魔法少女リリカルなのは&エメラルえりな 第3話
ガゼルの突然の臨戦態勢。時空管理局が騒然となる中、ジャンヌはシルヴィアからの連絡を受けていた。
「うん・・分かった。私のほうが現場に近いからすぐに向かうよ。みんなにも連絡をお願いね、シルヴィア。」
“了解です、ジャンヌさん。ロックたちもヴァイスさんが現場に連れて行ってますから。”
念話で連絡を取り合うジャンヌとシルヴィア。ジャンヌの見つめる先には、魔力を放出しているガゼルの姿が見えていた。
「行くよ、シャイニングソウル。」
“Yes, sir.”
ジャンヌの呼びかけに青色の宝石、インテリジェントデバイス「シャイニングソウル」が答える。宝石が杖へと形を変え、同時に彼女の体を黒を基調とした衣服が包み込む。
彼女が身にまとっているのは「バリアジャケット」と呼ばれる防護服である。
飛翔したジャンヌが、ガゼルとオーリスのいる墓標に向かい、降り立つ。
「オーリス三佐・・大丈夫ですか?」
「あなたはマリオンハイト一等空尉・・」
ジャンヌの登場にオーリスが当惑を見せ、ガゼルが眉をひそめる。
「ここは私に任せてください。三佐は周囲にいる人たちを安全な場所に避難させてください。」
ジャンヌの呼びかけにオーリスは渋々従う。同時にガゼルとジャンヌが互いを見据えながら上空へと上がっていく。
「その顔・・ガゼル・マキシマ三等陸佐ですね。」
「お前にも言っておこう。私はもはやお前たちの知っているマキシマではない。」
ジャンヌの声にガゼルが冷淡に答える。ガゼルがジャンヌに飛びかかり、斧型アームドデバイス「グランディス」を振りかざす。
勢いのあるこの一閃を、ジャンヌはさらに上昇してかわす。
“Impulse shooter.”
ジャンヌがシャイニングソウルを構える。彼女の周囲に見えない魔法の弾丸があふれ出る。
「ショット!」
ジャンヌがガゼルに向けて見えない弾丸を放つ。だがそれらが見えない壁にぶつかったかのように、ガゼルに命中する前に弾け飛ぶ。
「えっ!?」
「私は人造魔導師の製造技術によって、魔力を人工的に向上されている。それにより、私は重力操作の魔法を会得している。」
驚くジャンヌに向けて、ガゼルが鋭く言い放つ。
「お前も重力操作に精通しているようだが、一筋縄ではいかないものと覚悟してもらおうか。」
ガゼルがジャンヌに向かって飛びかかり、グランディスを振りかざした。
同じ頃、ライムもジャンヌとガゼルの交戦している現場に向かっていた。彼女を乗せて、AI搭載バイク「ゲイルチェイサー」が公道を駆け抜ける。
「よーし。それじゃ行くよ、クリスレイサー!」
“stand by ready.set up.”
ライムの呼びかけを受けて、インテリジェントデバイス「クリスレイサー・ソリッド」が答える。純白の宝玉が杖へと形を変え、同時に彼女も純白のバリアジャケットを身にまとう。
「ゲイルチェイサー、負傷者を見つけたら安全な場所まで頼む。」
“OK, Boss.”
ライムの呼びかけにゲイルチェイサーが答える。彼女は飛翔して、一気にスピードを上げる。
彼女の動体視力は、グランディスを振りかざすガゼルとその猛攻に突き飛ばされるジャンヌを捉えていた。
“Blade mode.”
