月姫 -白夜の月紅-

Episode11「血みどろの決闘」

 

 

 黒鍵を向け、志貴に敵意を見せるシエル。だが志貴はそれに臆する様子を見せない。

「この状況下で怯えることのないあなたの勇気は賞賛しましょう。ですがあなたの行動とその理由は、滑稽に値します。」

 シエルは淡々と口調で志貴に言いかける。

「ダメッ!」

 そこへ呼び声が飛び込み、志貴とシエルが振り向く。そこには、恐怖で意識を失っていたさつきが悲痛の面持ちを見せていた。

「弓塚さん・・・!?

 シエルは動揺を覚えて、黒鍵を志貴から引き離す。

「何がどうなってるのか、私には分かりません。でも先輩、遠野くんを傷つけるのはやめてください!」

 悲痛さをあらわにして、さつきがシエルに呼びかける。顔色を変えなかったが、シエルはさつきに答えることができなかった。

 そのとき、遠くからサイレンの音が響き、志貴たちがその方向に視線を向ける。

「・・・話をするにしても、場所を改めたほうがいいですね・・・」

 深刻な面持ちを浮かべる志貴に、シエルも小さく頷いた。3人はひとまず、この血で染め上げられた通りを後にした。

 

 暴走状態に陥り、志貴にまで牙を向けてしまった自分に、アルクエイドはいたたまれない気持ちに陥っていた。

「私が・・・見境がないまま、志貴を殺そうとした・・・」

 アルクエイドが自分の手をじっと見つめていた。その手で志貴の命を奪おうとしていたのだ。

「いくらどうかなってたからって、志貴を傷つけるなんて、そんなこと・・・」

 言いかけたところで、アルクエイドは自分の思っていることに当惑する。

「私、志貴のことを大事に思ってる・・・どうして・・・!?

 志貴に対する感情に困惑するアルクエイド。

「私は志貴に殺された。その責任を取ってもらうために、私は志貴に近づいた。なのに私は、いつの間にか志貴に何か思い入れをするようになってた・・何だっていうんだろう・・・」

 アルクエイドは自分の胸に手を当てて、自身の動揺を確かめようとする。彼女は自分の気持ちが見えなくなっていた。

「何にしても、このままどうかなっちゃたら、私は・・・」

 アルクエイドは意識すらもうろうとしたまま、夢遊病者のように歩き出していた。

 

 悲惨な戦場から移動した志貴、シエル、さつきは、近くの広場にたどり着いていた。そこでシエルは志貴に改めて声をかけた。

「遠野くん、あなたと弓塚さんを危険に巻き込んでしまったことは、私の配慮が欠けていたのもあります。ですがあなたは、暴走していたアルクエイドをかばおうとして、私を攻撃しようとしました。」

