魔法少女リリカルなのは&エメラルえりな 第6話
仮面の男、オロチの世界に向けての宣戦布告。それはなのはたちも、モニター越しに目の当たりにしていた。
「くそっ!アイツら、スバルたちを人質にして見せ物にしてやがるぜ!」
シャブロスの手口にヴィータが毒づく。
「しかし、すぐに救出に使うのは危険です。これは明らかに罠です。」
アレンも言いかけて自制をかける。オロチの呼びかけはさらに続く。
「この者たちは我々に刃向かったためにこうなった。この者たちも相当の実力者ではあったが、我々を相手にしたことは何よりの不運だ。」
オロチの言い放つ言葉にいきり立つラックス。だが明日香に肩をつかまれて制される。
「お前たちが愚かな行為に走らぬよう、この場でこの者たちを処罰する。お前たちが彼らの二の舞にならないことを切に願うぞ。」
オロチが言い放った言葉。それは世界への見せしめのために、スバルたちを処罰することだった。
世界に向けて宣戦布告を言い放つオロチ。オロチは身動きの取れないスバルたちに振り返り、不敵な笑みを浮かべる。
「そろそろ頃合いだ。これからお前たちの処罰を始める。」
オロチのこの言葉にスバルたちが息を呑む。
「抵抗しようとしてもムダだ。お前たちはクロスケージの効力で魔力もインビューレスキルも封じられている。自力で脱出することは叶わないぞ。」
オロチが言いかけると、ノアが右手をかざし、魔力を収束させる。だがノアはその魔力を放出することはなかった。
「どうやら我々の狙いは少なからず的中したようだ。」
ノアが言いかけると、オロチも笑みをこぼす。2人が振り返った先には、フェイトとシグナムの姿があった。
「エリオ・・キャロ・・みんな・・・」
「何を考えているのだ、テスタロッサ・・敵が私たちを誘いこんでいることは、お前も重々承知していたはずだ・・・!」
エリオたちを心配するフェイトを責めながらも、シグナムは彼女を放っておくことができず、オロチたちの前に駆けつけたのだった。
「高町なのはや他の者たちの接近が感じられない。来たのは2人だけのようだ。」
「だがこの2人をおびき出しただけでも、この作戦は成功したといえるだろう。ここで2人を叩くとしよう。」
ノアとオロチが言いかけると、フェイトとシグナムを見据える。その地上からフェイトを見ていたメトロが、不敵な笑みを浮かべる。
「フェイト・テスタロッサ、待っていましたよ。この機会に、私の技術力がどれほどのものが理解してもらいましょう・・モデナ、ようやくあなたの遊び相手がやってきましたよ。」
フェイトへの憎悪の言葉を呟くと、モデナに言いかける。モデナはフェイトの登場に歓喜の笑みを浮かべていた。
「やっと出てきたね、フェイト・・あたしが思いっきりやっつけてやるんだから・・・!」
歓喜を抑えきれなくなったモデナが飛翔し、金色の魔力を収束させて、戦斧を具現化させる。
一気に上昇して飛びかかるモデナ。その接近に気付いたフェイトがとっさに身構え、バルディッシュでモデナの攻撃を受け止める。
モデナの姿を眼にして、フェイトが驚愕する。まるで鏡に映したように、自分と瓜二つの少女が自分に立ちはだかってきたのだ。
「あなた・・まさか、あなたは・・・!?」
「会うのは初めてだね。あたしはモデナ。あなたと同じF。しかも元になっている体は、アリシア・テスタロッサだよ。」
声を荒げるフェイトに、モデナが淡々と言いかける。動揺のあまり、フェイトがモデナに力負けして突き飛ばされる。
「テスタロッサ!」
「シグナム、あなたはエリオたちをお願い!みんな、クロスケージに入れられて、自分で出られなくなってる!」
駆けつけようとするシグナムに呼びかけるフェイト。彼女にモデナを任せ、シグナムはスバルたちの救出に向かう。
だがそこへオロチとノアが立ちはだかる。
「このまま救い出せると思っているのか?」
「悪いが手加減をする余裕はない。邪魔をするならば容赦はしないぞ。」
言いかけるオロチに対し、シグナムが鋭く言い放ち、ベルカ式アームドデバイス「レヴァンティン」を構える。
「刃向かうつもりか・・いいだろう。オレがここで引導を渡してやるぞ。」
オロチは言いかけると、剣の形をしたペンダントを取り出す。待機状態のデバイスだった。
「眼を覚ませ、クサナギ!」
“Jawohl.”