クリスレイサーが形状を変え、一条の光の刃を突き出す。ライムはその光刃をガゼルに向けて振り下ろす。
気付いたガゼルが、その一閃をグランディスで受け止める。
「お前、こんなとこで何やらかしてるんだよ!?」
「お前も管理局の人間か。なかなかの速さだ。だが・・!」
呼びかけるライムを、ガゼルが力押しして突き飛ばす。ライムはすぐに体勢を立て直して、ガゼルを見据えたままジャンヌに呼びかける。
「ジャンヌ、大丈夫!?」
「ライム・・私は大丈夫。でもパワーは私を上回ってるよ、マキシマ三佐は。」
「マキシマ三佐って、あのガゼル・マキシマ三佐・・・!?」
ジャンヌの言葉を聞いて驚くライムだが、すぐに冷静さを取り戻す。
「武装を解除して僕たちの指示に従うんだ。そうすれば、アンタの身の安全は保障するよ。」
ライムが真剣な面持ちを浮かべてガゼルに呼びかける。だがガゼルはその呼びかけを受け入れようとしない。
「私の居場所はここにはない。この偽りの世界を駆逐した先にあるのだ。」
「世界を駆逐?何かを壊した先に得られるものなんかに、価値なんてない!」
ガゼルの言葉をライムが一蹴する。憎しみや復讐心からは何も生まれないことを彼女は痛感していたのだ。
ライムは上昇し、クリスレイサーの光刃を振り上げる。彼女の背中から純白の翼が広がっているが、これは彼女の飛ぶイメージが具現化しているだけで、大きな意味はない。
クリスレイサーに装備されているカートリッジシステムにより、魔力の弾丸が装てんされ、攻撃の威力を増強させる。
「天牙一閃!」
ライムが一気に降下し、ガゼルに向けて光刃を振り下ろす。カートリッジロードを行っていたグランディスで、ガゼルがその一撃を迎え撃つ。
だが速さの相乗効果で攻撃力をも上がっていたライムの攻撃が、グランディスの刃に亀裂を入れた。そこから一気に押され、ガゼルが突き飛ばされる。
街中の建物の一角に落とされたガゼル。彼自身に大きな負傷はなく、グランディスも破損した箇所を自己修復させていた。
だがガゼルは気付いていた。ライムとジャンヌに魔力を制御するリミッターがかけられていることを。もしも全開したなら、いくら自分でも普通に戦っては敵わないことを。
ゆっくりと飛翔するガゼルが、身構えていたライムとジャンヌを見据える。
「まさか私がここまで追い詰められるとは。しばらく見ないうちに、管理局の魔導師や騎士のレベルが上がっていたということか。」
ライムたちの力を評価するガゼル。だがここで引き下がる彼ではなかった。
「だが、私はここで終わるわけにはいかない!この偽りの世界を駆逐して、真の平和をつかみ取る!」
ガゼルは言い放つと、グランディスを高らかに掲げる。その瞬間、周囲の空気が流れを変え、揺れを引き起こしていた。
「な、何だ、この揺れ・・!?」
「この揺れ・・・まさか!?」
周囲を見回すライムの横で、思い立ったジャンヌが声を荒げる。
「はやて、私のリミッターを解除して!早く!」
突然のジャンヌの呼びかけに、ライムだけでなく、はやても、その呼びかけを念話で聞いていたなのはたちも驚く。
“ジャンヌちゃん、どういうことなん!?そう簡単にリミッター解除は出せへんて!”
「早くして!間に合わなくなっちゃうよ!」
拒もうとするはやてにさらに強く呼びかけるジャンヌ。
「マキシマ三佐が行おうとしているのは重力操作。それもその中でも最大にして最悪の魔法に属する・・擬似ブラックホール・・・!」
「擬似ブラックホール・・・えっ!?ブラックホール!?」
ジャンヌの言葉にライムが驚きの声を上げる。
「擬似ブラックホール・・いくら本物じゃないといっても、無差別に飲み込む効果は強い。それをこのミッドチルダで発生させたら、街やそこにいる人たちはひとたまりもない。そればかりか、このまま穴を成長させていったら、やがて擬似じゃななくて本物になってしまう。そうなったら、いくら発生させた人でも制御できなくなる危険が高い!」
ジャンヌの説明を聞いていた誰もが息を呑む。揺らぎの中心に漆黒の稲妻がほとばしり、さらにその空に穴が出現する。
「穴・・・ブラックホールが開いた・・・!?」
そこへバリアジャケットを身に付け、それぞれのデバイスを手にしていたなのはたちが駆けつける。リッキーが出現した穴に眼を見開く。
漆黒の穴が周囲を吸い込みだした。暴走した掃除機のように、周りのもの全てを見境なく飲み込んでいく。
「なのはたちはバリアを展開してみんなを守って。ライムはガゼルを止めて。」
「そりゃ・・だけど、それだけじゃブラックホールは止まんないよ・・」
