魔法少女リリカルなのは&エメラルえりな -stageZERO-
第8話「なのはとえりな(後編)」
ひとりぼっちの寂しさ。
胸を締め付けられるようなやるせなさ。
こんな寂しさを感じてほしくなかったから、時にこの願いを押し付けた。
助けたい。
これ以上傷ついてほしくない。
たとえ周りを敵に回しても、大切な人を守りたい。
だからこの気持ちを解き放って、全力でぶつけたい・・・
みんなの心に、耳を傾けて・・・
「私と1回、勝負をしてください・・・!」
えりなのこの申し出に、なのはたちは驚きを見せた。
「このまま、こんなもやもやした状態がいつまでも続くのは、なのはさんにとっても、私にとってもよくありません。だから白黒をつけて、気分をスッキリさせたいんです。」
「えりな・・・」
えりなの心境を聞いてなのはが戸惑いを見せる。あまりに突然のことに、彼女は気持ちの整理がつかなくなっていた。
「それは認められへん。えりなちゃんの言う勝負は、訓練でも模擬戦でもない。いくら2人にリミッターがかかってるって言うても、ケンカと大差ない。起動六課部隊長として、認めるわけにはいかへん。」
はやては真剣な面持ちになって、えりなの申し出を却下する。しかしえりなは引き下がろうとしない。
「なのはさんもはやてさんも分かっているはずです。自分の気持ちを伝えるには、時に全力でぶつかっていくことも必要だということを。」
「えりな、それは・・・」
「それともなのはさん、これもあなたのいう“ムチャ”というんですか・・・!?」
反論しようとするなのはに対し、えりなが鋭く言い放つ。
「たとえムチャだとしても、絶対にやり遂げなくちゃなんないこともある。そのとき、自分の気持ちをどこまで持てるか。それがどれだけ大切なことなのか、みなさん分かってるはずです!」
自分の気持ちを切実に告げるえりな。その姿と、なのはは昔の自分の姿を重ねていた。
どんな逆境が立ちはだかっても、自分の気持ちを曲げずに前へ前へと突き進んできた。それは自分が危惧している「ムチャ」と、何物にも変えがたい信念が折り重なっていた。
えりなと気持ちを通わせるため、自分自身のけじめをつけるため、なのはも決心をした。
「はやてちゃん、みんな、私はえりなちゃんとの勝負を受けることにする。」
「なのは・・・!?」
えりなの申し出を受け入れたなのはに、フェイトが困惑を見せる。
「フェイトちゃん、はやてちゃん、わがままをいってゴメンね・・でも大丈夫だよ。私もえりなも、加減すべきなところをちゃんと区別できてるから。」
「なのはちゃん・・・しゃあないなぁ。私たちがちゃんと2人の監督しはるから、それで構わないよね?」
観念したはやてが言いかけると、なのはとえりなは微笑んで頷いた。シャークとピノが安堵を浮かべる横で、フェイトは未だに不安の色を隠せなかった。
「なのはさんとえりなちゃんが勝負!?」
なのはとえりなの対決の話題は一気に広がり、耳に入れたスバルが声を荒げた。
「もう、落ち着きなさいよ、スバル。」
困惑を浮かべている彼女に、ティアナが憮然さを浮かべて注意する。
「でも、その組み合わせはあるようでなかなかないですよ。2人のエースが試合をするなんて、聞いたことなかったですから・・」
ナディアが当惑を浮かべて言いかける。彼女もこの大勝負に対して興奮を覚えていた。
「そういえばどっちが強いんだ?聞いた話、2人は知り合いなんだろ?」
ロッキーもなのはとえりなの力量の差に対して疑問を覚える。
これまでなのはとえりなは仕事や訓練などで行動をともにしたことはあった。だが2人は本格的な勝負をしたことがない。魔力制限の範疇、模擬戦が大前提となっていたからだ。
今回の勝負は互いに出力リミッターがかかったままだが、本気で真正面からぶつかっていきたいという気持ちは確かにあった。それは精神面で全力全開を示唆していた。
「データ上ではなのはさんに分がありますね。」
「なのはさんはS+、えりなさんはS−ですから・・でもリミッターの差もありますし。」
キャロとエリオもなのはとえりなの力量について話に加わる。話題はなのはとえりなの比較で持ちきりだった。
「でも、えりなの本当の力は、局内ではレアスキル扱いされているんです。」
そこへ明日香がやってきて、スバルたちに声をかけてきた。
「えりなはカオスコアの力を使うことができる。その力を併用した魔法技術はレアスキル扱いとなっているんです。その代表が、カオスフォームなんです。」
明日香がスバルたちに補足を付け加える。
「カオスコアの力を発揮したえりなの魔力レベルは、SS−。」
「えっ!?SS−!?そんなに跳ね上がるんですか!?」
明日香が言いかけた言葉にナディアが声を荒げる。シークレット扱いの話に大声を上げたことで、ナディアは口に手を当てて、ゆっくりと座る。
「そんな一時的かつ爆発的なパワーアップが可能なんですか・・・?」
気を落ち着けたナディアが、小声で明日香に訊ねてきた。
