Ogre SID
-死を背負いし剣-
第19話「共鳴 –迷いの雲が晴れる時-」
洞窟の近くにいる海辺に、シドたちは移動した。彼らは海に入って体の汚れを洗い流した。
「海の水でも、ないよりはマシか・・」
海の潮水の味を感じて、シドがため息をつく。
「たくさん出して、たくさん汗をかいたからね。水を浴びないとにおいが残ってしまうわね・・」
ミリィが自分の体を見回して、胸に手を当てた。
(私の中に、シドがいる・・・)
彼女は当てている手を胸からお腹へ滑らせる。
(シドと抱き合って、交わって、新しい命が宿っている・・そう思う・・・)
シドとの抱擁を思い出して、ミリィは幸せを感じていた。
「そろそろ海から出るぞ。体を乾かしたらまた移動する・・」
「メフィストたちを倒しに・・その前にグリムリーパーのみんなと会えればいいけど・・・」
メフィスト殲滅に向けて本格的に動き出そうとしていたシドと、ハントたちのことを気に掛けるミリィ。
「ミリィ、エリィもオレたちを陥れようとしてくるはずだ・・アイツが目の前に出てきたら、オレは容赦なく倒す・・」
シドがエリィのことを言って、ミリィが表情を曇らせる。
「もしまたエリィが私たちを攻撃してくるなら、私も・・でもその前に、1度だけ説得してみようと思っている・・」
ミリィがエリィへの思いを口にする。ミリィの中にエリィを信じようとする気持ちが残っていた。
「説得が通じずにムダになることは覚悟している・・それでも、エリィはウソでも今までずっと一緒に暮らしてきた仲なの・・だからまだ、信じたいって気持ちを簡単には捨てられない・・」
「後悔するぞ・・その気持ちを、アイツは利用してくるぞ・・・!」
「それも分かっている・・そうなったら、私が始末を付ける・・・!」
忠告するシドに、ミリィが自分の意思を口にした。
「ミリィさん、あなたも迷ってないんですか・・?」
テルがミリィを心配して問いかけてきた。
「昨日はあんなにエリィを庇ってたのに・・ホントに覚悟を決めたってこと・・・?」
「はい・・ただ、エリィを信じたいという気持ちがあるのも本当です・・正直な気持ちとやらなければならないことへの自覚の2つが、今の私にはあります・・」
テルの問いかけに、ミリィは真剣な面持ちで答える。エリィの答えと行動次第で、ミリィは彼女と戦うことも視野に入れていた。
「分かったよ、ミリィさん・・オレ、ミリィさんやシドさんみたいなすごい力はないけど、やれるだけのことはやってやるよ!」
「テルさん・・ありがとうございます。力だけでなく、その思いも心強いです。」
意気込みを見せるテルに、ミリィが感謝した。
(メフィストは許しはしない・・オレたちやミリィを騙してきたアイツも、あのとき出てきたメフィストも・・・!)
