魔法少女リリカルなのは -LightDark-

第3話「それは運命の導きなの」

 

 

 僕、小室ライム。元気がとりえの小学生。

 僕の家はみんなが思い描くような平凡な家族だった。だけど僕は全然辛くはなかったし、むしろ楽しい毎日だった。

 お父さんは僕が生まれる前に亡くなった。僕のことはお母さんが面倒を見てくれた。とても優しくて、困ったときにはいつも助けてくれた人だった。

 僕はお母さんと一緒にいる時間が1番幸せだった。だけどその幸せは突然壊れた。

 僕とお母さんがよく行く海辺。晴れた空の穏やかな海だったのに、突然強い波が押し寄せてきた。僕が砂浜を駆け回っていたときに、お母さんがその波に巻き込まれてしまった。

「お母さん!」

 僕は引いた波から現れたお母さんに駆け寄った。僕はお母さんに呼びかけ、周りにいた人たちにも助けを呼びかけた。近くにいた人たちに助けてもらって、お母さんは病院に運ばれた。

 だけど、ここから僕の悲しみが始まった。

 周りの人たちの助けやお医者さんたちのおかげで、お母さんは死なずに済んだ。でも僕を待っていたのは、とても辛い現実だった。

「あなた・・誰・・・?」

 お母さんは、僕のことを覚えていなかった。それどころか、自分の名前さえ忘れていた。思い出そうとすると、頭を抱えてとても辛そうになっていた。

 それから僕は、お母さんの心からの笑顔を見ることはなかった。

 

 ライムが口にした言葉になのはは驚愕した。ライムが追い続けている相手は、なのはの無二の親友となったフェイトだった。

「フェイトちゃんを・・・!?

「そうだ。アイツやテスタロッサの連中のせいで、僕たちはムチャクチャになったんだよ!」

 動揺を隠せないなのはに、ライムは感情をむき出しにしてクリスレイサーを向ける。

「違う・・違うよ!フェイトちゃんは、誰かを傷つけるようなことはしない!フェイトちゃんは・・!」

「違わないよ!アイツらのせいで、僕たちは・・・!」

 必死の思いで呼びかけるなのはだが、ライムは自分の感情の赴くままだった。

「僕はフェイトを倒す・・もしも邪魔をするって言うなら、なのはちゃんでも・・・!」

 ライムが再び言い放っているとき、1羽の小さな白い鳥が飛び降りてきた。鳥はライムの肩に乗り、羽を休める仕草をする。

「ライム、ここに魔力を放った魔導師はいないみたいだよ。」

 小鳥がライムに向けて声をかけてきた。その声になのはは聞き覚えがあった。

「もしかして、ひばりちゃん・・・!?

 なのはの呼びかけを受けて、小鳥が頷く仕草を見せる。普段ではライムの妹として暮らしているひばりの正体は、彼女が生み出した使い魔、ラークである。

「やっぱりなのはお姉ちゃんも魔導師だったんだね。初めて握手したとき、お姉ちゃんに魔力があったの、ひばり分かっちゃったの。」

 ラークは学校でなのはたちに見せていた無邪気な言葉遣いをしてきた。事情が飲み込めず、なのはは困惑したままだった。

「これだけは一応言っておくよ。ひばりは、ううん、ラークは僕の友達として生み出した僕の相棒だよ。」

 ライムはそれだけをなのはに言うと、ラークを肩に乗せたまま、背中の翼を広げて飛び立った。なのはは困惑のあまり、去っていく彼女たちを見送ることしかできなかった。

 ラークはライムの使い魔として作られてはいるが、ライムはラークに対してこのような概念を持つことを好まなかった。母の笑顔を失って心細くなっていたライムにとって、ラークは「妹」「家族」「相棒」として見ていた。

 なのはから離れていくライムは、なのはに対して強い困惑を抱いていた。同様になのはもライムに対してどのような気持ちを持ったらいいのか分からなかった。

 公園の時間凍結が解かれていくと同時に、なのははバリアジャケットを解除して学校の制服をまとった。

 ライムの心が悲しみに染まっていることを知って、なのはも沈痛さを隠せなかった。

 

