魔法少女リリカルなのは -Light&Dark-
第8話「心の氷が解けるときなの」
それは、平凡な小学三年生だったはずの私、高町なのはに訪れた小さな事件。
信じたのは勇気の心。手にしたのは魔法の力。
相手を壊すことで自分を伝えようとしている少女。
相手の気持ちを理解して自分を伝えようとしている少女。
2つの心、2人の気持ちのぶつかり合い。
自分の全てを賭けた勝負。
お互いが全力を出し切った先にあるものは・・・?
辛く悲しい日々に、ピリオドが打たれる・・・
魔法少女リリカルなのは -Light&Dark-、始まります。
フェイトとの1対1の戦いを望んだライムは、思い出の海辺で彼女の到着を待っていた。流れるそよ風と波の音を耳にして、ライムは幼い頃の母との日々を思い返していた。
母親の笑顔と親子の幸せを奪ったテスタロッサ一族。その血を受け継いでいるフェイトを倒すことが、家族の幸せを取り戻す唯一の方法。
ライムはそう信じて疑わなかった。
しばらく待ったところで、ライムは海沿いの通りへと振り返る。その先には倒すべき相手、フェイトの姿があった。
フェイトはアルフに支えられながら、満身創痍の体を引きずっていた。完全に回復していない状態でありながら、彼女はライムの挑戦を受けたのだ。
ゆっくりと歩を進めて、フェイトとアルフはライムの前にたどり着いた。
「1対1だと言ったはずだけど?」
「勘違いしないで。あたしは見に来ただけよ・・アンタと、フェイトの気持ちを、1番近くで・・・」
ライムの問いかけにアルフは真剣に応える。加勢しないものと見て、ライムは視線をアルフからフェイトに移す。
「フェイト・テスタロッサ、僕は今度こそ君を倒す。」
「ライム、私はあなたの気持ちを知りたい。だからこの勝負、私は負けられない。」
互いに決意を口にするライムとフェイト。2人の対峙を、アルフは固唾を呑んで見守る。
(できるなら、あたしが真っ先に飛び出してフェイトを助けたい。だけどフェイトは、ライムと向かい合い、自分自身と向かい合おうとしている。そのフェイトを、あたしは止められない・・)
フェイトとライム。2人がこれから何をして、どのように変わっていくのか。アルフはこれから起こる戦いを、じっと見守ることにした。
嵐の前の静寂が訪れる海辺。フェイトを追ってきたなのは、ユーノ、ラークもたどり着いた。
「なのは、ラーク・・アンタたちも・・!?」
彼女たちの登場にアルフが驚く。
「フェイトちゃんとライムちゃんの気持ちをこの眼で確かめたいのは、私たちも同じだよ。」
なのはの気持ちにアルフも笑みをこぼす。一同は2人の魔法少女の対決を見つめた。
その中でラークの心は大きく揺れていた。フェイトの思いを知ったラークは、この対決に対して困惑を抱いていた。
「私は気付かないうちに、あなたを傷つけてしまった。だから私はその罪を償いたい。あなたの気持ちを理解して、あなたと分かり合いたい。そのために私は、全力であなたと戦う。」
フェイトは自分の気持ちを率直に告げて、金色の宝石をライムに見せるように掲げる。
「行くよ、バルディッシュ。」
“yes, sir.”
フェイトの呼びかけにバルディッシュが応答する。宝石が戦斧を模した杖へと形を変え、彼女も黒のバリアジャケットを身にまとう。
バルディッシュを握り締めて構えるフェイト。臨戦態勢に入った彼女を見て、ライムも戦意を見せる。
「全力で戦う覚悟は僕も同じだよ。僕は僕の持てる全てをつぎ込んで、君を倒す!」
ライムもフェイトと同様に、純白の宝石「クリスレイサー」を掲げる。
「行くよ、クリスレイサー!」
“stand by ready.set up.”
ライムの呼びかけに答え、クリスレイサーが杖へと形を変えていく。そしてライムの体を純白のバリアジャケットが包み込む。
“Scythe form.Set up.”
“Blade mode.”
