魔法少女リリカルなのは&エメラルえりな 第7話
次々と押し寄せる状況に、なのはも困惑していた。表面的には冷静沈着を装っているが、彼女も動揺を抱え込んでいた。
そんな彼女のところに、ヴィヴィオが駆け込んできた。ヴィヴィオはなのはの悩んでいる様子に、困り顔を浮かべてきた。
「ママ、どうしたの?・・なにかイヤなことあったの?」
「ヴィヴィオ・・・」
声をかけてくるヴィヴィオに、なのはが戸惑いを見せる。ヴィヴィオからの心配を受けて、なのはは微笑みかける。
「ゴメンね、ヴィヴィオ。心配かけちゃって・・大丈夫だよ。なのはママは、このくらいのことで負けたりしないんだから・・」
「ママ・・・うんっ!頑張って、なのはママ!」
謝るなのはに、ヴィヴィオも笑顔を見せて大きく頷いてみせる。するとなのはがヴィヴィオの頭を優しく撫でる。
「いつまでもウジウジしてるなんて私らしくないよね・・私は、“誰もが認める無敵のエース”なんだから・・・」
ヴィヴィオに励まされて、なのはは改めて奮起していた。自分たちに押し寄せる脅威に立ち向かい、みんなの笑顔を取り戻すことを心に誓うのだった。
「なのはさん!」
そこへスバルとティアナが駆けつけ、なのはに声をかけてきた。
「スバル、ティアナ・・・」
「なのはさん、あたしたちもついていきますよ。」
当惑を見せるなのはに、スバルが微笑んで言いかける。
「シャマルさんとリッキーに診てもらって、万全のお墨付きをいただきました。もちろんムチャはしません。危なくなったらすぐに引き返します。」
スバルに続いてティアナも真剣な面持ちで言いかける。2人の心はまだ折れてはいない。それどころか、2人の心の炎はさらに強く激しく燃え上がっていた。
「もうこれ以上、誰かが悲しむ姿は見たくありません。ライムさんやジャンヌさん、エリオやキャロ、みんなを助けましょう。」
揺るぎない決意を胸に秘めて戦いに身を投じようとしていたスバル。彼女たちの心にも、なのはは勇気付けられていた。
「やれやれ。おめぇらもずい分と言うようになったじゃねぇか。」
そこへヴィータがナディアとロッキーを連れてやってきた。
「まるでなのはが増えたみたいだ。あたしが止めても聞きゃしねぇよ。」
「もう、ヴィータちゃんったら・・・」
ヴィータの口にした言葉になのはが困り顔を見せる。スバルとティアナが微笑むと、ナディアとロッキーが気さくな笑みを浮かべる。
「アンタがオレたちにいろいろと教えてきたのは、みんなを守るため、自分の気持ちを貫かせるためなんだろ?アンタらに叩き込まれたこと、今出さねぇでいつ出すんだっての。」
「コラァ、生意気叩くんじゃねぇってんだよ。」
憮然とした態度で言いかけるロッキーをこついて、ヴィータが口を挟む。それを見てなのはたちが思わず笑みをこぼしていた。
「ありがとう、みんな・・・みんなのおかげで、私はまた頑張れるよ・・・」
すばらしい仲間たちに支えられたことに、なのはが感謝の意を示す。これほどまでに心強くなれば、どんな逆境にも負けたりしない。彼女はそう確信していた。
そのとき、起動六課本部に向けて魔力の砲撃が飛び込んできた。砲撃は本部を覆っている防御フィールドによって阻まれたが、その衝撃はなのはたちにも伝わってきていた。
「な、何!?」
その光景に声を荒げるスバル。なのはがヴィヴィオを守りながら、襲撃者の行方を追う。
その正体を目の当たりにしたなのはたちが驚愕を覚える。その上空にいたのは、ブレイブネイチャーを構えたえりなだった。
「えりな・・・!?」
襲撃者がえりなであることに、なのはは動揺の色を隠せなくなる。えりなはなのはに眼を向けて、鋭く言い放つ。
「なのはさん・・やっぱり私は、あなたの言うことに納得ができません・・だから私は、私の気持ちを貫かせていただきます・・・」
「待って、えりな!これはどういうことなの!?」
なのはの呼びかけを聞かず、えりながなのはに向けて魔力の弾を放ってきた。そこへヴィータが飛び出し、鉄の伯爵、鉄槌のアームドデバイス「グラーフアイゼン」で弾の群れをなぎ払う。
