Ogre SID
-死を背負いし剣-
第9話「過去 –死神の始まり-」
グレイブヤードに戻ってきたシドとギギ。オーガと一体になってアークを退けたシドに、アロンたちは動揺と感嘆を感じていた。
「シドのヤツ、あそこまですごくなるなんて・・・」
「あの強いメフィストを追い詰めるなんて、すごい・・・!」
1人歩いていくシドを見て、アポストルたちが心を動かされていた。周りの目や反応を気に留めず、シドは去っていった。
「ギギ、大丈夫か・・・!?」
アロンが手を差し伸べるが、ギギはその手を振り払う。
「アイツにいつまでも後れを取るオレじゃねぇ・・オレもすぐに、オーガとの合体を成功してやる・・・!」
シドへの対抗心を燃やして、ギギも立ち去る。
「ギギ、置いてかないでー!ギギー!」
アロンが慌ててギギを追いかけていった。
オーガを倒されて精神が崩壊したヒビキのそばに、ラミアがついていた。2人への気がかりとアポストルとして戦うことへの恐怖で、ミリィのこころはいっぱいになっていた。
「お嬢様、あまり考えすぎるのはよくないです・・部屋に戻って休みましょう・・」
エリィが心配の声を掛けて、ミリィが小さく頷いた。彼女はエリィに支えられて、部屋へ向かう。
その途中、ミリィたちは戻ってきたシドを目の当たりにして、足を止めた。
「シドさん・・・」
エリィがシドを見て、当惑を覚える。
「オーガが倒されたら、アポストルの精神が崩壊する・・そんな危険な状態で、あなたは戦いを続けている・・・」
ミリィが声を掛けて、シドも足を止めた。
「死ぬが怖くないのですか?・・死んだも同然のようになるのが怖くないのですか・・!?」
「オレは死ぬつもりはない・・メフィストを滅ぼすまで、絶対に生き延びる・・・!」
感情を込めて問いかけるミリィに対し、シドが自分の意志を貫く。
「そこまでメフィストが許せないのですね・・私の感情は、あなたの怒りの足元にも及ばないでしょう・・今は戦うことも怖くなって・・・」
ミリィが恐怖を募らせて、体を震わせる。
「あなたに何があったのですか?・・メフィストを許せないという気持ちをそこまで持たせたきっかけは・・・?」
ミリィがシドに向かって問いかけてきた。
「オレの部屋で話す。ついてこい。アンタはアンタたちのこと、オレに話してくれたからな・・」
シドがミリィを招いて、再び歩き出した。ミリィとエリィが目を合わせてから、シドについていった。
部屋に戻ったシドが、窓の前に立つ。
「ベッドしか座るところがないが・・そこに座ればいい・・」
「ありがとうございます・・では、失礼します・・」
シドの言葉に甘えて、ミリィがエリィとともに彼のベッドの上に腰かけた。
「オレの家族もメフィストに襲われた・・アイツらに、オレの大切なものも奪われた・・・」
シドがミリィたちに自分のことを語り始めた。
「オレの家も裕福な方だった・・アンタと比べたら全然大したことはないけど・・」
シドの話に耳を傾けて、ミリィが戸惑いを感じていく。シドが話を続けながら、昔の自分を思い返していった。
岸間家は裕福な家柄だった。シドはそこで恵まれた生活をしていた。
一方で、シドの両親は厳しかった。反論や拒否が許されず、勉強や鍛錬を強いられる毎日をシドは送っていた。
幼い頃のシドは、この厳しい勉学が将来の自分のためになると信じていた。
しかし、シドにある父、キリヤへの信頼は壊れることになった。
それはシドが14歳のときだった。その頃の彼には、仲のいい学友がいた。
笹井アキラ。中学生になってからシドと知り合った彼だが、心臓の病気を患っていて、病院通いが絶えなかった。
アキラが病院へ入院していたときのことだった。シドは学校の帰りにアキラの見舞いに通っていた。
