魔法少女リリカルなのはSchlüssel
3rd step「Little Wish」
クライムパーピルを駆使して鎧たちの撃退に成功した仁美。しかし非情ともいえる現実に、彼女の心は次第に怯えに包まれていた。
「もうイヤよ・・こんな辛いこと・・・」
完全に恐怖してしまっている仁美を見て、フォルファも困惑を隠せなかった。
ふと視線を前に向けた仁美がさらに恐怖を覚える。彼女が眼にしたのは戦斧を持った金髪の少女とオレンジの髪と狼の耳と尾を生やした女性だった。
(もしかして、あの2人もあの鎧たちの仲間・・・!?)
恐怖にさいなまれているあまり、仁美はその2人を敵だと認識してしまう。たまらず彼女は飛び出し、クライムパーピルを構えて少女に飛びかかる。
「仁美!」
フォルファが呼び止めるが、仁美は制止を聞かずに少女、フェイトにクライムパーピルを振り下ろす。だが彼女の魔力の接近に気付いていたフェイトが、バルディッシュでこの攻撃を受け止める。
「フェイト!」
アルフがフェイトを助けようと駆け寄ると、仁美は後退してひとまず距離を取る。
「ちょっとアンタ、いきなり何なのよ!?」
アルフが仁美に振り返り問いかける。仁美は感情を押し殺すような面持ちでアルフとフェイトに答える。
「アンタたち・・あの鎧たちの仲間なんでしょ・・・これ以上、私を危険に巻き込まないで!」
「ア、アンタ、何を言って・・!?」
アルフが抗議の声をかけようとしたと同時に、仁美が再びフェイトに向かって飛びかかる。
“Weapon mode.”
クライムパーピルが槍の形状へと変化する。仁美が突き出した一閃を、フェイトは跳躍してかわす。
2人を見かねたアルフがフェイトを援護しようとしたとき、2人に向かってくる1人の青年に気付く。彼女はその青年、フォルファの前に立ちはだかり、行く手をさえぎる。
「アンタら、いったい何なのよ!?」
「邪魔をするな!仁美を、あの2人を止めなくては!」
仁美を止めようとするフォルファだが、アルフが魔力を込めた拳を振るってきた。フォルファもたまらず迎撃を試みて、2人の拳がぶつかり合い、火花が散る。
「そっちから先に仕掛けてきたんじゃないか!・・アンタ、あの子の使い魔なのかい!?」
「違う!オレは狼の形態への変身ができる列記とした人間!アンタのような使い魔や、ベルカの守護獣などではない!」
言い返しながら、フォルファがアルフの攻撃を跳ね除ける。体勢を崩されながらも、アルフは踏みとどまり、追撃のためにフォルファに飛びかかる。
だが、彼女が繰り出した拳を、フォルファが右手で受け止めていた。その右手にはすさまじい電気が帯びていた。
「やめろと言っているのに・・・!」
苛立ちを覚えるフォルファがアルフを突き飛ばすと、全身の白色の稲光をまとう。そして稲妻のような速さで彼女の視界から消える。
「えっ・・!?」
驚きながらも周囲の気配をうかがうアルフ。だが突然背後から現れたフォルファがアルフの首筋に手刀を当てる。
痛烈な打撃を受けたアルフが意識を失い、この場に倒れこむ。彼女の体を支えると、フォルファは仁美とフェイトの衝突に改めて眼を向けた。
“Load Cartridge.”
バルディッシュ、クライムパーピルがそれぞれカートリッジロードを行う。
“Haken Form.”
そして湾曲の光刃を放って鎌の形状となったバルディッシュが、仁美が繰り出したクライムパーピルの突きを受け止める。
魔力を帯びたデバイスの衝突が激しく火花を散らす。その反動で弾き飛ばされながらも、フェイトも仁美もすぐに体勢を整える。
「目的が何なのかまだ分からない・・どうして私を狙うの・・・?」
「アンタ、あの鎧たちの仲間なんでしょ!?これ以上私を巻き込まないで!」
「鎧・・いいえ。私たちはあの鎧たちの仲間じゃない。正直、まだ正体がつかめていないけど・・」
「いい加減なこと言わないで!」
フェイトの言葉を聞き入れようとせずに、仁美が攻撃に備える。
“Spark mode.”
クライムパーピルが砲撃型に形を変え、フェイトへと狙いを定める。
「仕方がないけど、やるしかない・・・バルディッシュ、傷つけないように加減するから。」
“Yes, sir.”
