魔法少女リリカルなのは -prologue to Lime-
第六章
「研究を中止しろとはどういうことですか!?」
突然突きつけられた忠告に、アンナが抗議の声を上げる。
常に研究や実験にて技術や科学の発展を目指してきたアンナ。だがその行動が次元災害を引き起こしかねないと判断した時空管理局の上層部が、彼女に警告を送ってきたのである。
「今進めている研究は、私たち管理局・・いえ、様々な次元世界にとって有力になります!人類の発展につながるこの研究、進めずに未来を切り開けますか!?」
「今君が行っている研究には、次元災害の発生の危険があると判断した。これ以上の研究の進行には、我々が甚大な被害を被るリスクが伴う・・」
「そんな危険などさせません!必ず成功させてみせます!」
「思い上がるのもいい加減にしろ!」
意気込みを見せるアンナに、上層部からの怒号が飛ぶ。
「君は管理局の人間だ!周囲の人間や生命に危険を及ぼすことは絶対に許されない!」
「君はあのアレクトロ社の事故の二の舞を踏むつもりか!?」
「そうやって保守的になっていては、可能性を見出すことはできません!」
情報部の言葉にも、アンナは引き下がらなかった。
「私はこのまま研究を続けます・・失礼いたします・・」
「待ちたまえ、マリオンハイト班長!」
「こちらの許可なく研究を続けるならば、こちらも相応の対処をさせてもらうぞ!」
上層部の警告に耳を貸さず、アンナは立ち去っていった。
上層部からの最後通告を受けたアンナは、研究員たちにその旨を伝えた。
「そんな・・上層部が・・・」
「もうこれ以上、この研究を続けることができないなんて・・・」
落ち込む研究員たちを目の当たりにして、アンナも深刻さを隠せなくなる。だがここで歩みを止めれば、今までやってきたこと全てがムダに終わってしまう。彼女はそう思っていた。
「みんな・・今まで私に協力してくれて、ありがとう・・ここから先は、私1人で進めていく・・・」
「主任・・・!」
アンナが告げた言葉に、研究員たちが驚愕をあらわにする。
「ここから先はリスクがさらに高くなってくる・・君たちの人生を左右してしまうほどの・・・私のために人生を投げ出すようなことはしないでほしい・・・」
アンナは同僚を気遣った。自分のために同僚が犠牲になってはならないと思って。
だが研究員たちは誰も引き下がろうとしなかった。
「主任、私はどこまでも主任についていきますよ・・・!」
「私もアンナさんの研究を進めていきます・・アンナさんの指示だけでなく、私自身の好奇心でもありますから・・・」
どこまでも付き合おうと同僚たちに、アンナは心を動かされていた。
「君たち・・・君たちは本当にバカなんだから・・・もっとも、その馬鹿さ加減も私が発端だけど・・・」
喜びのあまりに苦笑いを見せるアンナ。彼女たちの結束は主従を大きく超えたものとなっていた。
だがその結束による導きは、長くは続かなかった。
上層部の命令を受けた武装局員たちが、アンナの研究の阻止に乗り出したのである。彼女たちのいる研究室に、武装局員たちが乗り込んできた。
「アンナ・マリオンハイト、あなたを拘束します。」
「他の者たちもこちらの指示に従っていただきます。」
局員たちの命令を受けて落ち込む研究員たち。
(潮時というものかな・・・)
胸中で苦言を呟くアンナ。彼女は武装局員の指示に従うことにした。
「それが、あなたを最後に見た瞬間・・・」
アンナの境遇を思い返して、リンディが深刻な面持ちを浮かべる。
「それから私は管理局を追放されました・・それでも私は、魔法や化学の進化と可能性を諦めきれなかった・・だから1人で研究を続けてきたんです・・・」
アンナも続けてこれまでの自分を思い返していく。
「その最中に完成させたのが、小室ライム、ジャンヌ・フォルシアの持つデバイスですね・・?」
クロノの問いかけにアンナが頷く。
「私の知るデバイスの中で最高の性能を備えた2つよ。でもその性能を2人はさらに引き上げた・・」
「しかしライムのあの速さは、子供の体に耐えられるようなものじゃない・・このまま使い続けたら、平穏な日常を過ごせなくなる・・下手をしたら命の危険が・・」
「そんな忠告は私もしたわ。でも、それでもライムは聞かなかった・・フェイトちゃんを倒すには、これしかないってね・・・」
クロノの注意に対し、アンナは深刻な面持ちを見せる。
