魔法少女リリカルなのはSchlüssel
1st step「innocent starter」
今まで感じたことのない体感。
様々な出会い、再会、戸惑い、すれ違い。
行き着いたのは光、そして闇。
傷ついたり泣いたり苦しんだり。
どうしようもない気持ちの中で、自分がしなくちゃいけないことに気付いていく・・・
その気持ちを守るために、未来に向かって歩き出す・・・
魔法少女リリカルなのはSchlüssel、始まります。
空は日食が起こり、日の光はさえぎられ闇に満ちていた。
その空の下の街も、漆黒に塗りつぶされていった。
その街中のビルのひとつに1人の青年が立っていた。青年は自分の姿に驚きを感じていた。普段の黒髪から一変した白髪に。
そして彼の驚愕はそれだけではなかった。彼が見下ろす。街が全て灰色になり、何もかもが石のように固まっていた。街中にいる人々も。
「そんな・・・!?」
青年は動揺を隠せなくなった。街中で石になっている人々の中には、見知った少女やその家族、見慣れない装束を身にまとっている少年の姿があった。
「なのはちゃん・・・なのはちゃん!」
青年はたまらず呼びかけるが、少女、なのはは全く答えない。
愕然となっている青年は、さらなる驚愕の現実に直面する。彼の眼の前には膨大な闇が広がり、街や人々を飲み込んでいった。闇はさらに広がって、なのはたちさえも飲み込もうとしていた。
「やめろ・・・やめろ!」
青年はたまらずビルから飛び出した。広がる闇から大切なものを守ろうとして。
「お客さん。お客さん、起きてください。」
だが次の瞬間は、乗り合わせた飛行機の乗務員に起こされる自分だった。
「あ、あれ・・ここは・・・?」
「お客さん、当機は既に着陸を完了しています。」
意識がはっきりしていない青年に向けて、乗務員が声をかけてくる。
「長旅で疲れたのでしょう。今夜はぐっすりおやすみください。」
「はい。いろいろ申し訳ありませんでした。」
乗務員に謝罪すると、青年はそそくさに飛行機から降りた。
青年の名は神楽(かぐら)ユウキ。私立聖祥(せいしょう)大学付属高校2年生である。
この1年近く、彼はドイツへ留学していて、この海鳴市へ久しぶりに帰ってきたのである。
「この風景、この空気。いやぁ、懐かしいなぁ・・」
大きく深呼吸して、町を見渡すユウキ。
「さて、みなさんにご挨拶といきますか。」
ユウキはそういうと、足取り軽く道を駆け出した。
ユウキがまず向かったのは、私立聖祥大学、およびその付属の学校の剣道部が時折利用している剣道場である。ユウキが訪れた時間も、稽古に精を出す人が少なくなかった。
久しぶりに道場を見に来たユウキは、同じ剣道部所属の大久保陸(おおくぼりく)と田町海(たまちかい)を見つける。
「よう、陸、海。久しぶり。」
「うぇっ!?ユウキ、帰ってきたのか!?」
気さくに声をかけてきたユウキに、陸が驚きの声を上げる。
「久しぶりだなぁ、ユウキ!お前、いつ帰ってきたんだよ!?」
「今朝着いた飛行機でだよ。」
感激を見せる海に、ユウキが笑みを見せて答える。
「いやぁ、それにしても相変わらずだな。」
「ちょっと待った。オレたちだって伊達に1年稽古してきたわけじゃないぞ。いくらなんでもこれ以上お前にいい格好させるつもりは・・」
