夏の固めシリーズ

「真珠の海」

 

 

 ここはとある女子高。

 この学校とこの周辺には、様々な奇怪な事件や出来事が起こっている。

 この出来事も、そんな事件の1つである。

 

 街外れにある海岸。そこには果てしないほどに広がる海と浜辺が点在し、家族連れやカップルのよく訪れる場所だった。

 しかし今ではそんな面影や好印象をもたらす場所ではなくなってしまっていた。

 とある奇怪な事件が発端となり、誰もこの海に近づかなくなってしまった。

 その海や海岸に足を踏み入れた人は、必ず行方が分からなくなってしまう。それが発覚してしばらく日時がたった頃に、その近辺で、行方不明になった人の形をした真珠の像が発見された。

 きょとんとした面持ちから恐怖や不安を浮かべた表情など、いろいろな様子を見せていた。まるで生きているかのようである。

 この海岸に立ち並んだ真珠の像たちが、この海に潜む恐ろしい事件を物語っていた。

 

 太陽が照り返していたある日。この日も気温は高く、海水浴にやってくる人たちも多かった。

 その海辺での楽しいひとときを楽しもうと、2人の少女もやってきていた。滝のように鮮明で長い黒髪をしたアオイと、肩の辺りまである長さの青い髪をした彼女の妹、ナオである。

「んん〜、眩しい太陽、滑らかに響く波の音。」

 ナオが海の風景を仰ぎ見て背伸びをする。

「ほらほら、くつろぐのはいろいろ準備してからだよ、ナオ。」

「はーい、お姉ちゃん。」

 アオイの注意を受けて、ナオが元気よく返事をする。

 しかし海辺までやってきた2人は唖然となっていた。既に海水浴に来ていた客たちがあふれ返り、賑わいを見せていた。

「あららら・・・」

「うわぁ・・混んじゃってるね・・・」

 その光景を見て、アオイとナオが唖然となる。

「どうしよう、お姉ちゃん・・・?」

 ナオが考えながらアオイに振り向く。するとアオイがひとつ息をついて、

「仕方ないね。岩場のほうに向かってみよう。もしかしたら、敷物が敷けるスペースがあるかもしれないし。」

 ため息混じりに言うアオイに、ナオも渋々頷いた。2人は混み合っている海辺中央から離れ、徐々に人のいない岩場のほうへと歩いていった。

 そこも鮮やかな砂地で、もう少し行けば本当に岩場にたどり着ける位置だった。

「うん。ここもなかなかいい場所じゃない。」

「そうだね、お姉ちゃん。隠れた名所って感じだね。」

 海と砂、そして岩場の光景に、アオイもナオも感嘆の声を上げる。

「さて、いろいろ準備をしちゃいましょ。ナオ、手伝って。」

 こうしてアオイとナオは敷物を敷き、上着を脱いだ。中にあらかじめ水着を着てきたため、着替えの手間が省けた。もっとも帰りはどうしても着替えなくてはならないのだけれど。

 準備を終え、準備体操も完了したところで、アオイとナオの海でのひとときが始まった。泳ぎ、無邪気にはしゃぎ、太陽の光の差し込む海辺で、2人は思い切り体を動かした。

 そして海から離れて岩場のほうに足を踏み入れた。

「気をつけて、ナオ。足を滑らせてケガすることもあるんだからね、ここは。」

 とりあえずナオに注意を促しておくアオイ。ナオはそれを聞いてから、岩場を探索していく。

「いい景色。ホントに隠れた名所だね。」

 ナオは大きく背伸びをしながら、岩場から見られる海を眺めた。

「でも、こんなにいいところなら、何人か人が来ててもいいと思うんだけどなぁ。」

 ふと周囲の静けさに気づいて、ナオが笑みを消す。自分たち以外誰もいないというのは、どう考えても不自然に思えてならなかった。

 そのとき、ナオの眼下の先の海辺に泡が吹き出てきた。彼女が眼を凝らして、その泡を見つめる。

 そしてそこから半透明な何かが飛び出してきた。

「キャッ!」

 ナオは驚いて悲鳴を上げ、岸から後退する。そこへ半透明の触手が伸び、彼女の右足を絡めとった。

「イタッ!」

 それを振り払おうとしたところ、針のようなものが刺さったような痛みに襲われて、彼女は顔を歪める。さらに海から離れてからその先を見据えると、そこには半透明の生き物が浮上していた。

「これって・・クラゲ・・!?