オロチの呼びかけを受けて、剣型アームドデバイス「クサナギ」が起動する。剣の形となったクサナギを手にして、オロチがシグナムを見据える。
「そのデバイス・・あの男が使っていた三種の神器に酷似している・・・」
「そう。このクサナギは三種の神器のひとつ、クリンシェンをベースとしている。その威力は、クリンシェン以上だがな。」
シグナムの言葉に、オロチが不敵な笑みを浮かべて答える。
「その騎士はオレが始末してやる!」
そこへ図太い男の声が、シグナムたちに向かって飛び込んできた。上空から仮面の巨漢が急降下してきた。
「オメガ!?」
「オロチ、ノア、手を出すな!その騎士はオレの獲物だ!」
オロチの声に耳を貸さず、オメガがシグナムを狙って飛びかかる。グラン式ブレイドデバイス「グランディス」を振り下ろす。
「レヴァンティン!」
シグナムがカートリッジロードを行ったレヴァンティンを掲げて、オメガの一閃を受け止める。だがオメガのパワーに押されて、シグナムが後方に下がる。
「邪魔をするな!今はお前と戦っている場合ではない!」
「フンッ!他のことなどオレには関係のないことだ!オレは貴様のような強い相手と戦えればそれでいいのだからな!」
スバルたちを助け出そうとするシグナムだが、オメガはお構いなしに彼女を戦闘に引き込もうとする。
オメガは非常に好戦的な性格をしており、常に強い相手を求め続けている。シャブロスのメンバーになったのも、強い相手との戦闘を見つけやすいと踏んだからであり、組織の動向には一切関心がない。
「あまり強引に引き止めるのもよくないと思うわ、オメガ。」
そこへバサラが現れ、オメガに呼びかける。
「あの騎士はあの局員たちを助け出すことで頭がいっぱい。あなたとの戦いに集中できるはずもないでしょう。あなたも、全力の彼女と戦いでしょう?」
バサラに言いとがめられて、オメガがいぶかしげな面持ちを浮かべる。すぐに戦いたいという衝動と全力の相手と戦いたいという衝動が、彼の中で交錯していた。
そのとき、上空から白の稲妻がほとばしり、オロチとノアを退ける。
「何者だ!?」
オロチが叫ぶと、銀髪の青年が飛び込んできた。
「フォルファ!?」
その魔力を察知したシグナムが声を荒げる。青年、フォルファが破壊の雷「ツァルシュブリッツ」を打ち込み、スバルたちの救出のために駆けつけてきたのだ。
「ったく。フェイトといいお前といい、冷静沈着に見えてバカなんだからな。敵の罠にわざわざ飛び込んでいくなんて。」
「すまない。批判は後で甘んじて聞こう。」
文句を言うフォルファに、シグナムが答える。2人がシャブロスの動きを見据える傍らで、フェイトはモデナに防戦一方となっていた。
「こうなったら、オレが思いっきり体を張るしかないみたいだな・・・!」
フォルファは呟きかけると、魔力を放出して稲妻のオーラをまとう。
「フェイト、シグナム、お前たちは足止めをしてくれ!オレがアイツらを助け出す!」
フェイトたちに呼びかけると、フォルファはスバルたちの救出に飛び出す。一気に駆けつけて、稲妻を帯びた拳でクロスケージをなぎ払う。
十字架の入れ物がガラスのように割れ、スバルたちが解放される。
「みんな、デバイスを!」
ティアナの呼びかけにスバルたちが頷く。それぞれのデバイスを起動させて、臨戦態勢に入る。
「竜魂召喚!」
キャロは間髪置かずに召喚魔法を発動。真の姿を現したフリードリヒの背に、スバルたちが飛び乗る。
「フェイト隊長、シグナム副隊長、援護します!」
「来るな!お前たちは引き返せ!」
呼びかけるスバルをシグナムが制する。
「お前たちは体力を使いきっている。敵の狙いは私たちの魔力を消耗させて隙を突き、最終的には一網打尽にすることだ。今お前たちが手を出しても、敵の思う壺だ。」