「いやいや。ここの風景がだよ。」
不満げな陸の言葉に弁解を入れるユウキ。道場にあふれる緊迫感が、彼に懐かしさを感じさせていた。
そのとき、ユウキの視線がふと止まった。道場の中央で指導を行っている1人の女性がいた。桃色の長髪をポニーテールにしていて、大人びた凛々しい女性である。
「陸、あの人は?」
「えっ?あぁ、シグナムさんだよ。たまにだけどここの講師として来てるんだよ。」
「かなりの美人さんだけど、実力はかなりのもんだよ。あの藤ねぇをことごとく返り討ちにするくらいだから。」
「えっ!?あの藤ねぇを!?」
女性、シグナムを紹介する陸と海にユウキが驚く。
藤村大河(ふじむらたいが)。「藤ねぇ」と呼ばれている彼女は、聖祥大学付属高校の英語教師であり、剣道部の顧問でもある。剣道の腕は五段だが、シグナムには敵わないでいる。
「ほら、そこ!私語は慎むように!」
「げっ!ヤバッ・・!」
シグナムからの注意が飛び、陸と海が気まずさを浮かべて姿勢を正す。その直後、ユウキはシグナムを見て微笑むと、おもむろに彼女に近づいた。
「もしよかったら、手合わせしてもらえませんか?」
「君は?」
突然声をかけてきたユウキに、シグナムが振り向く。
「オレは神楽ユウキ。オレも聖祥大学付属高校の剣道部なんですけど、今ドイツへの留学から帰ってきたところなんですよ。」
「そうか・・いいだろう。せっかくの申し出だ。受けないわけにはいかない。」
ユウキの申し出を、シグナムは快く受けることにした。
「誰か、竹刀を貸してくれ。」
ユウキが周りを見渡すと、陸が持っていた竹刀をユウキに渡す。抱えていた荷物を隅に置いて、ユウキは道場の中央に立つ。
そこで彼は再び懐かしさを感じていた。竹刀を握る感触ではなく、相手と向き合って真剣に対峙する緊迫感を。
(懐かしい感じだぜ・・いや、今まで以上かも。相手が相手だからか。あの藤ねぇが勝てないくらいだからなぁ。)
胸中で呟くユウキ。彼とシグナムは一礼し、竹刀を構える。
道場にいる全員が緊迫を感じ、中には固唾を呑んで見守る人までいる。重くのしかかる静寂を跳ね除けて、2人が同時に踏み込む。
勝負は一瞬。かすかな呼吸のずれだけで優劣が左右する。ユウキは面を狙うと見せかけて胴へ狙いを定める。
そのとき、ユウキは眼前の瞬間に眼を疑った。シグナムの姿が、甲冑を身にまとった騎士に見えたのだ。
(な、何だ・・・!?)
その姿に当惑するユウキ。それが彼にこの上ないほどの油断を植え付けていた。
気がつくと、ユウキの眼前に竹刀が寸止めされていた。ユウキの竹刀もシグナムの胴を捉えていたが、気迫の上では明らかに彼のほうが負けていた。
「いやぁ、完敗ですよ。藤ねぇが勝てないのも頷けるかな。」
「いいえ。あなたもよい筋でしたよ。あなたがもし気を緩めなければ、負けていたのは私のほうでした。」
気さくな笑みを見せるユウキに、シグナムも微笑む。
「できればこのまま稽古するのもいいんですけど、オレ、これからいろいろ寄る所がありますので。」
ユウキはそういうと、陸に竹刀を返して、荷物を持って道場を後にした。
(それにしても、今のはなんだったんだ・・・?)