 ナオが思ったとおり、これはクラゲだった。少なくともその形状をしていた。

 先程の痛みがクラゲによる痺れだとしたら、みんながこれを危険視して入らないようにしていることが頷ける。

「お、お姉ちゃん!」

 ナオはたまらず海から離れ、アオイに呼びかけた。

「どうしたの、ナオ?」

 自分も海に向かおうとしていたアオイが、慌しい様子を見せているナオに振り返る。

「お姉ちゃん、あの岩場にクラゲが・・それで・・」

「もしかして、刺されちゃったとか!?

 アオイが驚き気味に言うと、ナオは困った顔で頷く。

「えっ?ちょっと待って。刺されたなら、なんでここまで走ってこれたの?」

「えっ?・・そういえば・・・」

 アオイに指摘されて、ナオが思い出したようにきょとんとなる。クラゲに刺されたなら、何とか歩くことはできても足取りよく走ることなんてできなくなるはずである。

「ナオ、ホントにクラゲが出たの?」

「出たよ、お姉ちゃん!ほら、右足に刺されて・・・!」

 不信げに聞くアオイに、ナオは自分の右足を指差す。そこで異変に気づいて言葉が途切れる。

 その右足が人のものではない、半透明な固いものに変わっていた。

「ちょ、ちょっと、これって・・・!?

「ナ、ナオ!?

 ナオとアオイが同時に驚愕する。ナオが右足を動かそうとするが、痺れたときのような重みがかかって思うように動かない。

「お、お姉ちゃん、あたし、どうなっちゃうの・・・!?

 体の変化がさらに広がり、ナオが不安の面持ちを見せる。アオイは尋常でないこの状況に、どうしたらいいのか分からなくなっていた。

 こんなことが現実に起きるはずがない。悪い夢か幻覚に違いない。2人はそう思おうと必死だった。

 しかしナオの変化は実際の出来事に間違いなかった。彼女の体の自由を奪い、麻痺感覚を広げていた。

「お姉ちゃん・・たす・・け・・・」

 姉に必死に助けを求めるその唇も固まり、変化がナオを完全に包み込んだ。

 アオイはその光景に驚愕を覚える。自分の妹が、輝きを宿した半透明の宝石の像へと変わり果てていた。

「そんな・・ナオが・・・大変!早く誰かに知らせないと!」

 アオイは慌ててその場を駆け出そうとする。

 そのとき、彼女は背後に不気味な気配を感じ取って足を止める。恐る恐る振り返ると、そこには半透明の生物、人の大きさほどのクラゲが立ちはだかっていた。

「イヤアッ!」

 アオイが悲鳴を上げると、クラゲが触手を伸ばして彼女に迫る。逃げようとする彼女の右腕を触手が絡めとる。

「イタッ!」

 その触手に刺され、苦痛に顔を歪めるアオイ。何とか触手を振り払えたが、麻痺が足にジンジンと響いてきていた。

 その痛みに耐えてそれでも誰かに知らせなくちゃと思うアオイだが、足が思うように動かない。その足元を見て彼女は驚愕する。

 足が動かなかったのは麻痺ではなかった。ナオと同様に、半透明な真珠に変質していたのだ。

「だ、誰か・・・誰か・・・!」

 必死に助けを求めるアオイだが、宝石への変化に体の自由が利かなくなり、思うように声を出せない。そんな彼女を尻目に、獲物を仕留めたような雰囲気で、クラゲは悠然と海へと戻っていく。

 両足が、腰が、胸が徐々にきらめく無機質のものへと変わっていき、アオイは力が入らなくなる。ふと変わり果てたナオに視線を向ける。

「ナオ・・・わた・・し・・・」

 それでも必死にナオに手を伸ばそうとするアオイ。しかしその手が妹に届くことなく、その手は半透明の輝きを帯びた宝石へと変わっていった。

 妹に触れられないことに悲痛を感じるアオイ。そんな彼女を、宝石への変化が留まることなく包み込む。

 やがて涙をあふれさせている瞳の輝きも、人の生から宝石のきらめきへと変わり果てる。宝石への変貌が終わる直前、あふれ出た涙の雫が真珠となって砂地に零れ落ちた。

 奇妙なクラゲに襲われ、アオイとナオの姉妹も宝石の像へと化してしまった。2人を始め、クラゲの被害者たちは以前元に戻らず、またクラゲの消息はつかめないままらしい。

 その宝石の像を狙って盗みを企む人も出現したらしい。

 全ては宝石の神秘のように謎に包まれたまま・・・

 

 ここはとある女子高。

 この学校とこの周辺には、様々な奇怪な事件や出来事が起こっている。

 それらの事件に巻き込まれた人々。その犯人。その真実。

 それらは現在も暴かれてはいない。

 

 

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