魔法少女リリカルなのは&エメラルえりな 第11話
なのはが眼を覚ましたには、何もない漆黒の空間だった。まるで宇宙に放り出されたかのように、彼女はこの空間を流れていっていた。
(寒い・・・ここは・・・?)
肌寒さを感じて、閉じていた眼を開けるなのは。そこで彼女は、自分が全裸であることに気付く。
(ここはどこなの・・・私、どうなっちゃってるの・・・?)
胸中で疑問を巡らせるも、それに答えてくれる人はいない。なのはは困惑を募らせながら、この空間をさらに流れていった。
しばらく空間を流れたときだった。なのはは遠くに何かが見えた気がして眼を凝らす。それは氷塊のように見えた。
その正体を確かめようとさらに接近するなのは。それを目の当たりにして、彼女は驚愕する。
その塊の中にいたのはえりなだった。彼女はその中で、一糸まとわぬ姿で眠りについていた。
「えりな・・・!?」
なのはが当惑しながら、えりなを閉じ込めている氷塊に手を伸ばす。だが触れる直前に黒い稲妻がほとばしり、彼女は痛みを覚えて手を引く。
「くっ・・魔力が包み込んでいて、触れることもできない・・どうなってるの・・・!?」
この現象に疑問を拭えないでいるなのは。
「それは魔力の殻みたいなものよ。魔力値の高いアンタだったからそのくらいで済んだけど、下手に触ったら、その瞬間にバラバラになるわよ。」
そのとき、なのはは背後から声をかけられ、振り返る。その先にいたのも明らかにえりなだった。だが普段の彼女とは雰囲気がまるで違っていた。
「えりな・・・!?」
「そう。あたしはアンタの言うとおり、坂崎えりなよ。ただし、あたしはカオスコアとしての人格のほう。あたしがアンタに面と向かって話をするのは初めてになるわね、高町なのはさん。」
眼を疑うなのはに向けて、カオスコアが妖しく微笑みかける。
「ここはどこなの?・・私とえりなは、どうなってしまったの・・・!?」
「あなたも全然分かってないわけじゃないんでしょう?これまでで、アンタとえりなが何をしてきたのかを・・」
問いかけるなのはに、カオスコアが笑みを消す。
「騙されたとはいえ、アンタはえりなと戦い憎み合った。半分は、自分が正しいと思い込んだアンタの自己満足が招いたことなのよ。」
「私が、こんなことを・・・!?」
「えりなはカオスコアを奪われて、実体を保てなくなった。ああして殻にこもるような感じになって身を守るのに精一杯なのよ。特にえりなは、健一を傷つけた疑いのあるアンタをひどく憎んでるよ。」
「でも、それはみんなに傷ついてほしくないと思ったから・・」
「それが正しいとでも思ってるの・・・!?」
自分の考えを言いかけるなのはに対し、カオスコアが鋭い視線を向けてくる。
「思い上がるなよ。この世界に“絶対”なんてものは存在しないのよ。自分が正しいと思うこと。それ自体が間違いの根源なのよ。」
カオスコアに諭されて、なのはは困惑する。
なのははこれまで、自分の経験を踏まえて、空戦魔導師として、戦技教導官として仕事をこなしてきた。かつての自分と同じように傷ついてほしくない。その気持ちを込めて、指導を行ってきた。たとえ正しくなくても、間違いではないと彼女は思っていた。
だがそれこそが間違いの引き金になりかねないことだった。自分の行っていることが必ずしも法や正義に準じるものであるとは限らない。
眼の前で氷塊に閉じ込められているえりなが、その一端である何よりの証拠。その重圧が、なのはの心に大きくのしかかってきていた。
「アンタの言い分も分からなくもない。アンタもイヤなことをいろいろと経験してきてるからね。だけどね、そのイヤなことを無理矢理教え込もうとしてもね、逆にソイツにイヤな思いをさせることになるんだよ。」
「これが、私が犯した間違いだっていうんだね・・・」
