魔法少女リリカルなのはSchlüssel
9th step「Snow Rain」
兄、庵が気がかりになり、仁美も大河たちに気づかれないように外に飛び出していた。庵のために何かをしてあげたい。それが仁美の決意だった。
庵を追い求める彼女だが、その前にフォルファが姿を現した。
「フォルファ・・・?」
仁美が戸惑いを見せながらフォルファを見つめる。フォルファは深刻な面持ちで仁美に声をかける。
「庵のところに行こうとしているんだね・・・?」
「うん・・・」
「・・・行くな、仁美。」
呼び止めるフォルファに、仁美が驚きを覚える。
「フォルファ、どうして・・・私はお兄ちゃんに会いたい!会って、お兄ちゃんのために何かしたい!」
「ダメだ!」
自分の想いを口にする仁美に、フォルファが感情をあらわにする。
「君の兄さん、庵は魔女の配下に身を委ねている。迂闊に手を貸してはいけない。」
「何言ってるのよ・・お兄ちゃんは私を裏切ったりしない!たとえ魔女とかいうのに味方していたとしても、私はお兄ちゃんの味方だから・・・!」
「仁美こそ・・何を言っているんだ・・・魔女に味方したらダメだ!魔女はこの世界を、全ての次元世界を滅ぼそうとしているんだぞ!」
「それでも私は構わない!お兄ちゃんのいる場所が、私が“私”でいられる場所だから・・・」
必死に呼びかけるフォルファに、仁美は物悲しい笑みを浮かべる。彼女の言葉と想いを受けて、フォルファは苦渋の決意をする。
「兄さんを想う君の心を否定したくはない。しかし君が魔女に加担するというなら、オレは君を止めなくてはならない・・・!」
フォルファが握り締める両手に電流がほとばしる。臨戦態勢に入る彼を目の当たりにして、仁美も覚悟を決める。
「フォルファがそのつもりなら・・・私ももう迷わない!」
“Stand by ready.Drive ignition.”
クライムパーピルを起動させ、バリアジャケットを身にまとった仁美が身構える。彼女の髪の色は紅く染まっていた。
「たとえアンタでも、私とお兄ちゃんの邪魔はさせない!」
いきり立つ仁美に対し、フォルファも白い稲光を身にまとった。
「大変です、艦長!ユウキさんの姿がありません!」
ユウキが外に出て行ったことを知って、エイミィがリンディの前に駆け込んできた。
「ユウキさんが・・・!?」
「あと、なのはちゃんとユーノくんも・・・!」
付け加えるエイミィの報告を受けて、リンディは真剣な面持ちを見せる。
「全員を起こして!すぐに3人を呼び戻して!」
「艦長!海鳴臨海公園に魔力反応を確認!三種の神器、クライムパーピルです!」
アースラのクルーたちに指示を出すリンディに、シルヴィアが報告を告げる。
「クロノ執務官は魔力反応の地点へ急行!魔女が現れる可能性があります!」
「私が行きます!」
クロノに指示を出すリンディに呼びかけたのはフェイトだった。
「仁美さんと話がしたいんです。私に行かせてください・・・!」
真剣な面持ちで出動を志願するフェイトに、リンディは小さく頷いた。
「分かりました。フェイトさん、お願いします。」
リンディの言葉を受けてフェイトは頷き、部屋を飛び出す。
「アルフ、行くよ!」
「分かったわ、フェイト!」
フェイトの呼びかけを受けて、アルフも部屋を出た。
庵との邂逅を望んでいるユウキは、なのは、ユーノを連れてバイクを走らせていた。空は雲行きが怪しくなり、月が見えなくなっていた。
(一雨着そうだ。だけど、今はすぐに庵に会わないと・・・!)
