魔法少女リリカルなのはSchlüssel

11th stepBRAVE PHOENIX

 

 

 世界は崩壊に向けて拍車をかけていた。しかし常人には何が起こっているのかさえ気づいていなかった。

 その中でフェイト、はやて、ライム、ジャンヌ、アルフは気づいていた。空が歪み、異空間に通じるトンネルが開放されようとしていたことに。

「ねぇ、あれって・・・!?

「何かイヤな感じや・・・」

 アルフとはやてが緊迫した面持ちでトンネルを見つめる。

「ちょっと待って!あれって・・・!?

 異空間の闇の中にきらめく光を眼にして、ライムが声を荒げる。

「あれは・・・」

「なのは・・・!」

 その光を確認したジャンヌとフェイトも眼を見開いた。異空間から飛び出してきたのは、ユウキとユーノに助けられたなのはだった。

 疲れ果てていたなのはが、力なく空から落下していく。アルフは狼形態になって飛翔し、なのはを背で受け止めた。

「なのは、大丈夫かい!?なのは!」

 アルフの呼びかけを受けて、なのはがもうろうとした意識の中で反応を見せる。その様子にアルフやフェイトたちが安堵を浮かべる。

 ユウキとユーノを残して異空間を脱出してきたことが心残りとなり、なのはは心身ともに疲れ果て、アルフの腕の中で意識を失った。

 

 ユウキとの戦いに敗れた庵は、申し訳ない心境でヘクセスの前にやってきていた。しかしへクセスは庵の敗北を責めていなかった。

「もうすぐだ・・もうすぐ全ての次元が、わらわによって再構築される・・・」

「しかし、オレがユウキを叩き伏せていれば、高町なのはのリンカーコアを奪われずにすんだはず・・本当に申し訳ございません・・・」

「よい。高町なのはの魔力は奪い返されたが、代わりに神楽ユウキ、ユーノ・スクライアの魔力を得た。わらわの復活が時間の問題であることに変わりはない。」

 詫びる庵に言いかけて、ヘクセスは妖しく微笑みかける。

「ところでお前の妹、仁美の様子はどうだ?」

「・・・まだ不安定なところもありますが、オレの、ヘクセス様のために戦ってくれることでしょう。」

 庵が言いかけたところで、1人の少女が姿を現した。時空管理局にスパイとして身を置いていたシルヴィアである。

「よくやった、シルヴィア・クリストファ。これで新たな世界の構築を阻害する時空管理局の足止めは成功した。」

「ありがとうございます、ヘクセス様。」

 ヘクセスの言葉に感謝を返すシルヴィア。しかしその胸中では、リンディやクロノの魔力略奪に加担したことに対する後悔が渦巻いていた。

「シルヴィア、これから高町なのはをはじめとした魔導師たちがやってくる。オレと仁美が前線に出る。お前はサポートを頼む。」

「分かりました、庵さん。」

 庵の指示にシルヴィアが頷く。そして庵は立ち上がり、仁美の迷いを取り払うためにヘクセスの前から離れた。

 

 なのはが眼を覚ましたのは、フェイトたちに救出された夜明け前から数時間経過した正午近くだった。上半身を起こして周囲を見回す彼女は、自分が京野家の一室のベットにいたことに気づく。

「やっと眼が覚めたみたいだね。」

 そんな彼女に声をかけてきたのはライムだった。そしてフェイト、アルフ、遅れてはやて、ジャンヌも部屋に入ってきた。

「ライムちゃん、フェイトちゃん・・みんな・・・」

 親友たちの再会になのはが笑みをこぼす。だがすぐにその笑みが消える。

「私のために、ユウキさんとユーノくんが・・・」

 ユウキとユーノを助けられなかったことに、なのはが悲しみを覚えて涙をこぼす。するとフェイトとアルフも沈痛の面持ちを浮かべる。

「リンディ提督もクロノも・・魔女に・・・」

 フェイトが口にした言葉になのははさらなる動揺を覚える。だが彼女たちは真剣な面持ちになって、これからの決戦に備える。

「行こう、なのはちゃん、フェイト、はやてちゃん、ジャンヌ。もう僕は迷わない。庵さん相手でも戦える。」

「ライムちゃん・・・」

 決意を口にするライムになのはが戸惑いを見せる。

「私にも、アンナを取り返したい・・・」

「私も、あの子たちを助けたい。私の全力で・・・」

「私は仁美ともう1度話がしたい。そして私の気持ちを、全力で伝えたい・・・」

 ジャンヌ、はやて、フェイトも自身の決意を周囲に伝える。

「みんな・・・行こう。みんなのために、この思いを伝えるために・・・」

 なのはの声に、フェイトたちは頷いた。部屋を出てリビングに来ると、そこには大河と人間形態のフォルファの姿があった。

「フォルファさん・・・!?

