魔法少女リリカルなのはSchlüssel

8th stepSpiritual Garden

 

 

 魔女、ヘクセスによってリンカーコアを奪われ、シャマルは物言わぬ石像と化してしまった。変わり果てた仲間の姿に、シグナムもヴィータも動揺を隠せなかった。

「そんな・・・シャマルが・・・!?

 ヴィータが降下してシャマルの頬に触れる。しかしシャマルは全く反応しない。

「魔女め・・ただじゃすまさねぇ・・・!」

「ヴィータ、シャマルとともに転移魔法で主はやての元へ戻るぞ。」

 憤りをあらわにするヴィータに、シグナムが平然さを装って呼びかける。

「けどシグナム、これじゃシャマルが・・・!」

「怒りを感じているのは私も同じだ。だが今は撤退すべきだ。」

 抗議するヴィータに言いかけて、シグナムは振り返る。悔しさを噛み締めながらも、ヴィータはシグナムの指示に従うことにした。

 

 シグナム、ヴィータ同様、シャマルの危機を察知したザフィーラも彼女のところへ向かっていた。だがそんな彼の前に、庵が姿を現した。

「主と騎士に仕える盾の守護獣か。」

「道を開けてもらおう。ここでお前の相手をしている暇はない。」

 シャマルの元へ向かおうとするザフィーラだが、庵が放ったクリンシェンの一閃に阻まれる。

「お前はここから先へは進めない。なぜなら、オレがお前を止めるからだ。」

 庵が再びクリンシェンを振りかざし、ザフィーラがその攻撃をかわして距離を取る。

Gewehr form.”

 するとクリンシェンが銃の形態へと変わり、庵がザフィーラに狙いを定める。

 三種の神器の1機「クリンシェン」は、ベルカの魔法技術を強く取り入れているデバイスである。三種の神器の中で攻撃力が高く、剣、槍、盾、銃、斧の5つの形態を持っている。

「炎の弾丸、フランメクーゲル。」

Flamme kugel.”

 クリンシェンの銃口から炎の弾が放たれる。その勢いは凄まじく、速さに長けているザフィーラの頬をかすめた。

 庵はさらに炎の弾丸を放ち、ザフィーラを追い詰める。障壁を駆使して炎を防ぎ、反撃に転じて庵との間合いを一気に詰める。

「さすが銀の狼、盾の守護獣だ。だが相手が悪かったな。」

Axt form.”

 その奇襲に気づいていた庵が、斧へと形態を変えたクリンシェンを振りかざす。重みと威力を増したデバイスの攻撃は、ザフィーラの障壁と魔力を一気に打ち破った。

 街中の建物のひとつの屋上に叩きつけられたザフィーラ。苦痛を覚えながらも、上空で停滞している庵を見据える。

 そのとき、異空間から突如不気味な手が現れ、ザフィーラの体を貫いた。

「何っ・・!?

 驚愕するザフィーラから、淡く光る水晶が取り出される。彼のリンカーコアだ。魔力の根源を引き抜く手から不気味な声が聞こえてきた。

「闇の書の獣よ、その力をわらわのために役立てることを光栄に思うがいい。」

「これは・・魔女か・・・!?

 魔女、ヘクセスが哄笑をあげる中で、ザフィーラの体が灰色に染まりだした。歯がゆさを見せる彼に、庵が眼を向けて微笑をもらす。

「ヘクセス様の力となれるほどのお前の魔力、なかなかのものと評しておくぞ。」

 庵はそう告げてその場を去っていった。苦悶の表情を浮かべたまま、ザフィーラの体は完全に石化に包まれた。

 

 感情の赴くままに向かってくる仁美に対し、フェイトは防戦一方となっていた。だがこれは仁美の魔力が強力であるのではなく、フェイトが攻めていなかったのである。

(仁美さん、あなたはお兄さんのために戦っているだけ。決して自分が戦いたいとは思ってはいない。でも、このまま戦い続けたら、お兄さんに、ユウキさんを傷つけることになってしまう・・・)

 炎の攻撃を受け流しながら、フェイトは仁美に向けて思いを傾ける。

(とにかく、あのデバイスを何とかするしかない。あれほどの力を抑えるには、もっと速く・・・!)