焦りにも迷いにも囚われず、ユウキはバイクを走らせた。
そのとき、ユウキは突然バイクを急停止した。なのはが当惑し、ユーノも振り落とされそうになる。
ユウキの眼前には、シャイニングソウルを手にしているジャンヌの姿があった。
「ジャンヌちゃん・・・」
ジャンヌの登場になのはは戸惑いを見せる。ジャンヌはシャイニングソウルをユウキに向けて声をかける。
「どこへ行くんですか、ユウキさん?庵さんに会うつもりでしたら、ここから先に行かせるわけにはいきません。」
「そこをどいてくれ・・オレは庵ときちんと話がしたいんだ。アイツはオレたちの友のままなのか。それともオレたちの敵になってしまったのか。直接会って、オレ自身で確かめたい・・」
立ちはだかるジャンヌを前にしても、ユウキの決意は変わらない。
「邪魔をするっていうなら、オレは君たちと戦わなければならない。できるなら、オレたちに道を開けてほしい・・・」
「ユウキさんの気持ち、分からなくないです。でもここを通したら、世界が混乱してしまう。」
決意を告げるユウキだが、ジャンヌも退こうとしない。
「引き返してください、ユウキさん。そうすれば、あなたの身の安全は保障します。」
「お心遣い、感謝したいところだけど・・オレはここで立ち止まるわけにはいかないんだ!」
ユウキの決意に呼応するように、シェリッシェルが起動して光刃の柄を成す。
「なのはちゃん、ユーノ、しっかり捕まっててくれ。一気に突っ切るよ!」
「ユウキさん・・・!」
なのはの声を聞き入れながらも、ユウキは強行突入を決意する。ジャンヌは歯がゆさをかみ締めて、ユウキたちに狙いを定める。
“Impulse shooter.”
シャイニングソウルから眼に見えない魔法弾が放たれる。その1発がバイクのタイヤに辺り、ユウキ、なのは、ユーノは転倒する。が、3人とも体勢を立て直して怪我を避けた。
「大丈夫、なのはちゃん!?」
「うん、私は大丈夫。」
「僕も平気だよ。」
ユウキの呼びかけに答えるなのはとユーノ。ユウキはシェリッシェルを構えてジャンヌを見据える。
「待ってくれ!」
そこへ割って入ってきたのは、クリスレイサーを手にしているライムだった。ライムの登場になのはたちが戸惑いを見せる。
「ジャンヌ、なのはちゃんたちを行かせてやって。」
「ライム・・・!?」
ライムの言葉にジャンヌが驚く。ライムが視線を向けると、なのはが戸惑いを見せる。
「僕も確かめたいんだ。庵さんが何を考えているのか・・・だからユウキさん、庵さんに会って、気持ちを確かめてほしいんだ・・・」
「ライムちゃん・・・」
ユウキも戸惑いを隠せなかった。ライムも庵の言動が気がかりで仕方がなかったのだ。
「それは違うよ、ライムちゃん。」
そこへやってきたのは、シュベルトクロイツを手にしたはやてだった。
「庵さんがどんな人なのか、私はよく分かってる。そしてユウキさん、あなたも・・・町を出たときの庵さんやないのは、ユウキさんも分かってるはずやて。」
「はやてちゃん・・・それでも・・・」
はやての言葉にユウキが反論しようとしたとき、雲行きの怪しい空から雨が降り始めた。
「それでもオレは、庵に会わなければならないんだ・・・」
庵に会うためにフォルファと対峙していた仁美。一進一退の攻防を繰り広げていた中、突然雨が降り出してきた。
(雨・・・まずい。雨に降られたら、いつもよりもオレの雷系の魔法の制御が難しくなる。下手をすれば、仁美に致命傷を与えかねない・・)
毒づくフォルファが仁美を見据える。仁美もこの雨で不利に陥っていた。彼女が使う魔法は主に炎の属性であり、雨の中では効力が半減してしまう。
互いに手立てを見失い、2人は硬直状態に陥っていた。
「仁美さん!フォルファ!」
そんな2人のいる通りに、フェイトとアルフが駆けつけてきた。彼女たちの登場にフォルファが眼を見開き、仁美が苛立ちをあらわにしていた。
「2人ともやめて!アンタたち、何で争わなくちゃならないんだよ!?」
アルフが悲痛の面持ちで呼びかけるが、仁美は彼女たちに苛立ちを見せる。
「何よ、アンタたちは・・私のお兄ちゃんの邪魔はさせない・・誰にも!」
“Weapon mode.”
槍へと形を変えたクライムパーピルを構えて、仁美がいきり立ってアルフに飛びかかる。
「バルディッシュ!」
“Drive ignition.”