「それでもアンタ自身の考えを貫きたいっていうならそれでもいいさ。だけどね、ちゃんと気持ちを言って、そして聞いてやんなくちゃ、最悪、敵同士になっちゃうよ。そうなったら、アンタやえりなだけじゃない。みんながイヤな思いをすることになっちゃうんだよ。」
カオスコアに言いとがめられて、なのははさらに困惑する。気持ちの交換をしていかなければ、ケンカになってしまう。
「バカだよね・・自分で、いけないことだって、ずっと言い聞かせてたことだったのに・・・」
悲痛さを噛み締めたなのはが物悲しい笑みを浮かべる。自分の信念に揺らぎが生じたことを示唆していた。
「あ、そうだ。和解の時間を設ける前に、言っておかなくちゃいけないことがあった。」
そのとき、カオスコアがなのはに向けて声をかけてきた。
「これを知ることになるのは、健一とリッキー、それと検診してくれてるマリエルってヤツに続いてアンタが4人目だよ。えりなの力にもなってるあたしだけどさ、もうすぐ消えることになる・・」
「消える・・あなたが・・・!?」
「えりなとはずっと前から話し合ってたんだけどね・・えりなの心とあたしの心。だんだんとだけど、融合してひとつになりつつある・・あたしの力は今まで通り使えるだけじゃなく、えりなだけの意思で使えるようにもなる・・」
「あなた・・・!?」
物悲しい笑みを浮かべるカオスコアに、なのはが戸惑いを見せる。
「多分、えりなが表に出すぎてたのが影響してるのかもね。4年もそれが続いてれば、あたしが消えてくるのは当たり前よね・・だけどね、後悔はしてないよ。そうして、あたしは十分楽しんだし、えりなも満足してたよ・・」
「でも、あなた自身はそれで満足なの・・・あなたが消えることで、えりなが悲しんだりしないの・・・?」
なのはが心配の声をかけてくると、カオスコアが突然、彼女の唇に人差し指を当てる。
「勘違いしないでよね。あたしはえりなと本当の意味でひとつになるだけ。別に消えてなくなっちゃうわけじゃないんだから。」
「でも・・・」
「アンタにまで心配されるなんて。あたしもそれだけの存在感があったってことね・・・」
カオスコアがなのはの態度に半ば呆れて笑みをこぼす。
「しっかりしなさいよね、高町なのは。えりなにはアンタが必要だし、アンタにもえりなが必要なんだから・・」
「そうだね、アハハ・・ありがとうね。えっと・・」
「“あたし”もえりなでいいよ。これからえりなになるんだから・・・」
戸惑いを見せるなのはに、カオスコアが気さくな笑みを見せる。
「さ、もう1度語りかけてみてよ。アンタも生まれ変わったんだから・・・」
カオスコアの言葉になのはは微笑んで頷く。彼女は改めて、えりなを包み込んでいる氷塊に手を伸ばす。
一瞬漆黒の稲妻がほとばしるが、なのははそれに影響されることはなく、氷塊に手を当てる。
「えりな、ゴメンね・・あなたのこと、疑っちゃって・・・でも大丈夫。あなたのこと、きちんと信じ抜くから・・・」
自分の気持ちを正直に伝えるなのは。このわだかまりを消し去りたいのが互いのためであることを、彼女は思い立ったのだった。
その気持ちに呼応したかのように、氷塊にヒビが入る。そのヒビが一気に広がり、ついに氷塊が粉々に砕け散り、えりなが解放される。
「えりな!」
力なくもたれかかってくるえりなを、なのはが受け止める。
「えりな、しっかりして!えりな!」
なのはが呼びかけると、意識を取り戻したえりなが眼を開ける。
「ここ、は・・・?」
「えりな・・よかった・・・」
困惑を見せるえりなに、なのはが安堵して微笑みかける。
「・・なのは、さん!?・・どういうことなんですか・・・!?」
眼の前にいるなのはの姿に、たまらず声を荒げるえりな。
