魔法少女リリカルなのは -prologue to Lime-
第五章
部屋の中で1人眠るラークをモニターで見て、なのはとフェイトは困惑を感じていた。
「ひばりちゃんだけ部屋に閉じ込めるなんて・・」
「何だか、気が引ける・・・」
なのはとフェイトがラークの様子に心配の声をかける。
「仕方がないことだ。僕たちに危害が及ばない確証が得られない限りは、気を緩めるわけにはいかない・・冷酷非情であるとは思っていないが、私情をはさむわけにもいかない・・」
クロノが中立的な意見を述べる。不安が消えなかったが、なのはたちは小さく頷いた。
「私とクロノが先に話をします。安全だと判断したら、あなたたちも話をしても大丈夫よ・・」
リンディがなのはたちに呼びかけ、クロノとともにラークのいるへやに向かった。
「ひばり・・・」
ラークへの心配を募らせながら、アルフもこの場に留まっていた。
意識を取り戻したラークの部屋を訪れたクロノとリンディ。クロノはラークから事情を聞き出そうとしていた。
「まず聞きたいのは、アンナさんの居場所だ。小室ライムやジャンヌ・フォルシアが使っているデバイスは、彼女が開発したものだろう。どこにいるのか、君も知っているはずだ。」
「・・聞いたらどうするの?・・ライムのやろうとしていることを邪魔するの・・・?」
アンナの居場所を訊ねるクロノに、ラークが逆に問いかけてくる。
「ライムの邪魔をするつもりなら教えない・・ラークはライムを裏切るようなことはしたくないよ・・」
「・・残念だけど、君の願っている通りに事を進ませるわけにいかない。今、彼女がやろうとしていることは、彼女自身のためにならない・・」
ラークの切実な願いを、クロノが拒絶する。
「復讐では誰も幸せになれない憎んだり憎まれたりの連鎖につながるだけだ・・それに、ライムにも大きな負担がかかっている・・」
「負担・・・?」
「彼女の使っているあの高速化・・彼女自身に大きな負担がかかっている・・多用すれば日常生活にも支障をきたす恐れが出てくる・・」
クロノの指摘にラークが不安を覚える。彼女もアクセルアクションが、ライムの体に負担をかけていることに気付いていた。
「でも・・それでもダメ・・・だってライム、お母さんのために一生懸命になってるんだから!」
ラークが悲痛さを込めて呼びかけてくる。しかしクロノは受け入れない。
「復讐することは、母親も願っていることなのか?・・たとえそうであっても、復讐が正しいことであるはずがない・・・!」
徐々に感情をあらわにしていくクロノ。そのとき、そんな彼を制して、リンディがラークに微笑みかけてきた。
「家族を思うあなたたちの気持ち・・本当ならすばらしいと褒めたいところね・・でも本当にライムさんを大切に思っているなら、間違った道に進もうとしているのを止めないと・・」
「ライムが、間違っているなんて・・・」
リンディに優しく声をかけられて、ラークが戸惑いを覚える。
「仮にライムさんが怒りのままにフェイトさんを倒したら、その怒りに振り回された破壊者か、人を傷つけた罪の意識に心を奪われた、生きながら死んでいる人になってしまう・・戻れなくなる前に、ライムさんを正しい道に連れ戻さないといけない・・ひばりさんにとって、それは間違っていること・・?」
リンディが投げかけた言葉に、ラークは困惑する。どうすることがライムのためになるのか、彼女は分からなくなっていた。
「ラークは・・・ラークはどうしたら・・・」
「僕たちの指示に従ってくれたら、君たちの身の安全は保障する。絶対に悪いようにはしない・・」
迷いを見せるラークに、クロノが真剣な面持ちのまま言いかける。アースラの人々の優しさを受けて、ラークはさらに心を揺らしていた。
「・・・ひばりさん、私たちの他に、あなたとお話をしたいと言っている人がいるの・・・」
「ラークと、お話・・・?」
リンディの言葉にラークが疑問符を浮かべる。
「今のあなたには争う意思はない・・会わせても大丈夫だと思うわ・・」
