魔法少女リリカルなのは&エメラルえりな 第2話
タケルの登場と申し出を受けて、起動六課の面々が集まってきた。その中にはシャイニィ分隊隊長のジャンヌ・F・マリオンハイト、さらにはロングアーチに属するシャマル、ザフィーラ、リインフォース・ツヴァイ、ヴァイス・グランセニック、グリフィス・ロウランの姿もあった。
「まだ全員やないけど、話をしても平気や。」
「分かりました。では話しましょう・・」
はやてが言いかけると、タケルは話を切り出した。彼に向けて多くの視線が向けられる。
「実は僕は、みなさんに助けを求めてきたんです。みなさんがものすごい魔導師と騎士と聞きまして・・」
「助けを?何かあったのかな・・・?」
タケルの言葉にえりなが優しく声をかける。
「この世界にもうすぐ、恐ろしいことが起こります。これまで経験したことのないほどの大規模な大破壊になります。」
タケルが口にした言葉のないように、その場にいた全員が緊迫を覚える。
「僕にもその脅威を振りまくものの正体が何なのか分かりません。ですがこのまま事態を放置したら・・世界は確実に、崩壊します・・」
「崩壊・・そんなにまで大それたもんなのかよ・・・!?」
健一が思わず声を荒げる。タケルが口にしたのは、全世界の滅亡を引き起こす大事件についてだった。
「本当に唐突でした。あの現象は破壊を開始してからわずか数時間で全ての次元世界を壊滅させてしまったのです。何とか生き残った僕の母さんから生まれた僕は、生き延びて、わずかに残った魔法技術を駆使して・・」
「ち、ちょっと待った。君のその言い方。まるでこれから起こることを経験してきた言い方じゃないか・・」
説明をするタケルに、ライムが口を挟む。それが他の人たちにも疑問を植えつけることとなった。
指摘を受けたタケルは気まずさを感じていた。だがこのまま黙り込むわけにもいかないと思い、話を切り出した。
「このまま内密にしておきたかったのですが・・・実は僕は、この時代にとっての未来の人間なんです。」
「未来!?」
タケルの告白になのはたちが驚きを覚える。
「み、み、み、未来って、これからって意味の未来だよね!?その未来から来たってこと!?」
えりなが声を荒げながら問い詰めると、タケルは一瞬亜全になりながらも頷く。
「はい・・この時代から15年後の未来からやってきたんです・・この時間の流れの中で起きる最悪の未来を変えるために・・・」
「信じられない・・私たちの未来の人が、時間をさかのぼってくるなんて・・・」
明日香も信じられない心境を隠せなかった。
人は誰も時間の流れの中にあるルールに従っており、過去や未来を行き来することなどありえない。少なくともこの現代の技術でも、時間の移動は実現されていない。
「新暦76年2月7日、世界に破滅をもたらす存在が出現します。僕はその破滅の要因を取り払い、危機を救うためにこの時代にやってきました・・」
「2月7日って、明後日じゃないかよ。唐突な滅亡宣言だな。」
ヴァイスが苦笑を浮かべて言葉をもらす。だがタケルは深刻さを隠せなかった。
「敵の正体が何なのか、まだ分かっていません。ですがお願いです!危機から世界を守るために、力を貸してください!」
「そうは言うけどよ。そう言われて、はいそうですかって信じられねぇよ。」
頭を下げて頼み込むタケルに向けて苦言を口にしたのはロッキーだった。
「そうだな。未来から来たというには、それがお前のいう事件が起こるという確証が見えてこない。それでは私たちは行動を起こせない。」
続けてシグナムも否定的な意見を述べる。この場にいる多くが、タケルの言葉を受け入れられないでいた。
「仮に君の言ったことが真実やとしても、君が私たちの味方とは限らへん。罠を仕掛けてる可能性だって・・」
「そんなことはありません!」
はやてが言いかけた言葉に抗議の声を上げたのはえりなだった。その態度になのはやフェイトたちが当惑する。