フェイトの呼びかけにバルディッシュが答える。
“Assault form.”
バルディッシュが戦斧の形状に戻り、フェイトが砲撃に備える。仁美を傷つけないため、あえてカートリッジの装てんを取りやめる。
「プラズマスマッシャー!」
電撃を帯びた魔法の弾を右手から放射するフェイト。
「フレアブラスター!」
仁美もたまらず反撃の炎の砲撃を放つ。だが魔法を扱いきれていない仁美の砲撃は、電撃の魔法弾も、そしてフェイトからも外れる。
電撃の魔法弾は、動揺をあらわにする仁美の前方の地面にぶつかり、爆発を起こす。その爆風に巻き込まれて、仁美が吹き飛ばされ、近くの壁に叩きつけられる。
戦意を抑えて、フェイトがゆっくりと仁美に近づく。そこでフェイトは、怯えて震えている仁美の姿を目の当たりにする。完全に恐怖にさいなまれて、先ほどの敵意がまるで感じられなかった。
「やめて・・これ以上、私を傷つけないで・・・!」
「どういうことなの?・・・すっかり怯えてしまって・・・」
戦意を完全に喪失した仁美に、フェイトはこれ以上の攻撃は出せなかった。
「彼女に悪意はない。ただ自分に降りかかる、日常とかけ離れた出来事に怯えているだけだ。」
そこへフォルファが声をかけ、フェイトが振り返る。彼がアルフを抱えているのを見て、当惑を覚える。
「アルフ!」
「大丈夫だ。気絶させているだけだ。しつこく攻撃を仕掛けてきたのでやむをえなかった・・」
フェイトに言いかけたフォルファがその場にアルフを降ろし、怯えている仁美に近づき、手を差し伸べる。
「仁美、もう大丈夫だ。後はオレが何とかするから・・」
フォルファの声に気を落ち着けながら、仁美は彼にすがりつく。彼女に笑みを見せてから、彼はフェイトに視線を戻す。
「彼女はただ恐れていただけなんだ。すまなかった・・だがその使い魔にも後で言っておいてほしい。その獰猛な態度を少し控えるように・・」
フォルファは言いかけて、フェイトが手にしているバルディッシュを眼にして眉をひそめる。
「ベルカ式カートリッジ・・術者とデバイス自身の力もさることながら、諸刃の剣ともいえるカートリッジシステムを組み込んでいるとは・・・よほどのことがあったようだ・・・君たちの名は?」
「時空管理局嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ。この子はバルディッシュ。」
自己紹介をしたフェイトが、掲げたバルディッシュも紹介する。
「テスタロッサ・・プレシアの娘か・・?」
「母さんを知っているの?」
フォルファが口にした言葉にフェイトが当惑しながら訊ねる。
「直接は知らないが、世界中で起きている出来事の情報は極力取り入れるようにしている。フェイト、君のことも周囲の人たちのことも聞いている。」
フォルファが笑みを見せると、フェイトも安堵を覚えて微笑む。彼は仁美に眼を向けて答える。
「フェイト、彼女は京野仁美。そしてオレは三種の神器を守護する一族の1人、フォルファ。」
「三種の神器・・・!?」
「世界に飛び出してしまった三種の神器は、オレが責任を持って回収する。フェイト、バルディッシュ、すばらしい魔力だったよ・・」
“Thank you.”