 バリアジャケットをまとっているフォルファになのはが一瞬驚く。だがフェイトたちは大河たちが魔法に関して知っていたことを分かっていた。

「全てはオレが招いたことだ。オレが三種の神器を管理していれば・・・」

「そんなに自分を責めないで、フォルファ。あなたの力と助言がなかったら、私たちは今頃ここにいなかった・・・」

 フォルファを励ますフェイト。なのはたちに視線を向けて、大河が戸惑いを浮かべたまま口を開く。

「ホントなら小学生たちを危ないとこに行かせるのは、教師として認めたくないけど、言っても聞きそうもないわね・・」

「藤村先生・・・」

「みんな必ず帰ってきなさいよ。帰ってきたらパーティーだから。」

「ありがとう、先生・・・」

 大河の優しさを受けて、なのはが笑顔を見せる。フェイトたちも笑みをこぼしていた。

 

 なのはたちは海鳴臨海公園に来ていた。そこで彼女たちは結界を展開しつつ、異空間へのトンネルを開こうとしていた。

「オレが結界を展開しながら異空間に通じる道の位置を特定する。そこを結界を破壊する要領で次元の壁を破ってほしい。」

「結界破壊かぁ・・それならあたしの出番だね。」

 フォルファの説明を受けてアルフが笑みを見せる。

「ここから先は何が起こるか分からない。しかも魔女が待ち構えているはずだ。覚悟を決めてくれ。」

 フォルファの言葉になのはたちは頷く。それを確認してから、フォルファは意識を集中する。彼の足元に魔法陣が出現し、魔力の発現を示す。

 そして同時に異空間に通じる次元の壁の特定を行う。

「見つけた!9時の方向だ!」

 海のほうに向いているフォルファがトンネルの位置を告げる。それを受けて、アルフが右手に魔力を込めて、その位置に向けて叩き込む。

 鏡が割れるような音を立てて、見えない壁が壊れて異空間への道を作る。空間は不安定で、重苦しい空気が充満していた。

「この先に魔女がいる。それと仁美も・・・」

 フォルファが歯がゆさを見せながら、異空間を見据える。

「行こう、みんな・・!」

 ライムの声になのはたちが頷く。ところがはやてがふらつき、ライムに支えられる。両足の麻痺が完治には至っていないのだ。

「大丈夫?よかったら僕が・・」

「ゴメンな・・せやけど大丈夫。」

 心配するライムにはやてが微笑む。シュベルトクロイツと防護服を展開することで、彼女は足の麻痺を抑えた。

 改めてなのはたちは異空間へ飛び込んでいった。空間内は不安定だったが、魔導師としての鍛錬を行っているなのはたちは冷静だった。

 しばらく異空間を進んだところで、なのはたちは足を止めた。

「やっぱり待ち伏せしてたみたいだね。」

 ライムが告げた直後、周囲に鎧たちが続々と姿を現した。鎧たちは各々の武具を構えてなのはたちの進行を阻む。

「なのは、フェイト、ここは私とはやて、ライムが相手をするから、先に行って。」

「ジャンヌちゃん・・!?

 ジャンヌの呼びかけになのはが当惑する。

「庵さんと仁美さんを助けるのは、なのはちゃんとフェイトちゃんの役目や。」

「アルフとフォルファもなのはちゃんたちを助けてあげて。僕たちもすぐに追いかけるから。」

 はやてとライムもなのはたちに呼びかけて、鎧たちを見据える。仲間たちの思いを背に受けて、なのはとフェイトが頷く。

「ありがとう、みんな・・必ず、みんな一緒に帰ろう・・・」

 フェイトの言葉にライムたちも頷く。なのは、フェイト、アルフ、フォルファは魔女を目指して先行していった。

「さて、僕たちも始めるとしますか!」

 彼女たちを見送ってから、ライムが白い宝石を取り出す。ジャンヌも透明の宝玉を手にして掲げていた。

「行くよ、クリスレイサー!」

「行くよ、シャイニングソウル!」

Drive ignition.”

