スーパーロボット大戦CROSS

第9話「混沌の交わり」

 

 

 アンジュの処刑が遂行されようとしたとき、ラブに異変が起きた。彼女の体から光が霧のようにあふれ出していた。

「何!?・・何が起こったの・・・!?

「まさかアイツも、ノーマ・・!?

「しかし、ノーマはマナを打ち消すはず・・あれは、マナの光ではないのか・・!?

 人々がラブの様子を見て、動揺を膨らませていく。

「あなたたちのしていることは、人としてやっちゃいけないこと・・人を傷付けて死ぬように仕向けて・・・」

 ラブがジュリオたちやアキホたちに向けて告げる。今までの無邪気さは消えて、彼女は冷たい視線を向けて低い声を発していた。

「人が死ぬのを喜んだり平気でいたりするのは、人のやることじゃない・・・」

「何を言っているのよ!?・・アイツはノーマ!人なんかじゃない!野蛮で暴力的な、世界の敵よ!」

 ラブが口にした言葉に、アキホが反論する。するとラブが再び衝撃波を出して、アキホを吹き飛ばした。

「キャッ!」

 アキホが後ろの人々とぶつかって悲鳴を上げる。

「ノーマがホントにそうなのかどうかは分かんないけど・・今のあなたたちも十分野蛮で暴力的だよ!」

 ラブがアキホたちに言い放つと、ジュリオたちに目を向ける。

「何者かは分からんが、ノーマに味方するならば我々の敵だ!あの小娘を撃て!」

 ジュリオが困惑しながら指示を出し、兵士たちが持っていた銃を構えて発砲する。しかしラブの発する光で、弾丸が全て弾き飛ばされる。

「き、効かない・・!?

「バケモノ・・ノーマ以上のバケモノだ・・!」

 ラブの驚異の力に、兵士たちが驚愕を隠せなくなる。

「うろたえるな!大砲でも戦闘機でもいい!それらを使ってヤツを仕留めろ!」

 ジュリオが慌てて指示を出す。シルヴィアはミスルギ皇国の近衛長官、リィザ・ランドッグに連れられて、屋敷の中に入っていく。

「しかしこれ以上の火器を使えば、ミスルギ家の敷地に被害が出ます!」

「いいからやれ!そいつもアンジュリーゼもまとめて始末しろ!」

 兵士が苦言を呈するが、ジュリオが声を張り上げる。

「先日受け取った人型兵器を発進させろ!」

“了解!”

 部隊長が指示を出して、通信相手の兵士が答える。処刑場に現れたのは、3機のウィンダムだった。

「あれは・・!?

「シクザルドームにいたときに現れた機体!?・・あんなもの、ミスルギ皇国にはなかったはず・・!?

 アンジュとモモカもウィンダムを見て、驚きを覚える。

「銃の弾は防げても、アレの攻撃までは防げまい!」

 ジュリオが勝ち誇り、ウィンダムがビームライフルの銃口をラブに向けた。

「逃げてください、ラブさん!いくらなんでも死んでしまいます!」

 モモカがラブに向かって呼びかける。しかしラブは逃げようとしない。

 そのとき、上空から1機の機体が急降下して、ウィンダムの1機の頭部を殴りつけてきた。現れたのはダイミダラーで、左手でウィンダムを攻撃したのである。

「今度は何だ!?おかしな機体が出てきただと!?

 ジュリオがダイミダラーを見上げて、さらに驚く。

「助けに来たぞー!絶世の美女よー!」

 ダイミダラーから孝一の声が高らかに響き渡る。

「えっ!?・・あのロボットもこっちに来てたの・・・!?

