魔法少女リリカルなのは&エメラルえりな -stageZERO-
第6話「ユウキの決意」
栄光を積み重ねてきた人たち。
未来を守るために立ち上がる人たち。
過去、現在、未来の中で紡がれていく思い。
だがその思いがすれ違い、時に衝突する。
それをまとめ上げるのは、至難の業であるといえる。
それが人としてしなければならないことであり、オレたちのしなければならないことでもある。
オレたちは今、新しい一歩を踏み出す・・・
魔法少女リリカルなのは&エメラルえりな、始まります。
この日も訓練に励む機動六課のフォワード陣の面々。レリック事件を終えても、彼らは日々の精進を怠らない。
なのは、フェイト、ヴィータの見守る中、自主練習に励むスバルたち。その訓練場にライムがやってきた。だがライムはひどく元気がなく、顔が青ざめていた。
「おい、どうしたんだよ、ライム?顔色が悪いぞ。」
「いやぁ、昨日のパーティーでバカやっちゃって・・おかげで頭がガンガンして・・・」
訊ねてきたヴィータに、ライムは頭に手を当てながら答える。彼女は昨晩の出来事を話した。
伝説の三提督の功績を祝う祝賀パーティー。そこにはやて、ライム、ジャンヌも参加していた。
そこで3人はある2人の人物と会った。ゲンヤ、ギンガ親子である。
ゲンヤ・ナカジマ。時空管理局陸上警備隊第108部隊隊長であり、ギンガとスバルの父である。はやては一時期ゲンヤの部隊で研修を行っており、彼との交流は深い。
「お久しぶりです、ナカジマ三佐。」
「久しぶりだな、八神二佐。この前はいろいろと世話になっちまったな。」
敬礼を送って笑顔を見せるはやてと、気さくな態度で答えるゲンヤ。
ナカジマ家はスバルとギンガをはじめ、戦闘機人と深い関わりがある。ゲンヤは独自に戦闘機人の関連事件を調査する中、娘2人との生活を優先させていた。
「今日は2人の新隊長も一緒か。お前さんとも久しぶりだな、ライム。」
「いやぁ、ホントに久しぶりだね、ゲンさん。ギンちゃんも久しぶり。」
ライムとジャンヌに眼を向けたゲンヤが声をかけ、ライムが気さくに答え、ギンガにも声をかける。
ライムがナカジマ家との交流があるのは、ハイネがゲンヤと交流があったからだ。ハイネに連れられて来ていたが、その面会の場で意気があってしまい、今ではギンガとともに気軽に話せるようになった。
ライムもスバルのことは聞いていたが、スバルと直接会ったのはハイネに機動六課に連れてこられたときだった。
「ライムさんも元気そうですね。こっちはいろいろあって大変だったけど・・」
「話ははやてやなのはたちから聞いてる。あんな事態になってたのに、みんなのところにいけなくてゴメン・・」
優しく声をかけてきたギンガの言葉に、ライムが沈痛の面持ちを浮かべる。
「そんなに自分を責めたらあかんて。ライムちゃんもジャンヌちゃんも、それぞれの現場で頑張ってたやない。」
「はやて・・ゴメン・・って、何だか謝ってばかりだね・・」
励ましの言葉をかけるはやてに、ライムが苦笑いを浮かべる。
「ギンちゃんの妹さん、元気でやってますよ。元気と負けん気の強さには、僕たちも勇気付けられるよ。」
「よかった。スバル、みなさんに迷惑をかけていないか心配もしてたんですけど、余計なお世話でしたね。」
ライムにスバルを賞賛され、ギンガが笑みをこぼす。
「さ、せっかくのパーティーだ。楽しまないと損だ。」
ライムは気分を変えて軽い足取りで歩き出していった。このパーティーはバイキング形式なので、実質食べ放題である。
「相変わらず子供だな、アイツは。本当に昔と変わっていないな。」
「でも体も気持ちも大きく成長してますよ。ほんまに心強い味方の登場です。」
苦笑するゲンヤと笑顔で弁解するはやて。
そこへ1人の黒髪の青年がはやてたちのところへやってきた。ユウキである。
「あ、ユウキさん、久しぶりやなぁ。」
「やぁ、はやてさん。久しぶりっていっても、この前連絡を取ったばかりじゃないか。」
笑顔を見せて挨拶をして、握手を交わすはやてとユウキ。直接の再会はこのときだった。
「ところで、この前連絡した件なんだけど、みんなには伝わってるか?」
「とりあえずは隊長、副隊長には伝えたんやけど、みんなちょっと複雑になってるん・・」
ユウキが訊ねると、はやてが困り顔を浮かべる。一時統合がまだ決定に至っていないものの、それでも複雑さを感じていた。
「とにかく、明日の午後にはフォワード陣連れてそっちに行くから。まずはそっちのストライカーたちとの合同練習だ。」