「でも・・!」
「私たちもすぐに撤退する。お前たちは先に行け。すぐに追いかける。」
スバルたちに言いとがめて、シグナムが向かってきたオメガを迎え撃つ。フェイトもモデナを押さえ、フォルファもオロチを退けようと奮起していた。
「スバルさん、ここは撤退するしかないですよ。今のあたしたちが助けに出ても、助けるどころか足手まといになっちゃいますよ。」
ナディアの呼びかけに、スバルは渋々頷いた。彼女たちを乗せて、フリードリヒが旋回してこの場を離れる。
「このまま逃がすと思っているのか。」
「お前の相手はオレだ!」
彼女たちを追跡しようとするオロチを、フォルファが立ちはだかる。フォルファが繰り出した拳を、オロチがクサナギで受け止める。
激しい衝突の中、オロチが不敵な笑みを浮かべてきた。
「しばらくしない間に、ずい分と腕が落ちたものだな、フォルファ。」
「何!?・・・お前、まさか・・・!?」
オロチが口にした言葉に、フォルファが驚愕する。それが一瞬の油断を招いた。
オロチが繰り出した黒い魔力光の一閃が、フォルファを地上へと叩き落とした。
「ぐあっ!」
林の中を横転するフォルファ。彼はすぐに体勢を立て直し、上空にいるはずのオロチを探す。
「1人の相手に囚われすぎた。それがお前の敗因だ。」
そのとき、フォルファは背後から異質の力がかけられたような感覚を覚え、硬直する。彼の背後から、ノアが右手を向けて魔力を放出していた。
「朽ち果てるがいい、銀狼、フォルファ。」
言い終わると同時に発動されるノアの異質の力。その効力を受けて、フォルファは物言わぬ石像と化してしまった。
「三種の神器を守護する男も、我が手中に堕ちた。さて、次だ。」
ノアは呟きかけると、きびすを返して移動を始めた。その場には立ち尽くしたフォルファだけが取り残されていた。
シャブロスの宣戦布告は、部隊から離れていたえりな、健一、タケルの耳にも届いていた。いても立ってもいられなかったえりが飛び出そうとするのを、健一とタケルが制しようと必死になっていた。
「放してよ、健一!このままじゃスバルさんたちが!」
「行かせらんねぇよ、えりな!そんな状態のお前が行っても、余計ややこしくなっちまうだろうが!」
必死に呼びかける健一だが、えりなは聞こうとしない。
「健一さんの言うとおりですよ、えりなさん!これはシャブロスという組織の罠です!みなさんを一網打尽にするための!」
そこへタケルがさらにえりなに呼びかける。それでもえりなは仲間を見捨てられず、現場に向かうのを止めない。
「オレもお前と同じ気持ちだ、えりな。オレだってみんなを助けてぇ・・けど、気持ちの落ち着かねぇお前を行かせて、死なせるわけにはいかねぇんだよ、オレは!」
自分の気持ちを率直に言い放つ健一に、えりなは戸惑いを浮かべる。そこで彼女はようやく気持ちを落ち着かせた。
「辛いのは分かってる・・けど今は我慢してくれよ・・オレたちには、明日香やリッキー、強い仲間がたくさんいるじゃねぇかよ・・・」
「健一・・・ゴメン・・・私・・・」
健一に言いとがめられて、えりなは悲痛さを隠せなくなる。彼女の眼から涙がこぼれ落ちてきていた。
「えりなさん・・・」
2人の姿を見て、タケルも戸惑いを浮かべていた。3人はただ、荒んでいく現状を黙って見ていることしかできなかった。
魔力の消耗のため、スバルたちは戦線を撤退していた。
「悔しいぜ。体力が余ってるなら、また突っ込んでいってもいいんだけどな・・・!」
「今は我慢して、ロック。シャマルさんとリッキーのところに戻って、万全で臨まないと。」