フェイトがバルディッシュを起動させ、バリアジャケットを身にまとう。そして身構えていたアルフに前に立ち、仁美の攻撃を受け止める。
「フェイト!?」
フェイトの乱入にアルフが驚く。攻撃を防がれた仁美は後退して距離をとる。
「アルフ、私、仁美さんのことをよく知りたい。あれだけ悲しくしている仁美さんを、放っておくことなんてできない・・・」
「フェイト・・・」
フェイトの言葉を聞いて、アルフも戸惑いを見せる。
「仁美さん、教えて。あなたがお兄さんを、私たちをどう思っているのか・・・」
「フェイトちゃん・・・教えても、多分アンタには分からない・・ずっとお兄ちゃんを待ち続けてきた、私の気持ちなんて!」
仁美が悲痛の叫びを上げて、再びフェイトに飛びかかる。
“Load Cartridge.Haken form.”
湾曲の光刃を出現させて釜の形状を成したバルディッシュで、フェイトは仁美の突きを受け止める。仁美の悲痛さを目の当たりにして、フェイトは胸が締め付けられるような感覚に陥っていた。
“Barrier jacket. Sonic form.”
揺らぐ感情の中で、フェイトはソニックフォームへの換装を行う。従来のバリアジャケットが弾け飛び、その衝撃で仁美も吹き飛ばされる。
軽量化されたバリアジャケットへ換装したフェイト。高速化で仁美の持つクライムパーピルを狙う考えだった。
「この前みたいにはいかない・・絶対に打ち破ってみせる・・・!」
仁美もフェイトへの迎撃に備える。カートリッジロードを行ったクライムパーピルの紅い宝石が淡く光りだしていた。
思いのすれ違いから始まったはやてとライムの闘い。親しい間柄であるためか、互いに拮抗した展開を見せていた。
「はやてちゃん、誰かの気持ちを知ろうとすることは、100%間違いとは言い切れない。それを確かめたいだけなんだ、僕は・・・!」
「そやけど、危険と分かってるとこへ、ライムちゃんやなのはちゃんを黙って行かせるわけにはいかへんのや・・」
沈痛の面持ちで気持ちを伝え合おうとするライムとはやて。しかし未だに2人の和解は見られない。
「そう・・だったら僕も全力で、君を倒す!」
“Solid form drive ignition.”
覚悟を決めたライムのバリアジャケットが高速化に向けて軽量化される。デバイスだけでなく自分自身にも負担がかかるソリッドフォームへの換装は、ライムの決意と覚悟の表れだった。
“Solid action start up.”
ライムが眼にも映らないほどの速さを行う。何人もの残像が映り、はやてを惑わせる。
しかしはやては翻弄されることなく、冷静にライムが攻撃を仕掛けるのを待った。
「リインフォース、あなたの魔法、使わせてもらうわ・・デアボリック・エミッション!」
はやては杖を振りかざし、広域魔法を発動させた。球状に展開された魔法ははやての意思を受けて、最小限の効果範囲に限定されていた。
それでもライムのソニックアクションでの進入を阻み、さらに彼女の魔力を削ることに成功していた。
「何て力だ・・これじゃいくら速くなっても踏み込めない・・・さすがはやてちゃん。闇の書の主ってわけだ。」
はやての力を目の当たりにして、ライムは笑みをこぼしていた。
“Starlight form.”
彼女のバリアジャケットが元に戻る。はやても魔力の放出をやめてライムを見据えていた。
(あれだけの魔力を跳ね返すには、もうひとつのフルドライブモード“スマッシャーモード”を発動するしかない・・・!)
「クリスレイサー、スマッシャーモード!」
“Smasher mode.”
