魔法少女リリカルなのは&エメラルえりな -stageZERO-
第7話「なのはとえりな(前編)」
傷だらけのひととき。
押しつぶされそうなほどに強い後悔。
こんな気持ちを味あわせたくないと思い、時に冷たくもなった。
絶対に間違いじゃなかった。
間違いをさせたくないから、今のこの気持ちをみんなに教えてきた。
それでも、私の知らないところで、間違いが生まれていた・・・
あなたの気持ち、私に教えて・・・
初日の合同訓練を期に、はやてとユウキは正式に、機動六課とデルタの一時統合に同意した。といっても、表向きは別の部隊のままで認識されることとなる。
だが両者はそれぞれ、心強い味方が加わったことを改めて実感していた。一方の部隊にあってもう一方の部隊にないものをぶつけ合い、教えあうことで、両者はさらなる向上を図ることができた。
そしてこの日も、機動六課とデルタの訓練と任務は続いていた。スバル、ティアナ、エリオ、キャロ、ナディア、ロッキーが見守る中、フェイトとライムが模擬戦を行っていた。だが実際に戦闘を行っているわけではなく、精神世界におけるイメージトレーニングだった。
実際にはその場に立っているだけに見えるが、精神リンクによってつながり、広がった仮想フィールドでは、2人の壮絶な戦いが繰り広げられていた。
この訓練を行うのには理由があった。精神内ならば、全力全開の戦闘が行える。またフルドライブやリミットブレイクの起動など、全力全開の力の発動によって、自分、デバイス、周囲に被害を及ぼすことがない。
ただこの精神訓練にはリスクが伴う。精神内の戦闘は、その衝動が精神に直接伝わることになる。精神力が弱いと精神が傷つく危険がある。そのため、この訓練が行えるのは三尉以上となっている。
バルディッシュ・アサルトのリミットブレイクフォーム「ライオットフォーム」が空を切り、クリスレイサー・ソリッドのリミットブレイクモード「ソリッドモード」の力を併用したライムが道を駆け抜ける。モニター越しにその戦闘の模様を見ていたスバルたちが、緊張を募らせていた。
「す、すごい・・これが2人の隊長の本気・・・」
「パワーはフェイトさんのほうが上だけど、スピードはライムさんのほうが上ですね・・・」
ナディアとエリオが感嘆の声を上げる。フェイトとライムの戦闘は遠近問わず、さらに極まっていた。
「フェイトさんとライムさんはライバル同士だったの。」
そこへシャリオが、フェイトとライムの間柄を語り始めた。
「金の閃光と銀の烈風。魔導師の中で高いスピードレベルを保持している2人。力と速さに重点のあるフェイトさんだけど、ライムさんはさらにその上のスピードを誇っているの。その速さは管理局の中でも右に出る者がいないほど。」
「そういえばライムさん、フェイトさんとすれ違いがあったんですよね。仲直りしたけど、それが競い合っていくきっかけになったと。」
キャロがかけた言葉に、シャリオは微笑んで頷く。
「時に話し合い、時にぶつかり合うことで、お互い分かり合うことができる。あなたたちも経験してきてるし、これからも経験することになるから・・」
シャリオの言葉を受けて、スバルたちが笑みを見せて頷く。しばらく繰り広げたところで、フェイトとライムが模擬戦を終えた。
「すごくなったね、ライム。スピードにさらに磨きがかかってるよ。」
「フェイトだって。バルディッシュ・ライオットもすごい切れ味だったよ。こっちが速さに分がなかったら、真っ二つにされてたよ。」
互いの力を認め合い、感想を口にするフェイトとライム。
「今回は良し悪しあっての引き分けだったし、いろいろ勉強になったよ。またお願いね、ライム。」
「もちろんだよ、フェイト。だけど、今度は負けないから覚悟しておいてよね。」
それぞれの決意を告げて、フェイトとライムが握手を交わす。互いを高みへと昇らせる高揚感を覚えて、2人は満足さを感じていた。
「頑張っていますね、お二人さん。」
そこへ任務を終えて帰還してきた明日香がやってきた。