「知らないフリをしてください。シークレット扱いにされてますから。」
念を押す明日香に、スバルたちは小さく頷く。
「えりなはカオスコアの力を借りて、爆発的な力を発揮することができるのです。ですがカオスコアの力を直接搾り出すので、魔力消費が激しいのです。」
「上位魔導師の力を制限するものとは別のリミッターの解除、という感じね・・」
明日香の説明にティアナが言いかける。
「もちろんえりなはカオスフォームを滅多に使わない。4年前になのはさんにムチャしないよう注意する前から、その気持ちはあった。4年前、ヴィッツや玉緒に取り付いたパンドラと戦ったときぐらい。それ以外は本当に数えるほどしかないですよ・・」
明日香の口から語られたえりなの切り札。その真意を知ったスバルは戸惑いを隠せなかった。
人と人でない存在との狭間にいる上での葛藤。それは戦闘機人である彼女にもあった。
「リミットブレイク・・限界突破は本当の意味での諸刃の剣。形勢逆転が十分起こりうるけど、リスクは大きい。うまくいけばいいけど、失敗すると一気に劣勢に立たされる・・使いどころを間違えられない力といえるでしょう・・・」
明日香の言葉にスバルたちは頷いた。なのはからの教えを受けてきた彼らには、その意味が十分に理解できた。
だがスバルは戸惑いを隠せなかった。限界突破に属するカオスフォームの使いどころを理解しているのに、なぜなのはとの確執があるのか。何とかしたいと思いながらもどうしたらいいのか分からず、彼女は思いつめるしかなかった。
2人のエースの対決。それへの関心は起動六課メンバーだけに留まらなかった。
情報通の局員を発端に、興味津々となった人々が通信回線を開き、2人の対決をモニターしようとしていた。
様々な視線にさらされる中、仮想フィールドの市街に立つなのはとえりな。レイジングハート、ブレイブネイチャーを手にして、2人のエースが対峙していた。
その光景を真剣に見つめるシグナム、ヴィータ、ライム、アレン。戸惑いの色を隠せないでいるフェイト、リッキー、ソアラ。
様々な思惑が交錯する中、2人の対決が始まろうとしていた。
「まさかこんな事態になろうとは。」
2人を見据えて、シグナムが声をかける。
「勝負を持ちかけたえりなもそうですが、なのはさんもなのはさんですよ。こういうの、普通受けませんよ。」
アレンがなのはとえりなの言動に苦言を呈する。
「ったく、いつまで意地張ってる気だよ、えりなは。なのはに不満を抱くだけならまだしも、ここまでわがまま貫き通すなんてよ。」
ヴィータがえりなに対して不満を口にする。
「ヴィータ、ずい分となのはの肩を持つよな?」
「別にそんなんじゃねぇよ。ただ、あたしはあのとき誓ったんだ。もう2度となのはにケガをさせねぇって。」
口を挟んできたライムに、ヴィータが憮然とした態度を見せて答える。8年前のなのはの事故は、傷ついた彼女の間近にいたヴィータにも大きな心の変化を及ぼしていた。
「確かに僕もなのはの意見には納得してる。だけど不器用だとも思ってる・・僕ほどじゃないけどね。」
苦笑いを浮かべるライムに、ヴィータは拍子抜けされたかのように肩を落としていた。
そこへヴィヴィオが姿を見せてきた。「ママ」であるなのはがえりなと勝負すると聞いて、心配になってきたのだ。
「ヴィヴィオ・・」
彼女の登場に明日香が戸惑いを見せる。ヴィヴィオは明日香に駆け寄り、困り顔を見せてきた。
「ママ、あのお姉ちゃんと勝負するの?」
「ヴィヴィオちゃん・・・そうだよ。でも怖いことじゃないよ。ヴィヴィオもやったんじゃないかな?ママとのケンカ。それと同じじゃないかな。」
ヴィヴィオの問いかけに明日香が微笑んで答える。その言葉にヴィヴィオは戸惑いを見せる。
彼女はスカリエッティ一味の策略により、なのはと対峙させられている。それはなのはとヴィヴィオの心のすれ違いが少なからずあったことも起因していた。
「ママもえりなお姉ちゃんも、いろいろとあったみたい。でも大丈夫だよ。ママもお姉ちゃんも、誰もが認める無敵のエースなんだから。ヴィヴィオちゃんがいるなら、ママはもっと無敵になっちゃうかも。」
「無敵・・・ママ・・・」
明日香の言葉を聞いて、ヴィヴィオは笑顔を見せて頷いた。
多くの人間が見守る中、なのはとえりなは対峙していた。自身に宿る思いを胸に秘めて、2人は互いを見つめていた。
「互いに出力リミッターはかけたまま。つまりフルドライブやリミットブレイク、あなたのカオスフォームも使えない。」
「分かってますよ。私たちが本気になったら、この偽物の街だけじゃ済まなくなっちゃいますから。」
互いに笑みを浮かべて声を掛け合うなのはとえりな。だが2人は互いに向けての葛藤を未だに抱えていた。
そんな2人に向けて、クラウンが声をかけてきた。
“それでは行きますよ、なのはさん、えりなさん。私たちが危険だと判断したら中断しますので。”
クラウンの注意になのはとえりなが無言で頷く。
“それでは2人とも行きますよ。レディー・・GO!”