 次元世界。なのはたちのいる世界からはまず介入することのできないこの異空間は、様々な世界の中でも上位の構造が成り立っている。

 この次元世界おける司法機関が「時空管理局」である。彼らは次元世界の警備や監視を行い、次元や魔法に関わりのある事故・事件の解決に全力を注いでいる。魔法を知らない世界への介入は彼らの管轄外であるが、魔法や次元による障害が関わっている場合においては管轄下に置かれる。

 時空管理局・巡航L級8番艦、次元空間航行艦船「アースラ」。警備のために次元世界を航行していたアースラも、魔力による異常事態とライムの介入を察知していた。

 アースラ通信主任兼執務官補佐、エイミィ・リミエッタは、この事態の調査と分析を行っていた。

「エイミィ、何か分かったのか?」

 そんな彼女に声をかけながら、1人の少年が近づいてきた。

 クロノ・ハラオウン。弱冠14歳で時空管理局執務官を務める。真面目で冷静沈着な性格であるが、それゆえに年上の女性に、特にエイミィによくからかわれたりしている。魔導師としての能力も折り紙付きであり、なのはよりもランクが高い。

「クロノくん・・うん。艦長の推測通り。彼女が今回の事態のキーパーソンになってるみたい。」

「そうか。今、艦長が本局に向かった。本当は裁判の最中にある彼女を連れ出すのは認められないことなんだが・・」

 エイミィの報告にクロノが答える。真剣な面持ちで事態に当たっている彼に、彼女は唐突に笑みをこぼしていた。

「艦長がいなくて寂しくありませんか、執務官殿?」

「今は任務中だぞ、エイミィ。集中するんだ。」

 エイミィがからかおうとするが、クロノは相手にせずにこの場を離れてしまう。彼の後姿を見て、彼女は気さくな笑みを浮かべた。

(予定外のことだけど、早くなのはちゃんに会えるね、フェイトちゃん・・)

 エイミィは胸中で、なのはとフェイトの再会を喜んだ。

 

 時空管理局本局。1つの街を持つ巨大な艦である本局は、時空管理局の本部である。

 この本局では、1人の少女とその使い魔が、「プレシア・テスタロッサ事件」の重要参考人として身柄を置かれていた。

 フェイト・テスタロッサとアルフである。

 現在、彼女たちはその事件における裁判の最中にあり、なのはは彼女たちの帰りを心待ちにしていたのだ。

 そんなフェイトたちがいる部屋に1人の女性が入ってきた。時空管理局提督、リンディ・ハラオウンである。

 リンディはアースラ艦長であり、クロノの母である。プレシア・テスタロッサ事件では現場主任として指揮を取り、彼女自身も戦線に赴いている。

 彼女が裁判中のフェイトたちに会いに来たのは、ある推測と目的があったからだった。

「アースラ艦長さんが、こんなところに何の用?まだ判決は出てないよ。」

 アルフがリンディの顔を見るなり、悪ぶった口ぶりを見せる。しかしリンディは笑みを返すだけで、気に留めた様子はない。

「分かっています。ですが、あなた方はひとまず、この本局を出ることになります。」

「えっ?どういうこと?」

 リンディの言葉にアルフが眉をひそめる。

「今、なのはさんの世界で魔力による事件が起こっています。私の推測ではありますが、フェイトさん、あなたに関わりのあることのようです。」

「私・・・?」

 本題に入ったリンディの話に、フェイトも疑問を投げかける。

「予定より少し早いですが、なのはさんと会うことになります。」

 リンディのこの言葉に、フェイトが始めて笑みを浮かべた。

「本局も承諾しています。準備をしてください、フェイトさん、アルフさん。」

 そう告げてリンディはひとまず部屋を後にした。彼女の姿が見えなくなったところで、アルフが満面の笑みを浮かべてフェイトに寄り添った。

「うわぁ、よかったね、フェイト。またなのはと会えるね♪」

「うん・・そうだね・・・」

 フェイトもなのはとの再会を喜び、微笑んでいた。だが、裁判中での本局からの移動が意味するものに対して、彼女は一抹の不安を感じていた。

 