「おかえりなさい、明日香ちゃん。お疲れ様。」
シャリオが声をかけると、明日香が笑顔を見せる。
「部隊のみなさんとも会うことができました。みなさん元気で、活気で満ちてましたよ。」
「昔の仲間や友人と会えて、気分爽快でしたでしょう。やっぱり、持つべきものは友達ですよね?」
明日香の言葉にナディアが笑顔を見せて答えてきた。だがその言葉を耳にして、フェイト、明日香、ライム、シャリオが当惑を浮かべる。
「あ、あの・・もしかして、言ってはいけないことでも言ってしまいました・・・?」
その雰囲気を気まずく思い、ナディアが苦笑いを浮かべる。明日香たちはある人物のことを気にかけていた。
明日香、リッキー、アレン、玉緒の親友、えりなだった。
シャークとピノの監修の中、教官職の勉強に力を入れていたえりな。彼女の頑張りを見据えて、シャークも感心を覚えていた。
「いやぁ、全くすばらしい。ここまで飲み込みが早い生徒は滅多にいないよ。」
「そんなことないですよ。シャークさんたちの教え方がうまいからですよ。」
賞賛するシャークに、えりなは照れ笑いを浮かべて弁解を入れる。
「謙そんすることはない。私は教え子たちには常に公平な評価をしている。ピノも同様だ。その上で、私は君の上達を評価しているのだよ。健一くんもそう思うだろ?」
「えっ?オレは別に・・けど、えりなもここまで上ってきたんだなって・・」
シャークに突然話を振られて、健一が憮然とした態度を見せる。
(オレからすれば、えりなはそれほど飲み込みがいいようには見えなかった。けどアイツはいつも、努力を重ねてきた。結果、それが実を結んだってわけだけど・・)
健一はえりなの成績を自分なりに分析していた。彼はいつしか彼女をじっと見つめていた。
「ん?どうしたの、健一?」
「えっ?いや、何でもねぇよ・・・」
その視線に気付いたえりなに声をかけられ、健一が動揺を見せた。
「でもまだまだ覚えることが多いですねぇ。頭の中がこんがらがりそう・・・」
「一気に覚えようとしなくていいよ。じっくり頭の中に入れていけばいい。」
頭を抱えるえりなに、シャークが微笑んで言いかける。
「それに上達の方法ならいくらでもあるさ。君たちの身近にいる教官なら、なのはくんやヴィータくんが・・」
シャークが口にしたこの言葉を聞いて、えりなが表情を曇らせる。深刻さを浮かべた彼女の表情を見て、シャークは話を止める。
「えりなさん・・・少し勉強を中断して、小休止をしてみてはいかがですか?気持ちを楽にしたほうが、勉強もはかどりますから。」
そこへピノが呼びかけ、えりなを気遣う。
「ありがとうございます、ピノさん・・・」
「気にしなくていいんですよ。健一さん、えりなさんについていてあげてください。」
感謝の言葉をかけるえりなに、ピノは笑顔を見せる。えりなは健一とともに、ひとまずその場を離れた。
「やはり、溝はまだ埋まっていないのですね。」
2人の姿が見えなくなったところで、ピノが深刻な面持ちを浮かべる。それを聞いて、シャークも小さく吐息をつく。
「2人のことを気遣って、あえてあのようなことを言ったのだがね・・2人とも、私が思っている以上に意固地なところがあるからね。」
思わず苦笑を浮かべるシャーク。
「しかし、なぜこのようなことに・・あの2人は、ともに任務をこなしたこともあったではないですか。」
「考え方の違い。それだけで反発の理由になりうるのだよ。」
疑問を投げかけたピノに、シャークは淡々と言いかけた。
その日の夜、えりなはデータバンクへの回線を開いていた。局員のみが利用できる、局員の情報を閲覧するためのもので、その人物の大まかな履歴が公開されている。
えりなはそこからある人物のデータを閲覧していた。起動六課スターズ分隊隊長、なのはである。
ビジョンに映し出されたなのはのデータの文章を、えりなは読み返していた。
高町なのは。
本局武装隊航空戦技教導隊第5班所属。階級は一等空尉。
多種多様の任務や状況を柔軟に切り抜けてきた、航空魔導師のエース。
