魔法少女リリカルなのは&エメラルえりな 第9話

 

 

 リミッターを強引に解除し、カオスフォームを発動させたえりな。彼女は激情に駆られるまま、なのはに「ナチュラルブラスター」を命中させたのだった。

 だがえりなの心は曇ったままだった。怒りや憎しみに駆られて得た勝利に価値はない。それを身をもって体感していたにもかかわらず、その二の舞を犯した。

 それでもえりなは、なのはを許すことができなかった。もしも彼女の言動を認めてしまえば、傷ついた健一があまりにも不幸だ。

(健一のためにも、ここは絶対引き下がれない・・絶対に・・・!)

 自分に言い聞かせるえりなが、状況を確かめる。決定打を与えたといえど、楽観視はできない。

 巻き上がる爆煙を見据えていたところで、えりなは眼を疑った。人と思しき影が浮遊していたのだ。

 そこにいたのは紛れもなくなのはだった。彼女はナチュラルブラスターを受けても、大きなダメージを負っていなかった。

 それだけではなかった。レイジングハートとバリアジャケットがそれぞれ形状に際が出ていた。

「エクシードモード・・リミッター解除・・・!?

 えりながなのはの姿を見て驚きを見せる。レイジングハートは「エクセリオンモード」の改良版となるフルドライブモード「エクシードモード」へと形状を変えていたのだ。エクシードモードはエクセリオンモードと同等以上の力を発揮しながらも、より安定した魔法操作を可能としている。

(こういうことはしたくなかった・・今までみんなに言い聞かせてきたことを、私自身で踏みにじることになるから・・・)

 なのはは自分が犯した行為を快く思っていなかった。彼女もえりな同様、リミッターの強制解除を行ったのだ。

(でも、こうでもしなかったら、今のえりなを止められないから・・・!)

 なのはは胸中で自分に言い聞かせると、レイジングハートを構えて、砲撃の矛先をえりなに向ける。

「くっ!」

Leaf shield.”

 毒づくえりなを守ろうと、ブレイブネイチャーが障壁を自動発動する。だがなのはのディバインバスターは、障壁を突き破ってえりなを突き飛ばす。

(やっぱりリミッターが外れてる!・・下手な手を打ったらすぐにやられる!)

 えりなはすぐに体勢を整えて、向かってくるなのはを見据える。なのはが立て続けにアクセルシューターを発射する。数、速度、威力、あらゆる点でリミッターの制限に置かれていた時とは比べ物にならないほどの向上を発揮していた。

 えりなもとっさに動きを速め、リーフスフィアで迎撃する。しかし全てを相殺できず、魔力の弾丸をいくつか受けてしまう。

Breeze move.”

 さらに加速するえりな。だがなのはは彼女の動きを見逃してはいなかった。

Accel fin.”

 なのはも加速してえりなを追跡する。2人がそれぞれのデバイスを構えて、砲撃を放ちぶつけ合う。

 やがて砲撃が爆発を引き起こし、相殺される。距離を置いたえりなが、なのはの行方を追う。

 そのとき、えりなが突如手足を束縛される。なのはが放ったレストリクトロックが、彼女を拘束したのだ。

「バインド・・ここで出してくるなんて・・・!」

 動きを封じられ、毒づくえりな。だが、彼女は打開策をすぐに思い立っていた。

「バインドブレイク!ウィンドバインド!」

 えりなは立て続けに魔法を発動させる。自分にかけられたバインドを破壊すると同時に、なのはに向けて風のバインドを仕掛けようとする。

 だがなのはは捕まる前にそれをかいくぐり、さらなる砲撃を放つ。それをかわしたえりなが、なのはに向かって飛びかかり、光刃を振り下ろす。

 なのははプロテクションEXを展開し、えりなの一閃を防ぐ。光刃から火花が散ったところで、えりながとっさに上に飛翔する。

 えりなはなのはがフープバインドを仕掛けようとしたのに気付き、回避行動に移っていた。近距離ならば相手に気付かれる前に拘束することが可能ななのはのバインドだが、五感が研ぎ澄まされているえりなは仕掛けられる直前に気付くことができたのだ。

 だがなのははかわされることも想定していた。飛翔したえりなが、鎖状のバインドに絡め取られる。なのはがあらかじめ仕掛けておいたディレイドバインドが発動されたのだ。

「もう迷わない・・私は全力で、あなたを撃ち抜く・・・!」

 なのはは冷淡に告げると、えりなとの距離を取る。カートリッジロードを行うレイジングハートを構え、なのはは意識を集中した。

 

 激化するなのはとえりなの激闘。その様子をスバル、ティアナ、オロチも眼にしていた。

「あの威力・・リミッターが外れてる・・・」

「どうして・・いくら罠だっていっても、なのはさんとえりなちゃんが、本気で戦うなんて・・・!?

