魔法少女リリカルなのは -prologue to Lime-

第二章

 

 

 バニングス家にてビデオレターの撮影を行っていたなのは、アリサ、すずか。撮影を終えたビデオレターを受け取ったなのはは、フェイトへの思いを膨らませていた。

「ありがとうね、アリサちゃん、すずかちゃん・・」

「いいわよ。あたしたちに今できるのはこのくらいしかないから・・」

 感謝の言葉をかけるなのはに、アリサが微笑んで言葉を返す。

「フェイトちゃんに、私たちの気持ち、伝わるかな・・・?」

「伝わるって。向こうからのビデオレターで、フェイトが喜んでくれてるじゃないの。」

 不安を口にするすずかに、アリサが憮然とした態度で答える。2人のやり取りになのはが苦笑いを浮かべる。

「それじゃなのは、今度もお願いね。」

「うん。きちんと届けるからね・・」

 アリサの呼びかけになのはが笑顔で頷く。今度もフェイトに自分たちの笑顔が届けられると、なのはは信じていた。

 アリサとすずかと別れて帰路に着くなのは。彼女はクロノたちに連絡を取ろうとした。

「あれ?忙しいのかな・・?」

 しかしなかなか連絡が取れず、なのはは当惑していた。アースラにて騒動が起きていることを知らずに。

 

 フェイト襲撃のためにアースラに乗り込んだライム。フェイトとアルフを追い詰めたライムの前に、クロノが立ちはだかった。

「誰なんだ、お前は!?・・管理局の局員なのか・・・!?

「そうだ。時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。これ以上攻撃を行うならば、君を拘束することになる。」

 問いかけるライムに、クロノが冷静に呼びかける。

「こちらとしても君に危害を加えたくはない。なぜこのようなことをしたのか、話を聞きたいだけだ。」

「僕はテスタロッサが許せない・・だからフェイトを倒すんだ・・・!」

 だがライムはクロノの呼びかけに応じず、敵意を見せる。

「たとえ管理局でも邪魔はさせない!フェイトは絶対に僕が倒す!」

 ライムが改めてフェイトにとどめを刺そうと迫る。だがクロノが発動した「リングバインド」に、ライムは両手を手錠のように拘束される。

「ぐっ!」

 腕を押さえられたことに毒づくライム。彼女の魔法は速さやそれに乗じた攻撃力に重点が置かれており、防御やバインドの対処を不得意としている。速さによる回避がその不得意をカバーしていたのも理由のひとつとなっている。

「これですぐには攻撃には移れないはずだ。それでも攻撃手段に出るなら、不本意ながら迎撃させてもらう・・・!」

 さらに忠告を送るクロノ。だがライムは諦めようとしない。

「ライム!」

 そこへ1人の少女が駆け込み、ライムの声をかけてきた。ふわりとした桃色の髪をした幼い少女である。

「ライムをいじめないで!」

 少女は声を張り上げると、両手を振りかざして風を巻き起こす。その風がクロノを取り巻き、動きを封じる。

「今のうちに逃げよう!もうすぐ他の局員が来るよ!」

「くっ!・・・絶対にお前を倒すからな、フェイト!」

 少女に呼びかけられて毒づくと、ライムはフェイトに言い放ってから、この場から駆け出していった。クロノが風「ウィンドバインド」を解除したときには、既に2人の姿はなかった。

 そこへリンディと数人の武装局員が駆けつけた。しかしそのときにはライムと少女はアースラから脱出していた。

「クロノ、大丈夫!?

「僕は大丈夫です・・ですが、フェイトとアルフが・・・!」

 リンディの呼びかけにクロノが困惑を浮かべる。意識を失ったフェイトを支え、アルフが悲痛さをあらわにしていた。

「すぐに医療班を!フェイトさんを医務室に運びます!クロノは侵入者についての調査を!」

 リンディがクロノや局員たちに呼びかける。アルフに抱えられたまま、フェイトは医務室に運ばれることとなった。

「それと、なのはさんにも連絡を入れておいて・・彼女にも伝えておく必要があるわね・・・」

 今回の襲撃について、リンディはなのはに伝えておこうと考えていた。

 