特に遠距離魔法、長距離砲撃に関しては折り紙つきである。
彼女の教育は、厳しく濃く、教導官の方針に準じて実践的な内容となっている。
普段は優しく温厚だが、時に厳しい一面を見せて叱咤激励することもある。
その姿勢を取るのには理由がある。
新暦67年、彼女は任務中に瀕死の重傷を負う。
本人曰く、度重なる無茶による過労が原因だという。
実践どころか日常生活もままならない状態だったが、彼女は半年の療養とリハビリを経て、九死に一生を得た。
この出来事が、彼女の教育方針を決定的なものにしたといえる。
現在は起動六課に出向。部隊が担当する「レリック事件」の中で保護した少女、ヴィヴィオの保護責任者となっている。
彼女の出身は魔法に精通した次元世界ではなく、第97管理外世界、別名「地球」である。
当初はその世界の人々同様、普通の人間だった。だがロストロギア「ジュエルシード」の捜索に出ていたユーノ・スクライアとインテリジェントデバイス「レイジングハート」と遭遇したことで、彼女は魔導師としての力を開花させる。
彼女が初めて関わった事件は「PT(プレシア・テスタロッサ)事件」である。プレシアが実子、アリシア・テスタロッサの蘇生のため、ジュエルシードの回収を行った事件である。
フェイト・T・ハラオウン、当時:フェイト・テスタロッサとの邂逅もそのときである。ジュエルシードを巡っての対峙を繰り返して、彼女はフェイトとの和解に成功する。
フェイトを切り捨て、時空管理局の介入にも屈しなかったプレシアだったが、最後はアリシアとともに消息を絶ってしまった。
同じ年の秋に起こった「天地事件」。天のデバイス「クリスレイサー」を手にした小室ライムと遭遇。
PT事件で母親が重傷を負ったことで、フェイトへの復讐を決意するライム。だが度重なる衝突を経て、ライムはフェイトとの和解を果たし、なのはとも友情を深める。
その後、血のデバイス「デッドリーソウル」を扱うジャンヌ・F・マリオンハイト、当時:ジャンヌ・フォルシアが介入。対峙を経て、なのははジャンヌと和解し、管理局も事件の首謀者であるアンナ・マリオンハイトを拘束した。
同じ年の冬に起こった「闇の書事件」。守護騎士、ヴォルケンリッターが介入。「夜天の魔導書」、別名「闇の書」の魔力蒐集のために動いていた彼らは、なのはや管理局、PT事件の保護観察を終えて嘱託魔導師として活動していたフェイトと対峙する。
夜天の書はギル・グレアムとその使い魔、リーゼアリア、ロッテ姉妹の介入により完成。主、八神はやての体を媒体にして暴走するが、なのはたちの活躍によって暴走プログラムは消滅。夜天の書の意思、リインフォースは消滅したものの、はやては解放され、ヴォルケンリッターも現実世界に残ることとなった。
翌年の春に起こった「三種の神器事件」。デバイスのプロトタイプに属する「三種の神器」が保管庫から紛失したことから、この事件は始まった。
三種の神器はそれぞれ、神楽ユウキ、京野仁美、京野庵の手に渡っていた。そしてかつて闇の次元に封印されていた魔女、ヘクセスが復活のために暗躍を行っていた。
管理局、ヴォルケンリッター、さらにライムやジャンヌも加わっての壮絶な戦い。魔力を取り込み、復活を遂げたヘクセスの支配。
過酷な状況を切り抜けて、なのはたちは三種の神器の力を借りて、ヘクセスの封印に成功した。
それからなのはは時空管理局の一員として活躍することとなる。
新暦75年、戦技教導官として後進の育成に力を入れていたなのはは、はやてが部隊長を努める起動六課に出向。
フォワード部隊「スターズ」の分隊長として任務をこなしながら、新人メンバーの育成にも尽力を注ぐ。
ロストロギア「レリック」の捜索と第一級犯罪者、ジェイル・スカリエッティの拘束を部隊の任務とする中、部隊はレリックを所持していた少女、ヴィヴィオを保護。なのはが保護責任者として部隊の保護下に置く。
だがスカリエッティの戦闘機人の襲撃の最中、部隊宿舎が襲撃にあい、ヴィヴィオが拉致される。ロストロギア「聖王のゆりかご」の進行阻止のために出撃するが、聖王として覚醒したヴィヴィオと対峙させられる。