「タケルくんは、自分の命も顧みずに子犬を助けようとしたんです!危険だということは私もよくないと思っていますが、悪いことを考えている人が、そんなことをできるとは思えないんです!」
「えりなさん・・・」
切実に訴えようとするえりなに、タケルが戸惑いを見せる。彼女は彼が優しい気持ちの持ち主であることを理解していた。
危険にさらされている命を全力で助ける。それは心ある者でなければできない行為だった。
真剣な面持ちで周囲に眼を向けるえりな。だがなのははそれでもタケルの言葉を鵜呑みにできないでいた。
「だけど、それだけで信じるにはちょっと危険があるよ。それこそが敵の罠である可能性も否定できない・・」
「なのはさん・・どうしてそんなことを言うんですか・・・!?」
なのはの反論にえりなは愕然となる。そこへヴィータもひとつ吐息をついてから口を挟む。
「あたしもなのはも信じたい気持ちはある。けどあたしらは時空管理局、起動六課の魔導師と騎士だ。感情に流されてばっかじゃ、逆に危険になっちまうことが多いんだよ。」
「残念だが、なのはやヴィータのほうが正しいよ。行動を起こすにはそれだけじゃ証拠不十分だよ。」
ライムも続いて否定的な意見を口にする。しかしえりなは退こうとしなかった。
そこへシャリオがオペレーターのアルト・クラエッタ、ルキノ・リリエ、シルヴィア・クリストファを連れてやってきた。
「シャリオさん・・・」
「えりなちゃん・・・」
戸惑いを浮かべるえりなと深刻な面持ちを見せるシャリオ。シャリオはえりなに向けて1枚のデータを手渡した。
「はやてさんに頼まれて、この少年の身体データを取ったんだけど・・・」
「・・・これがどうだっていうんです・・・!?」
「まだこれだけでは決定的とはいえないけど、この世界の人間のデータとしては異常と取られかねないものになってるのよ・・」
声を震わせるえりなに、シャリオが説明を入れる。
「管理局の魔導師と騎士のデータと照らし合わせても、安全とはいえない数値のバランスなんです。」
シルヴィアも続けて補足をする。だがえりなは納得しなかった。
「こんなデータなんかよりも、心の優しさを持っているという事実のほうが確かでしょう!?」
「データを信じて、それに基づいて行動するのが管理局局員の心得だよ。」
反論するえりなに向けて、なのはが真剣な面持ちで言いかける。その言葉が、えりなは不快に思えてならなかった。
「人間よりも機械を信じろっていうんですか・・・!?」
鋭く言い放ったえりなの言葉に、スバル、エリオ、ナディア、ロッキーが動揺を覚える。彼らにとってこの言葉は凄く重いものだった。
スバルとナディアは戦闘機人、エリオとロッキーはプロジェクトFによるクローン。人工的に生み出された普通の人間とは違う存在である。あくまで人ではなく機械やその類に見られるのは、彼らにとって酷だった。
「・・分かりました・・私は今日限り、起動六課をやめます・・・!」
覚悟を決めたえりなが、憤りを噛み締めながら言い放つ。
「おい、えりな・・・!」
「お世話になりました・・・!」
反発しようとしたヴィータにデータの紙を押し付けて、えりながその場から去ろうとする。だがそんな彼女をスバルが止めに入る。
「えりなちゃん・・ちょっと待って・・・」
スバルの制止の言葉にえりなが踏みとどまる。そしてスバルはなのはの前に立ち、言いかける。
「なのはさん・・えりなちゃんとタケルくんを通してあげてください。」
「スバル!」
スバルの申し出にヴィータが抗議の声を上げる。だがスバルは退かずに呼びかける。
「えりなちゃんは、なのはさんと同じエース・オブ・エース。高い信頼を得ている時空管理局の空戦魔導師です。そしてあたしたちの信頼できる仲間です・・タケルくんとは初対面ですけど、えりなちゃんはこれまで危険な大事件を仲間と一緒に解決してきました。それはあたしたちよりも、なのはさんたちのほうがよく分かっているはずです・・・!」
なのはたちに向けて訴えかけるスバル。彼女が込み上げてくる涙を必死にこらえていることを、彼女と長くコンビを組んできたティアナにはよく分かっていた。
