スーパーロボット大戦CROSS

第8話「裏切りの故郷」

 

 

 イザナギとイザナミの放ったディメンションブレイカーの激突が、世界の空間を大きく揺るがした。

 世界に起こった異変と衝撃は、外へ出ていたラブとシンたちをも巻き込んだ。

 バリアを展開したシクザルドームの中にいたゼロスたちは、その中に留まることができた。しかしカナタもラブたちも、空間の歪みに巻き込まれて離れ離れになってしまった。

 

 次元エネルギーの光に巻き込まれたラブは、そのまま意識を失った。意識を取り戻した彼女が最初に見たのは、薄暗い部屋の見知らぬ天井だった。

「ここは・・・?」

 ラブがベッドから起き上がり、部屋の中を見回す。

「気が付いたみたいだね。」

 その部屋に1人の少女が入ってきて、ラブに声をかけてきた。

「この近くで倒れていたのを私が見つけて、お医者さんに見てもらってから、この部屋に運んで休ませたんだよ。」

「そうだったんですか・・ありがとうございます。」

 少女が事情を放して、ラブがお礼を言った。

「私はアキホ。あなたは?」

「私はラブ。愛野ラブ。」

 少女、アキホとラブが互いに自己紹介をする。

「それで、倒れていたのは私だけでしたか?私、友達と一緒にいたんですけど・・」

 ラブが記憶を思い返しながら、アキホに聞く。

「ううん。あそこにいたのはあなただけだったよ・・」

「そうですか・・私はみんなとはぐれてしまったみたいですね・・・」

 アキホの答えを聞いて、ラブが肩を落とした。

「でも近くにいるかもしれない・・ちょっと捜してみます。」

 ラブがカナタたちを捜そうと、部屋から外へ出た。だが外の町も彼女の知らない場所だった。

「あの・・ここってどこですか・・・?」

 ラブが恐る恐る振り向いて、アキホに問いかける。

「ここはミスルギ皇国だけど・・」

「えっ・・・!?

 アキホの答えを聞いて、ラブが驚きを覚えた。彼女はミスルギ皇国の名前を聞いていた。

(ミスルギ皇国は、アンジュさんたちのいた世界の国・・でもそれは、私たちがいたのとは別の世界・・・もしかして私、空間を飛び越えてきちゃったの・・・!?

 ラブが心の中で呟いて、驚愕を膨らませていた。彼女はアンジュのいた世界に来てしまったと思っていた。

 

 それからラブはアキホの住んでいる寮を中心にして、カナタたちを捜し回った。しかし彼女はカナタたちを見つけることができず、夕方を迎えていた。

(見つかんない・・・カナタくん、博士、みんな・・・)

 ラブが悲しみを覚えて、目に涙を浮かべる。

(スマートフォンも電力がなくなって電源が入らない・・入っても世界が違うから、電波が届かないかも・・・)

 彼女は取り出したスマートフォンを見つめて、不安も感じていた。

「ラブちゃん・・・」

 アキホがラブに追いついて、戸惑いを浮かべていた。

「この近くにはいないみたいですね・・・すいません、アキホさん。付き合わせちゃって・・」

「ううん。私なんて何もできなくて・・」

 作り笑顔を見せて謝るラブに、アキホが顔を横に振って答えた。

「今夜は私の部屋に泊まって。寮長には私が説明するから・・」

 アキホがラブに泊まるように勧めてきた。

「いいの!?あなたや寮の人たちに迷惑が掛かるんじゃ・・!?