ジャンヌの呼びかけにライムが言葉を返す。するとジャンヌが真剣な面持ちのまま頷く。
「私が全力で、ブラックホールを中和する。」
「中和って・・ジャンヌ、前に言ってたじゃないか!重力操作はミッドチルダでもベルカでも扱いが難しいって!ブラックホールだって作るのもかなりの魔力を消費する上に、中和するにはそれ以上の魔力が必要になってくるんだよ!ジャンヌだって、危ないからって使わなかったじゃないか!」
「確かに危ないよ。でも危ないから使っていないだけで、使えないとは言ってないよ。」
声を荒げるライムに、ジャンヌが微笑んで言いかける。
「私は重力操作、その最高峰の擬似ブラックホールの生成とその中和を会得している。はやて、リミッターを解除してくれるなら、私が必ず中和してみせる。」
“ジャンヌちゃん・・・しゃあないな。ジャンヌちゃん、ライムちゃん、2人のリミッターを解除するよ。”
ジャンヌの呼びかけを受けて、はやてが彼女とライムのリミッター解除を承認した。
「よーし。久々に全力が出せる。」
ライムが自信を見せて、手を強く握る。
「なのはちゃんたちはみんなを守って。ブラックホールに吸い込まれたら、脱出は不可能だから。」
「うん。お願いね、ジャンヌちゃん。」
ジャンヌの呼びかけになのはが答え、えりな、フェイト、明日香、リッキー、ラックスが頷いた。
「すごい揺れだよ・・外で何が起こってるんだい・・・?」
長く続く揺れにアルフが不安を覚える。ガゼルが出現させたブラックホールは、この無限書庫をも揺さぶっていた。
「外でブラックホールを発生させたみたいだ。今、なのはたちが街の人たちを守りながら、中和に取り掛かってる。」
「えっ!?ブラックホール!?そんな物騒なもんをこの近くで開けちゃったのかい!?」
真剣な面持ちで言いかけるユーノに、アルフが驚きの声を上げる。
「僕たちは迂闊に外に出ないほうがいい。ブラックホールに吸い込まれたら、まず出てこられないからね。」
「フェイトたちを助けたいのは山々なんだけど・・仕方ないか・・」
ユーノの言葉を渋々受け入れるアルフ。だがフェイトたちが気がかりになっていたのも事実だった。
そのとき、アルフは違和感を覚えた。自分に向けて何かが降りかかり、体の自由を奪っているような感覚を覚えていた。
「ユーノ、体が・・!」
「えっ・・・!?」
アルフの声を聞いてユーノが振り返る。そこで彼は驚愕し、眼を見開く。
アルフの足元に不気味な魔法陣が現れており、彼女の体が白に近い灰色へと変色していた。
「アルフ、いったい何が!?」
「ユーノ・・フェイト・・・」
声を荒げるユーノの前で、アルフがその変化に完全に包まれる。彼女は物言わぬ石像と化して、その場から微動だにしなくなっていた。
「外が騒がしくなれば警備は手薄になる。」
そこへ男と思し聞こえが響いてきた。ユーノの前に、仮面をつけた1人の人物が姿を現す。
「君は誰だ!?君がアルフを・・!?」
「だとしたらどうする?無限書庫の管理者、ユーノ・スクライア、お前もこの使い魔と同様に葬ってやろう。」
問いかけるユーノに男が不敵な笑みをこぼして言い放つ。男のかざした右手から不気味な光が宿る。
ユーノはとっさにチェーンバインドを放ち、男を拘束する。だが鎖は間もなく弾けるように千切れる。
「詠唱なしで、バインドブレイクを・・!?」
驚愕するユーノに向けて、男が力を発する。その効力がユーノの動きを封じる。
ユーノの両足が石に変わり、徐々に上へと駆け上っていく。
「石化魔法・・こんな、簡単に出せるなんて・・・!?」
愕然となるユーノの体を石化が蝕んでいく。これ以上の抵抗ができないまま、彼は一気にその変化に包まれる。
アルフに続いてユーノも物言わぬ石像と化してしまった。
「ユーノがいなくなったことで、無限書庫からの情報収集が完全に麻痺することになる。管理局は情報網を失うこととなった。」
男は淡々と言いかけると、きびすを返して無限書庫を立ち去る。
「無限書庫を破壊してもいいのだが、他の局員がここに終結してくるだろう。その前に脱出するのが賢明というものだ。」
男は呟きかけると、音もなく姿を消した。その場には石化されたユーノとアルフが取り残され、静寂が押し寄せていた。
ガゼルによって開かれた擬似ブラックホールは、周囲のものを見境なく飲み込んでいく。その暴走を食い止めようと、ジャンヌは全力を出そうとしていた。
「シャイニングソウル、エクスプロージョンフォーム、大丈夫ね?」
“Yes, sir.”
