スーパーロボット大戦CROSS
第33話「示される道」
ランガは変貌を遂げて、海潮たちの前から飛び去った。それからどこへ行ってしまったのか、彼女たちは分からなかった。
「ここだけでなく、ザフトの他の部隊にも協力して行方を追ったけど、ランガは見つからないわ・・」
タリアからランガのことを聞いて、海潮が悲しい顔を浮かべる。
「私たちは引き続きランガの捜索をしていくつもりよ。だから今は休みなさい。あなたたちも疲れているはずよ。」
「分かりました・・・ご迷惑をおかけしてすみません・・・」
タリアから助言をされて、海潮が頭を下げてから去っていった。
「消息不明となったランガ、ステラという連合軍のパイロットの保護・・問題は増える一方ですね・・」
「慌ててもどうにもならないわ。私たちは万全を整えながら、上からの報告と指示を待つだけよ・・」
アーサーが現状を口にして、タリアが肩を落とす。
「連合軍の動きはどうなっているの?」
「ベルリンで散開した後、各地で合流しています。ミスルギ皇国とペンギン帝国の動向は不明です。」
タリアが問いかけて、メイリンが報告する。
「今のうちに修繕と整備を済ませるわよ。パイロットは疲れを残さないように。」
タリアがアーサーたちに檄を飛ばして、冷静に状況を見計らっていた。
不安を拭うことができないまま、海潮はミネルバの廊下を歩いていく。
「海潮!」
その途中でラブに声を掛けられて、海潮が足を止めた。
「ランガは・・まだ見つからないの・・・?」
「グラディス艦長もザフトも捜しているんだけど・・・ラブレもランガを感じ取れないって・・・」
ラブに聞かれて、海潮が深刻な面持ちで答えた。
「この世界のどこかにいるはず。だからそのうち見つかったって連絡が入るよ。」
ラブが励ましの言葉を送るが、海潮は不安を拭うことができないでいた。
「海潮も戻るの?それなら私と一緒に行こう。ね?」
「う、うん・・」
ラブからの誘いに頷いて、海潮は再び歩き出した。2人がドックに差し掛かったところで、カナタたちを見つけた。
「カナタくんとシンたちだね・・何をしているんだろう?」
ラブがカナタたちの様子を気にして、海潮とともに近づいていく。アンジュ、霧子、将馬もカナタたちのそばにいた。
「みんな、ここで何をやっているの?」
「戦闘シュミレーションの練習よ。カナタもシンも強くなろうって思って・・」
ラブが声を掛けると、アンジュが憮然とした態度で答える。カナタとシンがイザナギ対インパルスのシュミレーションを行っていた。
シンのインパルスが互角の攻防を繰り広げるが、性能を上回るカナタのイザナギに敵わず、撃墜を繰り返していた。
「くそっ!またやられた!」
シンが悔しさを浮かべて、両手を強く握りしめる。
「全力勝負じゃないと強くなれないし、シンもそのほうがいいって言ったじゃないか・・」
「それはそうだけど・・・これじゃ強くなるきっかけもつかめないじゃないか・・・!」
カナタが苦言を呈すると、シンが不満を言う。
「オレとイザナギも、フリーダムより上だという自信がない。そのオレに勝たないと、フリーダムに勝てるわけがないということだ・・」
「そんなにすごいのか・・そのフリーダムっていうのは・・・」
カナタがシンに向けて激励して、将馬が息を呑む。
「フリーダム、ホントにとんでもないよね・・動きも攻撃力も反応も、今まで出てきたモビルスーツの中で1番かも・・」
ルナマリアがフリーダムのことを思い出して、滅入って肩を落とす。
「そうだ・・フリーダムはインパルスやイザナギより性能が上なんだ・・それをここまで動かせるなんて、そのパイロットもレベルが高いってことだ・・!」
シンがフリーダムとそのパイロットの強さを痛感して毒づく。
「だがシン、お前も強いし、まだまだ強くなりそうだ。フリーダムに敵わないことはない。」
レイが冷静にシンに励ましを送る。
「そうは言うけど、オレ自身が強くなっても、機体までは・・」
インパルスに乗っている限りフリーダムに勝てる可能性は低いと思い、シンが毒づく。
(ハイネの言っていた、プラントで開発中の新しい機体に頼るしかないのか・・!?)