「バルディッシュ、ソニックフォーム!」

Barrier jacket. Sonic form.”

 仁美との距離を取ったフェイトのバリアジャケットが軽量化される。速さを重視したフェイトのバリアジャケットの別形態「ソニックフォーム」である。手足に光の羽「ソニックセイル」が生えているのが特徴だが、防御力の低下という弱点も伴っている。

 いきり立った仁美がフレイムシューターを連射するが、フェイトは素早くこれをかわし、一気に間合いを詰める。

Haken form.”

 鎌へと形を変えたバルディッシュを、仁美の持つクライムパーピルに向けて振りかざす。その速い一閃を受けて、仁美は突き飛ばされて苦悶の表情を浮かべる。

 フェイトはさらに素早く詰め寄って、仁美の魔力を削ぎ落としていく。その速さの前に仁美は反撃がままならなかった。

(速すぎる・・これじゃ当てられない・・・!)

 フェイトの速さに毒づく仁美。すかさず炎の壁「フレイムシールド」を展開しようとするが、フェイトの攻撃が速く、間に合わない。

 だがフェイトが振り下ろした光刃は、突如現れた障壁によって阻まれた。仁美を守ったその壁を作り出したのは、シルドフォルムとなっているクリンシェンを手にしている庵だった。

「お兄ちゃん!」

 兄の登場に仁美が笑みをこぼす。彼女に微笑を向けてから、庵はフェイトに鋭い視線を向ける。

「仁美をこれ以上傷つけるなら、オレが相手をする。」

 クリンシェンの切っ先をフェイトに向ける庵。

「勘違いしないで。私は仁美の気持ちを理解したいだけ。傷つけるつもりはない。」

「だがお前は仁美を傷つけている。そのお前に、仁美に手を出させない。」

Axt form.”

 フェイトの説得を聞き入れず、斧の形状へと変化したクリンシェンを振りかざす庵。仁美を見据えるフェイトだが、庵がそこへクリンシェンを振り下ろし、彼女はその一閃をかわす。

 そこからフェイトは大きく旋回して、庵の背後からクリンシェンを狙ってバルディッシュを振りかざす。だが庵は鎌の一閃をクリンシェンで軽々と受け止めていた。

「えっ・・・!?

「速さはオレとクリンシェンに何ら危機を与えることはできない!」

 驚きを見せるフェイトを、庵はクリンシェンを振りかざして突き飛ばす。そして大きく振り上げ、痛烈な一閃をフェイトに見舞う。

 重みのある一撃は、バルディッシュが自動発動した障壁を打ち破り、さらにその柄を真っ二つに両断する。そしてフェイトはさらに突き飛ばされ、積み立てられているダンボールの山に叩き込まれる。

 崩れていくダンボールを見据えながら、庵は歩を進める。崩れた山から這い出て、フェイトも庵に眼を向ける。

「フェイト・テスタロッサ、ヘクセス様の栄えある人柱となるがいい。」

 強大な金色の魔力を奪うべく、庵がフェイトに近づいていく。

「フェイト!」

 そこへ狼形態のアルフが庵に向かって飛び込んできた。気づいた庵がその速い突進をかわし、すかさずアルフに一蹴を見舞う。

 だが庵に対する奇襲は続く。なのはのアクセルシューター、ライムのクリスタルレイの強化魔法「スターダストレイ」、ジャンヌのインパルスシューターが立て続けに飛び込んでくる。

Klinge form.”

 それを庵は剣の形状に戻ったクリンシェンを駆使して回避、あるいは迎撃をしていった。なのはたちと距離を取って、庵が鋭い視線を投げかける。

 立ち並ぶなのはたちが各々のデバイスを構える前に、ユウキもシェリッシェルを手にして庵を見つめていた。

「庵、やめてくれ!なんでこんなことをするんだ!?