仁美を抱えて立ち去っていくフォルファに、バルディッシュが感謝の言葉を返す。
(三種の神器を守護する者、フォルファ・・・)
フォルファの責任感の強さを垣間見て、フェイトは戸惑いを感じていた。
フェイトとアルフを気にかけながらも、なのははユウキとともに高町家に来ていた。久しぶりになのはの姉・美由希と兄・恭也(きょうや)と再会して、ユウキは喜びの笑みをこぼしていた。
そんな彼を待っていたのは再会の歓迎だけでなく、美由希からの挑戦だった。
ユウキと美由希は小学校時代の級友であり、恭也はユウキを少しの間だけだったが、剣道を指導してくれた先輩である。ユウキと美由希は何度か試合したことがあるが、彼女が彼に剣道で勝ったことはない。
高町家の道場で急遽試合を行うことになった。恭也からの指導を受けて鍛錬に励んでいた彼女だが、今回もユウキに一本取ることができなかった。
「あ〜あ、今日こそ勝てると思ってたのになぁ・・」
「アハハ、残念無念。オレも向こうでやってたからね、一応。だけど美由希ちゃん、すごく上達してるよ。今度やったらどうなってるか。」
肩を落とす美由希に笑みをこぼすユウキ。しかし彼の言葉は彼女の励ましにはなっていなかったようだった。
「いいよ、いいよ・・私にはユーノがいるから・・」
そういって美由希はフェレット姿のユーノに頬擦りをする。彼女にかわいがられてユーノが戸惑い、なのはが苦笑いを見せていた。
「ところでユウキ、またしばらくここにいるのかい?」
恭也が唐突に訊ねると、ユウキは微笑んで頷く。
「えぇ。また翠屋でバイトすることになったんで。」
「そうか・・ときどきでいいから、また美由希に稽古をつけてやってくれないかな?」
「大丈夫だよ。ユウキくんの世話にはならないよ。」
恭也の言葉に美由希が口を挟み、自信のある態度を見せる。それを見てユウキとなのはが笑みをこぼす。
「そっちの要望にお答えすることにしましょうか・・・そろそろ帰らないと。仁美が帰りを待ってるから。」
「それじゃユウキさん、これからもよろしくお願いしますね。」
ふと唐突に腕時計に眼を向けたユウキに、なのはが挨拶の言葉をかける。
「それじゃまた明日。あ、剣道部もやんないと、藤ねぇおっかないからなぁ。」
ため息をついてみせるユウキに、なのはたちは再び笑みをこぼした。そしてユウキはなのはだけに聞こえるよう小声で話した。
「もしものときは、オレが力になるから。」
「えっ?う、うん・・」
ユウキの言葉に、なのははただただ頷く。そして彼は高町家を後にした。
なのはが魔法使いであることを高町家全員が知っていることを、ユウキは知らなかったのだ。
フェイトとアルフと別れて、仁美とともに場所を移動したフォルファ。人気のない場所で着地したところで、仁美が悲痛さをあらわにしてフォルファにすがりついた。
「フォルファ・・私、怖い・・どうしたらいいのか、全然分かんないよ・・・!」
「仁美・・すまない・・・オレが君を巻き込んでしまったから・・・こんな辛い思い・・・」
困惑している仁美の声に、フォルファは自分を責めた。自分がしっかりと三種の神器を管理していればと、彼は自分が許せなくなっていたのだ。
(こんなときだっていうのに・・どこにいるの、お兄ちゃん・・・)
仁美の気持ちは、いつしか彼女の兄、庵に向けられていた。兄に対する気持ちで、彼女の心はいっぱいになっていた。
「仁美?仁美じゃないか。こんなところで何してんだ?」
そこへ通りがかったユウキに声をかけられ、仁美が顔を上げる。そこで彼女はフォルファの姿がないことに気付く。
「久しぶりだな、仁美。オレがいなくて寂しくなかったか?」
「ユウキさん・・・ううん、大丈夫。奈々と紅葉がいてくれたし、藤ねぇも。」
ユウキが笑みを見せると、仁美は涙を拭って笑顔を見せる。
そのとき、2人は彼女の足元でなついている白い子犬を見つける。彼女にはそれがフォルファであることはすぐに分かった。