 アースラやフェイトを気がかりにしていたなのは。彼女の肩には1匹のフェレットがいた。

 ユーノ・スクライア。遺跡発掘をして旅をするスクライア一族の少年である。本来は人間の姿なのだが、なのはのいるこの世界ではフェレットの姿をしていることが多い。

 プレシア・テスタロッサ事件のキーポイント、ジュエルシードを発掘、輸送したのが、なのはの魔法使いとしての始まりだった。

 事故でジュエルシードを紛失し、それらを回収しようとして傷ついていたユーノ。そんな彼と出会ったなのはは、インテリジェントデバイス「レイジングハート」を受け取り、ジュエルシード回収に協力したのだった。

 その最中に、なのははフェイトやアルフ、クロノたちアースラの面々と出会ったのである。自分の真っ直ぐな気持ちをフェイトに伝えたなのはは、事件解決に貢献。彼女との友情を築くことができたのである。

 その後ユーノはなのはと行動をともにすることが多くなった。一方でアースラに赴くこともあり、フェイトへのビデオレターを渡すこともある。

 アースラへの連絡が付かないことに、なのはもユーノも不安を感じていた。

「どうしたのかな、アースラ・・・?」

「遠くを航行するとは聞いていないし、するにしても連絡してくるはずなのに・・・」

 疑問と当惑を浮かべるなのはとユーノ。

「こうなったら転移して、アースラに直接行くしかない・・僕が様子を見に行ってくるよ・・」

 ユーノが転移魔法を使ってアースラに向かおうとした。

“なのはちゃん、ユーノくん!やっとつながった・・・”

 そのとき、なのはとユーノの脳裏にエイミィの声が響いてきた。アースラからの通信で、彼女の声が2人に伝わったのである。

(エイミィさん!何か、あったんですか・・・!?

“何者かがアースラを襲撃して・・フェイトちゃんが・・・!”

 切羽詰った様子のエイミィに、なのはとユーノが困惑を覚える。

(すぐにフェイトちゃんのところに・・・!)

“分かったわ。そこからアースラに転送するよ・・”

 なのはの申し出を受けて、エイミィが彼女とユーノをアースラへと招き入れた。

 

 フェイトを倒すことに失敗し、ライムとラークはアースラを脱出した。2人は異世界にある研究所に来ていた。

「ハァ・・もうちょっとでフェイト倒せたのに・・・」

 ため息混じりに不満を口にするライム。

「フェイトやアルフの力が高い上に、時空管理局まで敵になってくるんじゃ、復讐なんてとても難しいよ・・」

「それでもやらないと、僕たちは前に進めないんだ・・どんなことをしてでも、フェイトを、テスタロッサを倒さなくちゃいけないんだ・・・」

 不安を浮かべるラークだが、ライムの決意は固かった。

「やることは失敗したみたいだね・・」

 そんな2人に向けて、1人の少女が声をかけてきた。黒装束をまとった白くふわりとした長髪。うっすらと開けている紅い瞳は冷たく、生きた心地がしない。

「まだ始まったばかりだよ!今度はフェイトを倒してみせるさ!」

 ライムが少女に向けて強気な態度を見せる。少女は表情を変えることなく、建物の中に入っていく。

「相変わらずだけ、ジャンヌお姉ちゃんは・・」

 少女、ジャンヌ・フォルシアの後ろ姿を見つめて、ラークが呟きかける。

「ジャンヌは心がなくて、喜びや悲しみを表に出すことがないんだって・・・」

 ライムがラークに向けて言葉を投げかける。

 ジャンヌは幼い頃に魔法事件に巻き込まれ、その影響で感情が欠落してしまった。そのため感情を表に出すことがなく、いつも無表情なのである。

「ライム、ラークたちも早く行かないと・・・!」

「あ、そうだった・・とりあえず体力を回復させて、出直そう・・・」

 ラークに声をかけられて、ライムも慌てて建物の中に入っていった。

 建物の中には、様々な機械や備品が部屋ごとに敷き詰められており、廊下にもいくつかあふれていた。その廊下を進んで、ライムはラーク、ジャンヌとともに突き当たりの部屋にたどり着いた。