 ティアナが驚愕の言葉をもらし、スバルもこの状況が信じられずにいた。

 そのとき、えりなを追ってきた健一とタケルがスバルたちの前に駆け込んできた。

「健一くん、タケルくん・・・!」

「やっぱり、もう始まっちまってる・・・!」

 スバルが呼びかける先で、健一がなのはとえりなの戦いを見て毒づく。

「えりな、やめろ!そこまで本気になる必要はねぇだろ!なのはさんも!」

 健一が必死に呼びかけるが、なのはにもえりなにもその声は届いていない。

(落ち着いてください、2人とも!攻撃をやめてください!)

 タケルが2人に向けて思念波を送り込み、沈静化を測ろうとした。

「うぐっ!」

 だが直後、タケルが火花のような衝撃を受けて、痛みのために顔を歪める。

「ど、どうしたんだ・・!?

 その様子を眼にして、健一がタケルに声をかける。

「ダメです・・なのはさんもえりなさんも、お互いを倒すことしか頭にありません・・」

 頭に響く痛みに耐えながら、タケルが説明する。

「2人の中にある怒りがあまりにも強すぎて、思念波も受け付けなくなってしまってます・・下手に精神リンクを行ったら、逆にこっちが参ってしまいます・・・」

「そ、そんなにまで2人は・・・」

「いえ・・思念波は対象の人間に精神干渉を行い、思い通りに操る能力です。でも、その精神が怒りや決意などで強まっていると、火に手を近づけて火傷をしてしまうように、思念波をかける側の精神に影響を及ぼしてしまうこともあるのです・・今のなのはさんとえりなさんは、ブレーキの利かない車と同じ・・怒りを向けている相手を倒すだけ・・・!」

 愕然となる健一に説明しながら、タケルが毒づく。

Spirit mode,ignition.”

 そのとき、ブレイブネイチャーがフルドライブのスピリットモードへの変形を果たす。光の槍となったブレイブネイチャーが、えりなを捕らえているディレイドデバイスを引きちぎる。

「えりな!」

 その瞬間に健一が眼を見開く。全力となったなのはとえりなの衝突に、彼は不安の的中を予期していた。

「ダメ!なのはさん!えりなちゃん!」

 スバルがたまらず呼びかけるが、その声も虚しく、なのはとえりなが同時に飛び出す。

「スピリットランサー!」

「エクセリオンバスター!フォースバースト!」

 えりなが光刃を突き出し、なのはが全力の砲撃を放つ!

「ソウルクラッシュ!」

「ブレイクシュート!」

 2人の解き放った魔法がぶつかり、まばゆい光を解き放つ。

「やめてぇぇーーー!!!

 スバルの悲痛の叫びが響き渡る。煌く閃光と同時に、周囲に激しい轟音が轟いた。

 粉塵が巻き起こり、光と相まって視界が一気にさえぎられる。やがて轟音が消え、スバルたちが閉じていた眼を開く。

 周囲は未だに砂煙が霧のように広がっており、状況を明確に把握することができない。

「なのはさん・・えりなちゃん・・・」

 不安を募らせながらも、スバルは冷静に状況に対応しようとしていた。

 

 砂煙に包まれた荒野の真ん中に、なのはとえりなはいた。

 なのはは傷だらけの状態で、うつ伏せに倒れていた。その前にはえりなが立っていた。

 えりなのスピリットランサーはエクセリオンバスターを跳ね返し、なのはの魔力を大きく削り取っていた。だがえりなも魔力を消耗したため、カオスフォームが解けてしまっていた。