 なのはとの対峙の後、ライムはラークとともに、母親の入院している病院へと向かった。しかし母は未だに記憶を取り戻さない状態で、ライムを見るなり錯乱してしまった。

 ライムもこみ上げてくる悲痛さをかみ締めて、沈痛の面持ちのラークとともに病院を後にして帰宅した。

 私服に着替えたライムは、困惑を抱えたままベットに倒れこんだ。呆然と天井を見上げる彼女に、ラークが近づいてきた。

「ライム、大丈夫・・・?」

「ラーク・・うん。僕は大丈夫だよ・・・」

 ラークの心配の声にライムは淡々と答える。あまりの悲しみのあまりか、ライムは逆に平然となっていた。

 あまりに強い痛みを受けると、感覚が麻痺をして痛みを感じなくなってしまう。ライムの悲しみもそれと同様の境地に陥っていたのかもしれない。

「それもあるんだけど、なのはお姉ちゃんのこと・・・」

 ラークのこの言葉に、ライムが動揺の色を見せる。

 なのはも魔法使いだった。自分が敵意を見せる相手ではないものの、フェイトの親友として彼女と敵対することになるかもしれない。フェイトを倒すためといえど、ライムはなのはを傷つけることだけはしたくなかった。

「僕はなのはちゃんとは戦いたくない・・だから、早めにフェイトを探さないといけない・・・」

 深刻な面持ちのライムの決意に、ラークはただ頷くしかなかった。ライムの心を駆け巡っているのは、強い悲しみと怒りだった。

「あれ・・・?」

 そのとき、ラークは何らかの力を感じ取り、その方向へと振り向いていた。彼女の様子に気付いて、ライムから体を起こす。

「どうしたの、ラーク?」

「近くで転移魔法が使われたみたいだよ。誰か魔法使いがやってきたみたい。」

 ラークの言葉にライムも同じ方向を向く。そのとき、ライムの脳裏に母親に起こった悲劇がよみがえった。

 次元跳躍魔法で巻き起こった荒波に襲われた母親。この瞬間に、母の記憶と家族の幸福は砂のように崩れてしまったのだ。

(もしかして、あれは・・フェイト・・・!?

 いきり立ったライムが血相を変えて部屋を飛び出した。

「ライム!」

 ラークも慌ててライムを追って部屋を出た。

 

 自宅に戻ったなのはも、ライムとラークに動揺を隠せないでいた。

(ライムちゃんが、フェイトちゃんを・・・どうして・・・)

 フェイトに敵意を見せるライムに対して、なのははどうしたらいいのか分からなかった。ラークとの言動から彼女が時間凍結を仕掛けているとは考えられなかったが、フェイトとの確執を否めないのも事実だった。

 なぜフェイトを狙うのか。なぜフェイトに対して怒りを覚えているのか。必ずライムを問い詰める必要がある。なのははそう思っていた。

(なのは・・なのは・・・!)

 そんななのはの心に、ライムたちに関する調査を行っていたユーノの声が届いてきた。

(ユーノくん・・?)

(大丈夫、なのは?何だか、元気がないみたいだけど・・・)

(ありがとう、ユーノくん・・私は大丈夫だから・・・それより、ライムちゃんのこと・・・)

(まだ分からない・・あの子たちのことも、時間凍結を誰が使用しているのかも・・)

 ユーノの報告に、なのはは当惑を覚える。前進したい気持ちなのに、なかなか一歩が前に出ない。そんな気分だった。

(私、管理局のみなさんに連絡を入れてみるよ。何か見つけてるかもしれないし・・)

 思い立ったなのはは、自分の携帯電話を手に取った。メモリーの中には時空管理局、アースラの連絡先が記録されている。本局に向かう直前にフェイトと会った際、アースラからこの携帯電話に連絡が入った。

 なのはがアースラに連絡を取ろうとしたときだった。

(なのは、次元転送だ!)

(えっ!?

 ユーノの呼びかけになのはが窓に振り返る。開いていた携帯電話は彼女に閉じられた。

(公園のほうからだ。丁度、フェイトたちと最後に会った場所だ。)

(フェイトちゃんと・・・もしかして・・!)