 そこは研究室だった。主にデバイスの開発や魔法技術の研究が行われていた。

 研究室には1人の女性がいた。赤茶色のかすかにはねっ毛の見られるショートヘア。女性としては高めの背丈に、整った体と顔つきをしている。

 この研究室に住む研究者、アンナ・マリオンハイトである。

「アンナ、ライムとラークが帰ってきたよ・・・」

 ジャンヌに声をかけられると、アンナがコンピューターを操作する手を止める。その直後、アンナがライムたちに向けて満面の笑みを見せてきた。

「ライム〜♪ラークちゃ〜ん♪おかえり〜♪」

 アンナが喜びを見せて、ライムに飛びついてくる。彼女からの抱擁に、ライムが動揺を覚える。

「やっぱりかわいいものはいい♪子供もかわいいからいいよ〜♪」

「アンナさん、いきなり抱きついたら、ライムがビックリしちゃうよ・・」

 ライムに頬ずりして狂喜乱舞するアンナに、ラークが困り顔で声をかける。我に返ったアンナが苦笑いを浮かべて、ライムから離れる。

「いやぁ、ゴメンゴメン・・子供やかわいいものを見ちゃうとつい抱きついちゃって・・・」

「相変わらずだね、アンナさんは・・・でも、僕はフェイトを倒せなかった・・・」

 苦笑いを見せるアンナに、ライムが沈痛の面持ちを浮かべる。

「フェイトちゃんはかわいいのに、魔導師のレベルが大人顔負けだからね。いくらライムがすごくたって、必ず勝てる相手じゃないよ・・・」

「いや・・どうしても倒さなくちゃいけないんだ、フェイトは・・テスタロッサは・・・!」

 フェイトを賞賛するアンナだが、ライムはフェイトへの怒りをむき出しにしていた。

「これから君がどうするかに、私は文句を言うつもりはない。君は私が開発した天地のデバイス、その1機の天のデバイス、クリスレイサーを使い込んでくれているからね・・ただ、何をするにしても後悔しないように・・それだけ言っておくよ・・」

「アンナさん・・・大丈夫だよ・・後悔のないように、僕は全力でやるから・・・」

 アンナが投げかけた言葉に、ライムは気持ちを落ち着けて答える。

「それならいいんだけどね・・・」

「・・本当に大変なことになっちゃったよ・・時空管理局が、ラークたちをマークしちゃったよ・・・」

 アンナが呟きかけると、ラークが不安の言葉を口にしてきた。するとアンナが深刻な面持ちを浮かべてきた。

「まさかフェイトちゃんを養子に迎えたのが先輩だったとはね・・こういうのも運命(フェイト)っていうことなのかな・・」

「アンナさん・・あの艦の艦長と知り合いだったんだよね・・・」

 呟きかけるアンナに、ライムが答える。

 アンナはリンディの後輩で、かつて時空管理局の研究員だった。しかしその研究が次元犯罪、次元災害を引き起こすと危惧した上層部の判断で、彼女は管理局を追放されることとなった。

「アンナさんも、管理局を恨んでいるの・・・?」

「まぁ、宣告されたときは腹が立ったけどね・・これもいい転機だったんじゃないかって、今は割り切ってるよ・・」

 ライムが投げかけた問いかけに、アンナが悠然と答える。するとライムが物悲しい笑みを浮かべてきた。

「僕も、どこかで割り切ることができるかな・・・?」

「それは自分で決めること。問題は後悔のないようにすること・・」

「後悔・・・後悔はしない・・テスタロッサを倒さないことのほうが、後悔につながっちゃうんだ・・・!」

 アンナの言葉に返事をして、決意を改めるライム。フェイトを倒すことが家族のためになる。彼女はそう考えていた。

「何にしても、今は少し休んで、次の出方を考えよう。今度は先輩やクロノくんたちも一緒だから・・・」

「あの執務官か・・魔力が高いし隙もない・・もしかしたらフェイトより手強いかも・・」

 アンナの呼びかけを受けて、ライムが呟きかける。彼女のフェイトへの復讐は、クロノたちの介入によって難しくなりつつあった。

 次の出方を狙いながら、ライムはラークとともに束の間の休息を取ることにした。

 

 エイミィの案内でアースラを訪れたなのはとユーノ。2人はフェイトたちのいる医務室に向かった。

 医務室のベットにてフェイトが横たわっていた。彼女のそばにはリンディとアルフがいた。

「フェイトちゃん・・・アルフさん、フェイトちゃんは大丈夫ですか・・・!?

「なのは・・・傷のほうは大したことなかったよ・・休めばすぐに治るって・・でも、心が不安定で・・・」

 心配の声をかけるなのはに、アルフが事情を説明する。

「心が不安定って・・どういうことですか・・・?」

「フェイトさんを恨んでいる子が現れたの・・正確には、プレシアを含めたテスタロッサをね・・」

 なのはが語りかけると、リンディが語り出す。医務室に設置されているモニターに、ライムの姿が映し出される。

「小室ライムさん・・なのはさんと同じ、地球出身の魔導師です・・・」

「えっ!?私と同じ!?