シドはエリィやメフィストたちだけでなく、デュオにも敵意を向けていた。
メフィストとの対決に備えるハントたち。アルシュートは海深く潜り、メフィストの目から逃れていた。
「シドたちの行方はまだ分からないか・・?」
「いえ。まだ・・範囲を広げて探索しているのですが・・・」
ハントが呼びかけて、アルマが深刻な面持ちで報告する。
「もう生きてはいないのではないでしょうか・・・?」
「いや、シドは生きている。死にそうになっても絶対に生き延びようとするヤツだ・・」
レイラが不安を口にするが、ハントはシドたちの無事を信じていた。
「それで、メフィストの動向はどうなっている?」
「メフィストが大きく動いている様子は見られません。それどころか、破壊活動も1つも・・」
シーマが問いかけて、アルマが答える。グレイブヤード襲撃の後、メフィストは表立った動きは見られなかった。
「こちらも目立つ行動はできないわ・・くれぐれも慎重に・・・」
「はい・・」
シーマからの注意に、アルマとレイラが頷いた。
「今の私たちの戦力は、ギギ、アロン、アマミの他、少数・・私たちの身を守るだけでも精一杯です・・」
自分たちの現状を確かめて、シーマが深刻さを募らせていく。
「全員、警戒を怠るな。姿を消すことのできるメフィストが、向こうにはいるのだから・・」
ハントの警告に、シーマもアルマたちも息をのんだ。
デュオたちと行動を共にするようになったエリィ。彼女は所持していたレーダーを確かめて微笑んでいた。
「デュオ様、海を移動していますよ。グリムリーパーの生き残りは。」
「そうか。誰かを向かわせて、叩いておいてもいいかな。それで強い相手が飛び出してくる可能性もあるし・・」
エリィの報告を聞いて、デュオが攻撃を考える。
「私が行くわ。退屈していたところだし・・」
インバスが攻撃に参加することを申し出た。
「いや、オレたちが行く・・!」
デュオたちに声を掛けてきたのはディアスだった。イフェルも彼と一緒だった。
「この前は体が治っていなくて出られなかったが、今度は行かせてもらうぞ・・」
「私も、あのとき受けた屈辱をいつまでも引きずっていたくないわ・・」
ディアスとイフェルがデュオに進言してきた。ディアスたちはシドたちに敗北した屈辱を抱えて、晴らそうと考えていた。
「でも君たちの標的はあの連中と離れ離れになっているよ。君たちの目的達成とはいかないけど、それでもいいのかな?」
「構わないわ。体を動かせることに変わりはないから・・」
デュオに問いかけられて、イフェルが真剣な面持ちで答えた。
「もしかしたら、2人が戻ってくるかもしれない・・」
「そうなったら、私も嬉しいところだけどね。」
ディアスの考えを聞いて、デュオが笑みをこぼす。
「それじゃ3人で頼むよ。」
「私たちは、今回は高みの見物をさせてもらうわね。」
デュオとソルシエが微笑んで、ディアスたちを見送る。
「お二人は行かないのですか?」
エリィがデュオたちに疑問を投げかける。
「シドたちが現れなければね。それまでは本当に、高みの見物だよ。」
「さてさて、どうなることやらねぇ・・」
デュオとソルシエがディアスたちの戦いを見届けるために動き出す。
「逃げてもムダだよ、グリムリーパー・・アンタたちの動きは、あたしが付けた発信器が教えてくれてるんだから・・」
エリィがレーダーに視線を戻して笑みをこぼす。
グレイブヤードにいたとき、エリィは発信器や盗聴器を気付かれないように仕掛けていた。アルシュートにもある発信器で、彼女はハントたちの動きをつかんでいた。
出撃したディアス、イフェル、インバスがアルシュートのいる海の上に来た。
「ここにグリムリーパーがいるのね。」
インバスが海を見下ろして微笑む。
「あのアポストル、来るかしら・・?」
「来れば御の字だ。来なければそれでもいい・・」
イフェルが首をかしげて、ディアスが真剣な面持ちで答える。
