魔法少女リリカルなのは&エメラルえりな -stageZERO-
第5話「フェイトと明日香」
この歴史の中で、次々と誕生する命。
自然に生まれる命もあれば、人工的に生み出される命もある。
偽りの娘として生まれ、母親からの愛情を受けることがなかった少女。
両親を失い、兄にも騙されてきた少女。
でも、たくさんの親友や、親代わりになってくれる人がいてくれた。
いろいろな気持ちに支えられて、今の自分がいる。
だから、自分と同じ境遇の子たちに、救いの手を差し伸べてあげたい。
お互い、心の底から分かり合いたいと思うから・・・
魔法少女リリカルなのは&エメラルえりな、始まります。
スバルたちにゲームとも思える模擬戦を課したライムは、先に割り当てられていた自分の部屋に戻っていた。そして彼女は浴場に向かった。
誰も浴場にいないことを確かめると、ライムは着ていた制服をかごの中に放り込んだ。
彼女の体にはさらしが巻かれていた。そのさらしを外すと、ふくらみのある胸があらわになった。
これがライムの抱えていた秘密だった。彼女の胸が急成長してしまい、いまではなのはたちの中でも指折りの大きさとなっていた。しかし彼女自身はこれを快く思っておらず、さらしを巻いて隠してきていた。
(まさかここまで育っちゃうとは・・予想外にもほどがあるよ・・・)
今の自分のスタイルに対してため息をつくライム。彼女は急いで入浴を済ませようと、そそくさに浴場へと入っていった。
シャワーで汗を洗い流してから、ライムは風呂に入る。心身の疲れが取れていくような感覚を覚えて、彼女は大きく吐息をもらす。
そのとき、浴場の外から声が響いてきたことに気付いて、ライムが息を呑む。
(ま、まずい!誰か来た!)
慌てふためくライムだが、脱衣所は既に誰か来ているようで、他に逃げ場が見つからない。
(こうなったら、ここに隠れるしかないか!)
思い立ったライムは、風呂に潜ってやり過ごそうとした。湯は入浴剤で色がついているため、湯煙と相まって見つけにくいと判断した。
浴場にやってきたのはスバル、ティアナ、キャロ、ナディアだった。彼女たちはライムの課した模擬戦の感想を語り合っていた。当人がここに潜っていることなど知る由もなく。
「いやぁ、ライムさんの訓練、厳しかったけど気分がいいよ。」
「やっぱりライムさんはすばらしいですよ〜♪」
スバルとナディアが感嘆の声を上げる。
「あまりはしゃぐものじゃないわよ。今に満足しないで、精進し続けなくちゃダメなんだから。」
「でもライムさんがいると、みんなに笑顔があふれてきますね。」
ティアナが呆れた素振りを見せ、キャロが微笑みかける。
「ジャンヌさんも加わって、この機動六課はどんどんすごくなっていく。あたしたちも負けていられないね。」
「よーしっ!あたしもみなさんに負けないように頑張りますよー!よろしくお願いします!」
スバルが決意を見せると、ナディアも意気込みを見せてきた。周りを気にせず羽目を外しているようにも見える彼女に、ティアナは半ば呆れていた。
「エリオくんもロッキーさんも、負けられないって張り切ってましたし・・・キャッ!」
感嘆の声を口にしたキャロが、その直後に悲鳴を上げる。浴槽の底でおかしなものに触れたからだった。
「どうしたの、キャロ?」
「そ、そこにヘンなものが・・・!」
スバルが訊ねると、キャロが動揺を浮かべたままその場所を指し示す。その場所に向かってスバルが歩み寄る。
(ま、まずい!触られた!しかもよりによって胸を!・・今ので息が・・!)
同じく動揺を覚えたライムが息苦しさを覚える。スバルの伸ばした手が、ライムのふくらみのある胸に当たる。
「ん?何だろ?前にも触った感じが・・」
「ちょっと、スバル!アンタ、何言ってるのよ!」
スバルの言葉にティアナが気恥ずかしくなる。スバルは時折大胆な行為をすることがあり、ティアナの胸を揉んだこともあった。
(ダメだ・・もう我慢できない・・・!)