 ライムとジャンヌの呼びかけで、クリスレイサー、シャイニングソウルが杖へと形状を変える。2人もそれぞれバリアジャケットを身にまとい、臨戦態勢に入る。

 はやてとジャンヌは砲撃・広範囲攻撃魔法を、ライムは打撃魔法を中心に、鎧たちに攻撃を加えていく。戦況は有利に見えたが、鎧の数が多いため、はやてたちは悪戦苦闘を余儀なくされていた。

 

 魔女、庵、仁美を追い求めて、異空間をさらに駆け抜けていくなのはたち。彼女たちはしばらく進んだ後、足を止めた。

 彼女たちの前に、庵、仁美、シルヴィアが立ちはだかっていた。

「庵さん・・・」

「仁美さん・・シルヴィア・・・」

 なのはとフェイトが戸惑いを浮かべる。彼女たちと対峙している庵たちの中、仁美は困惑を抱えていた。

 戦いを通じて自分の心に幾度となく語りかけてきた金髪の少女。魔導師としての潜在能力もさることながら、揺るぎない心の強さを秘めている少女。戦いに巻き込まれて怯えていた自分に、ぶつかることで呼びかけてきた少女。

 違う出会いをしていたら、こうして敵対していなかったかもしれない。だが今、大切なものを守るため、求め続けた願いを叶えるため、フェイトと仁美は対立することを覚悟していた。

「大丈夫だ、仁美。お前は三種の神器に選ばれている。オレと一緒に、新しい世界に向かおう。」

「お兄ちゃん・・・うん。」

 庵に励まされて、仁美は微笑んで頷く。

「庵さん、仁美さん、私も援護を・・」

 シルヴィアが庵と仁美に呼びかけると、そこへアルフとフォルファが立ちはだかってきた。

「悪いけど、フェイトとなのはの邪魔はさせないよ。2人は庵と仁美と真正面から向き合おうとしているんだから。」

 不敵な笑みを見せるアルフに、シルヴィアは一瞬焦りを見せる。

 その傍らでなのはと庵、フェイトと仁美がそれぞれ互いを見据えていた。

「お前たちは、世界の破滅から逃れられない。いっそのこと直接、オレの手で倒してやる。」

 庵がなのはに向けて鋭く言い放つ。

「あなたがユウキさんの気持ちを受け入れなくなってから、いつかこうなると思ってました・・・」

 なのはも沈痛の面持ちで庵に答える。だが彼女の眼には迷いの色はなかった。

 ゆっくりとなのはに近づき、庵がすれ違いざまに言いかける。

「お前はなぜこの世界にこだわる?お前も分かっているはずだ。この世界がいかに理不尽で不完全か。もしもあのときこうなっていたら、辛い思いをせずにすんだと。ヘクセス様の創る世界に身を置けば、その辛さから救われるのに・・・それなのにお前は、この愚かな世界に執着するというのか!?

 感情を込めて言い放つ庵に、なのはは物悲しい笑みを浮かべて答える。

「確かに辛いことも悲しいこともある。あんなことがなかったら、どんなによかったと・・でもこの世界にはみんなが、私の大切なものがある。その大切なものを守るために、私は戦う・・・!」

「守る価値のないものを、守っても仕方ない・・・!」

「価値のないものなんてないよ・・・」

 憤りを見せる庵と真剣な面持ちになるなのは。2人はすれ違い、距離を取ってから振り返る。

 その頃、仁美もフェイトに自分の気持ちを告げていた。

「フェイトちゃん、お兄ちゃんだけが、私の心の支えだった。だから私は、お兄ちゃんの願いを叶えてあげたい。それを誰にも邪魔はさせない・・・!」

「仁美さんの気持ち、分かります。私も母さんのために頑張ってたから・・でも私は、仁美さんと分かり合いたい。」

「お兄ちゃんに対する私の想い、あなたには分からない・・・」

 フェイトの切実な思いを、仁美は頑なに拒む。2人はそれぞれ指輪、金色の宝石を取り出し掲げる。

「クライムパーピル。」

Drive ignition.”

「バルディッシュ。」

Yes, sir.”

「クリンシェン。」

Zieh.”

「レイジングハート。」

Stand by ready.”

 仁美、フェイト、庵、なのはがそれぞれのデバイスを起動させる。混迷する世界の中、少女たちと選ばれし者の全てを賭けた戦いが始まろうとしていた。

 

 鎧たちとの戦闘を繰り広げるはやて、ライム、ジャンヌ。しかし次々現れる鎧たちに、はやてたちは焦りを募らせてきていた。

「だんだんきつなってきたな・・」

「このままじゃなのはたちに追いつく前に、魔力が切れる・・」

 はやてとジャンヌが思わず焦りを口にする。その中でライムは密かに決意と覚悟を決めていた。

「はやてちゃん、ジャンヌ、アイツらをできるだけ1箇所に集めてくれないか?」

「ライムちゃん・・?」

 ライムの言葉にはやてがきょとんとなる。

「僕が全力で、一気にアイツらを撃ち抜く。クリスレイサーの力を全開にすれば、それができるはずだよ。」

「それって・・!?

