Ogre SID
-死を背負いし剣-
第10話「冷徹 –凍てついた心-」
気を失ったシドが目を覚ましたのは、グレイブヤードの医務室だった。
「ここは・・・?」
ベッドから体を起こして、シドが周りを見回す。
「目が覚めたか、岸間シド。」
そこへ声がかかり、シドが振り向いた。1人の男が彼の前に現れた。
「あなたは・・・?」
「私はソドム・ガーブ。ここはグレイブヤード。メフィストを滅ぼすべく結成された組織だ。」
問いかけるシドに男、ソドムが答える。
「メフィスト?・・もしかして、あのとき現れた・・・!?」
シドが記憶を思い返して、血相を変える。
「メフィストがついに本格的に動き出したのだ。その圧倒的な力で、全世界を短時間で制圧してしまった。」
「なっ!?・・全世界を・・!?」
ソドムが口にした言葉に、シドが耳を疑った。
「バカな!?・・あんなバケモノに、そんなすぐに世界が支配されるなんて・・・!?」
「我々も信じがたいところだが、紛れもない事実だ。各国の主要都市が破壊され、鎮圧に出た陸海空の軍隊も撃退された。絶望視した政府首脳陣が降伏を申し出て、メフィストの制圧が完了した。」
声を荒げるシドに、ソドムが現状を語る。
「しかし全世界の全てがメフィストに屈服したわけではない。メフィストを排除すべく密かに行動している者たちもいる。我々グリムリーパーもその1つだ。」
ソドムがグリムリーパーについても説明をしていく。
「我々はメフィストに対抗する戦力を集めている。もちろん通常の武器や兵器ではヤツらに歯が立たないのは明白。我々が求めているのは、オーガと呼ばれる巨人を呼び出せるアポストルだ。」
「オーガ・・アポストル・・・!?」
ソドムが話を続けて、シドが疑問を覚える。
「オーガはアポストルから現れる分身だ。アポストルの意思で自在に動き、強力な戦闘能力と特殊能力を発揮する。お前にもその力を使いこなしてもらうぞ。」
ソドムがシドに戦うことを命じる。
「そうだ・・母さんとアン!母と妹がどこにいるか、分かりますか!?」
シドがカスミとアンのことを思い出して、ソドムに問いかける。
「お前の母は、グリムリーパーの者が来たときには、既に亡くなっていた。妹は発見できず、その後の捜索でも見つからず連絡も付いていない。」
「そんな・・・母さん・・アン・・・!」
ソドムの言葉を聞いて、シドが絶望感に襲われる。
「グリムリーパーのアポストルには、それぞれ戦う理由がある。純粋に戦いたいと思っている者から、復讐を果たそうとする者まで。」
ソドムがグリムリーパーについて、話を続けていく。
「シド、お前も母を殺された怒りがある。ここでメフィストへ敵討ちをするのだ。」
「オレが、母さんの・・・メフィストを滅ぼす・・オレが・・・!」
ソドムに言われて、シドがメフィストへの怒りと憎しみを膨らませていった。
それからシドはグリムリーパーの一員として、課せられる訓練をこなしていった。彼はアポストルの中でも最高位の戦闘力を発揮していた。
「シド、まさかここまで強くなるとはな。」
「ここに来る前から、岸間家の跡取りにふさわしいように鍛えられていましたので。」
シドの様子を見て言いかけるソドムに、ハントが答える。このときのハントはソドムの部下だった。
「しかし精神面が不安定になっています。このまま戦いに駆り出せば、メフィストばかりか、周囲の人間にも危害が・・」
「それがどうした?メフィストを滅ぼすためには、手段を選んではいられん。」
ハントが苦言を呈するが、ソドムは意に介さない。