壮絶な激闘の中、なのははヴィヴィオの中にあるレリックの破壊に成功。ヴィヴィオを再び保護する。
その後、聖王のゆりかごは次元航空部隊によって撃沈。スカリエッティ一味も逮捕、連行されることとなった。
「なるほど。そんなすごい人に助けられてたんだね、私は・・」
なのはの凄さを改めて理解して、えりなが肩を落とす。だがえりなはなのはを認めることに抵抗を感じていた。
えりなはなのはの見解に疑念を感じていた。それは教導官としての教育方針だった。
なのはは自分の経験を踏まえて、「どんなことがあっても絶対に壊れない」という方針を採っていた。そのため、かつての自分が犯したようなムチャをされることを快く思っていない。
ムチャを重ねていたティアナに対してその姿勢を見せたことも、えりなは知っていた。なのははそのとき、ムチャが危険であることと同時に砲撃魔法のバリエーションを伝えたかったそうだが、えりなの見解ではそれは何を伝えないのか明確になっておらず、さらに自分の考えを押し付けるという、教育においてあるまじき矛盾でしかなかった。
誰かに何かを教えることと伝えること。その考え方の違いから、えりなはなのはとすれ違っていた。
その翌日、起動六課は平穏な時間を過ごしていた。聖王医療院での療養と検査を終えたヴィヴィオが、再び六課の宿舎を訪れた。
なのはに真っ先に懐いてきたヴィヴィオ。なのはは彼女を優しく向かえ、フェイトたちも心から祝福していた。
一方、はやて、ライム、ジャンヌ、ユウキは任務における分隊の配置を検討していた。分隊が4つとなったので、分隊別のポジションをあらかじめ決めておこうという考えだった。
「戦闘スタイルからして、僕たちブリザードが前衛にいたほうがいいと思うよ。スタイルも攻撃重視だからね。」
「私たちシャイニィは後方支援に回るよ。それで攻守のバランスがいいスターズ、ライトニングを中央に据える。」
ライムとジャンヌが意見を出し、ユウキが頷く。
「そのほうがバランスが整ってていいとオレは思う。なのはちゃんたちにも意見を聞かなくちゃならないが、それが妥当なところかな。」
ユウキは意見を述べて、分隊の各メンバーのデータに眼を通す。
「現段階で総員14人。うち飛行可能なのは8人。フリードに乗れるキャロを入れれば9人か。」
「これなら空と陸でバランスが取れますね。」
ユウキの言葉にジャンヌが同意する。
「せやけど、ひとつ問題があるんよ・・」
そこへはやてが深刻な面持ちで口を挟む。
「そうか・・僕たちのメンバーは、まだ2人しか・・」
その問題に気付いたライムも困り顔を見せる。
「それなら、心当たりの人物がいるじゃないか。」
「そうだよ!えりなと健一で、十分補えるよ!」
そこへユウキが淡々と言いかけ、それにジャンヌが喜びを見せる。だがはやてとライムに笑顔はない。
「もちろん、都合がつかなければ仕方がないけど・・とりあえず話だけでも持ちかけてみよう。」
「ユウキさん、実はえりなちゃんはなのはちゃんと・・」
言いかけるユウキに、はやては事情を説明した。なのはとえりなの間にある確執を。
同じ頃、えりなと健一はシャークに呼び出された。それから3人は車での移動をしていた。
「どこへ行くんスか?まさかいきなり牢獄送りってことはないっスよね?」
「アハハハ。そんなことをしたら、私が牢獄送りになってしまうよ。」
健一が苦笑いを浮かべて問いかけると、シャークは笑みをこぼした。
しばらく車を走らせたところで、えりなと健一が笑みを消した。行き着いた場所が、2人の見知ったところだった。
「シャークさん、目的地って、まさか・・・!?」
「黙っていたことはすまないと思ってる。しかし、そろそろけじめをつけておいたほうがいいと思ってね。」
顔を引きつらせたえりなに向けて、シャークが淡々と答える。その場所は起動六課の宿舎だった。シャークがあえて回り道をしたため、えりなと健一は到着する直前まで気付かなかったのだ。