ジャンヌの呼びかけにシャイニングソウルが答える。
“Explosion form,ignition.”
シャイニングソウルが形状を変える。限界突破「リミットブレイク」に属する「エクスプロージョンフォーム」に。
回復魔法と重力操作に長けたシャイニングソウルは、エクスプロージョンフォームになることで擬似ブラックホールの生成とその中和を行えるほどの魔力操作を行えるようになる。
「さて、僕も全力で駆け抜けるとするか!」
ライムもガゼルの暴走を止めるため、全力で駆け出す。
“Smasher mode.Drive ignition.”
クリスレイサーの形状が変化し、超遠距離型の「スマッシャーモード」へと変わる。その狙いがガゼルへと向けられる。
「僕たちの光は、流星のごとく突き進む!」
“Stardust meteor full throttle.”
ライムが叫ぶと同時に、クリスレイサーから純白の閃光が解き放たれる。その砲撃がガゼルの掲げるグランディスに向かっていく。
だが閃光はグランディスに命中することなく、虚空へと消えていった。
「は、外れた!?何で!?」
「ブラックホールの影響で、軌道をずらされたのよ。」
声を荒げるラックスに、フェイトが答える。ブラックホールの吸引力がライムの砲撃にも及んだのだ。
「こうなったらこっちも賭けだけど、やるしかない・・クリスレイサー、ソリッドモードだ!」
“Solid mode drive ignition.”
ライムの呼びかけにクリスレイサーが答える。彼女の着用しているバリアジャケットが軽量化され、超高速に長けたものへと変わる。
「ソリッドモード」はバリアジャケットを「ソリッドフォーム」にして超高速を可能とする状態だが、デバイスだけでなくライム自身に多大な負担をかけるため、彼女は滅多に使わない。
“Solid blade.”
ライムは光刃を発したクリスレイサーを構えて、ガゼルに向かっていく。超高速された彼女は、ブラックホールの影響をものともしない。
ライムの振り下ろした光刃が、ガゼルの掲げるグランディスを叩く。あまりの速さのため、ガゼルはライムの接近に気付かなかったのだ。
ライムはすかさずガゼルに一蹴を繰り出す。体勢を崩されたガゼルがライムとともに落下し、街中のビルの屋上に落ちる。
その間に、ジャンヌがシャイニングソウルを振りかざし、意識を集中する。
(私もブラックホールの制御に関しては、正直自信がない・・でも、私がやらないと、みんなを守れない!)
“Death hole,neutralizing.”
改めて決意するジャンヌ。シャイニングソウルの先端にある宝玉がまばゆいばかりの光を放つ。
本物に向けて成長を続けていたブラックホールに、ジャンヌの魔力が注がれる。だがブラックホールは中和するには困難を極めるほどに成長してしまっおり、彼女に悪戦苦闘を強いていた。
(負けられない・・なのはもライムも、私に力を貸してくれてるのだから・・・!)
「カドゥケウス、力を貸して!」
ジャンヌの呼びかけを受けて、グローブ型ブーストデバイス「カドゥケウス」の宝石が光を宿す。
カドゥケウスは元々は両手1組なのだが、ジャンヌは左手用を明日香に渡している。
カドゥケウスが補助となったことで、ジャンヌの魔力供給が加速化する。
(魔力を可能な限り溜め込み、一気に放出してぶつける!)