そのある日、アキラの病状が急変して、シドはその知らせを受けた。シドはすぐに病院へ行こうとしたが、夜遅いということで、キリヤが外へ出ることを許さなかった。
それでも力ずくで病院へ行こうとしたシドだが、キリヤに力で押さえられて外へ出ることができなかった。
この夜、アキラは病死した。
もしも病院に行って励ましていたら、アキラは死なずに済んだかもしれない。シドはそう思えてならなかった。
「なぜ行かせてくれなかったんです、父さん!?・・友達の危篤だったんですよ・・・!」
「我が家のしきたりだ。勝手な行動を取れば、我々や他の資産家や偉人の行動に悪影響を及ぼすことになる。」
「見舞いに行くことが勝手な行動だというのですか!?」
「口答えは許さん!お前は岸間家の代表として精進しなければならんのだ!」
感情をあらわにするシドに、キリヤが怒鳴りかかる。
「自分や家のためだったら、人の命も平気で切り捨てるのですか・・・!?」
「口答えするなと言ったのが分からんのか!?」
「答えてください、父さん!」
「お前は私の言う通りにしていればいい!」
シドが問い詰めるが、キリヤが自分の考えを押し付けてくる。
「誰かが傷ついても、心が痛まないのか・・自分の思い通りになれば、どんなことでもするのかよ・・・!?」
シドがそれまで感じたことのない度合の怒りを感じて、あらわにした。
「その態度は何だ!?そんなことが許されると思っているのか!?」
キリヤが怒鳴り、シドの顔を殴りつけてきた。その瞬間、シドは抱えていた怒りを爆発させていた。
目を見開いたシドがキリヤに右手を伸ばした。しかしキリヤに右腕をつかまれて握りしめられる。
激痛を覚えるシドだが、強引に手を伸ばそうとする。キリヤがいら立ち、シドの右腕をひねった。
それでもシドは力を緩めず、霧あはついに彼の右腕を折った。
これでシドが抵抗できないものと、キリヤは確信した。
しかし次の瞬間、シドが折れたはずの右手でキリヤの顔面をわしづかみにした。シドが強引に腕を動かして、キリヤを床に押し付けた。
「貴様・・私に何かあれば、岸間家の崩壊につながるぞ・・!」
声を振り絞るキリヤに、シドがさらに怒りを覚える。彼が右足を振り上げて、力強く振り下ろした。
「ぐうっ!」
頭を踏みつけられて、キリヤが激痛を覚えてうめく。
「お前のようなヤツがいるから、他のみんなが崩壊するんだよ!」
シドが怒鳴り声を上げて、さらに足を振り下ろす。何度も頭を踏みつけられて、さらに首も踏まれて、キリヤが動かなくなった。
頭から血を流しているキリヤを、シドが大きく呼吸をしながら見下ろす。そこで彼が我に返って、動揺を覚える。
「と・・父さん・・・オレが・・オレが父さんを・・・!?」
自分が父を殺してしまったことを痛感して、シドが愕然となる。冷静さを取り戻せず、彼はただ体を震わせる。
「何があったの・・!?」
騒ぎを聞きつけて、シドの母のカスミ、妹のアンが部屋に来た。
「お兄さん・・・お父さん・・!?」
アンが血を出しているキリヤを目の当たりにして、恐怖を覚える。
「シド、あなた・・・!?」
「お母さん・・アン・・・オレ・・・」
声を荒げるカスミに、シドが弱々しく声を発する。カスミが近づいてきて、シドは何かされるものと思ってさらに恐怖する。
するとカスミがシドを優しく抱きしめてきた。思っていなかったことに、シドが戸惑いを感じていく。
「あなたは気にしなくていいのよ、シド・・あなたは何も悪くないから・・」
「お母さん・・・お母さん・・・!」
カスミに励まされて、シドが涙を流した。彼は優しくされたことで、張りつめた気持ちが和らいでいった。
キリヤの殺害の罪で、シドは警察に連れていかれた。しかし自分の身を守ろうとしたための行為として、シドは軽い罰で済んだ。