えりなも健一も突然の事態に肩を落とすしかなかった。
「えっ!?えりな、健一!?」
突然のえりなと健一の来訪に、なのはは驚きを隠せなかった。もう1人のエースの登場に、起動六課の面々が宿舎の中央広場に集まってきていた。
その中には明日香、リッキーの姿もあった。
「えりなちゃん、久しぶりだね♪」
「リッキー!・・リッキーもここにいたんだね。」
笑顔を見せてきたリッキーに、えりなは笑みをこぼす。
「いろいろな場所を旅して修行して、やっと戻ってきたんだよ。」
「そのすごくなったリッキー、いつか見せてもらいたいかな。」
意気込みを見せるリッキーに、えりなも笑顔で言いかける。だがなのはに眼を向けた瞬間、えりなは笑みを消した。
「お久しぶりですね、なのはさん。ちょっとややこしいことになって、ここに来てしまいましたけど・・」
「えりな・・私の考え、まだ受け入れてもらってないんだね・・・」
憮然と言いかけるえりなに、なのはが困惑を浮かべる。2人の間にある確執が解消されていないことが如実に表れていた。
そんなえりなにスバルが歩み寄ってきた。眼をキラキラさせているスバルに、えりなが違った緊迫を覚えた。
「坂崎えりな三等空尉・・なのはさんと同じく、“エース・オブ・エース”と呼ばれた航空魔導師・・・」
「・・あ、あの・・あなた、スバル・ナカジマさんですよね?・・あのゲンヤさんの・・・」
憧れの眼差しを向けてくるスバルに、えりなが照れ笑いを浮かべて訊ねる。シャークとゲンヤは知り合いで、シャークの紹介でえりなと健一もゲンヤと面識があったのだ。
「はいっ!起動六課、スターズ3、スバル・ナカジマです!」
「1039航空隊所属、坂崎えりなです・・それと、私のほうが年下ですから、かしこまらなくてもいいですよ・・」
「あ、そうでした・・じゃなかった。そうだったね。よろしくね、えりなちゃん。」
「はい。よろしくお願いします、スバルさん。」
スバルが手を差し伸べてくると、えりなも笑顔を見せてその手を取り、握手を交わす。だがえりなはすぐに笑みを消して、なのはに振り向く。
「言っておきますけど、私は今は起動六課に加わるつもりはありませんから。シャークさん、いくらなんでも悪ふざけが過ぎますよ。私も怒るときは怒りますから。」
えりなはなのはに言い放ち、シャークに苦言を呈すると、この中央広場を後にしてしまった。健一もスバルたちに一礼してから、そそくさにえりなを追いかけていった。
「あの、何かあったのですか・・・?」
なのはとえりなの確執に疑問を覚えるスバル。
「実はだね、なのはくんとえりなくんには・・」
「それなら私が説明します。」
シャークが言いかけようとしたところへ、明日香が声をかけてきた。彼女はなのはとえりなを思い、沈痛の面持ちを浮かべていた。
なのはとえりなの確執について語り始めようとしていた明日香。彼女のそばにはスバル、ティアナ、エリオ、キャロ、ナディア、ロッキー、ラックス、シャリオ、シルヴィアがいた。
「それで、どうしてこんなことに・・なのはさん、厳しいけど優しいし、父さんの話じゃ、えりなちゃんも明るく優しいって・・」
スバルが明日香に向けて問いかけた。2人のエースの間になぜ溝ができたのか、疑問を拭えなかった。
「ティアナさん、なのはさんに、ムチャしたら危ないって念を押されましたよね?」
「えっ?・・え、えぇ・・」
明日香の問いかけにティアナが困り顔で答える。そのときのことは彼女にとっても苦い思い出だった。
「確かになのはさんの言うことは正しいです。自分の経験という裏づけもありますし。でもたとえ正論でも、えりなにとっては受け入れがたいものだったのです・・」
「そんな、どうして・・なのはさんの話を聞いて、あたしたちはちゃんと納得してますよ・・それなのに・・・」
明日香の言葉にスバルが戸惑いを見せる。
「私もリッキーもラックスも、なのはさんの話も聞いて、彼女の願いもちゃんと受け止めてる。アレンもなのはさんからの訓練を受けている中で、あの事故のことを知ったんだって・・でもえりなはその願いを受け入れながらも、自分の正義を貫くと言ったの。」