錯覚だったのか、幻だったのか。ユウキは勝負が決する直前の光景に対する疑問を拭えないでいた。
京野仁美(きょうのひとみ)。私立聖祥大学付属中学校2年。
彼女はラクロス部所属で、現在部活動を終えて、同じ部員でありクラスメイトである有明奈々(ありあけなな)と赤澤紅葉(あかざわくれは)とともに帰宅しようとしていた。
「今日は調子よかったね、仁美。どんどんゴール決めちゃって。」
「そんなことないよ。奈々と紅葉のアシストがあったからこそだよ。」
明るい笑顔を見せる紅葉に、仁美も微笑んで答える。
「でも仁美の動きはいつ見てもいいよ。私もあのくらいの体力があればなぁ。」
「そんなことないよ。むしろ私のほうが自分に自信が持てないくらいなんだから。」
ため息をつく奈々の言葉に、仁美が苦笑を見せる。
「そういえば今日だったっけ?ユウキさんが帰ってくるの。」
「うん。ユウキさんのことだから、いろいろ寄り道してるんじゃないかな。」
奈々が問いかけると、仁美が少し考えるような素振りを見せる。
そんな談話を繰り広げている3人が公園の前を通りがかったときだった。ゲートボールを行っている老人たちに混じっている1人の少女を眼にして、仁美は足を止める。ふたつお下げの赤髪の少女である。
「仁美、どうしたの?」
その様子に気付いた奈々が声をかけると、仁美が笑みをこぼす。
「あ、うん。知り合いがいたもんだから。」
仁美が答えていると、その少女が彼女に気付いて声をかけてきた。
「おーい!ひとみー!」
少女の呼びかけに仁美も笑みを見せて手を振り、駆け寄っていく。
「仁美、今帰りなのか?」
「うん。ヴィータちゃんも相変わらず人気者ね。」
気さくに声をかけてくる少女、ヴィータに、仁美が笑顔で答える。そのとき、ヴィータは仁美が持っていたラクロスのラケットに眼が留まり、きょとんとなる。
「仁美、それは何なんだ?」
「あ、うん。ラクロスのラケット。私、ラクロス部だからね。」
仁美がラケットを見せるが、ヴィータは疑問符を浮かべたままだった。
そこで仁美は簡単にラクロスの説明をする。するとヴィータが笑みを浮かべて頷く。
「何だか面白そうだな。ちょっとだけやってみてもいいか?」
「えっ?うん、いいけど・・紅葉、ラケット貸してくれない?」
「えっ?うん・・」
きょとんとしている紅葉からラケットとボールを借りて、ヴィータに手渡す仁美。気軽にラケットを振ってみせるヴィータがすぐに様になっているところを見て、仁美が驚きを込めた笑みを浮かべる。
そのとき、仁美は一瞬眼を疑った。この一瞬、ヴィータが西洋風の紅い衣服を身にまとい、鉄槌を振りかざしているように見えた。
だが瞬きをすると、普段と変わらない風景に戻っていた。
「えっ・・・?」
仁美は戸惑いをあらわにしていた。
「仁美・・仁美?」
紅葉と奈々に呼びかけられて、仁美はようやく我に返る。
「どうしたの、仁美?ボーっとしちゃって。」
「う、ううん、なんでもないよ・・ゴメンね。」
紅葉の言葉に照れ笑いを返す仁美。
「おっと、そろそろ戻らないと。はやてが待ってるからな。」
「そう。私も夜に行くからって言っといて。あと、あんまりはやてちゃんにムリさせちゃダメだよ。」
「分かってる。ちゃんと伝えとくよ。」
仁美の言いつけにヴィータが答え、借りていたラケットとボールを紅葉に返す。
「それじゃお先に、紅葉、奈々、ヴィータちゃん。」
仁美は手を振って公園を去っていった。だがその中で彼女は、ヴィータに対する奇妙な感覚に当惑を感じていた。
次元世界の司法機関「時空管理局」。次元犯罪、次元災害への対処を執り行うこの管理局は今、奇妙な事件と魔力反応を感知していた。
その事件とは、魔力を持った人間に対して起こり、被害者は魔力の源である「リンカーコア」を抜き取られ石化していたというものである。管理局の局員の何人かも被害にあっている。
本局勤務の管理局提督、レティ・ロウランも、この事件に悩まされていた。魔力蒐集のためにリンカーコアに関わっていた「闇の書」は消滅し、それを守護するヴォルケンリッターも保護観察に置かれており、蒐集を行っている動きは見られない。
(今回の事件は、闇の書と根本的に違う。リンカーコアそのものを抜き取られて、被害者も石のように固まって、いわば仮死状態にある・・・何か、とんでもないことが起こりそうな・・・)
一抹の不安を感じながら、レティは通信回線を開いた。巡航L級8番艦「アースラ」に向けて。
“あら、レティ。どうしたの?”