「その仲間が、これだけ一生懸命に頼んでるんです・・信じなきゃ、その信頼がウソになってしまいます!・・お願いします・・えりなちゃんとタケルくんを、信じてあげてください・・・!」
「あたしからもお願いします!」
スバルに続いて頭を下げてきたのはティアナだった。
「あたしはこの起動六課で、自分と仲間を信じることを学びました。それはこの起動六課だけに留まらないはずです・・あたしも、タケルくんを信じるえりなを、2人を信じるスバルを信じます・・・!」
「ティア・・・」
説得の言葉を言いかけるティアナに、スバルが笑みをこぼす。さらにエリオ、キャロ、ナディアが歩み出てきた。
「なのはさん、フェイトさん、僕も!」
「私からもお願いします!」
「お願いします、なのはさん!みなさん!」
えりなとタケルを信じて頭を下げる5人のメンバー。この事態にヴィータはいたたまれない気持ちに駆り立てられていた。
「これはさすがに、えりなの勝ちみたいですよ。」
そこへ1人の少年が声をかけてきた。えりな、明日香たちの親友であるアレンだった。
アレンの隣にはもう1人少年がいた。
リッキー・スクライア。えりなの親友であり、彼女が魔導師になるきっかけとなった人物である。現在は起動六課のロングアーチに所属。シャマルとともに医務官として活躍している。
「えりなちゃん、相変わらず正義感が強いみたいだね。」
「リッキー・・もう・・・」
微笑みかけるリッキーに、えりなが肩を落とす。はやてに眼を向けたなのはが、ため息混じりに言いかける。
「仕方ないわね・・このままだと本当にゴチャゴチャになっちゃうから・・」
「なのは、いいのかよ、こんなんで!?・・はやて・・!」
渋々受け入れるなのはに反発するヴィータが、はやてに眼を向ける。
「ただし、ちょっと詳しく検査をさせてもらうよ。それと、行動するときは私たちの誰かと一緒に行動すること。」
はやてが注意事項を付け加える。タケルは微笑んで頷き、それを受け入れた。
受け入れてもらえたタケルに、えりなが笑顔を見せる。スバルたちも安堵の笑みをこぼして、タケルを歓迎していた。
「やれやれ。いつもの通りというか、ホントに冷や冷やさせてくれるぜ、まったく。」
健一がえりなを見つめて苦笑いを浮かべる。アレンとリッキーも健一と似た心境だった。
その夜、起動六課の多くが就寝してからだった。本部の部隊長室に、はやてはタケルを招いていた。
タケルが予告した大事件について詳しく聞くためだった。その場にはなのはたち隊長クラス、えりなたち副隊長クラス、さらにユウキ、健一、玉緒、アレン、ラックスの姿があった。
「それじゃ、いろいろ聞きたいことがあるんだけど・・まずはあなたのことから聞かせてもらえるかな?」
ジャンヌがタケルに向けて質問を投げかける。なのはたちが彼に視線を向ける。
「あなたは私たちにとっての未来からやってきた。その未来で世界の崩壊を招いた事件が発生した・・それを引き起こしたものの正体は、何か分かってるの?」
「いいえ・・黒い霧のように広がり、世界を飲み込んでいったことしか・・」
ジャンヌの質問にタケルは首を横に振る。続けてライムが質問を投げかける。
「どんな小さなことでもいいんだ・・ちょっとしたことが、突破口になることだってあるからね。」
「そうですか・・・確かその霧は、まるで魔女のような形をしていました・・でも確認した直後に爆発に巻き込まれて、それ以降は・・」
「魔女・・・」
タケルの答えを聞いたユウキが眼つきを鋭くする。彼は「魔女」という言葉に心当たりがあったのだ。
「今から10年前・・つまり、君にとっては25年前で起きた三種の神器事件を知っているか?」
「えっ?・・あ、はい。聞いたことはありますが、詳しくは・・」
「次元の闇から生まれた魔女、ヘクセス・・ヘクセスは全ての次元世界の破滅のために動いていた。」
タケルに向けて説明するユウキ。そこへヴィータが口を挟む。