「仁美、その犬どうしたんだ?けっこうなついてるみたいだけど・・」
「う、うん・・さっき見つけて・・なつかれちゃったから飼うことにした。名前はフォルファ。」
「フォルファか。いい名前じゃないか・・よろしくな、フォルファ。」
ユウキはフォルファの頭を優しく撫でる。ユウキが帰ってきたことに、仁美は喜びを感じていた。
彼らは帰路に着き、ついに自宅へと帰ってきた。久しぶりの自分の家に、ユウキは安堵の笑みをこぼしていた。
「久しぶりの我が家って感じだな。」
照れ笑いを浮かべて呟いてから、ユウキは自宅の玄関のドアを開けた。
「おかえりー、仁美ちゃーん♪」
その先で、2人は活発さをあらわにしている女性に迎えられて唖然となる。彼女はユウキのクラスの担任、藤村大河である。
「ふ、ふ、藤ねぇ!?な、な、何で藤ねぇがオレの家にいるんだ!?」
驚きを隠せないユウキだが、仁美はさほど驚いてはいなかった。むしろ彼女は半ば呆れた面持ちを浮かべていた。
「だって蓮(れん)くん相変わらずぶらり旅してるし、仁美ちゃんやはやてちゃんが心配だったからね。ここに住まわせてもらうことにしたの。」
「とか何とか言って、学校から近いからっていうのがホントの理由なんだけどね・・」
仁美の父親、蓮に愚痴をこぼす大河に、仁美が呆れながら口を挟む。その中で1番呆れていたのはユウキだった。
その後、ユウキたちはある場所へ向かうこととなっていた。自分の部屋の懐かしさを感じながら、彼はひとまず手荷物を部屋に置いて出かける準備を済ませる。
だが大河は身だしなみの整理に時間をかけており、ユウキと仁美を待たせていた。
「藤ねぇ、まだなのか?」
「もう少し待って。女は外見が大事なのよ。」
ユウキの言葉を聞きながらも、大河は完全に鏡と向き合っていた。
「仕方がない。仁美、オレ、先に行ってるから、藤ねぇをよろしくな。」
「う、うん・・」
頷く仁美に見送られる形で、ユウキは先に家を出た。向かったのは隣の家。そこには1人の少女が住んでいた。
八神(やがみ)はやて。車椅子の生活をしている少女である。彼女は「闇の書」の主であり、この関連事件の重要参考人でもあるが、ユウキも仁美も大河もそのことは知らない。
先に八神家を訪れたユウキは、玄関前のインターホンを押す。はやてとも久しぶりの再会ということになり、ユウキは思わず笑みをこぼしていた。
だが玄関のドアを開けて顔を出してきたのは、彼の知らない、レモン色の髪の大人の女性だった。
「あの、どちら様でしょうか・・・?」
「え、あ・・ここ、八神さんのお宅ですよね・・・?」
微笑みかけてくる女性に、ユウキは唖然となっていた。
「も、もしかして、はやてちゃん、なんてことは・・・」
「何や、シャマル?どないしたんや?」
ユウキが苦笑いを浮かべていたところへ、1人の少女が声をかけてきた。
「ユウキさんやないか。久しぶりやなぁ。」
「あ、はやてちゃん。ビックリビックリ。いきなり知らない人が出てくるから、家を間違えたかと思ったよ。」
互いに笑顔を見せ合うユウキと少女、はやて。2人とも関西の出身ではあるが、ユウキは生まれてすぐに引っ越してしまったため、はやてと違って関西弁が話せない。
「そういやまだ紹介してなかったね・・」
はやてが女性、シャマルを紹介しようとしたときだった。
「待たせてゴメーン!」
ユウキを押し倒すように突然大河が飛び込んできた。ものすごい勢いでなだれ込んできたため、巻き込まれたユウキ共々、大河は前のめりに倒れて動かなくなる。
「相変わらず元気やね、藤村先生。」
驚きを見せないはやてとシャマル。そこへ赤髪の少女、ヴィータが顔を出してきた。
「おーい、起きてるんだろ、タイガー?」
ヴィータが憮然とした面持ちで呼びかけると、突然大河が起き上がる。
「たいがーいうなー!」
ものすごい勢いで叫ぶ大河に、ヴィータは一瞬唖然となった。