「何だか楽しそうやね、ユウキさん。うちらのストライカーの実力を見たくてしゃあないって感じやな。」
意気込みを見せるユウキに、はやてが笑顔を絶やさずに答える。
そのとき、テーブルの料理をつまんでいたライムがはやてに飛びついてきた。突然のことに驚くはやてが、ライムの様子がおかしいことに気付く。
「ラ、ライムちゃん、どないしたん!?・・お、お酒のにおい・・・」
「はやて〜、ジャンヌ〜、ぼく、なんだかいいきぶんになってきちゃったよ〜・・」
ライムの様子と口調が明らかにおかしい。ジャンヌが近くにいた招待客に駆け寄り、声をかけた。
「あの、どうしたのですか?」
「それが、その・・うちの部隊長がワインを飲ませてしまったんですよ。そしたらあのようになってしまって・・」
ジャンヌの問いかけに招待客が気まずそうに答える。見境なく振舞うライムの姿にジャンヌもはやても唖然となっていた。
2人は悟った。ライムが酒乱であることを。
その後はやてとジャンヌは泥酔するライムを引っ張って、一足先に会場を後にした。
「なるほどな。それで酒を口にしてから今朝まで、記憶がブッ飛んでたと。」
話を聞いて納得の素振りを見せるヴィータの言葉に、ライムが小さく頷く。
「今日は休んだほうがいいよ、ライム。その調子じゃ任務も訓練もできないよ。」
フェイトが心配してライムに呼びかける。
「うん・・今日は宿舎のほうで休んで・・・うっ!」
それに答えようとした瞬間、ライムは強烈な吐き気に襲われた。
トイレの水の流れる音が響き渡る。出すものを出したライムは、医務室のベットでうつ伏せになっていた。
「まさか二日酔いで倒れるなんて・・」
「うん・・面目ない、リッキー・・・」
困惑を浮かべるリッキーに、ライムは顔を伏せたまま答える。
「困りましたね。こっちは若い人たちが多いから、二日酔いの薬は置いてないし・・」
シャマルも困り顔を浮かべていた。この機動六課の面々は未成年がほとんどであるため、お酒の付き合いがほとんどないのが現状なのだ。
「だ、大丈夫だよ、シャマル・・今日1日休んでれば、明日には万全だよ・・・」
「そう・・ならしばらくここで休んでいって。私かリッキーくんがここにいるから。」
「うん・・デルタのみんなが来たら、よろしく言っておいて・・」
ライムはシャマルに言いかけると、うつ伏せのまま眠りについた。
「そろそろ来る頃ですね。アレンと玉緒ちゃんたちも顔を出すでしょうね。」
時計を見たリッキーが言いかけると、シャマルも微笑んで頷いた。
正午を過ぎた頃、ユウキがなのはたちの前に姿を見せた。久方の再会になのはとユウキが抱擁を交わす。
ユウキは新たな部隊を新設し、その指揮官となっていた。時空管理局の正式な部隊とは別個とされている特別捜査部隊「デルタ」である。
デルタは時空管理局の中でも奇抜な部隊とされている代わりに、入隊するには厳しい審査をクリアしなくてはならない。デルタに所属する人間は、高いレベルと認められた精鋭なのである。
ユウキがコマンダーを務め、他のメンバーもなのはたちの知り合いが多かった。
アレン・ハント。時空管理局執務官。格闘技を母、クリスに、魔法技術をなのはから教わっている。執務官となった彼ははやてとフェイトから機動六課に誘われたが、師であるなのはに甘えたくないという理由で転属を断った。はやてが紹介したデルタの話を持ちかけられ、そこで入隊したのである。
豊川玉緒(とよかわたまお)。時空管理局所属魔導師。えりな、明日香の親友で、「パンドラ事件」の重要参考人。その保護観察を終えた彼女は三銃士、雷の剣士のヴィッツ、水の剣士のアクシオ、炎の剣士のダイナとともにデルタに転属となった。
ソアラ。猫を祖体としたアレンの使い魔であり、彼の補佐官を務めている。彼とともに多くの事件の解決に貢献している。
リーザ・アルティス。時空管理局本局査察官であり、デルタ設立の立役者の1人である。カリムの遠縁の親戚に当たり、はやて、クロノ、ヴェロッサとも面識がある。
クラウン・アイシス。本局で通信オペレーターを務めていたが、ユウキと仁美のオペレーションをしたのを期に、デルタのオペレーターとなった。アレン、クリスと縁があり、シャリオとは幼馴染みの間柄である。
さらに通信スタッフとしてエリィ・スズキ、カレン・ホンダ、ルーシィ・マツダを加えたメンバーで、デルタは構成されている。
本来は仁美もサブコマンダーとして所属しているのだが、産休のために戦線を離脱しており、現在はアレンがサブコマンダー代理を務めている。
そのメンバーが今、機動六課との交流を深める意味も込めて、この場を訪れたのである。
