月姫 -白夜の月紅-

Episode01「純白の真祖」

 

 

オレの前に突然現れた女性。

 

金髪に白い服。

月のようにきれいな女性に見えるが、眼の色は血のように紅い。

どこかの外国の人なのだろう。

 

オレはその女性に運命のようなものを感じていた。

 

だが、その出会いは、オレが彼女を殺すという、誰が見ても明らかといえるくらい、衝撃的なものだった・・・

 

 

 遠野志貴(とおのしき)。黒髪の、眼鏡をかけたごくごく平凡そうに見える青年である。

 彼は今までの8年間、遠野家の分家に当たる有間家で平穏な生活を送っていた。そんな中、彼は新たに遠野家の当主となった妹、秋葉(あきは)からの知らせを受けた。

 この突然の知らせに戸惑いながらも、志貴は離れ離れになっていた秋葉の待つ遠野家に戻ることを決意する。そして彼は、遠野家の正門の前にたどり着いた。

 懐かしいはずの実家なのに、志貴は違和感を感じていた。8年という歳月からか、その間に何かが変わってしまった気がして、彼は不安になっていたのだ。

 その不安を胸の中にしまい、志貴は正門を通って玄関の前に立った。そして彼は玄関の扉をノックした。

 しばらくすると扉がゆっくりと開く。その先に志貴が眼を向けると、そこには桃色の髪をしたメイドの少女がいた。

「あの、どちら様でしょうか・・・?」

 少女はひどく落ち着いた態度で志貴に声をかけてきた。

「もしかして、翡翠(ひすい)・・翡翠なのか・・?」

 志貴が少女、翡翠の顔を見て問いかける。その言葉に翡翠は戸惑いを見せる。

「もしや、志貴様では・・・!?

「どうかしたんですか、翡翠ちゃん?」

 動揺をあらわにする翡翠に声をかけて、もう1人少女が姿を見せた。翡翠と同じ桃色の髪と顔立ちをしているが、翡翠と違って割烹着を着用しており、明るい性格をしている。翡翠の双子の姉、琥珀(こはく)である。

「それじゃ、お前は琥珀か・・・?」

「もしかして志貴さんですか?懐かしいです〜。」

 志貴が声をかけると、琥珀が笑顔で喜びを見せる。その様子に志貴は苦笑をこぼすが、翡翠は顔色を変えない。

 琥珀、翡翠はこのこの遠野家の使用人で、琥珀は秋葉の世話や清掃を除く多くの家事や健康管理、財務を、翡翠は料理を除く家事全般をそれぞれ請け負っている。2人がそれぞれ清掃、料理を行わないのには理由がある。琥珀はものを壊してしまう癖があり、翡翠は味音痴だからである。

「ここで何をしているのですか、琥珀、翡翠?」

 そこへまた1人、少女が琥珀たちに声をかけてきた。白の上着に赤のスカート、長い黒髪には白いヘアバンドをしている。

 志貴の妹であり、遠野家の現当主の遠野秋葉である。

「秋葉、ただいま・・・何だかおかしいな。兄妹だっていうのに不思議な感じがしてる・・」

「8年という月日ですもの。変わってしまっても仕方ないことかもしれないわね。」

 互いに苦笑いを浮かべる志貴と秋葉。だが秋葉はその笑みの中に、遠野家から離れていた志貴への不満を込めていた。

「ここで立ち話をしていても仕方がありません。翡翠、兄さんをお部屋へ。」

「かしこまりました、お嬢様。志貴様、こちらへ。」

 落ち着きを見せる秋葉の声を受けて、翡翠も淡々と頷く。翡翠の案内を受けて、志貴は屋敷の中へ入っていった。

 廊下を進む中、志貴は秋葉に対して違和感と当惑を感じていた。遠野家当主としての威厳が感じられるほど慄然とした態度を取っていたが、大人しく気弱だったかつての彼女とはかなりのギャップがあった。