 そのとき、ラブが我に返ってダイミダラーを見上げる。同時に彼女から出ていた光も消えた。

「オレがここから救い出したら、たっぷり楽しませてもらうぜー!」

「ちょっと!そんなこと言っている場合じゃないでしょ、孝一くん!」

 興奮する孝一に、同じくコックピットにいる恭子が注意する。

「あなたたち、相変わらずのいやらしさね・・呆れるしかないわ・・」

 ダイミダラーに乗っていたのは孝一と恭子だけではなかった。夕姫もコックピットにいて、アンジュとモモカ、ジュリオたちの様子を目撃していた。

「でもそれ以上に呆れるのは、ここの国の人たち・・バカバカしい社会の典型ね・・」

 夕姫がジュリオたちやアキホたちを見下ろしてため息をつく。彼女の忌み嫌う愚かしい大人の社会。ノーマを忌み嫌い徹底的に排除しようとするミスルギ皇国の在り方は、まさにその構図だった。

「お前たち、そのおかしなロボットも始末しろ!」

 ジュリオが命令して、残りのウィンダムがダイミダラーを包囲する。

「勝負するっていうなら相手してやるぜ・・絶世の美女をいじめて傷つけるテメェらは、このオレの敵だー!」

 孝一が高らかに言い放ち、ダイミダラーが左手を握りしめてハイエロ粒子を集めていく。

 ウィンダムたちがビームライフルで一斉に射撃する。しかしダイミダラーの左手から出た光に阻まれる。

 ウィンダムたちがビームサーベルに持ち替えて、ダイミダラーに飛びかかる。

「くらえ!指パーンチ!」

 ダイミダラーが左手を振りかざして、ウィンダムたちをなぎ払う。ウィンダムたちが腕や頭部を破壊されて、次々に倒れていく。

「バカな!?我々が引き入れた強力な兵器が!?

 窮地に追い込まれていくことに、ジュリオが困惑する。兵士たちも動揺を隠せなくなっていた。

 そのとき、アンジュを縛っていた縄が、飛んできたナイフに切られた。何が起こったのか分からなかったアンジュだが、疑問を振り切り兵士たちに打撃を加えた。

 他の兵士たちが銃を構えるが、とっさにそばにあった銃を手にして発砲した。兵士たちが銃を弾かれて、さらに飛び込んできたアンジュに打撃を加えられて昏倒する。

「モモカ!」

 アンジュが手を伸ばして、モモカがマナの光の手錠を差し出した。アンジュが触れたことで、手錠が壊れた。

「ありがとうございます、アンジュリーゼ様!」

「気にしなくていいわ・・もうここに用も未練もない・・行くわよ、モモカ・・!」

 お礼を言うモモカにアンジュが呼びかける。アンジュがうろたえているジュリオに目を向ける。

「感謝していますわ、ジュリオお兄様・・私の正体を暴いてくれて・・・!」

 嘲笑を見せるアンジュに、ジュリオが息をのむ。アンジュは屋敷に視線を移して、バルコニーにいたシルヴィアを見つめる。

「ありがとう、シルヴィア・・薄汚い人間の本性を見せてくれて・・・!」

 アンジュに冷笑を向けられて、シルヴィアが恐怖を覚える。

「あなた・・ジュリオ様とシルヴィア様になんて無礼を!」

 アキホがいら立ちを膨らませて怒鳴ると、アンジュが銃を撃って、彼女の足元に着弾させた。人々の憎悪が恐怖に変わっていく。

「さようなら、腐った国の家畜ども・・あなたたちは、ノーマであるこの私よりも、野蛮で愚かだったわ・・!」

 アンジュが不敵な笑みを見せて、追撃に出てきたリィザと兵士に向けて発砲する。兵士たちが足止めを強いられるが、リィザは止まらずにジュリオのそばに来た。

「ご無事ですか、ジュリオ様!?

「な、何をしてる!?早くアンジュリーゼたちを始末しろ!」

 心配するリィザに怒鳴るジュリオ。

「アンジュ!」

 そこへエアバイクに乗った1人の青年が呼びかけてきた。

「あれは・・!」

 アンジュが声を上げて、モモカを抱えて手を伸ばした。青年も手を伸ばして、アンジュをつかんでエアバイクに引き上げた。

「タスク!?・・どうしてあなたがここに・・!?