 なのははそそくさに部屋を、家を飛び出した。もしかしたらフェイトが帰ってきたのかもしれない。そんな思いに対して、なのはは喜びを感じると同時に、何かが起こるという不安も感じていた。

 

 本局からの許可を得て、フェイトとアルフはリンディに連れられて転移してきた。リンディとフェイトの服装は、なのはのいる世界に合わせた私服で、アルフも人間の姿へと変身していた。

 本局を離れる際、フェイトとアルフにはいくつかの制約下に置かれた。その主な制約は2つ。

 1つは管理局の監視下に置かれること。もう1つは管理局の指示を最優先で従うこと。重要参考人に対する管理局の徹底した措置でもある。

「とりあえず、ここで自由行動にするけど、あなた方に危険が及ばないとも限りません。十分気をつけてください。」

「分かってる・・ホントにありがとうね・・・」

 リンディの説明にアルフが微笑んで答え、フェイトも小さく頷いた。

「とりあえずなのはさんに会ってきなさい。と、私が言わなくても、あなた方はそのつもりなのでしょうけど・・」

 リンディは微笑みかけると、転移魔法を使ってアースラへと戻っていった。管理局の監視下に置かれていることを肝に銘じて、フェイトは改めて、なのはに会うことを心に決めた。

「行こう、アルフ。なのはに会いに・・」

「そうだね、フェイト・・行こう。」

 フェイトの言葉にアルフが笑顔で答える。2人はなのはとの再会のために、公園を歩き出そうとしていた。

 そのとき、2人の前に1人の少女が駆け込んできた。雰囲気から少年のように思えたが、スカートといった女性らしい衣服を身に着けていることから、少女だと見て取れた。

 少女の登場にフェイトとアルフはきょとんとなっていた。そんな2人を、少女は鋭い視線を向けた後、不敵な笑みを浮かべた。

「こんなところにいたなんてね・・フェイト・テスタロッサ!」

 少女、ライムが憤慨の表情を見せ付けて、フェイトに言い放つ。どういうことなのか飲み込めず、フェイトは戸惑いを見せる。

「僕は君を倒す・・僕たちの幸せを奪った君を!」

「えっ・・!?

 ライムの怒りの意味が分からず、フェイトは当惑していた。ライムは水色の宝石を、フェイトに見せ付けるように取り出す。

「行くよ、クリスレイサー!」

stand by ready.set up.”

 ライムの呼びかけで、クリスレイサーが杖へと変形する。同時にライムも純白のバリアジャケットを身に着ける。

「フェイト、この子も魔導師・・!?

 アルフがフェイトに呼びかけようとした瞬間、ライムがクリスレイサーを振りかざして、フェイトに向かって駆け出した。

「クリスレイサー!」

Blade mode.”

 ライムの呼びかけで、クリスレイサーの先端から魔力の刃が出現する。魔法の剣となった杖を振り上げて、ライムがフェイトに飛び掛った。

 

 転移魔法を感知したユーノの連絡を受けて、なのはは公園へとたどり着いた。彼女は真っ直ぐに、フェイトと最後に会った場所へと向かっていた。

 一抹の期待と不安が、今の彼女をそこへと突き動かしていたのだ。

(なのは!)

 そんななのはの前に、ユーノが姿を現した。魔力消費を抑えるためのフェレットの姿ではなく、本来の人間の姿をしていた。転移魔法の正確な位置を把握するために、人間の姿に戻っていたのだ。

「ユーノくん!」

「転移魔法の位置は特定できたよ。だけど同じ場所で、別の魔力が発生したんだ。この感じは・・・」

 ユーノの言葉を耳にしながら、なのはは感じるほうへと振り返り、足を止める。

「この魔法・・ライムちゃん・・・!?

「これほどの魔力を放出する相手は・・・まさか!?

 嫌な予感を口にしたユーノ。なのはが抱えていた不安が的中しようとしていた。

「ユーノくん、行こう!レイジングハート、お願い!」

「うんっ!」

stand by ready.set up.”

 なのはの声にユーノが頷き、レイジングハートも答える。バリアジャケットを身にまとったなのはが、杖となった魔法を手にする。

 そしてなのははユーノとともに、魔力の発生源へと急ぐ。同時にユーノは結界を展開し、一般人からの干渉をさえぎる。

 公園のアスファルトの道を駆け抜けたなのはたちの前で、今まさに、ライムがフェイトに向けて、刃を出現させた杖を振り下ろそうとしていた。

「ライムちゃん!フェイトちゃん!」

 ライムとフェイトの衝突を見かねて、なのはがたまらず駆け出した。

 

 

次回予告

 

いくつもの悲しみと喜びを得て、今がある。

でもその先にあったのは、もっと悲しい出来事だった。

どうしたらいいの?何が正しいの?

迷いの先にあったのは、何もないところだった。

 

次回・第4話「運命と怒りの衝突なの」

 

リリカルマジカル、頑張ります。

 

 

作品集

 

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