「アポストルを戦力として、メフィストを殲滅する。1人でも多くのアポストルをこちらへ引き込み、メフィスト排除へ向かわせる。」
アポストルを目的のための駒だと考えていたソドム。ハントはこのやり方に疑念を抱きながらも、伝えれば自分が排除されることになると考え、ソドムには伝えられなかった。
シドはグリムリーパーのアポストルたちとともに、メフィストとの戦いを続けた。
しかしシドの敵はメフィストだけではなかった。彼の活躍と態度をよく思わないアポストルがいた。
「おいおい。半端に力を持ってるからっていい気になんなよ、小僧が。」
「先輩であるオレたちには、敬意を示してもらいたいもんだな。」
グリムリーパーのアポストル、ガンとロウガがシドを挑発しに来た。
「オレはメフィストを倒したいだけです・・他のみなさんに迷惑を掛けようとは思っていないです・・」
シドは表情を変えずにガンたちに答える。
「そういう口の利き方も気にくわないんだよ・・!」
ガンが不満を浮かべて、手を伸ばしてシドの肩をつかんできた。
「後輩は先輩を持ち上げるもんなんだよ。その礼儀がなってないヤツが、いつまでも活躍できると思うなよ!」
ガンがシドを引っ張り、地面に叩きつけた。倒された彼に向かって、ガンが拳を振り下ろしてきた。
顔面を殴られ、口から血をあふれさせるシド。その痛みで、彼は憎悪を感じて膨らませた。
「これで分かっただろ。オレたちに逆らえば、痛い目にあうってことなんだよ・・!」
ガンに体を踏まれているシドを見下ろして、ロウガが笑い声を上げる。
「分かったらオレたちにひざまずけ!身の程をわきまえろよ!」
ガンが足を上げて、またシドを踏みつけようとした。その瞬間、シドが横に転がって、ガンの足をよけた。
「コイツ・・誰が逃げていいって言った!?」
ガンがいら立ち、シドを狙って足を振りかざす。するとシドが両手でガンの足を受け止めてきた。
「オレのことを勝手に決めるな・・何もかも自分たちの思い通りになると思ったら、大間違いだぞ・・!」
シドが鋭く言って、ガンの足を引っ張った。
「おあっ!」
ガンが体勢を崩して倒れる。
「このヤロー・・!」
ロウガがいら立ち、シドに殴りかかる。立ち上がったシドがロウガの拳を片手で受け止めた。
「お前たちもメフィストと同じ・・オレや他のヤツを陥れて、平気な顔をする・・・!」
シドが鋭く言って、ロウガの拳を強く握りしめる。
「ぐあぁっ!」
ロウガが手に激痛を覚えて顔を歪める。
「コイツ・・こんなことして、ただで済むと思うなよ・・!」
ガンが鋭く言って、シドに飛びかかる。ガンが繰り出す拳を紙一重でかわして、シドが彼の顔を殴りつけた。
倒れたガンが顔を押さえて悶絶する。
「誰かを思い通りにしようとするなら、自分が痛めつけられることも覚悟しろ・・・!」
シドがガンたちを見下ろして言い放つ。
「そこで何をしている!?」
そこへソドムが来て、シドたちに声を掛けてきた。
「ソ、ソドム隊長・・シドのヤツがいきなりオレたちを・・・!」
ガンが声を振り絞って、ソドムに言いかける。ガンは嘘の報告をして、シドを陥れようとする。
「貴様・・グリムリーパーの同士に手を挙げるとは・・・!」
「違う・・この2人がオレに突っかかってきて・・・!」
鋭い視線を向けてきたソドムに、シドが反論する。するとソドムが拳銃を取り出して、銃口をシドに向けてきた。
「勝手な行動をとるならば、徹底してその愚かさを思い知らせる・・最悪、命をも奪われるものと思え・・!」
「だからオレは悪くない!コイツらが突っかかってきたんだ!」