バルディッシュ、クリスレイサーがそれぞれ、死神の鎌の形状の光刃を出現した。
「同じ形・・!?」
同じ武器の形状を使用した2人に、アルフが声を荒げる。彼女たちが見つめる中で、先に飛び出したのはライムだった。
大きく振りかざした純白の刃を、フェイトは身をかがめてかわす。フェイトの反撃の一閃を、ライムが後退してかわす。
そして2人が再びデバイスを振りかざす。二撃、三撃と光刃がぶつかり合い、火花を散らす。
再び距離を取った2人が横に駆け出し、相手の出方をうかがう。
2人の少女の交戦を、ラークは沈痛の面持ちで見守っていた。2人の力、魔法だけでなく、2人の心もぶつかり合っている。
ラークにとってライムは姉であり相棒。フェイトは優しさの強いよき理解者。理由がどうあれ、2人が傷つけあうことを彼女は快く思っていなかった。
しばらく駆け込んだところで、ライムとフェイトが足を止めて鎌を振りかざす。だが2つの光刃が衝突し、湾曲した光刃が引っかかる。
交錯した刃を中心に、フェイトとライムがデバイスの引き合い、力比べに持ち込む。互いの力は拮抗し、一歩も引かない。
やがて2人の力に流されて、2つの光刃が交錯から外される。2人が眼を見開くが、ライムはいきり立って鎌を振りかざす。
ライムの声とともに放たれる光刃を、フェイトは飛び上がってかわす。フェイトが着地しようとしていたところを狙って、ライムは回転を利用してさらに光刃を振りかざす。
だがフェイトは飛行して、その追撃をも回避する。上空に飛び上がって、ライムの動きを見下ろす。
背中から光り輝く翼を広げて、ライムも飛び上がる。フェイトに向かって鎌を振り下ろすが、フェイトはこれをかわしていく。
戦いは空中戦へともつれ込み、上空で光刃の衝突が、花火のように咲いて散る。何度か刃を交えたところで、2人は距離を取り、互いを見据えていた。
次にどの戦法を使うべきか、相手がどの戦法を使ってくるのか、互いの動きを見据える2人。その中でライムは揺らいでいた。
あの出来事から、母さんは何もかも忘れて、僕も何もかも失った。
これだけ辛いことばかりが押し寄せてきているのに、僕は何もできないでいた。
何もできない自分がイヤだった。
そんな僕に手を差し伸べて、力を貸してくれた人がいた。
だけどその人は僕が恩返しすることを断った。
僕が納得できるようにすればいいと、その人は教えてくれた。
だから僕は、僕の気持ちが晴れるように全力を出したい。
今、そしてこれからを後悔しないように。
もう何も失くしたくない。
2度と後悔したくない。
だから僕は、この眼の前にいるこの子を倒す。
改めて決意を秘めたライムが、さらにフェイトに向けて攻撃を仕掛ける。その一閃を後退してかわすと、フェイトはバルディッシュを大きく振りかぶる。
「アークセイバー!」
フェイトがバルディッシュを振りかざすと、金色の光刃が回転を帯びて放たれる。ライムは身構えてこれを紙一重でかわそうとする。
だがこれはフェイトの攻撃の瞬間だった。
“Saber Blast.”
バルディッシュの音声の瞬間、放たれた光刃が爆発を引き起こす。爆発はライムの不意を突いたはずだった。
だがクリスレイサーは自己判断で、ライムに対する防御魔法を発動していた。彼女の右腕を純白の氷「スノーウォール」が包み込んでいた。
とっさの防御に眼を見開くフェイト。防御の氷を崩して、ライムはクリスレイサーを振りかざす。
「ライトニングスラッシュ!」
彼女が振りかざしたデバイスから、純白の光刃が回転を帯びて放たれる。アークセイバーと同様に飛んでくる光刃を、フェイトは誘発を考慮しながら大きく回避する。
フェイトがライムを再び見据えるが、ライムは不敵な笑みを浮かべていた。標的を外した光刃が回転しながら戻ってきたのをフェイトは気付いた。
バルディッシュの金色の光刃でライトニングスラッシュを弾くフェイト。そこへライムがクリスレイサーを振り上げて飛び込んできた。
またもや2つの光刃がぶつかり、そして空を切る。距離を置いた2人が、自分のデバイスを構える。
「アークセイバー!」
「ライトニングスラッシュ!」