クリスレイサーの形状が砲撃型へと変わる。従来の砲撃型であるランチャーモードとは違い、小範囲の標的を最大限の威力で撃ち抜くための形状だった。
クリスレイサーのもうひとつのフルドライブモード「スマッシャーモード」である。
「この魔法は使いたくなかった。これを使ったら、君の魔法だけじゃなく、君自身を傷つけることになるかもしれない。だけど僕は、ここで引き下がるわけにはいかない・・・」
ライムがはやてにクリスレイサーを向ける。その間にもはやては次の魔法の詠唱を行っていた。
それは広範囲の放出魔法ではなかった。
「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け。石化の槍、ミストルティン!」
はやての足元に展開した魔法陣から7本の光の槍が出現する。ライムの速さなら回避できることは想定できたが、彼女はそうしなかった。
ライムが放とうとしている高出力の砲撃魔法「スターダストミーティア・フルスロットル」は、彼女自身と周囲の魔力を収束させて強大な威力を備えて放つものである。しかしこの魔法は魔力収束に集中することとなるため、ライムの能力でも特化しているスピードを殺すという大弱点を背負うことになる。
発射準備のために動けないでいるライムの両足と左肩に光の槍が貫いた。攻撃力は高くはなかったが、この攻撃でライムの体が灰色に染まり始めた。
「石化魔法!?このまま僕の動きを止めるつもりなのか・・だったら・・」
石化に蝕まれていくことに毒づきながらも、ライムは砲撃とは別に新たな魔法を発動させる。
“Silver bind.”
それは凍結効果による拘束魔法だった。はやての周囲に冷気が巻き起こり、彼女の両足を凍てつかせる。
「足が凍ってく・・これは・・・!?」
「君が僕を石にするなら、僕は君を凍らせる。このまま僕が砲撃魔法を使えば、君に直撃。石化を解けば凍結も解除するよ。」
驚くはやてにライムが忠告する。親友を傷つけたくない一心からだった。
だがはやては石化を解こうとはせず、さらに石化進行のために意識を集中させる。
「諦めないんだね・・・でも、僕も諦めるわけにいかないんだ!」
ライムがクリスレイサーをはやてに向ける。砲撃のための魔力チャージは既に完了していた。
「いくよ・・僕の全力、スターダストミーティア・フルスロットル!」
「ダメ!ライム!」
ライムが魔法を放とうとした瞬間、ラークが悲痛の呼びかけをしてくる。その声でライムが動揺し、発射された砲撃の軌道が大きく外れる。
鳥の姿から人間の姿となったラーク。シグナム、ヴィータも続いて駆けつけてきた。
「ラーク、ライムの気持ちもはやておねえちゃんの気持ちもすごく分かる。でもだからって、2人が争っていい理由にはならないよ!」
「ラーク・・・」
ラークの悲痛さを込めた呼びかけに、ライムもはやても戸惑いをあらわにした。互いの動きを止めていた石化と凍結が解け、2人は自由を取り戻す。
「戻ろう、ライム、はやてお姉ちゃん。笑顔でいるほうがみんな幸せだから・・・」
「ひばりちゃん・・・ありがとうな・・・」
ラークの呼びかけに、はやてが満面の笑顔を見せる。しかしジャンヌとユウキに眼を向けていた。
「ユウキを止めなくては。このまま争わせるわけにはいかない。」
見えない魔法ごとシェリッシェルでジャンヌを振り払うユウキと止めるべく、シグナムはレヴァンティンを強く握り締める。
「行くぞ、レヴァンティン・・・!」
“Jawohl.”
シグナムの呼びかけにレヴァンティンが答える。カートリッジロードを行った剣を振りかざし、シグナムはユウキに飛びかかる。彼女の接近に気づいたユウキが、シェリッシェルでレヴァンティンの一閃を受け止める。
「邪魔をするな・・オレはここで立ち止まるわけにはいかないんだ!」
言い放つユウキの髪が白くなる。彼の中にある魔力が解き放たれ、シグナムを圧倒する。
「くっ!」
毒づきながら後退するシグナム。膨大な魔力を身にまとっているユウキを見据えて、シグナムは思考を巡らせる。
(あれほどの力を一気に沈黙させるには、ボーゲンを発動させるしかない。一歩誤れば、ユウキを傷つけかけない。しかし、このまま彼を行かせてしまうくらいなら・・・!)
「レヴァンティン、射抜くぞ!」
“Bogenform.”