「シャーリー、久しぶりじゃなーい♪あなたが機動六課に入ってたなんてー♪」
「クラウンもまさかデルタにいたなんて、ビックリしちゃったよ。」
シャリオとクラウンも再会の抱擁をする。
「お久しぶりです、なのはさん。あのときはすみません。わがままを言ってしまって・・」
「気にしなくていいよ、アレン。あなたが自分で選んだ道なんだから。」
「みなさん、10年たって大きく変わってしまっていると思っていたんですけど、あまり変わっていないみたいですね。」
アレンもなのはと再会の握手を交わし、ソアラも笑顔を見せた。
「玉緒やアクシオたちもあんま変わってねぇみてぇだな。」
「でもお互い、パワーも階級もどんどん上がってるみたいね。甘く見たいほうがいいわよ、ヴィータ。」
気さくに声をかけてきたヴィータに、アクシオが自信を込めて言葉を返す。
「ユウキさん、やっぱり仁美さんは来られなかったんですね・・」
「うん。今は海鳴市の自宅にいるよ。あのタイガーが世話してるみたいだけど、かえって心配なんだよなぁ。」
フェイトが訊ねるとユウキが気まずい面持ちを見せる。
仁美は今はユウキの出身地である海鳴市の自宅で過ごしており、2人の恩師である藤村大河(ふじむらたいが)が彼女の面倒を見ていたのだ。
「さて、このまま再会の喜びを分かち合いたいとこだけど、こっちは遊びで来たわけじゃない。」
ユウキはなのはに言いかけると、整列していたスバルたちに眼を向ける。彼はスバルたちの力量を見定めたかったのである。映像ではなのはの課す訓練からレリック事件での任務や戦闘などを見ていたが、直接確かめておきたかったのだ。
「オレはデルタのコマンダー、神楽ユウキだ。みんな、よろしくな。」
ユウキはスバルたちに自己紹介をして手を差し伸べてきた。
「機動六課スターズ3、スバル・ナカジマです!」
スバルは笑顔を見せてその手を取り、握手を交わした。
「同じくスターズ4、ティアナ・ランスターです!」
「ライトニング3、エリオ・モンディアルです!」
「ライトニング4、キャロ・ル・ルシエです!」
ティアナ、エリオ、キャロが声を上げて自己紹介をして、ユウキと握手を交わしていく。
「新しく機動六課に入りました、ナディア・ワタナベです!」
「ロッキー・トランザムだ。ロックって呼んでくれよな。」
ナディアが緊張をにおわせる様子で、ロッキーが憮然とした態度で挨拶をしてくる。ユウキは笑顔を絶やさず、6人のフォワードたちに視線を向ける。
「それじゃまずはお前たちの実力を見させてもらう。お前たち6人と、デルタのフォワード6人のチーム戦をやってもらう。」
ユウキが告げた言葉にスバルたちが当惑を見せる。アレンたちは事前にこのことを聞かされていたため、動揺は見せていなかった。
「こっちのメンバーはアレン、ソアラ、玉緒、ヴィッツ、アクシオ、ダイナだ。お前たちの持てる全ての力を出し切るんだ。」
「ユウキさん・・・」
ユウキの呼びかけに一瞬戸惑いを見せるスバル。だが彼女たちはすぐに、このチーム戦における彼の狙いを推測した。
この勝負は勝敗が評価につながるわけではない。彼の言ったとおり、自分の持てる全力を出し切り、彼の前で披露すること。それがこのチーム戦の狙いだった。
アレンたちもそれぞれのデバイス、ストリーム・インフィニティー、ミラクルズ、ブリット、オーリス、ヴィオスを起動させて構えた。
「それじゃ、行くぞ・・レディー・・ゴー!」
ユウキの出した合図と同時に、それぞれのデバイスを起動させたスバルたちが、デルタのフォワード陣に向かっていった。少し離れた場所からなのはやユウキたちが観戦し、エリィ、カレン、ルーシィが戦闘データの記録を開始した。
「ユウキさん、なぜいきなりチーム戦を?1人1人の力を見たいなら、1対1の試合をさせたほうが・・」
なのはが困惑の面持ちでユウキに訊ねる。するとユウキは笑みを消さずに答える。
「なのはちゃん、本当の力が発揮されるのは、実践さながらのチームワークの中でだよ。それは君の方針にも準ずるよ。」
「えっ?」
「人は力を合わせることで実力以上の力を発揮する。それにおけるチーム全体の力を見定めることも、この練習の目的なんだよ。」
ユウキの見解を聞いて、なのはは真剣な面持ちを浮かべて頷く。それぞれの戦いと決意を垣間見ながら、ユウキは昔を思い返していた。
4年前、特別調査員として活動していたユウキ。だがその中で起こった空港火災の実態を知ったとき、彼は深刻さを隠せなかった。
