冬の固めシリーズ
「蝋の粉雪」
ここはとある女子高。
この学校とこの周辺には、様々な奇怪な事件や出来事が起こっている。
この出来事も、そんな事件の1つである。
秋も終わり季節は冬に。冷たい風が流れる学校で、本当に身も凍るような恐ろしい事件が起こっていた。
突如この学校の女生徒が行方不明になる事件が続発していた。いずれも夜の時間帯に行方が分からなくなっており、幽霊や変質者の仕業ではないかという根も葉もない噂まで流れるようになっていた。
その事件に関連してか、使われなくなっている旧美術室から、行方不明になっている女生徒そっくりの蝋人形が発見された。警察は事件性を強めて調査を続けるが、依然としてこれ以上の手がかりがつかめなかった。
この学校で美術を担当している教員、ヨウコも警察から事情聴取されていた。しかし彼女は旧美術室をここ最近利用していないようで、警察はこれ以上の追及はしなかった。
職員室からため息混じりに出てきたヨウコ。そこへ2人の女子が駆け寄ってきた。
茶色がかったショートヘアのトモと、金のロングヘアのアカネである。
「ヨウコ先生、また何か刑事さんに言われたんですか?」
トモが突然ヨウコに問いかけてくる。するとヨウコは2人に微笑んで、
「心配してくれてありがとう。でも私は大丈夫だから。」
しかしトモもアカネも安心しきれない心境だった。
「それより、明日は風景画の提出日だからね。忘れずに出すこと。」
「はーい、分かりました。」
話題を変えるヨウコにアカネが微笑んで頷いた。そしてトモとアカネは次の授業のため、教室に向かっていった。
その日の授業が終わり、放課後となった。掃除当番を終えたトモとアカネは、ともに帰路についていた。
「ヨウコ先生、大変だね。警察にいろいろ聞かれて。」
アカネが沈痛の面持ちでトモに声をかける。
「そうだね。もしかしたら、犯人だって疑われてるんじゃ・・」
トモも心配になって、ヨウコのことを気にかける。少し考えると、彼女は突然思い立ったかのような仕草を見せる。
「そうだ!今夜学校に入って、この事件の真相を確かめよう!」
「えっ!?ダ、ダメだよ、トモ!そんなことをして警備員に捕まっちゃったら、先生に叱られてしまうよ!」
トモの案にアカネがたまらずとがめるが、トモはさほど気にしている様子はない。
「大丈夫よ。見つかんなきゃいいんだから。それに、あたしたちが真相を突き止めれば、ヨウコ先生の疑いもなくなるし。」
「で、でも・・」
アカネが呼び止めようとするが、トモは1度思い立つと周りの言うことを聞かなくなることを知っていたため、半ば諦める。
「そうと決まったら、早速今夜決行よ。アカネも一緒に来てよね。」
「えっ!?なんで私が!?」
思い立ったトモにアカネが抗議の声を上げる。
「だって、もしも学校に見つかったとき、1人で叱られるのはイヤなんだよ。だからさ、ね?」
「ハァ・・しょうがないわね・・」
困り顔を見せてくるトモに、アカネは渋々同行することとなった。
そしてその日の夜。学校には数人の警察と警備員が警戒に当たっていた。
その包囲の眼をかいくぐって、トモはアカネを連れて学校にやってきていた。
「ねぇ、やっぱりやめようよ。見つかったら・・」
「ここまで来て帰れるわけないよ。最後まで突っ走って、必ず真犯人を見つけてやるんだから。」
不安を見せているアカネだが、トモは完全に意気込んでいる様子だった。もう何を言っても聞かないと思い、アカネは半ば諦めてトモの後を追っていった。
2人が向かったのは旧美術室だった。しかしその前には警官が1人立っていて、中に入れない状態だった。
「うわ〜、どうしよ〜・・」