覚悟を決めたシグナムの呼びかけを受けて、レヴァンティンが大型の弓へと形を変える。形態の中で最大の貫通力を発揮する「ボーゲンフォルム」である。
絶大な威力を発揮する代わりに、矢の形成と発射にそれぞれ2個のカートリッジを使用することになる。
「シグナムさん、ダメッ!これじゃユウキさんが・・!」
なのはがシグナムを呼び止めようとしたところへ、槍へと形状を変えたシャイニングソウルを振りかざしたジャンヌが飛び込んでくる。
「なのは!」
そこへユーノがフェレットから人間の姿に戻り、魔法の壁を展開してジャンヌの攻撃からなのはを守る。
ジャンヌはひとまず後退して、なのはとユーノの様子を伺う。
「なのは、大丈夫!?」
「うん。ありがとう、ユーノくん・・」
心配するユーノに、なのはが微笑む。しかし2人とも、ユウキとシグナムの交戦を楽観視できないでいた。
好戦的と思えるほどに感情が高まっているユウキと、その魔力を押さえ込もうとしているシグナム。
「ユウキ、私の持てる全ての力で、お前を止める。最悪、お前を殺めてしまうかもしれない私の未熟さを、許してくれ・・・」
苦渋の決断と覚悟を決めて、シグナムがユウキに狙いを定める。
「翔けよ、隼!」
“Sturmfalken.”
ユミの上部と下部でそれぞれ2個ずつカートリッジを装てんし、シグナムがユウキに向けて魔力の矢を放とうとする。
その瞬間、シグナムは胸を貫かれる感覚を覚える。矢を放つ瞬間に胸元に眼を向けると、不気味な手が体を貫き、淡く輝く水晶を手にしていた。淡い紫に彩られた水晶の中には、裸身の彼女の姿があった。
(魔女・・!?)
魔女の介入にシグナムが眼を見開く。放たれた矢はユウキから大きくそれて虚空に消えていた。
「剣の騎士の魔力、ヘクセス様への生贄としていただく。」
リンカーコアを抜き取られたシグナムの背後に、庵が姿を現した。
「庵!」
庵の登場にユウキが声を荒げる。魔力を失ったシグナムの体が徐々に灰色に染まりだした。
「ユウキ、すまない・・私が未熟なばかりに・・・」
シグナムが苦悶の表情を浮かべながら、ユウキに呼びかける。ユウキが愕然としながらシグナムに言葉を返す。
「何を言っているんだ・・アンタは、ただ・・・」
「なのは・・主を、頼む・・・」
なのはとユウキに、主であるはやてを託して、シグナムは石化に包まれた。弓を手放さずに誇りを守ったまま、彼女は物言わぬ石像と化した。
「シグナム・・・オレは・・・」
しかしユウキには未だに迷いが心を彷徨っていた。庵はライムとはやてを仲介しようとしているラークに眼を向ける。
「ヘクセス様の邪魔をするものに、未来はない。」
庵が言い終わった直後、魔女の魔手がラークを捉える。彼女の胸を貫き、彼女の魔力の源を奪い取る。
「ライム・・魔女が・・・!」
「ラーク!」
魔力を奪われて石化に蝕まれていくラークに、ライムがたまらず駆け寄る。
「ラーク、しっかりするんだ!」
「ライム、ゴメンね・・ラーク、力になれなくて・・・」
「そんなことない!ラークのおかげで、僕は・・・!」
微笑むラークに悲痛さをかみ締めるライム。ライムは慄然としている庵に眼を向ける。
「庵さん、どういうことなんだ!?どうしてラークを、みんなを・・!」
ライムが問い詰めるが、庵は顔色を変えない。
「あのとき、あなたは僕たちを助けてくれた!あなたのおかげで、今の僕とラークがいる!それなのに・・・!」
「勘違いするな。私はお前たちを助けたわけではない。熟していない木の実をもぎ取っても味がない。それだけのことだ・・・」
庵の冷淡に告げたその言葉に、ライムは愕然となった。庵を信じ、はやてと敵対してまでユウキとなのはを信じようとした自分に、彼女はどうしようもないほどの動揺を感じていた。
「お前たちは新たなる世界の礎。栄えある人柱なのだ。」
庵が次にはやてに眼を向ける。魔女は闇の書の主である彼女の魔力を狙っていた。
「はやて!」
そこへヴィータがとっさにはやてを突き飛ばす。その直後、はやてを狙って伸ばしてきたヘクセスの手が、ヴィータの胸を貫いていた。
「ヴィータ!」
石化し始めているヴィータを目の当たりにして、はやてが声を荒げる。体の自由を奪われていく中、ヴィータが笑みをこぼす。
「よかった・・はやてが無事で・・・」
はやての無事に安堵するヴィータのリンカーコアを奪い、ヘクセスは再び異空間に姿を消した。
「ユウキ、来るんだ。お前には、新たな世界を見る資格がある。」
「庵・・・!」
庵の呼びかけにユウキが困惑する。異空間に続く穴を出現させ、庵はその中に入っていく。
「庵、待て!」
「ユウキさん!」
庵を追ってユウキが、さらにユウキを追ってなのはとユーノが穴へと向かっていく。
“なのはちゃん、待って!その穴に入ったら・・!”