苛立つロッキーをティアナが言いとがめる。彼らを乗せたフリードリヒが、林を抜けて草原に差しかかろうとしたときだった。
そこへ一条の光が飛び込み、フリードリヒに直撃する。フリードリヒが苦痛を覚えて咆哮を上げる。
「フリード!?」
声を荒げるキャロ。フリードリヒが怯んで落下し、その反動でスバルとティアナ、ナディアとロッキーが振り落とされる。
「しまった!」
たまらず声を上げるエリオが、キャロとフリードリヒとともに草原に落ちる。にもかかわらず負傷を避けることができたエリオとキャロだが、代わりに傷ついたフリードリヒが元の姿に戻ってしまっていた。
「フリード!しっかりして、フリード!」
キャロが悲痛さをあらわにして呼びかける。フリードリヒは疲れ果てており、飛ぶこともままならなかった。
「フリードも僕たちと同じように疲れてたんだ。これ以上ムリはさせられない。」
エリオが言いかけると、キャロは気持ちを落ち着かせて小さく頷いた。
「とにかく、今はスバルさんたちと合流しよう。離れ離れになっていては危険だから・・・」
エリオがキャロに呼びかけたときだった。彼は彼女の背後に立つ仮面の男、ノアの存在に気付いた。
「お前は・・・!?」
「お前たちをこのまま逃がすと思っていたか?」
驚愕するエリオに、ノアが右手をかざす。その手のひらに異質の魔力が収束されていく。
「危ない、キャロ!」
「エリオくん!」
魔法による攻撃が出ると判断したエリオが、キャロを庇ってノアに背を向ける。彼女を身を呈して守ろうとしたのだ。
だがノアが発動した力は、エリオだけでなく、守られているキャロにも及んでいた。2人の両足から、体が徐々に硬質化していっていた。
「そ、そんな・・・!」
キャロが声を荒げるも、彼女とエリオに及んだ変化は止まらない。2人は一気に固まり、白みがかった灰色の石像へと石化していった。
寄り添いあった状態のまま、物言わぬ石像と化したエリオとキャロ。その2人を見下ろして、ノアが不敵な笑みを浮かべる。
「Fの1人と幼き竜召喚士も、我らの手中に堕ちた。我らの作戦、完全でないとはいえ、成功したといえるな。」
ノアは呟きかけると、きびすを返して姿を消した。その場には微動だにしなくなったエリオとキャロだけが取り残されていた。
離れ離れになってしまったスバルとティアナは、光の道「ウィングロード」を展開して難を逃れていた。一方、ナディアとロッキーもシティランナーのジェット噴射で落下の衝撃を緩和し、スバルたちと合流していた。
「ナディア、ロック、大丈夫!?」
「はい!あたしたちは大丈夫です!」
スバルの声にナディアが答える。
「けど、エリオとキャロが見当たらねぇ!すぐに探し出さねぇと!」
ロッキーの呼びかけにスバル、ティアナ、ナディアが頷く。4人はフリードリヒが攻撃を受けたほうへと駆けていき、草原へとたどり着く。
そこでスバルたちは眼前の光景に驚愕する。草原の中心にいたエリオとキャロは、寄り添いあった体勢で、白みがかった灰色に染まって微動だにしなくなっていた。
「エリオ・・キャロ・・・!?」
スバルが愕然となりながらゆっくりと前に進んでいく。ノアの毒牙にかかり、エリオとキャロも物言わぬ石像にされてしまった。
フォルファの乱入の後、シャブロスは撤退を始めていた。それを見たシグナムとフェイトも退避を決め込んだ。
だが事態は確実にシャブロスの優勢へと傾いていた。この戦闘でミウラを拘束したものの、エリオ、キャロ、フォルファが犠牲となってしまった。
自分と同一の存在であるモデナに対する苦悩、部下であり家族同然の仲間である2人に対する悲しみにさいなまれ、フェイトは苦悩していた。自暴自棄に陥りそうな気持ちを、彼女は寸でのところでこらえていた。