忠告を送るソドムだが、シドは反論をやめない。ソドムが銃の引き金を引いて発砲して、弾丸がシドの顔の横を通り抜けた。
「おとなしくオレに従え。メフィストとの戦いに支障をきたすような行為は、このオレが許さんぞ・・!」
さらに忠告するソドム。反論を許さない彼に、シドが激情を募らせる。
「自分が絶対・・従わなければ無理やり従わせる・・そんな力任せ・・メフィストと同じだ!」
激高して目を見開いたシドが、ソドムにも飛びかかってきた。ソドムがいら立ちを募らせて、再び発砲してシドの左肩に当てた。
しかしそれでもシドは止まらず、右手を伸ばしてソドムの顔面をわしづかみにした。
「うぐっ!」
うめくソドムがそのままシドに床に押し付けられる。
「貴様・・このオレに逆らうとは・・!」
憤りを覚えるソドムが、シドの腹に銃口を当てた。その瞬間、シドが足を振りかざして、ソドムの拳銃を弾き飛ばした。
「このオレに何かあれば、グリムリーパーの指揮系統が崩壊し、メフィストと戦うことがまともにできなくなる!貴様の復讐も果たすどころではなくなる!」
「アンタのようなヤツに振り回されているほうが、ムチャクチャになるんだよ!」
目を見開き声を張り上げるソドムに、シドが怒号を放つ。彼が腰に携えていたナイフを手にして、ソドムの首筋に突き刺した。
鮮血をまき散らして、ソドムが動かなくなった。
「バ・・バカな・・!?」
「あのヤロー・・司令をやっちまいやがった・・・!」
ロウガとガンがシドの行為に驚愕する。呼吸を乱すシドは臨戦態勢のままで、すぐにでもオーガを呼び出しそうな雰囲気を漂わせていた。
「コイツは野放しにはできねぇ・・さもねぇと、コイツはグリムリーパーを壊滅させちまう・・・!」
ガンが危機感を覚えて、ロウガとともに意識を集中してオーガを呼び出そうとした。
「やめろ、お前たち!」
そこへハントが怒鳴り、シドたちを呼び止めてきた。シドとガンたちが思いとどまり、ハントに目を向けた。
「これ以上の内紛は、互いにためにならない。全員、手を引け・・!」
ハントがシドたちに対して仲裁に入る。
「しかしハントさん、コイツは司令を・・!」
「それに、コイツを野放しにすれば、グリムリーパーが滅びます!」
ガンとロウガがハントに反論する。
「シドを刺激するな・・それこそ我々を滅ぼしかねないぞ・・・!」
ハントが鋭く言って、ガンたちが押し黙り、オーガを収めた。
「シド、お前はお前の判断で戦え。そのほうがお前には負担が少なくて済むだろう・・」
ハントがシドに歩み寄り、助言を送る。
「だが、お前と同じく、メフィストを倒そうとする者が他にもいることは、忘れないようにな・・」
「ハントさん、そいつを何とかしないと・・!」
「そいつのために、グリムリーパーが壊滅することになってもいいのですか!?」
シドをなだめるハントに、ガンとロウガが抗議する。
「そうまでしてオレをどうにかしようというのか、お前たちは・・!?」
シドがガンたちに鋭い視線を向けて、両手を強く握りしめる。
「お前たちは仲間ではない・・オレの、敵だ・・!」
シドが目を見開いて、オーガを両手だけ呼び出してみせた。
「何だとっ!?」
「コイツ、そんな芸当までできるのかよ!?」
ガンとロウガがオーガの手を目の当たりにして、驚きの声を上げる。両手が2人に向かって飛んでいって、殴りつけてきた。
ガンとロウガが壁に押し付けられて、血を吹き出して動かなくなった。
(とんでもない力だ・・しかも自分を脅かす存在に対しては、異常なほどの敵意をむき出しにする・・・!)