2人が再び光刃を放つ。回転する光刃は衝突せず、回避行動を行っていた2人をも外す。だが誘導式に設定されていた光刃は湾曲に移動して再び標的を狙う。
フェイトもライムも光刃を引きつけていた。うまくおびき寄せて、相手にぶつけるのが狙い。
互いを見据える2人が接近し、間近になったところで垂直に上へ上昇する。2つの光刃は衝突し、爆発を引き起こす。
飛翔するフェイトとライムがデバイスを振りかざす。2つの杖は衝突し、つばぜり合いを引き起こす。力押しが叶わないと察した2人は、同時に離れて距離を取る。
「今のところ互角だ・・」
「お互い全力を出してるように思えるけど、まだ自分の気持ちに整理がついてないって感じもするよ・・」
ユーノの呟きに、アルフも困惑を覚えながら答える。
拮抗した戦況の中、フェイトも自分の気持ちと向かい合っていた。
今、私と戦っているのは1人の少女であり、私自身。
私が犯した罪が形となったもの。
私はお母さんのために何でもしてきた。
お母さんに認められたかった。
でもお母さんは私を必要としていなかった。
私はどうしたらいいのか分からなくなった。
私はどうにもならない事実を認めたくなかった。
もしも認めてしまったら、このまま心が砕けてしまうと思ったから。
そんな私に、手を差し伸べてくれた女の子がいた。
その子がそばにいてくれたから、全力でぶつかってきてくれたから、私は勇気が持てた。
だから今度は、私自身が答えを見つけなくてはいけない。
私の眼の前にいるあの子は、私の罪そのもの。
あの子の姿は、私と合わせ鏡と同じ。
だからこの戦い、負けるわけにはいかない。
この子とは、全力であなたを戦う。
“Device form.”
フェイトの意思に呼応して、バルディッシュが基本形態に戻る。これにライムが眉をひそめる。
(形態を戻した?・・攻撃のバリエーションを増やす気か・・・だったら!)
“Launcher mode.”
ライムも思考を凝らし、クリスレイサーが砲撃型へと変化する。激しい接近戦から一変、長距離からの撃ち合いに持ち込まれた。
魔力の弾丸をぶつけ合い、互いの出方を伺う2人。そして先に本格的な先手を打ったのはフェイトだった。
「フォトンランサー!」
フェイトがライムに向けて光の槍を放つ。これまでよりも威力のある金色の攻撃を、ライムは砲弾で難なく迎撃する。
だが光の槍は次々と出現してくる。フェイトの周囲だけでなく、ライムの周囲にも。
ついにライムの周囲に、光刃の槍の群れが取り囲んだ。「フォトンランサー・ファランクスシフト」の準備が完了したのだ。フォトンランサーの最大級の応用技が、ライムに対して包囲網を敷いていた。
「これでもう逃げられない。でも魔力だけを削るように設定してあるから。」
フェイトが淡々とライムに告げるが、ライムは表情を変えない。降参の意を示さない彼女に対し、フェイトは一斉射撃の思念を送った。
包囲していた光の槍が、次々とライムに向かって飛び込んでいった。魔力の衝突で上空に爆煙が広がる。
勝負が決まってないにしても決定打にはなったはずと察したフェイトだったが、ライムは氷塊の中に閉じ込められた状態になっていた。クリスレイサーの自己判断でスノーウォールが発動され、光の槍からライムを守ったのだ。
しかし攻撃の完全な無力化には至らず、ライムはある程度の魔力の削減は免れていないようだった。氷塊を崩し、彼女は再び身構える。
「今のはかなり効いたよ。クリスレイサーが守ってくれなかったら、危なかったよ。」
「安心するのはまだ早いよ。私の本気はこれからだから。」
互いに言葉を交わし、次の攻撃に備えるライムとフェイト。バルディッシュから魔力の砲弾が放たれ、ライムは降下して回避する。
そしてライムが砂地に着地した瞬間、フェイトは練り上げていた魔法を発動する。けん制の砲撃をバルディッシュに委ね、自らは次の砲撃の練り上げを行っていたのだ。
「サンダーレイジ!」
標的を定めた雷の砲撃がライムに向けて放たれる。だが彼女が狙ったのはライムではなく、彼女の周囲の砂地だった。
落雷によって砂煙が巻き上げられ、ライムの視界と動きを封じる。素早い彼女の動きが止まる瞬間が、フェイトの狙う好機だった。