「艦長・・・分かりました。ただし僕も同行させていただきます・・」
意見を告げるリンディに、クロノも返答する。彼に頷きかけてから、リンディはエイミィへの連絡を取った。
「みんなをこっちに連れてきて・・話をしても大丈夫だから・・・」
リンディの許可が出て、なのは、フェイト、ユーノ、アルフはエイミィに連れられて、ラークのいる部屋に来た。困惑を拭えず、ラークは沈痛の面持ちを浮かべていた。
「僕も一緒に話を聞くことになり、艦長はこの場を外すそうだ・・余計なお世話かもしれないが、刺激しないように注意してほしい・・」
「分かった・・ありがとうね、クロノ・・・」
注意を促すクロノに、フェイトが感謝の言葉を返す。
「まぁ、あたしもこういう子の面倒には慣れてるから、大船に乗ったつもりで・・」
「エイミィは持ち場に戻るように・・」
上機嫌に言いかけるエイミィに、クロノが呼びかけてくる。
「そんな〜、あたしはのけもの〜!?」
不満を浮かべながら、エイミィはリンディとともに部屋を離れていった。落ち込んでいるラークに最初に声をかけたのはアルフだった。
「ゴメン・・・謝っても許してもらえないのは分かってるけど、それでも謝りたかった・・・あたしらのせいで、アンタたちに迷惑をかけて・・・」
謝ってくるアルフにも、ラークは戸惑いを見せる。
「ラークはそんなに怒っていないよ・・でもライムは多分、謝っても許さないと思う・・ライム、1度決めたら周りが見えなくなっちゃうから・・・」
「その気持ち、私も分かるよ・・私も、そんなところがあるから・・・」
ラークが口にした言葉に、なのはが微笑んで頷きかける。
「私もそうだった・・母さんのためにって思ってジュエルシードを集めていた私は、なのはやクロノたちの声を聞き入れず、気持ちを曲げなかった・・・」
フェイトも続けて心情をラークに打ち明けた。
「でも、なのはに何度も声をかけられて、何度もぶつかって・・それで、頑なだった私の心が揺れた・・1度母さんに見捨てられるまで、何度も・・・」
語っていくフェイトの脳裏に、ジュエルシードを集めていた自分の姿がよみがえってきていた。
プレシアを喜ばせるために必死にジュエルシードを集めた。それを邪魔するもの、なのはやクロノにも危害を加えた。それが悪いことだと思いながら。
たとえ悪い子に思われても、母を喜ばせたかった。それがフェイトの強い願いだった。
だがプレシアの愛情は、フェイトには全く注がれていなかった。そのことを思い知らされて、フェイトは絶望した。
しかし最後の最後で、プレシアにフェイトの思いは伝わった。プレシアはフェイトに対し、母親としての笑顔を見せていた。フェイトはそう思った。
「ずっと私を嫌っていた母さん・・でも最後に、私の気持ちを分かってくれた・・・助けられなかったけど、私に心を開いてくれたことは嬉しかった・・・」
「フェイトお姉ちゃんも、お母さんのことを・・・」
フェイトの心境を察して、ラークが戸惑いを覚える。親子や家族の中で辛い境遇を体験してきたフェイトに、ラークは心を揺さぶられていた。
「ライムは、お母さんがいるから、まだ幸せかもしれないね・・・」
「その幸せを壊してしまったのは、私たち・・・ライムが怒るのは当然のことだよ・・・」
物悲しい笑みを浮かべるラークとフェイト。フェイトはその笑みを消して、話を続ける。
「私が償うだけでライムが幸せになれるなら、私もそうしたい・・でもそれでも、ライムが幸せになれるわけじゃない・・・」
「フェイトお姉ちゃん・・・」
「間違った道に進んでいるなら、連れ戻してあげる・・それが幸せにつながることだし、私の償いでもある・・・」
ラークに向けて決心を告げるフェイト。彼女は改めて、ライムと向き合おうとしていた。
「アンナってヤツに言われてるのか、自分でやってるのか言い切れないけど、アイツとライムは止めないといけない・・だから教えて・・アンナはどこにいるんだい・・!?」