「分かんない・・私も眼が覚めたらここにいたの・・・」
「そのことなら、あたしが説明してあげるよ。」
なのはが言いかけたところで、カオスコアが声をかけてきた。
「どうして、あなたまでここに・・・!?」
もう1人の自分を眼にして、再び驚くえりな。
「その前にきちんと説明をさせてって。アンタたちは本気でやりあった。それで力を使い果たしたところを、シャブロスに付け込まれたのよ。えりなのカオスコアであるあたしは抜き取られてえりなは消えて、なのはもそいつの力で石にされた。」
「それじゃ、全部今まで、敵に仕組まれたことだっていうの・・・!?」
「それだけじゃないのよ。そのシャブロスのノアっていうのが、あの魔女、ヘクセスだったのよ。」
「ヘクセス・・まさかあんな形で・・・!」
カオスコアが言いかけた説明に、えりなとなのはが動揺の色を隠せなくなる。
「ヘクセスはあたしを取り込んで完全な復活を果たした。今、健一とタケルが食い止めてるけど、防ぎきれるかどうか・・」
「健一とタケルくんが・・・」
カオスコアの言葉を受けて、えりなが真剣な面持ちを浮かべる。
「行くしかない・・こんな状況で、出し惜しみや力のセーブなんて、考えてる場合じゃない・・・!」
「でもえりな、これ以上力を使ったら、カオスコアが・・・」
決意を告げるえりなに、なのはが深刻さを込めて言いかける。するとえりなは首を横に振る。
「大丈夫。そのことはずっと前から分かってたし、覚悟してました。そしてこれは、私たちが本当の意味でひとつになるということですよ・・・」
「えりな・・・分かった。私もみんなを守りたいから、今まで禁じ手にしてきた“ムチャ”をする・・・!」
えりなの言葉を受けて、なのはも自身の決意を告げる。するとカオスコアが、2りの背中に手を当ててきた。
「行っておいで。今、アンタたちを後押ししてやるのが、あたしの最後の仕事だから・・・」
切実に言いかけるカオスコアに、なのはとえりなが戸惑いを見せる。
「アンタたちは無敵のエース。その2人が手を組めば、敵わないものなんて何もないんだから・・・」
「ありがとう・・まさか、もう1人のわたしに、ここまで励まされるなんてね・・・」
カオスコアの言葉を受けて、えりなが笑みをこぼす。そしてえりながカオスコアを抱きしめてきた。
「サヨナラというわけじゃないけど、面と向かって話をするのは、多分これが最後になるから・・・」
「・・・アンタはバカだね・・けじめだけはしっかりやるんだから・・」
優しく言いかけるえりなに、カオスコアが半ば呆れ気味に答える。えりなはカオスコアから体を離し、真剣な面持ちを浮かべる。
「それじゃ、行ってくるね・・何もかも全部に、ピリオドを打ってくる・・」
えりなの言葉にカオスコアが頷く。その姿が徐々に薄くなり、消えていこうとしていた。
「もうケンカしないでよ・・アンタたちがケンカをやらかしたら、誰に求められなくなるんだから・・」
「分かってる・・ゴメンね。あなたにまで迷惑をかけてしまって・・・」
カオスコアの言葉を受けて、なのはも頷きかける。
「ありがとう・・もう1人の私・・・」
えりなが見つめる前で、カオスコアが、えりなのもうひとつの人格の姿が姿を消していった。そしてえりなはなのはに振り向き、頷きかける。
「行きましょう、なのはさん・・・」
「うん。行こう、えりな・・・」
互いに呼びかけあったえりなとなのは。2人がそれぞれ広げた右手と左手には、個々の輝きがあった。
2人はその輝きを再び握り締めて、上に高く掲げる。
「レイジングハート・エクセリオン、セットアップ!」
“Standby ready,setup.”
「ブレイブネイチャー、イグニッションキー・オン!」
“Standing by.Complete.”
