魔法少女リリカルなのはSchlüssel
10th step「HEART OF SWORD」
庵が使用した異空間へのトンネル。そこからエイミィは、魔女がいると思われる異空間の座標ポイントをキャッチしていた。
リンディ、クロノ、エイミィ、シルヴィア、そしてフェイトとアルフはアースラに帰還。アレックス、ランディらオペレーターと、ギャレットら捜査スタッフを合流した。
「これより、異空間への突入を開始します。アルカンシェルの準備を。なのはさんたちを救出した後、脱出とともに異空間に向けて発射します。」
「了解!」
リンディの指示にクルーたちが答え、それぞれの作業に全力を注ぐ。エイミィもアルカンシェルの発射準備を執り行っていた。
魔導砲「アルカンシェル」。艦船一隻をたやすく破壊するほどの威力を備えたミッドチルダの魔法兵器である。覚醒した闇の書をマスターもろとも消滅、沈黙させたこともある。
魔女が多くの強力なリンカーコアを取り込んでいたとしても、アルカンシェルを用いれば葬るには至らなくとも沈黙させることはできる。リンディはそう推測していた。
「異空間は次元が不安定なため、常に危険と隣り合わせになるでしょう。くれぐれも気をつけて・・」
リンディがクルーたちに呼びかけたときだった。
突如艦内が轟音と振動に襲われ、警告音が鳴り響く。クルーたちの何人かがその振動に体勢を崩される。
「どうしたの!?何が起こったの!?」
「爆発です!本艦下部から爆発が起こり、自動消火システムを稼動させて鎮火に当たっています!」
リンディの声にアレックスが状況報告をする。
「爆発による火災はもうすぐ鎮火しますが・・アルカンシェルが使用不能に・・!」
その報告に、クルーたちは緊迫を覚える。魔女を迎え撃つ最大の手段であるアルカンシェルが破損してしまったのだ。
「爆発の原因は?何者かの攻撃?」
「いいえ、これは・・内部での爆発です!」
エイミィの報告にリンディが緊迫を覚える。
「クロノ執務官、フェイトさん、アルフは爆発地点に向かってください。爆発の原因の究明と犯人の特定をお願いします。」
「分かりました。」
リンディの指示を受けてクロノが答え、フェイトとアルフとともに作戦室を飛び出した。船体の立て直しのため、エイミィをはじめとしたクルーたちが全力を注ぐ。
そのとき、リンディが胸を貫かれたような感覚を覚え、あえぐ。その瞬間に、他のクルーがいっせいに振り向く。
「これは、魔女!?・・エイミィ、レーダーは・・!?」
「艦長!・・いいえ、レーダーには魔力の接近は察知されていません!」
必死に声を振り絞るリンディに、エイミィが当惑を抱えながら答える。リンディの胸を貫いている魔手は、彼女の中のリンカーコアを抜き取り、姿を消してしまった。
魔力の根源を奪われたリンディの体が灰色に染まりだす。
「艦長!」
「私のことは気にしないで!それぞれの作業に集中して!」
動揺を見せるクルーたちに呼びかけるリンディ。体が石化していく中で、彼女は冷静さと的確な判断を失わなかった。
「エイミィ、アースラの指揮はあなたに任せます。みなさんを、なのはさんたちを頼みます・・・」
「艦長・・・分かりました!」
リンディの指示を受けて、困惑を振り切って返答するエイミィ。彼女に全てを託したリンディの体が完全に石化に包まれた。
突然の爆発が起こった地点にたどり着いたフェイト、アルフ、クロノ。クロノは爆発の原因を確認してフェイトたちに声をかける。
「これは外部からの攻撃によるものじゃない。内部からやられたんだ。」
「内部?じゃ、誰かがアースラに忍び込んで・・」
