月姫 -白夜の月紅-

Episode15「薄幸の中の希望」

 

 

 シエルが志貴とさつきに向かって飛びかかり、黒鍵を振りかざす。だがその一閃を、突如飛び込んできたアルクエイドに阻まれる。

「アルクエイド!?

 真祖の吸血鬼の乱入に、シエルだけでなく志貴も驚きを見せる。攻撃を阻まれたシエルが後退し、距離を取る。

「アルクエイド、これは・・?」

「血のにおいがしてね。追いかけてみたらここに来たってわけ。」

 動揺を浮かべながら問いかける志貴に、アルクエイドが気さくな笑みを浮かべて答える。そして笑みを保ったまま、シエルに眼を向ける。

「相変わらず堅物なんだから、アンタは。」

「私は代行者としての責務を遂行しているだけです。弓塚さんだけでなく、アルクエイド、あなたもここで葬ってあげます。」

 言いかけるアルクエイドに向けて、シエルが黒鍵の切っ先を向ける。

「度胸がいいのも相変わらずね。そろそろアンタとの決着を付けるのも悪くないかもね。」

 アルクエイドが眼つきを鋭くして、シエルに敵意を向ける。

「志貴、アンタはさっちんを連れて行って。」

「アルクエイド・・」

 アルクエイドの言葉に志貴が戸惑いを見せる。

「さっちんを信じてるんでしょ?だったら志貴、アンタがけじめつけとかないと。」

「アルクエイド・・・ありがとう・・」

 志貴はアルクエイドに感謝すると、動揺を隠せないでいるさつきを連れてこの場を後にする。シエルが追いかけようとするが、再びアルクエイドに阻まれる。

「ここは見逃してもらうわよ、シエル。」

「そうはいきません。あなたも、そして弓塚さんも葬り去ります。」

 不敵な笑みを見せるアルクエイドと、淡々とした面持ちのシエル。2人はそれぞれ爪と黒鍵を振りかざし、飛びかかっていった。

 

 さつきを連れて逃走を図った志貴。彼は一路、遠野家へとたどり着いていた。

「ここまでくれば・・・とにかく、秋葉と話し合ったほうがいい・・」

「でも、私を受け入れてくれるかどうか・・・」

 志貴の呈した案に対して、さつきが不安を浮かべる。すると志貴が微笑んで、さつきに優しく手を差し伸べる。

「オレの家も人間と違ったものと関わりがあるんだ。秋葉たちだったら、話ぐらいは聞いてくれるはずだ。」

「志貴・・・分かった。とりあえず話すだけ話してみるよ・・・」

 志貴の説得を受け入れて、さつきはようやく笑みを取り戻した。そして2人は遠野家の正門を通り、玄関で足を止める。

 そしてドアを開けようとしたとき、そのドアを開けて、翡翠が姿を見せてきた。

「おかえりなさいませ、志貴様・・どうか、なされたのですか・・・?」

 一礼したところで、翡翠が志貴の様子に気づく。彼はさつきを連れていて、ともに疲れ果てていた。

「翡翠・・弓塚さんの手当てを・・秋葉はどこだ?」

「私ならここです。何事ですか、兄さん?」

 翡翠に指示を送る志貴に、顔を見せてきた秋葉が声をかけてきた。

「秋葉、弓塚さんを少し休ませてほしいんだ。」

「弓塚さん?・・・ともかく中へ。兄さん、別室で詳しいお話を。」

 さつきを受け入れつつ、志貴に声をかける秋葉。志貴も真剣な面持ちで小さく頷いた。

 

 志貴とさつきを逃がすために、シエルの前に立ちはだかったアルクエイド。戦いは一進一退の攻防となり、体力だけが消耗していった。

「あなたという人は、いつもいつも私の前に立ちはだかって・・」

「しつこいって思ってるならどっか行ってよ。こっちもウンザリしてるんだからさ。」

 互いに愚痴をこぼしていくシエルとアルクエイド。苛立ちを抱えながら、2人は再び身構える。

 そのとき、2人は異質の気配を感じ取って思わず足を止める。2人が振り返った先には、黒い衣服に身を包んだ少女が立っていた。

「何者ですか?今は取り込み中です。」

 シエルがその少女に向けて淡々と言いかける。

「ロア・・・!」

「えっ!?