「もう、藤ねぇったら、いきなり飛び込んじゃはやてちゃんたち困っちゃうじゃないの。」
そこへ仁美がやってきて呆れた面持ちを浮かべていた。
「よう、仁美。昼間はありがとな。」
「いいよ、ヴィータちゃん。あんなことでいいなら、私も大歓迎だから。」
笑顔を見せるヴィータに仁美も微笑む。仁美の腕には子犬姿のフォルファが抱きかかえられていた。
「そういえばまだ紹介がまだだったね。いつも話していたユウキさん。で、ユウキさん、はやてちゃんの親戚のヴィータちゃんとシャマルさん、そしてザフィーラくん。」
仁美がユウキを、そしてヴィータ、シャマル、そして廊下に顔を出してきた大型の犬、ザフィーラを紹介する。
ヴィータたちは闇の書と主であるはやてのために戦う守護騎士・ヴォルケンリッターである。はやて共々闇の書事件の重要参考人であった彼らは、時空管理局の保護観察を受け、管理局の管理下に置かれることとなった。
騎士服ではなくそれぞれの普段着を身につけている彼らの正体に、フォルファは気付いていた。だがフォルファが魔力を押さえ込んでいたため、ヴィータたちは彼の正体に気付かなかった。
「ムリせんでええよ、ユウキさん。お客さんやし、今日帰ってきたばっかやし。」
はやてが笑顔で呼びかけるが、ユウキは苦にしていない様子だった。彼と仁美はこの日の夕食の準備を行っていた。
「いいよ、いいよ。いくらなんでも車椅子の子にまかせっきりにするわけにはいかないな。それにオレ、向こうでも交代で家事やってきてたんだから。」
「だったら私がやります。ユウキさんと仁美ちゃんは休んでいてください。」
ユウキがはやてに気さくな笑みを見せると、シャマルが微笑んでキッチンに急ぐ。
すると玄関のドアが開く音がして、はやてとヴィータが振り返り、ザフィーラが体を起こす。
「あ、シグナムが帰って・・」
はやてが声をかけようとしたと同時に、素早く玄関に向かったのは大河だった。突然血相を変えて顔を出してきた彼女の登場に、シグナムは一瞬きょとんとなる。
「帰ってきたわね、シグナムちゃん・・・今日こそ負けないわよー!」
どこから持ってきたのか、竹刀を構えて大河がいきり立つ。彼女の声を聞いたユウキがおもむろに顔を出す。
「あ、シグナムさんじゃないか。もしかしてあなたもここで・・?」
「君は・・・あぁ。はやてにはお世話になっている・・」
ユウキが声をかけると、シグナムがぶっきらぼうに答える。普段ははやてを主と呼ぶことが多いが、彼や仁美がいたためにそれを伏せた。
「まさかあなたもここに住んでたなんて、またまたビックリだよ。」
気さくに笑ってみせるユウキに、シグナムも笑みをこぼしていた。
彼らが夕食の支度をしている間、大河の挑戦が始まったが、今回もシグナムに返り討ちにされ、涙目で悔しがっていた。
ユウキの歓迎会ということで、今回の夕食は五目ちらしである。
「おお。久しぶりの和食。しかも豪勢なちらし寿司ときたもんだ。」
ユウキがテーブルに置かれた五目ちらしを見て感嘆の声を上げる。
「もう、ユウキさんったら、大げさなんやから。」
「そうだよ、ユウキさん。そんな物珍しいものじゃないと思うけど。」
彼の言葉に口を挟むはやてと仁美。彼女たちの答えに苦笑を浮かべつつ、彼は澄まし汁を口にする。
だがユウキ、仁美、シグナム、ヴィータが澄まし汁を口にした瞬間、顔を引きつらせる。
「シャマルだな、この味付けは・・・」
「えっ!?」
シグナムが口にした言葉にシャマルが驚きの声を上げる。
「な、なかなか独創的なお味で・・・」
ユウキが笑顔を作って弁解するが、シャマルには効果がなかった。
その中で笑顔を見せているはやてと大河。このような団らんを目の当たりにして、ユウキは悩ましく微笑んだ。
「こういうの、何だかいいな・・家族って感じで・・・」
唐突にもらしたユウキの言葉に、仁美が沈痛の面持ちを浮かべた。2人の脳裏には庵の顔が蘇っていた。
(庵、今どこにいるんだ・・・?)