限界を感じたライムが、ついに浴槽から飛び出してきた。突如現れた彼女に、スバルたちが驚く。
「ラ、ライムさん!?どうしたんですか、こんなところで!?」
スバルがライムに向けて驚きの声を上げる。そこへジャンヌが入浴のために浴場にやってきた。
「何をやってるの、あなたたち?・・・ライム、その胸・・・」
「ジ、ジャンヌ・・ア、アハハハ・・・」
当惑を見せるジャンヌに、ライムは苦笑いを浮かべるばかりだった。
それからライムは、なのはたちにも自分の胸が大きくなってしまったことを打ち明けた。その巨乳に1番驚いていたのはヴィータだった。
「これにはマジでビックリしたぜ。こりゃシグナムクラスだな。」
「からかうな、ヴィータ・・・それにしても、なぜ私たちに隠していたのだ?隠すほどのこととは言えないだろうに。」
苦笑いを浮かべるヴィータに苦言を呈するシグナムが、ライムに問いかける。するとライムは嫌々そうな面持ちで答える。
「僕がこういうスタイルになるのがイヤだったんだよ。気がついたらこんなに大きくなっちゃって・・」
「だからわざわざさらしを巻いて隠していたと・・」
ライムの見解を聞いて、フェイトが当惑を浮かべていた。するとライムがはやてに視線を向けてきた。
「僕としては、そこの部隊長殿のセクハラ行為が原因だと踏んでるんだけど。」
「えっ!?私が!?」
ライムの言葉にはやてが驚きの声を上げる。
「君が僕の胸をもみもみやってくれたから、こんなにも胸の発育がよくなっちゃったんだよ〜・・・!」
「そ、それは言いがかりやって!私も、まさかこんなに大きくなるなんて思うてなかったんやから・・・!」
胸を揉む仕草を見せて言い寄ってくるライムに、はやてが慌てた様子で弁解する。
はやてはコミュニケーションのひとつとして、相手の胸を揉むことがある。それは10年前から行われていたようであるが、あくまで相手の了承の範囲内で行っている。
ライムもはやてに胸を揉まれたことがあったが、今現在このようなことになるとは、そのときの2人にとっては想定外のことだった。
「まぁ、いいじゃないですか。ないよりもあったほうが、きっと何かの役に立ちますよ。」
「この胸が役立っても、僕は嬉しくないよ、シャマル・・・」
笑顔で弁解を入れてくるシャマルだが、ライムは余計落ち込んでしまった。
様々な出来事が巻き起こった日から一夜が明けた。なのは、フェイト、ライム、ジャンヌ、明日香、ラックスはミッドチルダ北部にある聖王医療院を訪れていた。
なのはたちがこの聖王医療院を訪れた目的は2つ。これから機動六課に所属する2人の人物に会うことと、ここに入院している1人の少女に会うことだった。
その少女の名はヴィヴィオ。街中で発見された少女で、それを期になのはに懐くようになり、なのはを保護責任者、フェイトを後見人として迎えられることとなった。
だがヴィヴィオの正体はレリックウェポン「聖王の器」であり、ジェイルの野望に利用され、なのはとも戦わされることとなった。最終的になのはに救われ、改めて保護されることとなった。
なのははヴィヴィオに会うため、フェイトたちとともにこの医療院に来ていたのだ。
「ヴィヴィオ、元気でいるかな・・・?」
「なのはにしてはずい分な心配の様子だね・・そのヴィヴィオって子、あのレリック事件の・・」
心配の面持ちを浮かべるなのはに答えるライム。その言葉にフェイトが頷く。
「うん。人造魔導師素体の可能性の指摘があって、その調査の最中だった。スカリエッティに捕まって利用されて・・・なのは、すぐに飛び出して助けに行きたい気持ちを必死にこらえてた。管理局の一員として、勝手な行動は許されないと自分に言い聞かせて・・」