「それにしても、デュオは何かを知っている・・オレたちの知らない、メフィストやアポストルのことを・・・」
「えっ・・?」
ディアスの口にしたことに、イフェルが疑問を覚える。
「そのうち知ることになるんじゃないの?デュオははぐらかすことは多いが、嘘は言わないから・・」
インバスが言いかけるが、ディアスは納得していない。
「今はアポストルを始末するのが先だ。軽く運動させてもらうか。」
「まずは私が行かせてもらうわ。いきなり襲われて向こうがどう慌てるか、楽しみね・・」
ディアスが気持ちを切り替えて、イフェルが先陣を切る。メフィストの姿になった彼女が、姿を消して海へ降下していった。
「いくら姿を消せても、海に入ったら水の動きで気付かれてしまうんじゃないの?」
「そんなことは分かっている。海の上からでも、相手の位置が分かれば、イフェルは十分に獲物を仕留められる。」
インバスが疑問を投げかけて、ディアスが微笑んで答えた。
「イフェルが攻撃をすれば、向こうは必ず海から出てくる。オレたちが動くのはそのときだ。」
ディアスが海上を見つめて、イフェルに加勢するタイミングを待った。
姿を消して海上に来たイフェル。彼女は海の底を見つめて、アルシュートの動きを見計らう。
(潜水艦ね。奥まで潜っている・・でも、狙えない深さじゃないわね・・)
イフェルが目を凝らして、海中を進むアルシュートを視認した。
「それじゃ、風穴でも開けてあげましょうか・・・!」
イフェルが笑みをこぼして、右手をかざして力を込める。手から放たれた衝撃波が、海を突き抜けてアルシュートに向っていった。
海中での進行を続けるアルシュートが、突然衝撃に襲われた。
「うわっ!」
「何だ!?何が起こった!?」
アロンが揺さぶられて叫び、ギギが声を荒げる。
「上からの衝撃です!これは人為的なもの・・敵の攻撃です!」
アルマが報告して、ハントたちがモニターに目を向ける。彼らは海の中の揺らぎを確認した。
「あのメフィストだ。透明になって攻撃しているぞ!」
ハントが海上を意識して、アルマたちがレーダーを注視する。
「海上に向けてミサイル発射!同時にアルシュートは浮上する!」
「しかし、それでは敵に見つかってしまいます!」
ハントが指示を出すと、レイラが言い返す。
「既に我々は見つかっている!海中にいるほうが我々が不利だ!」
「り、了解!」
ハントの判断を聞いて、レイラが慌てて答える。
「ミサイル、発射します!」
アルマがスイッチを押して、アルシュートからミサイルが放たれた。
「ミサイル、会場へ出ます!」
レイラがレーダーを見て、ミサイルが海の上へ飛び出した。ミサイルはイフェルから外れて、彼女の周辺で爆発した。
「気付いたようね。少しは盛り上がると嬉しいけど・・」
イフェルが姿を現して微笑む。彼女の見つめる先に、アルシュートが浮上してきた。
「メフィストに気付かれていた・・!」
「ギギたちに出撃させろ!アルシュートに近づけさせるな!」
シーマが緊張を膨らませて、ハントが指示を出す。アルシュートの上部ハッチが開いて、ギギたちが出てきた。
「こんなところで狩りができるとはな・・!」
「せっかくここまで逃げてきたっていうのに・・!」
ギギが笑みをこぼして、アロンが不安を浮かべる。
「私もやるわ・・いつまでもメフィストにやられっぱなしってわけにはいかないんだから!」
アマミがイフェルに対して敵意をむき出しにする。
「出てくるメフィストは、オレが全員仕留めてやるぜ!」
ギギがいきり立ち、オーガを呼び出してその中に入った。彼はアルシュートから跳んで、イフェルに向かっていく。
「またあなたなの?少しは楽しませてくれるのかしら?」
「楽しむのはオレのほうだ・・てめぇを倒すことでな!」
からかうイフェルに言い返して、ギギが拳を繰り出す。イフェルは素早く動いて、ギギの拳をかわしていく。