アルフが深刻さを込めて、ラークに問い詰めてくる。
「あたしもプレシアのやり方に不満を持ってた・・ジュエルシード集めに一生懸命になってたフェイトにひどい仕打ちをしたのが許せなくて、あたしは反抗して、結果なのはたちのところに逃げてきた・・今度こそフェイトのためになることをしたいと思っているし、フェイトの辛さを取り除いてやりたいとも思ってる・・もちろん、ライムやアンタのも・・・」
「アルフ、お姉ちゃん・・・」
「あたしにも支えさせておくれよ・・せめてそのくらいのことだけでも・・・」
ラークに切実に頼み込み、アルフが涙を浮かべる。無力な自分がたまらなくなり、フェイトやなのはたちのために何かしたいと彼女はひたすら願っていた。
「ラークも何とかしたい・・でもライムは止まらないと思う・・それでもいいなら・・・」
ついにアンナの居場所を話す決心がついたラークに、なのはたちが微笑んで頷いた。
ラークがアースラに保護されてから一夜が明けた。アンナは研究室にライムとジャンヌを呼び出した。
「どうやらここが、アースラに見つかったみたいだ・・」
「えっ!?・・もしかして、ひばりが・・いや、そんなことない!・・ひばりが僕たちを裏切るなんてこと・・・」
アンナが告げた言葉に、ライムがたまらず声を荒げる。
「とにかく、もうここには戻れないと思ったほうがいいよ・・やることもちゃんとやること・・」
「アンナも一緒に行こう・・いつまでも一緒だよ・・・」
言葉を投げかけるアンナに、ジャンヌが呼びかけてくる。するとアンナが苦笑いを見せてきた。
「ジャンヌもライムも十分強い・・もちろん私も離れたくないけど、2人とも私がいなくても十分に頑張れる・・」
「でも、一緒のほうがいい・・」
励ましの言葉をかけるアンナだが、ジャンヌは聞き入れようとしない。アンナは再び苦笑いを浮かべて、ジャンヌに声をかけた。
「だったら迎えに来るよ・・それで、また新しい家を見つけて過ごそうか・・」
「うん・・・分かった・・・」
ようやく納得したジャンヌに、アンナは安堵して肩を落とす。
「それじゃ、くれぐれもムチャはしないでよね・・・」
アンナが声をかけるが、ライムは頷かなかった。
(やってやる・・今度こそフェイトを倒して、母さんとひばりと、幸せに・・・!)
心の中で決意を呟き、ライムは歩き出していった。フェイトとの最後の戦いに向けて。
ラークの口から、アンナの居場所は告げられた。警戒態勢に入ったリンディたちの前に、なのはとフェイトがやってきた。
「アンナさんのところに行くんですね・・・?」
なのはが声をかけると、リンディが真剣な面持ちで頷く。
「私はライムと戦うことになる・・ライムは私に、強い怒りをぶつけてくる・・・」
「私はあの子になるね・・ちゃんと話を聞かないと・・・」
フェイトとなのはがライムとジャンヌの対峙を見据えていた。
「アルフは今、ひばりと一緒にいる・・意気投合して、2人とも明るく話をしていますよ・・・」
フェイトが続けてリンディに言いかける。なのはたちが部屋を出てから、アルフはラークの話し相手になっていた。
「心優しい子でよかったわ・・こちらの話にも耳を貸してくれて・・・」
「ひばりちゃんのためにも、ライムちゃんを連れ戻さないといけないね・・・」
リンディとなのはが言いかけ、フェイトが頷く。
「アンナのことは私たちに任せて・・なのはさんとフェイトさんは、2人をお願いします・・・」
リンディはなのはたちに言いかけると、アンナの研究所がある次元世界の位置をレーダーで確かめた。
「それじゃ私も行くよ・・なのはも気をつけて・・・」
「フェイトちゃんもね・・危なくなったらムリはやめてね・・・」
呼びかけてくるフェイトに、なのはも答える。
「リンディ提督、ひばりを連れてもいいですか?・・ひばりも見届けないといけないと思いますので・・・」
フェイトの申し出に対し、リンディは小さく頷いた。
「アルフに一緒に行くように伝えて・・絶対に目を放さないように・・」