「なるほどね・・でも僕だったら、助けを呼ぶ声を耳にしたら、指をくわえて見てるわけにはいかなくなっちゃうけどね。」
フェイトがなのはの心境を代弁すると、ライムが自分の気持ちを告げる。そのような独断専行は、組織に属する人間としてははばかられる行為であるが。
そんな彼女たちのところへ、1人の少年と1人の少女、そして1人の青年がやってきた。
リッキー・スクライア。遺跡発掘をして流浪の旅をするスクライア一族の人間であり、えりなにブレイブネイチャーを託した人物でもある。数々の世界へ旅を行いつつ、自分の魔法に磨きをかけ、今日、この医療院を訪れていたのだ。
シルヴィア・クリストファ。かつてクロノたちとともに航行艦船「アースラ」に乗艦していた少女だが、「三種の神器事件」の重要参考人として刑務に服し、フェイトの推薦を受けて機動六課に加わることとなった。
フォルファ。三種の神器を管理している保管庫の管理者。無限書庫の司書長を務めているなのはの友人、ユーノ・スクライアとともに無限書庫の管理も行っている。格闘戦、雷属性の魔法に長けており、魔法術式もミッドチルダ、ベルカを問わず使いこなせる。
「久しぶりだな、君たち。すまないな。あまりお前たちのところに顔を出すことができなくて。」
「構いませんよ、フォルファ。私たちもいろいろ忙しかったですから・・」
気さくに声をかけるフォルファに、なのはが笑顔で弁解する。
「明日香ちゃん、ラックス、久しぶりだね。」
「リッキーもずい分たくましくなったね。えりなも健一も会いたがってたけど、いろいろ忙しくて・・」
リッキーと明日香が再会の抱擁をする。その姿を見てラックスも気さくな笑みを浮かべる。
「お久しぶりです、フェイトさん・・いろいろとご迷惑をかけて、すみませんでした・・・」
「いいよ、フォルファ。あなたがこうして戻ってきてくれて、私は嬉しい・・ううん、みんなもきっと喜んで迎えてくれる・・」
涙を浮かべて頭を下げるフォルファに、フェイトが微笑んで励ましの言葉をかける。そこへもう1人、少女がフェイトに駆け込んできた。
アルフ。フェイトの使い魔であり、彼女のよき相棒である。現在はハラオウン家の手伝いを主に行うようになり、姿も基本的に少女、あるいは子犬の姿を取るようになった。
「来たんだね、フェイト。ライムもジャンヌも元気そうだね。」
「うん。2人ともそれぞれの決意を胸に頑張ってる。その頑張りが、周りにも影響を与えてる・・」
笑顔を見せるアルフに、フェイトが微笑みかけ、ライムたちに眼を向けて頷く。そこへフォルファが歩み寄り、声をかけてきた。
「10年というのは、短く感じるようで、やっぱり長いんだなと思う。それだけの時間がたてば、それだけ大きくなるのも当然か。」
「あたしはちっちゃくなっちゃったけどね。」
フォルファの言葉にアルフが照れ笑いを浮かべてきた。
「アルフのその姿を見てると、まるで大小が逆転してしまったって感じだな。」
「アハハ、全くで・・」
フォルファの指摘を受けて苦笑いを浮かべるアルフ。その会話にフェイトとシルヴィアも笑みをこぼしていた。
「ところで、ヴィヴィオは・・?」
なのはが問いかけると、フォルファが病棟に振り返る。その先にはナースに連れられている金髪の少女の姿があった。
「ママ・・なのはママ・・・」
「ヴィヴィオ・・・」
少女、ヴィヴィオが不安げな面持ちを見せると、なのはも戸惑いを見せていた。心を通わせた母親に会えたことを喜んで、ヴィヴィオがなのはに向かって駆け出す。
「あ、危ないよ、ヴィヴィオちゃ・・・あっ!」
ヴィヴィオを呼び止めようとするナース。案の定、ヴィヴィオが草むらの中で転んでしまう。
「あちゃー。子供って、あわてんぼうなところがあるからなぁ。」