 アンジュが青年、タスクを見て驚きを見せる。

「詳しい話はここを離れてからだ!振り落とされないようにして!」

 タスクが呼びかけて、ミスルギ家からの脱出を図る。

「何をしている!?早く始末しろと言っている!」

 ジュリオがさらに怒鳴り声を上げたときだった。アンジュが兵士から奪い取っていた手裏剣を投げつけて、ジュリオが顔を切りつけられた。

「ひいぃー!助けて!助けてー!」

 ジュリオが切られた顔を押さえて悲鳴を上げる。泣きじゃくる彼を守りながら、リィザがアンジュたちから離れていく。

「今のうちだ!」

 タスクがエアバイクを加速させて、ミスルギ家から離れる。

「オレたちも決めるぜ!」

 孝一が高らかに言い放ち、ダイミダラーが残り1機のウィンダムに向けて左手を構えた。

「必殺!指ビーム!」

 ダイミダラーのハイエロ粒子を宿した左手からのビームが、ウィンダムの頭部と首周りを撃ち貫いた。倒れたウィンダムから、中にいたパイロットの兵士が慌てて飛び出した。

「ラブさん、ダイミダラーに乗って!」

 恭子が呼びかけて、ダイミダラーが振り返って、ハイエロ粒子の光を消した左手を差し伸べる。ラブが乗った左手を前に持ってきて、ダイミダラーがコックピットのハッチを開けた。

「み、みなさん!」

 孝一たちとの再会を喜んで、ラブがコックピットの中に飛び込んだ。

「ラブさんも無事でよかったわ・・みんなが離れ離れになってしまって・・あなたやアンジュさんたちを見つけられてよかったわ・・!」

 恭子も喜んで、ラブが彼女に抱き着く。

「さて、あの3人を追いかけるか!」

 孝一が言いかけて、ダイミダラーもミスルギ家から去っていった。

「あの者たちを追撃しろ!この国から生きて返すな!」

「了解!」

 リィザが指示を出し、兵士たちがラブたちの追撃に出た。

「ジュリオ様、あなたも中へ・・!」

 恐怖して錯乱しているジュリオを連れて、リィザは屋敷の中に入っていった。

(あんな機体、見たことがない・・もちろんミスルギ皇国には存在していないし、どの国でもいたという情報はない・・我々が今回導入した機体もだが・・・まさか・・・!?

 リィザは孝一たちの出現に、疑問と憶測を感じていた。

 