 庵に向けて必死の思いで呼びかけるユウキ。だが庵は顔色を変えない。

「ユウキ、オレはこの世界のために動いている。この世界を変えることができるのは、ヘクセス様だけだ。」

「庵!」

「魔導師たちよ、湖の騎士、盾の守護獣の魔力は、ヘクセス様の栄えある糧となった。近いうちにお前たちの力もいただくぞ。」

 ユウキの呼びかけを聞き入れないまま、庵は大きく跳躍する。そして怯えたままの様子の仁美を抱えて、クリンシェンを振りかざして姿を消した。

「庵・・・!」

 あくまで魔女に味方する庵の言動に、ユウキは歯がゆさを隠せなかった。

 

 仁美を連れてなのはたちから立ち去った庵。2人がたどり着いたのは京野家の前だった。

「お兄ちゃん、ここは・・・?」

「オレたちの家だよ。仁美、いろいろ辛い思いをしているのに、すぐに助けて上げられなくて・・すまない・・・」

 当惑している仁美に庵が詫びる。すると仁美は微笑んで首を横に振る。

「謝らなくていいよ。むしろ私が感謝したいし謝りたいくらいだよ・・・ありがとう、お兄ちゃん。そして、ゴメンなさい・・・」

「お前は気にしなくていい。全てはオレが招いたことだ・・・そして、オレはまた出かけなければならない・・・」

 夕暮れの空を見上げる庵に、仁美が戸惑いを見せる。

「だが心配しなくていい。すぐに戻ってくるし、お前が危なくなったらすぐに駆けつける。」

「お兄ちゃん・・・」

 勇気付ける庵だが、兄が離れていくことに仁美は笑みを浮かべられなかった。庵は小さく頷いてから、飛行して飛び立っていった。

「あら?仁美ちゃん、帰ってきてたの?」

 その後に仁美に声をかけてきたのは、買い物を終えて帰宅してきた大河だった。

「えっ?藤村先生・・」

「仁美ちゃん、今日はパーティーよ。どうせだから奈々ちゃんと紅葉ちゃんも呼んであげて。陸と海も今呼んだところだから。」

「パーティー?今日は何かありました?」

 笑顔を振りまく大河に疑問を投げかける仁美。誰かの誕生日ではないし、庵が帰ってきたことはまだ大河は知らないはずである。

「いいのよ。とにかくパーティーなの。」

 しかし大河は気にせずに家に入っていく。彼女は今起こっている事件において、ユウキや仁美たちが当事者になっていることを知っていたのだ。

 彼女の様子に疑問が拭えないまま、仁美も家に入っていった。

 

 三種の神器と騎士の衝突が治まり、なのはたちは一路、リンディたちのいるマンションに戻ってきていた。魔女にリンカーコアを奪われて石化されたシャマルとザフィーラも、この部屋に運ばれてきていた。

「そんな・・・まさか、2人が・・・!?

 変わり果てた2人の姿に、はやても動揺を隠せなかった。そこへ人間の姿のフォルファがやってきた。

「2人とも魔女にリンカーコアを抜かれた。全ては魔女の手口だ。」

 真剣に語りかけてくるフォルファに、はやては気持ちを落ち着かせて彼の話を聞く。

「魔女は常に神出鬼没に標的を狙ってきている。しかも直前まで周囲に気づかれることなく。」

「それはどういう・・・!?

 遅れて部屋に入ってきたアルフが疑問を投げかけ、続いてエイミィ、シルヴィアも部屋に入ってきた。

「魔女には実体がない。なぜなら、魔女は次元の裏の存在だから。」

「次元の裏・・・!?

 フォルファのこの言葉にアルフが驚愕する。周囲の反応を気にしながら、フォルファはさらに続ける。

「魔女は実体のない悪魔。管理局ですら干渉が困難な次元の闇そのものなんだ。」

 魔女、ヘクセスの正体。その事実を聞かされたはやてたちは、言葉を返せなくなってしまった。

 

 その頃、戦いを終えて束の間の休息を取っていたなのは、ユーノ、フェイト、ライム、ラーク、ジャンヌ。マンションの屋上にて様々な談話で笑顔を見せあい、彼女たちは次第に安らぎを覚えていく。

