Ogre SID

-死を背負いし剣-

第6話「追憶 –世界が変わった日-

 

 

 エスポランス家。世界をまたにかける資産家の1つである。

 その娘として生まれたミリィは、幼少の頃からエスポランスの後継者としての鍛錬を始め、こなしてきた。

 厳しいと感じながらも、家のため、家族のため、世界のためと思い、ミリィは耐えながらあらゆることを身に着けてきた。

 今後、エスポランス家を代表して世界を渡り歩くことになると、ミリィは信じていた。

 その最中、ミリィが19歳になってからのことだった。メフィストが現れ世界を支配したのは、このときだった。

 エスポランスもメフィストの絶対的な力と支配に従うこととなった。しかしそれは表向きな態度であり、密かにメフィスト撃退の策と準備を進めていた。

 しかしそれはメフィストに気付かれ、攻撃の矛先を向けられることとなった。

 

 メフィストの世界支配が完了する直前だった。混迷する世界に、ミリィは心を痛めていた。

(どうしてこんなことに・・メフィストは世界と私たちを、力を行使して一方的に支配して・・・)

 メフィストの強硬に納得いかないと考えながらも、彼らの支配に抗う術が見つからず、ミリィは苦悩していった。

 ミリィはメフィストの攻撃の被害に遭った町を訪れ、心を痛めていた。

(せめて、生き延びている人を助け、亡くなった人を弔わなければ・・・)

 心身ともに傷ついた人を助けようとする決心が、苦悩を深めるミリィを支えていた。

「ミリィお嬢様、あそこに人がいます!」

「えっ・・!?

 エスポランス家のメイドの1人、エルが呼びかけて、ミリィが振り向いた。2人が駆けつけた先に、1人の少女が倒れていた。

「まだ生きている・・すぐに運びます!エルは医師に連絡を!」

 ミリィが少女に駆け寄って、エルに指示を出す。

「しかし、メフィストに逆らえば・・・!」

「倒れている人を見殺しにすることはできません!早くしないと、命に係わります!」

 声を荒げるエルに、ミリィが感情を込めて呼びかける。

「はい・・直ちに、ミリィ様・・!」

 エルが聞き入れて、エスポランス家の救護班を呼ぶため、戻りながら連絡を取った。

「大丈夫です・・助けてみせます・・!」

 ミリィが少女を抱えて、エルに続くように走り出した。

 その少女が、ミリィのメイドとなるエリィ・ハーツだった。

 

 エスポランス家に保護されたエリィは、屋敷の客室のベッドに寝かされた。落ち着きを取り戻した彼女が目を覚ました客室では、ミリィが椅子に腰を下ろしていた。

「気が付きましたか・・大きなケガでなくてよかったです・・」

 ミリィがエリィに安心の笑みを見せる。

「ここは?・・私は・・・?」

 エリィが部屋を見回して疑問を投げかける。

「ここは私の屋敷の客室の1つです。あなたは街中で倒れていて、私たちが発見して、ここへ連れてきて手当てをしたのです。」

「そうだったのですか・・ありがとうございます、助けてくれて・・」

 事情を話すミリィに、エリィが感謝する。

「私はミリィ。ミリィ・エスポランスです。」

「エ、エスポランス!?あのエスポランスのお嬢様なのですか!?