なのはとえりなの呼びかけを受けて、レイジングハートとブレイブネイチャーが答える。漆黒に包まれている空間の中で、2つの光が煌き、解き放たれた。
完全な復活を遂げたヘクセスに、完全と立ち向かう健一とタケル。だがヘクセスの膨大な間慮k布前に、2人は歯が立たなかった。
「くそっ!・・オレたちの攻撃が、全然効かねぇなんて・・・!」
いかんともしがたい力の差に毒づく健一。息さえ乱していないヘクセスが、満身創痍の2人をあざ笑う。
「そなたらではわらわには勝てぬ。悪あがきをやめて、絶望の闇に身を委ねるがいい。」
「そうはいかない・・僕たちが諦めたら、それこそみんなが絶望してしまう・・だから僕たちは、お前の好きなようにはさせない・・絶対に!」
ヘクセスの言葉に反発するタケル。だがこの優劣が火を見るより明らかだったことを、彼も痛感していた。
「よかろう。ならばわらわの洗礼を受けて、朽ち果てるがいい。わらわの手にかかれることを、光栄に思うがよい。」
ヘクセスがとどめを刺そうと、ゆっくりと右手をかざす。健一とタケルがたまらず身構える。
そのとき、ヘクセスの胸元から一条の光が煌く。その光明にヘクセスだけでなく、健一とタケルも驚きを見せる。
「何っ・・・!?」
この現象を目の当たりにして、ヘクセスが動揺を見せる。その光が彼女の体から飛び出した。
解き放たれた2つの光はともに加速し、石化されているなのはに向かう。その石の体が光が貫き、その先の地面で停止する。
光は輝きを増して、その形を人のものへと変化させていく。同時になのはの体が人間のものへと戻っていく。
生の光を取り戻したえりなとなのは。2人は今この場にいることを実感すると、互いに振り返り視線を向ける。
「いろいろあるけど、今はやるべきことをやるだけ・・」
「分かってる・・今は、あの魔女からみんなを守ること・・」
なのはとえりなが言葉を掛け合う。
「みんなを守りたい・・それが私の正義です・・・!」
「その正義には、私も賛同してあげるわ・・・」
2人は言いかけると、それぞれデバイスを手にしていない右手と左手を握り締めて、軽く当てる。それはそれぞれのやるべきこととのために、2人が結束したことの証だった。
「行くよ、えりな・・・!」
「はい、なのはさん・・・!」
なのはの呼びかけにえりなが答える。2人はヘクセスの凶行を止めるべく、飛翔していった。
フェイトと明日香の術中にはまり、魔力を消耗していたモデナ。それでも負けることが許せなかった彼女は、強引に力を発揮してフェイトに迫ろうとしていた。
「バルディッシュ、ライオット、行くよ・・・!」
“Riot Blade.”
フェイトの呼びかけを受けて、バルディッシュもライオットフォームへと形状を変える。切断に長けた金色の刃が、モデナが振り下ろした光刃を受け止める。
“Sonic drive.”
同時にフェイトの身にまとっていたバリアジャケットの形状が変化する。速さに特化した「真・ソニックフォーム」である。かつて使用していた「ソニックフォーム」の完成度を上げた新形態で、防御を切り捨てる代わりに加速度を向上させている。
フェイトは一気にスピードを上げて、モデナの刃を払いのけつつ距離を取る。
“Riot Zamber.”
バルディッシュの刃がザンバーフォームと同等の大きさになる。いきり立ったモデナも、自分の持つ光刃を掲げて力を注いでいく。
一方、明日香も一球入魂のための最後の攻撃を仕掛けようとしていた。
「ウンディーネ、スプラッシュフォーム、行くよ・・・!」
“Splash form,awakening.”
明日香の呼びかけを受けて、ウンディーネがリミットブレイクフォーム「スプラッシュフォーム」を発動させる。杖の先端にある宝玉の光が白くまばゆいものへと変化する。
“Drive charge,infinite splash.”
明日香とウンディーネの最大の魔力収束「ドライブチャージ・インフィニティ」を発動させる。スプラッシュフォームはエレメントフォーム以上の魔力操作を行えるようになったが、許容量を超える魔力集中を行うため、かなりの危険を伴う。
このドライブチャージ・インフィニティは、明日香の最大の砲撃魔法の発動のための布石だった。
「フェイトさんやえりな、たくさんの人たちのために、私は今、この瞬間に全てをつぎ込む!・・海神激流!」
“Splash smasher.”
明日香が収束させていた魔力を水の力に変えて、ウンディーネを振りかざす。モデナに向けて魔力の大津波が押し寄せる。
「こんなもの!」
叫ぶモデナが光刃を振りかざして、津波を跳ね返そうとする。全ての力を注ぎこんで大津波を両断することに成功するも、彼女の持つ光刃が手の中から消失する。
その波の裂け目からフェイトが飛び出してきた。
「しまっ・・!」
「撃ち抜け、雷神!」
“Jet zamber.”
