夏の固めシリーズ
「熱泥棒」
ここはとある女子高。
この学校とこの周辺には、様々な奇怪な事件や出来事が起こっている。
この出来事も、そんな事件の1つである。
熱気が最高潮に達する夏の真っ只中、学校では奇妙な噂が流れていた。それは、対象の熱を奪って自分の栄養にしているという「熱泥棒」についてだ。
熱泥棒は風呂場や海辺といった熱気のある場所によく現れるとされ、その熱気を奪い取ってしまう。熱を奪われたものは温度が低下して凍り付いてしまう。
特に夜にその被害が多いらしい。昼間は外の熱気で事足りるが、夜は気温が下がるのでそれが適わないのだろう。
その正体は一切不明。変質者の仕業なのか、何かの亡霊の呪いなのか、それさえも分かっていない。
そんな熱泥棒を求めて、女子たちが奮闘の幕を開けようとしていた。
学校で持ちきりとなっている熱泥棒の噂。それを受けて、その真相を確かめようと3人の女子が立ち上がった。
新山(にいやま)シホ。茶のポニーテールをした長身のしっかり者。
矢沢(やざわ)ミドリ。ピンクのロングヘア。少し小柄。いつも無邪気で元気。
柏木(かしわぎ)ユカリ。藍色のショートヘア。背はシホとミドリの間ぐらい。大人しい性格。
この仲良しの3人組が、熱泥棒の正体を暴くために立ち上がったのだった。
「ねぇ、どうやってその熱泥棒を見つけるの?」
ふと思ったミドリの問いかけに、シホは足を止めて顔を引きつらせる。
「熱泥棒は神出鬼没、どんな姿をしてるのかも分かんないのに・・・」
ミドリの心配に胸中で焦りを浮かべるシホ。ユカリはその横でもじもじした様子を見せている。
「・・だ、大丈夫よ!どんな相手にだって、それなりの特徴があるものよ!」
何とか自信ありげに振舞うシホだが、うっすらと焦りの汗を流しているのをユカリは見逃さなかった。
「それで、その特徴って何?」
「う・・・」
再びミドリに聞かれて、シホは言葉を詰まらせてしまう。彼女の代わりに答えたのはユカリだった。
「熱泥棒は熱を求めて現れる。だから熱のある場所に手がかりがあるんじゃないかな・・?」
「あっ!そうか。納得。」
ユカリの言葉に納得するシホとミドリ。ユカリも2人の反応を見て頷いてみせる。
「そうと分かったら、その熱のある場所へと向かうわよ。ミドリ、ユカリ。」
「あ、うん。」
シホの指示にミドリもユカリもそわそわしながら頷く。3人は熱泥棒を追い求めて、熱のある場所を探し求めた。
そんな3人が訪れたのは、銭湯だった。この町中でよく熱が発せられているのは銭湯くらいなものだ。
「まぁ、ここならさすがにやってくるでしょうね。」
シホが自信たっぷりに言い放つ。そこへユカリが口を挟む。
「確かにこの町に数件ある銭湯の中で、被害にあってないここくらいなものだよ。」
「そうそう。だから熱泥棒は必ずここにやってくる。網を張るのよ。」
ユカリの言葉を受けて、シホが言い放つ。時々彼女についていけなくなることがあると、ユカリは胸中で思っていた。
ミドリはすっかりシホのペースに乗っている。いざとなったら自分が止めなくてはいけないとユカリは心に込めていた。
そのとき、3人は背筋が震えるような寒気を感じた。気のせいだと思いつつ、シホとミドリは銭湯に振り返った。
「何・・今の・・・?」
「何だか、すっごい寒いよ・・・」
ユカリとミドリがその寒気に震えを覚える。
「も、もしかして・・・!」
シホはたまらず銭湯の中に駆け込んでいった。
「あっ!シホちゃん!」
ミドリとユカリも慌しくシホを追いかけていった。
銭湯の中は、いつものそれとは違っていた。当然だった。脱衣所が氷に覆われていたからだ。
凍り付いているのは脱衣所の全て。中にいる女性たちは、何かを感じたかのような面持ちを浮かべていた。
「ちょっと・・これって・・・!?」
この異様な光景を目の当たりにして、シホが息をのむ。後から来たミドリとユカリも驚愕をあらわにする。
「ウソ・・・みんな、みんな凍っちゃってる・・・!?」
「ありえない・・こんなのありえないよ・・・熱泥棒が、本当に出たって言うしか・・・」
不安を見せる2人を前に、シホが何とか仕切らねばという使命感が働いた。
「と、とにかく、これは明らかに人間業じゃないわね。あの噂の熱泥棒の仕業と見て間違いなさそうね。」
うんうんと頷いてみせるシホ。そして彼女は1つの案を思い描いた。
「ねぇ、この3人の中に1番熱いのに慣れてると思うのは誰かな?」
「えっ?1番熱いのに・・?」
彼女の唐突な質問にミドリとユカリが疑問符を浮かべる。しかし2人はその問いに答えるべく、1番熱さに強い人を指し示した。
3人ともユカリを指差していた。ユカリ自身も自分を指差していた。
「うむ。満場一致でユカリというわけで。」
「よかった。ミドリ、絶対ありえないもんね。猫舌だし。」