 だがアルクエイドが口にした言葉に、シエルは驚きを見せる。

「久しぶりだな、シエル。もっとも、“私”にとっては初めて顔を合わせることになるがな。」

「あなたが、新たに転生を果たしたロアということですか・・・!?

 淡々と言いかける少女、ルナにシエルが緊迫を覚えながら言葉を切り出す。

「次から次へと、私に因果のあるものが私の前に現れてくれますね・・」

 シエルが思わず皮肉を込めた笑みを浮かべた。そして黒鍵を握っている手に力を込める。

「手は出さん。だが異形の存在となったあの娘を、放置していてもいいのか?」

「それはどういうことですか・・・?」

「死徒と化した者は、その邪な力に翻弄され、やがて人間としての自我を失う。まさに人の形を取った獣と成り果てるのだ。」

 問い詰めるシエルに、ルナは顔色を変えずに答える。

「シエル、ロアに敵意を抱き、私をそのロアと認識するなら、それもいいでしょう。だがこれだけは言っておく。確かに私の中にロアは存在する。だが私自身はその自我を保っている。」

「つまり今のあなたは、ロアであってロアでない、ということですか・・・」

 シエルの問いかけにルナは答えない。その反応を肯定を見て、シエルは話を続ける。

「いずれにしても、あなたが忌むべき存在であることに変わりはありません。あなたの行動を見過ごすことはできません。」

「焦るな、シエル。今はお前と戦うつもりはない。だがいずれお前ともアルクエイドとも、戦うことになるだろう。」

 いきり立つシエルに言い放ち、ルナは闇の中に姿を消した。気配までが途切れてしまい、シエルは歯がゆさを覚えていた。

 そして彼女は、いつしかアルクエイドの姿もなくなっていることに気づく。シエルはひとつため息をつくと、志貴とさつきを追って動き出した。

 

 疲れ果てていたさつきは、秋葉の計らいで彼女の部屋のベットで横たわっていた。汚れたさつきの制服を洗濯する翡翠。琥珀がスープを作って運んできたが、さつきは口にしようとしなかった。