「・・ぁ・・うく・・・」

 体に力を入れて立ち上がろうとするなのは。だが思うように体を動かせない。

 その眼前にえりなが立ちはだかる。彼女も息を絶え絶えにして、なのはを見下ろしていた。

「・・これで分かったでしょ・・・健一の痛みが・・あなたが招いた悲しみが・・・」

 えりながなのはに向けて鋭く言いかける。

「本当はもう1発打ち込んでやりたいけど、それだと健一やみんなが喜ばないから・・・」

 えりながとどめを刺そうとせず、ただなのはをじっと見つめていた。同時に、えりなの眼からうっすらと涙がこぼれ、頬を伝う。

 それはえりなの悲しみだった。怒りや憎しみに駆られて得た勝利は、とても苦く歯がゆい気分を彼女は感じていた。

 そのとき、えりなの体から突如手が飛び出してきた。その衝撃にえりなが驚愕し、なのはも眼を見開く。

「ついに来た・・この瞬間を待っていたのだ!」

 えりなの背後から声がかかってきた。その手の正体はノアのものだった。

「い、いつの間に!?・・これって・・・!?

 胸を貫かれている痛みに顔を歪めて、えりなが言いかける。ノアの手の中には、灰色に輝く水晶だった。

 えりなはその水晶を眼にして驚愕する。それは彼女の中に宿っているカオスコアだった。

「坂崎えりな、お前のカオスコアをいただくぞ。」

 ノアは言い放つと腕を引き抜き、えりなのカオスコアを奪い取った。その直後、彼女は脱力してふらつく。

 えりなはカオスコアの擬態である。カオスコアによって実体化しており、力の源もカオスコアとなっている。カオスコアを奪われた彼女は、生存することもままならなくなってしまう。

「ついに・・ついに復活のときが来た・・・!」

 ノアは歓喜の笑みを浮かべると、カオスコアを自分の中に取り込んだ。

「え・・えり・・な・・・」

 なのはが傷ついた体に鞭を入れて立ち上がる。だがもはや彼女にも余力はなく、立ち上がることさえ奇跡であるといえた。

「ムダな抵抗はよせ、高町なのは・・」

 ノアは不敵な笑みを浮かべて言いかけると、なのはの眼前に立ちはだかる。

「もはやそなたに、わらわを傷つけることもできぬ・・」

「そ、その声・・・!?

 突如変わったノアの声色と口調に、なのはが驚愕する。その声に彼女は聞き覚えがあった。

「あなた・・魔女、ヘクセス・・・!?

 声を振り絞るなのはの前で、ノアが笑みを強める。彼の正体は、かつてなのはたちに敗れ、次元の闇に退けられた魔女、ヘクセスだった。

 ノアの伸ばした手から光が発せられる。その光の影響で、なのはの体から色が失われていく。

「久しいな。あのときはそなたらに深手を負わされたが、その忌まわしき因果も終焉を迎える。」

「なのは、さん・・・!」

 なのはを石化していくノアの後ろで、えりなが声を振り絞る。だがカオスコアを奪われた彼女は実体化を保てず、体から光の粒子があふれ出してきていた。

「私・・私、は・・・」

 絶望感にさいなまれたえりなの姿が霧散するように消えていった。

「えりな・・・!?

 消滅したえりなを目の当たりにして、なのはも愕然となる。だが体が徐々に石化していっているため、彼女は思うように動くことができなくなっていた。

「そこで見届けるがいい、高町なのは。この世界が、今度こそ闇と絶望の色に染まっていくのを・・」

 ノアの姿をしたヘクセスが飛翔し、眼下の地上を見下ろす。えりなとの戦いで疲弊していたなのはは、この状況に抗うことができず、石化も彼女の首元まで迫ってきていた。

「えりな・・ゴメンね・・・本当に・・・」

 えりなへの謝罪の言葉を呟いた直後、なのはが完全に石化に包まれる。彼女もまた、物言わぬ石像と変わり果ててしまった。

 なのはとえりなはノアの策略に陥ってしまった。ピノの変身に騙されて同士討ちを行い、疲れ果てたところをノアに付け込まれた。

「このカオスコアを取り込むことで、わらわは完全なる復活を遂げることになる。」

 ノアは自分の体にカオスコアを取り込む。闇の力を宿しているカオスコアの魔力を得て、ノアの姿をしていた魔女、ヘクセスが完全なる復活を果たそうとしていた。

 

「ついに!ついに復活のときが来た!」

 オロチが突如歓喜の笑みを浮かべた。その哄笑に、スバルたちが緊迫を覚える。

「お前たちはこの気配を感じたのは初めてだろう!その魔力を痛感するがいい!世界の闇に潜む魔女、ヘクセス様の魔力を!」

「ヘクセス!?