「困ったときはお互い様だよ。お金もなくて行く当ても分かんないんじゃ・・・」

 動揺するラブにアキホが笑顔で答えた。

「それじゃ、お言葉に甘えちゃいますね。エヘヘ・・」

 ラブが照れ笑いを浮かべて、アキホの誘いを受けることにした。

 

 日が落ちて夜を迎えた町の中を進む2つの影があった。周りを警戒しながら、2人はさらに進んでいく。

「まさかまたここに戻ってこれるとはね・・」

「えぇ・・本当に私たち、再び次元を超えて、ミスルギ皇国に・・・」

 2人の人物、アンジュとモモカが言いかける。彼女たちもミスルギ皇国に戻ってきていた。

「気が付いたときには、私のそばにヴィルキスがなくて・・私たちはミスルギに戻っていて・・」

「その後すぐに私のところに知らせが・・それも、シルヴィア様から救援の知らせで・・・!」

 アンジュが記憶を呼び起こして、モモカが彼女の妹、シルヴィア・斑鳩・ミスルギからの連絡を思い返す。

「みんながどうなったのかは分かりません・・ですが・・・」

「今はシルヴィアを助けに行くのが先ね。その間にみんなのほうでも動きがあるかもしれない・・」

 モモカとアンジュが言いかけて、シルヴィアを助けに行くのを優先した。2人は町中をさらに走り、学園の寮に辿りついた。

「ここは・・・」

 アンジュが寮を見つめて、悲しい顔を浮かべる。

「あのときまでは、私はみんなと学園生活を満喫していた・・勉強もスポーツも、苦楽を共にしてきた・・それなのに・・・」

「アンジュリーゼ様・・・思い悩むことはないですよ・・みなさん、きっと分かってくれますから・・・!」

 かつての日常を求めるアンジュを、モモカが励ます。

「ありがとう、モモカ・・信じる気持ちもあるけど、今はシルヴィアを助けることに専念するわ・・」

 アンジュがモモカにお礼を言って、気を引き締めなおす。2人は周りに人がいないことを確かめてから、寮に向かい、そのうちの1室に飛び込んだ。

 アンジュだげが奥に進み、机にあったパソコンを使って、ミスルギ家の状況についてチェックした。

(ジルの言っていた通り、お母様が亡くなり、お父様も・・・今はジュリオお兄様がミスルギ家とミスルギ皇国を指揮しているのね・・)

 自分がアルゼナルに送られてからのことを確かめて、アンジュが深刻さを感じていく。

 兄、ジュリオ・飛鳥(あすか)・ミスルギの計略によって、アンジュはノーマであることを暴かれた。人生を狂わされた怒りと家族としての信頼にさいなまれ、アンジュは苦悩を感じていた。

(シルヴィアはきっと、ジュリオお兄様に陥れられて、それで助けを・・すぐに行くからね、シルヴィア・・・!)

 シルヴィアを助け出すことを、アンジュは心に決めていた。

 そのとき、ドアが開く音が聞こえて、アンジュがとっさに身構えた。

「ア、アア・・アンジュリーゼ様・・・!?

 彼女の前に現れたのは、目を覚ましたアキホだった。

「アキホ・・・!」

 アンジュがアキホを見て、困惑を覚える。

 ノーマとして拘束されたとき、アキホや学園の生徒たちがアンジュに困惑と軽蔑を向けていた。今まで親しかった人からそのような目で見られて、アンジュも困惑していた。

「ゴ・・ゴメンなさい・・突然のことで、驚かせてしまって・・・」

「いえ・・お戻りになられたのですね、アンジュリーゼ様・・・!」

 互いに動揺を抑えながら作り笑顔を見せるアンジュとアキホ。

「申し訳なかったわね・・今、戻ったばかりで、ミスルギ皇国がどうなっているのかを知りたくて・・・」

「いえ・・アンジュリーゼ様がご無事で、何よりです・・」

 勝手にパソコンを使ったことを謝るアンジュに、アキホが微笑んだまま答える。アキホは後ずさりして壁にもたれかかった。

「すぐに出ていくわ・・いきなり入ってきてゴメンなさいね・・」

「いえ、気にしなくていいです・・・でも少し休んでいったほうがいいのではないでしょうか?・・お疲れなのではないかと・・」

 また謝るアンジュを気遣うアキホ。

「ありがとう。でも私には時間がなくて・・」

「では、せめて何か食べる物でも持ってってください・・今から用意しますから・・少しお待ちを、アンジュリーゼ様・・」

 誘いを断るアンジュに、アキホが必死に呼びかける。

 そのとき、アンジュはアキホが後ろ手で壁にある機械を起動させていたことに気付いた。アンジュが詰め寄り、アキホの腕をつかんで床に押し付けた。

「あなた、私のことを通報しようとして・・・!?