「はい・・ありがとうございます・・・」
リンディの了承を受けて、フェイトは微笑んで頷いた。
フェイト、アルフ、ラークが訪れたのは、ライムたちの思い出の海辺だった。そこにたどり着いたとき、ラークは沈痛の面持ちを浮かべた。
「ここがライムの思い出で、ライムの悲劇の始まり・・・」
ラークの脳裏に、この海辺にいるライムの姿が蘇ってくる。ラークには、悲劇が起こった後のライムしか知らない。海辺にいるライムは、怒りと悲しみばかりを浮かべていて、心からの笑顔を見せたことはなかった。
「もう1度ライムに笑ってほしくて・・ラークも頑張った・・心から笑ってくれるなら・・・」
「私たちと同じだね・・私も、母さんが心から笑ってほしかったから・・・」
ラークの言葉にフェイトが微笑みかけて答える。だが彼女からすぐに笑みが消える。
「でもそのために、他の人のたくさんの笑顔を奪ってしまった・・ライムも・・・その上、母さんが私に笑顔をくれたのは、最後だけ・・・」
「何も成功しない・・1番辛いことだね・・・」
フェイトの話を聞いて、ラークが小さく頷く。
「もしかしたら、ライムは、弱い自分を乗り越えようとしているのかもしれない・・フェイトお姉ちゃんに勝つことで、弱い自分を乗り越えようとしているんじゃ・・・」
「そんな・・・ひばりがここまで慕っているライムが、弱いなんて・・・」
ラークが言いかけると、アルフが困惑を浮かべる。
「力や魔法だけが強さじゃない・・力や魔法があっても、私は全然強くなかった・・・でも、これから強くなっていけばいいと思う・・私も、ライムも・・・」
フェイトが口にした言葉に、ラークの心が揺れる。自分やライムが見つけようとしていた答えは、その強さだったかもしれない。彼女はそう思っていた。
「一緒に強くなれるかな・・ラークも・・・?」
「頑張ろうという気持ちがあれば、どこまでも強くなれるよ・・・」
思い立つラークに励ますと、フェイトが手を差し伸べて握手を求める。ラークも喜んで彼女の手を取ろうとした。
だがフェイトが唐突に手を引いた。彼女は真剣な面持ちで横を向いていた。
その先にはライムがいた。彼女はフェイトに鋭い視線を向けていた。
「ここにいるとは・・よりによって、この海辺にいるなんて・・・」
ライムがフェイトに対して強い怒りを見せる。対峙する2人に、ラークは困惑していた。
「お前たち以外には誰もいないみたいだ・・邪魔が入らないだけでもいいというところか・・・」
「ここなら私たちが区切りをつけられると思ったから・・・」
周囲を見回すライムに、フェイトが真剣な面持ちで言いかける。
「僕が勝ち、お前がやられる・・それ以外の区切りの付け方はない・・・!」
ライムは言いかけると、クリスレイサーを取り出す。
「このまま何もできない僕ではいたくない・・そんな僕の見ている先に、ホントの幸せなんてないから・・・クリスレイサー!」
“stand by ready.set up.”
ライムの呼びかけを受けて、クリスレイサーが起動する。杖の形状となったクリスレイサーを手にして、ライムが改めてフェイトを見据える。
「僕は戦う・・お前を倒して、全てを終わらせる!」
「私を倒しても、全部終わりを迎えることはない・・さらに深い悲劇を迎えることになる・・・」
言い放つライムに、フェイトが言葉を返す。
「それは僕自身が確かめること!僕が見極めることだ!」
「・・そうだね・・自分がどうするかは自分しかできないことだし、あなたを傷つけた私に文句を言う資格もない・・・」
ライムに言い返すと、フェイトもバルディッシュを取り出す。
「あなたの気持ちを全部私にぶつけてきて・・私も全力で受け止める・・それが私の償いになるから・・・」
「受け止めきれるものじゃない・・僕がお前たちから受けてきた悲しみや辛さに比べたら・・・!」
「ううん・・受け止めないと、私はあなたに謝ることも許されない・・・バルディッシュ・・・!」
“yes, sir.”