「ブラックホール、中和!」
シャイニングソウルに収束された魔力を、ジャンヌは一気に放出する。その膨大なエネルギーが、ブラックホールを大きく揺さぶる。
黒と白のエネルギーがぶつかることで互いを打ち消しあい、やがて消滅する。周囲に及んでいた揺らぎも治まり、落ち着きを取り戻していく。
「お、治まったの・・・」
「ふぅ・・一時はどうなることかと思ったよ・・・」
フェイトが当惑を見せ、ライムが安堵を覚えて肩の力を抜く。
自分の魔力を振り絞ったジャンヌが脱力する。飛行を維持するのもままならなくなり、突如彼女は落下する。
「ジャンヌさん!」
明日香がとっさに飛び出し、落ちるジャンヌを受け止める。安堵の吐息をつく明日香が、ジャンヌを見つめる。
「ジャンヌさん、大丈夫ですか・・・?」
「明日香・・・うん、平気。ちょっとムチャをしすぎただけだから・・・」
呼びかける明日香にジャンヌが微笑みかける。ブラックホールの中和のために、ジャンヌは力を使い果たしていた。
「ジャンヌ、本当に大丈夫・・・?」
「ジャンヌちゃん、ムチャし過ぎだって・・冷や冷やしちゃったよ・・」
フェイトとなのはがジャンヌに向けて心配の声を上げる。彼女たちに向けてジャンヌが微笑みかける。
「私がやらなくちゃならないって思ったら・・心配かけてゴメンね、みんな。私は大丈夫だから・・」
ジャンヌの言葉を聞いてなのはたちが安堵の笑みをこぼす。ガゼルの前に立つライムも、その会話を聞いて安心していた。
「さて、アンタにはいろいろと聞きたいことがあるからね。協力してもらうよ。」
ライムがガゼルに向けて言いかけるが、彼は押し黙ったままだった。
そのとき、何とか自力で立ち上がったジャンヌが違和感を覚えた。その異変に気付いたなのはたちも、彼女の背後にいる仮面の男の出現に眼を見開く。
「ジ、ジャンヌさん・・・!?」
ジャンヌの身に起こった異変を目の当たりにして、明日香が驚愕する。ジャンヌの体が白みがかった灰色に変色していっていた。
「このときを待っていたぞ、ジャンヌ・フォルシア・マリオンハイト。」
男が低い声音で鋭く言い放つ。力を使い果たしていたジャンヌは、男の発する異質の力に抗うことができなかった。
「なのは、みんな・・私に気にせず、早くこの人を・・・」
石化に蝕まれる中、ジャンヌが力を振り絞ってなのはたちに呼びかける。やがて全身から色が失われ、彼女は物言わぬ石像と化してしまった。
「ジャンヌ、さん・・・!?」
変わり果てたジャンヌの姿に、明日香が声を震わせる。なのはたちも愕然となりながらも、冷静さを保って男を見据える。
その中で、えりなはジャンヌを手にかけた男に対して怒りを感じていた。
「よくも・・よくもジャンヌさんを・・・!」
いきり立ったえりなが男に向かって飛びかかる。セイバーフォームのブレイブネイチャーの光刃が、男に向けて振り下ろされる。
だがえりなの一閃は空を切って床を削っていた。男はその上空で停滞して、彼女たちを見下ろしていた。
「彼女が坂崎えりな。カオスコアの擬態か。」
視線をえりなに向けていた男が呟きかける。えりなは男を鋭く睨みつけていた。
「ジャンヌさんを元に戻しなさい!これ以上、あなたの暴挙を許すわけにはいきません!」
「えりな、待って!落ち着いて!」
男に言い放つえりなを、なのはが言いとがめようとする。だがえりなは聞く耳を持たず、再び男に向かって飛びかかる。
次々と繰り出されるえりなの一閃。だが男にことごとくかわされる。
「えりな、止まって!深追いしたら・・!」
さらに呼びかけるなのはだが、えりなには届かない。男が反撃に転じ、えりなに一蹴を叩き込む。
「ぐっ!」
その痛みに顔を歪めるえりなを、男が魔力による衝撃波で叩き落とす。落下しながらも、えりなは体勢を整えて男を見据える。
だが男は急降下してえりなに魔力の弾丸を放つ。
“Leaf shield.”