 ライムのその言葉にジャンヌが驚く。ライムがやろうとしていたのは、クリスレイサーのフルドライブの起動だった。

 カートリッジシステム搭載のデバイスは、機体への損傷を被る危険がある。特にフルドライブモードの起動はその危険が激しい。

 その起動を試みようと提案したのはライムではなく、彼女の気持ちを汲んだクリスレイサー自身の意思だった。

「みんなが疲れを残すくらいなら、僕一人でそれを背負ったほうがこれからのためにもなるから。だからはやてちゃん、ジャンヌ、後は頼んだよ。」

「ライムちゃん・・・そんなのはあかんよ、ライムちゃん。これから先も、私もジャンヌちゃんもライムちゃんも一緒や。」

「そうだね。ここで置いていくなんて認めないから。」

 ライムの言葉にはやてとジャンヌが反論を付け加える。2人の気持ちを察して、ライムは苦笑いを浮かべた。

「分かった。負けたよ。どこまでもお供しますよ。それじゃ援護をよろしく!」

 ライムははやて、ジャンヌに言いかけると、大きく飛翔してクリスレイサーを大きく掲げる。彼女の背から光り輝く翼が広がっていた。

「クリスレイサー、スマッシャーモード!」

Smasher mode.Drive ignition.”

 ライムの言葉を受けて、クリスレイサーが超長距離型へと形態を変える。そしてはやてとジャンヌが左右にけん制し、鎧たちをうまく誘導して集中させる。

 その間、ライムとクリスレイサーは周囲に霧散している魔力を収束させ、自身の魔力と掛け合わせて砲撃に備える。

(これもなのはちゃんの受け売りになるのかな・・なのはちゃんやみんながいてくれたから、今の僕がある・・・)

 なのはをはじめとした仲間たちを思い返し、ライムは眼前を見据える。

「だから今度は、僕がなのはちゃんたちの力になる!」

Stardust meteor full throttle.”

 ライムとクリスレイサーの最大の砲撃魔法「スターダストミーティア・フルスロットル」が放たれる。これはクリスレイサー・ソリッドがスマッシャーモードとなったときのみ発動できる魔法で、持てる全ての魔力をつぎ込んで放たれる。その威力はなのはのスターライトブレイカーやエクセリオンバスターに勝るとも劣らないが、ライムの戦術の最大の特徴である速さを殺し、さらに魔力チャージのためにかなりの時間を要してしまう。

 全力全開のライムの砲撃は、はやてとジャンヌによって集められていた鎧たちを包み、一掃させる。まばゆいばかりの光が消えた後、そこに鎧たちの姿はなかった。

 全ての力を使い果たし、空中に飛行していたライムが落下する。彼女を受け止めたのはジャンヌだった。

「大丈夫、ライム?」

「ジャンヌ・・・よかった・・僕もやれたんだね・・・」

 心配の声をかけるジャンヌに、ライムが微笑みかける。着地した2人の前にはやても駆けつけてくる。

「ライムちゃん、大丈夫か?ケガとかしてないか?」

「はやてちゃん、僕は平気だよ。ただ少しムチャしちゃったかな、アハハ・・・」

 はやての心配にもライムは笑顔を見せて答える。そのライムに、はやてとジャンヌが手を差し伸べてきた。

「ありがとう、はやてちゃん、ジャンヌ。みんなで行こう。なのはちゃんたちのところに・・・」

 感謝の言葉をかけるライムに、はやてとジャンヌも頷く。3人はなのはたちの向かった先へと急いだ。

 

 庵がクリンシェンを高らかと掲げる。すると不安定だった異空間が歪み、別の場所を映し出した。

 それは観客たちの大歓声がひしめくアリーナ会場だった。一変した光景になのはがきょとんとなる。

「安心しろ。結界の一種だ。三種の神器が展開する結界は、使用者のイメージを汲み取って具現化することもできる。もちろん結界だから転移したわけではなく、ただの立体映像だ。ただしその壁やものにぶつかった感触は本物だが。」

 庵がなのはに向けて淡々と説明する。気を取り直して、なのはがレイジングハートを構える。

「お前が高い資質と強い信念を持っていることは知っている。だが、オレとクリンシェンを打破することはできない。」

 庵は言い放つと飛び出し、なのはに向けてクリンシェンを振り下ろす。

Protection Powered.”