フェイトの呼びかけを受けて、バルディッシュも起動して杖の形を取る。
「だから私は受け止める・・全力全開で!」
フェイトはライムにバルディッシュを向けて言い放つ。彼女の心には、なのはの真っ直ぐな気持ちが宿っていた。
その頃、なのはとユーノもアースラを出て、海鳴臨海公園に赴いていた。早朝だったため、人のいる様子は見られない。
「ここなら広いし、結界を張れば思い切りやれる・・・」
「向こうはなのはに執着しているからね。必ずここに来る・・」
ジャンヌが来るのを待ちながら、なのはとユーノが言葉を交わしていく。
「人気者は辛いってことかな・・・」
「そんなのん気にしている場合じゃないんだけど・・・」
なのはが口にした言葉に、ユーノが苦笑いを浮かべる。だがすぐに2人から笑みが消える。
「ジャンヌちゃん、とてもさびしがっていた・・誰かと遊んでほしくて・・私と楽しくなりたくて・・・」
「でも、誰かを傷つけたり、何かを壊したりするのはよくない・・そういうのは遊びでは済まされないよ・・・」
「だから止めないと・・ジャンヌちゃんが悪さをしないように・・・」
「フェイトたちも必死になっているんだ・・僕たちも・・・」
自分たちの心境を語り合うなのはとユーノ。2人はジャンヌと向き合うことに専念しようとしていた。
そのとき、なのはとユーノが異質の気配を感じて緊迫を覚える。
「この感じ・・・!?」
「間違いない・・誰かが結界を張ったんだ・・・多分、あの子が・・・!」
声を荒げるなのはとユーノ。2人の前にデッドリーソウルを手にしたジャンヌが現れた。
「ここにいた・・一緒に遊ぼう・・・」
ジャンヌが無表情のまま、なのはに声をかけてくる。
「これは遊びじゃないんだよ・・自分が楽しいだけじゃ、遊びにならないんだよ・・」
「私は遊びたいの・・楽しく君と遊びたい・・だから遊んで・・・」
呼びかけるなのはだが、ジャンヌは聞き入れようとしない。
「言っても分からないなら、大人しくさせるしかないね・・・」
なのはは言いかけると、レイジングハートを取り出す。
「もう誰も悲しい思いをしてほしくない・・フェイトちゃんも、あなたも・・・」
なのはが言いかけると、レイジングハートが杖の形状へと変わる。同時になのはもバリアジャケットを身にまとう。
「だから私は戦う・・あなたとも、自分自身とも・・全力全開で!」
レイジングハートをジャンヌに向けて、なのはが言い放つ。彼女とフェイトの心が今、一途な思いとともにシンクロしていた。
アンナの研究所のある場所を突き止めたリンディたち。彼女はクロノとともに研究所の前に降り立っていた。
「ここに、アンナが・・・」
「近くに罠が張られている様子は見られないです。強い魔力も、ここからは感じません・・」
リンディとクロノが研究所の周辺を見回す。
「もしかして、僕たちに気付かれたと思って・・・」
「それとも私たちが入ったのを見計らって、アースラに侵入するのかもしれない・・何にしても、私たちは中に入って状況を確かめなければならない・・・」
アンナの狙いを模索するクロノとリンディ。
「エイミィ、アースラの周辺と中には十分注意して・・」
“分かりました。艦長もクロノくんも気をつけて・・”
リンディの呼びかけに、アースラにいるエイミィが答える。リンディは頷くと、クロノとともに研究所に入っていった。
中に進むにつれて、警戒心を強めていく2人。ゆっくりと廊下を進んでいくが、罠や迎撃が出てくる気配がない。
2人は研究所の奥の研究室に足を踏み入れた。研究室には数々の機械が置かれたままだったが、いずれも稼働していなかった。
「ここは放棄されたようですね・・・」
「アンナさん、やはりアースラを狙っているのでは・・・!?」
リンディが言いかけ、クロノが不安を口にする。リンディが再びエイミィに向けて連絡を入れようとした。
「私ならここにいますよ、リンディ先輩・・」
そこへ声がかかり、リンディとクロノが警戒を強める。クロノの手にはS2Uが握られていた。
研究室の出入り口からアンナが現れた。彼女は出入り口のドアを閉めて鍵をかけた。
「こういうことをしても意味がないのは先刻承知です。ですが話をするくらいの時間は作れます・・」
アンナがリンディたちに向けて声をかける。だがすぐにアンナの真剣な面持ちが一変した。
「クロノく〜ん♪久しぶりだね〜♪」
「えっ!?うわっ!」
突然アンナがクロノに飛びついてきた。
「このかわいさは変わっていなくてよかったよ〜♪」
「子供やかわいいものに飛びつく癖は変わっていないようですね、アンナさん・・・」
上機嫌のアンナにクロノが呆れる。しばらく抱きついたところで、アンナがクロノから離れる。
「と、そういうことをするためにここに入ってきたんじゃなかった・・・」