「オーガと融合しても、私と互角に戦えるまでにはならないものよ。あなたの仲間だって、私たちのコンビネーションには、1人じゃついてこれなかったからね・・」
イフェルがギギをあざ笑い、シドのことを思い出す。
「仲間?シドのことを言ってるのか?あんなのは仲間でも何でもねぇよ!」
ギギが言い返して、斧を具現化してイフェルを狙って振りかざす。しかし大振りの斧では、イフェルの速い動きを捉えることはできない。
「私も行くよ!援護すればメフィストを倒せる!」
アマミが言い放って、意識を集中する。彼女の後ろに鳥のような翼を背中から生やしたオーガが現れた。
アマミが自分のオーガの中に入って、翼をはばたかせて飛び上がる。彼女は翼を鋭くして、飛行のスピードを上げた。
「ギギさん、どいて!」
アマミがギギに呼びかけて、イフェルを狙って爪を振りかざす。イフェルがアマミの動きを見て、爪をかわす。
「あなたは速さはそれなりにあるようね。でも私ほどじゃないけど・・」
イフェルがアマミの力を見て微笑む。アマミがイフェルを追いかけて、爪を振りかざしていく。
そこへインバスが急降下して、拳を振り下ろしてアマミを上から殴りつけた。
「うわっ!」
アマミが悲鳴を上げて、海に叩き落とされた。
「私も加勢させてもらうわよ、イフェル。」
インバスがイフェルに告げてから、ギギに向かって羽根を飛ばした。ギギがとっさに斧を掲げて羽根を防ぐ。
「お前にも借りがあったな・・まとめてここで返してやるよ!」
ギギが笑みを浮かべて、インバスにも言い放つ。
「オレがいることを忘れてもらっては困るな。」
ディアスもイフェルたちに合流して、ギギに不敵な笑みを見せる。
「オレたち3人を相手にして、お前たちは逃げることもできないだろうな。」
「いい気になるな、メフィストども!まとめて獲物を仕留められるいい機会ってもんだ!」
ディアスに対して怒鳴り返すギギ。
「その強がりがいつまで続くか、見させてもらうぞ・・」
ディアスが笑みをこぼして、ギギに近づいて拳を振るう。ギギが斧を振りかざして、ディアスの拳とぶつかる。
刃がディアスの拳に打ち砕かれて、斧がギギの手から離れる。
「バカな!?・・オレの力と斧が・・!?」
「力が自慢だったようだが、生憎オレも力が自慢でな。」
驚愕するギギに、ディアスが言いかける。
「オレが力で負けることはない・・勝つのはこのオレだ!」
ギギが怒りを募らせて、ディアスに拳を繰り出す。
「速さも足りないし力もない。あのオーガとは程遠いな・・」
ディアスがため息をついて、ギギの繰り出した右の拳を左手で受け止めた。
「ぐっ!コ、コイツ・・!」
うめくギギが強引に拳を押し込もうとする。
「やはりこの程度か・・期待外れもいいところだ・・」
ディアスがため息をついてから、左手に力を入れた。
「ぐあっ!」
右手をねじ曲げられて、ギギが激痛に襲われて絶叫を上げる。
「あのオーガが出てこなければ、本気になれそうにない・・」
「早く済ませてしまいましょうね、ディアス・・」
ため息をつくディアスに、イフェルが呼びかけた。
「そろいもそろってふざけやがって・・勝負はまだ終わっちゃいねぇぞ!」
ギギが痛みに耐えて、ディアスに向かって拳を繰り出す。
「いや、お前たちはもう終わっている・・」
ディアスが目つきを鋭くして、ギギの顔面を殴りつけた。
「がはっ!」
ギギがうめき声を上げて吐血する。意識を揺さぶられた彼が、オーガから外へ投げ出された。
「ギギ!」
アロンがとっさにオーガを呼び出して、落下したギギを受け止めた。
「ギギ、大丈夫!?しっかりして、ギギ!」
アロンが呼びかけて、ギギがうめき声を発する。
「ちくしょう・・アイツら、このままで済むと思うな・・!」
ギギがいら立ちを膨らませて、ディアスたちに鋭い視線を向ける。
「隊長、ここは逃げたほうがいいんじゃ・・!?」
アロンが絶望感を痛感して、ハントに呼びかける。