「あの子は私以上に頑な・・どんなに危険が伴っても、自分の気持ちを真っ直ぐに貫き通す・・それが本当は自分のためにならないとしてもね・・」
「たとえそうであっても、正しいことには絶対にならない・・本人はよくても、その人と交流のある人たちは拭いきれない悲しみを背負うことになる・・」
「そうね・・身寄りのない私やジャンヌと違って、ライムには家族がいる・・・何かあれば辛くさせるだけなのに・・・」
クロノの言葉を聞いて、アンナが物悲しい笑みを浮かべる。そこへリンディが真剣に声をかけてきた。
「いいえ・・今のライムさんは、家族やあなた、ひばりさんだけではない・・もっとたくさんの絆で結ばれている・・・」
リンディの言葉を受けて、アンナが戸惑いを浮かべる。
「なのはさんもフェイトさんも、ライムさんやジャンヌさんと分かり合おうとしている・・全力全開で・・・」
笑みを見せるリンディに、アンナの心が揺れる。なのはとフェイトの強さを思い知ったと感じて、彼女は信じる気持ちを思い返していた。
「2人がどこまでやれるのか、ライムとジャンヌがどう接していくのか・・気になるところね・・・」
「その前に、あなたにもきちんとけじめをつけてもらいますよ・・」
新たな期待を覚えるアンナに、クロノが再び注意を促す。
「私はもう何もしないわ・・ライムとジャンヌの力は、私の技術を大きく超えてしまっているから・・・みんなのほうが、可能性を見出していける・・・」
周囲の人々の強さを実感して、アンナは安心感を覚える。もう自分が可能性を見出す必要はないと彼女は思うようになっていた。
ユーノが展開した結界の中で、なのはとジャンヌは交戦していた。ジャンヌが放った漆黒の光の弾を、なのはは旋回してかわし、迎撃していく。
「あの子の魔法は私と同じ遠距離型・・自分の苦手なところを突くしかないのかな・・」
“After movement is stopped, it seems can do nothing but shoot it through at a dash. It is a defeat when relaxing its guard even a little here. (動きを止めてから一気に撃ち抜くしかないようです。少しでも油断をしたらこちらの負けです。)”
打開の糸口を探るなのはにレイジングハートが呼びかける。
「ということは、バインドで動きを止めるってことだね・・でもうまくかかるかな・・・」
“The mind distribution is not needed. It has power, wisdom, and courage that it can be enabled in you. Please believe you,my master.(心配いりません。あなたにはそれを可能にできる力と知恵と勇気を持っています。自分を信じてください、マスター。)”
「レイジングハート・・・ありがとうね、励ましてくれて・・・」
レイジングハートの言葉に勇気づけられて、なのはは自信を取り戻す。
「そろそろこっちに来て・・・おいかけっこはつまらなくなったよ・・・」
ジャンヌがなのはに不満を口にする。回避行動を続けていたなのはが空中で止まり、ジャンヌを見据える。
「まだまだやるよ、おいかけっこ・・今度は私が鬼の番だよ・・」
なのはは言いかけると、ジャンヌに向けてレイジングハートを構える。
“Canon mode.”
砲撃用の「カノンモード」に変形したレイジングハート。なのはがジャンヌを見据えたまま、魔力を集中させる。
「ディバインバスター!」
なのはが放った魔法の閃光。高出力の砲撃が、ジャンヌに向けて飛んでいく。
ジャンヌは上空に飛んで、なのはの砲撃を回避する。だがその先には光の弾の群れが彼女を待ち構えていた。
「追いかけられるのは好きじゃない・・・」
「追いかけてばかりは逆につまんないと思うよ・・・!」
“Divine shooter.”
不満を口にするジャンヌに、なのはが言い返す。光の弾がジャンヌに向かっていっせいに飛んでいく。
ジャンヌが即座に動いて、光の弾をかいくぐっていく。
「もう・・こういうことするなら、捕まえに行っちゃうから・・・」
ジャンヌがなのはに向かって接近してきた。彼女はなのはに至近距離から射撃を行おうとしていた。
“Deadly smasher.”