レティの見つめるモニターに、アースラ艦長、リンディ・ハラオウンの姿が映し出される。
「相変わらずね、リンディ。落ち着いているところ悪いけど、事件よ。」
レティの深刻さを察して、リンディも真剣に話を聞く。
「ここ1週間の間に異質な事件が多発しているわ。被害者はいずれもリンカーコアを抜き取られて、肉体が石化している。」
“リンカーコア?変ね。闇の書事件は既に処理を終えているのに・・”
「特にアースラの担当地区で被害が起きているわ。今回も流れ的に、そちらが主担当になるわね。」
“せっかく羽休めができると思っていたんだけど・・・分かったわ。事件の詳細データをこちらに回して。我々アースラが、今回の件を引き継ぎます。”
「了解。こちらも全面的なバックアップを行います。あなたたちの奮起に感謝します。」
モニター越しに敬礼を向け合うリンディとレティ。
そのとき、アースラから騒々しい音が響いてきた。レティが何事かと眉をひそめると、リンディが苦笑を浮かべてきた。
レティが見ているモニターに、慌しくしている少女の姿が映る。シルヴィア・クリストファ。管理局の局員で、新しくアースラの一員に加わったのだが、失敗ばかり起こして騒動を絶やさないため、悩みの種のひとつとなっていた。
「そちらに行っても相変わらずのようね、あの子は。」
“でも退屈しなくていいわ。いいムードメーカーになってるし。”
リンディの微笑みながらの言葉に、レティは肩を落とすしかなかった。
海鳴市商店街にある喫茶店兼洋菓子店「翠屋(みどりや)」。そこでは1人の少女が店の手伝いをしていた。
高町(たかまち)なのは。とあるきっかけで、彼女は魔法少女としての日々を過ごすこととなった。
そしてこの翠屋は、父・士郎(しろう)と母・桃子がそれぞれ店長とパティシエとして運営している。闇の書事件の後、なのはは両親と兄・恭也(きょうや)、姉・美由希(みゆき)に真実を話し、自分の将来に向けて歩き出していた。家族もなのはが魔法使いであることに戸惑いを感じながらも、なのはともども日常を過ごしていた。
そんな翠屋に1人の青年が訪れてきた。ユウキである。
「いらっしゃいませ・・あら、ユウキくんじゃない。」
「お久しぶりです、桃子さん、士郎さん。」
桃子の挨拶に、ユウキが気さくな笑みを見せて答える。
「こんにちは、ユウキさん。あ、おかえりなさい、だったね。」
なのはもユウキに笑顔で挨拶する。
ユウキは高校へ入学してからドイツへ留学するまで、翠屋でバイトをしていたことがある。従って、小学校時代の級友だった美由希だけでなく、高町一家と親しくなっていた。
「士郎さん、桃子さん、いきなりで悪いんですけど、またここで働かせてもらってもいいですか?」
「ええ。大歓迎よ。」
「もちろんだよ。よろしく、ユウキくん。」
苦笑を浮かべて頭を下げるユウキを、桃子も士郎も受け入れてくれた。
「お世話になります・・あ、美由希ちゃんはまだ帰ってきてませんか?」
「お姉ちゃんなら道場だよ。今、お兄ちゃんに稽古つけてもらってるよ。」
ユウキの問いかけに答えたのはなのはだった。
「じゃ、これから向かうとしますか。」
「私も一緒に行くね。」
ユウキがきびすを返すと、なのはも続いて翠屋を後にした。
ユウキは留学中はあまり気が休まることがなく、高町家や仁美に連絡を取ったのは数回だけである。また、なのはが魔法使いであることを彼は知らない。
「あれ?なのはちゃん、その肩にいる動物・・えっとえっと・・・オコジョかな?」
「えっと、フェレットなんだけど、ユーノくんは・・」
ユウキがフェレットを指差すと、なのはが苦笑いを浮かべて答える。
フェレットの姿になってはいるが、彼は異世界の少年、ユーノ・スクライアである。なのはに魔法と意思を持った杖「レイジングハート」を与えたのは彼である。元々は人間ではあるが動物形態への変身が可能で、なのはの世界では大方フェレットの姿で行動している。