 淡々と言いかけるシエルの言葉を、志貴は顔色を変えずに聞く。さつきは2人を見つめたまま困惑している。

「私や教会へ敵対する意思があるなら、私はあなたに刃を向けなければなりません。」

「それでもオレは、アルクエイドを何とかしてやりたい。そんな気持ちが、オレの中にあるんです・・・」

 シエルの忠告に臆することなく、志貴が正直に自分の気持ちを告げる。

「あの・・遠野くん、シエル先輩、いったい何がどうなっているんですか・・・?」

 そこへさつきが疑問を投げかけ、志貴とシエルが振り向く。戸惑いをあらわにしているさつきの姿を見て、2人は思わず微笑をもらした。

「気が進みませんが、ここまで巻き込んでしまった以上、きちんと話しておかないと、さつきさんは納得しないでしょう。」

「そうですね・・・」

 腑に落ちないながらも志貴とシエルは、さつきにこれまでの出来事を話すことにした。

 ここ最近多発している怪奇事件の詳細。アルクエイド、シエルの正体。志貴が備えている異質の力。

 分かりやすく説明しようとする志貴たちだが、あまりにも話が大きく感じてしまい、さつきはなかなかその内容を飲み込めないでいた。

「やっぱり、受け入れられないのが正常ですよね・・こういうのが現実に起きてるって言われても・・・」

 志貴が苦笑を浮かべて困惑を見せる。

「い、いいえ、謝るのは私のほうです。わざわざ遠野くんとシエル先輩が説明してくれたのに・・」

 さつきが志貴とシエルに対して慌てて弁解を入れる。すると今度はシエルが申し訳ない面持ちを見せる。

「吸血鬼をはじめとした怪物や魔の類は、完全な闇の住人に属します。人間が光とするなら、彼らはまさに影なのです。」

「では遠野くんも、その闇を持ってるということですか・・・?」

 さつきが不安をあらわにすると、志貴は首を横に振る。

「確かにオレのこの力は、何かを“殺す”ものだ。それがシエルさんのいう光とはとてもいえない。だけどオレは、心まで怪物になったりしないよ。」

「遠野くん・・・」

 志貴の言葉を聞いても、さつきは安心感を持てなかった。志貴が危険なことに関わっていることに変わりなかったからである。

 しばらく沈黙が続いたところで、志貴が再び口を開いた。

「これから先輩や周りの誰かが何をするにしても、オレはアルクエイドを何とかしたい。あのまま暴走させたままにはしておけない。それは先輩も考えは同じのはずです。」

 志貴の決意の言葉に、さつきは困惑する。シエルは顔色を変えずに、志貴に言いかける。

「そこまでいうならいいでしょう。ですが私も私の責務に基づいて行動させていただきます。」

「つまり、敵でもなければ味方でもない、ということですか・・」

「あるいは、どちらにも転がるということです・・・」

 互いに深刻さを見せつつも鋭く言い放つ志貴とシエル。

「では遠野くん、覚悟を決めてくださいね・・・」

 シエルは志貴に背を向けてこの場を立ち去ろうとする。だがその前にさつきが立ちはだかった。

「弓塚さん・・・?」

「もしも遠野くんに何かするつもりなら、たとえ先輩でも許しません。」

 眉をひそめるシエルに、さつきが言い放つ。その言動に志貴が当惑する。

「弓塚さん、いいんだ・・これはオレが決めたことで、シエル先輩も自分のやるべきことをしているだけなんだ。止めていけないことじゃないんだ・・」

「でも、遠野くん・・・」

 言いかける志貴に対し、さつきが沈痛の面持ちを見せる。すると志貴はさつきの肩に優しく手を乗せる。

「危なくなったら引き返す。何かあったら、秋葉やみんなが心配するからね・・」

 志貴はさつきに言いかけてから、シエルより先にこの場を後にした。さつきは渋々彼の心境を受け止めるしかなかった。

 

 それから昼夜が過ぎていったが、奇怪な事件は表立つこともなく、アルクエイドの行方は分からなくなっていた。死徒となった人間は彼女に始末されているのだろうと、志貴は考えていた。

 しかし彼は同時に不安を感じていた。死徒との血塗られた戦いを繰り返していることで、アルクエイドは吸血衝動に駆り立てられて、次第に暴走していっているのではないか。志貴はそう思わずにはいられなかった。

(いったい、どこに行ってしまったんだ、アルクエイド・・・)

 授業中もアルクエイドの安否を気にかけていた志貴。その様子を横目で見ていたさつきも、困惑の色を隠せないでいた。

 そして昼休み、志貴は有彦とともに購買部で昼食を買い、屋上で昼食を取っていた。そこで有彦が志貴に声をかけてきた。

「遠野、いったいどうしちまったんだ?ここ最近元気がねぇみたいだけど。」

「あ、あぁ・・ちょっと、いろいろあってな・・」

 有彦が不満そうに言いかけてくると、志貴が苦笑いを浮かべて曖昧な返事をする。

「いろいろって何だよ?・・まさかまた新しい女の人と付き合ってるなんて言うんじゃねぇだろうなぁ?」

「違うって。そういうのじゃないよ。」

 志貴が有彦の憶測を否定するが、強く否定してはいなかった。その様子を気にしているのかいないのか、有彦は大きく肩を落としてため息をつく。

「いいよなぁ、ずるいよなぁ・・お前ばっか女性に恵まれていて・・・」

 ひどく落ち込んでしまう有彦。もう何を言っても無駄だと思い、志貴は黙々と昼食を進めた。

 