 その中でなのはは、ライムに向けて質問を投げかけた。

「ところで、ライムちゃんのクリスレイサーもカートリッジを取り入れたんだよね?」

「うん。シグナムとの勝負で、僕もクリスレイサーも傷ついちゃって。あれから、管理局に発見されたんだっけ・・・」

 なのはの質問にライムが笑顔で答える。それからライムは、これまでの経由を話した。

 ヴォルケンリッターに魔力を奪われたライムは庵に発見され、管理局の局員に本局に搬送された。本局の医務室のベットで眼を覚ましたのは、それから3日後のことだった。

 眼を覚ましたライムは、自動修復機にかけられて損傷の回復を急いでいたクリスレイサーを目の当たりにした。自分の無力さが招いた結果だと、彼女は自分を責め、その沈痛の面持ちを目の当たりにしたラークもいたたまれない気持ちでいっぱいになっていた。

 そしてライムは、当時起きていた「闇の書事件」の詳細を聞かされた。そこで彼女たちは、ヴォルケンリッターの目的と自身の決意を知ることとなった。

「それからが正念場だった気がするよ。あれだけの強敵が現れただけじゃなく、なのはちゃんたちもデバイスを強くしてたんだからね。」

 ライムの指摘になのはが照れ笑いを浮かべ、フェイトも微笑む。

「もちろんクリスレイサーも、レイジングハートとバルディッシュと同じように、カートリッジを求めてきたよ。でも、僕は始めはそれを断ってたんだ。」

 ライムは白い宝石の姿のクリスレイサーを見つめて語り続ける。

 彼女は自分の無力さを痛感していた。すぐにクリスレイサーにカートリッジを組み込んでも、その力に振り回されることになると思えてならなかったのだ。

 だから自分が強くなって、そこから改めてクリスレイサーを強くする。ライムはそう懇願し、クリスレイサーもそれを受け入れた。

 それからライムの特訓の日々が始まった。レティの管理下のもと、ライムは自ら進んで厳しい訓練に励んだ。

 まだ制御しきれていなかった「アクセルアクション」を自在に操るため、まず動体視力を向上する訓練を行った。加速する魔法弾をひたすらかわし続けるものだった。始めは弾を受けて傷つくことがあったが、徐々に眼と体が速さを覚えていった。

 また訓練とその休息の合間も、ライムはある枷を背負っていた。それはバインドによる魔力の抑制である。自分の意思で発動できる魔力を制限することで、さらなる魔力の向上につなげていた。使い魔として存在しているラークへの魔力供給も生半可ではないものにも関わらず、ライムはさらに魔力の抑制を行っていた。

 これもまた苦痛を感じていたが、ライムは時期に慣れていき、日常生活ができるほどになっていた。

 この過酷ともいえるメニューに、レティは呆れていた。だがライムは挫けずに特訓を続けた。彼女が一生懸命になるのは、親友や好敵手を思えばこそのことだった。親友であるなのはたちに笑われないように、宿敵であるフェイトに負けないように。

(負けられない・・僕はここで負けるわけにはいかない・・・もっと強く、もっと速く、もっと高く!)

 なのは、フェイト、そして支えてくれた多くの人々のため。決意を強めるライムの背中に、魔力の放出によって具現化された白い翼が広がっていた。

 様々な訓練をこなして納得できる強さを得たライムだが、そのときには既に「闇の書事件」は終幕していた。なのはたちの力になれなかったことに歯がゆさを感じたライムだが、ヴォルケンリッターたちが管理局の保護観察に置かれたことを不幸中の幸いに思っていた。

 新たな思いと決意を胸に、ライムは改めて、クリスレイサーにカートリッジシステムの組み込みを申し出た。新たなる力を得て生まれ変わった天のデバイス「クリスレイサー・ソリッド」を手にして、ライムはラークとともに、なのはたちのもとへ帰ってきたのだった。