ハイネのことを思い出して、シンは焦りを膨らませていく。
「せめて弱点でも分かれば、何とかなると思うんだけどなぁ・・狙いどころとか癖とか・・」
ルナマリアが考えを巡らせて呟く。
「あのなぁ・・そんなのが分かれば苦労しないって・・・」
彼女の言葉に呆れて、シンがため息をつく。
「そうだ・・弱点を突けば、性能や実力の差を跳ね除けることができる・・・!」
カナタが打開の糸口を見出して、戸惑いを覚える。
「もっとフリーダムの動きを研究する必要がある。少し時間をくれ。」
「あぁ。それまでもシュミレーションを続けて、力を付けてやる!」
レイがフリーダムの分析を買って出て、シンも意気込みを見せる。
「待って、みんな!まだ戦うつもりなの!?」
そこへ海潮が感情をあらわにして、カナタたちに呼びかけてきた。
「私たちだけじゃない!敵だと思っている人たちだって、命があって生きているんだよ!フリーダムに乗っている人だって!」
「しかし敵は敵だ。倒さなければ戦いは終わらない。」
戦って命が失われていくことを辛く思う海潮に、レイは冷静に言い返す。
「そんな形で戦いが終わっても、それまでにたくさんの人が死ぬんだよ・・ハイネさんやアスランさんみたいに、死ぬ人が増えてしまうんだよ・・!」
海潮は納得できず、ハイネたちがフリーダムにやられたときのことを思い出して、悲しい顔を浮かべる。
「さっき言ったな・・殺されるために生まれてきた人はいないって・・・」
シンが真剣な面持ちを浮かべて、海潮に言いかけてきた。
「そんな人をこれ以上増やさないために、オレはアイツを討たなくちゃならないんだ・・アイツが好き勝手に攻撃してきたせいで、犠牲者が出ているんだから・・・」
「でもその人だって命があって、家族や仲間がいて・・・」
「他のヤツのことをちゃんと考えているなら、あんなマネをしてくるのがおかしいだろうが・・・!」
人が殺されるのが耐えられなくなっている海潮と、決意と覚悟を抱くシン。
「オレはフリーダムを倒す・・これ以上、誰も傷つかないようにするために・・・!」
「オレも同じ気持ちだ・・人殺しをいいとは思っていないが、犠牲者が多く出てしまうことは避けないといけない・・・!」
シンに続いてカナタも考えを口にする。
「私たちは殺されるために生きているんじゃない。私も人殺しはいい気はしないけど、生きるためならためらいはしないつもりよ・・」
アンジュも海潮の強い感情を受け止めながらも、戦い続けることを貫こうとしていた。生きるために、世界を壊して正すために。
「私たちはただ、将馬くんとの時間を邪魔されたくないだけです・・・」
「僕も、霧子ちゃんと・・・」
霧子と将馬も正直な思いを口にして、手を取り合って見つめ合った。愛を感じている2人に、ラブは唖然となっていた。
「オレたちは誰だって、人殺しをいいとは思っちゃいない・・だけど、戦うべきときには戦わないと、誰1人・・自分さえも守れない・・・!」
「シン・・みんな・・・」
戦う覚悟を持っているシンに、海潮は困惑していく。戦争をすることを認めないと思いながらも、彼女はこれ以上カナタたちに反論できなかった。
「カナタ、もっとやるぞ!今度こそ勝ってみせる!」
「分かった、シン!オレも今度も負けないぞ!」
シンが呼びかけて、カナタが頷いた。2人は戦闘シュミレーションを再開して、レイはフリーダムの分析のため、自室に戻った。
(私は何もできない・・ランガがいないだけで、何の力もないなんて・・・)
何もできない無力な自分を呪って、海潮は辛さを募らせていった。
ミネルバから飛行艇に戻ってきた海潮。ラブも彼女と一緒に来ていた。
「海潮っち、ラブ、おかえりー♪」
ヴィヴィアンが明るく声を掛けて、ラブレとともにラブたちの前に来た。
「何だか元気なさそうだね、海潮っち?ご飯食べたら元気になるかな?」
「ありがとう、ヴィヴィアンちゃん・・私は大丈夫だよ・・」
ヴィヴィアンが心配すると、海潮が作り笑顔を見せた。
「みんな、まだ戦いを続けようとしている・・戦いをしても、みんなが傷つくだけなのに・・・」