「猫舌は関係ないでしょ、ミドリ。」
いい子ぶるミドリにシホがツッコミを入れる。
「でも、私が熱さに強いのと、何か・・?」
ユカリが未だに疑問符を浮かべていると、シホと、目論みを理解したミドリがニヤニヤして振り向いてくる。
「ちょっと・・これってどういうことなの・・!?」
シホとミドリの強引なやり取りに、ユカリは恥じらいを見せるばかりだった。
ユカリはミドリの自宅に連れてこられていた。そしてお湯の沸いた風呂に入れられていたのである。
全ては熱泥棒をおびき出すためのシホの作戦だった。こうして熱気のある風呂を用意すれば、必ず熱泥棒がそれを求めてやってくるはず。
「作戦は分かったけど、どうして私がお風呂に入れられるの!?」
「だって、こうしたほうが自然に見えるじゃない。熱泥棒に怪しまれないようにするためよ。」
声を荒げて講義するユカリに、シホが淡々と答える。
「熱泥棒はより熱いものを狙う傾向にあるみたいなの。だから1番熱いのに慣れてるユカリがこうしてお風呂に入って、熱泥棒を誘い込むって戦法よ。」
シホの説明に完全に言いくるめられてしまい、ユカリは仕方なく風呂の中にいることにした。その風呂場の扉越しに、シホとミドリが待機して監視する。
少しほてってきたのでひとまず上がろうとするユカリ。そこへシホの鋭い視線が突き刺さってくる。
脅されるような感覚を覚えながら、ユカリは渋々風呂に戻る。
それからさらに時間がすぎ、ユカリがのぼせ始めた頃だった。
突然風呂場の空気が冷たくなったような寒気をシホたちは感じた。窓は開けていない。ドアは開けてはいるが人が入れるほどの隙間はなく、外もドアは開いていない。
「何、この冷たい空気・・・!?」
ミドリが自分の体を抱いて震えだす。シホも周囲を見回してその謎を確かめようとする。
「ねぇ、誰かクーラー入れた?のぼせていたところだったのに、何だか寒くなってきたよ・・」
風呂に入っていたユカリが、腕を手でさすり始めていた。温かいはずの湯船なのに、寒気が漂いだしていた。
「あっ!あれ!」
そのとき、ミドリが慌しく風呂場の中を指差す。シホとユカリがそのほうに振り向くと、そこには小さな少女がたたずんでいた。
白と水色で構成されたかわいらしい浴衣を着ていて、その衣服も含めてその体が淡く白い光を帯びていた。
「あ、あれって・・・!?」
「ね、熱泥棒・・!?」
シホとミドリが当惑しながら声を振り絞る。少女は彼女たちに視線を向けると、無邪気な笑顔を見せてきた。
少女は緩やかに空気を吸い始めた。風呂場に漂っている熱気も一緒に。
「あの子、熱まで吸い込んでいるよ・・!」
驚くミドリの言うとおり、少女は風呂の熱気まで吸い取っていた。しかし驚くのはこれからだった。
熱いはずの風呂場が突如凍てつき始めた。信じられない光景に、ユカリはたまらず風呂から出る。
その彼女が突然動きを止める。
「えっ!?これって・・!?」
ユカリが驚愕をあらわにする。彼女の両足も白く凍てついていたのだ。
「ユ、ユカリ!?」
「これが熱泥棒・・人の熱まで奪い取ってる・・!」
ミドリとシホも驚愕を見せる。不安の表情を見せたまま、ユカリの体を氷が包み込んでいく。
怯え始めたシホとミドリも前で、ユカリのいる風呂場が雹を連ねた白い氷の世界に変わっていた。
「ね、ね、熱泥棒!私たちがあなたを捕まえてやるんだからね!」
シホが必死に熱泥棒に向けて言い放つが、少女は無邪気な笑みを崩さない。
せめてその姿だけでも収めておこうと、シホが首に提げていたカメラを手にとって写真を撮ろうとする。しかし少女はこの場の空気を吸い込もうとしていた。
風呂場だけに留まらずに凍結が広がっていく。部屋の熱が奪われ、温度が一気に下がり、霜や氷が張り巡らされていく。
「ウ、ウソ!?・・こんな、こんなことって・・・!?」
そしてその場にいたシホとミドリもその凍結に巻き込まれて、驚きの表情のまま白い氷に包まれてしまった。
部屋中の熱を吸い取って、満足したように満面の笑みを浮かべる少女。そして少女は外のほうに振り返って、音もなく姿を消してしまった。
この場には凍てついた白い世界が広がっていた。熱泥棒の姿を写真に収めたかどうかも、シホたちが氷漬けにされてしまったため、分からなくなってしまった。
それからこの夏は、奇妙な凍結事件が何件か起こった。警察もこの不可思議な現象に頭を悩まされていた。
これが熱泥棒の仕業なのか。熱泥棒の正体は何なのか。そもそも熱泥棒が実在するのかさえ、今となっては謎のままである。
シホ、ミドリ、ユカリも、凍てついた部屋の中から未だに解放されてはいない。
ここはとある女子高。
この学校とこの周辺には、様々な奇怪な事件や出来事が起こっている。
それらの事件に巻き込まれた人々。その犯人。その真実。
それらは現在も暴かれてはいない。