家に戻ってきたシドを、カスミとアンが優しく迎えてくれた。
「シド・・大変だったでしょう・・・」
「いや・・お母さんたちのほうが大変だったはずですよ・・・」
優しく声を掛けるカスミに、シドが沈痛の面持ちで答える。
「お父さんは、葬式をして火葬したよ・・みんな、葬式に来てくれたよ・・・」
アンも悲しい顔を浮かべて、シドに言いかける。
「そうか・・兄さん、行けなくて悪かったね・・・」
シドがアンに謝って、彼女の頭を優しく撫でた。
「ううん・・仕方がなかったんだよ・・仕方が・・・」
アンがシドのことを励まそうとする。
「とにかく中に入りなさい、シド。今は休まないと・・」
カスミが呼びかけて、シドが家の中に入った。
「母さん・・僕のしたことは、全く間違ったことなのでしょうか?・・友達の見舞いに行って励ましてあげることは、間違ったことなのでしょうか・・?」
シドがキリヤとの対立を思い出しながら、カスミに疑問を投げかけてきた。
「間違っていたのは、お父さんのほうだったかもしれないわ・・でもだからといって、傷つけることが正しいことにもならない・・・」
カスミが中立を考慮して、シドに注意を送る。
「話し合いが通じない相手もいるけれど、話をしないで力ずくで解決しようとしても、本当の解決にはならないのよ・・」
「分かっているけど・・自分の感情を止められそうもない気もしてて・・・」
カスミの言葉を受け入れようとしながらも、シドは苦悩を深めていた。
「あなたもこれから精進していけば、感情に流されない強さを持てるようになるわ。」
「お母さん・・・はい・・・」
カスミに励まされて、シドが頷いた。
「お兄ちゃん、これからはずっと一緒だよ・・」
アンがシドに寄り添ってきて、お願いをしてきた。
「もちろんだ・・お兄ちゃんだって、もう離れ離れにはなりたくない・・・」
シドが正直な気持ちを口にして、アンを優しく抱きしめた。
(もうアンや母さんに迷惑を掛けるわけにいかない・・オレが岸間の代表にふさわしい人にならないと・・オレ自身の意思で・・・!)
自分の責任を感じながら、シドは新たな決意を固めていた。誰かに強制されていない、自分で決めた決意を。
シドが20歳のとき。大学に通っていた頃のことだった。
シドは世界の偉人たちと渡り合うために、文武両道をこなしていた。
(大学まで行かせてくれた母さんに感謝しないと・・アンも頑張っているし、オレももっと頑張らないと・・)
シドが気を引き締めなおして、これからも精進していこうと考えた。
そのとき、シドのいる大学に強い風が吹き抜けた。
「な、何だ・・!?」
シドが異変を感じて緊張を覚える。彼と人々の前にメフィストが現れたのはこの時だった。
悪魔のような姿と巨体をしたメフィストに、シドたちは脅威を覚える。
そしてメフィストが暴れ出し、大学の建物を破壊してきた。
「は、早く逃げろ!」
「避難所はあっちだ!急いでそっちへ!」
人々が慌ててメフィストから逃げ出していく。メフィストの1体が目からレーザーを発射して、地面を抉った。
「あ、あそこはシェルターのあるほうじゃ・・!?」
「シェルターでも、あの怪物から逃げ切れない・・・!?」
安全が打ち破られて、人々が絶望を感じていく。メフィストが暴力や閃光を放ち、破壊活動を続けていく。
自衛隊のジェット機が駆けつけて、メフィストへ攻撃を仕掛けた。しかしバルカンもミサイルもメフィストには通用しない。
メフィストたちの攻撃で、ジェット機が次々に撃墜されていく。
(何なんだよ・・何で、こんなことになっているんだよ・・・!?)
メフィストから必死に逃げながら、シドは降りかかった非情な現実を拒絶しようとする。
(母さん・・アン・・無事でいてくれ・・・!)