 吸血鬼となったさつきは、血以外のものを摂取しても意味がないと思っていた。その様子に琥珀も困るばかりだった。

 一方、秋葉は志貴の介抱をしながら、彼から事情を聞いていた。彼から話された悲惨な出来事に、彼女は小さく頷いた。

「つまり、ルナという吸血鬼に血を吸われてしまい、弓塚さんも吸血鬼になってしまった、ということですか。」

「あぁ・・それで弓塚さん、1日中さまよって、力任せに吸血鬼たちを倒していた彼女を発見したんだ・・」

 言いかける秋葉に、志貴が沈痛の面持ちを浮かべる。

「弓塚さんを助けるには、血を与えるしかない。だけど、そのために彼女に誰かを襲ってほしくもないんだ。」

 さつきの身を案じるあまり、困惑を抑えることができない志貴。すると秋葉が落ち着きを払って、志貴に問いかける。

「弓塚さんの血液型は何型ですか?」

「えっ・・・?」

「彼女と同じ血液型の血を与えるのです。彼女のものと同じ血液パックを用意するのです。」

 疑問符を浮かべる志貴に、秋葉が説明する。すると志貴は渋々納得して、秋葉の案を受け入れた。

「オレは構わないけど、弓塚さんが何て言うか・・」

「ただし、その代わりとして、弓塚さんにはこの遠野家でしっかりと働いてもらいます。恩義はきちんと返すのが人としての礼儀です。」

 言いかける志貴に対し、秋葉が毅然とした態度を取る。その言葉に志貴が半ば唖然となる。

「な、何を言ってるんだ、秋葉!?・・弓塚さんにそんなことさせられないだろ・・・!」

「言いましたよね、兄さん。恩義はきちんと返さなくてはならないと。」

 志貴が声を荒げて言い寄るが、それでも秋葉は考えを曲げない。

「そろそろ落ち着いてきている頃でしょう。兄さん、私が弓塚さんと話をつけてきます。」

「お、おい、待て、秋葉・・!」

 秋葉は志貴の呼び止めも聞かずに、さつきとの話のために部屋を出た。彼女の頑固さを見せ付けられたような気分に陥りながら、志貴も遅れて部屋を出た。

 だがその途中の廊下で、志貴と秋葉は、動揺の色を浮かべて駆け込んでくる。

「どうしたのですか、翡翠?そんなに慌てて・・」

「秋葉様、志貴様、大変です!弓塚さんが・・・!」

 秋葉が訊ねると、翡翠が普段見せないような慌て様を見せる。その様子に、志貴も秋葉も緊迫を覚えた。

 

 突如、吸血衝動に駆られたさつきは、彼女の介抱をしていた琥珀に襲いかかってきた。琥珀は何とか部屋の中を逃げていたが、さつきは徐々に迫りつつあった。

 そこへ志貴と秋葉が駆け込み、さつきの異変を目の当たりにして当惑する。

「弓塚さん・・・何が・・・!?

 志貴が恐る恐る近づくと、さつきがそれに気づいて足を止める。

「志貴・・・私、もうどうかなっちゃってるみたい・・・」

「弓塚さん・・何があったんだ・・・!?

 物悲しい笑みを見せてくるさつきに、志貴が問い詰める。

「もう、我慢できないよ・・私の中の私が、血がほしくてたまらなくなってるの・・・」

「弓塚さん・・・!」

「このままじゃ私、“私”じゃなくなっちゃう・・・だから志貴、私を・・」

「ダメだ!」

 自分を殺してくれるよう頼もうとしたさつきの言葉をさえぎって、志貴が声を上げる。

「まだオレやみんなのことを思っている時点で、弓塚さん、君はまだ人間だ!今ならまだ戻れる!」

「志貴、でも・・・!」

「自分で背負いきれないなら、オレが支えてやる!みんなもきっと受け入れてくれる!だから、弓塚さん・・・!」

 志貴がさつきに近づき、手を差し伸べる。だが吸血衝動に駆られたさつきは、たまらず志貴につかみかかってきた。

「志貴様!」

「兄さん!」

 翡翠と秋葉が声を上げるが、志貴はさつきをしっかりと受け止めていた。

「オレは大丈夫だから・・さつき・・・」

 志貴のこの言葉に戸惑いを感じ、さつきは我に返る。自分が志貴から血を吸おうとしていたことに気づいて、彼女は動揺する。

「志貴・・私・・私は・・・」

「1人で辛いのを抱えるのはよくないよ・・だからみんなで支えあっていけば・・・」

 戸惑うさつきに志貴が優しく語りかける。すると気を落ち着けた秋葉もさつきに歩み寄ってきた。

「今のあなたへの必要最小限のものを用意しますわ。兄さんがあなたを助けたいをおっしゃってるのですから・・」

「でも、それじゃ迷惑がかかるんじゃ・・・」

 秋葉の言葉にさつきは困惑を見せる。

「ただし、ただで助力するわけではありません。あなたは琥珀、翡翠同様、使用人として働いてもらいます。」

「おい、秋葉・・」

 秋葉が口にした申し出に、志貴が反論する。だが秋葉はじっとさつきを見つめていた。

「この条件をのむのでしたら、あなたへの助力を惜しみません。いかがですか?」

「私がここで・・・志貴と、一緒に・・・」

 秋葉が提案したことについて思考を巡らせていたとき、さつきがあることに気づく。

(私、志貴と一緒にいられる・・そのためだったら私、何だって・・・)

「分かりました!一生懸命頑張ります!」

 秋葉の言葉を受け入れたさつきが、深々と頭を下げた。

「ち、ちょっと、弓塚さん・・・!」

 志貴がたまらず口を挟むが、さつきは微笑んで首を横に振る。

「私はそうしたいから・・志貴と一緒にいられるから、私はどんなことだって平気・・・」

 さつきの切実な願いを目の当たりにして、志貴が困惑を見せる。彼女の言い分に不満を抱きながらも、秋葉は渋々頷いた。

「いい覚悟です。ですがこの遠野家は厳しいですよ。心しておきなさい。」

「はい。」

「その代わり、あなたと同じ血液型の血液パックを提供します。あなたに合った生活スタイルも。そして・・」

 言いかける秋葉に、さつきがきょとんとなる。

「たとえ人の心を失ったとしても、ここにいる者以外の人を襲ってはいけません。もし襲った場合、この私の責任で、あなたを始末することになりますので、肝に銘じておいてください。」