クラウンの試合開始の合図が響き渡る。だがなのはもえりなも身構えたまま動こうとしない。
2人は互いに、相手が油断できない人であることを知っていた。同時に2人は、自分自身の思いに葛藤を覚えていた。
2人は自分の中で培ってきた信念に基づいて行動してきた。様々な人間に支えられて、その気持ちも汲んできた。
だがその2つの思いは分かち合えるものではなかった。その溝を埋めるために、2人は対峙していた。
しばらくの沈黙が過ぎた後、なのはの足元に魔法陣が展開される。その直後、えりなの周囲に光の球体の群れが出現した。
だが同時に、なのはの周囲にも光の球体の群れが展開していた。2人が打とうとしていた先手は同じだった。
“Flash move.”
“Breeze move.”
なのはとえりなは相手への攻撃と同時に、相手からの攻撃の回避を行った。2人の砲撃は的を外し、巻き起こった爆発の煙から2人が飛び出してきた。
「様子見はここまでだな。」
なのはとえりなの勝負を観戦しているフェイトたちに、ヴィッツがやってきた。続いてジャンヌ、リインフォース、アクシオ、ダイナも来た。
「まだ始めの一手を打っただけだ。本格的な戦いはこれからだ。」
ヴィッツに向けてシグナムが言いかける。その後、送れてスバル、ティアナ、エリオ、キャロ、ナディア、ロッキーが駆けつけた。
「おめえら!?・・自主練してろって言っておいただろ!」
「す、すみません、ヴィータ副隊長。それは、その・・」
怒鳴りかけるヴィータに対して、スバルが口ごもる。
「オレが連れてきたんだ。」
そこへユウキが声をかけてきた。彼がスバルたちを呼んで連れてきたのだ。
「この大勝負、彼らにも絶対に見せておきたかったからね。もちろん祭り的な理由だけじゃない。」
ユウキは言いかけながら、交戦するなのはとえりなを見据える。
「この勝負は2人のためだけじゃない。これからのオレたちやスバルたちのためにも、絶対に眼に焼き付けておかないといけない勝負でもあるんだ。」
ユウキの言葉を聞いて、健一が真剣な面持ちを浮かべて頷く。
「オレたちは今までたくさんのことを経験してきた。管理局での訓練や試験や任務だけじゃない。いろいろと悩んだり悲しんだり、怒ったり悔しがったりしてきた。なのはさんもえりなも、それら全部をひっくるめて、真正面から向かってるんだ・・・」
健一の言葉を耳にしていたスバルは、未だに戸惑いの色を隠せないでいた。この勝負の先に何があるのか。それは今は分からないが、絶対に確かめなければならない。彼女はそう思い、2人の戦いから眼を離さないようにした。
薄暗い一室。ビジョンから発せられる明かりだけが照らしているその部屋で、コンピューターを操作する1人の人物の姿があった。
顔は仮面で覆われており、素顔を確かめることはできない。見えている口元から不敵な笑みが浮かび上がるだけだった。
その部屋のドアが突然開かれる。人物は手を止めて、ドアのほうに振り向く。
また別の人物が部屋に入ってきた。その人物も仮面をつけて素顔を隠していた。
「ずい分と念入りに分析をするのだな。お前らしいというか。」
「フン。私は手抜かりなどしない。徹底的に調べ上げるに越したことはないのだからな。」
部屋に入っていた人物が、眼前の人物に声をかける。声色から2人とも男のようだった。
「それでどうだ?データはまとまったのか、ノア?」
「大方集まりまとまっている。私に暴けないデータなど存在しない。」
人物の言葉に、ノアと呼ばれた男が不敵な笑みを見せる。
「確かにこの面々の能力は脅威だ。総合値においても、個々においても。だが個性的であるが故に、独特の癖というものが存在する。」
「癖?・・お前もそう思うか、ノア。」
「そうだったな。以前お前は彼らと一戦交えたのだったな、オロチ。」
ノアの言葉にオロチが頷く。ノアはコンピューターを操作し、ある複数のデータを表示する。
「問題はレアスキル扱いされているデータだ。調べ上げられる情報が他と比べて少なすぎるからな。」
「どうした?さすがのお前も臆したか?」
「まさか。言ったはずだ。私に暴けないデータは存在しないと。少し手間を取らせるが、問題はない。」
ノアが言い放つと笑みを強める。
「楽しみにして待っているがいい。このデータを収集、分析を終え次第、我らシャブロスの本格的な進撃が始まる。」
ノアの言葉を耳にして、オロチも不敵な笑みを浮かべる。彼らの組織が今、その敵に向けて攻撃の準備を整えようとしていた。