 驚愕を覚えるアンジュに、アキホが鋭い視線を向ける。彼女に敵意を向けられていると思い、アンジュも不快感を覚えた。

「あなたも、私を敵だと思っているのね・・私がノーマだから・・・!」

 アンジュが低く呟くと、アキホの後ろ首に手刀を当てて気絶させた。

「ますます長居ができないわね・・・!」

 アンジュは呟いてから、アキホの口を布で閉ざして、後ろ手で縛り上げた。

「しばらく大人しくしてるのね・・」

 アンジュが冷たく言ってから、部屋を飛び出した。彼女が外に出て、モモカとともにミスルギ家に向かった。

 

 カナタたちを捜したために疲れていたラブは、深く眠っていた。しかし物音を耳にして、彼女は目を覚ました。

「何?・・どうしたの・・・?」

 ラブが立ち上がって部屋を出る。そこで彼女は縛られていたアキホを目の当たりにした。

「アキホさん!?

 驚いたラブが、慌ててアキホを縛っていたロープをほどいた。

「ななな、何があったんですか〜!?

「し・・忍び込んできたのよ・・・戻ってきたの、アイツが・・アンジュリーゼが・・!」

 ラブの問いかけに答えるアキホが、アンジュへの憎しみを浮かべる。

(アンジュリーゼ!?・・アンジュさんが、ここに来てる!?

 アキホの言葉を聞いて、ラブが戸惑いを覚える。

「まだ近くにいると思いますか!?

「出ていってからそんなに時間は経っていないから、まだ近くにいるはず・・ミスルギ家のことを調べていたから、きっと・・・!」

 ラブが問いかけて、アキホが深刻な面持ちを見せて答える。

「ありがとう、アキホちゃん・・あたし、行くから!」

 ラブはアキホに礼を言うと、1人で部屋を飛び出していった。

「ラブちゃん・・・!」

 彼女の慌てぶりにアキホが当惑を覚えた。

 