「やめろ、えりな!あたしらに向けてこんなマネ・・何考えてんだ!?」
ヴィータが怒鳴りかけるが、えりなはそれにも耳を貸さず、なのはだけに狙いを定める。すぐさま降下し、ヴィータの横をすり抜ける。
「おい、えりな、待てって・・!」
とっさに追いかけようとしたヴィータだったが、突如バインドに体を縛られて動きを止められる。
「くっ!なのは!」
毒づくヴィータがたまらず叫ぶ。えりなが放ったリーフスフィアを、なのはがバリアを展開して防ぐ。
即座に行動を起こしたかったなのはだが、激しく動けばヴィヴィオを危険に巻き込むことになると判断し、それを行えずにいた。
思考を巡らせている彼女に向けて、えりなが光刃を振り上げてきた。光刃はバリアを破壊し、なのはとヴィヴィオの間の地面に叩き込まれる。
えりながなのはに振り向き、追撃のための砲撃を繰り出そうとする。防戦一方となっているなのはが再びバリアを張ろうとするが、撃ち破られることを覚悟していた。
「ママ!」
そこへヴィヴィオが飛び込み、えりなに背後からつかみかかる。毒づいたえりなが体をひねらせてヴィヴィオを振り払う。
「ヴィヴィオ!」
横転するヴィヴィオに悲痛の叫びを上げるなのは。体勢を立て直したえりなが改めて砲撃を繰り出そうとする。
だが眉をひそめたえりなは砲撃を行わずに飛翔する。なのはが発動しようとしたフープバインドに気付き、とっさに回避したのだ。
この騒ぎを聞きつけて、シグナムとザフィーラが駆けつけてきた。なのはへのこれ以上の攻撃は困難と判断したか、えりなは反転してこの場から離れていく。
「ヴィヴィオ!ヴィヴィオ、しっかりして!」
なのはがヴィヴィオに駆け寄り、必死の思いで呼びかける。ヴィヴィオは突き飛ばされた衝撃で気絶していた。
「ヴィヴィオ・・・えりな・・・」
なのははえりなに対して困惑を抱えていた。なぜこのようなことをしたのか理解できないでいた。
「すぐにはやてたちのとこに行こう!そんなゴチャゴチャした気分で1人で突っ走るのはまずい!」
ヴィータが呼びかけて本部に向かおうとしたときだった。
「みんなはヴィヴィオを連れて、はやてちゃんとユウキさんのところへ・・」
なのはがスバルたちに呼びかけ、駆け出そうとしていたヴィータが足を止める。
「まさかなのは、1人でえりなを追うつもりじゃ・・・!?」
「みんなが出て行ったところをシャブロスに狙われる可能性もある。えりなのことは私に任せて、みんなははやてちゃんたちの指示を煽って。」
声を荒げるヴィータになのはが言いかける。そしてなのはは紅い宝玉を手にして、意識を集中する。
「レイジングハート、セットアップ。」
“stand by ready.set up.”
なのはの呼びかけを受けて、レイジングハートが答える。杖の形状となったレイジングハートと、白いバリアジャケットを身にまとうなのは。
「なのはさん!」
スバルが呼び止めるのも聞かないまま、えりなを追って飛翔するなのは。スバルたちは彼女を追うことができず、一時本部に戻ることにした。
突如起動六課本部を襲撃したえりなを追跡するなのは。街外れの森林の上空に差し掛かったところで、なのははえりなと遭遇する。
動きを止めて互いを見据えるなのはとえりな。2人とも険しい面持ちを浮かべていた。
「えりな・・・」
「なのはさん・・・」
「どうしてあんな・・・どうして私やヴィヴィオたちを攻撃したの・・・!?」
「何を言っているのですか・・・なのはさん、いきなり現れて私を襲って、健一を傷つけて・・・!」
「あなたこそ何を言ってるの!?・・私は誰も傷つけるつもりなんてない・・・!」
「ふざけないで!健一にあんなことをしたのを、忘れたなんて言わせない・・・!」
なのはに対して憤りをあらわにするえりな。
「あなたは最低ですよ、なのはさん・・自分の思い通りにならないと気が済まないのですか・・あなたは!?」
「えりな!」
激情に駆られたえりなが、なのはの呼び止めを聞かずに飛びかかる。
“Saver mode.”