フェイトの思念によって、ライムの背後に一瞬魔法陣が浮かび上がる。その瞬間、ライムはその魔法陣に捕らわれるように動きを封じ込められる。
ライムは必死に束縛から抜け出そうとするが、完全拘束をもたらした捕獲魔法「ライトニングバインド」は彼女を逃がさない。
ライムは魔道師の中でも速さがずば抜けている。その代わり、彼女は拘束魔法を持ち合わせておらず、その対処法もない。拘束魔法は詠唱や練り上げに時間を要し、相手の動きを確実に捉えていなくてはならない。彼女の速さの前ではその狙いを定めるのは困難である。
フェイトは再び光の槍の群れを出現させる。彼女の前方に集約された槍は、ライムに狙いを向ける。
フォトンランサー・ファランクスシフトが放たれた瞬間、再びクリスレイサーが自己判断を下し、形態を変えて光刃を出現させる。光刃は鞭のようにしなり、ライムにかけられている拘束魔法を切り裂く。
自由になったライムは即座に後退して、降り注ぐ槍の群れをかわした。確実に命中したはずの攻撃をかわされて驚くも、フェイトはすぐに落ち着いて着地する。
2人の一進一退の攻防に、なのはたちは固唾を呑んでいた。戦いが進むに連れて、ラークの不安も膨らんでいた。
呼吸を整えたところで、ライムがフェイトに言い放った。
「なのはちゃんもすごかったけど、君も相当なものだよ。でも、僕は君には絶対に負けたくない。負けるわけにはいかないんだ。」
ライムの言葉にフェイトは動じない。
「僕は僕の全力を出す。これが最後の大勝負だ!」
(来た!)
ライムの言葉にフェイトは確信し覚悟を決める。高速移動の魔法「アクセルアクション」が発動するのだ。
“accel form.set up.”
クリスレイサーの音声の直後、ライムのバリアジャケットが弾けて軽量化される。
「いよいよ出たね、あの姿・・・」
ユーノが囁いて息を呑む。次の10秒間がこの勝負の雌雄を決することになることを、彼らは確信していた。
「あの動きの弱点はあたしもフェイトも知ってる。相手のその大まかな動きを把握できれば、回避できないことはないよ。」
アルフがライムを見つめながら真剣に語る。動きが機敏であり、相手の攻撃に対して的確に対応できるフェイトなら、この10秒を乗り切ることは容易のはずだった。
「行くよ、クリスレイサー!」
“accel action.start up.”
ライムの声にクリスレイサーが答える。彼女の動きが一気に加速化し、フェイトに向かって飛び込んでくる。
フェイトはとっさに上空へと飛び上がり、第一撃を回避する。ライムは大きく反転して、空中に飛び上がったフェイトを追って飛び上がる。
フェイトはライムの動きを予測し、紙一重でかわしていくことを考慮し、行動に移す。
だが、ライムが振り下ろした光刃はバルディッシュを叩いた。驚愕を覚えるフェイトに、強烈な衝撃が伝わってくる。
そしてライムの高速の動きによる攻撃が、次々とフェイトを捉えていく。
「そんな!フェイトがあの動きをかわせないはずは・・!」
この現状にアルフも驚愕する。困惑する彼女たちの中で、ユーノがライムの動きに気付く。
「そうか!ライムは剣を振って、その反動で動きを調整しているんだ!」
「えっ!?」
ユーノの指摘になのはは眼を凝らす。眼にも留まらぬ動きの中で、ライムが光刃を出しているクリスレイサーを振りかざしている。その反動が火花を散らし、彼女の動きをカバーしていたのだ。
「これではいくらフェイトでも、かわしきれない!」
「フェイト!」
ユーノとアルフが声を荒げる。防戦一方に陥りながらも、フェイトは打開の糸口を必死に探っていた。
(このままだとやられる!・・何とか反撃しないと・・・!)
ライムとの距離を図りながら、フェイトは反撃に転じようとする。
「サンダー・・」
「遅い!」
攻撃魔法を仕掛けようとしたフェイトを、ライムが光刃を振りかざす。その一閃がフェイトを跳ね上げる。
痛烈な光刃の一撃を受けて、フェイトが落下する。髪を結んでいた黒いリボンがほどけ、金髪がふわりと広がる。
バルディッシュを握り締めたまま、フェイトは砂地に倒れる。
“3,2,1 time out.”
