月姫 -白夜の月紅-

Episode13「ロアの転生」

 

 

 理性を取り戻したアルクエイドが立ち去った後、志貴はシエルに送られて家へと戻った。しかし心配していた秋葉から叱責を受け、志貴は気落ちするしかなかった。

「いい加減心配をかけさせる行為はやめてください、兄さん。また傷だらけではないですか・・・!」

 不満の面持ちを見せながらも、秋葉は自ら志貴の介抱を行っていた。すまないと思いつつも、志貴は秋葉に素直に感謝した。

「明日は休みです。しっかり療養して、傷を治してください・・」

「うん・・ゆっくり休むよ・・・」

 秋葉の言葉に志貴は頷いた。彼が彼女の言葉に素直に従ったのは、アルクエイドが自身の吸血衝動から脱したことへの安堵も起因していた。

 

 その翌日の休日、志貴は心身ともに疲れ果てていたため、昼間さえ完全に眠りこけてしまっていた。彼が眼を覚ましたのは、もうすぐ日が傾こうとしていたときだった。

 主だった目的もなく、志貴は眼を覚ましてからも平穏な時間を過ごしていた。

 そして次の登校の日、志貴の体調は回復していた。いつもと変わらない様子で登校し、彼は周りの人たちにさほど心配はかけなかったようである。

「よう、遠野、おはよう!」

「あぁ。有彦、おはよう。今日も昼休みに集合なのか?」

「そのつもりだけど・・それにしてもお前、何かいつもより元気じゃねぇか?」

 有彦に言われて、志貴がきょとんとなる。

「何ていうか、力がみなぎってきてるっつーか・・とにかくいつものお前より明るくなってる気がするぞ・・」

 有彦のこの言葉に対し、志貴は肯定も否定もしなかった。

「とにかく、昼休みはまたみんな一緒ということでいいのか?」

「あ、あぁ。」

 志貴に話題を戻され、有彦が唖然となりながら頷いた。

 

 それから昼休みになったが、そこで志貴たちは、シエルが学校に来ていないことを知る。そこで志貴と有彦は仕方なく、さつきを誘って3人での昼食を取ることにした。

 その最中、志貴はシエルのことを気にかけていた。アルクエイドとの戦いで疲れ切ってしまったのか、アルクエイドに対する葛藤のためか。

 彼女が今どういう心境にあるのか。志貴は心の中で心配していた。

「どうしたの、遠野くん?何か考え込んでるみたいだけど・・」

 さつきに唐突に声をかけられて、志貴が我に返る。

「い、いや、何でもないよ。ちょっと気になることがあっただけ・・」

 苦笑気味に言いかける志貴だが、さつきの戸惑いは消えない。

「もしかして遠野、シエル先輩のことを気にしてたんじゃねぇだろうな?」

 そこへ有彦が口を挟むと、志貴が当惑を見せる。

「ち、違うって、有彦。本当に大したことじゃないって。」

「ウソつけ。思いっきり顔に書いてたぞ、今。」

 声を荒げる志貴に、有彦がからかってくる。そんな2人を見て、さつきは思わず笑みをこぼしていた。

「よかった。いつもの遠野くんで・・」

「弓塚さん・・・?」

 さつきが唐突にもらした言葉に、志貴と有彦が疑問を投げかける。

「この前までの遠野くん、元気がなかったみたいに見えて・・でももう大丈夫みたいだね。」

「・・・うん・・・」

 さつきの切実な思いの言葉に、志貴は微笑んで頷いた。

 

 真昼の街中。行き交う人々の中にアルクエイドはいた。

 吸血衝動から解放された彼女は、街の空気を確かめながら自由気ままに歩いていた。

(これが生きてるって実感なのかな・・街の中だっていうのに、こんなに気分がいいなんて・・)

 不思議な感覚を覚えつつ、アルクエイドは軽い足取りで街の中を進んでいった。

 そのとき、アルクエイドは街中からあふれてきている奇妙な気配を感じて、唐突に足を止める。裏路地のほうに眼を向けると、そこには黒い衣服を身にまとった少女の姿があった。

 アルクエイドは疑問を感じながら、その少女に近づく。彼女に気づいた少女は路地の奥に身を潜めて、改めて彼女を待ち受けた。

 路地に入ったところで、アルクエイドも足を止めて、少女を見つめる。

「アンタも人間じゃないみたいね。誰なの?」

「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るのが礼儀というものではないのか?」

 言いかけるアルクエイドに対し、少女は淡々とした口調で返す。

「それもそうね。私はアルクエイド・ブリュンスタッド。アンタは?」

「アルクエイド?そうか、お前があの真祖の執行者か。」

「私を知ってるの?」

 少女がもらした言葉に、アルクエイドが眉をひそめる。少女は顔色を変えずに、再びアルクエイドに言いかける。

「私の名はルナ。だが私の体に宿っているものは、“ロア”と言っている。」

「ロア・・・!?