そこへエイミィからの通信が飛び込んでくるが、ユウキたちには届かずに3人は穴へと入っていってしまった。
やがて消滅していく穴。呆然と穴の消えた場所を見つめるはやて、ライム、ジャンヌの傍らには、完全に石化に包まれたシグナム、ヴィータ、ラークが立ち尽くしていた。
“仁美、こっちに来るんだ。”
フェイトの速さに負けず劣らずの戦闘を繰り広げている仁美に向けて、庵の念話が伝わってきた。
(お兄ちゃん!)
その声に仁美は攻防の手を止めてフェイトから離れていく。
「仁美さん!」
フェイトがとっさに呼びかけるが、仁美は止まることなく、突如出現した異空間の穴へと姿を消した。
「仁美・・どうして・・・!」
兄のために周囲の人間と決別した仁美に、フォルファはやるせなさを感じていた。彼が強く握り締める拳から血があふれていた。
庵を追って異空間の真っ只中に飛び込んだユウキ、なのは、ユーノ。3人は押し寄せる暗闇にさいなまれ、離れ離れになってしまった。
1人となってしまったなのはは、異空間の中心でユウキとユーノを探していた。しかし異空間は空間が安定していないため、魔力を察知することができない。
「ユウキさん、ユーノくん・・どこにいるんだろう・・・?」
周囲を見回しながら、なのははさらにユウキたちを探していく。そして彼女は1つの影を発見する。
ユウキかユーノであるかどうか確認できないため、なのはは注意深くその影を見つめる。その影が明確になったとき、彼女は当惑を見せる。
なのはの前に現れたのは、庵に導かれるままにやってきていた仁美だった。
「仁美さん・・・」
仁美の登場になのはが戸惑いを見せる。そして仁美もなのはの姿に困惑を見せた。
「なのはちゃん・・・お兄ちゃんから聞かされてるよ・・・あの金髪の子、なのはちゃんの友達なんだよね・・・?」
「金髪・・フェイトちゃんのこと・・・?」
なのはの戸惑いを見つめながら、仁美は手にしていたクライムパーピルを構える。
「なのはちゃん、ここは手を引いて。私はただ、お兄ちゃんとユウキさんと一緒にいたいだけなの・・・」
「仁美さん・・・仁美さんの庵さんへの気持ち、何となくだけど分かるよ。でも庵さんがしているのは、仁美さんや私たちの居場所を奪うことと同じなんだよ・・・」
切実に呼びかけるなのはだが、この思いは仁美の感情を逆撫ですることとなった。
「そんなことはない!お兄ちゃんは私たちの居場所のために戦ってるんだよ!」
「仁美さん・・・」
「もし私とお兄ちゃんの邪魔をするというなら、なのはちゃんでも!」
仁美がなのはに向けて飛びかかる。魔力の弾丸が装てんされたクライムパーピルから炎の弾が連射される。
“Protection Powered.”
レイジングハートはこの弾を魔法の障壁で防ぐ。
“Weapon mode.”
次の瞬間、槍へと形状を変えたクライムパーピルを振りかざして、仁美がさらになのはに追撃を繰り出す。なのははとっさに後退して、その一閃をかわす。
「仁美さん、私は庵さんを止めなくちゃいけない。だから、私は迷わない・・・!」
“Buster mode.Divine buster.”
覚悟を決めるなのはの持つレイジングハートが、立て続けに2個のカートリッジを装てんし、形態変化と砲撃魔法の発射を素早く行う。
“Spark mode.Flare blaster.”