「正義・・・」
明日香の口にした言葉に、スバルがさらに戸惑いを見せた。
坂崎えりな。
時空管理局1039航空隊所属。階級は三等空尉。
困難な状況や任務において活路を切り開いてきた航空魔導師。
その実力と功績から、高町なのはと並んで「エース・オブ・エース」と称えられている。
えりなの魔法との出会いは、なのはと共通する部分が多い。
彼女も第97管理外世界「地球」出身である。
その地球で起きた「カオスコア事件」から、えりなの魔導師としての活躍が始まった。
遠距離、砲撃を主に使用するなのはとは違い、えりなは近距離戦闘に長けた戦闘スタイルを持っている。
ロストロギア「カオスコア」の捜索のために地球を訪れていたリッキー・スクライアと遭遇。グラン式オールラウンドデバイス「ブレイブネイチャー」を託され、カオスコア回収に協力する。
同じくカオスコア回収を行っていた町井明日香、地球での任務を請け負ったアレン・ハントとの邂逅と衝突。
その中で明らかになったえりなの真実。それは彼女がカオスコアの擬態だったことである。
混沌の人格の暴走に苦悩しながらも、えりなはカオスコアを回収。彼女自身もカオスコアの人格との共存に成功した。
同じ年の秋に起こった「パンドラ事件」。ロストロギア指定となっていた「パンドラスフィア」の回収を目的としていた「三銃士」と遭遇。
えりな、明日香、アレンは自身の鍛錬を重ね、三銃士と一進一退の攻防を繰り広げた。
そしてエース・クルーガーの介入により、パンドラスフィアに封印されていた闇の存在「パンドラ」が復活。豊川玉緒に憑依して、魔力を暴走させる。
玉緒の心と一時的な同化を果たしたえりなによって、パンドラの暴走は食い止められた。
エースは拘束。パンドラは希望の光を宿したまま、消滅の道を選んだ。
その後、えりなは級友、辻健一とともに時空管理局の一員となった。
その2年後、えりなは任務中にて体調不良を訴え、健一が代役を買った。だがその後健一率いる部隊は瀕死の重傷を負う。
九死に一生を得た健一だったが、えりなは自分を責めた。もしもムチャしてでも自分が現場に行っていれば、健一が傷つかずに済んだのではないかと。
その経験が、えりなに友情の大切さを根付かせることになった。大切なものを守り抜くという自分自身の正義が強まることとなった。
「なるほど・・なのはさんとえりなさんにそんなことが・・・」
明日香の話を聞いて、エリオが納得の反応を見せる。
「4年前にも1度、えりなはなのはさんに反発しています・・えりなは絶対に貫かなくちゃいけないと思っている信念は、どんなことがあっても貫く姿勢でいるから・・」
「なのはさんもえりなちゃんも、時折ガンコなところを見せますから・・それで余計にこじれちゃってるのかも・・」
明日香に続いてリッキーも言いかける。彼もなのはとえりなについてよく知る人物の1人である。
「なのはさんとえりなは、共通点と正反対な部分があるんだ。」
そこへアレンが現れ、明日香やスバルたちに言いかける。
「今、問題になっているのは周りに対する考え方の違いだよ。なのはさんは壊れないよう育て上げるというように身体的な面を重視してるけど、えりなは絆や気持ちといった心、精神的な面を重視している。だから“ムチャしてほしくない”という理由があるからといっても、“冷たい態度で打ちのめす”のは教える側として矛盾していると思っているんだ。」
「そっか・・だからオレが独りよがりになるのを、ムキになって止めてきたってワケか・・・」
アレンの言葉を聞いて、ロッキーが歯がゆさを見せながら言いかける。彼は1人になろうとしていたことをえりなに叱責され、打ちのめされたことを思い返していた。
「どっちの考えも間違いじゃない。だけど内容としては両極端だ。だから反発する。どっちも正論だから互いに貫こうとする。」
「それ、受け止めるには辛いものがありますね。本当なら分かり合えるはずなのに・・」