カナタたちが戦おうとしていることをよく思わず、海潮が表情を曇らせていく。
「みんなは、これからも戦っていくの?・・人を殺すこともやっていくの・・・?」
海潮が不安を込めて、ヴィヴィアンやサリアたちに問いかけてきた。
「私たちはそのために生きてきたようなものよ。ただドラゴンを狩るための存在。ノーマはそういう存在なのよ・・」
サリアが冷静に海潮に考えを告げる。
「そしてマナの光を使える普通の人間は、ノーマを悪者だと見下している。死んでもいいと思っているんだよ、アイツらはあたしらに対して・・」
ヒルダもマナの持ち主に対する不信感を口にしてきた。
「そうね・・ミスルギ皇国に行ったとき、そこの人たちはノーマを敵だと完全に思い込んでいた・・ノーマってだけで、みんなが死ねっていうなんて・・・」
ラブがアキホたちのことを思い出して、辛さを噛みしめる。
「そんな世界にウンザリしてんだよ・・あたしもアンジュも・・」
世界への失望を感じて、ヒルダがため息をつく。エルシャも世界そのものを信じ切れず、悲しい顔を浮かべている。
「・・みんなが仲良く手を取り合える・・そんな楽園はないのかな・・・」
「そんなものがあるなら、みんなで探しに行きたいもんだね・・・」
楽園を求めるようになる海潮に、ヒルダが皮肉を口にする。
「海潮の気持ちは分かるけど・・戦わないまま死ぬわけにいかないから・・・」
ラブも困惑しながら海潮に言いかける。それでも海潮は納得ができず、辛さと悲しみを募らせていた。
「みんな、プラントから放送が流れるよ!」
そこへメイが来て、ラブたちに呼びかけてきた。
「プラントから?」
「うん!その最高評議会のデュランダル議長が声明を出すみたい!」
ロザリーが聞き返して、メイが答える。彼女たちのいるドックにあるモニターに、ギルバートの声明の放送が映し出された。
プラントからの放送は、ミネルバにいるカナタたちにも伝わった。カナタとシンも戦闘シュミレーションを中断して、ドックのモニターに映っている放送に目を向ける。
「もしかして、この前のベルリンの戦闘に関してでしょうか・・?」
「そうかもしれないわね・・こんなムチャクチャな状況で何を言いだすのか・・」
モモカが当惑して、アンジュがため息まじりに答える。カナタたちもギルバートの話に耳を傾けた。
デストロイによる破壊行為に関する報告を聞いたギルバート。彼はプラントから各地へ放送を流した。
「私はプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルです。我らプラントと地球の方々との戦争状態が解決していない中、突然このようなメッセージをお送りすることをお許しください。ですがどうか聞いていただきたいのです。」
ギルバートが真剣な面持ちで状況と意志を告げる。
「ご覧いただきたい。この巨大兵器が、今回の甚大な被害をもたらした根源です。」
放送に映像が映し出された。デストロイの攻撃とクロノの戦闘である。
「この兵器は何の勧告もなしに突如攻撃を始め、逃げる間もない住民ごと3都市を焼き払い、なおも侵攻しました。我々はすぐさまこれの阻止と防衛戦を行いましたが、残念ながら多くの犠牲を出す結果となりました。侵攻したのは地球軍を含む連合軍。されたのは地球の都市です。世界の救済だと連合軍はしていますが、これが救済なのでしょうか?住民を都市ごと焼き払うことが、果たして救済と言えるのでしょうか?確かに我々の軍は連合軍のやり方に異を唱え、その同盟国であるユーラシアからの分離、独立を果たそうとする人々を人道的な立場からも支援してきました。こんな得るもののないただ戦うばかりの日々に終わりを告げ、自分たちの平和な暮らしを取り戻したいと。」
映像に戦場や惨状も映し出される。悲惨な光景が世界中にも伝えられていく。
「我々と手を取り合い憎しみで討ち合う世界よりも、対話による平和への道を選ぼうとしたユーラシアの人々を、連合は裏切りとして有無を言わさず焼き払ったのです!子供や老人までも、連合は無慈悲に命を奪ったのです!」