 振り下ろされた一閃を、レイジングハートが展開した障壁が受け止める。

Barrier Burst.”

 その直後、障壁がデバイスの意思によって破裂し、その反動で庵となのはが吹き飛ばされる。だが庵はすぐに体勢を立て直してなのはに迫る。

Axel fin.”

 なのははとっさに高速移動を行う。庵との距離を取ってから、なのはは魔法弾を数個出現させる。

「アクセルシューター、シュート!」

 庵に向けて魔法弾を発射する。勢いよく向かってくる魔法弾に対し、庵は平然と構えていた。

「誘導弾は機動性、的確性に長けている分、威力が若干弱い。下手に避けるよりは、防御を固めて防げばいい・・クリンシェン!」

Schild form.”

 庵の呼びかけに答えたクリンシェンが形状を剣から盾へと変える。完全防御の型となったデバイスが、なのはの魔法弾を完全に阻み、弾き返す。

 だがなのはは間髪置かずに次の攻撃の準備を行っていた。だが庵には高出力の砲撃魔法の特徴を理解していた。

「砲撃魔法は威力が高いが、狙いが固定化されてしまう。だから発射される瞬間に動けば、回避は困難ではない。」

 庵は語りかけながら、なのはの砲撃が放たれる瞬間を見定めていた。

「ディバインバスター!」

 高出力の砲撃魔法を解き放つなのは。

Stange form.”

 同時に庵が飛び上がって砲撃をかわし、同時にクリンシェンの形状が槍に変わる。

Stich blatt.”

 庵がクリンシェンを振りかざすと、無数の光の槍が出現し、なのはに向けて次々と放たれる。なのはとレイジングハートが回避と障壁を駆使して防いでいくが、何発かが彼女の体をかすめ、魔力を削っていく。

「そして同じ砲撃魔法でも、クリンシェンはあらゆる面において、お前などとは比べ物にならない。」

Gewehr form.”

 銃砲へと変化したクリンシェン。その銃口をなのはに向けて、炎、水、雷の3つの属性の力を1つの魔法弾にして装てんする。

「射抜け、クリンシェン。シュメルツフェアファーレンクーゲル!」

Schmelzverfahren kugel.”

 3種の魔力を注いだ砲撃をなのはに向けて放つ庵。とっさに回避するなのはだが、砲撃の余波は広域魔法の効果を備えており、彼女に影響を及ぼした。

Axt form.”

 動きが鈍った彼女に向けて、クリンシェンを斧の形状に変えた庵が飛び込んできた。

「この形態では威力がある分、隙を多く作ってしまう。だがら動きを封じることで、確実にその絶大な力を叩き込む。」

 庵がなのはに向けて痛烈な一閃を繰り出す。その威力は彼女の前に展開された障壁を打ち破り、レイジングハートの柄を両断してしまう。

 なのはは吹き飛ばされ、観客席に叩き込まれる。痛烈な攻撃を受けたものの、なのはは体を起こす。

 傷ついた杖を眼にして、彼女は沈痛の面持ちを浮かべる。

「大丈夫、レイジングハート?」

No problem,my master.

 なのはの心配にレイジングハートが答え、破損した柄が修復される。新品同様に戻った杖を見て、彼女は笑みをこぼす。

 その彼女の前に、クリンシェンを剣の形状に戻した庵が立ちはだかった。

「クリンシェンは剣、盾、槍、銃、斧の5つの形態を持ち、あらゆる状況に合わせての戦闘を可能とする。三種の神器でないお前のデバイスでは、オレとクリンシェンを打ち破ることはできない。」

 庵がなのはに言い放つと、クリンシェンの切っ先を彼女の眼前に突きつける。

「諦めろ。この世界に執着しているお前に、未来はない。」

 

 一方、フェイトは仁美との戦闘を繰り広げていた。しかしフェイトは仁美に組み付かれ、そのまま天井を突き破って空中に投げ出される。

 そしてそこから仁美は降下し、フェイトを地上に叩きつけようとする。

(このままじゃ頭から突っ込んでしまう・・・!)

「バルディッシュ、パージ!」

Sonic form.”

 フェイトの呼びかけにバルディッシュが答える。彼女をまとっていたバリアジャケットが弾け飛び、軽量化される。

 その衝撃でフェイトを捕まえていた仁美が吹き飛ばされ、何とか拘束と地上への衝突を避けたフェイトが体勢を立て直し、2人は再び互いを見据える。

「もうその速い攻撃は通じない。何度も受けるわけにはいかない!」

 仁美が言い放つ前で、フェイトがカートリッジを装てんしたバルディッシュを構え、速い動きで一気に間合いを詰め寄る。

Flame shield.”