「けど、ヘクセスはあたしらでブッ倒したじゃねぇか。アイツが復活したって言うのかよ。」
「断定はできないが否定もできない。確かにヘクセスはオレたちが倒した。しかし死んだわけでも消滅したわけでもない。また闇の次元から現れたとしても不思議じゃない。」
「アイツ、何気に不意打ちばっかやってくるから結構やりにくいな。ま、またアイツが現れても、今度はやられねぇようにしてやるさ。」
ユウキの言葉を受けながらも、ヴィータが不敵な笑みを浮かべて意気込みを見せる。もちろん彼女の態度が自信過剰のものではないと、この場の誰もが理解していた。
「まだヘクセスと断定されたわけじゃないが、それだけの勢力は想定していたほうがいい。とにかく、各部隊に呼びかけて非常線を張ったほうがいい。これまでのファントムの行動も気になるところだからな。」
「そうやね。そのファントムを指揮している組織が分かったよ。」
ユウキの呼びかけに続けて、はやてが言いかける。部屋にモニターが展開されていく。
「シャブロス・・通称、仮面の軍。メンバーが仮面で素顔を隠していること以外に、詳しい素性が明確になっていない。」
「ただ今日、シャブロスのメンバーの1人、メトロという人物が、私たちに接触をしてきた。」
続けてフェイトが言いかけた言葉に、なのはたちが眼つきを鋭くする。モニターのひとつにメトロの詳細データが映し出される。
「メトロ。正式な氏名は不明だけど、ジェイル・スカリエッティとかつて共同で研究を行っていた人物。プロジェクトFの基礎理論はスカリエッティの発案だけど、戦闘機人関連の技術は、元々はメトロが立案していた。ところが互いに研究に対して異常なほどの執着を浮き彫りにさせてきたメトロとスカリエッティは対立。袂を分かち、独自の研究を行うようになった。」
「ライバル意識とも取れますね。あの人、スカリエッティとフェイトさんに激しい憎悪と対抗意識をむき出しにしてましたし。」
フェイトの言葉に明日香が口を挟む。
「おそらくファントムもメトロが開発したものと見て間違いないな。だけど、それこそいったい何の目的で行動してたんだ・・・?」
そこへライムが疑問を投げかける。
各地で暗躍を繰り返してきたファントム。だがその行動と目的に一貫性がない。何かを探しているようでも、何かを破壊しようというようでもなく、その目的を見出せないでいた。
「ともかく、ヤツらが何かとんでもないことを仕掛けてくるのは間違いないってことなんだろ?だったらみんなに呼びかけて、迎え撃ったほうがいいんじゃないか?」
そこへ健一が言いかけてきた。
「もちろん周りに呼びかけるつもりでいるさ。だが同時に奇怪な事件が立て続けに起こっていて、どこも軽率な行動ができない状況なんだ。」
「奇怪な事件?」
ユウキがかけた言葉を健一がオウム返しする。
「ハイネたちとクロノたちがやられた。どっちの部隊も、全員が石化されてしまっている。」
ユウキが口にした言葉に、なのはたちは息を呑んだ。かつて上級の魔導師、騎士と讃えられ、現在は提督として部隊の指揮を行っている2人が手にかけられたことは、管理局の他の部隊にも衝撃を与えていた。
それから討議が重ねられたが、それ以上の策や妙案が思い浮かぶには至らず、防衛ラインを敷くことを第一に考えることとなった。
その翌日、起動六課とデルタは他の部隊に状況を説明し、非常線を張るよう呼びかけた。だが多くの部隊が即時対応というわけにいかず、後手に回っていた。
その慌しさを募らせる状況の中、タケルはスバルたちと対話していた。スバルたちはタケルから、なのはたちの話し合いの内容を聞いていた。
「なるほど・・なのはさんが・・」
「また、大変なことになっちゃったね・・」
納得の様子を見せるティアナに、スバルが困惑の面持ちで答える。
「僕もみなさんに協力したいと思っています。みなさんの力に頼って、僕だけ指をくわえて見ているわけにはいきませんから。」
「けど、何ができるっていうんだ?情報には感謝してるけどさ。」