カスミとアンの身を案じて、シドが家へ向かって走った。
シドが家にたどり着いたとき、絶望が一気に増した。家はメフィストの攻撃で壊されて、炎が上がっていた。
「そんな!?・・・母さん!アン!」
シドが叫んで、家の中に飛び込もうとした。
「シ・・シド・・・」
そこへ声がかかり、シドが振り向いた。カスミが倒れていて、背中が傷ついた状態で声を振り絞ってきた。
「母さん!」
シドがカスミに駆け寄って肩を貸す。
「母さん、しっかりして!・・アンは!?アンはどこ!?」
「分からない・・突然、爆発が起こって・・今、気が付いて・・・」
シドが呼びかけて、カスミが弱々しい声で答える。
「アン、どこにいるんだ!?返事をしてくれ!」
シドがアンを捜して叫んで、周りを見回していく。
「シド、あなたはアンと2人で逃げなさい・・母さんのことはいいから・・・」
「何を言ってるんだ、母さん!?一緒に逃げるんだ!」
逃げるように促すカスミに、シドが声を荒げる。
「母さんと一緒だと、絶対に逃げられない・・あなたたちだけでも生き延びて、強く生きなさい・・・!」
「ダメだ!傷ついている人を見捨てて逃げる人間には、絶対になってはいけない!」
さらに呼びかけるカスミだが、それでもシドは聞き入れない。
「母さんもアンも連れていって、みんな生きるんだ・・!」
「シド・・・」
連れていこうとするシドに、カスミが戸惑いを覚える。
その2人を狙って、メフィストの1体が近づいてきた。メフィストが右手をかざして、その爪を伸ばしてきた。
「シド!」
カスミが力を振り絞って、シドを前に突き飛ばした。押されながら振り向いたシドの目に、カスミの微笑が映った。
次の瞬間、メフィストの爪が地面に刺さり、シドがその衝撃で吹き飛ばされる。仰向けに倒れた彼だが、すぐに立ち上がり視線を戻す。
カスミが再び倒れて動かなくなっていた。
「母さん!」
シドがカスミに駆け寄るが、カスミは体から血を出して事切れていた。
「母さん・・・そんな・・そんなこと・・・!?」
カスミの死に目を疑い、シドが愕然となる。絶望した彼が地面に膝を付いて、体を震わせる。
そこへメフィストが近づいてきて、シドを視認した。
(何でこんなことを・・オレたちが何をしたんだ・・こんなムチャクチャが許されていいのか・・・!?)
シドの中に激しい怒りが込み上げてきた。彼に向かって爪を伸ばそうと、メフィストが右手を構えた。
「お前たちが出てこなければ、オレたちがこんな目にあうことはなかったんだ!」
怒号を放った瞬間、シドの体から赤い光があふれ出した。メフィストがその光に当てられて、体勢を崩した。
シドから発せられた光は、悪魔のような姿の巨人となった。これが、シドが初めてオーガを発現した瞬間だった。
驚きを見せるメフィストだが、シドのオーガに狙いを変えて爪を伸ばしてきた。オーガは右手を握りしめて、拳を振りかざして爪を打ち砕いた。
オーガの力に脅威を覚えて、メフィストが後ずさりする。
「お前たちがいなければ・・オレたちは!」
シドが怒りを爆発させて、オーガが拳を繰り出す。この一撃がメフィストの体を貫通した。
突き飛ばされたメフィストが倒れて、霧のように消滅した。
「何だ、あれは!?・・オレが呼び出したのか・・・!?」
シドが自分の呼び出したオーガを見上げて、驚愕を膨らませていく。
「か・・母さん・・・」
突然意識を失って、シドが倒れた。直後に彼のオーガの姿が消えた。
動かなくなったシドを、数人の男たちが取り囲んだ。
他のメフィストたちの前に、オーガたちが立ちはだかった。メフィストたちは撤退していったが、世界はメフィストによって支配されることになった。
そして、シドがアポストルの一員となる始まりだった。