 オロチの言い放った言葉に、ティアナが驚愕する。彼女は10年前の事件についての話を思い返していた。

「ヘクセス様はまだ完全な復活には至っていなかった!完全な復活を遂げるには、闇属性の巨大な魔力の根源が必要だった!闇の魔力を秘めたカオスコアは、復活するには最高の鍵!」

 言い放つオロチの言葉に、スバルたちはかつてないほどの不安を覚えた。

「それじゃ、えりなは・・えりな!」

「あっ!健一さん!」

 それを聞いた健一がたまらず駆け出し、タケルも後に続く。2人に続きたい気持ちもあったが、スバルとティアナはオロチとの戦いに専念することにした。

「オレの相手をするつもりか?いずれにしても、お前たちがしていることは全て無意味だがな。」

「無意味かどうか、やってみなくちゃ分かんないわよ。」

 オロチの言葉にティアナが反論する。だがオロチは不敵な笑みを崩さない。

「分かるさ。お前たちでは到底ヘクセス様には及ばない。そればかりか、オレですら超えることも。」

 オロチは言い放つと、剣の形をしたペンダントを取り出した。待機状態のデバイスである。

「目覚めろ、クサナギ。」

Zieh!”

 オロチの呼びかけを受けて、アームドデバイス「クサナギ」が起動する。剣の形状となったクサナギを、オロチは手にする。

「では始めようか。お前たちがオレに向かってくるなら、オレが直接引導を渡してやるぞ。」

 言い放つオロチに対して、スバルとティアナが身構えた。

 

 えりなのカオスコアを取り込んだノア。体から漆黒の霧があふれ出し、邪な力を解放しようとしていた。

「人間どもよ、今こそこの世界が漆黒の闇に覆われるのを、その眼で見るがよい。」

 言い放つノアの姿が変貌していく。霧は衣のように広がり、禍々しい姿にしていく。

 それはまさに魔女そのものだった。次元の魔女、ヘクセスがこのミッドチルダにて完全な復活を果たしたのだった。

「フフフフ。ついにこのときが来た。わらわの瘴気で、世界が漆黒に染まるときが。」

 言いかけて哄笑をもらすヘクセスが、全身から魔力をあふれさせる。これは彼女が意図的に発しているものではなく、呼吸と同じように自然にあふれ出ていたものだった。

 ヘクセスの魔力の影響で、周囲の草木が石へと変わっていた。魔力を持たないものは、彼女の魔力を浴びただけで石化してしまうのである。

「ウィッチコアも復元している・・カオスコアの力は、わらわの復活を急激に早めたようだ。取り込まなければ、さらなる時を費やすことになっただろうが。」

 自分の右手を見つめて、笑みを強めるヘクセス。

 そのとき、ヘクセスの前に健一とタケルが駆けつけてきた。その気配に気付いた彼女が、2人に視線を向ける。

「わらわを止めに来たのか?だが所詮無駄なこと。そなたらの力では、わらわを止めることはできぬ。」

 妖しい笑みを浮かべるヘクセス。その姿を目の当たりにして、タケルが驚愕する。

「ま、間違いない・・僕のいた未来をムチャクチャにした、魔女だ・・・!」

「何っ!?・・やっぱりなのはさんたちの言ってたあのヘクセスっていうのが・・・!」

 恐怖して体を震わせるタケルの言葉に、健一が毒づく。

「アイツが、えりなを・・・ラッシュ、セットアップ!」

Standing by.”

 健一の呼びかけにブレイドデバイス「ラッシュ」が答える。そして健一は、キーホルダーに鍵を差し込む。

Complete.”