「このままでは逃げ切れない・・最初のように海の上から攻撃されることになる・・・!」
ハントが危機感を募らせて、アロンが不安を増していく。
「さぁ、あとどのくらい持つかしらね・・」
インバスがギギたちを見下ろして微笑んでいた。
シドとミリィはオーガと融合して、海の上を飛行していた。テルはミリィの手の上に乗っていた。
「すみません、ミリィさん。オレのオーガ、空が飛べなくて・・」
「気にすることないわ。力になれて何よりよ。」
感謝するテルにミリィが微笑む
「能力次第ですが、体に力を込めれば宙に浮くぐらいのことはできると、ヒビキさんとラミアさんから聞きました・・テルさんもできるかもしれないわ・・」
ミリィが語りかける中、ヒビキたちのことを思い出して、表情を曇らせる。
「私にがもっと早く力を使いこなせるようになっていたら・・ヒビキさんが傷つくことも、ラミアさんが死ぬこともなかった・・・」
自分の力を発揮できずにいたこと、戦うことを怖がったことを責めて、ミリィは目に涙を浮かべた。
「とんでもない力や武器を持ってる相手だったら、誰だって怖くなるのが普通ですよ・・オレだって最初は怖かったですから・・」
テルが正直な気持ちを言って、ミリィを励ます。
「シドさんみたいに特別なのも中にはいますけどね・・」
「ですね・・」
テルがシドに目を向けて照れ笑いを浮かべて、ミリィが頷いた。
「強い力を感じる・・あの2人組のメフィストだ・・・!」
シドが気配を感じ取り、目つきを鋭くする。
「私も感じる・・・!」
ミリィも感覚を研ぎ澄ませて、ディアスたちの気配を捉えた。
「この前出てきたヤツは感じない・・だが、アイツらも倒す・・・!」
シドがデュオのことを思い出すが、ディアスたちを倒すことに専念する。彼がオーガとのシンクロを高めて、スピードを上げた。
「シド、待って!」
ミリィが声を掛けるが、シドはディアスたちのところへ急ぐ。
「テルさん、しっかりつかまっていて・・!」
「うん!全速力で行ってもいいよ!」
ミリィが呼びかけて、テルが身構える。ミリィも加速して、シドを追いかけていった。
インバスが連射する羽根を、アルシュートがかいくぐっていた。
「このままでは逃げ切れません!他のアポストルも出撃しないと!」
アルマが緊張を膨らませて、ハントに呼びかける。
「大人数を出しても、この海上では身動きが取れない・・!」
ハントは状況を把握して毒づく。海上で活動できるオーガを出せるアポストルは少ない。
「もう逃がさないわよ。次で沈没させてあげる・・」
インバスが爪を伸ばして、アルシュートに向って急降下する。
「回避が間に合いません!」
アルマが操縦する中、レイラが悲鳴を上げる。インバスがアルシュートに向かって、右手を振り上げた。
そのとき、インバスが接近する強い力を感じて手を止めた。彼女とディアス、イフェルがその方向へ振り向く。
シドが駆けつけて、ディアスに向かって拳を振りかざしてきた。
「来たな、岸間シド・・お前を待っていたぞ・・・!」
ディアスが喜びを感じて笑みを浮かべて、シドを迎え撃つ。2人が拳を繰り出してぶつけ合う。
「以前よりも力が上がっているようだが、1人ではオレにはまだ及ばないようだ・・!」
ディアスが言いかけて、シドの拳を押し込んだ。シドが突き飛ばされるが、すぐに体勢を整える。
「シド・・無事だったんだ、シドは!」
アロンがシドが戻ってきたことに喜び、笑顔を見せる。
「シド!」
ミリィもテルを連れて、シドに追いついた。
「ミリィちゃんもテルも一緒だ!」
「アイツら、生きてやがったか・・!」
アロンがさらに喜ぶ中、ギギが不満げに呟く。
「ミリィさん、オレもオーガを出して戦うよ!」
テルが呼びかけてから、ミリィの手から飛び降りた。
「オーガー!」
彼が叫んでオーガを呼び出して、その中に入った。
(体に力を込めて、宙に浮く・・・!)