「その可能性は低いよ。もしも何者かが侵入すれば、アースラのレーダーが確実に探知しているはずだからね。多分、アースラの中にスパイがいる。」
アルフの言葉を否定して、クロノは推測を働かせる。
「爆発が起きたとき、フェイトとアルフを含めて全員が集まっていた。ただ1人を除いて・・・」
そういってクロノは背後に振り返った。その先へフェイトとアルフも眼を向ける。
そこには当惑の面持ちを浮かべているシルヴィアの姿があった。
「シルヴィア・クリストファ、君がアースラに装備されていたアルカンシェルを攻撃したんだ・・!」
クロノがシルヴィアに指摘し、アルフが驚きの面持ちを見せる。すると困惑を見せていたシルヴィアが突然妖しい笑みを浮かべた。
「ちょっと焦っちゃったかな。いや、ここまでやったら見つかるのは当然かな。」
「シルヴィア、いったいどういうつもりなんだ・・魔女に対抗する手段のアルカンシェルにこんなこと・・・まさか、君は・・!?」
思い立ったクロノが驚愕を見せる。すると哄笑を上げるシルヴィアの眼に不気味な眼光が宿る。
「そのとおりですよ、クロノ執務官。私は魔女、ヘクセス様に仕える人間です。」
「魔女・・そんな・・・!?」
淡々と語りかけるシルヴィアに、フェイトが愕然となる。
「私はいつも失敗ばかりで、何をやってもうまくいかない。そんな自分が許せなくて、そんな自分を変えたくて・・・そう思っている私に声が聞こえて、私に手を差し伸べてきました。」
「それが魔女というわけか・・」
クロノが答えると、シルヴィアは微笑んで頷いた。
「ヘクセス様なら、私を変えてくれる。私を強くしてくれる・・だからヘクセス様の邪魔はさせない・・・」
「それは違うよ、シルヴィア・・」
歓喜を見せていたシルヴィアの言葉をフェイトは否定する。
「誰かに頼って手に入れた力は、本当の力じゃない。本当の力は、どんなに小さくても弱くても、自分自身で培い養ってきた力だよ。」
「フェイトさん・・」
「失敗ばかりでも、いつでも一生懸命。それがシルヴィア、あなたの本当の力・・・」
一瞬戸惑いを見せるシルヴィアに、フェイトが微笑みかける。しかしシルヴィアはその優しさを頑なに拒んだ。
「それでも私は、強くなりたい!弱いままの自分じゃイヤなの!」
悲痛の叫びを上げるシルヴィアの眼が再び不気味な眼光が宿る。
「ヘクセス様の描く世界が、私が強くなれる場所・・・」
シルヴィアが冷淡に告げると、突如出現した魔手がクロノの胸を貫いた。
「クロノ!・・魔女か・・!」
声を荒げたアルフが、魔女の気配を探ろうと周囲を探るが、魔女の姿も魔力も見当たらない。
「フェイト、アルフ、ここを離れてなのはたちのところへ行くんだ!」
「でもクロノ・・!」
呼びかけるクロノに対し、フェイトが戸惑いを見せる。魔手はクロノの体からリンカーコアを抜き取り、異空間へと消えていった。
「フェイトさん、ヘクセス様はあなたの魔力をいただきたいとおっしゃっていますよ。ヘクセス様のため、こちらにいらしてください。」
シルヴィアがフェイトに向けて手を差し伸べる。
「フェイト、ここで君がやられたら、魔女からこの世界を守る者がいなくなってしまう・・ここで君の魔力が奪われるわけにはいかない・・僕やアースラに構わず、早く行くんだ!」
必死にフェイトに呼びかけ、全てを託すクロノの体を蝕む石化が、彼の手足の先まで及ぶ。次第に脱力しながらも決意を失わない彼を見つめて、フェイトも決意を秘めて頷いた。
「ありがとう、クロノ・・・必ず助けにいくから・・・!」