 ミスルギ家へ向かうアンジュとモモカは、途中で強奪したエアバイクに乗ってスピードを上げていた。

「真正面から行っても、ジュリオ様が待ち伏せしているはずです・・裏から回って、シルヴィア様のところに辿りつかなければ・・・!」

 モモカがうまくシルヴィアに会いに行く活路を探る。

「それなら打ってつけの道があるわ・・!」

 するとアンジュが不敵な笑みを浮かべて、エアバイクを加速させた。彼女たちは森林の中の川沿いを進んでいく。

「アンジュリーゼ様、この道では川上に出るだけです・・!」

「モモカは知らないんだったね・・屋敷には秘密の通路というのがいくつかあるのよ。この先にその1つがある・・!」

 不安を見せるモモカだが、アンジュは笑みを絶やさず、エアバイクのスピードを緩めない。

「いたぞ!裏切り者2人だ!」

 その最中、アキホからの通報を受けた警備兵が、アンジュたちを見つけて追ってきた。

「み、見つかりました!」

「振り落とされないようにして、モモカ!」

 慌てるモモカに呼びかけて、アンジュがエアバイクを加速させる。同じくエアバイクを駆る警備兵たちが銃を手にして発砲する。

「マナの光よ!」

 モモカが右手を伸ばして、光の壁を出して銃撃を防いだ。

「ミスルギ皇国に戻って、マナがまた使えるようになったのは幸運でした!」

 モモカが喜びを感じて、アンジュも笑みをこぼす。使えなくなっていたマナを、モモカはミスルギ皇国に戻ってから再び使えるようになっていた。

「このまま一気に突っ走るわよ!」

「はい!」

 アンジュが呼びかけて、モモカが笑顔で答えた。2人の乗るエアバイクがさらに前進して川上のほうにある滝に突っ込んだ。

 滝の先は隠し通路になっている。アンジュの言っていた秘密の通路である。

「こんなところに飛び込むとは・・!」

「しかしこれでは追うことができない・・・!」

 アンジュたちの追跡が続けられなくなり、警備兵たちが毒づく。

「仕方がない・・ミスルギの部隊と合流するぞ・・!」

 警備兵たちが屋敷の前で防衛網を敷いている、ミスルギ家直属の部隊への合流に向かった。

 

 スピードを緩めることなく、地下通路を進んでいくアンジュとモモカ。2人が地下通路を抜けて、屋敷前の庭に飛び出した。

「出たぞ!一斉射撃だ!」

 兵士たちがアンジュたちを狙って発砲する。アンジュが構わずに突っ込み、モモカが光の壁で射撃を防いでいく。

「いました!シルヴィア様です!」

 モモカが屋敷の正門の前にいたシルヴィアを発見した。次の瞬間、アンジュたちのエアバイクに弾丸が当たった。

「うわっ!」

「このっ!」

 エアバイクの体勢が崩れて、モモカが投げ出されて転んで、アンジュがバイクが横転する直前でシルヴィアに向かってジャンプした。

「シルヴィア!」

「アンジュリーゼお姉様!」

 飛び込んできたアンジュに、シルヴィアが手を伸ばす。着地したアンジュもシルヴィアを連れ出そうとして手を伸ばした。

 そのとき、シルヴィアが隠し持っていたナイフを手にして振りかざしてきた。突然のことに驚いたアンジュが、伸ばしていた右腕を切りつけられた。

「うっ!」

 後ろに押されたアンジュが、切られた右腕を押さえてうめく。

「ア、アンジュリーゼ様・・!」

 モモカが慌ててアンジュに駆け寄って支えた。そのとき、投げ込まれた網に2人が捕まった。

「しまった・・!」

 網から抜け出せず、モモカが慌てる。シルヴィアに傷つけられたことに、アンジュは驚きを隠せなくなる。

「どういうことですか?・・なぜシルヴィア様が、アンジュリーゼ様を!?

 シルヴィアがアンジュを傷付けたことに、モモカも信じられなかった。

「よくやった、シルヴィア。これでアンジュリーゼを捕まえることができた。」

 ジュリオが不敵な笑みを浮かべて、シルヴィアに声をかけてきた。

「はい、ジュリオお兄様!」

 シルヴィアがジュリオに振り向いて、笑顔で答えた。

「シルヴィア・・これはどういうことなの・・・!?

「ご苦労だったな、アンジュリーゼ。わざわざ僕の仕掛けた罠に飛び込んできてくれて。」

 アンジュがシルヴィアに問い詰めると、ジュリオが声をかけてきた。

「全ては僕の計画だったのだよ、アンジュリーゼ。シルヴィアからのSOSを聞けば、お前は必ずここへ来るとね。」

「まさかこれは、全て計画されたことだったのですか!?・・アンジュリーゼ様をミスルギ皇国に誘い出して、陥れるために・・!?

 悠然と語りかけるジュリオに、モモカが困惑していく。

「だいたい、お前がアンジュリーゼの元へ1人で行けるわけがなかろう。我々がうまく導いてやったからこそ、お前は辿りつけたわけだ。」

「まさか私、アンジュリーゼ様がジュリオ様に捕まえさせるために動いていたというのですか・・!?

 ジュリオに謀られて、モモカはアンジュを危険にさらしてしまったことに絶望を感じていく。

「シルヴィア・・あなたも、ジュリオお兄様のこのようなやり方に従うの!?