テルが目を閉じて意識を集中する。落下していた。彼の体の落下が弱まって宙に浮いた。
「やった・・浮くことができた!」
テルが浮遊できたことを喜ぶ。テルが浮かんだのは、彼自身の能力である重力、圧力の操作を応用したものだった。
「あのお嬢さんも来たようね。これで退屈せずに済みそう・・」
イフェルもシドたちを見て、安心の笑みを浮かべる。
「あの2人が融合した姿に、オレたちが勝つ・・これでこの雪辱を晴らすことができる・・・!」
ディアスが野心を強めて、両手を強く握りしめる。
「お前たちの本領を発揮するように、オレが刺激してやるよ!」
シドに向かって飛びかかるディアス。2人が目を見開き、再び拳をぶつけ合う。
「アイツ、前よりもパワーが上がってやがる・・・!」
ギギがシドの力を目の当たりにして毒づく。シドとディアスが拳のぶつかり合いの衝撃で引き離される。
「どうした?この前のような力を出さなければ、オレたちには勝てないぞ!」
ディアスが笑みを浮かべて、シドを挑発する。
「オレはオレだけじゃない・・お前たちを倒すためなら、オレはどんな手段も使う・・オレ以外のヤツと手を組むことも・・!」
シドが言い放って、自分の胸に手を当てた。今の彼の中にあるのは、メフィストに対する憎悪だけではなかった。
「シド!」
ミリィが飛翔して、シドと合流する。2人が手を取り合うと、彼らのオーガが融合した。
「待っていたぞ・・その姿、その力を、今度こそ打ち砕いてやる・・!」
「私たち2人の力でね・・・!」
ディアスが歓喜をあらわにして、イフェルも彼と合流する。
「ミリィ・・・」
「シド・・・」
オーガの中でシドとミリィが互いを見つめて戸惑いを覚える。オーガとだけでなくお互いのシンクロも高まって、2人とも全裸となっていた。
「あなたが相手なら、もう恥じることはない・・全てを解放して、戦うだけ・・・!」
「メフィストを倒すぞ・・オレたちの力を合わせて・・・!」
思いと決意を口にするミリィとシド。2人が1つになったオーガが、ディアスたちに向かっていく。
ディアスが右手を強く握りしめて、力を込めて拳を振りかざす。オーガも拳を繰り出してぶつけ合う。
「ぐぅっ!」
オーガの力に押されて、ディアスが右手に痛みを覚えて顔を歪める。
イフェルが姿を消して、オーガの背後に回って爪を突き出してきた。その瞬間、オーガが左手を後ろへ振りかざしてきた。
イフェルがとっさに後ろに下がって、オーガの反撃をかわす。しかしオーガの開いた左手から放たれた念力で、イフェルが動きを止められた。
「動きを読まれただけでなく、先読みして止めに入った・・!?」
姿を現したイフェルが、オーガの戦い方に驚愕する。
「あらゆる点に置いて、オレたちを超えているというのか・・オレたちが、今のヤツらには敵わないというのか・・!?」
シドとミリィが合わせた力に、ディアスが脅威を覚える。
「メフィスト、お前たちはオレたちが滅ぼす・・!」
シドがディアスたちへの敵意を増していく。ミリィもシドと気持ちを合わせていた。
「ディアス、私が動きを封じるから、あなたが一撃必殺を!」
イフェルがディアスに呼びかけて、全身に力を入れて念力から抜け出した。彼女は再び姿を消して、高速で動いていく。
「素早く動いても、姿を消しても、感覚を研ぎ澄ませれば分からないことはない・・・!」
ミリィが目を閉じて間隔を研ぎ澄ませて、イフェルの行方を追う。
「イフェルばかりに気が向いていると、オレの一撃を食らうことになるぞ!」
ディアスが言い放って、オーガに近づいていく。
「あの女のスピードには惑わされない・・アイツの攻撃が当たっても耐えるだけだ・・あのメフィストの攻撃を打ち破ればいい・・!」
シドはイフェルの動きを無視して、ディアスへの迎撃に専念する。
「まさか諦めたなんて、ふざけたことを考えているんじゃないだろうな!?」
ディアスが挑発を口にして、右手に力を集めていく。
(この一撃を受けて平然としていられるのは、ヤツぐらいだろう・・たとえ今の岸間シドでも、これを受けて無事では済まないぞ・・!)