フェイトはクロノとシルヴィアに背を向け、アルフとともに駆け出した。シルヴィアもその直後に転移魔法でこの場を立ち去った。
「後は任せたよ・・・フェイト・・なのは・・・」
立ち去っていくフェイトとアルフを見送って微笑むクロノが、完全に石化に包まれた。アースラから強い魔力を備えた魔導師が行動不能となってしまった。
リンディたちと別行動を取って、違う角度から魔女のいる異空間に向かおうとしていたはやて、ライム、ジャンヌ、フォルファ。心境のすれ違いから対立してしまったはやてとライムだったが、ラークの決死の呼びかけもあって和解していた。
その中でライムは庵に裏切られたことに困惑を隠せなかった。恩人として信じていた人が、魔女に仕えて世界を崩壊させようとしたことに対して、彼女は信じられない気持ちと許せない気持ちを抱えていた。
「僕のせいだ・・僕が庵さんを信じようとしたせいで・・ラークやシグナムたちは・・・」
「そんなに思いつめないで、ライムちゃん。私もしっかりしてはったなら、あの子たちがあんなことに・・・」
互いに自分を責めるライムとはやて。しかし同時に励ましあい、2人は魔女から奪われたものを取り返すことを心に決めた。
「とにかく、三種の神器は魔女のいる異空間にある。上位の魔導師たちが揃っているといっても、こちらが不利であることも明らかだ・・」
フォルファが深刻な面持ちで現状を口にする。だが世界を守る意思は捨ててはいなかった。
「だが、オレはまだ諦めたわけじゃない。仁美やなのは、魔力を奪われた者たちを助けなければならない。そのためにオレは戦う。三種の神器を管理する者として、1人の戦士として・・」
「私も行くよ。なのはやアンナ、みんなを助けたいから・・」
フォルファに続いてジャンヌも決意を口にする。次第に歪み始めている空の次元を見据えながら、4人は魔女に立ち向かおうとしていた。
そのとき、はやてたちの前に転移してきた人物がいた。魔女のアースラ襲撃から逃れてきたフェイトとアルフだった。
「フェイトちゃん!」
「アルフ!」
はやてが声を荒げ、ライムがフェイトとアルフに駆け寄る。
「フェイト、どうしたんだ!?リンディさんたちはいったい・・!?」
「ライム・・アースラに魔女が襲ってきて、リンディ提督とクロノが・・」
呼びかけるライムに、フェイトが困惑の面持ちで答える。魔女の襲撃を受けてアルカンシェルを封じられ、リンディとクロノが石化されたことに、ライムたちは動揺を隠せなかった。
「魔女の力が徐々に強まっている・・強い魔力を求める勢いまで強まってきている・・・」
魔女に対する脅威を改めて感じたフォルファが強く拳を握り締める。
「管理局まで戦力を封じられた・・・連絡を取り合いながら、オレたちがやるしかないようだ・・・」
フォルファの言葉にフェイトたちが頷く。徐々に勝機を削がれていく中でも、彼らの決意は揺るぎなかった。
庵を追って異空間に飛び込んだユウキ。異空間の影響で正確に気配を感じ取ることができないでいた彼は、必死になのはたちの行方を追っていた。
(なのはちゃん、ユーノくん、無事でいてくれ・・・)
なのはたちを求めて、ユウキは暗闇の中を駆け抜けていく。
だがユウキは唐突に足を止めた。彼の前に立ちはだかったのは、剣のペンダントを手から下げている庵だった。
「庵・・・」
鋭い眼つきを見せて、ユウキは数歩庵に近づく。彼が再び足を止めると、庵が声をかけた。
「よく来てくれたね、ユウキ・・お前なら来てくれると思っていたよ・・」
「庵、オレはお前の考えていることを知るために、お前を追ってきたんだ。お前は魔女に従って、何を考えているんだ・・・!?」