ジャンヌがなのはに向けて砲撃を放つ。とっさに上空に移動して回避したなのはを、ジャンヌが追撃の砲撃を放とうとした。
そのとき、ジャンヌが突如手足の動きを止められた。発生した光の輪が、彼女の動きを封じたのである。
「捕まえた!今がチャンス!」
なのはがレイジングハートを構えて、魔法の発射を図る。
「バインド・・・バインドじゃ私は捕まえられない・・・」
ジャンヌは呟きかけると、すぐに手足を拘束しているバインドを破る。
「えっ!?」
自由を取り戻した彼女を目にして、なのはが砲撃をやめる。さらに迫ってくるジャンヌに対し、なのはもレイジングハートを構える。
双方に向けられた2人のデバイス。このまま魔法を放てば自分にも反動が襲いかかる。拮抗状態に陥り、なのはもジャンヌも硬直していた。
「なのは・・・」
ユーノも2人の交戦に介入することができず、戦況を見守ることしかできなかった。迂闊になのはを助けようとしても、逆になのはを追い詰めることになってしまう。それだけは避けなければならないと、彼は思っていた。
「こうやってただ争うだけじゃ、全然楽しくならない・・自分だけじゃなく、みんなも一緒じゃないと、本当に楽しいことにならない・・・」
「分からない・・・楽しくなるって、そんなに難しいことなの・・・?」
声を振り絞るなのはの言葉に、ジャンヌが疑問符を浮かべる。
「そんなことないよ・・ただ、ジャンヌちゃんは楽しくなる方法を間違えている・・それに、難しく考えすぎてる・・・」
「分からない・・・分からない・・・」
なのはの言葉の意味が分からず、ジャンヌは呟いていく。感情を表に出せない彼女は、無表情のままだった。
「そのうち分かるよ・・私たちが友達になるから・・・」
「友達・・・友達になれば、楽しくなれるの・・・?」
「うん・・君が考えている以上に、ずっとずっと楽しくなれるよ・・みんなと一緒に・・・」
ジャンヌの問いかけに、なのはが笑顔で答える。
「勝負してみようよ・・お互い、全力を出し切って・・・」
「全力・・・」
「私に見せて・・君の力を・・君自身の本当の気持ちを、私に教えて・・・」
なのはの呼びかけにジャンヌが戸惑いを覚える。その瞬間、彼女の表情に変化が起こり始めていた。
失われていたはずの感情が、ジャンヌの心に蘇ってきていた。
「私の気持ち・・・私の、気持ち・・・」
「そうだよ・・君だけの気持ちを、私にも伝えて・・・私も全力で受け止めるから・・・」
困惑を膨らませたまま、ジャンヌはなのはとの距離を取る。
(ユーノくん・・危ないから少し離れていて・・・)
(危ないのはなのはたちも同じだ・・被害が広がらないように結界の強度を上げるよ・・・)
なのはからの念話にユーノが答える。彼も彼なりに彼女の背中を後押ししようとしていた。
(ありがとう、ユーノくん・・・それじゃ、思いっきりいくよ!)
改めて迷いを振り切り、なのはが意識を集中する。
「全力・・・私も、出せるかな・・・?」
呟きかけるジャンヌも、自分の出せる力を出し切ろうと考えていた。
各々のデバイスから発せられる白と黒の光。収束されていく光の先にいる相手を、なのはとジャンヌは見ていた。
「行くよ!これが私の最高の魔法!スターライトブレイカー!」
「・・デッドリーブラスター・・・!」
なのはとジャンヌが全力の閃光を解き放つ。白と黒の光が解き放たれ、ぶつかり合って衝撃と轟音を巻き起こす。
「ぐっ!・・2人の全力・・離れている僕にもこんなに強く響いてくるなんて・・・!」
ユーノもなのはとジャンヌの魔法の威力を痛感して、畏怖を覚えるユーノ。余波で負傷しないよう、彼はすぐにでも障壁を展開できるように身構えていた。
砲撃の攻防は、なのはが徐々に押し始めていた。だが押されているのを痛感したジャンヌも、負けじと押し返そうとする。
(何だろう、この感じ・・今まで感じたことがない・・ううん・・忘れていたような・・・)
その最中、ジャンヌが不思議な気分を覚えて、思考を巡らせていた。