アレンの言葉にキャロが沈痛の面持ちで言いかける。
「本当は、2人とも気が合ってるのかもしれない・・・」
「そうか・・・気が合いすぎてるから、逆に反発してしまうことがあるんですね・・・」
「話し合いで分かり合えるならいいけど、真正面から全力でぶつかり合わないと分かり合えないときもある・・・」
明日香、ナディア、ティアナが言いかける。彼らはなのはとえりなの心情とその複雑さを痛感することとなった。
その頃、シャークはなのは、はやて、ユウキと会話していた。突然の来訪に、シャークは詫びを入れたい心境だった。
「いやぁ、すまなかったね。何の連絡もせずにここに来てしまって・・」
「いえ、気にしないでください。わたしもみんなも大歓迎ですよ。ただ・・」
謝罪するシャークに弁解を入れるなのは。だが徐々に彼女の表情が曇る。
「えりなとどう向き合っていけばいいのか、私も分からないんです・・・」
「・・思い切って面と向かって話せる機会を設けようと思ったのだが、事態は私が思っている以上に複雑のようだね・・」
沈痛の面持ちで言いかけるなのはに、シャークも困り顔を浮かべるしかなかった。
「えりなちゃん、私に負けず劣らず、ガンコなところがあるから・・4年前も、あのときも・・・」
なのはの口にした言葉にはやても困惑の面持ちを浮かべる。2人は数ヶ月前の出来事を思い返していた。
それはえりながなのはの教育方針に抗議したときだった。強くなろうと努力している人に向けて、越えられない壁を見せ付けるかのように容赦なく打ちのめしたなのはが、えりなは許せなかったのだ。
その抗議に憤ったシグナムが、叱責の意味を込めてえりなを殴った。だがえりなは納得するどころか、憤りを募らせた。
その出来事が、なのはとえりなの関係に溝を生むこととなった。
だがなのはもえりなも内心、自分のどこかで間違いを犯してしまったのではないかという後悔の念を感じていた。和解したいと考えつつも、意固地な部分がそれを拒絶してしまう。
その不器用さのため、なのはもえりなも和解できないまま今日に至る。
「こうなれば、じっくりやっていくしかないようだ。それぞれの都合もあるし、ムリに付き合わせようとしても余計にこじらすだけだから。」
シャークの励ましの言葉を素直に受け止めるも、なのはは心からの笑顔を見せることができないでいた。
その頃、えりなは宿舎の屋上に来ていた。彼女は未だに抱え込んでいたわだかまりを思い返していた。
自分の中にある正義は確実に間違っているものではない。その考えと信念のため、えりなは退こうとせずにいた。
「ここまでガンコだと、ある意味表彰状もんだぜ。」
そこへ健一がえりなに声をかけ、呆れた素振りを見せてきた。
「健一・・・」
えりなはその言葉に対して怒ることはなく、逆に困惑を見せていた。
「けど、そうやってウジウジしてるのは何かスッキリしねぇよ。つーか、えりならしくねぇよ。」
「私らしく・・・?」
「お前、今までそんな状態になってうまくいったためし、全然ねぇだろ。オレが見てる限りじゃそうだったぜ。」
戸惑いを見せるえりなに、健一が気さくに言いかける。彼女はこれまでの自分の行動を思い返した。
(そうだ・・私はいつもがむしゃらに行ってた・・頭よりも体が先に動いてた・・バカみたいだけど、そっちのほうがうまくいってた・・・)
本来の自分の姿を垣間見たえりなは、自分らしさを忘れていたことに戸惑いを覚える。自分の考えをぶつける最高の方法が、自分たちにはあるではないか。
「そうだよね、健一・・・そうだよね・・私、なんてバカなんだろ・・どうしてこんなに思いつめちゃったんだろう・・・」
「えりな・・・」
えりなが口にした言葉に、健一も戸惑いを見せていた。えりなは自分の顔を両手で叩くと、健一に向けて意気込みを見せてきた。
「健一、私、もう迷わないよ!どんなことだって、真正面から向かい合っていくから!」
「えりな・・・それでこそえりなだな、へへ。」
えりなの言葉を聞いて、健一が気さくな笑みを見せた。