「エリオ、キャロ、ゴメンね・・あなたたちのこと、守ってあげられなくて・・・」
研究室にて保護されているエリオとキャロの石の体に触れて、謝罪の言葉をかけるフェイト。しかし2人は何も答えない。
悲しみを抱えたまま研究室を出るフェイト。その廊下ではなのは、シグナム、明日香、リッキー、ラックス、ヴィヴィオの姿があった。
「フェイトちゃん・・・」
「ゴメン、なのは、みんな・・いくらエリオたちのためとはいえ、勝手なことしちゃって・・・」
沈痛の面持ちを浮かべるなのはにも、フェイトは謝る。するとヴィヴィオも悲しい面持ちを浮かべて、フェイトに近寄ってきた。
「フェイトママ・・・」
「ヴィヴィオ・・・大丈夫だよ・・私もなのはママも、このくらいのことじゃ負けたりしないから・・・」
フェイトは笑顔を作ってヴィヴィオの頭を優しく撫でる。そしてフェイトは1人、廊下を歩き出した。
彼女の心境を察していたため、なのはは声をかけることができなかった。シグナム、リッキー、ラックス、ヴィヴィオも見送る中、明日香は1人、彼女を追いかけていった。
混乱に満ちた状況下に、はやてもユウキも苦悩していた。事ある度に敵の策略にはまり、仲間たちが次々と犠牲になっていくことが、とてもやるせなかった。
「こんなイヤな気分を感じたのは久しぶりかもしれない・・」
「私も・・みんなが傷つかないように手を打ってはるんやけど、みんな裏目に出てばっかで・・」
歯がゆさを浮かべるユウキに、はやても深刻さを見せて答える。
「そういや、仁美さんは海鳴市にいてるんですか?」
「まぁね。そろそろ生まれる頃だって聞いてたな・・子供の顔を見る前に、大仕事をこなさなくちゃいけないみたいだ。」
はやての問いかけに答えると、ユウキは自分の顔を叩いて喝を入れる。
「よしっ!デルタをまとめるぞ!オレがしっかりしなきゃ、みんなに気合が入らない!」
「その意気や、ユウキさん。私も負けてられへんな。」
ユウキの決意に触発されて、はやても意気込みを見せる。
「その様子では、精神面ではさほど追い込まれていないようだね。」
そこへ2人は声をかけられ、振り返る。ピノを連れたシャークがやってきていた。
「シャーク中将・・」
ユウキとはやてがシャークとピノに向けて敬礼を送る。
「いや、そのままでいい。こんな状況下にまでかしこまられるのは気が滅入るからね。」
そんな2人をシャークが弁解を入れる。
「えりなくんは外出しているようだね。この事態は、彼女にとっては黙っていられないことだろうな。」
シャークが口にした言葉に、ユウキとはやてが困惑する。
「あまり根つめないでくれたまえ。君たちの指揮が、他の仲間たちの覇気につながるのだから。」
「中将・・・」
シャークの激励にユウキが微笑みかける。
「私とピノはしばらくここに滞在することとなった。私たちも、君たちの力になれればと思っている。」
「感謝します、中将。でももう平気です。僕たちにもう、迷いはありませんから・・」
シャークの言葉に頷くと、ユウキは部隊をまとめるべく、はやてとともに歩き出した。2人の背中を、シャークとピノは見つめていた。
様々な感情から混乱にさいなまれ、1人本部の屋上に来ていたフェイト。彼女はモデナの言動を思い返し、自分自身への不安を募らせていた。
(あのモデナという子は、私と同じ、アリシアをベースにして生まれた・・その彼女が、あれだけの狂気を見せてきたなんて・・・)
フェイトの脳裏に、エリオやキャロ、果ては自分にも向けてきたモデナの狂気が蘇る。彼女は自分の目的のために、周囲のものを容赦なく虐げてきた。
“あなたと同じF。しかも元になっている体は、アリシア・テスタロッサだよ。”