「そういえばユウキさん、そのペンダント・・」
そこで今度はなのはがユウキの胸元のペンダントを指差す。するとユウキはそのペンダントを手のひらに乗せる。
「あぁ。これはオレの親友との友情の証なんだ。今は遠くに行っちゃってるけど・・」
「友情ですか・・いいですね。」
ユウキの言葉に共感してなのはも笑みをこぼす。彼女にとっても友情はかけがえのないものである。クラスメイト、そして魔法使いになってから出会ったたくさんの人たち。たくさんの友情の絆が、今の彼女につながっていた。
ユウキが帰ってきたことに胸を躍らせながら、仁美は自宅へと急いでいた。
「早く帰って帰宅パーティーの準備をしなくちゃね。」
足取り軽く道を駆け抜けていく仁美。
そのとき、道の真ん中に倒れている白い子犬を見つけて、彼女は足を躓きそうになる。
「うわっ!っとっとっと。」
慌てながらも体勢を整える仁美。足を止めて、子犬に振り返っておもむろに駆け寄る。
「だ、大丈夫かな・・・?」
傷ついた子犬を見つめて心配になる仁美。脱力した子犬が、くわえていた指輪らしきものを落とす。
仁美はその指輪が気になり、おもむろに手を伸ばす。
そのとき、仁美は背筋が凍りつくような不快感を覚え、恐る恐る背後に振り返る。するとその先に、数体の鎧が立ちはだかっていた。いずれも西洋のつくりの甲冑だが、人が入っている気配が感じられないのに動き出していた。
「ち、ちょっと・・何なのよ・・・!?」
当惑を見せてたまらず後ずさりする仁美。
「いやよ・・こっち、来ないでよ・・・!」
仁美が体を震わせながら声を振り絞る。それを気に留めず、鎧は剣を振り上げて彼女に迫ってくる。
「やめてよ!」
仁美が悲鳴を上げた瞬間、彼女が持っていた指輪からまばゆいばかりの輝きが放たれる。その光に鎧たちが足を止め、仁美も魅入られる。
「こ、これって・・・!?」
「も、もしかして君・・それを使えるのか・・・?」
驚きを隠せないでいる仁美にかけられた声。それは、満身創痍の体を起こしてきた子犬からだった。
「えっ!?犬がしゃべった!?」
さらに驚く仁美に、子犬が真剣な眼差しを向けて呼びかける。
「できることなら、関係のない人を巻き込みたくはなかった・・けど今、それの力を引き出せるのはここには君しかいないんだ!」
「えっ!?私が・・!?」
「強く念じるんだ。念じれば必ず応えてくれる。呼びかけるんだ。三種の神器、紅い瞳、“クライムパーピル”に!」
子犬の呼びかけに戸惑う仁美。だが眼前に迫ってくる鎧たちに、彼女はたまらず念じた。
「助けて・・クライムパーピル!」
“Stand by ready.Drive ignition.”
彼女の思いに呼応して、指輪が音声を発する。その直後、彼女はキーホルダーの光に包まれる。
彼女の体を見慣れない材質の衣が包み込み、さらに指輪が杖の形状へと変化する。
三種の神器に数えられるデバイスの1機「クライムパーピル」の基本形態であり、彼女が身にまとった紅の衣服こそが、防護服「バリアジャケット」である。
「こ、これって・・・!?」
自身も異様な格好となり、仁美の困惑はピークに達していた。
高町家に到着しようとしていたときだった。突然周囲に張り巡らされた気配に、なのはは気付き振り返る。
(結界・・!?)
空間の歪みを察知したなのはとユーノに緊迫が走る。何者かが結界を展開し、彼女たちを閉じ込めたのだ。
そして彼女たちの前に、等身大の鎧が数体出現し、各々の武具を構えていた。
「な、何なんだよ、こいつら・・!?」
その鎧たちを目の当たりにして驚愕するユウキに、なのはとユーノは当惑を覚えていた。
(いけない・・ここじゃユウキさんを巻き込んじゃう・・・!)