ライムが苦笑いを浮かべてヴィヴィオに歩み寄ろうとする。だがヴィヴィオが1人で立ち上がろうと頑張る様を見て、ライムはその場で立ち止まった。
なのはたちの見守る中、ヴィヴィオは自分の力で立ち上がった。それを見て安堵の笑みを浮かべたライムが改めてヴィヴィオに歩み寄り、頭を撫でた。
「なかなか根性があるみたいじゃないか。こりゃなのはママを追い抜いちゃいそうだね。」
ライムの褒め言葉にヴィヴィオはきょとんとなる。一時期追いやられたことを思い出しつつ、なのははそれを口にしなかった。
「すごくなったね、ヴィヴィオ。なのはママも嬉しいよ。」
「ママ・・・ヴィヴィオ、がんばる・・ママのこと、すきだから・・・」
なのはが笑顔で褒めると、ヴィヴィオも笑顔を見せてきた。するとなのはがヴィヴィオを抱き上げ、再会を分かち合う。
2人は本当の親子でも親類同士でもない。だがその絆は、本当の親子に勝るとも劣らないものとなっていた。
「親子、か・・・」
その姿を見ていた明日香が戸惑いを覚えていた。彼女はフェイトに関するデータを見ていたときのことを思い返していた。
フェイト・T・ハラオウン。旧名、フェイト・テスタロッサ。
「ジュエルシード事件」の重要人物、プレシア・テスタロッサの娘であると記載されているけど、直接的な親子というわけではない。
フェイトさんはプレシアの実子、アリシア・テスタロッサのクローン。「プロジェクトF(フェイト)」の最初のクローンである。
お母さんに喜んでほしいと思い、ジュエルシードの回収に乗り出したフェイトさん。時になのはさんとも対立した。でもプレシアの思いはアリシアにだけ向けられていて、フェイトさんには一切向けられていなかった。
最終的にプレシアはアリシアと一緒に虚数空間に落ちて行方不明に。フェイトさんの気持ちは、プレシアには届かなかった。
けれど彼女は1人ではなかった。なのはさんが手を差し伸べてくれた。クロノさんのお母さん、本局総務統括官、リンディ・ハラオウンさんが家族として迎えてくれた。
たくさんの優しさに支えられたフェイトさんは、身寄りのない子たちを保護することも厭わなくなった。エリオとキャロも、フェイトさんの優しさに触れて変わることができたといっても過言じゃない。
でもフェイトさんの葛藤が全部消えたわけではない。プロジェクトFがもたらした影響は、フェイトさんだけではない。
エリオもロックも、プロジェクトFによって生まれたクローンである。クローンという理由で迫害されたことで自分をコントロールできなくなり、怒りや悲しみを抑えきれなくなることもしばしば。
その「本物でない」ことへの葛藤は、クローンだけではない。戦闘機人をはじめとした、純粋な人間ではない人たちにのしかかる重圧となっている。
スバルさんもそのお姉さんのギンガさんも「タイプ・ゼロ」と呼ばれる戦闘機人。ナディアさんも、当初問題視されていた人体への機械移植を改造手術という手段でクリアし、そこから生まれた「タイプ・エス」に属する戦闘機人の1人である。
普通の人間でないことへのやるせない気持ち。それは普通の人間に属する私には分からないことかもしれない。でも、それでも理解したかった。
第一、カオスコアの擬態であるえりなにも同じことが言えた。カオスコア事件の最中、えりなは自分の中にあるカオスコアの人格と力に苦しむことになった。
それでもえりなは人間として生きようと心に決めて、この4年間、時空管理局の魔導師として活躍を続けている。
たとえ体が機械だったりクローンだったりしても、自分を支えてくれる仲間と心の強さを得れば、その人は人間として生きていける。
様々な想いを受け止めて、その気持ちをこれからを生きていこうとしている人たちに伝えているフェイトさんを、私は尊敬しています。
私たちと同じ、1人の純粋な人間として。