 少女、ルナが告げた言葉に、アルクエイドが驚愕する。

 ロア。元々は教会の神官であった人物である。永遠を求めていたロアは、アルクエイドに血を吸わせて死徒となり、また転生という形で永遠を手に入れた。

 そしてロアは転生を繰り返すことで現在まで存在し続けた。シエルもロアに転生された者の1人である。そして今、ロアはルナを媒体として転生を果たしていた。

「やっぱり転生してたのね、ロア・・また私を狙ってくるわけ?」

「勘違いするな。確かにロアは私の体に宿っているが、私の心までは変わっていない。」

「どういうこと・・!?

 ルナの言葉にさらに眉をひそめるアルクエイド。ロアに転生された人物は、ロアの操り人形にされたも同然である。

「言葉通りの意味だ。ロアという魂は、私の体の中に転生している。だがそれまでだ。私はロアの転生の媒体でありながら、ロアを掌握しているのだ。」

「バカな・・ロアが支配することがあっても、支配されるなんてこと・・・!?

 アルクエイドはロアに起こっている事態を信じられないでいた。ルナは顔色を変えずに、愕然となっている彼女に向けて話を続ける。

「何であろうと構わない。ロアはお前に強い執着心を抱いているようだが、私には関係ない。だが、真祖であるお前を打ち倒すのも悪くはない。」

 ルナが言いかけると、アルクエイドがとっさに身構える。しかしルナは敵意を見せない。

「だが私には血が足りない。お前を倒すのは次の機会にしておく。」

「ロア!」

 ルナは言い終わると、アルクエイドが呼び止めるのを聞かずに飛翔する。追いかけて見上げるアルクエイドだが、既にルナの姿はなかった。

(ロアが、また私の前に転生してきた・・・)

 因縁の相手の再訪に、アルクエイドは驚愕を隠せなかった。ついに、かつてない悲劇の幕が切って落とされようとしていた。

 

 この日の授業が終わり、志貴は下校しようとしていた。昇降口に差し掛かったところで、志貴はさつきが追いかけてきたことに気づく。

「待って、遠野くん!一緒に帰ろう・・・!」

「弓塚さん・・・」

 呼びかけてきたさつきに、志貴が呆然となりながら足を止める。彼女の申し出に彼は微笑んで受け入れ、2人は一緒に帰ることとなった。

「嬉しい・・また遠野くんと一緒に帰れるなんて・・」

「えっ・・・?」

 さつきの囁きを耳にして、志貴が疑問を投げかける。それに気づいたさつきが、頬を赤らめて押し黙ってしまう。

「ゴメン・・でも本当に嬉しかったの。それは理解して・・」

 切実な思いで言いかけるさつきの言葉を意味深に思えて、志貴は言葉を仮せなかった。

「遠野くん、本当に覚えてないの?・・ずっと前に、遠野くん、私を助けてくれたんだよ。」

「弓塚さん・・・ゴメン・・多分、いろいろあった時期だと思うから・・・」

 さつきの呼びかけに対して、志貴はいたたまれない面持ちを見せる。

 瀕死の重傷を負い、直死の魔眼に目覚めた志貴は、その力に混乱し、その当時の記憶が曖昧になっていた。嫌な記憶を拭い去ろうと塞ぎ込んでいたため、その間の思い出となるべき記憶も明確になっていなかった。

「どうしても思い出せなかったとしても、私は構わない。それでも私は、遠野くんのことが・・・」

 さつきが自分の想いを志貴に伝えようとしたときだった、唐突に志貴が足を止め、さつきはきょとんとなる。

 志貴の顔に眼を向けると、彼は緊迫を見せていた。その先には、黒い衣服を着ている少女が立っていた。

「私と通ずる何かを感じてやってきたが、宿しているのはお前か・・・?」

 少女が呟く言葉に、志貴が眉をひそめる。

「君は誰なんだ・・オレに何か用なのか・・・?」

 志貴は緊迫を抑えようとしながら、少女に問いかける。少女はその質問を気に留めず、言葉を続ける。

「だがけがれのない人間であることは間違いないようだ。お前たちの血、私の糧にしてくれるぞ。」

「血って・・まさか、吸血鬼・・・!?