 このことをはじめとした様々な違和感と不安が心の中を駆け巡る中、志貴はこの遠野家の新しい生活に慣れようと心に決めていた。

「こちらが志貴様のお部屋になります。今後はこの私が、志貴様の身の回りのお世話をいたします。」

 しばらく進むと翡翠は立ち止まり、横の部屋を示して志貴に言いかける。

「そんな、気にしなくていいよ、翡翠。自分のことは自分でできるから。」

「いいえ。これは秋葉様の申し付けでもあるのです。どうか、ご了承ください。」

 苦笑する志貴だが、翡翠は彼の申し出を受け入れず、軽く頭を下げる。自分の言い分が聞き入れられないことを悟り、志貴は翡翠と秋葉の言葉に渋々従うことにした。

 

 その翌日、志貴は転入先の学校に登校した。秋葉は別の女学院に通っているが、途中まで歩くこととなった。しかし真剣さを崩さずにいる彼女に、志貴は言葉を切り出せなかった。この8年の間の様々なことから、2人も翡翠も琥珀も、今までそれを話題にしようとしなかった。

 そんな張り詰めたような重い空気を抱えたまま、志貴は学校にたどり着いた。

 担任の教師への挨拶の後は、転入生の決まりごとのようだった。担任からクラスメイトへの紹介、挨拶。そして空いている席へ案内される。

 平凡なことのように思えたが、今の志貴にとっては、重い空気が抜ける心の安らぎに感じられた。

 だが彼が着いた席は、彼の顔見知りの人物の席の近くだった。

「まさかお前がオレと同じクラスに入ってくるとはな。」

 声をかけてきた男子に、志貴は覚えがあった。小学校時代の腐れ縁の関係にある乾有彦(いぬいありひこ)である。

 志貴は幼い頃、乾家の世話になったことがある。赤毛の不良の有彦とは相性が悪いように見えるが、いろいろと共感できる部分があるのも事実だった。

「久しぶりじゃないか、有彦。相変わらず女に告白してるのか?」

「ぬかせよ、この。お前も相変わらずの真面目くんじゃないの。」

 微笑みかける志貴に、有彦が気さくな笑みを浮かべて答える。

「お、そういえば今日の最後の授業は確か体育だったな。遠野、出るのか?」

「えっ?あ、いや、オレは早退するよ。新しい学校生活初日だから、あまり疲れるといけないから・・」

 有彦の問いかけに志貴が苦笑いを浮かべて答える。志貴は昔から体育が苦手であるが、それは運動が苦手というわけではなく、貧血を起こしやすいからである。

「あの、遠野くん・・久しぶりだね・・・」

 そこへ1人の女子が志貴に声をかけてきた。ふわりとしたツインテールをした、少し大人しそうに見える少女である。

「あ・・ゴメン。誰かな・・?」

 振り向いた志貴が困り顔で言葉を返す。その返答に少女から微笑が消えて困惑が浮かび上がる。

「お前は相変わらず、女性への対応が下手だな。同じクラスの弓塚(ゆみつか)さつきだ。」

 有彦が呆れながら、少女、さつきを紹介する。彼の指摘に志貴も苦笑いを浮かべるしかなかった。

「そうだ。遠野、お昼一緒にどうだ?先輩が誘ってくれてるんだ。」

「先輩?」

「あぁ。シエル先輩って言ってな。明るく、そんでもって真面目な先輩さ。女性の苦手なお前でも、もしかしたら気が合うんじゃねぇか?」

 眉をひそめる志貴に、有彦が説明を入れる。

「けど先輩、ちょっと変わったとこがあるんだ。」

「変わったところ?」

 有彦の言葉に、志貴は再び眉をひそめた。

 