驚愕するモデナに向けて、フェイトがバルディッシュを振り下ろす。その一閃がモデナの体を斜めに切り裂いた。
物理的障害をもたらす攻撃ではなかった。だが魔力の過度の消耗と、連続的な調整の副作用による寿命の短縮によって、彼女の体は崩壊を引き起こしていた。
「あたし・・わたしは・・・アンタなんかに・・・」
抵抗の意識を見せるも、体が消滅していくモデナ。彼女の最後を、フェイトは沈痛の面持ちで見つめていた。
(・・さよなら・・私の罪・・・)
庵との激しい攻防を繰り広げるスバル。ISを発動している状態の彼女だが、庵に対して次第に追い込まれていた。
この劣勢を打開しようと模索するティアナ。だが左足を負傷している彼女は、その手立てを見出せずにいた。
(このままじゃスバルが・・・どうしたらいいの・・どうしたら・・・!?)
諦めの気持ちを抱き始め、うつむくティアナ。
そのとき、そんな彼女の眼前に1台のバイクが停車した。
「ゲイルチェイサー・・・!?」
ティアナはライムのバイク、ゲイルチェイサーの登場に驚きを見せる。だがこれが活路を開く唯一の方法だと判断し、彼女は意を決する。
「できるだけアイツに近づいて。あたしが撃って、スバルにチャンスを与える。できる?」
“OK.”
ティアナの呼びかけにゲイルチェイサーが答える。痛めた左足を引きずって、彼女はゲイルチェイサーに乗る。
スバルと庵の交戦の真っ只中に向かって、ゲイルチェイサーが走り出す。その中でティアナがクロスミラージュを構える。
ティアナの狙撃魔法の中で最大の威力を発揮する攻撃。発射までの魔力収束に時間がかかるが、彼女はゲイルチェイサーの上での狙いを定めるまでの時間でそれを穴埋めした。
(この1発でスバルの、あたしたちみんなの命運が決まる・・絶対に外せない・・・!)
集中力を高めて庵を見据えるティアナ。怯んでいるスバルを狙って、庵がクサナギを振り上げる。
その瞬間、ティアナが銃身を安定させ、狙いを定めた。
(ここ!)
「ファントムブレイザー!」
ティアナが残された全ての力を振り絞って、砲撃を放つ。その閃光は、スバルに向けて振り下ろされようとしていた庵のクサナギの刀身を叩いた。
「何っ!?」
一閃の軌道をずらされて驚愕する庵だが、強引に攻撃を繰り出そうとする。だがその一瞬で体勢を立て直したスバルは、紙一重でその一閃を回避する。その直後、彼女の頭に付けられていたはちまきがちぎれる。
「一撃必倒!」
スバルが魔力の全てを右の拳に収束させる。彼女が放とうとしていたのは、彼女の憧れが起因となっている魔法。
「ディバインバスター!」
スバルが放った拳からの砲撃「ディバインバスター」が、庵の体に叩き込まれる。その威力と爆発力に、庵は踏みとどまれずに吹き飛ばされる。
仰向けに倒れた庵が、立ち上がることも動くこともできなくなる。力を使い果たしたスバルも、その場にひざを付く。
「ハァ・・ハァ・・もう、動けないよ・・・ありがとう、ティア・・あそこでティアの援護がなかったら、やられてたのはあたしのほうだよ・・・」
「・・あたしたちは、1人じゃない・・ゲイルチェイサーが、ライムさんがついていなかったら、あたしも援護できなかった・・・」
息を切らした状態のまま、微笑み合うスバルとティアナ。長年のコンビの結束と、様々な人々の教えと思いがもたらした強さだった。
「とにかく、みんなと連絡を取らないと・・こんな状態じゃ、とても・・・」
「そうね・・・まずははやてさんたちと・・・」
スバルの言葉に答えて、ティアナがはやてたちへの連絡を行おうとした。
「フフフフ・・まさか、お前たちにやられるとは・・・」
そのとき、庵が弱々しく哄笑をもらす。全身が麻痺してしまっており、インファナイト・リザレクションも機能しなくなっていた。