えりなのなのはに対する確執。それは起動六課がヴィヴィオを最初に保護してから数日後から明確なものとなった。
「どうして・・どうしてあんな対応をしたのですか・・・!?」
六課本部のエアポートにて、えりなはなのはを責めていた。内容は模擬戦においてなのはがティアナに叱責し、打ちのめした件である。
そのときのティアナにも非はあった。自分の無力さという重圧にさいなまれるあまり、度を越した訓練や戦闘行動を行った。
そのことはえりなも理解していた。だが彼女が指摘したのは、そのティアナに対するなのはの対応だった。
そのときのなのはは怒りと悲しみのあまり、冷徹な態度を取っていた。厳しくも優しい彼女が普段見せないような。
「あなたがあの時やったのは訓練でも模擬戦でもない。単に自分の力と考えを押し付けている傲慢な手段です。」
憤りの言葉を言い放つえりなに、なのはが困惑を見せる。
「あれで砲撃のバリエーションを見せた?あんな態度では、そんなことを言っても通用しませんよ。もしも叱るなら、ちゃんと言いたいことを素直に言うべきだったんですよ!」
「おい、いい加減にしろよ、えりな!」
えりなの言い分に苛立ち、ヴィータが口を挟む。
「ここで庇っても、それもただの気持ちの押し付けにしかなりませんよ、ヴィータさん!」
しかしえりなはこれに反発し、ヴィータは言葉を詰まらせる。
「あまりうやむやになるのはよくないですからハッキリ言います。私は、教導官としてのあなたが教えようとしていることが見えてきません。あなたの言っていることと私たちのこの仕事の矛盾が理解できているんですか?」
「それは、どういうことなのかな・・・?」
えりなの言葉に対して、なのはが声を振り絞る。
「時空管理局がどういうところなのか、あなたも十分分かっているはずです。私たちの世界でいう警察や軍隊のようなものだと、そういう理解を持ったはずです。軍隊でも警察でも、みんなを守るために命懸けで頑張っているんです。それに近い位置づけにある管理局の局員に対して、ムチャをするなと言うのはおかしくありませんか?」
「えりな、それは・・」
「強くなろうと一生懸命になっている人に対して壁を見せ付けて、それが正しいことだっていうんですか!?」
なのはに対して強く反発するえりな。そのとき、その対峙を見ていたシグナムがえりなに殴りかかってきた。
殴られたえりなが踏みとどまり、憤りを秘めているシグナムに眼を向ける。
「貴様のずい分と見下げ果てたものだ。いつまでも付け上がって・・・!」
「付け上がってるのはどっちなんですか・・・!?」
鋭く言い放つシグナムに対し、えりなも鋭く言葉を返す。
「そうやって自分たちの言い分を押し付けようと考えるんですか・・自分たちが正しいと思って疑わず、他人に無理矢理押し付ける・・ですが、私はそんなことでは引き下がりませんよ・・・!」
えりなの反論にシグナムだけでなく、ヴィータも憤りを感じていた。だが怒鳴ろうとしたところでえりなの怒りの言葉にさえぎられる。
「一生懸命にやることが、努力することのどこがいけないことなんですか・・ムチャをすることのどこが間違ってるって言うんですか・・・自分の気持ちを貫くことは、ムチャと隣り合わせなんですよ・・・!」
「えりな、貴様・・・!」
「私が正しいことをしているとは思っていませんよ・・ですが、間違っていることを正しいと思い込んで疑わないことを、私は認めるつもりはない!」
眼を見開いて言い放つえりな。彼女に秘められた怒りは、シグナムやヴィータが込み上げていたものを上回っていた。
それがえりながなのはに対して確執を抱いた瞬間だった。
なのはに対して果敢に攻める姿勢を見せるえりな。えりなはなのはが遠距離重視の魔導師であることを理解していた。
もちろんなのはが、距離を詰められることを想定した対策を持っていることも知っていた。障壁、バインド、スフィア。どのようなトラップを仕掛けているのか、えりなはなのはの身になって思考を巡らせていた。
その中でえりなは、なのはと自分に対する葛藤を思い返していた。
えりなは正義感が人一倍だった。それは昔も今も変わっておらず、曲がったことや不条理を受け入れることが我慢ならなかった。
その正義感が、なのはの言い分を受け入れることを頑なに拒んだ。それがなのはという人物像までも否定するようになってしまった。
たとえ周りが何と言おうと、間違いや不条理に立ち向かっていく。困っていたり悲しんだりしている人に救いの手を差し伸べていく。それが管理局に身を置いた、えりなの決意だった。
“Saver mode.”