デュオのことを考えながら、ディアスがオーガに鋭い視線を向ける。
「行くぞ!」
ディアスが飛びかかり、ディアスに向けて拳を繰り出す。その瞬間、イフェルがオーガの足をつかんで動きを押さえた。
「しまった!足を・・!」
「気にするな!このメフィストの相手をする!」
ミリィが焦りを覚えるが、シドは冷静にディアスを迎え撃つ。
イフェルに足をつかまれているのをものともせずに、ディアスが繰り出す渾身の拳を紙一重でかわした。
「何っ!?」
驚愕するディアスの体に、オーガが拳を叩き込んだ。
「ぐっ!」
ディアスが激痛を覚えて体勢を崩す。
「今度こそ終わらせる・・お前たちを倒す!」
シドが怒りを燃やし、オーガが剣を具現化して構える。
「まずい・・よけきれない・・!」
体勢が整わず、ディアスが危機感を覚える。
「ディアス!」
イフェルがオーガにしがみついて、ディアスを助けようとする。
「ディアス、負けないで!私が食い止めている間に、一撃必殺を!」
「ダメだ、イフェル!離れろ!」
呼びかけるイフェルにディアスが声を荒げる。
「ディアスが攻撃を当てるまで、絶対に放さない・・!」
必死にオーガにしがみつくイフェル。次の瞬間、オーガの剣がイフェルの体を貫いた。
「あっ・・・!」
「イ、イフェル・・・!?」
驚愕するイフェルに、ディアスも目を疑う。
「ディ・・ディアス・・・」
イフェルがディアスに目を向けて、ゆっくり手を伸ばす。
「あなたは・・生きて・・・」
イフェルが微笑んで、ディアスに想いを伝える。オーガが剣を振りかざして、イフェルが切り裂かれて鮮血をまき散らした。
(ディアス・・いつまでも、あなたと一緒にいたかった・・・)
ディアスへの一途な想いを胸に秘めて、イフェルは落下しながら消滅した。
「イフェル!」
倒れたイフェルにディアスが悲痛の叫びを上げた。
「貴様・・よくもイフェルを!」
ディアスがオーガに対して憎悪を強める。
「お前も、倒す・・!」
シドもディアスに敵意をむき出しにして、オーガがディアスに振り返る。
「ディアス、1度引き上げたほうがいいみたいよ・・!」
インバスが状況を確かめて、ディアスに呼びかける。
“インバスの言う通りだよ。今の君では、2人の合わさった力には敵わない。”
そのとき、デュオの声がディアスの頭の中に響いてきた。
(デュオ・・イフェルが死んだ・・アイツに殺されたんだ・・アイツを倒さないで、おめおめと引き下がれるか!)
しかしディアスはシドたちへの怒りに囚われて、聞こうとしない。
“死ぬことになるぞ。彼らに殺されるか、私の手に掛かるか・・”
デュオの投げかけた忠告を聞いて、ディアスが緊張を覚える。
(今回は引き下がる・・しかしデュオ、もしもお前がヤツらを手に掛けるなら、たとえお前でも許しはしないぞ・・・!)
ディアスは憤りと不満を抱えたまま、オーガから遠ざかる。
「イフェルの仇・・絶対に許してはおかないぞ・・・!」
ディアスがシドたちに鋭く言うと、インバスとともに離れていく。
「待て!」
シドが追いかけようとするが、インバスが羽根を連射してけん制する。その間にディアスとインバスがシドたちの前から去っていった。
「逃がしたか・・今度会ったときには、アイツらも・・・!」
「今はハントさんたちと合流しよう・・私たちのことを話さないと・・・」
いら立ちを噛みしめるシドに、ミリィが呼びかける。彼女はハントたちにエリィの裏切りについても話そうとしていた。
オーガがアルシュートに降下して、シドとミリィが融合を解除した。ギギたちもアルシュートに戻って、彼らと合流した。
「なっ・・!?」
ミリィの髪の色を目の当たりにして、ギギたちが驚きを覚える。
「ミミ、ミリィちゃん!?どうしたんだよ、髪・・!?」
「それも後で話します・・話は中に入ってから・・」
アロンが動揺を隠せなくなり、ミリィが真剣な面持ちで言いかける。
“ミリィの言う通りだ。全員、アルシュートに入れ。潜行するぞ。”
アルシュートからハントの声が響いてくる。シドたちがアルシュートの中に入っていく。
アルシュートが海の中に潜り、メフィストの警戒から逃れた。