ユウキが切実な心境で問いかけると、庵は淡々と答えてきた。
「ユウキ、オレはこの数年、自分を見つめなおす意味も含めて、世界を渡り歩き、見つめてきた。そこで理解した。世界は愚かであり、滅びなければならない。」
庵のこの言葉の意味が一瞬飲み込めず、ユウキは言葉が返せなかった。
「大人は倫理と節度を失い、子供は自分だけが正しいと思い込み、ただ自分だけが幸せであろうとする。そんな世界に未来があると思うか?悠二さんが殉死したことも、この愚かな世界の不条理故に・・」
「違う!」
庵の言葉をユウキが否定する。その反応に庵が眉をひそめる。
「父さんが亡くなったのは、そんな不条理のせいじゃない!それに、世界はお前が言うようなもんじゃない!オレはお前ほど世界を見てきているわけじゃないが、これだけは言える。たくさんの人が自分だけじゃなく、自分以外のみんなのために一生懸命になっているって!」
「馬鹿げたことを!お前もいい加減眼を覚ませ!この世界は破滅という形でリセットされ、また新しい世界へと生まれ変わる。このままにしていたら、世界は取り返しがつかなくなるほどに崩壊することになる。ならばオレたちの手で、この世界を・・・!」
互いに自分の意見をぶつけ合い、拮抗するユウキと庵。そこにはもはや2人の友情の絆はなかった。
「庵、お前は本気でこの世界を滅ぼすつもりなのか・・オレやなのはちゃん、仁美のいるこの世界を・・!」
「もちろんだ。だが仁美とお前は、新しく創られる世界に存在することができる。オレはお前たちのことを思い、お前たちを連れて行く。」
憤りをあらわにするユウキだが、庵は顔色も考えも変えない。昔の庵でないことを悟り、ユウキは鍵のペンダントを手にする。
「庵・・オレは、お前の考えにはついていけない。オレはみんなが自分の目指す道を必死に進んでいるこの世界が好きだ。それを壊そうって言うなら、たとえお前でも・・」
「倒すというのか・・親友であり、仁美の兄であるオレを・・?」
「倒してやるさ・・・今までのオレにはやりたいことが、夢がなかった。だけどなのはちゃんやはやてちゃん、たくさんの人たちと出会って、三種の神器に触れてみて、やっと気づいたんだ・・今オレがやりたいことが・・・」
互いに鋭い視線を投げかけ、ユウキと庵がそれぞれのデバイスに呼びかける。
「行くよ、シェリッシェル!」
“Get set.Drive ignition.”
「行くぞ、クリンシェン!」
“Zieh!”
シェリッシェル、クリンシェンが起動し、ユウキと庵がそれぞれ手にする。ユウキはシェリッシェルの光刃を見つめて、自分のすべきことを見つめ返す。
(なのはちゃんやはやてちゃん、仁美、オレの周りにいる大切な人たちを守りたい・・みんなの幸せを、守っていきたい・・・!)
ユウキが光刃を構え、庵を見据える。
「庵、オレは魔女を倒し、なのはちゃんと仁美を連れて帰る。もしも邪魔するなら、お前も・・」
そしてその切っ先を庵に向けるユウキ。だが庵はユウキの決意を鼻で笑う。
「お前はオレのところに来てくれると信じていたんだが・・・魔女に従わないというなら、オレが引導を渡してやる。」
庵が低い声音で言い放つと、ユウキに向かって飛びかかり、ユウキに向けてクリンシェンを振り下ろす。カートリッジロードによって威力が高められている一閃を、ユウキも同様にカートリッジを装てんしているシェリッシェルで受け止める。
その爆発的な魔力の衝突で火花が散り、周囲の空間を歪ませるほどとなっていた。ユウキと庵は互いを突き飛ばし、距離を取る。
“Blast form.”
“Gewehr form.”