「なるほど。こんなことがあったんだね・・・」

 ライムの話と努力を聞いて、なのはは微笑んだ。ライムも小さく頷いてから、フェイトに眼を向ける。

「これもフェイト、君ともう1度戦うためだよ。君と全力でぶつかっていきたい。」

「私もライムと全力で相手をしたい。強くなったライムと戦ってみたい。」

 ライムに向けて、フェイトも自身の気持ちを伝える。

「そして、僕は君とももう1度勝負してみたい。」

 視線を向けたライムが言いかけたとき、シグナムとヴィータが屋上にやってきた。ライムはシグナムに対しても、全力で勝負してみたい気持ちを向けていた。

「ライム・・・」

 はじめ戸惑いを見せたシグナムだが、すぐに真剣な面持ちで頷いた。

「私もお前との決着がついていない。テスタロッサ、小室ライム、私の申し出、受けてもらえるか・・・?」

「もちろんだよ、シグナム。私もシグナムとも、ライムとも戦いたい・・・」

 シグナムの言葉にフェイトも頷く。彼女たち3人が手を合わせ、全力で勝負することを誓い合う。

(そうだ・・僕はフェイトと、シグナムと戦うために強くなった。この事件が終わったら、僕は戦い、上へ向かう。もっと強く、もっと速く、もっと高く・・・)

 決意を新たにライムがフェイトとシグナムの手を強く握る。その決意が2人を鼓舞させていた。

 

 仁美を助けるためにヴォルケンリッターと衝突したユウキ。彼は別室にてリンディ、クロノから事情を聞かされていた。

「今回のあなたの言動は、状況を悪化しかねない事態を招くことになるのです。現に騎士2人のリンカーコアを奪われる結果を招いてしまったのです。」

「その件に関しては本当にすみませんでした。ですがオレは、仁美が傷つくのを黙って見ていることなんてできなかったんです。」

 過酷な言葉をかけるリンディに謝罪しつつも、ユウキは自分の意思を伝えようとする。

「あなたの気持ちは分かります。全ては仁美さん、そして親友の庵さんのためにしたこと。ですが、庵さんが今回の事件の重要人物であることに変わりありません。そしてユウキさん、あなたと仁美さん、それぞれの父親も、今回の事件に関係しているのです。」

「えっ!?父さんが・・!?

 リンディが告げた言葉に、ユウキが驚きを見せる。クロノがユウキに悠二の名簿を見せる。

「時空管理局提督、神楽悠二。あなたの父親だね?」

 クロノの問いかけにユウキは無言で頷くも、信じられない気持ちでいっぱいになっていた。

「神楽提督と京野蓮は親友同士であり、2人とも三種の神器と魔女に関して研究し、その情報を求め続けていた。しかし特務艦“エモース”への襲撃で提督は亡くなり、蓮さんはそれから管理局から姿を消したのです。おそらく、三種の神器の研究を単独で続けていったのでしょう。」

「そんな・・・オレの父さんが・・・」

 父の死を改めて認識して、ユウキは悲痛さをかみ締めていた。蓮からは不慮の事故と聞かされていた彼は、父の本当の姿を知り、いたたまれない気持ちを抱えていたのだ。

 その悲痛さを感じながらも、ユウキは物悲しい笑みを浮かべていた。

「すごかったんですね、オレの父さん・・こんなことなら、もっと早くこのことを知っておくべきだった・・・父さん・・・」

 悲しみをこらえることができなくなり、涙を流すユウキ。父を思う彼を見つめて、リンディもクロノも小さく頷いていた。

 

「かんぱーい♪」

 その夜、京野家では鍋パーティーが行われていた。大河をはじめ、奈々、紅葉、陸、海がジュースの入ったコップで乾杯するが、仁美は乗り気ではなかった。

「どうしたのよ、仁美?せっかく藤ねぇ先生がパーティー開いてくれたんだから、元気見せなさいって。」

「うん・・分かってるけど・・・」

 微笑んで言いかけてくる奈々に、仁美は作り笑顔を見せるばかりだった。

「そういえばユウキさんが見当たらないんだけど・・・?」

 紅葉が唐突に口にした言葉に、仁美が沈痛の面持ちを浮かべる。その様子に周囲の手が止まる。

「もしかして、今回の事件に関係しているんじゃ・・」

「藤村先生!?・・どうして・・・!?