語りかけるギルバートの語気が強まり、感情が込められていく。
「戦いのない真の平和。それは世界に生きる者全ての人々の願いであるはずでした。それなのに、それを邪魔しようとする者がいるのです!それも古の昔から、自分たちの利益のために戦えと!このユーラシアの惨劇も、彼らの仕業であることは明らかです!」
ギルバートがさらに感情を込めて呼びかけていく。
「常に世界に戦争をもたらそうとする死の商人“ロゴス”。コーディネイターを間違った危険な存在と忌み嫌うあのブルーコスモスも、彼らが指揮を取っている集団なのです。」
彼はロゴスの存在を世界に公にした。
「さらにジュリオ・飛鳥・ミスルギが筆頭となっているミスルギ皇国、虚神と呼ばれる存在を崇めている虚神会。彼らもまたロゴスと手を組み、世界の混迷を進める諸悪と化してしまった。」
ギルバートはミスルギ皇国と虚神会のことを打ち明けてきた。
「私が心から願うのは、2度と戦争など起きない平和な世界です!よってそれを脅かす世界の真の敵、連合軍を倒すことを。私はここに宣言します!」
連合軍の打倒を宣言したギルバート。彼の発言は、ロゴス、ファントムペインの攻撃で荒んでいた人々の心を支える原動力となっていた。
ギルバートのこの宣言は、プラント、地球各地に伝えられた。彼の言葉に、不安に襲われていた人々を突き動かしていた。
地球上の惨劇を引き起こした張本人の正体を知って、人々は連合軍に対する不満と敵意、そしてギルバートへの賞賛と支持を抱いた。
ギルバートに存在を公にされ、人々からも矛先を向けられることになったロゴスの面々。世界の裏でコーディネイター殲滅を画策していた彼らだが、自分たちの存在を暴かれて、緊迫と危機感を隠せなくなっていた。
「おのれ、デュランダル・・我々を陥れるとは・・!」
ロゴスの党首、ロード・ジブリールがギルバートの言動にいら立ちを募らせていく。
“これはどういうことだ、ジブリール!?”
“これでは我らは世界を敵に回すことになってしまったぞ!”
“なぜ我々のことが知られてしまったのだ!?”
ロゴスのメンバーが動揺をあらわにして声を荒げる。
「すぐに移動するぞ!我らにいるこの場所はもちろん、ロゴスに関わりのある場所にも襲撃が及ぶことになる!」
自分たちの立場が悪化の一途を辿ると予感したジブリールが、慌ただしく移動を始めた。
(我々にこのような恥辱を与えるとは・・デュランダルめ、許さんぞ!・・このまま終わりはせんぞ・・最後に勝つのは我々だ・・!)
ジブリールがデュランダルへの憎悪を募らせて、コーディネイターを攻め立てる次の手を企んでいた。
プラントからの放送に、ジュリオも動揺を隠せなくなっていた。
「プラントとかいう無礼者め・・よりによって、我らを悪だとぬかすとは!」
ジュリオがギルバートへの不満をあらわにして、握った両手を地面に叩きつける。
「落ち着いてください、ジュリオ様。異世界のマナを持たない者たちの戯言です。」
リィザが落ち着きを払って、ジュリオをなだめる。
「そうだ・・ヤツらは違う世界の国・・しかもマナが使えないヤツらだ・・マナが使えなければ、ノーマと同じ・・アンジュリーゼもヤツらに組しているからな・・!」
ジュリオがプラントに対しても強い憎悪を抱くようになる。
「間違っているのはヤツらのほうだ!アンジュリーゼもアルゼナルもプラントも、ヤツらに味方する者全てが世界の敵だ!」
彼はギルバートの宣言に徹底的に反発するようになっていく。
「ロゴスと虚神会に連絡を入れろ!体勢を整え次第、クロス討伐に打って出る!」
「分かりました、ジュリオ様。ただ、オーブ軍は我ら連合軍から離反したとの報告を受けています。」
「所詮は綺麗事をぬかす中立国か・・捨て置け!この僕が指揮すれば十分なのだからな!」
「了解です。ではロゴスと虚神会に連絡いたします。」
ジュリオの命令を聞いて、リィザが連絡に向かった。
(このままにはしておかないぞ・・真の英雄は我らミスルギ皇国、そしてこのジュリオ・飛鳥・ミスルギだ!)
