夏の固めシリーズ

「眠りの鏡」

 

 

 ここはとある女子高。

 この学校とこの周辺には、様々な奇怪な事件や出来事が起こっている。

 この出来事も、そんな事件の1つである。

 

 深夜の学校。

 その校舎の1つの廊下を、懐中電灯を持って歩く女子がいた。

 藍色のポニーテールをしているマイと、メガネをかけているショートヘアのチエである。

 2人はこの学校で噂になっている怪事件の真相を確かめようとしていた。その事件は、深夜の女子失踪事件である。

 何らかの理由で夜中に校舎に入り込んでいた女子が、次々と行方が分からなくなっているのである。生徒たちの中では、幽霊や誘拐犯など、いろいろな噂が飛び交っていた。

 その噂に強い興味を持ったのが、マイとチエである。その真実を確かめるため、他の女子たちの呼び止めも聞かずに、この真夜中の校舎に忍び込んだのである。

「ねぇ、そろそろ明かりを消したほうがいいんじゃないかな?」

「そうだね。幽霊にしても悪者にしても、明るくちゃ出てこれないからね。」

 マイが振り向いて声をかけると、チエは頷く。2人はひとまず懐中電灯の明かりを消す。

 はじめは視界が暗闇でさえぎられていたが、徐々に夜目が利くようになってくる。その視界を頼りに、2人はさらに進んでいく。

「幽霊とかもそうだけど、警備の人にも見つかんないようにしないとね。」

 マイの言葉にチエが渋々頷く。もしも見つかれば怒られるのは必死。しかも幽霊探しのためなどと言ったものなら、必ず呆れられるに決まっている。

 そんな恥ずかしい事態にもならないよう、彼女たちは息を呑んで頷いた。

 女子たちの噂では、行方不明になった人たちは、よく鏡のある場所の近辺で姿を消していた。おそらく、鏡と何か関係しているのではないかと2人は推測していた。

 そして2人は大鏡のある場所にたどり着いた。膝の辺りから全身を映し出している大きな鏡である。生徒はよくここで、髪型や身だしなみを整えている。

「もしかして、鏡の中から何かが出てきて、みんなを引きずり込んでるんじゃないかな?」

「えっ?」

 唐突なマイの言葉にチエが一瞬唖然となる。しかしすぐに苦笑を見せて、

「まさか。そんな非現実的なこと、摩訶不思議にも程があるわよ。」

「でも幽霊だって、非現実的で摩訶不思議だけど?」

 マイの指摘にチエが言葉を詰まらせる。焦りさえ見せながらも、何とか切り出そうとしている。

「な、何はともあれ、事件の真相を確かめるのが先決よ。」

 そのそわそわした様子に気付いているのかいないのか、マイがチエの言葉に頷いてみせる。

「でももしそんなことがあったら、出るときに鏡が歪んだりするかな?」

「さぁ。」

 興味津々に鏡の前に立ち、指で軽く突付いてみせるマイ。彼女の言葉にチエがため息混じりとも思える様子で首をかしげる。

「ウフフ、こうして突付いてみると、水溜りみたいにもわんって動いて・・」

 さらに突付いてみせるマイが何度目か鏡に触れた瞬間、彼女の言ったとおりに鏡が揺れ始める。

「えっ!?

 マイだけでなく、チエも驚きの表情を浮かべる。

「ちょっとマイ、何したのよ!?

「わ、分かんないよ!ホントに普通に・・!」

 本当に焦りを見せだす2人。揺れはさらに広がっていくと、何かが鏡の中に映し出される。

「えっ・・・!?

 マイとチエがその姿に眼を疑った。凝らしてみてもそれは変わらない。

 鏡の中に映し出されたのは、行方不明になった女子の1人だった。彼女は鏡の中で深い眠りについているようで、その姿は青白く映し出されていた。長い髪もその中で微動だにしていない。

「これって・・・!?

「まさか、ホントに・・・!?