 自己紹介をするミリィに、エリィが驚きの声を上げる。

「あの世界有数の資産家のエスポランスに助けられるなんて・・感謝しても足りないです!」

「傷ついた人がいたら助けたい。その気持ちは誰もが持っているものですよ。」

 喜びを膨らませるエリィに、ミリィが微笑んで答える。

「私はエリィ・ハーツっていいます。メフィストに襲われて、家族も友達も殺されて・・・」

 エリィも自己紹介をして、自分のいきさつを説明する。

「逃げてきた先でも襲われて、傷ついたあなたを私たちが発見したのですね・・本当に大事にならなくてよかったです・・」

「はい・・しかし、私はどうしたらいいのか分からなくて・・・少しお時間をいただければ、必ず決めますので・・・!」

 安心の笑みをこぼすミリィに頷いて、エリィが答えを出そうとする。

「では、私たちのお手伝いをするというのはどうでしょうか・・?」

 ミリィがエリィにメイドになることを勧めてきた。

「えっ!?・・でも、私なんかでは、みなさんに迷惑がかかってしまうと思いますよ・・」

「やり方は私とエルさんたちが教えます。少しずつ覚えていけばいいんですから・・」

 動揺するエリィに、ミリィ親切に答える。

「わ、分かりました・・お言葉に甘えさせていただきます!」

 エリィが提案を受け入れて、ミリィに深々と頭を下げた。

「それでは早速、あなたの新しい服を用意しなくては・・」

 ミリィが心から喜んで、エリィを連れてメイド室に来た。

「ミリィ様・・どうなさいましたか?」

「エルさん、彼女をメイドに加えます。新しいメイド服を。」

 声を掛けたエルに、ミリィがエリィを紹介する。

「では私たちで指導しなくては、ですね。よろしくお願いしますね。」

 エルがミリィの言葉を聞き入れて、エリィに手を差し伸べてきた。

「はい・・よろしくお願いします、エルさん!」

 エリィが笑顔で挨拶して、エルに深々と頭を下げた。ミリィとエルが目を合わせて微笑んだ。

 

 それからエリィはミリィの身の回りの世話をするメイドの一員になった。始めは失敗をして反省する日々を送ることになったが、彼女は少しずつ慣れていった。

 そしてエリィはミリィと行動を共にする時間が多くなり、他の資産家にも認知されるようになっていった。

「ミリィ様、あなたには感謝しても足りないくらいです・・あなたがいなければ、私はこのような充実した生活を遅れませんでした・・」

 エリィが今の生活への安らぎを感じて、ミリィに感謝した。

「困っている人を助けたいと思うのは、心があるなら当然です。私があなたを助けたのも、その気持ちがあればこそです。」

「そのあなたに、私は本当に助けられました。改めてお礼を申し上げます。」

 互いに正直な気持ちを口にするミリィとエリィ。

「しかし、私たちにできることはまだまだ少ない・・メフィストの支配から世界を解放する方法も、未だに分からない・・・」

 ミリィがメフィストの支配について考えて、悲しみを感じていく。

「でも、ミリィ様なら平和を取り戻せますよ。ミリィ様は、それを願って尽力なさっているのですから・・」

 エリィがミリィを信じて、彼女に頭を下げた。

「信じてくれてありがとう。でもその願いを実現させるには、私だけでなく、あなたや皆さんの力が必要になります。」

「私の力が・・お嬢様や皆様の願いの役に立てるでしょうか・・?」

 励ましを送るミリィに答えて、エリィが不安を感じていく。

「今も私はあなたに助けられています。そしてこれからも、私はあなたやみなさんとともに・・」

「お嬢様・・私のような者にも励ましを送るあなたについてきて、私はとても嬉しいです!お嬢様をお助けするのは、私の生きがいです!」

 共に歩むことを進言したミリィに、エリィは感動した。

「行きましょう、エリィさん。1人でも助けられるように、やれることをやりましょう・・」

「はい、ミリィお嬢様!」

 ミリィに呼ばれて、エリィが笑顔で答えた。2人はメフィストから世界の平穏を取り戻そうと、躍起になっていた。

 

 それから1年が過ぎようとした頃だった。ミリィとエリィがメフィストの襲撃にあい、シドたちと会ったのは。

 