同時にアクセルアクションの発動が終了し、着地したライムのバリアジャケットが元に戻る。光刃を下げて、ライムはフェイトに振り返る。
「これで終わりだ、フェイト・・・」
ライムが冷淡な眼差しを向けて、フェイトに近づいていく。助けたい気持ちに駆られながらも、なのはたちはフェイトの気持ちを尊重するあまり、この場を動けなかった。
その緊迫を打ち破って声をかけたのはラークだった。
「やめて、ライム!」
ラークの悲痛の呼びかけにライムが足を止める。ライムの顔には戸惑いが浮かび上がっていた。
「もうやめようよ、ライム!こんなことをしたって、フェイトもライムも、みんな悲しくなっちゃうよ!」
「ラーク、何を言って・・・!?」
ラークの言葉にライムは困惑する。ラークがまるでフェイトをかばっているように感じたからだった。
「ラーク、フェイトは僕たちの敵だ!僕の母さんを傷つけた、僕たちの敵なんだ!」
「違うよ!フェイトとアルフは優しいお姉ちゃんたちだよ!ラークのこと、優しく励ましてくれたんだよ・・その2人が、ラークたちを傷つけようと考える人たちじゃないよ・・・!」
「ラーク・・・」
言い放つライムに反発するラーク。ラークの悲痛さを目の当たりにして、アルフも戸惑いを見せる。
「ラーク、フェイトやテスタロッサは、僕の母さんを傷つけたんだ!そんなのが、優しいなんてありえないよ!」
「ライム・・・!」
あくまでフェイトたちを信じようとしないライムに、ラークは辛さのあまりに涙をこぼし、アルフにすがりつく。アルフも沈痛の面持ちでラークを抱き寄せていた。
「フェイトを倒さないと、僕は先に進めない。僕の道は、この勝利の先にあるんだ・・・!」
歯がゆさを現しながらも、ライムはフェイトへの敵意を向ける。だがそのとき、ライムは眼前の光景に眼を疑った。
「・・どうして・・・!?」
ライムは信じられない面持ちでいっぱいになった。アクセルアクションで確実に戦闘不能に陥らせたと思っていたフェイトが、ゆっくりと立ち上がり始めたのだ。
「どうして、立ち上がれるんだ・・・!?」
驚愕するライムの眼の前で、フェイトは傷ついた体を必死に起こす。
「フェイト・・・!」
「フェイトちゃん・・・!」
立ち上がるフェイトにアルフとなのはが笑みをこぼす。満身創痍のフェイトが、ライムの前でついに立ち上がった。
リボンのほどけた金髪は風に揺らめき、眼差しは真っ直ぐ、困惑しているライムを見据えていた。
(今回のアクセルアクションは、本気でフェイトを倒すために使った。こんなすぐに立ち上がれるなんて・・・!?)
全力の攻撃を耐えられたことに愕然となるライム。そんな彼女を見つめながら、フェイトは胸中で囁いていた。
(全ては私の罪が生み出した出来事・・私のしてきたことが、私の前に現れた・・・)
フェイトはバルディッシュを強く握り締める。
(もしもあなたの気持ちが晴れるなら、私は何だってする。あなたとは分かり合いたい。友達になりたい・・・)
彼女の思いに呼応して、バルディッシュから湾曲の光刃が出現する。悲痛の叫びを上げるライムが、彼女に向かって駆け込んできた。
(だから教えて・・・どうしてそんなに悲しいのか・・・どうして、泣いているのか・・・)
振り下ろされた純白の光刃を受け止めて、フェイトは問いかける。ライムの表情は憤りに満ちていながらも、その眼からは涙があふれていた。
反撃に転じたフェイトがバルディッシュを振りかざし、ライムを退ける。再び距離を取って、2人は互いを見据える。
近距離、中距離、遠距離。様々な位置関係での戦闘が繰り広げられている。だが、その中で精神的に追い込まれていたのはライムだった。
アクセルアクションを受けながら、それでもなお立ち上がってくるフェイトの底力。そのフェイトに思いを寄せ始めているラークの心境。これらがライムの心を大きく揺さぶっていたのだ。
“Device form.”
“Launcher mode.”
バルディッシュ、クリスレイサーがともに砲撃型へと変形する。
「サンダー・・」
「クリスタル・・」
フェイトの構えるバルディッシュの先端から光の槍が、ライムの構えるクリスレイサーの先端から氷の刃が出現する。
「・・レイジ!」
「・・レイ!」
それぞれの魔法の光刃の群れが発射され、ぶつかり合って相殺する。戦闘においては互角に見えたが、ライムには確実に余裕がなかった。
(僕はフェイトを倒さなくちゃならないんだ・・だから迷っている場合じゃないんだ・・・僕がフェイトを倒さなかったら、母さんは、母さんは・・・!)