シェリッシェルとクリンシェンがそれぞれ砲撃形態へと変形する。互いに銃口を向けながらも、ユウキも庵もすぐに攻撃を仕掛けようとはしない。迂闊に先手を仕掛ければ反撃を受けかねないと警戒していたのだ。
しばらく沈黙か続き、先に仕掛けたのはユウキだった。ユウキは横に飛びのき、旋回しながら砲撃を開始する。
“Straight blast.”
貫通性に長けた砲撃が庵に向かって放たれる。
“Eis Kugel.”
これに対し庵は氷の弾丸を解き放つ。弾丸は途中で拡散し、ユウキの砲撃をさえぎる壁となる。互いの砲撃はその効果と威力で完全に相殺される。
「貫通性のある攻撃は、強度のある氷で迎撃するに限る。そして・・」
“Donner Kugel.”
クリンシェンが雷の弾丸を放つ。稲妻の砲撃は速さに特化しており、身構えていないユウキを射抜く。シェリッシェルの自動防御によって守られたものの、不意打ちに近い攻撃を受けて魔力を著しく削られる。
「このクリンシェンは5つの形態を持ち、各形態ごとにさらに数種類の攻撃展開が可能の、三種の神器の中でもっとも攻撃性に優れているデバイスだ。たとえ同じ三種の神器のシェリッシェルでも、その攻撃を跳ね返すのは簡単なことではない。」
庵が淡々と告げながら、ユウキに向けて砲撃を続ける。
“Klinge form.”
そして剣の形状に戻したクリンシェンを振りかざし、庵がユウキとの間合いを一気に詰めてくる。
“Saber form.”
ユウキもシェリッシェルを剣に形態を戻して、庵の一閃を受け止める。しかし後手に回っていたユウキが次第に庵の勢いに押されていく。
「ユウキ、お前はあらゆる面でオレに勝てない!」
さらに魔力の弾丸を装てんして威力を上げたクリンシェンの攻撃に、ユウキはついに突き飛ばされる。
「ぐっ・・!」
うめきながら横転するユウキ。庵の攻撃でシェリッシェルの柄に亀裂が生じる。しかし自己修復によってすぐに亀裂が消失する。
ユウキはシェリッシェルを握り締めて、ゆっくりと立ち上がる。彼の額からかすかに血が流れてきていた。
「諦めろ、ユウキ。お前も時空管理局も、高町なのはをはじめとした上位魔導師ですら、ヘクセス様の崇高な力を弊害することすらできない。」
庵がユウキに刃を向けて低く言い放つ。しかしユウキは光刃を下げようとしない。
「オレは諦めない・・・オレが諦めたら、みんなと対立してまでここまで来た意味がなくなる・・・」
ユウキの揺るぎない決意を目の当たりにして、庵が眉をひそめ、笑みを消す。
「やっと自分のやるべきことを見つけかけているんだ・・ここで引き返すようなことはしたくない・・・!」
「そんな体で何ができる・・お前ではヘクセス様はもちろん、オレにも勝てない・・・!」
いきり立った庵がクリンシェンを振りかざし、ユウキに向かって飛びかかる。
(そうだ・・オレもなのはちゃんたちのように、答えが見つかりかけている・・・もしもオレにその答えを見つけられるなら、シェリッシェル、オレに力を貸してくれ・・・!)
“Yes, sir.”