 リンディのこの言葉になのはが驚く。

「といっても、彼女が魔導師になったのは、なのはさんがユーノくんやレイジングハートと出会った後なんだけど・・・襲撃してきたときのデータを見る限りでも、なのはさんやフェイトさんに負けず劣らずの力を持っているわ・・・」

「アースラのレーダーに気づかれることなく侵入、僕たちの警戒網すらすり抜けてフェイトを襲撃・・本当に侮れない相手だ・・」

 リンディに続いてクロノも説明していく。

「どうして、フェイトちゃんを?・・・フェイトちゃんは、誰かから恨まれるような性格じゃ・・・」

「彼女自身は悪い性格はしていません・・でも、彼女がやってきたことは、いいこととは言えません・・・」

 疑問を投げかけるなのはに、リンディが語りかけ、クロノも話を続ける。

「ロストロギア、ジュエルシードの独自回収・・母親のためを思ってやったこととはいえ、犯罪行為であることに変わりはない・・保護観察に向かおうとしても、その事実は変わらない・・」

「ジュエルシードを集めていたフェイトさんが発動した魔法・・その衝撃で起きた津波に、ライムさんの母親が巻き込まれたのです・・」

 クロノとリンディの説明に、なのはだけでなくアルフも困惑を見せていた。

「その津波で、ライムさんのお母さんは記憶喪失になってしまった・・家族を壊されたから、彼女はフェイトさんを始めとした、テスタロッサ一族を憎むようになったのです・・」

「だから、フェイトちゃんを襲ってきた・・・」

 なのはが口にした言葉に、リンディが小さく頷く。ライムに恨まれるフェイトに、なのはたちは困惑を隠せなくなっていた。

「なんで・・なんでフェイトがここまで責められなくちゃならないの・・・!?

 この事態にたまらなくなり、アルフが悲痛の声を上げる。

「フェイトはあの女のために必死になって、あの女に見放された被害者だっていうのに・・それなのに責められて・・・あたし、たまんないよ・・・!」

 フェイトを心配するアルフが涙を流す。彼女はフェイトがこのような辛さを味わっているのが我慢がならなかった。

「確かにフェイトさんは被害者だ・・プレシアに見捨てられて母親に対する愛情を壊された・・・でも同時に、テスタロッサとしてジュエルシードを集め、立ちはだかる相手への攻撃を辞さなかった加害者でもある・・」

「その行為が、不本意ながらライムさんの家族を傷つけてしまった・・・たとえプレシアに使われていただけといっても、おそらく彼女は納得しないでしょう・・・」

「でもどんな理由があっても、人を傷つけていい理由にはならないし、復讐することも意味のないことだ・・だからこれ以上、彼女にフェイトへの攻撃を許すわけにいかない・・」

 ライムについて語るクロノが深刻な面持ちを浮かべる。普段は冷静沈着な彼が感情的になっていることに、なのはとユーノが戸惑いを覚える。

 そのクロノの感情の意味を、リンディは理解していた。だがここでそれを打ち明けるべきではないと思い、口にはしなかった。

「今はライムさんの行方を追うことと、彼女の裏にいる人物を特定することが最優先です・・」

「裏にいる?」

 リンディが告げた言葉にアルフが疑問符を浮かべる。

「次元航行中のアースラの位置を正確につかんで、しかもこちらに気付かれずに侵入する・・あの幼い2人だけがそこまでできるとは考えにくいです・・」

「つまり、裏で糸を引いてるヤツがいるってこと・・」

 リンディの説明に納得して、アルフが頷きかける。

「それも、もしかしたら彼女かもしれない・・・」

「リンディ、さん・・・?」

 リンディがおもむろに口にした言葉に、なのはが疑問符を浮かべる。

「まさか艦長、今回のことはもしかして・・・!?