ヴィヴィオの遊び相手となっているなのは、アルフ、リッキー、ラックス、シルヴィア。その様子を、フェイト、ライム、ジャンヌ、明日香、フォルファが病棟の2階から見下ろしていた。
「ヴィヴィオ、元気が戻ってきているね。」
「今じゃレリックやスカリエッティたちに操られていたことでの後遺症は、今はほとんどなくなってるよ。」
フェイトの感嘆の言葉に、フォルファが微笑んで答える。だが徐々に彼の表情が曇る。
「あんな小さな子供を、兵器や野心のために利用するなんて、とても許されることじゃない。オレもママって叫んでるヴィヴィオの姿を見てた。オレだって気分が悪くなったんだ。お前やなのはは相当なもんだっただろ・・・」
「なのはも自分を抑えるのに必死でした・・もうこれ以上、あの子を危険に巻き込ませたくないです。あの子だけじゃない。たくさんの人たちを悲しませないためにも、私たちはこの仕事を続けていきます。」
フォルファの口にした言葉に、フェイトは率直に自分の心境を告げた。その決意はライム、ジャンヌ、明日香も同じだった。
そこへライムが真剣な面持ちになり、フェイトに声をかける。
「スカリエッティのヤツ、すごくお前に入れ込んでたみたいだね。」
ライムのその言葉にフェイトは困惑の面持ちを浮かべて頷く。
プロジェクト・フェイトの基礎はジェイルによって構築されている。そこからプレシアが完成させ、アリシアのクローンとしてフェイトが生まれた。
野心に満ちていたとはいえ、ジェイルの科学技術を高く評価する者も少なくない。
「プロジェクトFの最高傑作だとか、クローンだから間違いを犯すとか、好き勝手に言ってくれたもんだ・・」
ライムが言いかける言葉にフェイトが沈痛の面持ちを浮かべる。そんな彼女の両肩にライムが手を乗せてきた。
「だけど、僕にとっては、そんなことはどうでもいいんだ!僕は僕、お前はお前なんだから!」
「ライム・・・」
必死に呼びかけてくるライムに、フェイトが戸惑いの色を浮かべる。
「プレシアの娘だとか、アリシアのクローンだとか言う前に、お前はお前!フェイト・テスタロッサ!そして今は、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンだ!」
呼びかけるライムの言葉に、フェイトの心は大きく揺れていた。ライムが強く訴えていたのは、その人の確固たる存在。他の誰でもなく、その人自身ただ1人であることだった。
「誰だって間違いをしてしまう。僕だって今まで間違いだらけだった・・お前やなのは、みんながいてくれたから、そんな僕でも迷わずに自分を貫くことができたんだ・・・!」
「ライム・・・」
「エリオやキャロだけじゃない!もしお前が間違いをしたときには、僕がお前を止めてやる!首根っこを引っつかんででも、お前をこっちに引き戻してやる!その代わり、僕が間違いをしたときには、お前が僕を止めてくれ!全力で叩き伏せても構わない!」
ライムの心境を知って、フェイトは安らぎを募らせていた。
かつてライムはフェイトを憎んでいた。家族を壊された原因がテスタロッサにあったため、ライムはその娘であるフェイトに挑みかかった。罪の意識と悲しみに葛藤しながらも、フェイトは怒りに駆られていたライムを真正面から受け止めることを決めた。その優しさと向き合い、ライムはフェイトと分かり合うことができた。
以来ライムはフェイトとライバルとして認めるようになった。機動六課に身を置いていても、その意思は変わっていない。
今のライムの言動は、10年前に自分を受け止めてくれたフェイトの行為そのものだった。
「ありがとう、ライム・・私は信じる・・エリオとキャロの優しさを・・あなたの強さを・・私自身を・・・」