「ジュリオお兄様のことを、馴れ馴れしく口にしないで!」

 アンジュが悲痛さを込めて問い詰めると、シルヴィアが彼女に怒鳴ってきた。

「全部・・全部あなたのせいよ・・お母様が死んだのも、私たちミスルギの栄光に傷が付いたのも、私が歩けなくなったのも・・全部あなたのせいよ、このバケモノ!」

 シルヴィアが悲しみと怒りを募らせて、鞭を手にして振りかざしてきた。アンジュが背中を鞭に叩かれて、顔を歪める。

「アンジュリーゼ様!・・あ、あっ!」

 叫ぶモモカが兵士に引っ張られて、マナによって手錠を掛けられた。

「モモカ・・!」

 アンジュがモモカを助けようとするが、彼女も兵士にロープで腕と体を縛られた。

「僕たちの父と母、そしてお前が犯した罪の始末は、同じミスルギの一族である僕たちがつける!今から1時間後に、アンジュリーゼの公開処刑を行う!」

 ジュリオが高らかに宣言して、兵士たちが笑みを浮かべて頭を下げた。

「シルヴィア、その前にお前の恨み、存分に晴らすがいい。ただし息の根は止めるなよ。僕たちミスルギの威厳を取り戻す意味も込められている公開処刑が台無しになるからな。」

「分かっています、ジュリオお兄様。死なないように手加減いたしますわ。」

 ジュリオの投げかける言葉に、シルヴィアが笑顔で答えた。

「この者を吊し上げなさい。この私が身の程を思い知らせてあげますわ・・!」

 兵士に指示を出すシルヴィアが、アンジュを睨みつける。

「シルヴィア・・・!」

 シルヴィアにまで裏切られて、アンジュは強い怒りと悲しみを感じていた。

 

 アンジュを追ってミスルギ家の屋敷の前までたどり着いたラブ。しかし屋敷の正門の前には、2人の兵士が門番として立っていた。

(困ったよ〜・・あれじゃ中に入れない〜・・どこか別のところから中を見るしかないかな〜・・)

 アンジュを見つけることができず、ラブが腕組みをして考え込む。

(イザナギか何かあれば、強行突入って手もあるんだけどなぁ〜・・)

 力がないことを悔やんで、ラブはため息をついた。

「これからアンジュリーゼの処刑が始まるぞ!」

「ジュリオ様が処刑場前に国民を集めよとのご指示だ!」

 他の兵士たちが来て、門前の兵士たちと合流した。

(アンジュリーゼ・・アンジュさんが公開処刑!?

 ラブがアンジュのことを聞いて、緊迫を募らせる。

(早く助けなくちゃ!で、でも周りには兵士がいっぱいいるだろうし・・!)

 アンジュを救出する方法が分からず、ラブが頭を抱える。

(こうなったら、アンジュさんが出てきたところを連れ戻すしかない・・!)

 アンジュを助け出すチャンスを狙って、ラブは1度屋敷から離れた。

 

 それからアンジュはシルヴィアに鞭に打たれ続けた。自分たちが受けた仕打ちと屈辱、怒りや憎しみを、シルヴィアはアンジュにぶつけていた。

 しかしアンジュは何度鞭に打たれても、恐怖や絶望をしたり命乞いをしたりしなかった。逆に不満の眼差しを向けてくる彼女に、シルヴィアは感情を逆撫でされていた。

「何よ、その目は!?・・悪いのは、全部あなただというのに!」

 シルヴィアがいら立ち、さらに鞭を振りかざす。アンジュは叩かれても、鋭い視線を絶やさない。

「やはりあなたはノーマ・・野蛮で暴力的で、平和を脅かす外敵ということね・・!」

「野蛮で暴力的・・この瞬間に立ち会って、果たしてどっちがそうなんだろうって思うようになってくるわね・・・」

 敵視するシルヴィアをアンジュがあざ笑う。

「まだそんな減らず口を・・!」

「シルヴィア様、あまりやりすぎては、ジュリオ様のご指示が・・・」

 また鞭を構えたシルヴィアを、兵士の1人が呼び止めた。込み上げてくる憎悪をこらえて、シルヴィアが落ち着く。

「仕方ありませんわね・・後はお兄様に引導を渡してもらいましょう・・!」

 シルヴィアがため息まじりに言って、アンジュの前から去っていった。

(シルヴィア・・・!)