モデナの言葉がフェイトの心に深く突き刺さってくる。
(彼女は私と同じ存在・・だとしたら、私の中にも、モデナのように、誰かを何の迷いも意味もなく傷つけようとする気持ちがあるということになる・・・)
自分の中に破壊の感情があると思い、フェイトはさらに苦悩する。
(もしかしたら、私が気付かないうちに、みんなを傷つけてしまうかもしれない・・そうなったら、私は・・・)
フェイトはひどく恐れていた。自分の中にある殺意の赴くまま、大切なものを壊してしまうことを。自分の力が、悪意に満ちた形でなのはやアルフ、エリオやキャロたちを傷つけてしまうことを。
フェイトの心に絶望が満ちてくる。それは幼い頃にプレシアに見限られたとき以来の耐え難いものだった。
「フェイトさん・・・」
苦悩に押しつぶされそうになったとき、フェイトは声をかけられた。振り返った先には、彼女を追ってきた明日香の姿があった。
「明日香・・・」
「何を考えているのですか?・・・エリオとキャロのことですか?・・それとも、他の何かですか・・・?」
戸惑いを見せるフェイトに、明日香が深刻さを浮かべて問いかける。似た境遇にある明日香には、フェイトの心境が理解できたのだ。
「あなたにはお見通しみたいだね、明日香・・・」
気持ちを落ち着けたフェイトが、明日香に向けて心境を話した。
「私の中にも、あのモデナという子のような殺意があるんじゃないかって思って・・」
「モデナ・・フェイトさんと姿かたちが同じ少女のことですよね・・・」
フェイトの言葉を聞いて、明日香は彼女が悩み思いつめていることを理解する。自分自身との争い、殺意と、それらに対する不安がフェイトの中で渦巻いていると。
「もしも私がモデナのように、誰かを何の迷いもなく傷つけてしまうようなことがあったら・・私の中にも、何かを壊したいという気持ちがあるんじゃないかって・・・」
「フェイトさん・・・」
苦悩するフェイトを目の当たりにして、明日香も困惑を覚える。自分の心の闇に飲み込まれるのではないかという不安を、彼女も理解していた。
カオスコアの擬態であるえりなは、カオスコアとしての人格に取り込まれそうになったときがあった。2つの人格が向き合い、分かり合うことができたが、一歩間違えば破壊の権化に変貌していたかもしれなかったのだ。
根本的な違いはあるものの、フェイトも自分への恐怖にさいなまれていたのである。
「あなたがプロジェクトFで生まれたアリシア・テスタロッサのクローンであることは聞いています。そのせいで、プレシア・テスタロッサやジェイル・スカリエッティからひどい仕打ちや戒めを受けたことを知っています・・」
「明日香・・・」
「でも私はこう思っています。“私は私”、“自分は自分”だって。だから“フェイトさんはフェイトさん”なんですよ。」
「私は、私・・・」
「たとえアリシアさんのクローンでも、Fの遺産であっても、フェイトさんがフェイトさんであることに、何も変わりはありません。なぜなら、命は誰にだってひとつだから・・だから、あなたはアリシアさんそのものじゃない!だから、モデナでもない!」
明日香のこの言葉にフェイトは心を打たれた。彼女の脳裏にエリオとキャロの言葉が蘇る。
“僕たちは自分で自分の道を選んだ。”
“フェイトさんが行き場のなかった私に、あたたかい居場所を見つけてくれた。”
“たくさんの優しさをくれた。”
“大切なものを守れる幸せを、教えてくれた。”
“助けてもらって、守ってもらって、機動六課でなのはさんに鍛えてもらって。”
“やっと少しだけ立って歩けるようになりました。”
“フェイトさんは何も間違ってない!”