タケルの決意にロッキーが口を挟む。するとタケルはポケットから箱と鍵を取り出した。
「それは・・・!?」
その2つを眼にしたティアナが驚きを覚える。それらは紛れもなく、えりなの使用するオールラウンドデバイス、ブレイブネイチャーだった。
「みなさん、分かっているようですね。これはえりなさんが使用していたブレイブネイチャー、その後続機、ブレイブネイチャー・フューチャーです。」
タケルは説明を入れると、待機状態のブレイブネイチャー・フューチャーをしまった。
「ブレイブネイチャーと大体同じ性能を備えています。僕もみなさんには及ばないかもしれませんが、それなりに魔力を持っていますし、戦闘経験もあります。」
「それだけ力があるだけでも十分ですよ。」
タケルの言葉にエリオが感嘆の声を上げる。
「それと、僕にはある特殊能力を持っているんです。」
「特殊能力?」
タケルが続けて口にした言葉に、ナディアが疑問符を浮かべる。するとタケルがスバルとナディアに向けて意識を傾ける。
そのとき、腰を下ろしていた2人が突然立ち上がる。そしてそれぞれ手を握り合い、社交ダンスと思しき踊りを始めた。
「えっ!?ちょっとスバル、何やってんのよ!?」
驚くティアナが呼びかけるが、スバルとナディアには届いていない。エリオ、キャロ、ロッキーは2人の姿に唖然となっていた。
しばらくしてから、タケルは指を鳴らした。するとスバルとナディアが我に返ったかのように踊りをやめ、動揺を見せる。
「あ、あれ!?あたし・・!?」
「い、いつの間に、スバルさんとこんなことを・・・!?」
自分たちが何をしていたのか分からないでいる。スバルとナディア。
「これが思念波です。今、僕は2人に向けて、踊るように思念を送ったのです。」
「思念波・・・?」
タケルの言葉にティアナが疑問符を浮かべる。
「催眠術のようなものです。かける相手に命令を送って、送られた相手は送った人の命令通りに動いてしまうのです。戦闘機人に対しては欲に効き目が高いです。」
「そっか・・だからスバルやナディアちゃんが・・・」
タケルの説明を聞いて、ロッキーが納得する。
「もちろん精神力で跳ね返すことは可能ではあるのですが・・・最悪の場合、気絶させたほうがいいです。危害が及ぶ前に・・」
「なるほど・・留意しておくわ。今度の相手がそれを使ってこないとも限らないから。」
ティアナがタケルの言葉を留めていく。
「では僕は、そろそろはやてさんのところに戻ります。みなさんへの情報の提供を惜しみたくありませんので。」
タケルはそういってスバルたちに一礼すると、本部に向かっていった。
起動六課とデルタの打診を率直に受け止めていた場所のひとつ。それははやてやユウキたちと縁のある「聖王教会」である。
聖王教会は教会騎士団を有しており、ロストロギアの保管と管理も行っている。そのため時空管理局とは関係が深いが、彼らの存在を快く思っていない者もいる。
その聖王教会に在籍しているカリム・グラシアとその秘書、シャッハ・ヌエラ。彼女たちは起動六課とデルタの設立に大きく貢献している。
起動六課の隊長クラスとデルタの多くの隊員には、「出力リミッター」と呼ばれる魔力制限がかけられている。魔法による周囲への被害を及ぼさないためにかけられており、それを解除する権限が与えられているのはほんの一握りの上官だけである。はやてとユウキの限定解除はクロノ、カリム、リーザ、他の者の限定解除は彼らにはやて、ユウキが加わる。
はやてとユウキからの連絡を受けたカリムは、出力リミッターの解除をいつでも行えるように準備を行っていた。
「これで緊急時には、みなさんのリミッターをすぐにでも解除することができます。」
「ですがよろしいのですか?情報ミスということも全くないとは言い切れませんよ。」
肩の力を抜くカリムに、シャッハが苦言をもらす。
「情報ミスであるならば、それに越したことはありません。ですがクロノ提督、ハイネ提督の連絡が取れなくなってしまった以上、タケルさんの言葉を否定することはできないでしょう。」