(炎の広がり具合もそうだが、局員や部隊の火災への対応がひどい有様だ。なのはちゃんたちが前線に出てなかったら、被害は空港だけに留まったかどうか・・)
詳細データを目の当たりにしたユウキが肩を落とす。火災発生から現場到着までの時間、部隊の編成と陣形、そして鎮火までの時間。全てが後手に回る状態だった。
「このままじゃ、また同じことの繰り返しになるかもしれない。下手をしたら、取り返しがつかなくなるかも・・」
同じくそのデータを眼にした仁美も、困惑の色を隠せなかった。ユウキは考え込んで、呟くように言いかけた。
「はやてちゃんは独自の部隊の設立に躍起になってる。オレたちもやっぱり、何か手を打たなくちゃならないと思うんだ。」
「だったら、私たちも新しい部隊を持とうよ。」
仁美が口にした言葉に、ユウキがきょとんとなる。
「私たちが何かしなきゃ何も変わらないなら、私たちがやるしかないじゃない・・」
「仁美・・・そうだな・・オレたちもやるんだ。オレたちがこの状況を覆してやるんだ・・・!」
仁美の言葉を背に受けて、ユウキは決意する。管理局部隊の直接的に属さない新たな部隊の新設を。
新部隊設立のために奮起するユウキと仁美。だが設立は考えているよりも難題であり、クリアしなくてはならない課題が山のようにあった。
各部署への手続き、隊員の招集、部隊としての機能の確立。これらの問題を解決するには多大な労力と時間を必要とした。
しかしユウキは諦めなかった。多く高い壁を超えようと努力を重ねてきた。
そして部隊設立を目指して3年の月日が流れたときだった。ユウキと仁美は時空管理局局長との直談判を果たす。
局長といっても、管理局の代表であるだけで、本格的な部隊の指揮は、各部隊の指揮官に委ねられているといっても過言ではない。
「あなた方のこの3年間の奮闘、私も聞き及んでいます、神楽ユウキさん、京野仁美さん。」
「ありがとうございます。局長も、管理局が抱えている問題についてはご存知ですよね?」
会話を交わす局長とユウキ。ユウキが訊ねると、局長は真剣な面持ちで頷いた。
「新たな部隊の新設の必要性を訴えるあなた方の気持ちは分かります。ですが新設に関しては、八神はやてさんが決起し、高町なのはさん、フェイト・ハラオウンさんも賛同しています。」
「それはオレも聞いています。オレは違うベクトルから、新部隊の設立に向けて動いています。」
「それが、陸、海、空、どの武装隊にも属さない特別捜査部隊ということですか・・・」
局長の言葉にユウキが小さく頷く。
「お願いします。この管理局にある不安要素、オレが払拭してみせます。オレにチャンスをください!」
ユウキは言いかけると、仁美とともに深々と頭を下げる。その彼に局長は声をかける。
「あなたが立ち上げようとしている部隊は、あなたが総指揮を務め、あなたに部隊における全ての責任が降りかかることになります。それだけでなく、異例に属するその部隊を快く思わない者もいるため、逆風は避けられないでしょう。あなたに、それらを受け止める覚悟はありますか?」
「決意、責任、反発、全て先刻承知です・・・!」
覚悟を問う局長の言葉を受けても、ユウキの決意は揺るがない。それを汲み取った局長は、ある人物を呼び出した。
しばらくすると、彼らのいる局長室に1人の初老の女性が入ってきた。
「リーザ・アルティス。時空管理局査察官です。」
局長が女性、リーザを紹介する。ユウキ、仁美、リーザがそれぞれ敬礼を送る。
「ユウキさん、仁美さん、あなた方の話は私も聞いています。査察官として、私があなた方の動向を観察させていただくと同時に、新部隊の後見人としてあなた方をサポートします。」
「リーザさん・・・ありがとうございます。よろしくお願いします!」
リーザの言葉を受けたユウキが再び頭を下げる。彼女の参入で、ユウキの仁美の奮闘に飛躍がかかることとなった。
それから1年後、管理局局長の承認の下、特別捜査部隊「デルタ」が新設された。本部、宿舎の設置や通信スタッフの導入にこぎつけ、フォワード部隊として加わるメンバーとの交渉と審査も順調に進んでいた。
だが全ての問題が解決したわけでない。それだけでなく、また新たな問題といえる事態が発生した。
それはデルタに対する突発的な査察だった。訊ねたのはオーリス・ゲイズ。地上本部総司令、レジアス・ゲイズの娘であり、副官である。
穏健的な本局や次元航行部隊とは対照的に、地上本部のトップに置かれているレジアスは武闘派や強硬的など、攻撃的な一面が目立っている。その強い行動力と過激な言動には賛否両論がある。