光刃を発したブレイブネイチャーを振りかざすえりな。その一閃を受けて、なのはが突き飛ばされた。
えりなの異様な行動となのはの単独行動に、起動六課とデルタは慌しくなっていた。
「えりなが、みんなを!?・・・そんなこと・・・!」
話を聞いた明日香が思わず驚きの声を上げていた。だがすぐに気持ちを落ち着かせて、冷静に対応しようとする。
「どういうことなのかは分かんねぇ。けど間違いなく、えりながあたしらに襲い掛かってきて・・今、なのはがえりなを追ってる。」
ヴィータの口にした補足にユウキが緊迫を覚える。
「まずいぞ!すぐになのはちゃんを止めるんだ!」
「えっ!?」
ユウキの呼びかけにヴィータ、スバル、明日香が驚きの声を上げる。
「どういうことなのですか、ユウキさん・・・!?」
「よく考えてみるんだ。シャブロスはオレたちの隙や弱みに付け込んできている。もしもなのはちゃんとえりなちゃんを戦わせることがシャブロスの狙いだったなら・・!」
明日香に向けてのユウキの説明を聞いたヴィータが激昂し、眼を見開く。えりなはなのはに勝るとも劣らない実力と信念を持ち合わせている。このままぶつかれば、たとえなのはでも無事では済まない。そう思った彼女はいても立ってもいられなくなった。
「焦ってはダメだ!」
そこへユウキが呼び止め、ヴィータが足を止める。
「焦れば敵の思う壺だ。単独で動けば、敵は集中砲火を仕掛けてくる。」
「くっ・・・!」
ユウキに言いとがめられて、ヴィータが毒づきながらも踏みとどまる。他のみんなも飛び出したい気持ちを必死に抑えていた。
「とにかく、なのはたちは通信で呼び止めよう。シャーリー、お願い!」
「アイリスもえりなに呼びかけてくれ!」
“了解!”
フェイト、ユウキの指示にシャリオとアイリスが答える。切迫した状況だからこそ冷静に対応しなくてはならない。ユウキとはやてはそう自分に言い聞かせていた。
「なのはさん、応答してください!なのはさん!」
起動六課作戦室でなのはへの連絡を行おうとしていたシャリオ。そこで彼女は異変を覚える。
それはえりなに呼びかけているアイリスも感じ取っていた。2人の異変に気付いたグリフィスが声をかける。
「どうしたんだ、2人とも?」
「通信がつながらないんです。ジャミングがかかってるようで・・」
「発信源を探っているのですが、その干渉も妨害されて・・」
グリフィスの声に答えながら、シャリオとアイリスが異変の原因を探る。だがその一手さえも妨害され、彼女たちは手詰まり状態に陥ってしまっていた。
「連絡は取れたん!?」
そこへはやてが駆けつけ、シャリオに声をかける。事態を把握したはやてが、深刻さを隠せなくなる。
はやては思考を巡らせた。自分たちからの干渉さえも阻害するジャミングならば、それを引き起こしている人物が必ず近くにいる。
(リイン、ジャミングを引き起こしてる犯人を探すんや。絶対に気付かれんようにな。)
(はやてちゃん・・任せてください!)