近くの物陰に隠れながら、トモが慌てる。警官は交代をしながら、必ず1人はこの旧美術室を警備しているようだった。
「もうこれ以上はムリだよ。やっぱり今からでも戻ったほうが・・・」
アカネがトモを呼び止めようとしているときだった。突如警官が苦しみだし、たまらずこの場を立ち去っていったのだった。
「何が、起こったの・・・?」
「分かんない・・・だけど、今のうちだよ。」
困惑しながらも、トモはその間に旧美術室に忍び込んだ。アカネも迷いながらも、トモを放っておくことができず、彼女についていくことにした。
鍵はかれられていなかったものの、最近使われていないため、中はほこりに包まれていた。その凄さにトモは思わず咳き込んでいた。
「んもう、ほこりだらけだよ〜・・」
ほこりを手で払いながら、トモは旧美術室を見渡していく。
「やっぱり何もないよ。」
「そうね。他のところも探したほうが・・」
アカネに言われて外に出ようとしたトモ。そのとき、前に進めようとした足が床板を1枚動かした。
「えっ?」
トモが驚きながら足元を見下ろす。アカネも気になって彼女のそばに行く。
「ちょっと、何やってるのよ・・」
「ま、まさか外れるなんて・・・あれ・・?」
慌てるトモが足元に眼を向けると、床板の下に階段らしきものがあることに気付く。
「地下への階段・・この先に何かあるっぽい気がしてきた・・」
トモはさらに期待に胸を躍らせて、その階段を駆け下りていった。
「あっ!ちょっと、トモ!」
アカネも彼女の言動を見かねて、慌てて階段を下りていった。
階段を下りた先は、薄暗い古びた部屋に通じていた。旧美術室に通じる雰囲気を放っていたため、トモとアカネはさほど緊張はしていなかった。
「ここも美術室だったのかな・・・?」
トモがきょとんとした面持ちで周囲を見渡す。そしておもむろに触れた扉を思わず開けてしまう。
「うわっ!」
開かれた扉の先になだれ込むように倒れるトモ。倒れた拍子でほこりや砂煙が舞い上がり、トモだけでなくアカネも咳き込む。
「コホッ!コホッ!・・ちょっとトモ、何やってるの・・・」
「ゴメン、ゴメン。アハハ・・」
困り顔を見せてくるアカネに苦笑するトモ。立ち上がり、服についたほこりと砂を払う。
そのとき、トモは飛び込んでいた部屋の中を見て呆然となる。周囲には女生徒をかたどった白い像が立ち並んでいた。
「何、これ・・・!?」
「何だろう?・・人形?・・・」
アカネが不安の面持ちを見せる中、トモが像の1体の頬に手を当てる。
「これ、蝋でできてるよ。ろうそくみたいな感じするし・・・」
「蝋人形?どうしてこんなところに・・・?」
トモとアカネが疑問符を浮かべる。もっとよく見ようと少し離れ、持ってきていたペンライトを照らしてみる。
そこへ彼女たちは表情を凍りつかせた。トモが触れていた蝋人形は、この学校の制服を着ていたのだ。
「これって、行方不明になってた生徒じゃない・・・!?」
「そ、そうだっけ・・・でもそれとこの蝋人形は関係・・・」
不安の面持ちを浮かべて壁に後ずさりしたトモとアカネが、突然壁から出現したカプセルに閉じ込められる。
「ちょっと、何なの!?」
「で、出られないよ・・!」
アカネが驚愕する横でトモがカプセルを叩いて抜け出そうと試みるが、全くビクともしない。
「まさかここまでやってくるとは思わなかったわ。信じていただけに残念だわ。」
そのとき、部屋に女性の声が響いていた。その声に聞き覚えがあり、トモとアカネが唖然となる。
「この声・・・!?」
「まさか・・・!?」
2人が振り向いた先の暗闇から1人の女性が姿を現した。それは美術教師のヨウコだった。
「ヨ、ヨウコ先生・・・!?」