長きに渡って地上部隊で務めてきたことを誇りとしており、次元航行部隊や聖王教会、「闇の書事件」の重要参考人となったはやてが部隊長を務める機動六課を快く思っていない。今回のオーリスの査察も、レジアスのデルタに対する不快感が発端となっている。
冷静沈着に査察を進めようとするオーリスに対し、ユウキは柔軟にこれに対応した。指名した情報も自分から提示するという発言まで出し、逆にオーリスの上手を取ることとなった。
突然の査察を乗り切ったユウキ。だが彼は内心、これまでの努力を水の泡にされかねないと冷や汗をかいていた。
「一時はどうなるかと冷や冷やしたぞ。まぁ、やましいことがこっちにないから、特に責められることはないんだけどな。」
「責められることが何もないとはいえませんわよ、ユウキさん。」
安堵を浮かべていたユウキに、リーザが声をかけてきた。
「どういうことなんだ、リーザ?」
「あなたは三種の神器事件の重要参考人。闇の書事件に関与しているはやてさんと同様、レジアス中将はあなたを快く思っていないようです。」
「そんな横暴な・・そういえばハイネがよくあの人のこと、ボスザル、ボスザルって悪口叩いてたっけ。」
肩を落として、ユウキが気落ちした素振りを見せる。ハイネもレジアスの言動を快く思っていない。
「ま、気を取り直してやっていきますか。みんな次々とここに入ってくるわけなんだから。」
「しっかりしてくださいよ、コマンダー。あなたがこのデルタのトップなんですから。」
言葉を交わしあい、笑みをこぼすユウキとリーザ。
「さて、海から早速救援の申請が来てる。向こうに出て事件解決だ。」
「そうですね。あれこれ考える前に行動する。頭より先に体を動かしましょう。」
「あら?アンタがオレたちのこの考えに賛同しちゃっていいのか?この判断、局長や機動六課はともかく、他のお偉方が黙っちゃいないだろう。特にレジアス中将は。」
「聞こえないふりしますわ、ウフフフ♪」
「アンタ、それでも査察官か?」
笑ってみせるリーザに、ユウキが呆れ顔を見せる。2人は真剣な面持ちに戻って、会話を続ける。
「時に大胆な行動を取るのも、指揮官としては重要なことです。あなたの場合、大胆不敵が性に合っていると思います。」
「そうか?・・・そうなると中将と同じタイプってことになるな、オレは・・まぁ、とにかく・・」
リーザの励ましを背に受けて、ユウキが改めて決意を見せる。
「ここまでこぎつけたんだ。やれるとこまでやってやるさ!」
ユウキの奮起にリーザだけでなく、仁美も頷いて賛同していた。
厳しい審査基準を設けながらも、デルタのフォワード部隊へ配属する魔導師や騎士は少なくなかった。
まず入隊してきたのはアレン。なのはとはやての推薦を受けてのもので、その高い能力を見たユウキは、彼をソアラとともに入隊を了承した。
それからアレンの情報と推薦で、玉緒とヴィッツら三銃士も戦列に加わることとなった。こうしてデルタは高い戦闘力を有した鉄壁の布陣を得た。
だがデルタが本格的に任務遂行に向けて動き出そうとしていたときだった。
ひとつの任務を終えて帰還しようとしていたデルタのフォワード陣。みんなと一緒に戦いたいという願いと現場を直接見て状況把握に努めたいという見解から、ユウキは任務の際には常に現場に出るよう心がけていた。
「ただ今戻りました、ユウキさん。最近、ガジェットの出現率が上がってきてますね。」
「しかも性能がどんどん上がっているしね。」
アレンとソアラがユウキに声をかけてきた。ガジェットドローンの巻き起こす事件に、彼らも手を焼いていた。
「はやてさんやなのはさんも、機動六課で活躍しているんだ。僕たちもデルタとして頑張らなくては。」
「張り切るのはいいけど、気負いすぎるのも逆効果だ。平常心を保って行動することが、自分のためになるんだ。」
アレンの意気込みを聞いたユウキが励ましの言葉をかける。
「己の敵は常に己ということですね。改めて心に留めておきます。」
ヴィッツが微笑んでユウキの言葉に同意する。デルタが改めて本部に帰還しようとしたときだった。
「ん?どうしましたか、仁美副隊長?」
ダイナの声にユウキたちが足を止める。仁美が肩で息をしていて、ひどく疲れている様子だった。
「どうした、仁美?」
ユウキが仁美に駆け寄り、呼びかける。すると仁美が突然その場で倒れこんでしまう。
「仁美!」
ユウキが叫び声を上げ、アレンたちも緊迫を覚える。押し寄せる疲弊の中で、仁美は意識を失った。
その後、仁美は救護班に連れられて本部の医務室に運ばれた。そこでの診査の結果を、ユウキは聞かされていた。