はやてが念話で呼びかけると、それを受けたリインフォースが行動を開始した。
外部への連絡が取れなくなってしまった起動六課。今の彼らにできることは、ジャミングの解消のために尽力を注ぐしかなかった。
同じ頃、タケルも起動六課とデルタに向けて連絡を取ろうとしていた。だがいずれも連絡が取れず、彼は困惑していた。
「いったい、何が起きているのでしょうか・・なのはさんに何が・・・」
この異常事態に困惑を募らせるタケル。そのとき、意識を失っていた健一が眼を覚まし、体を起こしてきた。
「あ、健一さん。」
「くそ、ブッ倒れてたぜ・・・えりな?・・・えりな!」
気付いたタケルの前で意識を覚醒させた健一が、えりながいないことに気付く。
「おいっ!えりなはどうした!?・・まさか・・!?」
「はい・・えりなさんは、なのはさんを追って・・・」
問い詰めてくる健一に、タケルが困り顔で答える。
「まずい!急いでえりなたちを追わねぇと!」
「待ってください、健一さん!みなさんとも連絡が取れないんです!・・まずはみなさんのところに戻ったほうが・・」
「そんな悠長にしてる場合じゃねぇ!えりなは完全に頭にきてる。それで本気になったアイツに、理由はどうあれ、なのはさんが黙ってやられると思うか!?」
健一の言葉を受けて、タケルが緊迫を膨らませる。
「絶対に2人を止めるぞ・・このまま2人がやり合ったら、どうなるか分かんねぇぞ・・・!」
健一の言葉にタケルが頷く。傷ついた体に鞭を入れて、2人はえりなを追っていった。
怒りを爆発させたえりなと、その猛攻を受けるなのは。だがなのはも防戦一方で終わらなかった。
アクセルシューターを放ち、迎撃に出るなのは。だがえりなもブレイブネイチャーの光刃で、その魔力の弾丸を弾き返していた。
「やめなさい、えりな!どうしてこんなことを・・!」
「自分のしたことを棚に上げないで!あなたをこのまま放っておいたら、何もかもがムチャクチャになってしまう!」
呼びかけるなのはに反発するえりな。
「やっぱりあのとき、全否定すべきだった・・スバルさんやみんなの気持ちを大切にしたかったから、お互いに受け入れようって気持ちになった・・だけど、あなたは自分勝手なままで、何も変わっていない!」
怒りに駆られたえりなが、リーフスフィアを放つ。だがなのはのアクセルシューターがそれらに全て命中させ相殺した。
だが、その衝突での爆発に紛れてか、えりなの姿がなくなっていた。なのはが五感を研ぎ澄まして、えりなの行方を追いながら上へと上昇していく。
その直後、上空の雲が弾け、その中からえりなが飛び出してきた。彼女が放ったナチュラルブラスターに対し、なのはもディバインバスターで応戦する。
再び巻き起こった閃光の爆発。だがなのはもえりなも、互いの動きを見逃していなかった。
“Buster mode.”
“Saver mode.”
レイジングハートとブレイブネイチャーが形状を変える。えりながなのはに向けて飛びかかり、光刃を振りかざす。
なのははその一閃をかわして大きく飛翔する。レイジングハートを右手に持ち替えて、振り返ったえりなに向けて左手をかざす。
その手のひらから魔力の砲撃「クロスファイアシュート」が放たれる。
「それは、私への侮辱のつもりなの・・・!?」
いきり立ったえりながブレイブネイチャーを振りかざし、なのはの砲撃を弾き飛ばす。果敢に攻めるえりなのブレイブネイチャーとなのはのレイジングハートがぶつかり、つばぜり合いを起こして火花を散らす。
再び距離を置いたえりなとなのは。2人とも互いに向けて鋭い視線を向けていた。
「言うことを聞かないことがそんなに不愉快なの・・力ずくでも言いなりにさせないと、あなたは納得しないっていうの・・・!?」
えりなが鋭く言い放つが、なのはは顔色を変えず身構えたままだった。
「どんなに呼びかけても聞き入れようともしないなら、私もあなたのルールに基づく・・・!」
えりなは言いかけると、意識を集中する。彼女の魔力が収束し、バリアジャケットに淡い光が宿る。
「カオスフォーム、発動・・・!」
「えっ!?」
えりなの言葉になのはが驚きを覚える。えりなはカオスコアの魔力を行使し、「カオスフォーム」を発動しようとしていた。
(カオスフォームは、カオスコアの魔力を使って、一時的に爆発的な力を発揮する。その代わりに消耗が激しい。だからカオスフォームにも、リミッターがかけられている・・)
なのはがカオスフォームに対して思考を巡らせる。
えりなにもなのはたち隊長格と同様、魔力を抑える出力リミッターがかけられている。カオスフォームもその制約下にあり、リミッターが解除されなければ発動することはできない。
「まさか、えりな・・!?」
思い立ったなのはが驚愕の声を上げる。えりなは特定の人間だけが解除の権限を与えられているリミッターを、自力で強引に破ろうとしていた。
(こんなことをするのは、管理局の局員としてすごく間違ってること・・だけど、ここでこの人を放っておいたら、これからがムチャクチャになってしまう・・・!)