ユウキの強い意思にシェリッシェルが答える。カートリッジロードを行い、その威力を何倍へと高めていく。
同様に爆発的に威力を上げているクリンシェンの一閃を、ユウキは怯むことなく受け止める。
「何っ・・・!?」
全力の一撃を受け止められたことに庵が初めて驚愕をあらわにする。ユウキは閉じていた眼をゆっくりと開けて、庵に呼びかける。
「庵、お前は魔女に仕えてその世界にとどまることを決めているみたいだけど、オレはオレの道を行くよ・・」
「ヘクセス様の世界を拒んだお前に未来はない・・お前たちには破滅しかない!」
冷静に語りかけるユウキに対して、庵が感情をあらわにする。だが力押ししようとする庵を前にして、ユウキは平然さを保っていた。
「絶対破滅なんて末路には行かない。オレはその答えにたどり着く・・・!」
ユウキは光刃を振りかざして庵を振り払い、さらに光刃を高らかと振り上げる。ユウキの決意を受け入れたシェリッシェルが、さらに魔力の弾丸を装てんしていく。
「庵、見せてやる・・オレの確信を!」
自らの決意を込めて、ユウキが光刃を振り下ろす。剣を振りかざして迎撃しようとする庵だが、ユウキの一閃で剣の刀身に亀裂が入った。
その瞬間に庵が愕然となる。攻撃力、信念、平常心、全てにおいて優位だと庵は信じて疑わなかった。
愕然となった庵がその場にくずおれ、ユウキがシェリッシェルを下げて庵に振り返る。
「庵、オレは魔女を倒し、なのはちゃんたちを探しに行く。」
ユウキが低く言い放つと、庵が突然笑みを浮かべた。
「ひとつ教えておくよ、ユウキ・・高町なのはは、ヘクセス様の手中に堕ちた・・」
「何っ・・・!?」
庵が口にした言葉にユウキが驚愕を見せる。
「助けに行くとでも言うのか?・・お前では、ヘクセス様の足元にも及ばない・・後悔することになるぞ・・」
「後悔はないさ・・オレも、答えを見つけ出したいから・・・」
庵の忠告を耳にしながらも、ユウキは歩き出した。なのはを助け出すため、彼は単身、ヘクセスに挑もうとしていた。
ユウキ、なのはとともに異空間へと入り込んだユーノ。フェレットから人間の姿へと戻り、なのはとユウキの行方を追っていた。
(かすかに感じた2つの魔力の衝突・・確か、この辺りのはずなんだけど・・・)
なのはの魔力を探って、ユーノは異空間内の気配を細大もらさずに捉えていく。そして彼は突然足を止めた。
彼の前には石化したなのはの姿があった。
「なの・・は・・・!?」
ユーノは変わり果てたなのはに眼を疑った。彼女はリンカーコアを引き抜かれ、体が石になっていた。
(魔女の仕業なのか・・・向こうにも強い魔力が・・ユウキさん・・・!)
ユウキとシェリッシェルの魔力を捉え、ユーノはそこへ急いだ。
魔女にアースラが襲撃されたことを知った時空管理局本局。レティはある人物への連絡を行い、支援を求めていた。
“なるほど・・そういう事態なら向かわないわけにはいかない。だがこちらの現在位置からでは、少し時間がかかってしまう。それまで踏みとどまってもらいたい・・”
「分かりました。あなた方の協力に感謝いたします。ですが、あの子たちが大人しくしているという保障はできません。」
レティの話を聞くと、モニターの人物が笑みをこぼしていた。
“勇ましい、というべきかな?それで現在健在の人物のデータをこちらに回してほしい。魔導師、騎士、使い魔、全て・・”
その申し出にレティは頷き、2人は交信を終えた。
なのはをはじめとした魔女の被害者を助け出すため、ユウキは異空間を進んでいた。そして彼はついに、魔女のいる場所へとたどり着いた。
「出て来い、魔女!なのはちゃんを、みんなを元に戻せ!」
シェリッシェルを強く握り締め、ユウキは淀む空間に呼びかける。すると空間全体から発せられているような不気味な微笑みが聞こえてきた。