「お前には僕にはない強さがある・・僕にしかできないことを僕はやる。お前はお前にしかできないことを全力でやってくれ・・・」
感謝の言葉をかけるフェイトと、笑みを浮かべて頷くライム。2人は握手を交わし、互いの決意を確かめた。
たとえクローンであっても、限りある命であることに変わりはない。そのたったひとつの人生を精一杯生きることが、その人の存在を確立させることになる。
命の大切さと絆の強さを垣間見た明日香も、戸惑いを感じつつ決意を新たにした。
ヴィヴィオとの束の間の休息を過ごしたその日の夜、リッキーが医務官として、シルヴィアが通信オペレーターとして迎えられた。新たな仲間の出会いと再会に、隊員たちの士気が高まっていた。
それから明日香は宿舎の正面玄関にいた。彼女は星空を見上げながら、自分の気持ちを整理していた。
命の大切さと仲間や家族の絆。それがどれほど気高いものなのか、明日香には十二分に分かっていた。
そんな彼女のところへフェイトがやってきた。振り返った明日香が、戸惑いを浮かべる。
「フェイトさん・・・」
「少し、お話をしてもいいかな・・・?」
フェイトが微笑んで、明日香に声をかける。頷いた明日香の隣に、フェイトが立つ。
「あなたのことは聞いてるよ・・あなたも大変だったんだね・・」
フェイトが持ちかけた話に頷きながら、明日香は昔を思い返す。彼女の脳裏に数々の思い出が蘇る。
明日香も悲しい出来事を経験している。カオスコアによって両親を失い、兄はカオスコアの擬態だった。カオスコア事件の後、ひとりぼっちとなった彼女だが、えりなやリッキー、ラックスが手を差し伸べてきてくれた。
そして今、明日香はたくさんの仲間に支えられている。そのかけがえのない絆と優しさを胸に秘めて、それを後進の少年少女に伝えていきたい。それが明日香の、一途な願いだった。
「私とあなたは、似たもの同士かもしれないね・・」
「似たもの、ですか・・・」
フェイトがかけた言葉に明日香が当惑を見せる。
「家族でいろいろあって、それでもたくさんの人に支えられてる・・その気持ちを大事にしていこうと、一生懸命になってる・・・」
「フェイトさん・・・そうですね・・そうかもしれませんね・・・」
フェイトが語りかけた言葉に明日香が微笑んで頷く。そして明日香は、自分の気持ちを正直に告げた。
「私、フェイトさんをうらやましく思います。フェイトさんは執務官として、高いレベルの魔導師として活躍しているだけでなく、身寄りのない子供たちを保護することも厭わない。エリオやキャロも、あなたに保護されてこの機動六課に来たのですよね?」
「そんな大したことじゃないよ・・私のように、親も家族もいない子たちを放っておけないだけ・・リンディさんが私にしてくれたことを、私は他の子たちにしてあげてるだけ。エリオのときだって、キャロのときだって・・」
「あなたはそう言いますけど、普通はできないことですよ。リンディさんの行為も、あなたの行為も・・私にも、その行為のできる勇気と優しさを持ちたいです。不幸になっている子を、幸せにして上げられる強さを持ちたいです・・」
「明日香・・・」
明日香の切実な気持ちを聞いて、フェイトが戸惑いを見せる。彼女は自分と明日香が似たもの同士であることを、改めて思い知らされたのだった。
フェイトは微笑むと、明日香の肩に優しく手を添えた。
「あなたにもちゃんとあるよ。悲しい思いをしている子たちに幸せを上げられる勇気と優しさ、心の強さを。私には分かる・・」
「フェイトさん・・・」
「あなたもいつか、私が経験してきた出会いと、かけがえのない時間を過ごすことになる。それがあなたもあなたと出会う子たちも大きく成長していく・・私は、あなたを信じてるから・・・」