ブレイブネイチャーの形状が変化し、先端から光の刃が放たれる。えりなはスピードを上げて、なのはとの距離を一気につめようとする。
だがえりなは途中で方向転換する。彼女となのはの間には、なのはが展開していたレストリクトロックが待ち構えていた。
なのはと比較して速さと洞察力が機敏であるえりな。彼女は大方の魔法トラップを見抜くことに長けていた。
“Short buster.”
なのはは一気に距離を詰めてきたえりなに向けて砲撃を放つ。それはライムの「ブレイドスマッシャー」と同じく、威力と射程よりも発射速度に重点を置いた即効性の砲撃である。
“Leaf saver.”
えりなはブレイブネイチャーを振りかざし、光刃を放つ。光刃と砲撃が衝突し、相殺される。
爆発と煙が巻き起こる中、なのはは周囲を警戒する。そして背後から迫ってくる魔力の弾の接近に気付き、回避する。
えりなの動きを伺いながら、次の一手を模索するなのは。彼女も自分とえりなに対する葛藤を抱えていた。
それは聖王医療院へヴィヴィオのお見舞いに来たときのことだった。リッキー、ラックスがヴィヴィオの遊び相手となっているのを見つめながら、なのははライムと言葉を交わしていた。
「なるほど。僕がいない間に、いろいろあったみたいだね、君に。」
「うん。本当にいろいろあった。自分でもどうしたらいいのか分かんなくなりそうなくらいに。」
頷くライムに、なのはが照れ笑いを浮かべる。
「あのときもそうだよね。信頼を裏切られたと感じて、ついカッとなっちゃったんだよね?」
「それもあるんだけど・・ああいうとき、どうしたらいいのか、落ち着いて対応できなかったというのもあるんだよね・・・」
神妙の面持ちで言葉を交わすライムとなのは。
「でもムチャは危険だからしてほしくなかったと思ったのは確か。あのときの私みたいな思いをしてほしくなかったから。」
「その気持ちは分かるよ。現に君はムチャして落ちた。痛い目にあって、その考えに至ったんだよね?・・・だけど・・」
ライムは言いかけて笑みを消し、深刻な面持ちを見せる。
「その考えを有無を言わさずに押し付けるのはどうかと思う。」
「シグナムさんとケンカしたんだよね・・ティアナが頑張ろうとしているのに反発したから・・・」
「ティアナが悪いのは僕も分かってる。何のために頑張ろうとしているのかを見失ってたからね。だけどシグナムのあの態度は我慢がならなかった。僕自身を頭ごなしに否定された気がして・・だけど・・」
ライムは遠くを見据えるような眼つきで話を続ける。
「あのときの君の態度、僕は快く思っていない。もしもあのときの君の態度が全く間違っていないと思ってるなら、僕は戦技教導官である君を軽蔑するよ・・・!」
ライムが鋭く言いかけた言葉に、なのはは困惑を隠せなくなり、言葉が出なくなる。
「教官とか先生とか、人に何かを教える仕事は、気持ちの一方通行になったらダメなんだ。自分の方針を尊重しつつ、相手の意見も聞いてあげる。それが教官と教え子のやり取りだと、僕は思うよ。」
「相手の意見を聞く・・・」
「うん。教える側が、逆に教えられる側から教えられることもあるってことだよ。」
ライムの言葉を聞いて、なのはは自分の気持ちを整理する。
戦技教導官の理念に基づいて、アレンやスバルたちを育て上げてきた。だがこれまでの訓練や任務の中で、逆に彼らから教えられたこともあり、助けられたこともあった。そのやり取りが互いを高めあうだけでなく、絆を深めることにもつながっている。
なのはは教官と教え子の関係の大切さを、改めて思い知らされたのだった。
「ま、教官じゃない僕よりも、君のほうが教えることがどういうことなのかは分かってると思うんだけどね。」
「アハハ・・・ありがとう、ライムちゃん・・・」
ライムに励まされて、なのはは気持ちの整理をつけて笑顔を取り戻した。
(そう・・自分の気持ちを押し付けるだけじゃなくて、相手の気持ちを理解しようとする。分かち合おうとするのに、一方通行になったらいけない・・・)
えりなと交戦する中、自分の気持ちを整理していくなのは。
(ライムちゃんやみんなも言ってた。私には不器用なところがあるって・・・)
思い返していくうちに、思わず笑みをこぼしていたなのは。だがえりなに眼を向けて、彼女は真剣な面持ちに戻る。
(だから私が私なりにうまく気持ちを通わせられたら、どんなにいいかな・・・)
“Accel shooter.”