野心と栄光への執着を強めていくジュリオ。彼は込み上げてくる激情を抑えられなくなっていた。
遮光器土偶の形をした仮面で素顔を隠している虚神会の面々も、ギルバートの放送に困惑していた。
「まさか我らを世界の敵とぬかすとは・・!」
「ギルバート・デュランダル、ふざけたマネを・・!」
虚神会の会員たちがギルバートへの不満を口にする。
「しかし我々の素顔まで公にされたわけではない。」
「人々が信じるべきものが何か、世界は知ることになる。」
他の会員たちが冷静になだめていく。
「そのための準備は進めているのだろうな?」
会員が彼らの前にいる和王に質問する。
「はい。アレの調整は順調に進んでいます。しかしMMがベルリンを飛び去ってから、まだ消息がつかめていません。」
和王が答えて、ランガのことを伝える。
「そのことは我らの方でも手を回しておく。お前たちは調整を完了させるのだ。」
「はい。では失礼します。」
会員の指示に答えて、和王は部屋を後にした。
廊下を進む和王の前に、1人の妖艶な女性が現れた。
「まだランガの居場所は分かっていないわ。どこを移動しているのか・・」
「そうか。クロスもまだベルリンから移動していないが、他の連合軍も被害が大きく、追撃ができない状態だ。」
女性と和王が現状を確認していく。
「いつまでも王から離れているわけにいかないはず・・必ずまた、ランガは姿を現すはずよ。」
女性がランガの動向について推測する。
「何か思い当たることがあるのか、ナイエル?」
「今はまだ確信ではないわ。はっきりとしたら話すわ。」
和王が疑問を投げかけて女性、ナイエルが微笑む。彼女は和王の前から立ち去る。
(クロスと、僕たちの戦いに乱入してくるアークエンジェルという戦艦。両者がぶつかり合い、消耗することがあれば・・)
混戦の中での漁夫の利を企む和王。彼は虚神会の切り札だけでなく、クロスの行く末についても考えていた。
ギルバートの放送を聞いて、クロスの面々は様々な反応を浮かべていた。レイが笑みを浮かべて、シンとルナマリアが戸惑いを感じている一方、海潮は世界がざわついていることを気にして困惑していた。
「まさかここで敵の存在を明かしてくるとは・・・」
「落ち着いている人と思っていたけど、大胆なことをしてきたね・・」
カナタとラブがギルバートの発言に動揺を感じていく。
「でもこれだと、世界がもっと大騒ぎになるんじゃないのか?」
「連合軍を叩き出そうとして、普通の人が暴徒化することも・・」
シンとルナマリアがギルバートの対応に戸惑いを覚える。
「そのことは議長も不安に思ってはいただろう。それでも敵の存在を公にしたのは、その方が世界に広がる不安が和らぐと判断されたのだろう。」
レイはギルバートの意思を組んで、シンたちに答える。
「でもこれじゃ、偉そうに振る舞う国のトップと変わらないじゃない・・」
アンジュはギルバートの言動に対して不満を口にする。
「問題は、自分も有言実行のために行動できるかよね・・偉そうにしているだけで何もしなかったり、自分のことしか考えなかったりする大人がいるからね・・」
夕姫はギルバートの動向を見守ることを決めていた。
「こんなやり方をしたら、また誰かが傷ついたり死んだりするのに・・・!」
事態の悪化を予感して、海潮が不安を膨らませていく。
「私、グラディス艦長と話してくる・・みんなが落ち着くように呼びかけてもらって・・・!」
「そしてどうしたいわけ、海潮?」
ギルバートを呼び止めようとする海潮を、魅波が腕をつかんで止める。
「放して、お姉ちゃん!このまま戦争を支持するようなこと・・!」
「私たちも戦争が起こっていいとは思っていないわ・・でも辛い気持ちを和らげるには、誰かに勇気づけてもらわなくちゃいけない・・!」
感情を込めて叫ぶ海潮に、魅波が自分の考えを口にする。
「それに、今はランガがいない・・止めようとしても止められるもんじゃないわ・・・」
「お姉ちゃん・・・ランガ・・・!」
魅波に言われて、海潮が困惑を募らせる。何もできない自分の無力さを、海潮は呪っていた。
ギルバートの報道に、タリアたちも動揺を感じずにはいられなかった。世界の情勢を深刻に考えるも、タリアは冷静に努めようとしていた。