スバルとティアナは真剣な面持ちを浮かべて、庵を見下ろす。
「あなたには、絶対に勝利は訪れない・・なのはさんも、あたしたちも、あなたには絶対負けない・・・」
「オレには、お前たちには勝てないか・・・だが、たとえオレを倒したところで、ヘクセス様には敵わない・・お前たちは希望の光を浴びることなく、絶望の闇の中で朽ち果てることになるのだ・・・」
「そんなことはない。あたしたちには・・ううん、あたしたちだけじゃない。みんなの中には、闇に負けない強さがある!」
「果たしてそうかな・・・」
決意を告げるスバルに対して、庵が不敵な笑みを浮かべる。
そのとき、スバルたちの周囲に漆黒の稲妻が流れ込んできた。その衝撃にスバルとティアナは動きを止めてしまう。
「これって・・・!?」
「魔女の魔力・・ここにまで・・・!」
声を荒げるスバルとティアナ。ヘクセスが広げていた魔力の影響で、2人の体が色を失っていく。
「か、体が・・・!」
「ぐっ!・・力が入らない・・力を使いすぎたから・・・!」
押し寄せる石化に驚愕するスバルとティアナ。庵との戦いで消耗していた2人には、もはやこの事態を覆すことはできなかった。
「なのは、さん・・・えりな、ちゃん・・・」
なのはとえりなを思いながら、スバルがティアナとともに石化に包まれる。2人もヘクセスの魔力の影響で、物言わぬ石像と化した。
モデナの脅威を打ち破り、辛くも勝利を収めたフェイトと明日香。だがこの戦いが自分自身の罪の意識を思い起こさせるものであったため、フェイトに笑みはなかった。
「モデナ・・あの子はもう1人の私・・私の運命が導き出した、私自身の罪の証・・・」
「フェイトさん・・・」
呟きかけるフェイトに、明日香も困惑を見せる。
「だから、私はその罪を背負っていく。そして、私と同じ不幸や悲しみを他の子たちに味わわせないために、私は戦っていく・・・」
改めて決意をするフェイト。その言葉を聞いて、明日香も微笑みかける。
「私も同じ気持ちです、フェイトさん・・みんなの笑顔が、私やみんなの幸せにつながるのですから・・・」
「そうね・・お互い、頑張っていきましょう、明日香・・・」
微笑みかけて、互いに頷きあう明日香とフェイト。
そのとき、フェイトと明日香は邪な気配に気付いて緊迫を覚える。その気配の正体を知っていたフェイトが驚愕を募らせる。
「こんなときに・・・ヘクセスが・・・!」
「えっ・・・!?」
フェイトの言葉に明日香が声を荒げる。その瞬間、2人の体が足元から石に変わり始めていた。
「ヘクセスの力が・・・このままではミッドチルダが・・・!」
不安を募らせるフェイトだが、石化に抗う力は今の彼女たちにはなかった。
「なのは・・・」
「えりな・・・」
なのはとえりなを思うフェイトと明日香が石化に包まれる。2人もまた物言わぬ石像と化してしまった。
ヘクセスを中心に広がっていく瘴気。その影響で建物や木々、暗雲に怯えて逃げ惑う人々さえも石化していっていた。
起動六課やデルタもそのエネルギーを捕捉していたが、瘴気の力は強く、またレベルの高いメンバーも戦闘によって体力を消耗していたため、防ぐ術を欠いていた。
「ダメ・・この勢い、クラールヴィントでも防ぎきれない・・・!」
シャマルがアームドデバイス「クラールヴィント」を駆使しての防壁、リッキーとザフィーラの援護でも、強まっていくヘクセスの瘴気を抑え切れないでいた。はやてやユウキたちも魔力を消耗しており、援護に回れなかった。
「シャマルさん、ダメです・・このままじゃ・・・!」
その中で、リッキーが力を使い果たして障壁を保てなくなる。それを皮切りとするかのように、シャマルとザフィーラも瘴気の影響を受けてしまう。
体を石化に侵食され、苦悶の表情を浮かべるリッキーたち。