庵の安否を思い、ユウキは小さく笑みを浮かべた。それでもはやてたちとの夕食を堪能して、彼は安堵を感じていた。
食事を終えてユウキからの留学中の話を満喫する一同。ふと時計に眼をやったシャマルがはやてに声をかける。
「はやてちゃん、そろそろお風呂にしましょう。」
「そうやね。仁美さん、よろしかったら一緒にどうや?」
「えっ!?お風呂!?」
仁美を誘うはやての言葉に声を荒げるユウキ。そこへ大河の痛烈なパンチが飛び込み、ユウキが倒れこむ。
「覗き見禁止よ、ユウキくん!・・さて。仁美ちゃん、先に入ってきちゃっていいわよー。私はこのムッツリくんを見張ってるから。」
大河が仁美たちに呼びかける。ユウキはうつ伏せに倒れたまま動けない。
「なら私も後でいい。あまり集まりすぎてもよくないし。」
「そうか。じゃお先にな、シグナム。」
シグナムの言葉に、シャマルに抱えられたはやてが答える。はやてたちを見送った後、ようやく起き上がったユウキにシグナムが眼を向ける。
「やれやれ。久しぶりに藤ねぇのパンチをくらったぜ。」
殴られた顔を押さえながらも笑顔を絶やさないユウキ。その気さくさにシグナムも笑みをこぼしていた。
そのとき、彼女の眼に異様な光景が映った。黒髪が白くなり、手に光の刃を握り締めているユウキの姿が。
「ん?どうしたんです?」
そこへユウキに声をかけられ、シグナムが我に返る。
「あ、あぁ・・何でもない・・」
「そうか・・さて、仁美やはやてちゃんたちには悪いけど、オレはそろそろ帰るとしますか。」
ユウキは笑みを崩さずに頷くと、大河がきょとんとした面持ちを向けてくる。
「あれ?もう帰るの?」
「藤ねぇ、オレ今日帰ってきたばっかだぜ。少しは体を休めとかないと・・今夜は楽しかったよ、シグナムさん。いろいろ話せて。」
「あぁ。みんな喜んでいたし・・ありがとう。」
ユウキの言葉に感謝の言葉をかけるシグナム。
「そういえば、明日ははやてちゃん、病院に行くんですか?よかったらオレが一緒に行きますよ。」
「そんな・・そこまでしてもらわなくても・・」
「いいのよ、シグナムちゃん。ユウキくんがそうしたいだけなんだから。」
ユウキの申し出に戸惑うシグナムに大河が気さくに言いかける。
「明日、病院に行くことになっています。はやてに言っておきます。きっと喜ぶと思います。」
「そうか・・すまないですね、わがまま言ってしまって・・」
「ところで、その首からかけているものは・・・?」
シグナムがユウキがかけている鍵のペンダントに眼を向ける。
「あぁ・・こいつは親友がくれたものなんですよ・・今じゃ大事なお守りって感じですね・・」
ユウキがペンダントを手に乗せて説明する。彼が笑顔の中で沈痛さを噛み締めているのを、大河もシグナムも、横目で見ていたザフィーラも見逃していなかった。
しかもシグナムは、ペンダントからただならぬものを感じていたが、あえてこの場では追求しなかった。
その翌日、ユウキははやてと一緒に病院に向かうこととなった。はやてが病院に行く際には、いつもはシグナム、ヴィータ、シャマルのいずれかが同行している。
ユウキがはやてと病院に行こうと言い出したのは、彼女への気遣いと親切さだけではない。彼女の主治医、石田幸恵(いしださちえ)は彼が世話になった人でもある。
ユウキが部活で軽い怪我をした際、診てもらったのが石田医師である。彼女といろいろと話をしたいと思ったことも、理由のひとつである。
「驚いたわ。まさか神楽くんと一緒に来るなんてね。」
「お隣でしたし、仁美とも仲がいいですし。」
微笑みかける石田にユウキも気さくな笑みを見せて答える。
「ところでどうですか、はやてちゃんの具合は?」
「順調に回復に向かっていますね。このままの調子で治療を続けていきましょう。」
はやての足を診て、石田がユウキに答える。するとはやてが石田に笑顔を見せて答える。
「はい。お願いします。」
はやての笑顔を見て、ユウキも安堵を感じていた。
「それにしてもホントにビックリしましたよ。いくら仁美や藤ねぇ、石田先生がついてるといっても、1人で寂しいんじゃないかって思ってたんですけど・・余計な心配だったかもしれませんね。」
「ごめんな、驚かせてもうて。」
苦笑を浮かべるユウキにはやても照れ笑いを浮かべた。
「神楽くん、あまりムリをしないでくださいよ。あなたは感情的になるときがありますから。」
「アハハ・・肝に銘じておきます・・」
そこへ石田から注意がかかり、ユウキはまたも苦笑を浮かべた。
診察を終えたユウキとはやてが広場へ足を運ぶと、そこでなのはと出会う。なのはの横には彼女の親友、月村(つきむら)すずかとアリサ・バニングスの姿もあった。