 大河の言葉に仁美が驚きを見せる。周囲が深刻な面持ちを見せる中、仁美は真実を話すことを決意する。

「信じてもらえないかもしれないけど、みんな、聞いてもらえますか・・・?」

 仁美の真剣な面持ちに、大河たちも真面目に話を聞く。すると仁美は紅い宝石の姿のクライムパーピルを見せる。

「実は私、魔法使いになってしまったんです・・・」

「魔法、使い・・・?」

 仁美の言葉に紅葉が当惑する。

「うん・・クライムパーピル。」

Stand by ready.Drive ignition.”

 仁美の呼びかけを受けて、クライムパーピルが杖へと形を変える。その変化に、大河を除く奈々たち4人が驚きをあらわにする。

「な、何だよ、こりゃ・・!?

「何かの手品じゃないのか・・・!?

 陸も海も声を荒げる。そして仁美はクライムパーピルを元の宝石の姿に戻す。

「私も望んでこうなったわけじゃない。でも・・ユウキさんもお兄ちゃんも、こういった魔法の力を持つようになって・・」

「ユウキが!?

 陸が驚愕して仁美に顔を近づける。一瞬唖然となるも、仁美は話を続ける。

「今回の事件は、このクライムパーピルを含めた三種の神器が大きく関係しているんです。」

「それで、ユウキと連絡は取れたのかい、仁美ちゃん?」

 海の問いかけに仁美は沈痛の面持ちを浮かべて首を横に振る。

「携帯に連絡を入れているんですが、電源を切っているみたいで・・」

「もう、ユウキくんったら、1回ぐらい連絡よこしなさいって。それと庵くんも。」

 大河がユウキと庵に対して愚痴をこぼす。その態度がこの場の空気を和ませるためのものと分かっていたため、仁美は微笑みかけた。

「ねぇ、早く取らないと煮詰まっちゃうよ。」

 そこへ紅葉が声をかけると、大河たちは湯気を上げている鍋の中の具を箸で突き出した。仁美も気持ちを切り替えて、大河たちの食事に加わることにした。

 

 シャマルとザフィーラの魔力を手に入れ、ヘクセスは哄笑を上げていた。2人を閉じ込めているミントグリーンと白色の2つの水晶を自らの体に取り込んだ魔女の前に、庵が姿を現した。

「ただいま戻りました、ヘクセス様。」

「ご苦労だった、庵。闇の書の騎士と守護獣の魔力を得ることに成功した。だが足りん。わらわが完全なる復活を遂げるには、まだ魔力が足りんのだ・・」

「ご安心ください。再び波乱は訪れます。そのときこそ、ヘクセス様が完全なる復活を果たすときです。」

「よかろう。行くがよい、庵。新たなる世界のために、この偽りの世界に破滅と混乱を与えてやるのだ・・・」

 ヘクセスの命を受けて、庵は再び歩き出した。全ての次元世界をリセットし、新たな世界を築き上げるために。

 

 大河が開いたパーティーでつかの間の楽しいひと時を過ごしたその日の夜。1泊していくことになって眠りについた奈々たちの中、仁美は眼を覚ましていた。彼女は幼い頃のユウキと庵を思い返していた。

 それは、庵が旅立つ日のことだった。

「庵、本当に行ってしまう気なのか・・!?

 1人旅立とうとする庵にユウキが必死に呼びかける。しかし庵の気持ちは変わらない。

「オレは今の現状に満足できない。この世界を見て、世界の本当の姿というものを見てみたいんだ。」

「さすがおじさんの子だって、褒めるべきなんだろうけど・・仁美はどうするんだよ!仁美にとってお前は兄というだけではない!心の支えなんだぞ!」

 ユウキが皮肉を込めた笑みを浮かべるが、それでも庵は考えを改めない。

「オレは周りの何かに左右されたりはしない。父さんやお前、仁美のためでもない。オレはオレ自身のため、オレ自身の答えを見出さなければならないんだ。」

「そんな答えが何だっていうんだよ・・その答えが、仁美よりも大事だって言うのかよ!?