“不安なら私たちがついてます!困ったときは助けに行きます!”
“もしも道を間違えたら、僕たちがフェイトさんを叱って、ちゃんと連れ戻します!・・僕たちが・・みんながついてる!”
“だから負けないで!迷わないで!戦って!”
2人の声が重なり、フェイトの心の中で反響する。その言葉と明日香の思いを受けて奮い立ち、彼女は胸に当てていた右手に力を込める。
「そうだね、エリオ、キャロ、明日香・・私は、どこまで行っても、最後まで“私”なんだよね・・・」
「フェイトさん・・・」
「ありがとう、明日香・・あなたが、みんながいてくれたから、私はここまで来れた・・そして、これからもずっと・・・」
「そうですよ、フェイトさん・・あなたも、私も、もう1人じゃない・・・!」
互いに手を差し伸べ、握手を交わすフェイトと明日香。エリオ、キャロ、ライム、ジャンヌ、シャブロスの犠牲となった人々を救うため、2人は改めて決意するのだった。
あえて起動六課本部には戻らず、精神面での休養を取っていたえりな、健一、タケル。激情を抑えたものの、えりなは未だに気持ちの整理がつかない状態だった。
そんな彼女に、健一が声をかけてきた。
「まだウジウジしてるなんて、お前らしくねぇな。」
健一の言葉に不満を覚えたが、えりなは反論せずに沈黙を守っていた。
「もしかしてお前、なのはさんのことを考えてるのか?」
健一のこの言葉にえりなが戸惑いを覚える。図星と理解した健一がため息混じりに話を続ける。
「オレもなのはさんの考えには、納得のいかねぇものがある。けど、あのときのあの人の判断は、オレは正しいと思ってる。」
「健一・・・」
「だってお前、怒りで完全に我を忘れてたじゃないか。」
健一が呈した苦言に、えりなはさらなる困惑を覚える。
「もしもあのまま行っちまったら、どんな結果になってたか。それを聞かされるオレやみんなの身にもなってくれよ。」
「健一・・・ゴメン・・・」
「確かにお前は真っ直ぐで正義感が強い。それは今でも変わってねぇ。それがお前らしいとこであり、お前のいいとこでもある。オレはそう思ってる・・・」
健一に励まされて、えりなが沈痛の面持ちを浮かべる。いつの間にか自分らしさを見失っていたことを、彼女は悔やんでいた。
2人がそのようなやり取りをしているところへ、タケルがやってきた。
「えりなさんと健一さん、自分に正直なんですね・・」
「えっ?そ、そんなことないって、アハハハ・・・」
タケルの言葉に戸惑いを浮かべ、えりなが照れ笑いを浮かべる。
「まるで、僕のお父さんとお母さんのようです・・2人とも、自分に正直で、1度決めたことは絶対に貫き通す・・悪く言えばガンコなんですけどね、エヘへ・・」
タケルも思わず照れ笑いを浮かべると、その直後に思い立ち、当惑を覚える。えりなと健一が、自分の両親に見えたのだ。
「・・・お父さん・・・お母さん・・・」
「えっ?」
タケルが思わずもらした言葉に、えりなと健一が疑問符を浮かべる。
「え、あ、な、何でもありません。エヘヘヘ・・・」
とっさに照れ笑いを浮かべて弁解を入れるタケル。その笑顔を見て、えりなと健一も思わず笑みをこぼしていた。
そのとき、えりなは自分たちに向かってくる魔力を察知して空を見上げる。数個の光の弾が、彼女たちに向かって飛んできていた。
「危ない!」
えりなは叫ぶと、健一とタケルとともにその場に伏せる。周囲の地面に命中した光の弾が爆発を起こす。