(どうしてだろう・・・このまま負けてしまうのが、とってもイヤに思える・・・負けたくない・・・)
彼女の中にひとつの思いが広がってきていた。
(そうなんだ・・・これが、負けたくないって気持ちなんだね・・・私にも、こんな気持ちがあったなんて・・・)
「負けたくない・・・勝ったほうがもっと楽しくなるから!」
感情を見せて言い放つジャンヌ。彼女が今までしばらく見せていなかった感情的な姿だった。
その気持ちが伝わったのか、黒い光がなのはの白い光を押し返してきた。
「そうだね・・私も負けるより勝ったほうが楽しくなるって思えるよ!」
なのはも笑顔を見せると、負けじと力を込める。2人の魔法は再び拮抗に持ち越されることになった。
「不思議・・・何だか、楽しくなってきた・・・そんな気になってきた・・・」
ジャンヌが次第に喜びを感じるようになっていた。彼女はなのはと魔法を使っていくことが、本当の意味で楽しくなっていた。
だが、なのはにあってジャンヌに足りないものがあった。それは家族や友達を思いやり、支え合っていく気持ちと絆だった。
「悪いけど、私だって負けられない・・ユーノくん、リンディさん、クロノくん、フェイトちゃんのためにも・・・!」
なのはが声と魔力を振り絞り、光を強めていく。彼女の閃光がジャンヌの黒い光を押していく。
「やだ・・負けたくない・・負けたくないよ・・・!」
声を振り絞るジャンヌだが、なのはに押し切られて閃光に巻き込まれた。白と黒の光が入り混じって、空中で爆発が起こる。
「ジャンヌちゃん!」
なのはが魔法を中断して、ジャンヌに駆け寄ろうとする。物理衝撃が起こらないようにレイジングハートが調整していたが、それでも魔力の消耗は並外れていることに変わりはない。
そのとき、なのはが突然両手両足に違和感を覚える。彼女の手足に黒い光の輪がかかり、動きを封じていた。
「バインド!?・・・まだ、こんな力が・・・!?」
毒づくなのはだが、力を消耗していた彼女はすぐにバインドを打ち破る術は残っていなかった。
ジャンヌはまだ飛行を保っていた。受けたダメージは大きかったが、彼女はデッドリーソウルを構えていた。
「まだだよ・・まだ負けていない・・・!」
声を振り絞るジャンヌが、残された魔力を振り絞る。彼女は再び砲撃を放ち、身動きの取れないなのはにとどめを刺そうとしていた。
「なのは!」
「ユーノくん、来ないで!」
助けに飛びだそうとするユーノを、なのはが呼びとめる。彼女はまだバインドを破れずにいた。
「これは私とジャンヌちゃんの勝負だよ!私、ジャンヌちゃんと真正面から向かい合いたい!フェイトちゃんのときのように!」
「いや、ダメだ!このままじゃなのはがやられてしまう!たとえ後で怒られることになっても、僕は君を助ける!」
なのはの呼びかけを聞かずに、ユーノがジャンヌの動きを止めようとする。だが直後に手足に黒い光の輪をかけられ、彼も動けなくなる。
「しまった!・・こんなに速くバインドを・・・!」
「邪魔しないで・・私はあの子と遊んでいるんだから・・・」
うめくユーノにジャンヌが低く告げる。彼女は改めて、なのはに向けて砲撃を放とうとしていた。
「これで終わり・・ここまで楽しんだのは初めてだったよ・・・」
なのはと全力で戦えたことを喜ぶジャンヌ。彼女は無意識に笑みを浮かべていた。
「急いで・・急いで何とかしないと・・・!」
なのはがバインドを打ち破ろうとするが、ジャンヌの砲撃に間に合わない。
「さようなら・・・もっと遊びたかったけど・・あんまりわがままをいうものじゃないから・・・」
ジャンヌが言いかけて、なのはに向けて砲撃魔法を放とうとした。
そのとき、ジャンヌの持つデッドリーソウルから衝撃が発せられた。異変が起きたデバイスに、ジャンヌが目を見開く。
「これって・・・デッドリーソウル・・・」
異変と混乱に見舞われて、ジャンヌが困惑する。
「ダメ・・壊れないで・・壊れないで・・・!」
必死に呼びかけるジャンヌだが、過度の負担を負ったデッドリーソウルが損傷し、ショートして機能を停止してしまった。