なのはがえりなに向けて魔力の弾を放つ。誘導式の光の弾に対して、えりなが身構える。
“Blaster mode.Leaf sphere.”
形状を変えたブレイブネイチャーを駆使して、えりなが光の弾を放つ。双方の弾丸の群れはぶつかり合い、爆発を引き起こす。
(私はみんなの気持ちを大切にしたい。健一の気持ちを知ったとき、その気持ちが私の中で強くなった・・・)
えりながなのはを見据えながら、胸中で呟く。
(偽善でも何でも構わない。真っ直ぐ前に進もうとしている気持ちを、踏みにじられたくない・・守るために、私がその盾になる・・・だから!)
思い立ったえりなが、ブレイブネイチャーをなのはに向ける。
“Drive charge.”
えりなの魔力が弾丸のようにブレイブネイチャーに装てんされ、攻撃力を高めていく。
「私は眼の前にある壁を切り開き、道を突き進む!」
“Natural blaster.”
言い放つえりなが、なのはに向けて砲撃を放つ。
“ProtectionEX.”
なのはが障壁を展開し、さらにそこへ魔力を注いで耐久力を上げる。えりなの砲撃が障壁にぶつかり、なのはを揺さぶる。
なのはは障壁の角度を変えて、ナチュラルブラスターを上方へそらす。閃光が虚空へ消える中、なのはがレイジングハートを構えて意識を集中する。
リミッターの制御下で出し切れる全力を出そうとするなのは。えりなの砲撃で彼女との距離はあったが、なのはは超長距離でも対象を狙い撃ちすることが可能なのである。
「行くよ、えりな・・私の長距離砲撃!」
“Divine buster extension.”
レイジングハートからまばゆいばかりの閃光が放たれる。砲撃は長い距離をものともせず、えりなに向かって飛んでいく。
「ブレイブネイチャー、スタンバイモード。自動防御、解除。」
そのとき、えりながブレイブネイチャーを待機状態に戻した。この突然の事態になのはが眼を見開く。
一切の防御を解いたえりなに、なのはの砲撃が直撃する。物理ダメージが出ないように設定されているものの、大威力の砲撃を無防備で受けて無事でいられるはずがない。
「えりな!」
なのはがたまらず叫び、えりなの安否を確かめる。観戦していた明日香、リッキー、スバルがえりなの姿を確かめようとする。
爆発による煙の中から姿を現したえりな。魔力ダメージと爆発の衝撃でボロボロになりながらも、彼女はその場で停滞していた。
「えりな・・・!?」
えりなをじっと見つめたまま、なのはが困惑を浮かべる。えりなはゆっくりと降下し、地上に降り立つ。
「なのはさん・・あなたは今、何のために頑張ってるんですか・・・?」
えりなが振り絞るような声でなのはに問いかける。
「友達のためですか?後輩のためですか?・・それとも、ヴィヴィオちゃんのためですか・・・?」
「えりな・・・」
歯がゆさすら伺えるえりなの様子に、なのはが戸惑いを覚える。
「あなたは時空管理局の戦技教導官として、たくさんの人を育ててきました。でもその中であなたは、その人に対する気持ちがあったはずです。でも自分の気持ちばかり押し付けるだけで、みんなの気持ちに耳を傾けないでいる・・それじゃ、あなたを信じてきた人たちがかわいそうです・・・」
なのはに向けて必死に訴えるえりなの眼から涙があふれ出す。
「私には、あなたがそういう一途で不器用な人だということは知っています。私もそうですから。だから私は、あなたが何のために頑張っているのか、体を張って理解しようとしました。」
「えりな、あなたは・・」
「これがあなたの嫌うムチャだということは分かっています。ですが、こうでもしなければ、あなたと向き合うことができないと思ったんです・・」
次々とあふれてくる涙を拭って、えりながさらに呼びかける。
「ムチャをさせたくないというなら、私の話を聞いて・・自分の気持ちを押し付けるだけじゃなくて、みんなの心に、耳を傾けて・・・!」
えりなからかけられた言葉。なのはに向けたその言葉に、リッキー、スバルが戸惑いを見せる。
えりなは伝えたかった。他人と分かち合うためにはどの方向に向かえばいいのか。
ただ気持ちを押し付けるだけでは分かち合えるどころか、逆にその関係に亀裂を生むことになってしまう。時に引いて緩急をつけることも大事なのである。