それはユウキたちの予想していなかったことだった。
「妊娠!?」
「はい。2ヶ月に達しています。この状態であのような任務を行えたものと、逆に感心してしまうくらいですよ。」
驚きの声を上げるユウキに、医師がため息混じりに答える。
「それじゃ、しばらく戦列を離れたほうがいいですね。」
「はい。しばらく産休に入って、療養に専念すべきです。」
深刻な面持ちを浮かべるユウキ。そこへ意識を取り戻した仁美が声をかけてきた。
「ユウキ、ゴメン・・私のせいでこんな・・・」
「気にするなよ、仁美。今のデルタは、お前の穴を埋めるほどに戦力が上がってきてるんだから。」
謝る仁美にユウキが弁解を入れる。すると仁美は安堵を感じて照れ笑いを見せる。
「結婚して3年。これからはオレの妻だけじゃなく、1児の母になるんだ。しばらくはオレたちに現場を任せて、お前はしっかり休んでろ。」
「そうだね・・・分かった。私はしばらく大人しくする。だけどユウキ、あまりムチャしないでよ。生まれてくる子供がパパに会えないなんて、悲しいことは私もゴメンだから・・」
互いに言葉を掛け合うユウキと仁美。2人のこれからの幸せのため、ユウキは改めて奮起することを誓った。
それからユウキは今回の事情をアレンたちに話した。だがアレンたちはさほど驚かずにこの出来事を受け止めていた。
その後、デルタはスカリエッティ一味の襲撃の際には、クロノの指揮するクラウディアとともに後方支援に徹した。攻め一辺倒になって、側面からの襲撃を受けてしまうかもしれないと踏んだユウキの指示だった。
攻撃に転じた機動六課の活躍により、ジェイルや戦闘機人たちは沈黙。ヴィヴィオやギンガたちも無事救出された。
取り戻された平穏の中、ユウキとリーザは墓標に来ていた。管理局の局員が栄光や功績を得る代わりに殉職した者たちの眠る場所である。
ユウキたちが行き着いたのはある人物の墓標だった。その人物はレジアスだった。
レジアスは戦闘機人事件において確執が生じた友人、ゼスト・グランガイツとの因縁があった。それはゼストとその部下たちを任務の中で死に至らしめたという疑念だった。
その疑念を解消することができたゼストだが、ジェイルの戦闘機人の手にかかり、レジアスは死亡。その戦闘機人を葬ったゼストも、追ってきたシグナムに特攻を仕掛け、命を落とした。
この2人の確執と最後を知ったユウキの脳裏に、かつての苦い思い出が蘇ってきていた。それは彼と庵のすれ違いと戦いだった。
歯がゆさを痛感するユウキの前に、オーリスがやってきた。敬礼を送り、2人は握手を交わした。
「あのときは生意気な口を叩いてすみませんでした。」
「いいえ。こちらこそ、あなた方の気持ちも汲み取らずに・・・」
互いに沈痛の言葉を掛け合うユウキとオーリス。彼はかつて、レジアスと衝突していたのだった。
重役との議会に引っ張り凧となっていたユウキ。彼はデルタ本部に戻ろうとしていたとき、ある衝突を耳にして立ち止まる。
「お願いです、中将!どうか思いとどまってください!」
「ならん。この機を逃せば、これまで培ってきたものが全て水の泡になる。お前たちに辛い思いをさせることになるが、ここで手を引くわけにはいかんのだ。」
懇願する者とそれを拒絶する者の対話だった。拒絶していたのはレジアスだった。
「我々の部隊は難易度の高い任務をこなして疲弊しきっています!これ以上任務を行えば、命の危険も出てきます!中将、どうか考え直しを!」
「この作戦遂行に変更はない!このまま犯罪組織の鎮圧にかかる!これ以上反論するなら、お前から部隊の指揮権を剥奪するぞ!」
「・・あくまで任務遂行を貫こうという姿勢なんですね・・・分かりました。今回はあなたに従いましょう・・ですが、その後は、この管理局を辞めます!・・今まで、お世話になりました・・・!」
激昂が込められた対話が途切れると、部隊長室から1人の青年が飛び出してきた。
「マキシマ三佐・・・?」
ユウキの横を青年、ガゼル・マキシマがすり抜けていく。ユウキが声をかける間もなく、ガゼルは去っていった。
「まったく、ひよっこ風情が知った風な口を叩きおって。」
続いてレジアスが憮然とした態度を見せ、オーリスも続いて姿を見せてきた。
「あの、何かあったんですか・・・?」
「お前には関係ない。一佐になったばかりのひよっこにはな。」
ユウキが問いかけるが、レジアスは憮然さを浮かべたまま答えようとしない。その態度にユウキが真剣な面持ちを浮かべる。
「あなた方とガゼル三佐のことはあえて聞きません。しかしオレをいつまでも子供扱いしないでいただきたいですね。」