 鍵がキーホルダーに差し込まれた瞬間、起動したラッシュが形を変える。ラッシュは長剣へと形を成して、健一の手に握られる。

「魔女だか何だか知らねぇけどな!お前なんかの勝手にさせてたまるか!」

「健一さん・・・」

 鋭く言い放つ健一にタケルが戸惑いを見せる。

「勇ましいことだな。ならば、そなたの抵抗、受けて立とうではないか。」

 ヘクセスが哄笑をもらして、健一に向けて右手をかざす。

「健一さん・・・分かりました・・僕も怖がったり迷ったりしません・・・」

 迷いを振り切ったタケルも、箱と鍵を取り出した。

「ブレイブネイチャー・フューチャー、セットアップ!」

Standing by.”

 タケルが箱に鍵を差し込み、回す。

Complete.”

 オールラウンドデバイス「ブレイブネイチャー・フューチャー」が起動する。杖の形状となったブレイブネイチャー・フューチャーを手にして、タケルが構える。

「おい、お前、それ・・ブレイブネイチャーじゃねぇか・・・!」

 ブレイブネイチャー・フューチャーを目の当たりにして、健一が声を荒げる。

「これは僕に託された未来の力です。絶対に未来を壊させたりしない。そのために力です!」

「タケル・・・よしっ!力を合わせて、アイツを止めるぞ!」

 タケルの意思を汲んで、健一が頷く。2人はヘクセスを見据えて、集中力を高める。

「いいだろう。そなたらがどれほどに足掻こうとも、わらわに傷さえ負わせられないことを痛感するがいい。」

 ヘクセスが眼を見開き、全身から魔力を解き放った。

 

 オロチが放った一閃を、スバルとティアナは散開してかわす。クロスミラージュから放たれた魔力の弾丸を、オロチはクサナギを振りかざして弾き飛ばす。

 その隙を突いて、スバルが拳を繰り出してきた。彼女の一撃は、オロチの仮面をかすめ、亀裂を生じさせた。

 距離を置いたスバルとティアナを見据えて、オロチが不敵な笑みを浮かべる。

「さすがだな。高町なのはの教え子というのは伊達ではないようだな。」

 オロチは言いかけると、半壊した仮面を取り外す。その素顔を眼にして、ティアナが驚愕する。

「その顔・・アンタ、まさか・・・!?

「どうしたの、ティア!?

 困惑するティアナに、スバルがたまらず問いかける。

「アンタも写真、見たはずよ、スバル・・ヘクセスに味方して、なのはさんたちを追い詰めた・・」

「さすがに10年もたてば、歴史として残っていてもおかしくないか・・そうだ。オレはヘクセス様に仕える者、京野庵だ。」

 スバルに言いかけるティアナに続けてかけられる言葉。オロチの正体は、ユウキのかつての親友であり、なのはを追い詰めた庵だった。

「でもおかしいよ!庵は次元の闇に落ちて消えたって!」

 スバルがたまらず疑問を投げかける。その疑問はティアナも感じていた。

 庵は三種の神器事件にて、なのはやユウキの救いの手を跳ね除け、次元の闇へと落ちた。生死不明と判断されたものの、生還は不可能との見方もあった。だが庵は生きていた。次元の闇から生還した彼は今、スバルとティアナの前に立ち塞がっていた。

「確かにオレは高町なのはに敗れ、命を落としたと思った。生存できるとは思っていなかった。だがオレは運よく次元の闇から脱出することができた。だがオレの体は負傷が激しく、生きることもままならないそうだった。そのオレを助けたのが、メトロだったのだ。」

「メトロ・・フェイトさんを狙ってるシャブロスの1人ね・・」

 庵の言葉にティアナが言いかける。

「人間を戦闘機人へと改造する技術を編み出していたメトロによって、オレは戦闘機人として一命を取り留めた。以前よりも力を上げることができたオレは、ヘクセス様復活のために行動を起こした。そのオレたちの前に現れたのが、ノアと名乗る男だった。」

「ノア・・・」

「ノアはオレだけに打ち明けてくれた。自分はヘクセス様の仮の姿であり、完全な復活のためにこの姿をしていると。復活のためには、闇属性の強力な魔力が必要だと。坂崎えりなの中に宿るカオスコアは、まさにうってつけの礎。」