「だから、私は!」
“Chaos form,awakening.”
叫ぶえりなが、リミッターによる制約を力ずくで引き剥がす。全身にほとばしる激痛にさいなまれるも、彼女は痛みに耐えてその制約の楔を断ち切る。
えりなのバリアジャケットの緑が灰色へと変色する。カオスコアの力を解放した「カオスフォーム」の発動である。
「そんな・・リミッターを強引に破るなんて・・・!?」
えりなの行った強行になのはが驚愕する。全開したえりながブレイブネイチャーを構えて、なのはに飛びかかる。
これまでにないほどのえりなの突進力がなのはを襲う。急降下するも、なのはは下方にバリア魔法「プロテクションEX」を展開して衝撃を和らげ、木々へ叩きつけられるのを免れる。
「これがカオスフォームの力・・これだけすごい力を発揮できるっていうの・・・!?」
なのはがえりなの本気に毒づく。
“Nature mode.”
ブレイブネイチャーを基本形態へと戻し、えりながリーフスフィアを放つ。これまで以上に数が多く、速く重い魔力の弾丸が、なのはに向けて飛んでいく。
なのはが旋回して回避行動を行いつつ、アクセルシューターで迎撃する。だがそこへえりなが飛び込み、なのはに直接魔力を叩き込んできた。
魔力の爆発から飛び出し、さらに突き飛ばされるなのは。
(ダメ!リミッターがかかってる状態じゃ、今のえりなを止められない!)
思考を巡らせて打開の策を模索するなのは。向かってくるえりなに対して、空間単位の拘束魔法「レストリクトロック」を仕掛ける。
一瞬その強力なバインドに、えりなは動きを封じたかに思われた。だがカオスコアの力を発揮したえりなは、その束縛を打ち破ってしまう。
“Saver mode.”
再び光刃を発したブレイブネイチャーを構えて、えりながなのはに向かって飛びかかる。振り下ろされる一閃が、次々とレイジングハートに叩きつけられる。
(はやてちゃん、応答して!すぐに私のリミッターを解除して!)
危険を感じたなのはがはやてへ念話を送る。だがはやてと連絡を取ることができない。
(連絡が取れない!?・・起動六課とデルタに、何かあったの・・!?)
さらなる困惑にさいなまれるなのは。その眼前では、えりなが魔力を収束させて、砲撃を放とうとしていた。
“Drive charge.Blaster mode.”
砲撃用の「ブラスターモード」となったブレイブネイチャーを構え、その矛先をなのはにむけるえりな。
「あなただけは・・あなただけは!」
“Natural blaster.”
感情をあらわにするえりなの砲撃が、なのはに向けて放たれる。
(ダメ!間に合わない!)
よけようとするなのはだが、閃光から逃れることができない。彼女を飲み込んだ砲撃は、空中で大爆発を引き起こした。
なのはの単独行動と起動六課、デルタの通信の以上に焦りを覚えたはやては、市街への襲撃を危険視し、スバルたちを現場に向かわせた。ヴァイスの駆るヘリコプターが、ミッドチルダの空を進む。
だが今現在、市街には大きな騒動は起きてはいなかった。
「ったく。連絡が全然取れないっていうのがこれほど不便だとはな・・帰還するぜ。なのはさんは姉さんが向かってるから。」
「了解しました。お願いします。」
ヴァイスの呼びかけにティアナが答える。市街に異常は見られなかったが、スバルたちの緊張は全く消えていなかった。
「なのはさんとえりなちゃん、大丈夫かな・・・?」
「ここはシグナム副隊長に任せるしかないわよ。あたしたちも、あたしたちのできることをやるしかない。みんなのために、エリオやキャロのためにも。」
不安を口にするスバルにティアナが言いとがめる。シャブロスの手にかかったエリオとキャロのためにも、全力で臨まなくてはならない。スバルたちの決意は、募る一方だった。
「んっ!?」