 少女の言葉に志貴が声を荒げる。少女は顔色を変えずに、後ずさりする志貴とさつきを見据える。

「私の名はルナ。ロアを宿す者だ。」

「ルナ・・・!?

 少女、ルナが名乗ると、志貴が緊迫を浮かべたまま疑問を投げかける。だがその疑問よりも迫ってくる脅威を感じて、志貴はこの危機を脱することを考えていた。

「弓塚さん、ここは逃げるんだ!」

「遠野くん!」

 声を荒げるさつきを連れて、志貴が駆け出した。遠ざかっていく2人を見据えながら、ルナも足を前に進めた。

 2人は街中に駆け込み、人ごみに紛れようとしていた。これだけの群集の中で、何か仕出かすことはできないはずである。

「遠野くん、もしかして、最近起こってる事件の犯人じゃ・・・!?

「分からない・・だけど、何か危険な感じがしたのは確かだ・・」

 動揺するさつきに、志貴は周囲を警戒しながら答える。彼は未だに押し寄せてくる危機感を拭えずにいた。

 そのとき、人ごみの中から絶叫が響き渡り、志貴とさつきが振り向く。その先で、突如紅い血飛沫が舞い上がった。

「遠野くん、これって・・!?

「まさか、あの子・・!?

 その光景にさつきと志貴が声を荒げる。さらに危険が及ぶと判断し、2人は街中から離れる。

(なんてことだ・・まさか街の人を堂々と殺してくるなんて・・!?

 志貴は胸中で毒づいていた。闇に生きる存在は、人の前にその本性を堂々と表すことはないが、その少女はそれを隠すことを考えていない。彼女は躊躇なく自分の力を行使している。

 やがて志貴とさつきは、人気のない通りに行き着いていた。2人はひとまず立ち止まり、ルナが追ってきていないか周囲を再び警戒する。

「私に姑息な手段は通用しない。私に立ちはだかるものは誰であろうと容赦なく殺める。」

 そのとき、2人の耳にルナの声が響いてきた。驚愕する2人が振り返った先の街頭の下には、ルナの姿があった。

「お前たちは私から逃げることはできない。私の糧となる以外に末路は残されていない。」

 言いかけるルナの体から紅いオーラのようなものがあふれてきた。その彼女の視線が微妙に揺らいでいると、志貴は感じていた。

 その直後、思い立った彼は一抹の不安をよぎらせた。

「危ない!」

 志貴がさつきを抱えて身をかがめる。その直後、背後の先の突き当たりにある家の玄関が切り刻まれ、崩壊を引き起こした。

 その現象を目の当たりにした志貴が驚愕し、ルナに視線を戻す。

「見えてる、のか・・・!?

 声を振り絞って問い詰める志貴だが、ルナは淡々とした表情のまま何も答えない。

「まさかこれをかわすとは・・だが次は外さないぞ・・・」

 ルナが言いかけて、まとっているオーラの形状を刃に変えて、志貴を狙う。だがすぐにオーラが崩壊を始め、その効力が消失する。

「やはり血が足りないか・・お前たちの血は純粋だ。その血、いただくぞ。」

 ルナは力を抑えて、志貴たちに近づき手を伸ばす。そこへアルクエイドが飛び込み、ルナに向けて爪を振りかざす。

 気づいたルナがとっさにこれをかわし、アルクエイドとの距離を取る。鋭い眼つきのルナを見据えながら、アルクエイドが志貴たちに近づく。

「志貴、大丈夫だった!?