 欺いてきたシルヴィアに対しても、アンジュは強い不信感を抱いていた。

 

 ジュリオの知らせを聞いたミスルギ皇国の国民が、公開処刑の会場に集まってきた。その騒ぎを聞いて、ラブも来ていた。

(アンジュさんのことを聞いて、みんな集まってきた・・・アンジュさんはこの国の王女様だっていうから、みんなが反対してくれるはず・・・!)

 アキホたち国民がアンジュを支持していると信じるラブ。

(あっ!アキホさんも来た!)

 彼女が群衆をかき分けて前に出てきたアキホを見つけた。

(アキホさんのところに行くのは後・・アンジュさんが出てきたらすぐに飛び出そう・・・!)

 アンジュの救出に集中するラブ。彼女の見つめる広場に、吊るされたロープの輪で首をくくる処刑台が用意された。

「ミスルギ皇国の国民たちよ、これより、我々を欺いた邪悪の権化、アンジュリーゼの処刑を執り行う!」

 ジュリオが人々の前に姿を現して、高らかに宣言する。兵士たちに連れられて、アンジュが処刑台のそばに来る。

「アンジュリーゼ様・・・!」

 傷だらけのアンジュを目の当たりにして、同じく兵士に連れられているモモカが動揺を浮かべる。

(アンジュさん、モモカさん!・・待ってて、2人とも!今から助けに行くから!)

 ラブが緊迫を募らせて、アンジュたちを助けようとした。

「早く殺せ、アンジュリーゼを!」

 アンジュに向けての憎悪の声が発せられた。それは集まっていた人々から出ていた。

「この裏切り者がー!」

「よくも私たちを騙したわね!」

「ノーマは1人残らず根絶やしにすべきだ!」

 他の人たちもアンジュに罵声を浴びせていく。

(何を言ってるの!?・・みんな、ミスルギ皇国の人だよね!?・・そのみんなが、王女様であるアンジュさんにそんなこと言うなんて・・!?

 人々のアンジュに対する言動に目を耳を疑うラブ。

「そうよ!私、いきなり襲われて縛られて・・!」

 アキホも悲痛さを浮かべて、アンジュを非難する。

「何よ!ちょっと蹴飛ばして簀巻きにしただけなのに、大げさなのよ!」

「何が大げさよ!私、死ぬような思いをしたんだから!」

 悪態をつくアンジュに、アキホが怒りとともに持っていた卵を投げつけた。アンジュが卵をぶつけられて、髪に殻と中身が付いた。

「何で・・何でアンジュさんにこんなひどいことを!?

 ラブがたまらず飛び出して、アキホたちのそばに駆け寄った。

「アンジュさんは・・ううん、アンジュリーゼさんはこの国の王女様なんでしょ!?それをみんな寄ってたかって!」

「コイツ、ノーマに味方するつもりか!?