「庵を退けたか。三種の神器の選ばれし者というだけのことはある。」
身構えるユウキの前に現れた不気味な影。次元の闇と一体となっている魔女、ヘクセスである。
「だがわらわに刃を向けるその行為・・それは勇気ではなく愚かというものだ。」
ヘクセスがユウキに向けて右手をかざす。
「ディバインバスター。」
「なっ・・!?」
その右手から放たれた砲撃にユウキが眼を見開く。ヘクセスが放ったのは、明らかになのはの砲撃魔法だった。
ユウキはとっさにその砲撃をかわす。体勢を立て直して、彼はヘクセスに視線を戻す。
「それは、なのはちゃんの魔法・・・どうして・・・!?」
「わらわは取り込んだリンカーコアに記憶されている魔法を使うことができる。今のわらわは、高町なのはの魔法を全て使うことができる。」
ヘクセスの言葉にユウキは驚愕を覚える。ヘクセスは取り込んだリンカーコアの宿主の魔法を使用でき、さらに基本的な特徴、効果、威力はそのままに、多くの魔力を取り込んでいることで威力がかなり高められている。
「ウィンドバインド。」
ヘクセスの詠唱により、ユウキの周囲に風が渦巻き、彼を拘束する。ヘクセスは取り込んでいるラークの拘束魔法を発動させたのだ。
ユウキが風の枷を外そうとしていたとき、上空に光刃の群れが停滞しているのに気づき、眼を見開く。クロノの「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト」である。
「仲間の力で葬り去られる気分はどうだ?」
笑みを強めたヘクセスが光刃の群れをユウキに向けて解き放つ。
「シェリッシェル!」
“Twist blade.”
ユウキの呼びかけを受けたシェリッシェルの光刃が鞭のように動き、迫ってきた光刃の群れをなぎ払い、風の枷をも切り裂いた。しかしそのためのかなりの魔力、体力を消耗し、ユウキは息を荒げていた。
「諦めるがいい。いかに抗おうとも、わらわの世界の再構築を阻むことはできぬ。たとえ三種の神器に選ばれし者であろうと。」
ヘクセスが妖しく微笑み、ユウキに向けて魔力を解き放とうとする。
(ここまでなのか、オレは・・・だったら、せめて!)
ユウキは残された力を振り絞り、ヘクセスに真っ向から飛び込んだ。
「アクセルシューター。」
数個の魔法弾が解き放たれ、ユウキを射抜いて魔力を削っていく。それでもユウキは怯まず、ヘクセスの体にシェリッシェルの光刃を突き立てる。
眉をひそめるヘクセスだが、すぐに笑みを浮かべる。眼を見開いたユウキの胸を、ヘクセスの魔手が貫いていた。
「わらわに刃を突き立てたことは褒めておこう。その勇気と力、わらわがもらい受けるぞ。」
「そうかい・・オレも捨てたもんじゃないってことかな?・・・だけど・・・」
互いに笑みを見せるヘクセスとユウキ。ユウキがシェリッシェルをヘクセスの体から引き抜く。
引き抜かれた光刃にヘクセスが眼を見開く。光刃は水晶をひとつ絡め取っていた。それはなのはのリンカーコアであり、桜色の水晶には裸身の彼女が閉じ込められていた。
「貴様・・!?」
「返してもらうぞ・・なのはちゃんを・・・!」
声を荒げるヘクセスに、ユウキが笑みを見せて言い放つ。
そこへユウキの魔力を追ってきたユーノが駆けつけ、2人の姿を目の当たりにする。
「ユウキさん!」
その声にユウキが視線だけをユーノに向ける。同時にヘクセスがユウキの体からリンカーコアを抜き取る。
「ユーノくん、これを!」
ユウキはユーノに向けて、シェリッシェルとなのはのリンカーコアを投げる。ユーノがこれらを受け取ると、ユウキが笑みを見せる。
リンカーコアを奪われたユウキの体が灰色に染まって固まっていく。それでもユウキは笑みを崩さなかった。