「そうだったのね!なのはさんとえりなを同士討ちさせれば、簡単にカオスコアを狙える!そのために・・・!」

「全てはこの瞬間のためだった。シャブロスもそのために用意された駒でしかなかった。もっとも、ガゼルもミウラも、己の感情の赴くままに動いていたに過ぎないがな。」

 謎の正体を知ったティアナに向けて、庵が不敵な笑みを浮かべる。

「坂崎えりなのカオスコアはヘクセス様に取り込まれ、高町なのはも手中に落ちた。世界が崇める2人のエースの消失を期に、世界は破滅の一途を辿るのだ。」

「そんなことはない・・そんなことはない!」

 庵の言葉を一蹴したのはスバルだった。その声に庵が笑みを消す。

「なのはさんもえりなちゃんも、お前たちなんかにやられたりしない・・たとえケンカをしちゃっても、どんなことが起きても切り抜けちゃうよ!・・そしてあたしたちも、お前に負けたりしない!」

「言ってくれる。もはやお前たちにわずかな望みさえもない。オレに対するお前たちの勝機も同じ。」

 言い放つスバルをあざ笑う庵。クサナギの切っ先と同時に、庵はスバルに鋭い視線を向ける。

「あの事件のことを知っているなら、オレの戦闘データもある程度熟知しているはずだな?お前たちがどのような戦い方を叩き込まれているか知らないが、それでもお前たちは、オレを脅かすことはできない・・・!」

 庵の告げた言葉に、スバルとティアナが身構える。庵が振りかざしたクサナギから光刃が放たれ、地上を両断する。

「ティア!」

「スバル!」

 互いに声を掛け合うスバルとティアナが散開し、この一閃をかわす。2人が挟み撃ちできる位置に移動したところで、スバルが庵に向かって駆け出していく。

「カートリッジロード!」

 スバルのリボルバーナックルがカートリッジロードを行い、威力を高める。

「リボルバーシュート!」

 スバルが繰り出した拳から放たれた閃光。だがその光を、庵は軽々とかわす。

「えっ!?

 驚きを浮かべるスバルに向かって庵が飛び込み、一気に距離を詰める。そして庵が振りかざしたクサナギがスバルの腹部に叩き込まれる。

「ぐっ!」

 攻撃される直前にフィールドを発してダメージ軽減を図ったが、クサナギの一閃は強力で、スバルは吐血しながら突き飛ばされる。

 その直後、魔力の弾が庵に向かって飛び込んできた。追跡型の弾の群れは包囲網を敷きながら向かっていくが、庵はクサナギを振りかざして、それらをなぎ払う。

「甘い。」

 庵はすかさず再びクサナギを振りかざし、狙い撃ってきたティアナに一閃を放つ。的確なこの攻撃が地上に当たり、彼女も吹き飛ばされる。

 地上に降りて2人の出方を伺う庵。周囲を包む砂煙から、スバルが再び飛び込んできた。

 庵は向かってきたスバルに一閃を見舞う。だが手応えがなく、斬られたはずの彼女の姿が霧のように消えていく。

(幻術魔法か。これでかく乱を狙っているのだろうが・・)

 眼つきを鋭くした庵が、周囲の気配を探る。彼は五感を研ぎ澄まし、周囲に散開してくる偽者に惑わされることなく、本物を探っていく。

 そして庵は跳躍し、クサナギを振りかざす。放たれた光刃が、本物のスバルとティアナを的確に捉える。

 幻術をいとも容易く見抜かれたことに毒づくティアナ。彼女とともに立ち上がったスバルが、平然と立っている庵に眼を向ける。

(やっぱり庵のリスペクトスタイルは強力ね。あたしたちの動きを正確に見てる・・)

(あたしたちの攻撃が筒抜けになってるって感じ・・これじゃ、形勢逆転は難しいかも・・)

 ティアナとスバルが胸中で庵の脅威を呟く。下手に攻めても返り討ちにあってしまい、次第に追い込まれてしまう。

「これで理解できただろう。お前たちにはもはや、万にひとつの望みもないことが。」

 庵が2人に向けて鋭く言い放つ。

「特別に教えてやろう。オレも他の戦闘機人同様、先天固有技能(インヒューレントスキル)が備わっている。オレのインヒューレントスキルは、無限の再生(インファナイト・リザレクション)。」

 語りかける庵の体に向けて、魔力が集まってくる。周囲に点在している魔力が彼に取り込まれていっていた。

「インファナイト・リザレクションは、空気中に散らばっている魔力を取り込んで回復する能力。意識すれば瞬間的な回復も可能だが、無意識であっても徐々にだが回復することが可能だ。呼吸同然にな。」