「何だと?」
ユウキの言葉にレジアスが眼つきを鋭くする。
「確かにオレは管理局に勤めて10年もいっていない。職歴40年のあなたと比べれば、まさに大人と子供でしょう。ですが子供でも、周りで何が起こっているのか、何が問題とされているかは理解できます。」
「貴様も知った風な口を。この時空管理局には、いや、地上部隊だけでも、貴様の知りえないことが山ほどあるのだ。」
「無知の恥は承知の上です。それでもオレたちは、人々の思いに応えるために、全力で突き進んでいきます。みんなに悲しい思いをさせないために・・・!」
「図に乗るな、無礼者が!デルタなどというひよっこどもの集まりなどに次元犯罪の取締りを任せられると思っているのか!身の程をわきまえろ、小僧!」
「アンタらの答えは聞いてない。オレたちの道はオレたちで切り開く。それと、若者の力、なめないでくれよな・・・!」
レジアスの怒号を逆に一蹴し、ユウキは決意を胸に秘めて立ち去っていった。
「それでは失礼いたします、レジアス中将、オーリス三佐。」
リーザもレジアスとオーリスに敬礼を送ると、ユウキの後を追っていった。
「あなたも大胆不敵ですね、ユウキさん。地上の英雄、レジアス中将に向かって言ってのけるなんて。」
ユウキに追いついてきたリーザが声をかけてきた。
「あ、あれはほとんど勢い任せで・・だけど、それが本音だったかもしれなかったかな・・」
ユウキが照れ笑いを浮かべて弁解を入れる。
「でも、あなたの今のその勇気が、これからの社会には大事なことなのかもしれませんね。ベテランの長い経歴とそれに基づいた知識や技術だけでなく、若者のパワーというのも必要となってくるでしょう。」
「そんな形で期待されると、何だがその気になっちゃいそうで怖いなぁ。隊長、異議あり!って・・」
互いに笑みをこぼすリーザとユウキ。2人は真面目な面持ちを浮かべて話を続ける。
「この管理局が抱えている問題を側面から解決する。そのためのデルタなんだ・・・」
右手を強く握り締めて、ユウキは決意を口にする。それを見てリーザは微笑んでいた。
自分たちの意思を貫くために生じた衝突。その和解を果たせなかったことに、ユウキもオーリスも後悔を感じていた。
「父さんは自分の意思を曲げない人でした。しかしその意思が反発を招くことにもなりました。」
「それでも、自分の意思を最後まで曲げなかった・・・」
沈痛の面持ちを浮かべるオーリスに、ユウキは悲痛さを噛み締める。
「あなた方も自分の意思を貫かれるのですね?」
「はい・・みんなの幸せを守るために、長い年月をかけて意思を貫き通してきた中将のためにも・・・!」
オーリスの言葉にユウキは答える。2人は敬礼を送り、ユウキはリーザを連れて墓標を後にした。
機動六課とデルタ、双方のフォワードたちによる模擬戦を終了させたユウキ。スバルたちだけでなく、アレンたちも肩で息をしていた。双方が互いに拮抗していたことを物語っていた。
「伊達になのはちゃんたちに鍛えられてるわけじゃないようだ。こっちはレベルの高いのをそろえてるんだけど、それにも引けを取らない。」
スバルたちの力量を評価するユウキ。
「スバル、エリオ、ナディア、ロック、お前たちは責め重視のポジションやデバイスの影響もあって、猪突猛進になる傾向が出てる。うまく緩急をつけるんだ。敵との戦闘などでの攻め手を増やせるし、体力の消耗をある程度抑えられるからな。」
「はいっ!」
ユウキの指摘にスバル、エリオ、ナディアが答える。ロッキーは不満の表情を浮かべていたが、渋々受け入れているようだった。
「それからティアナにキャロ。」
「はいっ!」
ユウキに声をかけられて、ティアナとキャロが答える。
「サポート役に回るお前たちは、常に周囲に注意していなくちゃならない。仲間の位置、相手の位置、そして双方の魔法や武器の位置や狙いなどを把握する必要がある。体中に眼があるような感じで、周囲の状況を理解するんだ。前後左右上下。地上にいるときでも地面から狙ってこないとも限らないからな。」
「分かりました!」
ユウキの指摘にティアナは答える。彼女は内心、彼の的確な分析力に脱帽していた。
(すごいね、ティア。何でもお見通しって感じだよ。)
そんなティアナに向けて、スバルの念話が飛び込む。ティアナは憮然さを感じながら、スバルの言葉に意識を傾ける。
(ユウキさんは指揮能力も魔力レベルもものすごく高い。うちの隊長たち以上のバケモノよ。だけど本当にすごいのは強さでも階級でもなく、リスペクトよ。)
(リスペクト?)