「えりな、タケル、大丈夫か!?」
「は、はいっ!」
健一の呼びかけにタケルが答える。えりなが立ち上がると、自分たちを狙ってきたものの行方を探る。
そしてその正体を眼にしたえりなが驚愕を覚える。その上空にいたのは、バリアジャケットを身にまとったなのはだった。
「なのは、さん・・・!?」
「何っ!?」
えりなが振り絞った声を聞いて、健一も驚きの声を上げる。彼らを見下ろすなのはが、鋭い眼差しを向けながら声をかけてきた。
「えりな、あなたは悪い子・・少しお仕置きしないといけないね・・・」
「なのはさん、何を言っているんですか!?」
なのはの冷淡な言葉にえりなが声を荒げる。するとなのはがレイジングハートを構えて、魔力を収束させる。
「少し、頭冷やそうか・・・」
「なのはさん!」
鋭く言い放つなのはに、えりなが反論する。だがなのははそれを聞かず、「ショートバスター」を放ってきた。
「えりな、危ねぇ!」
健一はとっさに飛び出し、ブレイドデバイス「ラッシュ」を起動させる。剣の形状となったラッシュを振りかざし、健一はなのはの砲撃を切り裂いた。
「健一!」
なのはに向かっていく健一に、えりなが悲痛の叫びを上げる。飛行能力が備わっていない健一は、ラッシュを使っての魔力の刃を使って、距離を置いて攻撃するしかできなかった。だがそれは長距離砲撃に特化したなのはにあまりに有利な状況だった。
「どういうつもりなんだ!?なぜえりなに罰を与えるんだ!?」
必死の思いで呼びかける健一だが、なのははその言葉に耳を貸さない。
「邪魔をしないで、健一。あなたまで危ない目にあわせることになるから・・」
「ふざけんな!何の意味も理由もなく、えりなを襲うつもりなら、オレは容赦しねぇぞ!」
冷淡に告げるなのはに反発する健一。
「だったら、仕方ないね・・・」
なのはは呟くように言いかけると、レイジングハートを右手に持ち替えて、左手をかざして魔力を収束させる。ティアナが使っている魔法「クロスファイアシュート」を彼女は放とうとしていた。
「ダメ!健一!」
えりなが呼び止めようとする瞬間、なのはから魔力の砲撃が放たれる。
“Drive charge.Spark strush.”
健一が負けじとラッシュを振りかざし、光刃を放って迎撃する。だがなのはの魔力は強力で、健一の光刃を撃ち抜いてしまう。
「なっ!?」
驚愕する健一が、なのはの砲撃の爆発に巻き込まれる。
「健一!」
「健一さん!」
えりなとタケルが叫び声を上げる。彼女が駆け寄った先には、うつ伏せに倒れて気絶していた健一がそこにいた。
「健一・・・!?」
激情にさいなまれたえりながたまらず上空を見上げる。なのははきびすを返して、この場から離れていっていた。
「健一さん・・えりなさん・・・」
困惑を色を浮かべてタケルが歩み寄る。傷つき倒れた健一に手を伸ばしかけて、えりなが体を震わせる。
「健一・・健一・・・どうして・・どうして、こんな・・・!?」
えりなの心を激しい怒りが包み込んでいく。
「あ、あの、えりなさん・・・」
「いくよ、ブレイブネイチャー・・・!」
“Standing by.Complete.”
えりながブレイブネイチャーに鍵を差し込み回す。ブレイブネイチャーが待機状態から「ネイチャーモード」へと形状を変える。
「待って、えりなさん!早まってはいけない!」
タケルが呼び止めるが、えりなは聞き入れようとしない。彼女はなのはを追って、全速力で飛び出していった。