ユウキを危険に巻き込まないよう打開の糸口を探るなのは。だがユウキはなのはをかばおうと身構えていた。
「なのはちゃん、逃げるんだ!」
「えっ!?」
ユウキの呼びかけになのはは驚く。そこへ鎧のうちの1体が剣を振り下ろし、2人はたまらず後退する。
剣は地面をえぐり削り取る。攻撃をかわしたために倒れていたなのはとユウキが立ち上がる。
「なのはちゃん、オレがあいつらの気を引き付けるから、その間に・・!」
「ダメだよ、ユウキさん!それじゃユウキさんが危ないよ!」
「オレのことは大丈夫さ!ひたすらよけまくってやるさ!」
なのはの呼び止めを聞かずに、ユウキは駆け出す。彼に気が向いた鎧たちがなのはから離れていく。
だが鎧の猛攻になす術もなく、ユウキはビルの壁に叩きつけられる。
「ユウキさん!」
痛みに顔を歪めて動けないでいるユウキの前に、なのはが駆け込んできた。鎧たちの前に立ちはだかった彼女にユウキが眼を見開く。
「ダメだ、なのはちゃん!逃げるんだ!」
呼びかけるユウキの前で、なのはは赤い宝石を取り出し掲げる。
「レイジングハート、セットアップ!」
“Stand by ready.Drive ignition.”
なのはの呼びかけを受けて、宝石「レイジングハート」が反応し形を変える。そしてなのはも白い衣を身にまとっていく。
これがなのはのバリアジャケットであり、魔導師の杖「レイジングハート・エクセリオン」の起動した姿である。
「君は・・・!?」
彼女の姿にユウキが当惑する。彼の様子を気に留めずに、なのはは鎧たちと対峙する。
“axel fin.”
剣を振り上げた鎧に対するなのはの靴に光の羽根が生える。移動速度を速めて振り下ろされた剣をかわし、彼女はレイジングハートを構える。
“Accel shooter.”
レイジングハートの先端から数個の光の玉が出現する。
「行くよ・・シュート!」
なのはの呼びかけで魔法弾が光の矢のような動きで発射され、鎧の何体かを撃ち抜いていく。攻撃を受けた鎧が光の粒子になって消滅していく。
“Protection.”
彼女の横から鎧が振り下ろしてきたハンマーに対し、レイジングハートがなのはを護る障壁を自動使用し、打撃をはね返す。だがその反動でなのはも突き飛ばされる。
すぐさま体勢を整えて、なのはは身構えて鎧たちを見据える。
“Buster mode. Drive ignition.
レイジングハートが長距離砲撃型へと形を変える。
「レイジングハート、カートリッジロード!」
“Load Cartridge.”
そして魔力を込めたカートリッジを装てんして砲撃に備える。このカートリッジシステムは、本来はなのはたちが扱うミッドチルダ式の魔法と二分化したベルカ式のデバイスに主に組み込まれているものだが、レイジングハート・エクセリオンのようにこのシステムが組み込まれているミッドチルダ式デバイスも存在している。
「私の広範囲砲撃・・ディバインバスター・フルバースト!」
なのはが放った砲撃は拡散し、鎧たちを一気に撃ち抜いていく。カートリッジロードによって膨大に高められた魔力の砲撃は、鎧たちの殲滅を成功させた。
“Wonderful,my master.”
「ありがとう、レイジングハート。」
褒めの言葉をかけてきたレイジングハートになのはが笑顔で答える。だがその笑顔が次第に消えていく。
彼女が振り返った先には、ユウキが完全に困惑していた。自分が魔法使いであることを見せることになり、なのはも戸惑いを浮かべていた。
運命の鍵が外れ、運命の扉が今、開かれようとしていた。
次回予告
動き出した運命。
次々と繰り広げられていく未体験の現実。
なのは、そしてアースラの面々から真実を聞かされるユウキ。
事件の鍵を握る「三種の神器」とは・・・?
少女たちの新たなる物語が始まる・・・