(そう。相手の動きを細かく見極めること。相手の攻撃や移動の直前に見せる仕草や癖などを見抜いて、即座に的確に対応するバトルスタイルよ。この手を使う人を相手にしたら、こっちの手の内筒抜けよ。)
(えっ?それじゃやりにくいなぁ。)
(そのリスペクトスタイル、ユウキさん独自のものじゃないのよ。元々は彼の友人であり、三種の神器事件で魔女の従者となっていた京野庵が使っていたスタイルだって聞いてるわ。)
(三種の神器?魔女?)
(なのはさんたちが関わってきた事件の中で指折りの大事件よ。そのくらい覚えておきなさいよ。次元の闇から現れた魔女、ヘクセスを封印した伝説のデバイス、三種の神器。その三種の神器の力を借りて、なのはさんたちがヘクセスを撃退した事件よ。その三種の神器はトップシークレット扱いになってるけど、今はユウキさんと仁美さんが所有しているらしいわ。)
(なるほど。その事件が、がユウキさんたちの心を大きく揺るがしたんだね・・)
ティアナの説明にスバルがようやく納得した。
「ほらそこ。スバルにティアナ、念話のおしゃべりは後にしろ。」
「えっ!?あ、はいっ!すみません!」
そこへユウキが注意の声をかけてきた。スバルとティアナが慌てて返事をする。
(す、すごい・・リスペクトスタイル・・)
(あたしたちの念話までお見通しだよ・・・)
ユウキのすごさを痛感して、ティアナとスバルが心の中で苦笑していた。
「それと、みんなまだまだ荒削りなところがあるけど、そこは経験を重ねていけば十分様になってくるさ。オレたちもだけど、お前たちもまだまだこれからなんだからな。場数を踏んでいけば、イヤでも体が覚えるさ。」
「はいっ!」
ユウキの呼びかけにスバルたちが答える。これからの未来を守るために全身全霊を賭けることになる少年少女の決意を目の当たりにして、ユウキは喜びを実感していた。
「よし。最後は各フォワードメンバーでの話し合いだ。さっきの模擬戦について意見交換をして、レポートの材料にするんだぞ。」
こうして、この日の機動六課、デルタの合同訓練が幕を閉じた。フォワード陣の力量を見計らったユウキは、彼らの未来に対して大きな期待を抱いていた。
機動六課宿舎内にて、ユウキはその感想をはやてに伝えていた。
「この眼で見てますます実感が持てたよ。あの6人はすごい力を備えてる。しかもそれが発展途上だっていうんだから、恐ろしくなってくるよ。」
「私たち機動六課の力、あんまり侮れんということや。」
笑みをこぼすユウキにはやてが笑顔を見せて答える。窓から夜の光景を見つめて、2人は真面目な面持ちを浮かべる。
「オレたちもそうだが、彼らがこれからの平和を守っていくことになるんだ。だからこそ、オレも君も決意したんだ。」
「道は違うてもうたけど、志は一緒や。そして少しやけど、互いの道がつながった・・」
「一緒に頑張っていこう、はやてちゃん。おっと。あれから10年もたってるのに、もう“ちゃん”付けじゃ・・」
「別にえぇよ、ユウキさん。なのはちゃんもシャマルも“ちゃん”で呼んでくれてるから。」
思わず苦笑いを浮かべるユウキに、はやては笑顔を崩さずに弁解を入れる。2人はそれぞれの部隊の隊長として、固い握手を交わした。
(未来はオレたちが切り開く・・人生の先輩たちができなかったことを、オレたちがやってのけるんだ・・・!)
心の中で決意を巡らせて、ユウキははやての私室を後にした。
次回予告
この10年の間で学んだこと。
楽しいこと、苦しいこと、辛いこと。
その全てを、これからを進んでいく子たちに伝えていく。
その気持ちに間違いはないと思っていた。
だけど、その道の途中で、すれ違いが生まれていた・・・
あなたの気持ち、私に教えて・・・