 崩壊を喫したエスポランス家を見つめながら、ミリィはシドにエスポランス家のことを話した。

「それがアンタの家柄のことか・・恵まれた生活をしていたんだな・・」

 シドがミリィにため息まじりに言いかける。

「資金や地位、名誉があっても思い通りにならないことはたくさんあります・・・」

 ミリィが物悲しいを浮かべて答える。エスポランス家の総力でも、メフィストの支配を世界から取り除くことができないでいた。

「エスポランス家は壊滅的な打撃を受けてしまいました・・私に残されているのは、エリィとグリムリーパーと、私自身の力だけ・・・」

「それでアンタは戦うのか?自分の意思で、メフィストを倒すために・・」

 自分の現状を痛感するミリィに、シドが問いかける。

「それは、正直分からないです・・今はメフィストの支配に抗うことしか考えられていなくて・・・」

「オレはメフィストを倒す。それだけだ・・アンタがどうしようと、オレの許せないことをしなければ関係ない・・」

 自分の考えを告げるミリィに対し、シドが自分の意思を貫く。

「私もあなたほどの、メフィストに対する怒りを持てれば・・・」

 ミリィがシドの強い意思を持てない自分を嘆く。

「オレはオレ。アンタはアンタだ。ムリにオレに合わせる必要はない・・」

 その彼女に、シドがため息まじりに言葉を返す。

「グリムリーパーの中にいるが、オレはオレの戦いをしているだけだ。メフィストだけじゃなく、勝手なマネをするヤツをオレは野放しにしはしない・・」

「シドさんは、シドさんの戦いを・・・」

 シドの言葉を聞いて、ミリィが戸惑いを感じていく。

「だから人殺しをためらわないし、結果的に私を助けてもくれた・・シドさんは、私を助けるつもりではなかったですが・・」

「そうだ・・もはや愚か者の愚かさは、殺されない、殺してはならないという法の壁が守り切れるほど浅くはない・・愚かさが過ぎれば自分が脅かされることを、ヤツらは思い知らなければならない・・・!」

 ミリィの口にした言葉に、シドが答える。

「オレはオレが絶対に正しいと思っているわけじゃない・・だが間違っていることを正しいことにして改めようとすらしない愚かさを、見逃すつもりもない・・」

「だからあなたは戦うと・・自分が罪を背負うことになっても・・・」

「そうしなければ、オレたちは何も救われない・・そんなことがいいことにされてたまるか・・・!」

「シドさん・・そこまで、メフィストのしたことが許せないんですね・・・」

 メフィストや理不尽に対するシドの怒りに、ミリィが辛さを痛感していく。

「しかし、メフィストを許せない気持ちは、オレだけにあるわけじゃない・・アンタの中にもあるはずだ・・・」

「私の中にも、メフィストを憎む気持ちが・・・」

 シドの投げかけた言葉を受けて、ミリィが自分の胸に手を当てた。

「オレは戻る・・さっきのメフィストを野放しにはしない・・・!」

 シドがミリィに背を向けて、アークのところへ戻ろうとする。

「もう移動しているだろうが、逃げ切れはしない・・・!」

 言いかけるシドの前に、彼のオーガが現れた。

「シド・・・」

 オーガに乗って飛び立つシドに、ミリィは困惑を募らせていく。彼女も自分のオーガを出して、シドを追いかけていった。

 