起動六課本部内のコンピュータールーム。そこにはシャリオ、ジャンヌの他に、玉緒、リインフォース、ヴィッツ、アクシオ、ダイナの姿があった。
ヴィッツたち三銃士は様々なロストロギアや魔力物質に遭遇した副産物なのか、ユニゾンにおける資質が備わっていた。リインフォースを対象にして、彼らはその適合性を調べてもらっていた。
ユニゾンデバイスとの融合は、双方の素養や魔力光の適合性が求められる。その資質がない、または合わない者同士のユニゾンは融合事故を引き起こし、自滅の末路を辿る危険が出る。
シャリオとジャンヌの分析によって、ヴィッツたちの資質が数値化された。
「あなたたちの中で1番リインと相性がいいのは、ヴィッツだね。」
ジャンヌがヴィッツたちに向けて結果を報告する。
「私の魔力光の属性は光。色は白。光属性に比較的近い雷属性の魔力光を持っているヴィッツさんが、最も高い数値をはじき出してます。」
モニターに映し出されたデータのグラフを見て、リインフォースも補足する。
「これまで何度か適合性のチェックをしてきたが、私の場合、雷属性をはじめ、それに近い光属性に対しても高い適合数値が出た。アクシオは水、ダイナは炎。シグナムとユニゾンしたアギトは炎属性だったが、オリジナルのユニゾンデバイスの中で、水属性は今現在見つかっていない。」
「あ〜あ、あたしも1回ぐらいユニゾンっていうのをしてみたいなぁ。」
ヴィッツが言いかけたところへ、アクシオが肩を落としてため息をつく。
「文句を言うな、アクシオ。ユニゾンできる者は希少なんだ。できない者のほうが格段に多い。むしろユニゾン自体レアスキル扱いしてる人間もいるくらいだから。」
ヴィッツがアクシオに言いかけると、リインフォースに眼を向ける。
「とりあえず1回試してみましょう。いきなり任務や実戦で使うのは危険ですからね。」
「あぁ。よろしく、リイン。」
リインフォースの呼びかけに、ヴィッツは微笑んで頷いた。
起動六課部隊長室にて、シャークははやてと対話していた。その場にはなのは、フェイト、ライム、ピノの姿があった。
シャークが持ちかけたのは、えりなと健一の起動六課への出向だった。しかしはやてはこの申し出に了承に踏み切れないでいた。
はやてだけでなく、六課メンバーの何人かが入隊への推薦を考えている。しかしいずれにしても、本人の意思が必要不可欠である。
「とにかく、まずはえりなと健一から意見を聞かないことには始まんないよ。」
「そうですね。ムリに入れるわけにもいきませんし。」
ライムとピノが意見を述べる。
「やっぱり話し合いの場を設けたほうがいいよ。たとえ入らなくても、これからのためにも・・」
フェイトも話し合いの場を設けることに賛同していた。なのはも複雑な心境であったものの、その意見に同意していた。
「私がえりなちゃんと健一くんに話を持ちかける。みんなもみんなの意見を言うてもらえへんやろか・・?」
「僕は構わないよ。僕個人としてはえりなたちを受け入れたいかな。それもブリザードのフォワードメンバーとして。」
はやての言葉にライムが微笑んで頷く。なのはたちも同意の意思を示した。
そのとき、部隊長室のドアがノックされた。
「はい、どうぞ。」
その音に気付いたはやてが声をかける。開かれたドアの先にはえりなの姿があった。
「えりなちゃん・・・?」
えりなの登場にはやてが当惑を見せる。えりなは真剣な面持ちを浮かべたまま部隊長室に入り、なのはに振り返る。
「なのはさん、お願いがあります・・」
えりなに声をかけられ、なのはが息を呑む。
「私と1回、勝負をしてください・・・!」
えりなの突然の申し出。彼女の挑戦になのはだけでなく、フェイトたちを動揺を見せていた。
次回予告
私が魔法と出会ってから4年。
いろいろと悩んだり傷ついたりしてきた。
経験も力も敵わないかもしれない。
でもこの気持ちだけは、負ける気がしてこない。
だからこの大勝負、私の持てる全部をぶつける・・・
みんなの心に、耳を傾けて・・・