シドの力と憎悪の強さを痛感して、ハントは彼の意思を汲み取ることを決めていた。
(メフィスト討伐のため、シドの自由にさせておいたほうがいい。我々にも完全に牙を向けてこない限りは・・)
「まずは落ち着け、シド。そして自分の部屋に戻るんだ・・ここの後始末は、我々がしておく・・」
ハントはシドに告げると、振り返ってこの場を後にした。シドは落ち着きを取り戻してから、自分の部屋に戻っていった。
この事件の後、ハントがグリムリーパーの新たな司令官となった。
「シドさんも、そのような経験を・・・」
シドの過去を聞いて、ミリィが困惑して、自分の胸に手を当てた。
「オレは大切なものを踏みにじって、平気な顔をしているヤツが許せない・・それはメフィストだけでなく、オレを脅かそうとするヤツは全員同じだ・・・」
「だから同じグリムリーパーの人も、手に掛けることもいとわなかった・・・」
自分の考えを口にするシドに、ミリィが戸惑いを感じていく。
「オレは家も家族も全て失った・・その上命まで奪われて、そんなマネをしたヤツらがのさばっているのは、死んでも認めるわけにいかない・・・!」
シドが話を続けて、また窓越しに外を見る。
「オレは戦う・・オレの敵を滅ぼすまで・・それまでは絶対に死なない・・生き抜いてやる・・・!」
揺るぎない決意を口にするシドに、ミリィが心を動かされる。
(メフィストを始めとした敵を滅ぼすこと。そのためなら、たとえ死にかけても生き延びようとする・・それがシドさんの力を上げ、強く生かしている・・)
シドの生き方を死って、ミリィが体を震わせる。
(でも私は、戦う勇気も持てない・・オーガが倒されればヒビキさんのようになる・・私も同じようになるんじゃないかって思って・・それがすごく怖い・・・!)
「お嬢様、大丈夫ですか?・・お休みになられたほうが・・・」
エリィが心配して、ミリィを支える。
「ゴ・・ゴメンなさい、エリィ・・・シドさん、私たちは戻ります・・・」
ミリィがエリィに答えてから、シドに言いかける。
「オレの戦いは、あくまでオレのものだ・・アンタにもアンタの戦いがある・・戦う気がないなら、ムリに戦うことはない・・」
シドが自分の考えを告げる。この言葉を聞いて、ミリィが戸惑いを感じていく。
あくまでシドは自分のことを優先させている。それを分かっていたが、彼に気遣われた気がしたとミリィは思っていた。
ミリィとエリィが部屋を出るのを、シドは見届けた。
「コソコソと聞くぐらいなら、さっさと部屋に入ってくればいいだろう・・」
シドが不満げに声を掛けてきた。するとテルが顔を出して、苦笑いを見せてきた。
「すみません、シドさん・・話が聞こえてきて・・なかなか部屋に入れる雰囲気じゃなかったみたいですし・・」
「そうか・・お前も戦う覚悟ができないなら、安全なところでコソコソしているほうがいい・・」
謝るテルに、シドが忠告を送る。
「まだオーガをまともに出せないし、オーガがやられたらどうなるかも知っています・・それでもオレは、シドさんについていきますよ!」
テルが不安を抱えながらも、戦う決意をシドに伝えた。
「オレに付きまとうヤツは、どいつもこいつも死ぬ・・オレに突っかかるヤツだけじゃなく、オレと一緒にメフィストと戦ってくれたヤツも・・」
シドがさらに自分の過去を思い出していく。
シドに近づいてきた者は、彼を目の仇にしている者だけでなく、慕う者もいた。行動を共にしてメフィストと戦うこともあった。
しかしこれまでシドとともに戦った者は、全員命を失っている。それからシドは独りでいるようになり、近づけさせまいとしていた。
「オレと一緒にいると、死ぬことになるぞ・・・」
「そう言われても逃げないよ・・シドさんと一緒にいても死ぬことはないって、僕が証明してやるよ!」
シドからの忠告を聞いても、テルの決意は揺るがなかった。
「勝手にしろ・・どうなっても知らないぞ・・・」
「そこは気にしなくていいよ。そこは自己責任だって覚悟してるよ!」
ため息まじりに言うシドに、テルが意気込みを見せた。
「まずはオーガを出せるようにならなくちゃ・・シドさん、僕、行ってくるよ!」
テルがオーガを出すため、外へ飛び出していった。
(どいつもこいつもオレに関わってきて・・命知らずばかりになってきたな・・)
ミリィとテルに対して複雑な気分を感じていくシド。誰にも心を開かなかった彼が、自分でも気付かないうちに心を動かされていた。