そのとき、スバルとナディアが頭に激しい痛みを覚える。激痛をこらえることができず、2人はふらつき倒れ込む。
「スバル、ナディア!?」
「おい、どうしたんだ!?」
その異変の声を荒げるティアナとロッキー。
「あ、頭が・・・!」
「頭に何かが伝わってきて、直接響いてくるような・・・!」
スバルとナディアが痛みにさいなまれながらも、声を振り絞る。2人の脳裏には、ある思念が送り込まれていた。
“戦え。殺し合え。同士討ちを仕掛けて、朽ち果てろ。”
何者かから放たれている思念波。戦闘機人であるスバルとナディアの精神に深く突き刺さってきていた。
「やばいぜ!このまま2人とも操り人形だ!」
声を荒げるロッキー。そのとき、ティアナの脳裏にタケルの言葉が蘇る。
“最悪の場合、気絶させたほうがいいです。危害が及ぶ前に・・”
「クロスミラージュ!」
思い立ったティアナはクロスミラージュを起動させる。そして彼女はすぐさま、その銃口をスバルの腹部に当てて、魔力の弾丸を叩き込んだ。
体が一瞬飛び跳ねると、スバルは意識を失って動かなくなる。
「ロック、ナディアを気絶させて!操られる前に!」
「なっ!?」
ティアナが呼びかけるが、ロッキーが一瞬ためらいを見せる。時間が惜しかったティアナがクロスミラージュを構えるが、ナディアが出した手がその銃口を叩く。
ティアナの手元から離れ、床を転がるクロスミラージュ。彼女が拾い上げる間に、ナディアがゆっくりと立ち上がっていた。
輝きを失ったナディアの眼を見て、ティアナは確信する。ナディアが思念波を放った相手についに操られてしまったことを。
“中にいる人間を全員始末しろ。”
思念波に駆り立てられ、ナディアがシティランナーを起動させる。臨戦態勢に入った彼女に、ティアナもたまらず身構える。
「おいっ!すぐに後ろを開けてくれ!」
そこへロッキーがヴァイスに呼びかける。
「け、けど、それじゃ・・!」
「早くしろ!ここで全員お陀仏になりてぇのか!?」
反論しかけるヴァイスに怒鳴りかけるロッキー。ヴァイスはやむなく、ヘリコプターの後部ハッチを開放する。
するとロッキーがナディアを抱え込み、後部から外に飛び出した。
「ロック!」
「オレたちは気にすんな!お前らはなのはたちのとこに行け!」
呼びかけるティアナに向けて、ロッキーがナディアとともに落下しながら言い放つ。ロッキーはブレスセイバーを起動させ、その魔力の放出を駆使して街外れの廃工場にうまく落下する。
「くっ・・何とかなったな・・けど、本腰入れるのはここからだぞ・・・」
落ちたダンボールの山から這い出たロッキーがナディアを探す。同じダンボールの山から立ち上がったナディアが、ロッキーを見据えていた。
ナディアの眼には生の輝きはない。完全に思念波に操られている証拠だった。
「思念波、戦闘機人か・・それだけならまだしも、相手がナディアちゃんだからやりにくいぜ・・・!」
ロッキーが毒づきながらナディアを見据える。ブレスセイバーから一条の光刃が伸びる。
「いいぜ・・やってやるぜ・・オレは、こんなところで立ち止まってるわけにはいかねぇからな!」
いきり立ったロッキーがナディアに向かって飛びかかり、光刃を振り下ろす。だがナディアが右足を振り上げ、シティランナーでその一閃を受け止める。
ナディアがすかさず左足を振り上げ、ロッキーを蹴り飛ばす。強烈な一蹴を受けて突き飛ばされたロッキーが、工場内の壁に叩きつけられる。
「ぐあっ!」
痛みを覚えてうめくロッキー。だが彼は倒れずに踏みとどまり、ナディアを見据える。
「やっぱり効くぜ、ナディアちゃんのキックは・・だが、それでもオレを止めるには力不足だぜ!」
ロッキーが負けじと踏み出し、再び飛び出していく。ブレスセイバーがカートリッジロードを行い、威力を増加させる。
「くらえ!スラッシュセイバー!」
威力を上げたロッキーの一閃。
“Shuttle striker.”