 孝一の操縦するダイミダラーの介入でラブ、アンジュ、モモカは窮地を脱することができた。

「ホントにありがとうございました。一時はどうなることかと・・」

 ラブが孝一たちにお礼を言って、胸を撫で下ろした。

「でも、どうしてミスルギ皇国へ?私たちがそこにいることも分かっていたのですか・・?」

 モモカが孝一たちに疑問を投げかける。

「その前にこのタスクくんと会ったときのことから話さないといけないわね・・」

 恭子が答えて、タスクに目を向ける。

「詳しい話は、1度落ち着ける場所に下りてからにしよう。ひと休みをしながら・・」

「分かった!あそこの小島に行くか!」

 タスクの提案を聞いて、孝一が進行先の小島を見て答えた。

 タスクのエアバイクとダイミダラーが小島に着陸して、ラブたちがその浜辺に足を付けた。

「アンジュたちが姿を消したという知らせを受けて、オレは捜索を続けていた・・その最中にあのロボットを見つけたんだ・・」

 タスクが語りかけて、ダイミダラーに目を向ける。

「中にいた2人を外に出して助けたんだけど、話がかみ合わなくて・・・」

「オレたち、また別の世界にきちまったんじゃねぇかって思って・・ま、気が合ったことが1つだけあったけどな!」

 苦笑いを見せるタスクの話に続けて、孝一が彼と肩を組む。

「真面目そうなヤツかと思ったら、スケベなことをちゃんと考えてるんだよなぁ〜♪オレたち、いいコンビになれそうだぜ〜♪」

「えっ!?オレはそんなんじゃないって!別に女の子の胸やお尻を触ったりエッチなことをしたりなんて、オレは考えないって!」

 孝一からの指摘を受けて、タスクが動揺する。するとアンジュと夕姫がタスクに疑いの視線を向けてきた。

「アンタたち、2人そろって変態なんだから・・」

「この2人の近くにいると、毒気に当てられそう・・・」

 夕姫とアンジュが頭に手を当てて、孝一とタスクに対して気が滅入る。

「それで、タスクくんもアンジュさんたちを捜していたので、行動を共にしていたの。その中で、アンジュリーゼ・・ううん、アンジュさんの処刑の知らせを含んだ通信をキャッチして、ミスルギ皇国に向かったわけ。」

 恭子が気を取り直してから、話を続けた。

「なるほど・・ホントに無事でよかった・・アンジュさんとモモカさん、孝一くん、恭子さん、ゆうぴーちゃんも。」

「ちょっと・・その呼び方にちゃん付けはやめてよ・・“ゆうぴー”でいいから・・」

 ラブが微笑んで言うと、夕姫が肩を落として注意する。

「それじゃ改めてよろしくね、ゆうぴー♪」

 ラブが笑顔で声をかけて、夕姫がまたため息をついた。

「アンタの国、ミスルギ皇国っていうの?・・悪い大人の社会をそのまま絵にしたみたいなところじゃない・・そんなところのお姫様だったなんてね・・」

 夕姫がアンジュとミスルギ皇国に対して呆れる。

「そうね・・自分事ながらそう思うわ・・あんな愚かな兄と妹、低能の豚どものために力を尽くしていたとはね・・・」

 アンジュが自己中心的、自己満足なミスルギ皇国の人々のことを思い出してため息をつく。

「ミスルギ皇国の皇女だったことを恥として、私はあの国に見切りを付けるわ・・もうあそこにもアイツらにも、何の未練もない・・」

「アンジュさん・・私も信じられないよ・・あんなふうな人間、1人や2人はいるとは思ってたけど、国全体でこんなことになってるなんて・・・」

 アンジュが自分の考えを口にする中、ラブがジュリオやアキホたちに対する疑心暗鬼を感じていた。

「ノーマは野蛮で暴力的。平和を乱す存在だから、蔑んでも排除してもいい・・それがこの世界の認識で、私も自分がノーマだと知るまではそう思っていた・・」

「・・私たちのいた世界とは大違い・・あそこまでひどくはなかった・・・!」

 アンジュとラブの中に激情が膨らんでいく。

「いくらなんでもひでぇよなぁ・・美女を傷付けて平気な顔してるなんてよ・・!」

「そ、そっちなの・・?」

 孝一が不満を言って、夕姫が呆れる。

「それで、これからのことなんだけど・・ミネルバの人たちや魅波さんたちのところに行ければいいけど、どこにいるか・・」

 恭子がこれからのことと、カナタたちと連絡が取れないことを話す。

「行ければいいって、ここはアンジュさんたちが元々いた世界で、私たちは空間を超えてこっちに来てしまったんですよ・・カナタくんたちもこっちに来ていればいいけど、そうじゃなかったら・・・!」

 ラブが苦言を呈して、不安を膨らませていく。

「それなんだけど、おかしなことが起こったの・・私たちもここが、また別の世界だと思ったのだけど・・」

 恭子が答えて、自分のスマートフォンを取り出した。

「私たちが初めてラブさんたちの世界に来たとき、電波は入っていなかった。でもイザナギとイザナミの戦いの後に目が覚めたとき、電波が入っていたの・・」

 恭子が見せたスマートフォンの画面を、ラブと夕姫が見る。スマートフォンは電波を受信していることが表示されている。

「このスマホや携帯電話が受信できる電波を出す電波塔や機器があれば別だけど、そうでないのに電波を受信することはない・・」

 恭子の説明を受けて、ラブも自分のスマートフォンを取り出した。彼女のものも電波を受信していた。

「そんな!?・・ここはアンジュさんたちのいる世界・・世界の違う私たちの使うスマホが受信できるはずは・・・!?