 だが仁美は炎の壁を展開し、フェイトの高速の攻撃を阻む。高速化される反面、防御力が低下しているフェイトを、紅い炎が容赦なく襲い掛かり焦がす。

「だから言ったでしょ・・私にはもう通じないって・・・私はお兄ちゃんとユウキさん、3人一緒に暮らせればそれでいいの・・・」

「確かに家族一緒に暮らせれば、どんなに幸せなのか、私にも分かります。でも、あなたが望んでいる幸せは、偽りのものでしかない!庵さんが同じ願いを持っているとは・・!」

「勝手なこと言わないで!お兄ちゃんは私を思ってくれてる!裏切るはずがない!」

 感情に駆られた仁美の髪が紅く染まる。魔法大覚醒によって、彼女の力が最大限に引き上げられる。

「アンタに邪魔はさせない!私はただ、お兄ちゃんとユウキさんと一緒にいたいだけなの!」

「そんなウソの幸せにすがったって、何も残らない・・・私が手を差し伸べてあげます。私の持てる全てを賭けて!」

Zamber form.Drive ignition. ”

 フェイトの決意を受けたバルディッシュが形状を変え、巨大な金色の光刃を出現させる。フルドライブモード「ザンバーフォーム」の発動である。

「これって・・!?

 フェイトの身長を超える光刃の刀身に仁美が驚愕を覚える。だがすぐに自身の強い意思を胸に秘める。

「たとえどんな攻撃が来ても、私は逃げたりしない!」

Weapon mode.”

 仁美が形状を槍に変えたクライムパーピルを構える。真正面から突っ込んでくる仁美に向けて、フェイトが光刃を振り下ろす。

 リミッターを解除し、威力を最大限まで引き上げられている一閃は、仁美の突進を打ち破り、槍の先端を大きく削り取る。その衝撃で吹き飛ばされる仁美だが、傷ついたクライムパーピルはすぐに自己修復していた。

「なんて力・・だけど、それでも負けない!」

Load Cartridge.Spark mode.”

「負けたくない!」

Flare blaster sparking.”

 仁美が持てる力の全てを砲撃につぎ込む。フェイトは向かってくる閃光を見据えながら、光刃を高らかと振り上げる。

「撃ち抜け、雷神!」

Jet Zamber.”

 衝撃波の反動を駆使して加速された光刃を、フェイトは仁美の砲撃目がけて振り下ろす。光刃の一閃を砲撃がぶつかり合い、周囲に大きな振動を巻き起こす。

 この壮絶な打ち合いは互角かと見られた。だが突如クライムパーピルに亀裂が入った。先に負担が限界に達したのは、リミッター解除を行っているバルディッシュではなく、三種の神器の1機であるクライムパーピルだった。

 その破損によって優劣が分かれた。フェイトの一閃が仁美の砲撃を打ち破り、さらに怯んだ仁美を大きく吹き飛ばした。

 仁美は壁に叩きつけられ、巻き起こる噴煙の中に消えた。心にある思いを込めて、フェイトは全身全霊を仁美にぶつけたのだった。

 

 庵に次第に追い詰められていたなのはだが、彼女は諦めていなかった。

「諦めない・・私もユウキさんと同じように、これから何をしようとするのか分かっていなかった。でもやっと私にも分かってきた。ユウキさんも・・」

 傷ついた体に鞭を入れて、なのはは立ち上がる。そして彼女は鍵のペンダントを取り出す。

「それは・・!?

 庵が眼を見開く前で、なのはが強く念じる。その思いに呼応して、シェリッシェルが起動する。

(ユウキさんのこの思い・・シェリッシェル、お願い。この思い、庵さんに届けてあげて・・・!)

Yes, sir.”

 なのははシェリッシェルをレイジングハートと結合させる。ブースターの役割を担う鍵の力を受けて、なのはのデバイスが強化される。

「シェリッシェルを結合させてデバイスを強化させたか。だがお前に三種の神器の力を最大限に引き出すことはできない。」

 庵は顔色を変えずに、なのはに向けてクリンシェンを振りかざす。シェリッシェルによって高められた戦闘技術を駆使して、なのはは素早く後退して一閃をかわす。

「アクセルシューター、シュート!」

Accel Shooter.”

 なのはが庵に向けて魔法弾を発射する。

「ムダだ。」

Schild form.”

 高速で向かってくる光弾に対し、庵は防御を徹底する。だが防御に集中していた庵の障壁を、なのはの魔法弾のいくつかが撃ち抜いた。

(バリアブレイク効果だと!?・・このクリンシェンの障壁を簡単に干渉してくるなど・・!)

