕を覚えるレナが狂気を浮かべたまま振り返る。そこで彼女はさらなる驚愕を募らせる。

 そこにいたのはシエルだった。シエルが黒鍵を放ち、レナの鉈を弾いたのだ。

「これはどういうことなんですか、レナさん・・なぜあなたがこんなことを・・・!?

 シエルが問い詰めると、レナが不気味な笑みを浮かべて答える。

「シエルさん、この人はシエルさんを傷つけようとしていたんですよ。だからあたしは・・」

「何を言っているのですか?秋葉さんは遠野くんの妹。私を傷つけるはずがないでしょう。」

 レナの言葉を、シエルが悲痛の面持ちで否定する。

「ウソだよ・・だってシエルさんを見るみんなの眼、冷たく感じたもん・・」

「それはあなたの勘違いよ、レナさん。私の周りにいる人たちは、私に対して優しくしてくれている・・」

「ウソだ!」

 シエルの言葉をレナが叫んでさえぎる。爆発するレナの感情に、シエルは戦慄を覚える。

「あたしはシエルさんを守るの!シエルさんを傷つけようとするものは全部、この吸血鬼の力で!」

「吸血鬼!?

 レナの口にした言葉に、シエルが驚愕する。レナの眼は血のように紅く染まっていた。

 

 

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