 その放課後、志貴は街外れに赴き、アルクエイドの行方を探した。今日は遅くなると秋葉たちにはあらかじめ言ってあった。

 よく通りがかる公園や小さな通りを回ってみたが、それらにアルクエイドの姿はなかった。途方に暮れてしまい、志貴は小さな広場のベンチに腰を下ろした。

「いったいどこに行ってしまったんだ、アルクエイド・・・」

 試行錯誤にさいなまれ、志貴がいても立ってもいられない心境に陥っていた。

 そのとき、志貴はアルクエイドの後ろ姿を目撃して、たまらず立ち上がる。そして必死に追いかけて、右手を伸ばす。

「アルクエイド!」

「えっ?」

 だが手を伸ばした先の女性はアルクエイドではない。似た容姿の別人だった。

「す、すみません・・人違いでした・・・」

 志貴が謝罪して頭を下げ、女性はそそくさにこの場を後にした。志貴は沈痛の面持ちを浮かべたまま、再びアルクエイドを探しに歩き出した。

 空が赤らみ日が沈もうとしていた時間になっても、志貴は通りを歩き回っていた。それでもアルクエイドの姿も、その手がかりさえも見つめられないでいた。

 そして志貴はいつしか、アルクエイドと初めて会った公園へと行き着いていた。

(ここで全てが始まったんだ・・・オレがここで、アルクエイドを・・・)

 志貴はここで自分がしたことを思い返し、自分の手を見つめる。この手と自分に宿っている力で、アルクエイドを1度殺してしまったのだ。

 その死からの蘇生のために力の多くを費やしたために、アルクエイドは吸血衝動にさいなまれ、暴走しようとしていた。

(これはオレの責任でもあるんだ・・絶対見つけないと・・・!)

 改めて決意を胸に秘める志貴。彼はおもむろに、公園内のブランコに眼を向けた。

 アルクエイドが声をかけてきたとき、彼女はそのブランコにいた。志貴はそのブランコに向かい、腰を下ろす。

 ゆっくりとブランコを揺らしながら、志貴はアルクエイドと過ごした時間を思い返していた。

 はじめは殺した責任を取らされる形を含めて嫌々付き合わされていたが、いつの間にか彼女との時間が屈託のないものに変わりつつあった。

「ここにいたんだね、志貴・・・」

 そのとき、志貴は聞き覚えのある声を耳にして、たまらず立ち上がる。スムーズに揺れていたブランコが乱暴に揺れる。

 彼の眼の前には、微笑みかけてくる真祖の吸血鬼の姿があった。夢か幻かと思ったが、紛れもなく本物だった。

「やっほー♪そんな暗い顔して、どうしちゃったのよー?」

 アルクエイドがいつもの気さくな笑顔を志貴に向ける。しかし志貴は困惑を浮かべるばかりだった。

「アルクエイド・・本当にお前なのか・・・!?

「何言っちゃってるのよ、志貴。私は私。」

 困惑する志貴に対し、アルクエイドは苦笑気味に答える。

「ねぇ志貴、また街に行こうよ。今は気晴らしに歩いてみたい気分なの。」

 アルクエイドが志貴を誘って街に繰り出そうとする。腑に落ちない心境だったが、志貴は彼女についていくことにした。

 