 憤りをあらわにしたユウキが庵につかみかかる。庵は顔色を変えずに答える。

「その答えを見つけなければ、オレは先へ進めず、何もできなくなってしまう。そうなれば、お前や仁美を悲しませることになってしまう。」

「庵・・・!」

「オレがここを出て行くことは、お前や仁美を思えばこそなんだ・・・」

 庵のこの言葉に、ユウキはついに呼び止めることを諦めた。庵の決意と覚悟は本物で、親友や家族でもその決意を揺るがすことは不可能だった。

「お兄ちゃん!」

 そこへ仁美が悲痛さをあらわにしながら駆け込んできた。彼女の登場にユウキも庵も戸惑いを見せる。

「仁美・・・」

「お兄ちゃん、行かないで!お兄ちゃんがいなくなったら、私・・・!」

 必死の思いで庵を呼び止めようとする仁美だが、庵は首を横に振る。

「仁美、オレは行かなければならないんだ。だが心配しなくていい。仁美のそばにはユウキがいるし、もしもお前が危ないことになったら、オレはすぐに駆けつけるから。」

「・・ホント・・・?」

 不安を隠せないまま問いかけてくる仁美に、庵は小さく頷いた。

「世界中のどこからでも、地球の裏側からだって。」

「お兄ちゃん・・・約束だよ。必ず・・必ず帰ってきてね・・・」

 仁美の言葉を受け入れた庵は、彼女を優しく抱き寄せた。そのぬくもりは、仁美の心に強く刻み込まれた。

 

 庵の旅立ち。その一途な思い出を、ユウキも思い返していた。

 彼は仁美に連絡しないまま、なのはやライムたちとともに、このアースラの臨時対策本部に泊まることとなった。仁美に連絡を入れなかったのは、庵に対する関連もあり、かける言葉が見つからなかったからである。

(そうだ・・庵は自分の答えを見つけるために、世界に飛び出したんだ・・)

 庵の心境を察して、ユウキはさらに自分の気持ちと向かい合う。

(アイツと道は違ったけど、オレも答えを見つけようとしていた。自分が何をやっていくのか。何のためにあるのか・・)

 庵の決意と自分の心に折り合いをつけようとするユウキ。しかし今まで何をしても、ドイツへの留学を経ても、彼は自分自身の答えを見出すことができないでいた。

(なのはちゃんたちも答えを見つけて、その答えに向かって突き進んでるっていうのに・・・)

 自分が置いてけぼりにされているような感覚にさいなまれ、ユウキは歯がゆさを感じていた。だがそんな中で、彼は今しなければならないことを見出していた。

(そうだ・・オレは庵の気持ちを知りたい・・アイツが見つけた答えを知って、アイツが仁美のために何をしようとしているのか・・・)

 思い立ったユウキは羽織っていたシーツを外し、周囲に気づかれないように部屋を出る。深夜ではあるが、リンディたちアースラのメンバーたちは魔女の行方を追うために捜索を続けている。

 彼女たちに気づかれないように、ユウキは部屋を、そして外へと飛び出す。そして自分のバイクにエンジンをかけて、夜の街に飛び出そうとする。

 そのバイクのライトに照らされた1人の少女の影。それはなのはと、フェレットの姿のユーノだった。

「なのはちゃん、ユーノ・・・!?

 なのはとユーノの登場に驚くユウキ。なのはが真剣な面持ちでユウキに声をかける。

「庵さんのところに行くんですよね・・?」

 その言葉に、ユウキは戸惑いを見せながらも小さく頷いた。

「私も一緒に行きます。私も庵さんと話がしたいんです。」

「えっ・・・!?

 なのはの申し出に、ユウキはさらに驚きを見せた。

 

 

次回予告

 

思いは影を宿し、闇は破滅を囁く。

庵の真意を確かめるため、ユウキは親しき仲間に刃を向ける。

雨の街で巻き起こる悲しき戦い。

ヘクセスの魔の手が、なのはの心に伸びる。

 

次回・「Snow Rain

 

雪の雨が、少女たちの心を濡らす・・・

 

 

作品集

 

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