「アルクエイド・・あぁ、オレも弓塚さんも大丈夫だよ・・・」

 アルクエイドがかけた心配に、志貴が困惑を浮かべながら答える。彼とさつきの無事を確かめてから、アルクエイドはルナに言いかける。

「どういうつもりなの、ロア!?志貴を狙ってくるなんて・・・!」

「この男はお前の知り合いだったのか、アルクエイド。私はけがれのない血をもらおうとしていただけ。深い意味はない。」

 顔色を変えずに、ルナがアルクエイドに言いかける。そして血を吸い取ろうと、再び志貴たちに向かって歩き出した。

「アルクエイド、この子は何者なんだ・・何だか、顔見知りみたいだけど・・」

 志貴が緊迫を店ながらアルクエイドに言いかける。するとアルクエイドはいつも見せないような深刻さを見せた。

「その子自体には初対面なんだけど、アイツとは昔から因縁があってね・・」

 アルクエイドの意味深な言葉に、志貴は眉をひそめる。

「ロア・・私に血を吸わせて永遠を手に入れようとしたヤツよ・・」

「ロア・・・」

「ロアは転生という形で今まで生きてきてるの。今はあの子がロアの体ってわけ。」

 アルクエイドが志貴に説明しながら、ルナをじっと見つめていた。

「だけど、今のロアは今までと何かが違うみたいなの・・」

「違うって・・・どういうことなんだ・・・!?

「ロアに転生された人は、完全にロアの操り人形同然になるの。だけど今回はロアに転生されてるのに、ルナって子の意識のままなのよ。」

 ルナに対して疑念を抱き、アルクエイドは緊迫を覚えていた。2人の会話を聞いていたルナが、アルクエイドに言いかける。

「ロアの魂は、私の意識と同調しつつある。だが私にはもはやそのことを考えるのは意味のないことだ。」

「私には意味おおありなんだけど。ネロ以上にしつこいんだから、アンタは。」

「安心しろ。その執念深さはこの命で幕を閉じる。ロアと一体となる私が、この手で終止符を打つ。」

 ルナは言い終わると、突如アルクエイドたちの前から姿を消す。しかしアルクエイドはルナの気配が消えていないことを察しており、警戒心を強めていた。

「弓塚さん、すぐにここから離れたほうがいい。このままだと危険というぐらいじゃすまなくなるかもしれない。」

「遠野くん・・・」

 志貴が指示を送り、さつきが戸惑いを見せる。不安を感じながらも、彼女は彼の指示を受けて後ずさりする。

 だが背中に何かがぶつかり、さつきは足を止める。恐怖が一気に駆け上がり、彼女はゆっくりと後ろを振り向く。

 その背後にはルナの姿があった。ルナに背後から捕まれて、さつきは恐怖をこらえられなくなる。

「キャアッ!」

「弓塚さん!」

 悲鳴を上げるさつきに、志貴が振り返って叫ぶ。アルクエイドも驚きを感じながら、さつきを捕まえているルナに眼を向ける。

「この女の血、もらい受ける。」

「や、やめろ!」

 ルナは告げると、さつきの首筋に牙を差し込んだ。鋭いものを刺された痛みに、さつきがさらに悲鳴を上げる。

 だが、その恐怖の叫びは快感へと変わっていた。

 体の中を血液の流れをさつきは実感し、それが心地よく感じ始めていた。今まで感じたことのないような快楽に陥り、彼女は頬を赤らめて息を荒げていた。

 その刺激のあまり、彼女は失禁していた。完全に脱力する彼女から、ルナは血を吸い取っていた。

「弓塚さんから離れろ!」

 志貴は常備していたナイフを取り出し、ルナに向けて振り下ろす。ルナはさつきから離れて飛び上がり、近くの壁の上に着地する。

「やはりこの女の血は純粋だった。十分に糧となってくれるだろう。」

 ルナがここで初めて笑みを見せてきた。彼女の口元にはさつきから吸っていたときにもれたと思われる血がたれてきていた。

「アルクエイド、今度会ったときこそ、全力でお前を打ち倒してみせる。」

 ルナはアルクエイドに言いかけると、音も立てずに姿を消した。その消えていく様を見ていたが、志貴は倒れているさつきに眼を向ける。

「弓塚さん!しっかりするんだ、弓塚さん!眼を覚まして・・・!」

 さつきに呼びかける志貴だが、愕然となって眼を見開く。彼女の体からあたたかさが消えていた。

「そん、な・・・!?

 志貴は体を震わせて、さつきの手をつかむ。彼女の手が彼の手をすり抜けて、力なく地面に落ちる。

「さつきさん・・・さつきさん!」

 さつきに向けて叫ぶ志貴。彼は眼前の事実を受け入れられないでいた。

 さつきに死が訪れたことを。

 

 

Episode14

 

小説

 

TOP

inserted by FC2 system