「まさか!?この世界にこのような機械は存在しません!連絡もマナの力で行われるのが基本ですし!」

 ラブが驚き、モモカも声を荒げる。

「どうやらホントみたいだね・・この世界以外にも、別の世界が存在しているっていうのは・・そしてアンジュたちは、彼女のいた世界に来た・・」

 タスクが深刻な面持ちで言って、アンジュが小さく頷いた。

「それでまた空間を超えて、今度はみんながこっちに来たと・・」

「まぁ、そんなとこだ。最後にはオレたちの世界に戻らねぇとな・・!」

 タスクが話を続けて、孝一が答えてダイミダラーに目を向ける。

「また空間を超えるには、カナタくんとイザナギを見つけるしかない。私たちはそう判断しているのだけど・・」

「それなら、私が連絡してみたら、もしかしたらカナタくんと連絡が取れるかもしれない・・・!」

 恭子の言葉を聞いて、ラブがカナタへの連絡を試みる。しかし彼のスマートフォンにはつながらない。

「ダメ・・つながらない・・出られないところにいるのかな・・・?」

 カナタと連絡できず、ラブが肩を落とす。

「タスク、他のアルゼナルのみんなは・・?」

「いや、アンジュ以外の君たちの部隊のライダーは見つかっていない。アルゼナルにも戻っていないよ・・」

 アンジュがサリアたちのことを聞いて、タスクが顔を横に振る。

「手がかりが見つからない以上、アルゼナルに戻るしかないか・・」

 アンジュがため息まじりに言って、タスクが頷いた。

「アンジュさん、タスクさん、案内していただけませんでしょうか・・?」

「こっちだ。みんな、ついてきて。」

 恭子が頼んで、タスクが答える。彼がエアバイクに乗ろうとした。

「アンタはあのロボットに乗ってちょうだい。ハレンチなマネをされたら、私たちは困るからね・・」

 アンジュがタスクに言って、彼のエアバイクに乗った。

「そそ、そんな、アンジュ・・!」

「アンタとそのロボのパイロットは何をしてくるか分かったもんじゃないからね。2人一緒にいさせて、私たちと別にさせておけば、とりあえず安心ね。」

 悲鳴を上げるタスクに言って、アンジュがモモカ、夕姫、ラブを手招きする。

「そんな〜!」

「オレのハーレムが遠ざかる〜!」

 タスクだけでなく、孝一も悲鳴を上げていた。

「ちょっとー!私はどうなるのよー!」

 恭子も頭を抱えて悲鳴を上げていた。

 

 ノーマの収容施設であるアルゼナル。突然消息を絶ったアンジュたちの捜索は、今も続けられていた。

「まだサリアたちの行方は分からないのか?」

「はい・・サリア隊、どのメイルライダーとも連絡取れず、パラメイルの反応もキャッチできません・・」

 アルゼナルの総司令、ジルの問いにオペレーターの1人、パメラが答える。

(1人か2人がいなくなってもおかしくはない。しかし一個中隊全員がいなくなるのはおかしい・・ドラゴンにやられたのなら、パラメイルの残骸の1つはあるはずだが、それさえもなかった・・)

 アンジュたちが消えた直後のことを思い出すジル。すぐに捜索隊を出したジルだが、アンジュたちもヴィルキスたちも見つけることができなかった。

 そのとき、ジルの持つ通信機に通信が入った。彼女は指令室を出て、通信に応じた。

「どうした、タスク?」

“アレクトラ、アンジュを見つけたよ。今、アルゼナルに向かっている。”

 ジルが声をかけて、通信相手のタスクが報告する。

「それでヴィルキスはどうした・・?」

“ヴィルキスは見つかっていない・・アンジュを送り届けた後に探すつもりだ。”

 ジルがさらに問いかけて、タスクが答えていく。

“それで・・ややこしいことになってしまったんだけど・・・”

「ややこしいこと?」

 タスクが切り出した話に、ジルが眉をひそめた。

 