「体が石に・・これが魔女の力・・・」
押し寄せる魔女の毒を跳ね除けることができず、脱力していくリッキー。
「ゴメン、えりなちゃん、ユーノさん・・・僕、もう・・・」
弱々しく呟いたところで、リッキーが完全に石化に包まれる。シャマルとザフィーラもヘクセスの魔力に抗いきれず、石像と化した。
そしてヘクセスの魔力は、起動六課、デルタの本部をも侵食し始めた。
「はやてさん!ユウキさん!ダメです!防ぎきれません・・・!」
呼びかけるシャリオをはじめ、アルト、ルキノ、グリフィスが石化に蝕まれる。
「こんなときに、何もできないなんて・・・えりなちゃん・・・」
「こうなったら、信じるしかない・・なのはちゃんとえりなを・・・」
不安を覚える玉緒の肩を支えて抱き寄せるはやて。力を消耗していた2人も、ヘクセスの毒牙にかかり、石化に包まれていった。
「ママ・・ママ・・・」
なのはの帰りを待っていたヴィヴィオも、ヘクセスの魔力に侵される。自分の変化への怖さを浮かべたまま、彼女もまた物言わぬ石像と化していった。
圧倒的ともいえる力の差を気に留めず、ヘクセスに立ち向かう健一とタケル。だがえりなから奪ったカオスコアを失ったものの、ヘクセスの魔力の拡大は勢いを増すばかりだった。
「復活の鍵となったカオスコアは失ったが、それでもわらわを阻むことはできぬ。わらわの存在そのものが、この世界の絶望と崩壊を意味しているのだ。」
「冗談じゃねぇって・・これ以上、お前なんかの好き勝手にはさせねぇ・・・」
哄笑をもらすヘクセスに対し、健一が傷ついた体に鞭を入れて言い返す。
「ここはえりなが帰ってくる場所なんだ・・お前からカオスコアが飛び出したからな。えりなは必ず帰ってくる・・それまで、オレが踏ん張らないでどうすんだってんだ!」
言い放った健一の決意に、タケルが一瞬戸惑いを見せる。だがその決意に触発されて、タケルも改めて決意を思い返す。悲惨な未来を変えてみせる、と。
「行くぜ、ラッシュ・・こっからが正念場だ!」
“Yes.”
健一の言葉にラッシュが答える。その刃に、彼の残された魔力が注ぎ込まれる。
「たとえ全く勝ち目がないとしても、お前の体に傷ぐらいはつけてやるさ!」
“Blast strush.”
健一がヘクセスに向けて飛びかかり、光を宿したラッシュを振り下ろす。その一閃とヘクセスが無意識に展開させている障壁が衝突する。
「くそっ!こんちくしょうが!」
さらに力を込めて押し付けようとする健一。やがてラッシュがヘクセスの障壁を打ち破る。
(今です!)
それを見据えたタケルが、ブレイブネイチャー・フューチャーを構える。
「未来へ続く光の道!ナチュラルブラスター!」
タケルが放った閃光がヘクセスに向かい、障壁に開いた穴を通って彼女に命中する。その衝撃に押されてヘクセスが顔を歪める。
「おのれっ!小賢しいマネを!」
「き、効いていない・・・!?」
険しい表情を見せるヘクセスに対し、タケルが驚愕する。魔女から放たれた漆黒の光が、健一とタケルに降り注がれる。
2人の体から徐々に色が失われていく。健一が必死に抗うが、その変化から逃れることができなかった。
「す・・すみません・・・父さん・・・」
健一に向けて声を振り絞るタケルが、完全に石化に包まれる。
「えりな・・ワリィ・・お前の代わりが、務められなくて・・・」
えりなに対する謝意を募らせたまま、健一も物言わぬ石像と化していった。微動だにしなくなった2人を見下ろして、ヘクセスが哄笑をもらす。
「これで理解できたであろう。もはやそなたらに残されているのは、絶望と破滅、漆黒の闇しかない。」
「そんなことはない・・・!」
そのとき、ヘクセスに向けて声がかかった。眉をひそめたヘクセスの眼前に現れたのは、石化から解放されたなのはとえりなだった。