「騎士カリム・・・」
「もしも私たちの身に何かが起こった場合には、リーザさんに全てを任せるようにも伝えてあります。ですが、私はみなさんに最後まで力を貸したいと思っています。」
カリムの決心を聞いたシャッハが安堵の笑みを浮かべる。シャッハもこれから起こると予測される事件の解決のために尽力を注ぐことを決意していた。
「ここが聖王教会か・・思ったほどの警備ではなかったようだな。」
そのとき、カリムたちのいる部屋に声が響き渡った。カリムが席を立ち、シャッハが双剣型アームドデバイス「ヴィンデルシャフト」を手にして構える。
その部屋の中に、1人の男が姿を現した。黒ずくめの衣装と仮面で素性を隠されており、声だけでしか男と判別できなかった。
「何者です、あなたは!?この聖王教会に、誰にも気づかれることなくここに入り込むなんて・・!」
シャッハが声を上げるが、男は不敵な笑みをこぼしていた。
「残念だが、この場にいた者の多くは、私の手にかかった。お前たちも同じ末路を辿らせてやるぞ。」
「そんなことが!?・・・もしやあなたが、提督たちを・・・!?」
男の言葉にカリムが毒づく。いきり立ったシャッハが飛びかかり、男に向けてヴィンデルシャフトを振りかざす。だがその一閃は男が展開した障壁に軽々と受け止められてしまう。
「残念だが、お前たちのデータは既に入手済みだ。カリム・グラシア、シャッハ・ヌエラ、お前たちも例外ではない。」
男は鋭く言い放つと衝撃波を放ち、シャッハを突き飛ばす。怯みながらも体勢を立て直し、うまく着地するシャッハ。
だがその彼女の背後に男は移動しており、右手を彼女の背中に向けていた。とっさに立ち上がり振り返った彼女が、男の仕掛けた力を受けてしまう。
その力の影響なのか、シャッハの体が胸元から徐々に変色していく。
「こ、これは!?・・まさか、あなたが提督たちを・・・!?」
声を荒げたシャッハの体が固まり、やがてその変化が全身に行き渡る。彼女は物言わぬ石像と化してしまった。
「シャッハ・・・!?」
変わり果てたシャッハの姿に、カリムが愕然となる。男が振り返り、彼女に力の矛先を向けてきた。
時空管理局の本局内にある墓標。そこには管理局の局員として栄光と功績と得る代わりに殉職した者たちが永眠している。
その墓標のひとつに立つ1人の仮面の人物。その墓標は、かつて管理局地上部隊のトップに立っていた人物、レジアス・ゲイズのものだった。
その人はレジアスの墓標をじっと見つめていた。だが仮面を被ったその人が怪しく見られないわけがなく、すぐに声をかけられた。
声をかけてきたのはレジアスの娘であり、かつての副官でもあったオーリス・ゲイズである。彼女はレジアスの墓参りに来ていたのだ。
「あなたは誰ですか?中将のお知り合いでしょうか?」
オーリスは当惑を抱えながら、仮面の人物に声をかける。
「その声・・オーリス査察官ですか?」
「その声・・あなたは・・・!?」
その人物が発した声に、オーリスは驚きを見せる。その人物が被っていた仮面を外す。
それはオーリスが感付いていた人物に間違いなかった。かつてのレジアスの部下だった青年、ガゼル・マキシマだった。
「お久しぶりです、オーリス査察官。」
「マキシマ三佐・・あなた、今までどこに・・・!?」
小さく頭を下げるガゼルに、オーリスが問い詰める。
「聞くに及ばない質問ではないですか、査察官。私は管理局に身を置かない人間です。」
「それはそうですが・・・」
「中将とゼスト・グランガイツの件は聞き及んでいます。確執が生じていたようですが、大きな問題ではなかったようですね。」
ガゼルの淡々とした態度に、オーリスは返す言葉を失う。
「ですが、今の私にとっては些細なことでしかありません。もう1度言いますが、私は管理局に身を置いてはいないのです。」
ガゼルはオーリスに向けて、冷淡な視線を向ける。
「レジアスの愚行と死など、私には関係のないことだ。なぜなら、私はガゼル・マキシマではないからだ。」
“Start.”