 一気に回復していく庵に、スバルとティアナはさらに毒づく。強大な潜在能力やリスペクトスタイルに加え、無尽蔵の回復能力。戦闘機人として蘇った庵は、かつてないほどの強敵となっていた。

 

 庵の放った思念波に操られたナディアは、ロッキーに容赦ない攻撃を繰り出していた。彼女に対してなかなか攻撃を繰り出すことができないロッキーは、防戦一方となっていた。

「やめろ、ナディアちゃん!オレはお前とは戦いたくねぇよ!」

 必死に呼びかけるロッキーだが、ナディアは何も答えない。

Shuttle spike.”

 ナディアの一蹴でロッキーが蹴り飛ばされる。空に投げ出された後、彼は廃工場に落下した。

 瓦礫の山と化した廃工場の中に埋もれるロッキー。ナディアが追撃のためにゆっくりと歩を進めていく。

「・・ちくしょう・・・バカヤロー・・・」

 この状況があまりに不条理に感じられて、ロッキーが愚痴をこぼす。瓦礫から這い出た彼は、ナディアをじっと見据える。

(もう、ナディアちゃんには何も届かねぇのかよ・・もうシャブロスの言いなりでしかねぇのかよ・・・!?

“大丈夫です。ロックさんの声は、あたしにちゃんと聞こえていますよ。”

 歯がゆさを募らせていたロッキーの脳裏に、ナディアの声が響いてきた。その声にロッキーが眼を見開く。

(ナディアちゃん!?・・ナディアちゃんなのか・・・!?

“ロックくん、あたしはあの思念波で体を操られてます。ホントに意識のひとかけらだけで動いてるだけって感じです・・ロックくんやみんなを傷つけてる自分が、とても心苦しいです・・・”

(ナディアちゃん・・・)

“ロックくん、迷わないでください・・あたしのことは気にせずに、思いっきり打ち込んできてください・・・”

(けど、それじゃナディアちゃんが・・!)

“イヤなのです。あたしのせいで、みなさんが傷ついたり、みなさんに迷惑をかけるのが・・・あたしのこのお願いを聞いてもらえるのは、ロックくん、あなただけです・・ですから、ロックさん・・・!”

 わずかに残る意識の中、必死にロッキーに呼びかけてくるナディア。彼女の気持ちを受け入れて、ロッキーは奮い立つ。

「ナディアちゃん・・・バカヤロー!」

 張り裂けんばかりの叫び声を上げて、ロッキーが身構える。消失していたブレスセイバーの光刃が再び出現する。

 攻撃態勢に入り、加速していくナディア。彼女が繰り出した一蹴を、ロッキーが光刃を突き出して弾き返す。

 この突きに押されて横転するナディア。歯がゆさを募らせながらも、ロッキーは攻撃の手を緩めなかった。

「オレを止められるのは、オレだけだ!」

 ロッキーが飛び出し、ナディアに向けて光刃を振りかざす。ナディアもシティランナーでその一閃を受け止めていくが、全てを防ぎきれずにかすめていく。

「ナディアちゃん、オレは今、ハッキリと言うぞ!」

 ロッキーがナディアに向けて高らかと言い放つ。

「オレは、ナディアちゃんのことが、大好きなんだ!」

Slash saver.”

 彼の言葉と同時に放たれた全力の一閃。言葉を耳にして動揺を覚えるナディアの体を、光刃が切り裂いた。

 物理ダメージを皆無に設定していたため、外傷はなかった。だが一気に魔力をそぎ落とされたため、ナディアは意識を失ってその場に倒れた。

 力を使い果たし、息を絶え絶えにしていたロッキー。ブレスセイバーの光刃が消失し、彼もその場に座り込んだ。

「ハァ・・ハァ・・ハァ・・・言っちゃった・・オレ、とうとう言っちゃった・・・」

 心身ともに安堵したロッキーが腰が抜けたかのように大の字になる。

「もうオレは限界だ・・・ワリィ、みんな・・・」

 力を使い果たしたロッキーがひとつ吐息をつく。ナディアが自我を取り戻したことを信じて、彼も眠りについた。

 

 

10

 

作品集

 

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