 障壁を撃ち抜かれたことに驚愕する庵。その眼前で、なのはは次の攻撃を行おうとしていた。

「行くよ、レイジングハート・・・エクセリオンモード、ドライブ!」

Excellion mode.Drive ignition.”

 なのはの呼びかけで、レイジングハートがシェリッシェルと結合したまま、フルドライブモードである「エクセリオンモード」を起動させる。リミッター解除とブースターの効果を受けて、その潜在能力が最大限に引き上げられる。

 砲撃体勢に入っているなのはを見据えて、庵は身構えていた。

(フルドライブによる最大級の砲撃魔法の発動か。だが外したときに大きな隙を作ることにもなりかねない。)

 砲撃への迎撃に備え、庵がそのタイミングを見定める。

(あれだけの威力の魔法だ。連射は利かない。かわして全力を持って叩き伏せる。それで終わりだ。)

「エクセリオンバスター、ブレイクシュート!」

Excellion Buster.”

 なのはが庵に向けて、全てを込めた砲撃を放つ。庵はその発射を見定めて、クリンシェンを剣に戻して飛び上がる。

(これで終わりだ、高町なのは!)

 勝機を見出した庵がなのはに向けて一閃を見舞おうとする。だがなのはは間髪置かずに、庵に向けて飛び込んできていた。

A. C. S., standby.”

「エクセリオンモード、バレル展開!」

Open.”

 レイジングハートの先端に6枚の光の羽根が広がり展開する。A..S(瞬間突撃システム)の起動である。

 虚を突かれた庵が、クリンシェンの刀身でなのはの突進を受け止める。刀身に込められた魔力で突進を受け止めるクリンシェンだが、レイジングハートはその魔力を突き破る。

「エクセリオンバスター、ブレイクシュート!」

「バカな!?

 続けてエクセリオンバスターを放つなのはに、庵が驚愕し眼を見開く。

(フルドライブでの魔法の連射は、デバイスを大破させかねないこと!2発目を撃てないどころか、デバイスが破損しないなど・・!)

 庵がエクセリオンバスターの連射に動揺を隠せないでいる。そんな彼の眼に移ったシェリッシェルが全開して起動していた。

(シェリッシェルが、高町なのはに力を与えている・・まさか、三種の神器の力を使いこなせているとでもいうのか・・・!?

 愕然となる庵が魔力の放出による爆発に巻き込まれる。密着状態での砲撃だったため、なのはとレイジングハート、シェリッシェルもその衝撃を受ける。

 飛翔していたところを落とされ、仰向けに倒れる庵。持てる力の全てを消化した彼は、思うように体が動かせないほどに傷ついていた。

 そんな彼の前に着地したなのは。数歩近づいてきたのを眼にして、庵は止めを刺されることを覚悟した。

 だがなのはは庵の横をすり抜ける。何もしない彼女の行動に、庵は驚きと同時に憤りを覚える。

「なぜだ・・なぜとどめを刺さない・・・!?

 庵が必死に体を動かして問い詰めると、なのはは足を止めて振り向かずに答える。

「私はただ、自分やユウキさん、みんなの思いをあなたに伝えたかっただけ・・傷つけるためだけに全力を出したわけじゃないよ・・・」

「ふざけるな・・早く・・早くとどめを・・・!」

「・・・ダメだよ・・あなたは、ユウキさんや仁美さんのためにも生きないと・・・」

 声を荒げる庵の要求を、なのはは首を横に振って拒む。この言動は彼女自身の真っ直ぐな気持ちであり、ユウキ、仁美を思えばこその優しさだった。

 そのとき、フェイトのジェットザンバーを受けて吹き飛ばされた仁美が、なのはと庵のいるこのアリーナステージに転がり込んできた。彼女が現れた場所から、フェイトもゆっくりと歩いてきた。

「フェイトちゃん・・」

 なのはが声をかけると、フェイトが眼を向けて微笑みかける。フェイトはすぐに視線を、戦意を喪失しかかっていた仁美に戻す。

 そのとき、立ち上がった庵が突然声を上げて笑い出す。その哄笑になのは、フェイト、仁美が困惑し、上空で交戦していたアルフ、フォルファ、補助系の魔法がほとんどのため、防戦一方となっていたシルヴィアが動きを止める。