「ユーノ、これをなのはちゃんに届けてくれ!」
「ユウキさん!」
声を荒げるユーノにユウキが呼びかける。石化しながらも全てを託そうとしているユウキの思いを受けて、ユーノはきびすを返して駆け出した。
(なのはちゃん・・後は任せたからね・・・)
なのはに全てを託したユウキを蝕む石化が彼の手足にまで及ぶ。哄笑を上げるヘクセスの眼前で、ユウキは完全に石化に包まれた。
なのはに敗退し逃走した仁美は、満身創痍の庵に駆け寄っていた。一瞬呆然さを見せた庵に、仁美は涙ながらに寄り添った。
「お兄ちゃん・・私・・私・・・」
「仁美・・・もう大丈夫だ。オレもお前も、新しい世界に旅立つんだ。誰にも邪魔はできない、邪魔はさせない・・・」
仁美に呼びかける庵。兄から安らぎを与えられて、仁美は微笑んで瞳を閉じた。
その庵の優しさが、ヘクセスへの忠誠の元で成り立っていることに気に留めずに。
ユウキからシェリッシェルとなのはのリンカーコアを託されたユーノは、全力疾走でなのはの元へ向かっていた。不安定な異空間のため、彼は転移魔法を使うことができなかった。
持てる力を振り絞るような気持ちで駆け抜けるユーノは、ついになのはの前までたどり着く。
「なのは!」
なのはに呼びかけて、ユーノが彼女の石化した体にリンカーコアを戻そうとした。
そのとき、ユーノの体を魔手が貫き、その体内から水晶を引き抜いていた。なのはと接触する直前に、ヘクセスがユーノを捉えていた。
「魔女・・もう少しなのに・・・!」
歯がゆさをあらわにして、ユーノは振り返らずに視線だけを背後に向ける。ヘクセスが妖しい笑みを浮かべ、彼の魔力を奪おうとしていた。
「わらわが手にした魔力を奪い返すとは。そなたのその勇ましさの込められた魔力、わらわの栄えある人柱にしてやろう。」
ヘクセスは言いかけて、ユーノからリンカーコアを奪い取った。足が止まってしまったユーノの体が、魔手が貫いた胸元から灰色に染まっていく。
「諦めるがよい。どんなにもがいてもそなたらに一条の希望すらない。」
「いいや・・まだ希望はある・・・!」
石化に体を蝕まれていくユーノがヘクセスに反論する。そしてなのはに向けて彼女のリンカーコアを放つ。
桜色の水晶が灰色の少女の体に入り込んでいく。魔力を取り戻したなのはが石化から解き放たれる。
「あれ?・・私・・・ユーノくん!」
一瞬呆然となっていたなのはが、徐々に灰色に染まっていくユーノを目の当たりにして驚愕する。
「なのは・・よかった・・元に戻れたんだね・・・」
ユーノがなのはに向けて笑みを見せる。
「なのは、君はフェイトたちのことろに帰るんだ。世界を救うには、君の力が必要なんだ・・」
「でも、ユーノくん・・!」
「僕はなのはを信じてるから・・・」
ユーノは手にしていたシェリッシェルの柄をなのはに渡す。戸惑うなのはに向けて転移魔法を発動し、彼女をこの異空間から脱出させた。
「ユーノくん!」
悲痛の叫びを上げるなのはが離れるのを見送るユーノ。既に手足の先まで固まり、首から上が侵食されようとしていた。
(あとは任せたから・・なのは・・・)
なのはたちにユウキと自分の思いを託したユーノが、立ち尽くしたまま灰色の石像と化した。自分の魔力を奪われることを覚悟して、ユーノはなのはを救出したのだった。
「高町なのはを逃がしたか・・だが追わずともよい。全てを取り戻そうと必ずわらわの前に現れる・・・」
なのはをあえて追わず、ヘクセスはユーノの魔力を自らの体内に取り込んだ。
次回予告
託された思い。
終局へと向かう運命。
全てを取り戻すため、少女たちは暗黒の淵へと赴く。
なのはと庵。
フェイトと仁美。
少女たちと選ばれし者の最終対決が開始される。
思いは今、不死鳥のごとき光を放つ・・・