「・・・まだ断定はできないし、信じたくない気持ちもある・・でも、可能性は高い・・・」

 思い立ったクロノにリンディが答える。

「なのはさんたちにも話しておく必要がありますね・・余計な不安を広げたくないから、なるべく他言しないように・・」

 リンディが念を押すと、なのはたちは無言で頷いた。

「私の後輩で、管理局の元研究員、アンナ・マリオンハイト・・主に次元研究を行ってきた研究員で、その知識と研究成果は管理局内でも優秀でした・・」

「だけど、日がたつに連れてその研究の規模が拡大し、ついには上層部が、その研究が次元犯罪、次元災害を引き起こすと判断し、アンナさんは管理局を追放されたんだ・・」

 リンディに続いてクロノも説明を入れる。

「それから行方が分からなくなっていたんだ・・・アンナさんはいい人だった・・すごく面倒見がよかった・・ある部分を除いて・・・」

「ある部分?」

 クロノが口にした言葉に、なのはが疑問を投げかける。しかしクロノは思いつめた面持ちを浮かべ、答えようとしない。

「実はアンナ、かわいいものがたまらなく好きなのよ・・」

「か、かわいいものが・・・」

「艦長、言いふらさないでください!」

 からかうように打ち明けるリンディに、ユーノが当惑し、クロノがたまらず怒鳴る。

「特に小動物や子供にはたまらず飛びつく癖があるから、なのはさんもユーノくんも気をつけたほうがいいかも・・」

「は、はぁ・・・」

 微笑みかけるリンディに、ユーノは生返事を返すばかりだった。

「私たちはライムさんとアンナさんの捜索を行いますこのような形で、魔法やデバイスを使うのはよくありません・・」

 真剣な面持ちになったリンディの言葉に、クロノも頷いた。

「なのはさんは、1度家に帰ったほうがいいわね。フェイトさんには、私とアルフがついているから・・」

「でも、私、やっぱりフェイトちゃんのこと・・・」

「また明日にでも来ていいから・・ご家族を心配させるのもいけないから・・」

 心配するなのはに、リンディが優しく励ます。フェイトへの心配が和らいでいなかったが、なのはは渋々受け入れることにした。

「ではひとつだけ、教えてほしいことがあるんですけど・・・」

 なのははアースラを出る前に、あることを訊ねた。

 

 アンナから休息を言い渡されたライムは、母の入院している病院を訪れた。彼女のそばには、人間の姿を取っているラークもいた。

「母さん、元気になっているかな・・・?」

 一途の祈りを胸に秘めるライム。だが同時に、未だに記憶が戻らず拒絶してくるのではないかという不安もあった。

 母親の病室の前に来たライムとラーク。だがライムはすぐにドアをノックすることができなかった。

(ライム・・・)

 彼女の不安を察して、ラークが沈痛の面持ちを浮かべる。迷いを振り切ろうとしながら、ライムは病室のドアをノックした。

 病室には1人の女性がベットの上にいた。ライムの母親である。

 母親は窓から外をじっと見つめていた。この病室からはレストランの近くの海辺の景色を見ることができる。

「母さん・・・」

 ライムは元気のない声をかけた。母親はライムたちの入室に気付いておもむろに振り向いた。

「母さん・・また来たよ・・・」

 ライムが母に向かって呼びかけるが、この声色と表情は喜びを表してはいなかった。

「海、見てたね・・あの海は僕も好きなんだ・・・」

 ライムも窓から海を見て、笑顔を見せる。晴天の下の海は、穏やかな並を漂わせていた。

「母さんが元気になったら、また一緒に来ようね・・でもレストランの仕事が忙しくて、なかなか行けなかったり・・」

「あなた・・・誰・・・?」

 母親が口にしたこの言葉に、ライムの作り笑顔が消える。

「何言ってるんだよ・・・僕だよ・・ライムだよ・・・」

「知らない・・・知らない・・・!」

 苦悩をあらわにする母親が頭を抱えて苦しみだす。彼女の異変に気付いて、医師たちが駆け込んで容態を診る。

 未だに記憶の戻らない母親に、ライムだけでなくラークも困惑を膨らませていた。

 そして、その病室のそばには、動揺を感じていたなのはの姿もあった。

 

 その後、先に病室を出て入り口で待っていたなのは。しばらく彼女が待っていると、ライムとラークが遅れて出てきた。

「大変なことになってるね・・お母さん・・・」

 なのはがおもむろに声をかけると、ライムが足を止めて振り返る。

「ゴメンね・・盗み聞きするつもりはなかったんだけど・・近くに来たら聞こえてきたから・・・」

「そうか・・・いきなりだったからビックリしちゃったよね・・・?」

 笑みをこぼすライムに、なのはも微笑んで首を横に振る。

「私も、お父さんが大変なことになったから・・・」

 なのはが口にした言葉に、ライムが戸惑いを覚える。なのはの父、高町(たかまち)士郎(しろう)はかつて、要人のボディガードをしていたが、テロに巻き込まれ、瀕死の重傷を負ったことがある。