その直後、魔力を使い果たしたジャンヌが飛行を保てなくなり、落下していく。同時になのはとユーノにかけられていたバインドが消失する。
「ジャンヌちゃん!」
なのはが慌ててジャンヌを助けようとするが、体力が残っておらず思うように動けない。だがユーノが飛び出し、ジャンヌを受け止めていた。
「ユーノくん・・・ありがとうね・・・」
「あんまりなのはをサポートできなかったからね・・このくらいのことはしないと・・・」
感謝の言葉をかけるなのはに、ユーノが言葉を返す。
「・・ジャンヌちゃんは・・・?」
「大丈夫だ・・気絶しているだけだよ・・かなりの体力と魔力を消耗しているけど・・・」
心配の声をかけるなのはに、ユーノがジャンヌに目を向けて答える。
「ただ、デバイスのほうがダメージが大きい・・この勝負での負荷が大きすぎて、耐えられなかったんじゃ・・・」
「ゴメン・・・私がムチャしたから・・・」
ユーノとなのはがデッドリーソウルに目を向ける。気絶していたジャンヌだが、デッドリーソウルをしっかりと握りしめていた。
「すぐにアースラに戻ろう・・ジャンヌちゃんと、この子を診てもらわないと・・・」
なのはの呼びかけにユーノが頷く。
「エイミィさん、こちらは終わりました・・そちらに戻ります・・」
“お疲れ様、ユーノくん、なのはちゃん・・そっちの状況はこっちでも見てるよ・・・”
ユーノが声をかけると、アースラにいるエイミィが答える。彼女はなのはたちの交戦をモニター越しに見ていた。危険が起こった場合にすぐに対処ができるように。
“ジャンヌちゃんも手当てするから・・なのはちゃんもユーノくんも・・”
「エヘヘ・・お世話になります・・・」
エイミィの言葉を聞いて、なのはが照れ笑いを浮かべる。
(ジャンヌちゃん、少し我慢してね・・すぐに元気になれるから・・・)
心の中でジャンヌに呼びかけると、ユーノとともにアースラに戻っていった。
穏やかな雰囲気の海辺。その静寂を切り裂くように衝撃が巻き起こる。
バルディッシュを持つフェイトと、クリスレイサーを構えるライム。金色と白の刃が激しくぶつかり合っていた。
「強い・・今まで戦ってきて強いって思っていたけど、日に日に強くなっている・・・」
フェイトがライムの強さを痛感して呟きかける。一瞬の油断でも命取りになると、彼女は自分に言い聞かせていた。
「でも、ライムのためにも負けられない・・私が負けることが、ライムのためにならないから・・・」
決意を胸に秘めて、フェイトが身構える。
「フェイト・テスタロッサ・・確かに強い・・単純に強いだけじゃなく、冷静だ・・・」
ライムもフェイトの力を痛感して毒づいていた。
「でも絶対に倒すんだ・・アイツを倒さないと、母さんが笑顔を取り戻せないんだ・・・!」
だがライムはフェイトを認めようとせず、飛び出してクリスレイサーを振りかざす。振り下ろされた光刃を、フェイトがバルディッシュで受け止める。
「よけようとせずに受け止める・・よけるまでもないってことなのか!?」
「そんなことはない・・ここでよけるのは逃げることと同じ・・そう思ったから・・・」
声を荒げるライムに向けて、フェイトが声を振り絞る。
「そうやって自分をいいように見せたいのか!?」
怒りを膨らませて、ライムが力を込めてフェイトを突き飛ばす。フェイトが砂地に足を付けて踏みとどまると、砂が爆発したように舞い上がった。
「お前は悪いんだ・・自分たちのために周りを平気で傷つける、悪いヤツなんだ・・お前の悪さをつぶすことで、僕は幸せを取り戻すんだ・・・!」
ライムがクリスレイサーの光刃の切っ先をフェイトに向けて言い放つ。
「確かに、私は悪さをした・・母さんのために、母さんに笑ってほしいと思ったから、母さんの言うとおりにした・・それが悪いことだって分かっていても・・・」
彼女の言葉を聞いて、フェイトが沈痛の面持ちを浮かべる。
「全て終わった今、その償いをしなくちゃいけない・・ライム、あなたに対しても・・・」
「お前の償いは、私に倒される以外にない!それ以外にお前の罪は消せないんだ!」