タリアはギルバートに連絡を入れて、ステラの件を報告した。
“突然のことで驚いていると思う。すまなかった。”
「いえ。そのようには思っては・・それよりも、ご報告があります。」
謝意を示すギルバートに答えて、タリアがステラのことを伝えた。
“地球軍のパイロット。それもパイロット、戦士とするべく調整した子供か・・シンがその子をミネルバに連れ込んでくるとは・・”
「艦内でも動揺が広がっています。シンは彼女を助けてほしいと進言しています。ですが、連合の人間を迎え入れることは、ザフト内の混乱につながることに・・」
事情とシンの行為を聞いて呟くギルバートと、不安を口にするタリア。
「医務官からの報告ですと、彼女は複数の種類の薬を投与されています。特に特定の安定剤を定期的に投与しないと精神が不安定になるとのことです。本艦では応急措置も万全にできません・・」
“そうか・・分かった。彼女の治療はこちらで行おう。プラントのほうで私が手配しよう。”
「よろしいのですか!?彼女は連合の・・!」
“彼女は言われるままに戦いに駆り出されていたに過ぎない。討つべきはその根源である連合軍のほうだ。”
驚きを覚えるタリアに、ギルバートが冷静に告げる。
“私も1度地球へ向かう。そのときにその子を保護しよう。”
「ご厚意に感謝します。そしてお手数をおかけします。」
ギルバートの言葉を受けて、タリアが謝意を示す。
「しかし今の放送で、私たちの中でも動揺が広がっています。このことで世界がより混乱してしまうのではないかと・・」
タリアがカナタたちの心境をギルバートに伝える。
“そのことは我々も懸念していた。しかしそのほうがよいと判断した。絶望的な状況と不安に押しつぶされるのを避けるため、皆を支えられればと思っている。”
「議長・・・」
“後日改めて、クロスの面々と話の場を設けたいと思っている。世界も立場も、暮らしている環境も違う。思うところも違っていて当然だから、みんなの言葉に耳を傾ける必要はあるからね。”
「分かりました。そのことはシンたちに伝えておきます。」
ギルバートの進言にタリアが頷いた。
“それともう1つ、クロスに指令を出す。”
ギルバートが笑みを消して、タリアに告げる。
“戦闘への乱入を繰り返すアークエンジェル、およびそれに属する、フリーダムを始めとした武力の討伐をしてもらいたい。”
ギルバートから出された命令に、タリアが動揺を覚えた。
“アークエンジェルとフリーダムの乱入のために、戦況は混乱した。ザフトも被害を被り、ハイネやアスラン、多くの戦士を失うことになった。これ以上、そのような事態を繰り返させるわけにはいかないのだ。”
「それは承知しています。ですが彼らは先の大戦を終わらせた功労者です。今回のことは、何か理由があってのものかと・・」
アークエンジェルの動向について語るギルバートに、タリアが言葉を返す。しかし真剣な面持ちのギルバートを見て、タリアは言葉を詰まらせた。
「分かりました・・・ただし、1つだけお許しいただきたいことがあります。」
タリアが指令を聞き入れるも、ギルバートに進言をしてきた。
「アークエンジェルに、最後の警告をさせてください・・」
タリアの発言を聞いて、ギルバートが少し間を置いてから口を開く。
“その警告、向こうが拒否した場合は?”
「・・そのときは、私たちが撃墜します・・」
ギルバートの投げかけた問いに、タリアは気を落ち着けてから答えた。今、クロスにアークエンジェル、フリーダムの撃墜命令が正式に下された。
そしてここにも、ギルバートの放送から世界が騒然となることを予感する1人の男がいた。とある部屋で放送を見て、男は1つ吐息をついた。
「とうとう大きく出たな、ギルバート・デュランダル。そんな彼に多くの人が賛同しようとしている。」
男がギルバートの行動と世界の動きについて呟く。
「世界の敵にされた連合軍が、各々抵抗しようと企む。世界はより激しく動くことになる。」
彼はこれからの世界のことを考えて、喜びを感じて笑みをこぼす。
「そうなれば、私も皆の前に姿を見せることになるだろう・・」
自ら動くことになると予感して、男、エンブリヲは期待を膨らませていた。