交戦する中、なのはは徐々に理解を深めていた。ライムに指摘され、えりなが訴えてきたことで、彼女は思いつめていた。
(そうか・・・私、いつの間にか、気持ちの一方通行をやってたんだね・・・)
「レイジングハート、スタンバイモード。」
なのはの低い呼びかけでレイジングハートが起動を解除し、待機状態に戻る。紅い宝玉となったデバイスを握り締めて、なのはがえりなに近づく。
涙ながらに訴えかけようとするえりな。地上に降り立ったなのはが、そんな彼女の前に立つ。
「えりな・・私、いつも大事なことを伝えようとしてきた・・でも、いつの間にか、そればかりになってたね・・・」
「なのはさん・・・」
「ムチャをしてほしくないという気持ちは間違っていないと思ってる。あのとき、みんなに迷惑をかけちゃったのは確かだから・・だけど、これからはみんなと向き合っていきたいとも思ってる。スバルたちやヴィヴィオ、みんなと・・・」
えりなに向けて自分が見出した答えを告げるなのは。だが疲弊しきっていたためか、えりなは突然その場で倒れだした。
「えりな!」
なのはが声を荒げて、えりなの体を支える。ムリもなかった。いくら物理ダメージが出ないように調整してあったとはいえ、無防備でディバインバスターの直撃を受けて無事で済むはずがない。
そこへその事態を見かねたリッキーとスバルが駆けつけてきた。
「えりなちゃん、大丈夫!?」
「えりなちゃん・・・なのはさん・・・」
リッキーがえりなに呼びかけ、スバルがなのはに眼を向けて困惑する。
「物理ダメージが出ないようにはしていたんだけど、まさか防御を全部解除するなんて思わなかったから・・・」
なのはが弁解の言葉を口にするが、ただの言い訳にしかならないとも痛感していた。そこまでしてえりなが訴えようとしていたことも。
「なのはさん、僕が運んで治療します。なのはさんも疲れ気味のようですから、体を休めてください。」
「リッキーくん・・ありがとう。私もシャマルさんのところに行くから・・」
なのはが微笑んで言いかけると、リッキーはえりなを抱えて飛翔していった。2人を見送ろうとしたとき、なのはも疲れを隠せなくなってふらつき、スバルに支えられる。
「あれだけあたしたちに念を押してたのに、これじゃ人のこと言えないですよ。」
「アハハハ、けっこうムキになってたのかな・・・」
スバルに苦言を呈されて、なのはが思わず苦笑いを浮かべた。
「理由とかはくだらねぇが、どうやらスッキリしたみてぇだな。」
2人の勝負を見ていたヴィータが憮然さを浮かべながら言いかける。その傍らでフェイト、ライム、健一は安堵を浮かべていた。
なのはとえりな。2人のエースがこれまで抱えていたわだかまりが沈静化したのだった。
漆黒に彩られた大広間。そこには数人の人物が立ちはだかっていた。
どの人物も各々の仮面を被っており、素顔を隠していた。それが彼らが身を置く組織の面目となっているが、素性を隠す以外の主だった意味合いはない。
彼らの待つ大広間に2人の人物がやってきた。オロチとノアである。
「待たせたな、お前たち。思った以上に時間がかかったが、これで進撃の準備は整った。」
オロチの呼びかけに仮面の人物、ガゼル、メトロ、ミウラ、オメガが振り向く。
「集まったのか、時空管理局、起動六課のメンバーのデータは?」
ガゼルがオロチとノアに向けて声をかける。
「楽しみね。どのような相手と戦えるのか。かわいい子が相手だといいわね。」
ミウラが妖しく微笑んで、一途の期待に胸を躍らせる。
「君たちのデータにはいつも助かっています。今回も期待していますよ。」
メトロが悠然と語りかける。
「相手が誰だろうとオレには関係のないことだ。強いヤツと戦えればそれで満足だ。」
オメガが好戦的な態度を見せて、不敵な笑みを浮かべる。
「思惑はそれぞれだが、全員やる気にはなっているようだな。」
4人の態度を見て、ノアも不敵な笑みを浮かべる。冷静沈着な態度を崩さずに、オロチが語り始める。
「待たせたな、お前たち。お前たちがそれぞれの思惑で行動する独立独歩であることはオレも先刻承知だ。だがこの世界に向けて戦いを挑もうとしているという共通点はある。」