「私は、シャブロスのガゼルだ!」
言い放ったガゼルの足元にベルカの魔法陣が展開される。臨戦態勢に入った彼に、オーリスが眼を見開いた。
「私は、この世界そのものに絶望している・・・!」
時空管理局が管理しているデータベースが置かれている無限書庫。書庫には書物を収めた棚が縦横無尽に広がっており、ひとつの資料を探すのもかなりの重労働である。
その司書長を務めているのは、ユーノ・スクライアである。ユーノはなのはの親友であり、彼女が魔導師となるきっかけとなった人物である。リッキーの親戚であり、彼の魔法の師でもある。
はやてからの連絡を受けていたユーノ。彼のいる無限書庫に、なのは、えりな、フェイト、明日香、タケル、リッキー、ラックスが訪れていた。
ラックスは明日香の使い魔で、4年に渡っての相棒である。使い魔は主の魔力によって生存している。その魔力消費を抑えるため、現在彼女は少女、あるいは子犬の姿を取ることが多くなった。
「事前に連絡は受けているよ。僕もその線でいろいろと調べている・・ただ・・・」
ユーノはなのはたちに言いかけて、困り顔を浮かべる。
「設計としては時間移動は不可能じゃない。だがその移動の際に発せられる次元のエネルギーのため、時間移動は不可能とされています。少なくても、現代の科学力や魔法技術ではね。」
ユーノが資料を記したモニターを展開させながら説明していく。
「だけど、15年後の君の未来では、その技術が、安全に行えるまでに発達しているということだよね?」
「はい・・というよりも、その技術の方向性を極端に突き詰めていっただけなんですけどね。」
ユーノに聞かれてタケルが真剣な面持ちで答える。
「ただし時間移動はまだまだ危険や不安要素があり、それに伴って規制も厳しくなっています。歴史さえも変えてしまうことができるこの時間移動が行えるのは、厳選された人間だけなのです。」
「なるほど・・時間移動・・それだけの制約があって当然だよね・・」
ユーノの説明を受けて、フェイトが呟くように答える。
「本来なら歴史を変えることは重罪に相当します。ですがそうしなければ、世界は滅亡したままです。そんな悲劇を残したままにするくらいなら、僕は・・・!」
「タケルくん・・・ありがとう。あなたの覚悟、私たちはムダにしないから・・」
タケルの決意を汲み取り、励ましの言葉をかけるえりな。そこへオレンジの髪の少女が、本の束を持ってやってきた。
アルフ。フェイトの使い魔で、ラックスと同じく格闘戦に長けている。現在はフェイトの魔力消費を考慮して、少女、あるいは子犬の姿を取るようにしている。
「ユーノ、これ、ここに置いとけばいいんだよね?」
「うん。ありがとう、アルフ。」
アルフの声にユーノが答える。
「アルフも頑張ってるみたいだね、ユーノのお手伝い。」
「うん。フェイトやみんなのためになるなら・・いざとなったら、あたしも戦えるからね。まだまだ衰えちゃいないんだからさ。」
フェイトが声をかけると、アルフが笑顔を見せて答えた。その様子に明日香とラックスも笑みをこぼしていた。
そのとき、緊急事態を知らせる警報が鳴り響いた。なのはたちが真剣な面持ちを浮かべる。
“慰霊碑にて魔力反応を確認!周辺の被害発生が想定されます!局員は直ちに魔力鎮圧を行ってください!”
オペレーターの連絡が飛び交う。ガゼルの臨戦態勢で、時空管理局は騒然となった。
聖王教会は静寂に包まれていた。
そこに属する人間全員が、白に近い灰色の石像と化し、動かなくなっていた。
仮面の男と対峙していたカリムとシャッハも。