苦笑いを浮かべてから、アンナは真剣な面持ちを浮かべる。
「2人もアースラの人たちも分かっていますね。私のこれまでの処遇を・・」
アンナが切り出した言葉に、リンディとクロノが頷く。
「私は時空管理局にて、魔法研究を続けてきました。魔法や科学はどこまで進化できるのか、私たちの見えている世界や次元の果てはどこなのかを確かめる意味を込めて・・・」
「でもあなたはその向上心に囚われるあまり、あなたの研究は、次元災害を引き起こしかねないリスクを伴うものになってきました・・あなたがそれを自覚したのは、上層部から追放を受けた後・・」
アンナの話にリンディが続ける。2人はともに事の成り行きを思い返していた。
時空管理局に研究員として働くこととなったアンナ。勉強熱心だった彼女に、先輩や同僚たちは感心していた。
だがその熱心さのあまりに失敗することもあり、上司に叱られることもあった。局に入ってから半年がたち、またも上司に怒られて落ち込んでいたときに、アンナはリンディと出会った。
「今日も怒られたの?頑張っているだけじゃなく、失敗もしているって聞いているけど・・」
「そうなんです・・私、行き当たりばったりになることがあって・・分かってはいるんですけど、夢中になってしまって・・・」
声をかけてきたリンディに、アンナが苦笑いを見せる。
「がむしゃらなのもいいけど、きちんと考えて行動するようにもしないと・・」
「アハハ・・肝に銘じておきます・・・」
「こちらでも噂になっているわよ、アンナ・マリオンハイトさん・・私はリンディ・ハラオウン。よろしくね・・」
「・・はい・・よろしくお願いします、リンディ先輩!」
リンディが差し出した手を取り、アンナは握手を交わした。リンディの励ましを受けて、アンナは精進することを改めて決意していた。
出会いからさらに1年後、アンナはリンディを訪ねた。リンディはアースラ艦長としてクルーたちを指揮していた。
「あっ、アンナさん、はじめまして。艦長から話は聞いていますよ。」
アンナを目にしたエイミィが声をかけてきた。彼女を見た途端、アンナが喜びを覚えた。
「か、かわいい〜♪」
「えっ!?」
突然アンナが飛びつき、エイミィが驚きの声を上げる。
「あ〜♪やっぱりこういうかわいい子を見るのはいいもんだよ〜♪」
「ち、ちょっと、アンナさん・・・!?」
頬ずりしてくるアンナに、エイミィは困惑するばかりだった。
「コラコラ、やりすぎないの、アンナ・・」
そこへリンディがやってきてアンナに声をかけてきた。我に返ったアンナが、エイミィから離れる。
「ゴメンゴメン・・かわいいものを見ちゃうとつい飛びついちゃうのよ・・」
「か、かわいいだなんて・・・」
アンナが口にした言葉に、エイミィが思わず照れる。
「さて、気持ちを改めて・・・お久しぶりです、リンディ先輩・・」
「久しぶりね、アンナ。開発部の班長になるなんてすごいじゃない。」
「いやぁ、本当にがむしゃらだっただけで、それがうまく成功につながっただけですよ・・」
リンディに褒められて、アンナが照れ笑いを浮かべる。
「このまま行けるところまで行きますよ。精進していきます。」
「私も応援しているからね。こっちにも発明品を回してちょうだいね。」
意気込みと言葉のやり取りを交わして、アンナとリンディが笑顔を見せる。
「あ、そういえばアンナにはまだ紹介していなかったわね・・」
リンディが言いかけた時、仕事を終えて帰還してきたクロノが、彼女たちの前にやってきた。
「艦長、ただいま戻りました・・」
「ご苦労様・・ちょうどよかったわ、紹介するわね。執務官のクロノよ・・」
声をかけるクロノをアンナに紹介するリンディ。
「クロノ・ハラオウンです。はじめまして、アンナさ・・」
「かわいい〜♪」
自己紹介をしようとしたクロノに、アンナが上機嫌に飛びついてきた。
「うわっ!いきなり何をするんですか!?」
「あ、ゴメン、またやっちゃった・・・」
慌てふためくクロノと、再び気まずくなるアンナ。
「子供やかわいいものを見つけると飛びついてくるという話は本当だったようですね・・仮にも管理局の職員なんですから、気をつけていただきたいです・・」
「面目ない・・ところでハラオウンって・・もしかして・・・」
注意を促すクロノに、アンナが当惑を見せる。
「そう、私の息子なの。でも職場では親子としての意識を持たないようにしているんだけど・・」
「すごい・・親子で管理局の局員・・しかも上位の役職・・すごい親子ですよ!」
笑顔で言いかけるリンディの言葉に、アンナが驚きの声を上げる。
「私も負けていられません・・よーし!これからも頑張っていきますよー!」
リンディとクロノに触発されて、アンナがさらに意気込む。だがその向上心が仇になることを、このときの彼らは知る由もなかった。