 そして昼休み、志貴は有彦に案内されて食堂にやってきた。そして有彦に勧められるまま、彼は定食を注文した。

 手ごろな席を探していた有彦が、蒼い髪の女子を眼にして歩み寄る。彼が来たのに気づいて、彼女が食事の手を止めて振り向く。

「あら、乾くん。早く授業が終わったから、席を取っておきましたよ。」

「おっ。先輩、感謝、感謝です。」

 優しく微笑む女子に有彦が気さくな笑みを見せる。彼女が有彦が言っていた先輩、シエルである。シエルの向かいの2つの席に志貴と有彦が、彼女の隣にさつきが着いた。

「先輩、コイツは今日、オレのクラスに転入してきた遠野っていいます。」

「はじめまして。遠野志貴です。」

 有彦の紹介を受けて、志貴がシエルに挨拶する。少し緊張気味の志貴に、シエルは微笑みかける。

「シエルです。よろしくお願いしますね、遠野くん。」

 シエルが志貴に挨拶を返すと、食べかけのカレーを再び食べ始めた、黙々とカレーを口にしていく彼女に、志貴は唖然となっていた。

「有彦、お前がさっき言ってたのは・・」

「あぁ。先輩は大のカレー好きで、この食堂に来ると必ずカレーを注文するんだ。カレーが好きな人に悪い人はいないとまで言ってたし。」

 有彦の説明を聞いて、志貴はシエルに視線を戻して再び唖然となった。

 

 街の裏通りの高架下。夕暮れ時のこの場所は神秘的に思えると同時に、張り詰めた雰囲気を感じさせていた。

 その高架下にて対峙する2つの影があった。1人は金髪の女性で、白のハイネックに紫のロングスカートを着用している。もう1人は白髪の男で、コートを含めて黒ずくめである。

 男は女性に眼を向けて不敵な笑みを浮かべていた。

「こんなところをうろついていたとはな、真祖の姫君よ。」

「私がどこへ行こうと私の自由よ。」

 男の言葉に対して、女性は悠然さを崩さずに言葉を返す。

「真祖である貴様を葬ることが私の責務であり望み。故に、ここが貴様の終焉の地となるのだ。」

「人の死に場所を勝手に決めないでよ。私はあなたの餌になるつもりはないわ。」

「貴様に選択する権利はない。我が獣の牙にかかるがいい。」

 悠然さを保つ女性を見据える男の体から漆黒の影が伸びる。それは形の定まらない獣となり、女性に向かって飛びかかる。

 女性は素早い身のこなしで、その獣の牙をかわす。そして彼女は男に飛びかかり、爪を振り上げる。だが男も笑みを崩さずに後退し、彼女の攻撃をかわす。

 攻撃と回避を繰り返す男と女性。2人は場所を人気のない公園に移し、再び距離を取る。

「なかなかやるじゃないの。見直したわ。」

「本能に駆られただけのただれた死徒たちと一緒にされては困る。私は貴様ら真祖を狩るために動いているのだ。」

 微笑みかける女性と、不敵な笑みを見せる男。日は沈みかけ、夜の闇が訪れようとしていた。

「それなら、私も本気で相手できるわね。」

「さぁ、夜はこれからだ。私の狩りはここから始まるのだ。」

 互いに高揚感を覚えて、身構える2人。

 そのとき、女性の体から突如引き裂かれ、鮮血が飛び散った。人としての直立を保てなくなり、女性の体が鮮血にまみれてその場に崩れ去った。

 その出来事に男も驚愕を覚えていた。すぐに周囲を見回してこの現象の正体を確かめようとするが、その正体を捉えることはできなかった。

 歯がゆさを噛み締めて、男は夜の闇に溶け込むように姿を消した。

 これが、全ての運命の始まりだった。

 