ブレイブネイチャーが障壁を自動展開するが、男がえりなとの距離を一気に詰めてきた。男が彼女に向けて手を伸ばし、彼女はジャンヌを石にした石化をかけられると思い、覚悟を覚える。
「えりな、危ない!」
そこへライムが高速で飛びかかり、男に向けて光刃を突き出してきた。その突撃が男を突き飛ばし、さらに光刃がその体を貫いていた。
「ライムさん!」
ライムの乱入にえりなが驚く。だが男はライムの光刃を突き刺されているにもかかわらず、平然としていた。
男が眼前にいるライムに向けて右手をかざし、力を発動する。その力を受けたライムの体が硬直し、動きを止める。
光刃から抜け出た男がすぐにその場から離れ、音もなく姿を消した。その男の力を受けたライムの体が石へと変わっていく。
「ライム!」
「フェイト、みんな・・ドジっちゃ・・・」
声を荒げるフェイトに向けて言いかけるライムの体が変色に包まれる。彼女も男の力によって石像にされてしまった。
「ライムさん・・ライムさん!」
自分を庇って石になってしまったライムに向けられたえりなの叫び声が、騒然となる街にこだました。
ミッドチルダに戦慄が走った。謎の仮面の男の暗躍により、ユーノ、アルフ、ライム、ジャンヌが石化された。これは無限書庫からの情報網の麻痺と起動六課の戦力が削がれたことを意味していた。
多くの部隊がその犯人を追い詰めることを図りながらも、それを実行に移すことができないでいた。強力な魔導師2人が敗れたことが大きく影響していた。
ライムたちは起動六課によって身体を調べられることとなった。しかし生命反応が残っているだけで、彼女たちにかけられた石化を解除する術がなかった。
「まさか、こんなことになっちまうなんて・・・!」
この事態に健一が憤りを覚える。スバルたちも困惑の色を隠せず、中には右往左往する人もいた。
「すまない。あのブラックホールの影響で、ストームレイダーが体勢を崩された・・」
「気にするな。あれだけの非常事態だ。お前たちが悔やむことはない。」
謝罪するヴァイスに対し、シグナムが弁解を入れる。
「それにしても、いったい何なんだ、アイツは・・あの石化、何とかなんねぇのかよ・・」
「私もいろいろと手を打ってみたけど、石化を解くことはできないのよ・・」
ヴィータの言葉に、シャマルが沈痛の面持ちで答える。他に怒りをぶつけることができず、ヴィータは歯がゆさを覚える。
「ライムさんたちにあんなことをして・・・許せない・・許せないよ・・・!」
沈黙が押し寄せていた中、えりなの怒りの声が上がる。
「お、落ち着けって、えりな。また怒りに身を任せてどうすんだよ・・」
「だって、このままじゃ・・ライムさんもジャンヌさんも、ミッドのみんなを全力で守ってくれたのに・・それなのに・・・」
健一が言いとがめるが、えりなは納得しない。彼女が怒りを抱えたまま歩き出そうとすると、なのはがその前に現れる。
「どこに行くの、えりな?」
「分かりきったことを聞かないでください。あの人を捕まえて、ライムさんたちを助けるんです。」
「ダメよ、そんな勝手な行動。犯人がどこにいるのかも分かんないのに、1人飛び出していくなんて・・」
「しらみつぶしに探していけば見つけられるはずです。このまま何もしないでじっとしているなんて、私にはできません。」
「落ち着いて、えりな。1人で突っ走ったってどうにもなんない。みんなが犯人の居場所を見つけるまで待つことが、今の私たちのしなくちゃならないことなのよ。」
「・・・どうしてそんな冷たい態度が取れるんですか・・・?」
突如冷淡な態度を見せてきたえりなに、なのはが当惑を覚える。
「なのはさんは、ライムさんが心配じゃないんですか?・・今までずっと仲良くしてきた仲間を、あなたは助けたくはないんですか・・・!?」
「助けようと思えば助けに行きたいよ。でも1人で突っ走ったってどうにもならない。逆に状況を悪化させてしまうかもしれないし、何よりみんなに迷惑をかけてしまうことを知ってるから・・」
「あのときも、そう言い聞かせたんですか・・・!?」