 マイとチエの顔が恐怖の色に染まっていく。その怯えのあまり、鏡から数歩後ずさりをする。

 2人の視線の先で、鏡がさらなる揺らぎが起こる。その中では、先程とは違う行方不明の女子が姿を現す。ツインテールをしている彼女も、先程の女子と同じように、虚ろな眼をして眠るように動かなくなっていた。

「は、早く逃げないと・・・」

「う、うん・・・」

 チエの言葉にマイが震えながら頷く。恐る恐るこの場から離れようと必死になる。

 そのとき、鏡の揺れが一気に激しくなり、マイたちが驚きを見せる。その鏡から白く淡く輝く人影が這い出てきた。

「キャアッ!」

 悲鳴を上げる2人に影が一気に飛び込んでくる。

「マイ!」

 チエがマイを横に突き飛ばす。しりもちをつきながらもすぐに視線を戻したマイの眼に、人影に捕まったチエの姿が飛び込んでくる。

「チエ!」

「マ、マイ!早く、先生に・・!」

 マイに向けてチエが苦悶の表情を見せながら言い放つ。影の力は強く、チエはその手を振りほどくことができなかった。

 やがて踏みとどまっていた足が床から離れ、チエが人影に連れられて鏡の中に吸い込まれてしまう。

「チエ!」

 マイがたまらず起き上がって手を伸ばすが、チエを呑み込んだ鏡の平面にその手のひらがつくだけだった。

「チエ・・チエ・・・!」

 マイがすがるように鏡を覗き込む。チエを呑み込んだ鏡は依然として水溜りのような揺らぎを続けている。

 やがてその揺らぎの中、鏡の中にチエの姿が現れた。彼女も先程の女子たちと同様、眠るようにして微動だにしていなかった。

「チエ・・・!?

 マイがチエの姿にさらなる驚愕を覚えた。完全に怯えてしまい、数歩下がる。

 その直後、鏡から再び人影が飛び出してきた。マイはたまらずこの場から逃げ出した。

 影は鏡から抜け出て、さらにマイを追いかけようとする。しかしその動きは遅く、マイとの距離は徐々に広がっていった。

(早く何とかしないと!警備の人を見つけて、何とかしてもらわないと!)

 こうなっては誰かに助けを求める以外に方法はない。そう思ったマイは、必死に人を探しつつ、校舎の開いている出入り口を探した。

 もはやマイには落ち着きを払う余裕さえなくなっていた。彼女の足が強く床に踏み込まれ、その振動は校舎に響くほどの音を奏でていた。

 やがてもうすぐ事務室が見えてくるところまで彼女は来ていた。事務室は警備員の待機場所も兼ねているため、夜間でも明かりがついていて人もいる。

(もうすぐ!事務室に行けば・・!)

 必死の思いで走りぬける中、助かるという安堵と喜びを感じ始めていたマイ。しかし彼女は突然、何かに両肩をつかまれたような感覚に襲われる。

「えっ・・!?

 何が起こったのか、マイはその一瞬分からなかった。恐る恐る後ろを振り返った途端、彼女の顔が恐怖に包まれる。

 そこには先程の影がいた。影はマイの両肩をつかんで動きを止めていた。

「キ、キャアッ!」

 マイが悲鳴を上げて影の腕を振り払おうとする。しかしその声は事務室まで届いた様子は見られず、影の力は強く振り切ることができない。

「助けて!誰か!誰かぁぁーーー!!!

 無意識に大声を張り上げるマイだが、徐々に影に体を引き込まれていく。ふと振り向いた背後、影が伸びてきている壁には、別の大鏡があった。先程のものと同様、身だしなみを整えるために設置されているもので、影はそこから伸びてきていた。

 やがて力が入らなくなったマイが足を踏みとどまらせることができなくなり、完全に影に引き込まれる。そしてその大鏡の中に吸い込まれてしまった。

 水溜りのような揺らぎをしばらく起こした後、鏡は何事もなかったかのように静まり返った。

 

「どうした!」

 事務室にいた事務員と、校舎を見回っていた警備員がその廊下に駆けつけたのは、鏡が揺らぎを消した後だった。そこは何事もなかったかのように静かだった。

「おかしい・・たしかに物音が聞こえたはずなんだが・・・」

「気のせいだったんだろうか・・・」

 薄暗い廊下を見つめる事務員と警備員。しかしそこは何もない夜の校舎の廊下だった。

「一応、今夜は念入りに警備させてもらうよ。近頃、あの失踪事件のことでみんな不安がっているから。」

「そうですね。では今夜も頑張ってくださいね。」

 警備員が気を引き締めると、事務員が小さく一礼する。そして各々の仕事に戻っていく。

 通り過ぎたその廊下の壁にある鏡が小さく揺らいでいた。その中には、虚ろな眼をしたマイの姿があった。

 しかし警備員は彼女の姿に気付かずに行ってしまった。

 その翌日に、マイとチエの失踪が騒がれたが、その事件の真相を知る人は誰もいなかった。

 

 ここはとある女子高。

 この学校とこの周辺には、様々な奇怪な事件や出来事が起こっている。

 それらの事件に巻き込まれた人々。その犯人。その真実。

 それらは現在も暴かれてはいない。

 

 

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