ライムは必死に自分に言い聞かせていた。しかしそれが逆に彼女の心を揺らめかせていた。
「僕は、僕は負けるわけにはいかないんだ!」
ライムは高らかとクリスレイサーを振り上げる。彼女の背中から翼が広がり、クリスレイサーから湾曲の光刃が出現する。
悲鳴染みた絶叫を上げて、ライムがフェイトに向かって飛びかかる。策も思惑もないまま、ライムは真正面から向かってくる。
(ライム・・・)
心身ともに疲れきっているライムを見て、フェイトが沈痛を覚える。フェイトの中でひとつの答えが生まれ、彼女は決意する。
フェイトは突然、握り締めていたバルディッシュを離した。その行為が眼に留まり、ライムが困惑を見せる。
戦意を消したように見えるフェイトに向けて、純白の光刃が振りかざされる。
「フェイト!」
アルフが思わず叫び声を上げる。誰もが一瞬、フェイトがライムに倒されたと思った。
だがライムが振りかざしたクリスレイサーの光刃の切っ先は、フェイトの首筋の直前で止まっていた。
「・・どうして・・・」
フェイトを倒すことができたはずなのに、そうしなかったライムがフェイトに弱々しく声をかける。
「どうして杖を捨てた・・・!?」
ライムの問いかけに、フェイトは沈痛の面持ちを浮かべたまま答えない。
「どうして、わざと負けようとしたんだ・・・!?」
ライムはさらにフェイトに問い続ける。
「どうして、そんな笑顔を見せるんだ!」
そして感情さえもあらわにするライム。彼女が見つめる先で、フェイトは優しく微笑んでいた。
「これが、あなたの気持ちを知る方法だと思ったから・・・」
フェイトが告げたこの言葉に、ライムが戸惑いを覚える。
「理由がなんであっても、私があなたを傷つけてしまったことに変わりはない。だから私の罪を、あなたの気持ちと一緒に受け入れようと思ったの・・」
真っ直ぐに自分の気持ちを告げていくフェイトに、ライムは次第に動揺の色を見せ始める。
「もしもあなたの気が済むなら、私はどうなっても構わない。だから、あなたの心を開いて・・あなたの気持ちを、私に伝えて・・・」
フェイトの呼びかけを受けて、ライムは感情を揺らがせ、体を震わせる。
「・・どうしてお前は・・そうやって僕をそこまで想おうとするんだよ・・・」
反論しようとするライムの眼から涙があふれてくる。
「お前がそういうふうに笑って、僕を受け入れようとしたら・・・僕は・・何もできなくなっちゃうじゃないか・・・!」
完全に戦意が消えてしまったライム。握り締めていたクリスレイサーが彼女の手から離れて砂地に落ちる。
「僕は・・・僕は・・・!」
くず折れるライムを、フェイトは優しく抱きとめる。自分を縛り付けていたものが全て取り払われたような感覚を覚えて、ライムはフェイトにすがりついた。
抑え付けていたものがなくなったライムが、声を張り上げて泣く。そんな彼女の背中を、フェイトは優しく撫でていく。
「あなたも寂しかったんだね・・お母さんの笑顔が見られなくなり、どうしたらいいのか分からなくなってたんだね・・でも大丈夫。私たちがついてるから・・・」
泣きじゃくるライムをフェイトは優しく受け止めた。分かり合えた2人の姿に、なのはもアルフもラークも涙を浮かべていた。
そんななのはに、アースラから駆けつけてきたリンディが声をかけてきた。
「なのはさん・・ライムさんのこと、お願いしますね・・・」
「・・はい・・・」
突然のリンディの声に驚くことなく、なのはは涙ながらに頷いた。少女を駆り立てていた怒りと悲しみの戦いに、ひとつのピリオドが打たれたのだった。
次回予告
今まで忘れていたのかもしれない。
絶対に捨ててはいけない大切なものが何なのか。
いろいろな人と会って、いろいろなことを知って。
みんなのおかげで、本当に大切なものをもらった・・・
リリカルマジカル、ありがとう・・・