 日は沈み、空は星の散りばめられた夜空になっていた。にぎわに続く街中に、志貴とアルクエイドは向かおうとしていた。

「おい、アルクエイド、少し待ってくれよ。さっきまで歩き回ってて・・」

 志貴が息を切らして立ち止まり、呼吸を整える。

「もう、志貴ったら、しっかりしてよね。」

「おい、誰のせいでこんなことになってると思うんだ?」

 足取り軽く言いかけるアルクエイドに、志貴が不満を口にする。するとアルクエイドが志貴に駆け寄り、微笑みかけて手を差し伸べる。

「ホントにゴメンね、志貴・・いろいろあって、自分の気持ちにも整理がつかなくなってて・・」

 彼女の言動に戸惑いを覚えつつ、志貴は差し出されたその手を取って体勢を整える。そして彼女は近くの壁に背を預けて、彼に言いかける。

「志貴、今まで振り回してゴメンね・・」

「どうしたんだよ、アルクエイド・・そんな改まって・・・」

 物悲しい笑みを浮かべるアルクエイドに、志貴が苦笑を浮かべる。しかし彼女の悲痛さは消えない。

「私、このままじゃどうなっちゃうのか、自分でも分かんない。もしかしたら、また自分でも分からないうちに、志貴を傷つけてしまうかもしれない・・・」

「気にするな、アルクエイド。これはオレが、自分でも分からないうちにお前を殺してしまったから・・・」

 互いに自分を責めるアルクエイドと志貴。するとアルクエイドが志貴に近寄り、彼の頬に手を添える。

「もういいよ・・ただ最後に、お願いがあるの・・・」

「アルクエイド・・・?」

 アルクエイドの言葉に、志貴は一抹の不安を覚える。

「今度こそ完全に、私を殺して・・アンタのその力で、私の息の根を止めて・・・」

「アルクエイド!」

 アルクエイドの申し出に志貴がたまらず声を荒げる。

「今、私を殺さないと、暴走した私がアンタを殺す。アンタだけじゃない。アンタの周りにいる人たち、みんな私が・・」

「やめろ、アルクエイド!お前が死んだら、お前の周りにいる誰かが悲しむことになるんだぞ!」

 笑みを消して必死に頼み込むアルクエイドの言葉を、志貴も必死に拒む。そのとき、アルクエイドが苦痛を覚えて、自分の胸を押さえる。

「アルクエイド!」

「ほら・・血を見なくても考えなくても、血を求めようとする感情が湧き上がってくる・・・このままじゃ、私は死徒みたいに、ホントの吸血鬼になってしまう・・・!」

 衝動を抑えようとしながら、志貴に呼びかけるアルクエイド。しかし彼女の気持ちとは裏腹に、吸血衝動は彼女の精神を蝕んでいく。

「お願い、志貴・・アンタなら、確実に私を殺せる・・・」

「オレには・・オレにはできない・・・お前を殺すなんて・・・!」

 アルクエイドの願いを拒絶する志貴。彼の眼からは涙があふれてきていた。

「志貴・・・」

 志貴の言葉に、アルクエイドは困惑を覚えていた。

「遠野くんが殺せないというなら、私が手を汚しましょう。」

 そこへ声がかかり、志貴は眼を見開いた。振り返らずとも彼には分かっていた。背後から聞こえてきたその声の主が、シエルであることを。

「遠野くんはあなたに感情移入してしまっているようです。それは過ちではなく、彼を責めることはできません。ですが私はそのような介入はありません。」

 アルクエイドに近づきながら、シエルが淡々と語りかけ、黒鍵を具現化させて手にする。

「私は遠野くんとは違います。容赦なく、あなたを仕留めます。」

 シエルは苦悶の表情を浮かべているアルクエイドに飛びかかり、黒鍵を振りかざす。狂気をあらわにしたアルクエイドがとっさに跳躍し、シエルの放った一閃をかわす。

 シエルは黒鍵を投げつけ、追撃を繰り出す。アルクエイドはそれを紙一重でかわすが、黒鍵の刃は彼女の頬をかすめていた。

 吸血衝動の赴くままに暴走するアルクエイドと、その息の根を止めようと全身全霊を賭けるシエル。吸血鬼の爪と代行者の刃がぶつかり合い、互いの体に傷を付けていく。

 だが理性を失っているアルクエイドを、冷静な判断を下していくシエルが徐々に追い込んでいく。やがてシエルの突き出した黒鍵がアルクエイドの左肩を切り裂く。その衝突でアルクエイドが、人気のない広場の真ん中に叩きつけられる。

 仰向けに倒れ込んでいるアルクエイドの前に、シエルが降り立つ。そしてシエルは黒鍵を消失させ、代わりに銃砲「黒い銃身」を具現化させる。

「これで終わりです。この至近距離でこの攻撃を受ければ、さすがのあなたも消滅は免れません。」

 うなり声を上げるアルクエイドに銃砲を向けて、シエルが鋭く言い放つ。

「や、やめろ!」

 そこへ駆けつけた志貴が叫び、2人に向かって駆け込んだ。

 

 

Episode12

 

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