さらに鋭く問い詰めてくるえりなに、なのはが胸を締め付けられる気分を覚える。
「私も知ってるんですよ。ヴィヴィオちゃんのこと・・・起動六課襲撃の中でさらわれたヴィヴィオちゃんを助けようと思えば助けられた。でもあなたは管理局の務めを優先して、ヴィヴィオちゃんを助けようとしなかった!」
「えりな、それは・・・!」
「本当はそんなに大切にしていなかったんじゃないんですか?あなたのあたたかい心は、いったいどこに行ってしまったんですか!?」
なのはに対して冷淡な言葉を浴びせるえりな。その態度が相手を傷つけるものであることは、誰にも分かることだった。
「おい、えりな、いい加減に・・・!」
憤ったヴィータが口を挟もうとしたときだった。なのはがえりなの頬を叩いた。
驚きをあらわにするフェイトたちの見つめる中、えりなが叩かれた頬に自分の手を当てる。
「助けようと思えば助けに行きたかった・・たとえ世界の裏側でも、助けに行きたかった・・・でも1人で突っ走っても、どうにもならないことを知ってる!かえってヴィヴィオを悲しませることになると分かってた!だから私は、局員としての務めに忠実でいた!」
なのはがえりなに対して言い放つ。なのはの顔には普段見せないような怒りが浮かび上がっていた。
「すぐに飛び出さずに自分をこらえ、踏みとどまったのは苦渋の選択だった!胸が張り裂けるくらいに辛く悲しいことだった!それでもヴィヴィオやみんなのためなら・・・私の気持ちを知らないくせに、全部分かってるようなこと言わないで!」
なのはが自分の中にある感情をえりなにぶつける。その直後、えりながなのはの頬を叩き返す。
「何も分かってないのは、あなたのほうじゃない・・本当に大切にしているなら、その気持ちを第一にすべきだったはずでしょう!?結局は偽善やきれいごとを言い訳にしてるだけじゃない!」
えりなも憤ってなのはに反発する。その態度になのはは言葉を詰まらせる。
「私はあなたのように薄情じゃない・・大切な人を助けるためなら、真っ先に駆けつける!」
えりなはなのはに言い放つと、きびすを返して歩き出そうとする。その彼女を、なのはがたまらず手を伸ばして止める。
「待って、えりな!ライムちゃんたちも、こんなことを望んでいないよ!」
「止めないで!私たちは、何もしないでじっとしている場合じゃない!」
そのなのはの手を振り切って、なおも飛び出そうとするえりな。ヴィータが見かねて力ずくで止めようと前に出ようとしたときだった。
えりなが腹部に打撃を受けて倒れる。彼女を気絶させたのは健一だった。グラン式ブレイドデバイス「ラッシュ」を起動させた彼は、その柄でえりなに打撃を与えたのだった。
「健一・・・」
「ちょっと頭に血が上りすぎだぞ、えりな・・・こうでもしないと止まんないっスよ、コイツは。」
明日香が戸惑いを見せる前で、健一が呆れながら言いかける。ひとまず沈静化した事態に、なのはとヴィータが安堵の吐息をつく。
「なのはさん、えりなはオレが見てます。ナディアはみんなについててくれ。」
「健一さん・・・分かりました。後は任せてください。」
健一の呼びかけに戸惑いを見せるも、ナディアは真剣な面持ちを浮かべて頷いた。
「健一くん、僕も一緒に行くよ。」
「僕も行きます。」
そこへリッキーとタケルが声をかけ、えりなを運ぶ健一についていった。明日香はえりなたちを思い、任務に身を置くことにした。
「何だか、ギクシャクしてきはったなぁ・・みんな、気分転換せなあかんやね・・・」
そこへはやてがため息混じりに言いかける。なのはたちも困惑を浮かべたまま、言葉を切り出せないでいた。
そこへユウキとリーザがやってきた。リーザがはやてに深刻な面持ちを見せる。
「はやてさん、あなたに訪問者です。中央広場で待っています。」
「私に?・・誰です?」
リーザの呼びかけに当惑を見せるはやて。リーザは眼を閉じてから答えた。
「本局特別査察官、カイザ・ムラカミさんです。」
リーザのこの言葉に、はやては険しい表情を浮かべた。