オロチの言葉を聞いて、各々がそれぞれの反応を見せる。その言葉に続いて、ノアが語りだす。
「我らはこの偽りの平和に満ちた世界を壊滅し、新たな世界へとリセットする。我らシャブロスの最初の目的は、その象徴である時空管理局の壊滅である。その中で現在有力視されているのが起動六課。夜天の魔導書の所有者、八神はやてが率いる部隊であり、高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンといった上位の魔導師や騎士もそこに身を置いている。ジェイル・スカリエッティ率いる戦闘機人との戦闘が記憶に新しいだろう。」
「ジェイルですか。あんな三流マッドサイエンティスト崩れに手を焼くとは、時空管理局も地に落ちたものですね。」
ノアの言葉を聞いて、メトロがジェイルと管理局をあざ笑う。
「でも、そんな相手に勝算はあるの?最近、デルタとかいう特別操作部隊と合同で動いてるみたいだし、さらに六課に新しく加わったメンバーの中には、小室ライムやジャンヌ・フォルシア・マリオンハイト、坂崎えりなや町井明日香まで加わったそうじゃないの。」
「それも承知の上でのデータ分析だ。」
ミウラに答えるノアが、1枚のディスクを取り出す。
「起動六課のフォワード陣全員の全ての攻撃パターンと、各デバイスの機能をコンピューターで分析させた。もちろん八神はやての夜天の力や、坂崎えりなのカオスコアのデータも含めてだ。」
高らかと言い放つノア。彼は起動六課が抱えるレアスキルのデータまで入手していたという。
「では始めようか。オレたちの戦いを。この愚かしき世界を作り変えるために。」
オロチの呼びかけを受けて、シャブロスが動き出す。世界を滅ぼし、新たに作りかえるために。
なのはとの勝負で疲れ果て、意識を失ったえりな。彼女が眼を覚ましたのは、起動六課本部の医務室のベットの上だった。
「よかった。眼が覚めたみたいね。」
意識を取り戻したえりなに向けて、シャマルが声をかける。
「シャマルさん、私・・・」
「なのはちゃんの魔法を受けて倒れちゃったのよ。あれだけ無防備で受けたら仕方がないわよ。」
当惑するえりなに、シャマルが微笑みながら事情を説明する。記憶を巡らせたえりなは、ベットから起き上がろうとする。
「まだダメですよ、えりなちゃん!まだ動けるような体では・・!」
「ううん。今行かないとダメなんです。まだ、きちんと話をしていませんから・・・」
シャマルが止めるのも聞かずに立ち上がるえりな。その医務室になのは、フェイト、ライム、明日香、リッキー、スバル、ヴィヴィオがやってきた。
「そんなに急がなくても、私のほうから来るから。」
「なのはさん・・・」
落ち着いた様子で声をかけるなのはに、えりなが戸惑いを見せる。
「ホントは私も安静にしてないといけないんだけど、やっぱりきちんと話をしておいたほうがいいと思って・・」
微笑みかけるなのはだが、2人とも真剣な面持ちになって互いを見据える。
「えりなの考えは私に十分伝わったよ。みんなの心に耳を傾けることも、とても大事なこと・・でも、私の中にある伝えたいことは、全く間違っていることじゃないと自覚している。1回痛い目にあってるからね。」
「なのはさん・・・」
「あなたの気持ちを私は受け入れる。だからえりな、私が伝えたいことを、あなたも受け入れて・・・」
なのはは語りかけると、えりなに向けて左手を差し伸べてきた。えりなもなのはの譲れない想いを理解して、右手を差し伸べた。
互いの手が強く握り締められ、互いの誓いを証明していく。それは2人の和解、そして起動六課の最後の副隊長の出向を表していた。
「えりな、これから君と健一は、僕が隊長をやっているブリザード分隊に配属されることになる。だから一緒に任務をこなすことが多くなってくる。よろしくね、えりな。」
そこへライムがえりなに声をかけ、気さくな笑みを見せてきた。するとえりなも笑顔を見せて頷いた。
「はい。よろしくお願いします、ライムさん、はやてさん・・・なのはさん。」
えりなの声を受けて、なのはも笑顔を浮かべて頷いた。
2人のエースが手を組み、新たな布陣となった起動六課。彼らの活躍はまだ、終わりを迎えてはいなかった。