 タスクの案内で、ラブたちはアルゼナルに到着した。

「ここがアルゼナル・・ドラゴンと戦うノーマの拠点・・」

「まるで刑務所ね・・まともに住めるところのようには見えない・・」

 恭子と夕姫がアルゼナルを見て呟く。

「話は聞いているぞ。」

 彼女たちの前にジルが出てきた。アルゼナルの市場「ジャスミンモール」の店主、ジャスミンも飼い犬のバルカンを連れて来ていた。

「あなた方は?」

「私はジル。おのアルゼナルでノーマたちを指揮している。」

「あたしはジャスミン。この子はバルカンだ。」

 恭子が聞くと、ジルとジャスミンが名乗る。

「おお〜♪綺麗な大人の美女だ〜♪」

「コラ!孝一くん!」

 ジルを見て上機嫌になる孝一を、恭子が呼び止める。

「確かに信じられない話だ。別の世界から人やロボットが来たなんてね・・」

 ジルがため息まじりに言って、ダイミダラーに目を向ける。

「しかしドラゴンも空間を超えてこっちに出てくる。似たようにこっちに来たのかもしれないね。」

 ジャスミンが口にした言葉を聞いて、ジルが納得する。

「自己紹介が遅れました。私は楚南恭子。この彼は真玉橋孝一といいます。」

「私はラブ。愛野ラブです。」

「島原夕姫よ。」

 恭子、ラブ、夕姫がジルたちに自分たちのことを話す。

「アンジュさんたちも私たちも、それぞれ空間を超えてラブさんの世界に来てしまったのです。そして再び空間を超えて、今度はこの世界に来たのです。」

「パラレルワールド・・平行世界というヤツね・・」

 恭子がこれまでの経緯を説明して、夕姫が付け加える。

「なるほどな。きっとあなたたちの世界は、ここと比べて平和な世界なのだろう?戦いも差別もなくて・・」

 ジルがラブたちに対して皮肉を込めた笑みを見せる。彼女の言葉を聞いて、ラブがジュリオやアキホたちのことを思い出して、顔をこわばらせる。

「みんなノーマを敵だと思い込んでいる・・争いをやめればいいのに、私の声にも耳を貸さない・・」

 アンジュたちを徹底的に排除しようとするジュリオたちに、ラブは不信感を抱くようになっていた。

「これがこの世界の愚かさだ。マナを持つ者が普通とされていて、マナを打ち消すノーマは害悪だと思い迫害する。」

 ジルがこの世界の在り方を語っていく。

「いくらノーマだからって、美女をあんなに邪険にするのはいただけねぇなぁ・・!」

 孝一がジュリオたちの言動に対して、不満を口にする。

「アンジュちゃんのような美少女も、あなたのような美女がいることが、どれほどすばらしいことか〜!」

 孝一がにやけて飛びかかるが、ジルの義手となっている右手に伸ばした腕につかまれた。

「確かに、お前のような変態がいたほうが、よほど楽だな。害が少ない上に扱いやすいからな・・」

 ジルが不敵な笑みを浮かべて、孝一を振り回して投げ飛ばす。うまく着地した孝一だが、ジルの力を痛感していた。

「手ごわいな・・オレの師匠に勝るとも劣らねぇ・・!」

 孝一がプリンスの長官、又吉(またよし)一雄(かずお)のことを思い出す。

「襲う相手を選ばないと痛い目を見ることを覚えておけ、けだものが。」

 ジルが孝一を見下ろして、不敵な笑みを見せた。

「あ、あの・・私たちのように、別の世界からこっちに来たという人に会っていませんか?・・たとえば、天命カナタという男の人とか・・」

 ラブがジルに質問を投げかけた。ジルたちが何か知っていないか、ラブは期待を込めた。

「いや。お前たちのような異邦人は他には会っていない。アンジュ、お前やサリアたちの捜索を続けていたが、今お前たちを見つけたところだ・・」

「そうですか・・ここに手がかりはなかった・・・」

 ジルの答えを聞いてラブが落ち込む。

「しかしお前たちが来ているなら、他にもこの世界に来ているヤツがいるかもしれない。サリアたちの捜索は続けるが、その間にそれらしい人物を見つけたら知らせよう。」