放たれたディバインバスターに対し、仁美も砲撃魔法で迎え撃つ。桜色と紅の魔力が衝突し、周囲の空間さえも揺るがす。
しかし魔法大覚醒を引き起こしている仁美のフレアブラスターが、なのはのディバインバスターを撃ち破った。アクセルフィンを駆使して何とか回避したものの、なのはは劣勢を強いられていた。
感情をむき出しにしている仁美を見つめて、なのははレイジングハートに呼びかける。
「レイジングハート、ちょっと辛いけど、頑張ろう。」
“All right,my master.”
なのはの呼びかけにレイジングハートが答える。
「レイジングハート、エクセリオンモード!」
“Excellion mode.Drive ignition.”
レイジングハートがフルドライブである「エクセリオンモード」への変形を果たす。カートリッジシステムを搭載したデバイスのフルドライブは、デバイスにかなりの負担をかけるため、滅多なことでは発動させることはない。
「これが私の今の気持ち。行くよ、仁美さん・・ドライブシュート!」
“Excellion Buster.”
魔力の弾丸を装てんしたレイジングハートが、最大級の砲撃魔法を解き放つ。
「負けられない・・ここで負けたら、お兄ちゃんやユウキさんが・・・!」
“Flare blaster sparking.”
仁美もクライムパーピルとともに、持てる力の全てを解き放つ。しかしリミッター解除を行っているレイジングハートの力に、仁美は圧倒され、砲撃を跳ね返される。
「キャッ!」
エクセリオンバスターを受けたクライムパーピルが破損を被る。紅い宝玉がひび割れ、これ以上の魔法の発動に対する危険を示唆していた。
それでも仁美は諦めず、傷ついたデバイスをなのはに向ける。しかしなのはは仁美に敵意を向けてはいなかった。
レイジングハートを下げて、なのはは仁美に微笑みかける。
「ゴメンなさい、仁美さん、クライムパーピル・・本当は傷つけ合わずに、仁美さんと気持ちを分け合いたかったけど・・・」
なのはが仁美に謝り、左手を差し伸べる。罠を仕掛けている様子も敵意も見せないなのはに仁美は戸惑い、兄に対する想いが揺らぎ始めていた。
「その力、その戦い、実に見事であった・・・」
そのとき、異空間から不気味な声がかかり、同時になのはの胸を魔手が貫いた。
「その力、わらわがもらい受ける・・」
その手の中には、桜色の水晶だった。水晶として現れている自分のリンカーコアに、なのはが動揺をあらわにする。
同じく動揺を見せている仁美の眼の前で、なのはのリンカーコアが引き抜かれる。その水晶を手に入れ、不気味な笑みを浮かべる魔女、ヘクセス。
「恐れることはない、京野仁美。わらわを信ずる限り、お前と庵を脅かすものは消え行く。だからお前は安心して庵を信じるがよい・・・」
「お兄ちゃん・・・」
ヘクセスの言葉を耳にして、仁美は思わず笑みをこぼしていた。魔力の根源を奪われたなのはの体が石に変わりだした。
「ひ、仁美さん・・聞いてあげて・・・ユウキさんの気持ちを・・・」
「なのはちゃん・・・」
石化に体を蝕まれながらも必死に呼びかけるなのはに、仁美は動揺を隠せなかった。だが兄、庵を想う気持ちが、なのはの思いを受け入れることを頑なに拒んでいた。
「私は・・お兄ちゃんのいる場所が、私のいられる場所だから・・・!」
仁美は傷ついた体のまま立ち上がり、逃げるようになのはから離れていく。遠ざかっていく仁美の後ろ姿を見つめたまま、なのはは手足の先まで灰色に固まっていた。
(ゴメンね・・ユーノくん・・ユウキさん・・・フェイトちゃん・・・)
親友たちを想いながら、なのはは完全に石化に包まれた。ヘクセスにリンカーコアを奪われたなのはは、魔力を失って物言わぬ石像と化してしまった。
そして裸身のなのはの姿のある水晶は、ヘクセスの体の中に取り込まれてしまった。なのはの魔力は、魔女の力の一部と化してしまった。
次回予告
奪われていく魔力。
次々と紡がれていく希望の光。
闇と絶望の広がる世界の中で、ユウキは庵と対峙する。
かつての友情を断ち切り、鍵を手にする青年の中にある想いとは・・・?
思いは剣となり、夜明け前に託される・・・