フェイトの心境を拒絶するライム。
「お前がいなくなれば、僕たちの悲しみが消える・・僕たちは幸せを取り戻すことができるんだ!」
「それは違うよ、ライム!」
言い放つライムに声をかけてきたのはラークだった。彼女が声をかけてきたことに、ライムは驚きを感じていた。
「こんなことをすることが、ライムの幸せだと思わない!こんなのラークは、ひばりは全然嬉しくない!」
「ひばり・・何を・・・!?」
「もうやめよう、ライム・・フェイトお姉ちゃんもアルフお姉ちゃんも、本当は優しいお姉ちゃんたちだよ!」
ラークの言葉にライムが困惑する。だがライムはすぐに迷いを振り切ろうとする。
「騙されちゃダメだ、ひばり!そうやって気を許させて、自分の悪さをごまかそうとしているんだ!」
「あたしたちにはそんなずる賢さが浮かぶほど頭が回らないよ!」
ラークに呼びかけるライムに、アルフが続けて呼びかける。
「あたしはフェイトの使い魔だ・・だからフェイトの気持ちがあたしにも流れ込んでくる・・・アンタの母親にあったときのフェイトの気持ちが、あたしにも伝わってきた・・・!」
呼びかけていくアルフが、徐々に沈痛さを浮かべていく。
「確かにアンタの母親は記憶をなくしてたよ・・だけど優しさ・・母親らしさは残ってた・・・そんな人を傷つけてしまったことが許せない・・あたし自身を許せないって思ったよ・・・」
「だったらお前もフェイトと一緒に倒してやる・・お前もフェイトと一緒だったら不満じゃないだろ!」
アルフの切実な思いも言葉も、ライムは頑なに拒絶する。
「そうやって許せない人を倒していっても、本当の幸せは取り戻せない・・・」
フェイトがライムに向けて真剣に呼びかけてきた。
「私にはもう母さんはいない・・でもあなたにはまだ、母さんも、妹もいる・・このままでは、あなたはあなたの家族から離れることになってしまう・・居場所だけじゃなく、心も・・・」
「その居場所を壊したのはお前だ!お前がいなくなれば、僕たちは幸せに!」
フェイトの言葉を一蹴して、ライムが飛びかかる。
(そうだ・・こうするしか、僕は幸せをつかめない・・もし僕が諦めてしまったら、母さんの犠牲も、僕の力も、何もかもがムダになってしまう・・・!)
彼女は心の中で自分に言い聞かせていた。
(今、僕がやっていることが絶対に正しいとは思っていない・・でも、目の前にいる相手が僕たちに悪いことをしたことは確かだ・・このままアイツを放っておいたら、また誰かの幸せが壊されるか分からない・・・)
フェイトに対する怒りをさらに膨らませていくライム。
(だからフェイトを倒すんだ・・テスタロッサを止めるんだ・・みんなのためにも・・僕自身のためにも・・・!)
ライムの脳裏に母親の顔が蘇ってきた。記憶を失う前の、心からの笑顔だった。
その笑顔を取り戻したい。そのためにはフェイトを倒すしかない。ライムはひたすらそう言い聞かせていた。
(フェイト・テスタロッサ・・僕はお前を倒す・・僕の全てを賭けてでも!)
ライムがフェイトに向けてクリスレイサーを振りかざす。この一閃の威力に押されて、フェイトが押される。
“Photon lancer.”
再び迫ってきたライムに対し、フェイトが金色の稲妻の弾を放つ。彼女の迎撃に不意を突かれるも、ライムは横に飛んで紙一重でかわした。
「やっと反撃に出てきたか・・無抵抗のお前を倒しても、倒した気にならないから・・・」
「私は、あなたに私と同じ悲しみを抱えてほしくない・・だから、たとえあなたに一生恨まれることになっても・・私はあなたを止める・・・」
“Scythe form.Set up.”
フェイトがライムに言い返すと、バルディッシュが形状を変えて、死神の鎌のような光の刃を発する。
「あなたが自分の全てを賭けるなら、私も私の全てを賭ける・・そうでないと、あなたの気持ちを全部受け止められないから・・・!」
言い放つフェイトが、ライムに向かって飛びかかっていった。自分自身と向き合う意味も込めて、フェイトはライムに立ち向かっていった。