 秋葉のこの言葉に、さつきだけでなく志貴も緊迫を覚える。だがさつきは怯えるのを押し留めて、真剣さを取り戻す。

「志貴やみなさんに迷惑をかけるぐらいなら・・・」

「・・分かりました。できれば私も、あなたの殺めることを快く思っていません。そのことは理解してください・・」

 秋葉は告げると微笑みかけ、さつきに手を差し伸べる。さつきも微笑んでその手を取り、握手を交わした。

 2人の言動と対応に不安を隠せないながらも、志貴はさつきの無事と秋葉の了承に安堵を感じていた。

「さて、改めて休憩にしましょう。今、軽く食べられるものを用意しますね。」

 笑顔を取り戻した琥珀が志貴たちに言いかけ、ひとまず部屋を出た。

 そのとき、志貴はふと窓に視線を向ける。その窓の先の木陰に、アルクエイドが微笑みかけているのが見えた。

「志貴様、どうかなさったのですか?」

「えっ?・・いや、何でもないよ・・・」

 そこへ翡翠に声をかけられ、我に返った志貴が笑みをこぼした。

 

 さつきの自立と志貴たちの無事を確かめて、アルクエイドは安堵の笑みをこぼしていた。登っていた木から飛び降りたところで、彼女の前にシエルが現れた。

「志貴もさっちんも平気よ。あの調子なら、何が起こっても大丈夫そうだから。」

「まだ完全な保障とは言い切れません。ここは早急に手を打つべきと、私は考えます。」

 気さくな笑みを見せるアルクエイドに対し、シエルは顔色を変えずに言いかける。だがアルクエイドは、志貴とさつきへの信頼を変えない。

「でも今向かったら、志貴だけじゃなくて、妹さんも敵に回すことになるわよ。どうする?」

 アルクエイドに警告されるも、シエルは顔色を変えない。だがこれ以上親しい人物と敵対するわけにもいかず、シエルは踏みとどまった。

「少し様子を見ることにしましょう。遠野くんたちがこれから何をしていくことになるのか・・」

 シエルの心境を察して、アルクエイドはこれ以上口出ししなかった。

「さて、疲れたことですし、カレーでも食べに戻るとしましょうか。」

「やれやれ。もうアンタにとってカレーは、完全な清涼剤ね。」

 笑顔を取り戻したシエルに、アルクエイドは呆れていた。

 

 夜の中でも明るさを失わない街。そのビルの屋上から、ルナは街を見下ろしていた。

 そんな彼女の横に、1人の少女が姿を見せてきた。首元辺りまである茶髪をした幼さの残る少女だった。

「こんなところに何しに来た?」

「そんな冷たいこと言わなくたっていいのにー・・」

 冷淡に告げるルナに、少女は不満を口にする。

「ねぇ。ここにシエルさんはいるかな?かな?」

「シエル?シエルはここにいる。先ほど会ってきた。」

「えーっ!?どうして教えてくれなかったのー!?

「お前に教える必要はない。」

 ルナが淡々と告げると、少女はふくれっ面を見せる。だがルナは気に留めていない様子で、街を見続けていた。

「まぁいいよ。あたしはあたしでやるから。」

 ルナに言いかけて、少女も街を見下ろした。彼女の表情は先ほどの無邪気さから一変し、鋭く冷淡なものとなっていた。

「私はお前ほどシエルに執着してはいない。彼女に対して何かするつもりなら、好きにするがいい。」

 ルナは少女に告げると、音もなく姿を消した。少女は明るい街を見つめ続けていた。

(待ってて、シエルさん。絶対に見つけ出して、すぐに会いに行くからね・・・)

 

 

Episode16

 

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