だがナディアもすかさず一蹴を繰り出し、ロッキーの攻撃を弾き返してしまう。
「ぐっ!」
光刃が砕かれ、ナディアの一蹴に再び突き飛ばされるロッキー。工場の壁を突き破り、彼は外に飛び出していった。
思念波に駆り立てられるまま、ナディアはロッキーへの攻撃を続けようとしていた。
ナディアを操り、スバルをも操ろうとしていた人物。それはシャブロスの指揮官、オロチだった。
オロチは思念波で同士討ちを図ろうとした後、ヴァイスの駆るヘリコプターを追跡していた。
「完全に殺し合いをさせるには至らなかったが、このまま逃がすつもりは毛頭ない。」
オロチは呟きかけると、ヘリコプターに向けて魔力の光を放った。
同じ頃、思念波にさいなまれたところでティアナに気絶させられたスバルは、意識を取り戻していた。
「あれ?あたし・・・?」
疑問符を浮かべるスバルを見て、ティアナがため息をつく。
「何、のん気にしてるのよ。ナディアとロックが大変なことになってるっていうのに。」
「えっ・・・?」
ティアナの言葉を聞いてもスバルは疑問を拭えずにいた。
「お前さんとナディアは敵の思念波を受けたんだよ。お前さんは譲ちゃんに助けられたけど、ナディアは思念波に操られて、坊主に外に連れ出されたんだよ。坊主に言われてな、今なのはさんのとこに向かってる。相変わらず部隊長たちと連絡は取れてない。」
ヴァイスからの補足を受けて、スバルはようやく納得したようだった。
「とにかくすっ飛ばさないとな。どこもみんな切羽詰ってるから。」
ヴァイスは言いかけて、ヘリコプターをさらに加速させる。
「ありがとう、ティア・・あと、ゴメン・・」
「感謝するのも謝るのも後にして。今はホントに気が抜けないんだから。」
スバルの言葉を制して、ティアナは臨戦態勢に入る。スバルも気を引き締めて、戦いに備えることにした。
そのとき、ヘリコプターに何かがぶつかり、機体が大きく揺れる。その衝撃にスバルたちが揺さぶられる。
「攻撃!?」
「敵の攻撃だ!飛行を維持できない!」
ティアナとヴァイスが声を荒げる。損傷したヘリコプターが飛行を維持できずに落下していく。
「お前さんたちは先に行け!オレも後から行く!」
「ヴァイス陸曹・・・分かりました。スバル、行くわよ!」
「ティア・・・うんっ!」
ヴァイスの呼びかけを受けて、ティアナとスバルが頷く。開け放たれた後部ハッチから、2人は空を見据える。
「ウィングロード!」
リボルバーナックルとマッハキャリバーを起動させたスバルが、光の道「ウィングロード」を展開する。彼女はティアナを背負って、その道を伝って外に飛び出す。
落下していくヘリコプターとヴァイスの思いを背に受けて、スバルとティアナは先行していった。
そこへ閃光が飛び込み、スバルが回避のために光の道から飛び降りる。スバルとティアナは分かれて着地し、襲撃者の行方を探る。
「これだけ撃ち込んでいれば、奇襲も意味を成さないか。」
そこへ仮面の男がスバルたちの前に現れ、声をかけてきた。
「シャブロス・・・!」
「だがお前たちがいかに抵抗しようとも、あの衝突を止めることはできない。」
身構えるスバルとティアナに向けて、男が淡々と語りかける。その声に聞き覚えがあったスバルは、男に向けて問いかける。
「その声・・あたしたちに呼びかけてきた・・・!?」
「そうだ。オレの名はオロチ。シャブロスを統括する者だ。」
自己紹介をするオロチに、ティアナが続けて問いかける。
「どういうことなの?・・その衝突・・それはなのはさんとえりなのことなの・・・!?」
「そうだ。オレたちの最大の障害はその2人だ。」
その言葉にオロチが不敵な笑みを浮かべる。
「無敵のエースと賛美されている高町なのはと、カオスコアの擬態であり、彼女に並び立とうとしている坂崎えりな。1人を相手にするだけでも、オレたちでも手を焼くことになる。ならば取るべき策はひとつ・・2人を同士討ちにさせることだ。」
「同士討ち・・まさか、起動六課を襲ってきたえりなは・・・!?」
「ついでに教えておいてやる。本物のえりなたちにも、なのはの姿で攻撃を仕掛けている。いずれもオレたちの隠れスパイが行ったことだ。」
オロチの言い放った言葉に、スバルとティアナは驚愕を覚える。
なのはとえりなに化けてそれぞれの大切な人を襲撃し、同士討ちをさせる。それがシャブロスの策略だった。