トモは信じられない面持ちでヨウコを見つめていた。ヨウコは普段見せないような冷淡な笑みを浮かべていた。
「この際だから教えてあげるわ。この部屋を見てのとおり、この失踪事件の犯人はこの私。」
「ウソだよ!先生が、先生がこんなこと・・・!」
ヨウコの言葉にトモが声を荒げる。しかしヨウコは笑みを消さない。
「この学校の女子はかわいい子ばかりなのよ。だから白い雪のような蝋をかけて、きれいに固めていこうと思ったの。」
「それじゃ、ここにいる蝋人形たちは・・・!?」
「みんなここの女子よ。私に固められた、ね。」
アカネの言葉にもヨウコは淡々と答える。
「あなたたちもきれいにしてあげるわよ。白く輝く蝋でね。」
ヨウコが言い終わると、突如カプセルの中に白い粉が降り注ぎ始めた。
「な、何・・?」
「雪・・・?」
白い粉に動揺するトモとアカネ。アカネがその粉のひとつをつかんで触れてみると、粉はその手のひらにこびりついていた。
「これ、蝋だよ!」
「えっ!?そ、それじゃ・・・!?」
アカネの言葉に驚くトモ。するとヨウコが笑みをこぼす。
「この蝋の粉はあなたたちを包み込んでいくのよ。そしてそれが全身に行き渡れば、あなたたちは完全な蝋人形となれるのよ。」
「やめて、ヨウコ先生!ここから出して!」
トモがカプセルを叩いて呼びかけるが、ヨウコは笑みを消さずに2人の姿を見つめるだけだった。
そしてカプセルを叩いたトモの手は白くなっていた。蝋に包まれていっているその手は、彼女の思うように動かなくなっていた。
「ダメ・・・体が、動かない・・・」
「それに、息が・・・」
アカネが体の拘束を覚え、トモが息苦しさを感じる。蝋の粉が口の中へ、そして肺へと入り込み、2人の呼吸を妨げていた。
呼吸がままならなくなり、トモとアカネが苦悶の表情を浮かべる。それを見てヨウコが満面の笑みを見せる。
「いいわね。蝋ははじめは苦痛を与えるけれど、その後は苦しみを超える幸せが訪れるのよ。最高の美しさと幸せがね。」
次第に笑みを哄笑にするヨウコ。やがてトモとアカネから苦悶が消え、表情も虚ろになってきていた。
「助けて・・・たすけ・・て・・・」
「死にたく・・ない・・よ・・・」
助けを求めて必死に声を振り絞るトモとアカネ。しかし2人の声はか細く、思うように体を動かせないでいた。
やがて2人の瞳から生の輝きが消える。
「あなたたちの苦痛の時間は終わり。あとは最高の、永遠の美が待っているわ。」
ヨウコが満面の笑みを浮かべると、トモとアカネを閉じ込めているそれぞれのカプセルの中が白い霧で満たされていく。2人の姿が霧の中に消えていく。
霧が弱まったところで、ヨウコが指を鳴らす。それを合図にカプセルが開け放たれ、満たしていた霧がかすかに漏れ出してくる。
その霧の中から現れたトモとアカネ。2人の体は完全に白く固まり、微動だにしなくなっていた。
「2人とも上出来ね。彫刻家でもここまで鮮明に描くことはできないわね。」
棒立ちの2人を見つめて、ヨウコは満足げに微笑んでいた。2人は蝋の霧に包まれて、物言わぬ白い像と化していた。
「私を頼ってくれていたあなたたちにこんなことはしたくなかったけど、秘密は守らないといけないから・・」
ヨウコは微笑んで告げると、トモとアカネを他の蝋人形たちのそばに並べる。
「でもこれで、あなたたちと私はずっと一緒にいられるから安心しなさい。」
そう告げてヨウコは振り返り、部屋を出て行った。彼女の背後には、トモとアカネが無言でたたずむだけだった。
ここはとある女子高。
この学校とこの周辺には、様々な奇怪な事件や出来事が起こっている。
それらの事件に巻き込まれた人々。その犯人。その真実。
それらは現在も暴かれてはいない。