 シドとミリィが戻ってくるのを、ヒビキとラミアは待っていた。ギギたちは先にグレイブヤードに戻っていった。

「ミリィちゃん、大丈夫かな?・・シドくんは意地でも戻ってきそうだけど・・・」

「少しだけ待っていよう。それでも戻ってこなかったら、私たちも行ってみよう・・」

 ラミアが心配して、ミリィがシドたちの無事帰還を待つ。

「それにしても、今回出てきたメフィスト、すごく強かったね・・攻撃を続けずに離れていったから助かったけど・・・」

「うん・・もしかしたら、メフィストとは違う存在かもしれない・・メフィストだとしても上のレベルの種族だって可能性も・・・」

 ラミアとヒビキがアークのことを考えて、不安を感じていく。

「私たち、もっと強くならないといけないみたいね・・」

 ヒビキが警告を口にして、ラミアが息をのんだ。

「あっ!あれ!」

 ラミアが指さして、ヒビキもその方向へ目を向ける。シドとミリィがオーガに乗って戻ってきた。

「2人とも無事だったみたいね・・よかったぁ・・」

「おーい♪こっちだよ、2人ともー♪」

 ヒビキが安心の笑みをこぼして、ラミアが元気に大きく手を振る。

「ヒビキさん、ラミアさん・・待っていてくれたのですね・・・」

 ミリィがヒビキたちを見つけて笑みをこぼす。シドは気にすることなく、グレイブヤードに向かって前進する。

 ミリィが自分のオーガを下ろして、ヒビキたちの前に来た。

「ミリィちゃん、戻ってこないから心配しちゃったよ〜・・」

 ヒビキがラミアとともにミリィに近寄る。

「すみません・・エスポランス家がどうしても心配で・・・」

 ミリィが謝って、エスポランス家のある丘に目を向けた。

「ミリィちゃん・・家のほうは・・・」

 ラミアが問いかけると、ミリィが表情を曇らせる。

「家は壊滅していました・・家にいた人は、みんないませんでした・・死体が見つかったわけではないので、どこかに避難していると信じたいですが・・・」

 ミリィが説明をして、ヒビキとラミアが困惑をしていく。

「私たちもグレイブヤードに戻ろう。ここにいるより、あそこのほうが情報が入りやすいよ・・」

「そうだよ・・あのメフィストもいなくなって、みんなも戻っていったから・・・」

 ヒビキとラミアが呼びかけて、ミリィが小さく頷いた。

「エリィさんには、このことは私が話します・・・」

 ミリィはヒビキたちに告げると、オーガに乗って飛翔した。

「ミリィちゃん・・・」

 ミリィのショックが深いことを悟って、ヒビキが深刻さを募らせていった。

「あたしたちでフォローしよう。ミリィちゃんのこと・・」

「そうね・・私たちも行きましょうか。」

 ラミアが呼びかけて、ヒビキが微笑んだ。2人も自分たちのオーガを呼び出して、グレイブヤードに戻っていった。

 

 シドとの交戦を経て、アークが街外れの荒野に来ていた。彼の前にインバスが現れた。

「グリムリーパーのアポストルはどうだった?」

「大したことはない。みんな蚊トンボの集まりだ。その気になれば軽くあしらえる。」

 インバスが問いかけると、アークが笑みをこぼす。

「今回は挨拶代わりだったが、次は本番だ。最低でも1人は仕留めたい・・」

「強気のあなたが弱気な発言じゃない。それだけの力の差だというなら、一気に全滅させちゃえばいいのに・・」

「そうしたんじゃつまらないだろう?たとえザコでも、相手をするなら楽しまなくちゃ損だぞ。」

「そういうの好きね、あなた・・私もそういうところはあるのだけどね・・」

 アークの考えを聞いて、インバスが笑みをこぼす。

「インバス、お前も加わるか?」

「もう少しだけ見物させてもらうわ。今日のアークの力に対抗して、何かしてくるかもしれないし・・」

「対抗って、何ができるっていうんだ?まぁ、少しは抵抗してくれたほうが、もっと楽しめるかもしれないがな。」

 インバスの投げかけた言葉に呆れて、アークが笑い声を上げた。

「お前たちは高みの見物でもしていろ。この私のワンマンショーを。」

 アークが顔から笑みを消して、目つきを鋭くした。彼は1人、荒野から姿を消した。

(世界は私たちの手の上で踊らされるためにいるのよ・・アポストルと呼ばれている人たちも例外じゃない・・)

 自分たちが絶対の存在である自信を、アークだけでなくインバスも持っていた。一方で彼女はアポストルがある程度力を付けてくることも楽しみにしていた。

 

 

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