「愚かだ・・実に滑稽だ!いつ消えるともしれない浅はかなものにすがりつくとは・・お前といい、ユウキといい・・!」

 庵のこの言葉に仁美がさらなる困惑を覚える。まるで庵がユウキを信じていない、何とも思っていないような言動をしていると思ったのだ。

 その傍らで、シルヴィアが突如アルフに組み付いてきた。

「ヘクセス様、私とともに魔力を!」

「しまった!・・アルフ、離れろ!魔女が・・!」

 フォルファがアルフに呼びかけようとしたとき、魔手がシルヴィアとアルフの体を貫き、2人のリンカーコアを奪い取る。

「アルフ!」

 フェイトがたまらず声を上げる。ゆっくりと降下して着地したアルフとシルヴィアの体が灰色に染まりだした。

「フェイト・・あたしは大丈夫だから・・・あたしはフェイトを信じてるから・・・」

 困惑するフェイトに笑みを向けるアルフが、シルヴィアとともに完全に石化に包まれた。

「もう少しでヘクセス様が完全に復活する。お前たちはこの世界の崩壊とともにそのはかない命を終える・・」

 庵が眼を見開いて歓喜をあらわにする。そこへ動揺をあらわにしている仁美が歩み寄ってきた。

「お兄ちゃん、どういうことなの・・ユウキさんが・・・!?

 声を振り絞って問い詰める仁美に、庵が笑みを消さずに答える。

「ユウキは愚かにもオレたちを裏切り、ヘクセス様に逆らった!その報いを受け、その魔力をヘクセス様に捧げることとなったのだ!」

「えっ・・・!?

 その答えに戸惑う仁美の前に、灰色に変わり果てたユウキが姿を現す。その姿に仁美は愕然となる。

「そんな、ユウキさん・・・お兄ちゃん、ユウキさんを元に戻して!」

 仁美が庵に懇願すると、庵は悩ましくも不敵な表情を見せて言いかける。

「ずっと一緒にいられるんだぞ、仁美・・オレとお前、2人で新しい世界を築いていけるんだ・・・」

「でも、ユウキさんも一緒じゃないと・・・」

「間もなくこの世界は新しく再構築される。今の世界の法もタブーも無意味になる。オレとお前がユウキを切り捨てたとしても、誰もオレたちを責めることはできない・・・」

 その言葉を聞いた瞬間、仁美は絶望感を覚えた。そこにいるのがもはや兄ではないと実感したのだ。

 彼女はたとえ大罪だとしても、ユウキと庵と昔のように3人で暮らしていくことを望んでいた。どこにでもあるような家族愛が彼女の望みだった。

 周りの全てを投げ打ってまで信じてきた想いを打ち壊された仁美の絶望は、次第に庵に対する憤怒へと変わっていった。

「庵・・アンタは・・アンタは!」

 仁美は傷ついたクライムパーピルを振りかざし、残っている全ての魔力を庵に向けて解き放つ。しかし彼女の魔力は弱まっており、傷ついた庵でも受け止めるのは造作もないことだった。

「お前も、オレを裏切るというのか・・・」

 庵が落胆の言葉をかけた直後、仁美の胸をヘクセスの魔手が貫いた。込み上げてくる怒りをぶつけることさえできず、仁美は完全に絶望しきってしまっていた。

「これで完全なる復活が・・・ヘクセス様、オレの力をあなたに捧げます・・・!」

 庵が両手を広げて自分の魔力を捧げようとする。ヘクセスは彼の胸を突き、彼のリンカーコアを抜き取る。

「庵さん!仁美さん!」

 たまらず声を荒げるなのは。徐々に石化に包まれていく仁美が苦悶の表情を浮かべながら、手にしていたクライムパーピルを離す。

「フェイトちゃん、なのはちゃん・・ゴメン・・・私・・・」

 フェイトとなのはに沈痛の面持ちを向ける仁美。彼女の眼から涙がこぼれた瞬間、彼女は完全に灰色に染まった。

「仁美さん・・・」

 兄に対する一途な想いを打ち砕かれた仁美の姿に、フェイトはいたたまれない気持ちにさいなまれた。

「ついに・・わらわは現世への復活を遂げた・・・」

 周囲の空間から突如発せられた不気味な声。庵が展開していた結界を打ち破り、次元の魔女、へクセスが完全なる復活を遂げた。

 

 

次回予告

 

ついに復活を遂げた魔女。

かつてない危機の真っ只中で、なのはたちは最後の決戦の地に立つ。

ヘクセスの絶対的な力が、少女たちを容赦なく傷つける。

満身創痍の彼女たちに救いはあるのか・・・?

様々な思いと運命に、ついに終止符が打たれる・・・

 

次回・「vestige

 

果てしない未来に、思いの痕跡が刻まれる・・・

 

 

作品集

 

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