 不満を言うラブに、群衆の1人が言い返してきた。

「アイツはノーマだ!国と社会の平和を脅かす邪悪な存在!」

「しかもアイツは皇族と偽って、ずっとオレたちを騙してきたんだ!」

「しっかりと死刑にされなければ、私たちは安心して暮らせないわよ!」

 他の人たちもアンジュに対する憎悪を口にする。彼らはノーマであるアンジュを心から許せないでいた。

「そんな・・いくら自分たちと違うからって・・ここまで差別するなんてどうかしてるよ!」

 ラブが憤りを覚えて、人々に訴える。

「アキホさん、あなたも考え直して!命を奪ったって平和になんない!もっと憎しみが増えるだけだよ!」

 ラブがアキホに詰め寄って呼びかける。しかし目つきを鋭くするアキホに突き飛ばされる。

「何も分かっていないのに、分かったようなことを言わないで・・ノーマがいるせいで、どれだけの悲劇が世界にもたらされてきたか・・・!」

 アンジュやノーマへの憎悪を口にするアキホ。彼女だけでなく、ここにいる群衆全員がアンジュの処刑に心から賛同していることに、ラブは愕然となった。

「その通り。ノーマは世界に害をもたらす者。存在することすら許されん。そしてそのノーマを抱え、ひた隠しにしてきたことこそ我が一族の罪・・その償いは、我ら自らノーマを断罪することで果たそう!」

 ジュリオが高らかに言い放ち、アキホたちが彼に向けて歓声を上げた。彼らの言動にモモカだけでなく、ラブも愕然となる。

「アンジュリーゼ、冥土の土産に、お前がアルゼナルに送られている間のことを教えてやろう。あのときお前を守ろうとした愚かな皇后が死に追いやられただけでなく、国民を欺いた愚かな皇帝もその後に処刑された。」

「処刑!?・・お父様が・・・!?

 ジュリオが告げた事実に、アンジュが驚愕を覚える。

「アンジュリーゼ、ノーマでありながら我が一族の血を引くお前の断罪をもって、我々の贖罪は完了する!そして今宵、この国は生まれ変わるのだ!“神聖ミスルギ皇国”として!」

 絶望を募らせるアンジュをあざ笑いながら、ジュリオが高らかにミスルギ皇国の新たな門出を宣言した。彼に賛同して人々が拍手と喝采を送った。

「さぁ、神聖ミスルギ皇国初代皇帝、ジュリオ1世が命じる!このノーマを処刑せよ!」

 ジュリオが命令を下し、兵士たちがアンジュを処刑台に立たせた。

「アンジュリーゼ様!・・ジュリオ様、おやめください!どうか、アンジュリーゼ様にご慈悲を!」

 モモカが悲痛の叫びを上げるが、ジュリオは考えを変えない。

「死ね、ノーマは!おとなしく首をくくれ!」

「ノーマは死んで罪を償え!」

「早く縄で首をくくるのよー!」

 人々も冷酷にアンジュの死刑を訴える。

「いい加減にして!ここまで人の死を望むなんて、それでも人間なの!?

 ラブが怒りを膨らませて、アキホたちに鋭い視線を向ける。

「つーるーせ!つーるーせ!つーるーせ!」

 アキホたちが一斉に掛け声を上げて、アンジュの首吊りを促す。ミスルギ皇国全体に対して、ラブは疑心暗鬼を感じていく。

「さぁ、首を縄に掛けろ!死をもってその大罪を償うのだ!」

 ジュリオが呼びかけて、アンジュが首吊りの縄を見つめる。彼女は自分に死が迫っていることを思い知らされる。

(違う・・こんなの違う・・人は話せば分かるもんじゃない・・気持ちや考えが違ってぶつかり合うことがあっても、人が誰かを死ねばいいと本気で思うなんて・・・!)

 この悲惨な光景を目の当たりにするラブの心が揺れ動き、激情を募らせていく。

(こんな・・間違っていることが正しいことにされるなんて・・あっちゃいけない!)

 心の中で膨らんでいた怒りと悲しみが限界を超えたときだった。ラブから強い衝撃が放たれ、ジュリオとアキホたちが押されてしりもちをつく。

「な、何だ・・!?

 突然のことにジュリオが驚いの声を上げて、アキホたちも動揺を浮かべていた。

「あなた・・!?

「ラブさん・・・!?

 アンジュもモモカもラブの異変に驚く。ラブの体から光が霧のようにあふれていた。

 

 

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