 その翌朝、志貴は悪夢にうなされて眼を覚ました。彼の中には激しい恐怖が渦巻いていた。

 苦手な体育を欠席した彼は早退し、先に岐路に着いていた。そして登校したとおりに道を進み、公園の近くまで進んだ。

 だがそれ以降のことが記憶になく、思い出せない。何かに駆り立てられたような気分で、そのとき自分が何をしたのか全く覚えていなかった。

 それが夢だったのかどうかも分からないが、夢であってほしい。志貴は心密かにそう思っていた。

「お目覚めになられましたか、志貴様・・」

 そんな彼に、この一晩看病していた翡翠が声をかけてきた。

「翡翠・・・オレは・・・?」

「戻ってこられた途端に突然倒れられて・・何かあったのかと秋葉様も私も心配で・・」

 当惑する志貴に翡翠が心配の声をかける。だが顔色を変えていなかったため、その心配振りが欠けて見えてしまっていた。

「そうか・・オレはそのまま・・・ありがとう、翡翠。オレを看病してくれてたんだね・・」

 志貴は眠っていたベットから体を起こそうとするが、翡翠に制される。

「いけません、志貴様。今はまだ安静にしてください。」

「翡翠、オレは大丈夫だから。多分、転入初日だったから、緊張して疲れただけだと思う。」

「ダメです。本日は大事をとって、体を休めてください。」

 志貴を呼び止めようとする翡翠だが、志貴は起き上がり、ベットから降りる。

「気遣ってくれてありがとう、翡翠。だけどオレは本当に大丈夫だから・・」

「ならせめて病院に行って、診察を受けてきてください。」

 志貴が翡翠に感謝の言葉をかけたところへ、秋葉が声をかけてきた。

「秋葉・・・」

「兄さん、あなたは慢性の貧血症なのですから、体調を軽んじてはいけません。私が連れて行きますから・・」

「分かった、分かった。だけどオレ1人で行く。オレがもう子供じゃないっていうのはお前も分かってるだろう?」

 秋葉にも言われて志貴はついに観念する。だがあくまで自分の主張は崩しておらず、その返事に秋葉は腑に落ちなかった。

「兄さん、あなたは今の自分の立場をわきまえていません。あなたはこの遠野の人間なのですよ。」

「秋葉・・・」

「あなたにもしものことがあったら、困るのはあなただけではありませんよ・・・」

 困り顔を見せる秋葉。志貴は戸惑いを覚えながらも、そそくさに私室を出て行った。

 

 成り行き上、家から出ることとなった志貴は、登校の途中、気持ちを落ち着けるために寄り道をした。あまり人気のない落ち着ける場所を探して、彼は公園へとたどり着いた。

 だが、志貴はその公園で奇妙な感覚を覚えていた。

 彼は昨日、下校時にこの公園を訪れていた。そこで何かとんでもないことをしたような感覚に、彼はさいなまれていた。

 だがそのときの記憶が曖昧なため、彼はその出来事が事実か夢か、それが何だったのか分からなかった。

 そんな彼の耳に、公園内のブランコが揺れる音がした。風による揺れではない。誰かが揺らしている。

 志貴がそのブランコに眼を向けると、そのブランコに座っている1人の女性がいた。女性は彼が来たのに気づいて、ブランコを揺らすのを止める。

「やっほー♪昨日はどうも。」

 女性は気さくな笑顔を見せて志貴に声をかけてきた。

「えっ?な、何を・・・?」

 彼女の言葉に疑問を感じて、志貴が問いかける。すると女性は気さくさを消して言いかける。

「まさか忘れたわけじゃないでしょ?・・首、後頭部、右目から唇まで、右腕上腕部、下部、薬指、左腕、肘、親指、中指、肋骨部分より心臓まで、胸部より腹部まで、右足股、右足すね、左足すね、左足指その全て・・・一瞬で私を17個の肉片に解体したでしょ?」

 その言葉に志貴は戦慄を覚える。同時に彼の脳裏に、夢だと思っていた出来事が鮮明になっていく。

 下校途中、この公園に立ち寄った志貴は、男と対峙する女性を眼にする。そこで彼は強大な殺意に駆り立てられ、自我を失くしたままその女性の肉体を切り刻んだ。彼の備えた特異能力「直死の魔眼」により、彼女の体に直接手を加えることなく。

 直死の魔眼はものの死の概念を線や点という形で見る超能力の一種で、その線を切る、あるいは点を突くと、その対象に死を与えることができる。その能力は脳に負担をかけるため、志貴は普段は「魔眼殺し」の効果を備えたメガネをかけている。

 その力で志貴は女性の死の線を、所持していたナイフで断ち切り、彼女の五体を断裂したのである。

「私を殺した責任、取ってもらうからね・・・」

 女性は不敵な笑みを浮かべて志貴に言い放つ。その視線に殺意が込められているのを感じて、志貴は恐怖を覚えた。

 これが志貴と白き吸血鬼、アルクエイド・ブリュンスタッドの出会いだった。

 

 

Episode02

 

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