「ホ、ホントですか!?ありがとうございます!」

 ジルが協力を引き受けて、ラブが感謝して頭を下げた。

「いいのかい?こんな安請け合いをして・・」

 ジャスミンが苦言を呈するが、ジルは不敵な笑みを消さない。

「みんな、中に入るんだ。アンジュ、お前だけでもドラゴンの討伐に備えておけ。」

 ジルがアンジュに向けて命令を告げる。アンジュは真剣な面持ちのまま答えない。

「タスク、お前はサリアたちとヴィルキスの捜索を。見つけ次第連絡しろ。」

「分かったよ。必ず見つける。」

 ジルが続けて指示を出して、タスクが答える。彼はエアバイクに乗って、1人アルゼナルを後にした。

 ジルもアルゼナルの指令室に1人向かっていく。彼女が何か企んでいると思い、アンジュがついていく。

「ここは秘密の場所のはずでしょ?この世界の人じゃないとはいえ、あなたが素直に受け入れるなんてね・・」

 指令室へ向かう途中の廊下で、アンジュが皮肉を投げかけて、ジルが足を止めた。

「タスクから報告は受けている。あのラブという娘、マナではない特殊な力を使ったそうだな。」

 ジルの指摘を聞いて、アンジュがラブのことを思い出す。ラブがただの人間でないと、アンジュは考えていた。

「それにあのロボットの戦闘力も高いとのこと。敵対して、その2つの力とぶつかるようなことになれば、ドラゴン退治に支障が出るからな・・」

 ラブとダイミダラーを警戒するジル。

(それに、“リベルタス”の障害になりかねない・・)

 彼女はこれから実行に移そうとする計画のことも念頭に置いていた。

「指令、大変です!」

 そこへパメラが駆けつけて、ジルに声をかけてきた。

「どうした?」

「世界の地形に変化が見られます!信じられないことですが・・大陸の形状が、先日の前後で違いが見られます・・!」

 ジルが聞くと、パメラが困惑しながら報告をする。

「そんなバカな・・確かに地震はあったが、大陸の地形が変わるほど大きくはなかったはずだ・・」

 ジルが疑問符を浮かべて、指令室に向かっていく。パメラもアンジュも続いていく。

「見てください・・これが地震が起きる前の地図です・・」

 オペレーターの1人、オリビエがモニターに世界の地図を表示する。

「そしてこれが、現在の世界です・・・」

 オペレーターの1人、ヒカルが新たに地図を表示させた。最初に出した地図とは形状の異なる場所があった。

「確かに形が違う・・そんな大きな地震だったの・・!?

「いや、そこまでの揺れではなかったはずだ・・何かがおかしい・・・!」

 アンジュが疑問を覚えると、ジルが彼女たちのいなかったときのことを語る。

「あれは・・私たちのいた世界の大陸に似ているところがある・・・!」

 ラブも指令室に来て2つの地図を見た。彼女も大陸の変化に驚きを感じていた。

「あっちが、アンジュさんたちの世界の元々の地図なんですよね・・?」

「えぇ、そうよ・・」

 ラブが質問して、アンジュが答える。

「この世界にはなかったはずの日本列島が、今はある・・・!」

「そんな!?この世界は間違いなく私たちの世界です!ミスルギ皇国も存在していましたし・・・!」

 ラブが現在の世界の地図を見て驚き、モモカが声を荒げる。

「これって、まさか・・!?

 恭子が一抹の不安を覚えて息をのむ。

「おそらく、お前たちはこの世界に来たのではない。この世界もお前たちも世界も、混ざってしまったということか・・」

 ジルが口にした言葉を聞いて、ラブが動揺を隠せなくなった。

 

 様々な平行世界が、空間の歪みによって1つになった。

 様々な人種、文化、武力の交錯を生んだこの事態は、巨大な混迷の序章となった。

 

 

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