「・・・君には、話してもいいかもしれない・・・」

 ライムはなのはに自分が置かれている状況を説明した。そのことを知っていたなのはだが、あえてそれを告げずに話を聞こうとしていた。

「僕の母さん、記憶がないんだ・・・僕のことだけじゃない・・自分が誰なのかさえ分からなくなってるんだ・・・思い出そうとすると、さっきみたいに苦しみだして・・・」

 語りながら沈痛の面持ちを浮かべるライムに、なのはもいたたまれない気持ちを募らせる。

「全てアイツらのせいなんだ・・アイツが、僕たちをムチャクチャにしたんだ・・・!」

「それってもしかして、フェイトちゃんのこと・・・?」

 怒りを口にするライムに、なのははついに自分の気持ちを打ち明けた。彼女が口にした言葉に、ライムが驚きを覚える。

「どうしてその名前を知っているんだ!?・・・もしかして、君も管理局の・・・!?

「ううん・・管理局の局員じゃない・・フェイトちゃんのお友達・・新しくお友達になったんだ・・・」

 警戒を見せるライムに、なのはが正直に言いかける。しかし彼女の答えにライムが疑念を抱く。

「お友達って・・アイツがどういうヤツなのか、何をしていたのか、分かっているのか・・・!?

「全部ってわけじゃないけど・・・話し合って、時にぶつかり合って、やっと分かり合えた・・・フェイトちゃんが、本当は優しい子だって分かった・・・」

「違う!アイツは悪いヤツだ!僕の家族をムチャクチャにした!だから僕は、アイツを、テスタロッサを倒さなくちゃならないんだ!」

「そんなことないよ・・本当に優しいよ、フェイトちゃんは・・お母さんのために一生懸命になって・・・」

「本当に優しいなら、誰かを傷つけるようなことはしない!まして家族思いなら!」

 フェイトへの信頼の言葉を口にするなのはだが、ライムは憤るばかりだった。

「フェイトはまだあの艦の中にいるんだね・・僕は今度こそ、アイツを倒してやる・・・!」

「ダメだよ、そんなの・・フェイトちゃんだけじゃなく、リンディさんやみんな、私だって悲しくなる・・」

 決心を口にするライムを、なのはが呼び止める。

「それに、仕返しをしても、何の得にもならない・・自分にとっても・・・」

 なのはは続けて自分の心境を告げた。かつて父親を傷つけた人物に対し憎悪を抱いたなのはだが、恨んでも何もならないし、逆に自分たちを辛くしてしまうと思った。だから、なのはは母親を傷つけられて憤るライムの気持ちが痛いほど分かっていたのだ。

「それを決めるのは君や他の誰かじゃない・・僕自身だ・・・!」

stand by ready.set up.”

 なのはの言葉に反発すると、ライムがクリスレイサーを起動する。基本形態「スタンダードモード」のクリスレイサーを手にして、ライムはなのはを見据える。

「協力しろとはいわない・・ただ、僕たちの邪魔はしないでほしい・・もしも邪魔してくるなら、僕は容赦しない・・・!」

「悪いけど、協力はしない・・邪魔もしなくちゃいけない・・邪魔しないと、フェイトちゃんが悲しむことになるから・・・」

 忠告を送るライムの前になのはが立ちはだかる。

「レイジングハート、お願い・・・!」

stand by ready.set up.”

 なのはが赤い宝石を掲げて呼びかける。宝石、レイジングハートが杖の形状へと変化していった。

 同時になのはの衣服にも変化が起こる。白を基調とした新しい服に。

 バリアジャケットを身にまとったなのはが、レイジングハートを構える。

「フェイトちゃんと、1度ゆっくり話し合ってみよう・・話をすればきっと分かり合えるから・・・」

「分かり合えるなら、僕たちが辛い思いをすることはなかった・・僕たちが受けてきた辛さ、アイツにも味わわせる・・・!」

 呼びかけるなのはにも敵意を見せるライム。2人の少女がそれぞれの思いを秘めて、対立しようとしていた。

 

 

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