「あれ?なのはちゃん、どうしてここに?」
「仁美さんからメールをもらって。今日、ユウキさんがはやてちゃんの付き添いに来てるって聞いて・・」
「仁美が?・・アイツったら・・」
なのはの言葉にユウキが憮然とした面持ちを見せる。
「はやてちゃん、足の具合はどう?」
「すずかちゃん、大丈夫や。だんだんよくなってるし、もうひとがんばりってとこやね。」
すずかに笑顔を見せて答えるはやて。なのはたち3人の中ではやてと最初に会ったのはすずかであり、すずかの紹介でなのはとフェイトははやてと出会ったのである。
「まさかなのはちゃんたちが、はやてちゃんと知り合いだったなんてね。これまたビックリ。」
彼女たちの友情を垣間見て、ユウキが気さくな笑みを見せる。
だがそのとき、ユウキは背後に眼を向けて真剣な面持ちを浮かべる。
「なのはちゃん、はやてちゃんをお願い。オレ、ちょっと用があるから・・」
「えっ?い、いいですけど・・」
きょとんとなるなのはに見送られながら、ユウキは彼女たちから離れた。そして彼は病院から少しはなれた人気のない林の中にやってきて足を止めた。
「ついてきてることは分かってるぞ。ここならいいだろ?そろそろ出てきたらどうなんだ?」
ユウキが振り返らずに背後に呼びかける。
「気付いていたか・・それでいて、周りに迷惑をかけまいと1人離れて・・」
呟きながら姿を見せたのはシグナムとヴィータだった。笑みをこぼしながら、ユウキが振り返る。
「まさかアンタにそんな趣味があったとはな。」
「主、はやてを思ってのことだ。私もこんなことをするのは趣味ではない。」
淡々と答えるシグナムだが、ユウキにはいつもの気さくさはなかった。
「オレに何の用だ?こんなマネをしてるんだから、ふざけてるわけじゃないよな・・!?」
「はっきり言わせてもらうぞ。お前のそのペンダントを渡してもらおうか。」
ヴィータの申し出にユウキが眉をひそめる。
「昨日は確証がなかったし、主の家で騒ぎを起こすわけにはいかなかったから、あえて言わなかったが、それからただならぬ魔力が備わっている。おそらく、強力なデバイスか何かだろうが・・」
「デバイス!?・・アンタたち・・・!?」
ユウキが思わず身構えると、シグナムとヴィータがそれぞれ剣とハンマーをかたどったミニチュアを掲げる。
「レヴァンティン!」
“Zieh!”
「行くよ、グラーフアイゼン!」
“Bewegung!”
2人の呼びかけでアームドデバイス、レヴァンティンとグラーフアイゼンが起動し、その実態を表す。そして2人もそれぞれの騎士服を身にまとう。
「ア、アンタ!?・・・あれは錯覚じゃなかったのか・・・!」
驚愕するユウキの脳裏に、剣道場での出来事が蘇る。一瞬騎士服を身にまとったシグナムを見た出来事は錯覚ではなかった。
「傷つけるつもりはない。だがお前のそのペンダントから危険な気配が感じる。調べさせてほしい。」
「悪いがお断りだね。コイツはオレの親友からもらったものだ。コイツを他のヤツらに渡すわけにはいかない!」
鍵のペンダントをかばうようにして、ユウキがシグナムとヴィータを見据える。するとヴィータがため息をついて、鉄槌を構える。
「仕方ねぇなぁ・・それじゃ覚悟を決めてもらおうか!」
「待って!」
そのとき、バリアジャケットを身にまとったなのはが駆けつけ、シグナムとヴィータの前に立ちはだかる。
「どういうことなの、シグナムさん、ヴィータちゃん!?ユウキさんにこんな・・!」
「邪魔すんな、なのは。あたしらはそいつに用があるんだよ。」
必死の思いで呼びかけるなのはの言葉を突き放して、ヴィータがグラーフアイゼンをユウキに向ける。
「とにかくそのペンダントを渡してもらうぞ!」
ヴィータが鉄槌を振りかざして、ユウキとなのはに飛びかかる。戦うことを覚悟して、なのはがレイジングハートを構える。
そのとき、上空から一条の光が落下し、ヴィータを飲み込んだ。
「えっ・・・!?」
その瞬間になのはとユウキが驚きの声を上げる。光に巻き込まれたヴィータが氷塊の中に閉じ込められていた。
「この氷・・・!?」
思い立ったなのはが周囲を見回す。そして林道を歩いてくる人影に眼を留める。
その先には、長い黒髪を1つにまとめた少年のような雰囲気を放っている少女の姿があった。
次回予告
シグナムとヴィータに前に立ちはだかった者。
それは、なのはの親友、ライムだった。
かつてない敗北を期に生まれ変わった天のデバイス、クリスレイサー・ソリッド。
その疾走が、ヴィータを、シグナムを追い詰める。
白き閃光が今、流星のごとく駆け抜ける・・・