「フェイトさん・・・フェイトさん・・・」
フェイトに励まされて心を揺さぶられた明日香。安らぎを募らせた彼女の眼から涙があふれてきた。
「私もみんなを守りたい・・周りにいる人たちだけでなく、悲しみを抱えている人たちに救いの手を差し伸べたい・・喜びや悲しみを分かち合いたい・・・」
「あなたならできる。私も願ってるから・・・」
決意を口にした明日香にフェイトが優しく答える。喜びと悲しみをこらえることができなくなり、明日香はフェイトにすがりついた。
辛く悲しい過去を経験しているから、優しさと勇気を持てる。それらが今の自分を形成している。
これらの気持ちを胸に秘めて、フェイトと明日香は改めて決意したのだった。
ミッドチルダ首都、クラナガンに点在している部署。その奥の部屋にいる青年が連絡を取っていた。
神楽(かぐら)ユウキ。時空管理局一等陸佐。なのはやはやての知人で、彼女たちとの交流も続いている。
ユウキは「三種の神器」のひとつ「シェリッシェル」の使い手で、「三種の神器事件」の当事者である。管理局から出された保護観察を断り、彼は事件の罪の償いのために刑務に服した。
その後ユウキは管理局に関わる多くの資格を取得。10年間で一等陸佐にまで上り詰めるという快挙まで挙げた。
ユウキははやてと連絡を取っていた。内容は彼が指揮する部隊に関することだった。
「いきなりで悪かったな。君もいろいろと大変だっていうのに。」
“そんなん気にせんでええって。あんまり暇になっちゃうと、逆に困っちゃうから。”
ユウキがかけた言葉にはやてが笑顔で答える。ユウキはこれまでの出来事と思い出を思い返して、話を続ける。
「いろいろあったな、この10年で・・少し前に起こったレリック事件だけじゃなく、10年前の三種の神器事件が昨日のことのように思えてくる・・」
“ユウキさん・・・”
ユウキが口にした言葉にはやてが当惑を見せる。三種の神器事件は、ユウキにとって悲しみの連鎖ともいえた。
かつてのユウキの親友、京野庵(きょうのいおり)。三種の神器事件の大敵、ヘクセスに仕えていた庵は、ユウキやなのはの呼びかけに耳を貸さず、異空間に身を投げた。親友を救えなかったことで生じた心の傷を、ユウキはこの10年間、ずっと抱え込んでいるのだ。
2度と繰り返したくない。この悲しみを他人に味わってほしくない。それがユウキの願いであり、決意だった。
「あ、悪かったね。しんみりさせるようなこと言っちゃって・・」
“そんなことないて。慣れっこっていうたら、滅入っちゃうけど・・・ところで、用事って何です、ユウキさん?”
「あぁ、そうだったな・・実はこっちの部隊でちょっと厄介なことが起きちゃってな・・」
“厄介なこと?”
「こっちの部隊に仁美がいることは知ってるよな。」
ユウキの言葉にはやてが疑問符を浮かべながら頷く。
京野仁美(きょうのひとみ)。時空管理局航空魔導師であり、庵の妹。2年前にユウキと婚約し、現在も彼と同じ部隊で活躍している。
「仁美、妊娠しちまって、産休で部隊から外れることになってな・・それでそちらと同じ、人員不足という事態になってしまったわけ。」
“そうやったの。嬉しいやら大変やら・・せやけど、うちも人員不足は否めへんし・・”
「そこで局長に言われたことなんだけどな、そっちと教導任務を張るという案を出されたんだ。表向きには個別のままなんだけど、一緒に任務をこなすことになる。」
ユウキが提示した話にはやてが考え込む。その内容は実質的に、2つの部隊の一時統合だった。
双方の部隊の人員不足が改善されれば、その統合は解消されることになる。考えあぐねたはやてだが、微笑んで頷いた。
“私個人としてはいいけど、なのはちゃんたちがどう言うか・・”
「なら、合同練習ということで、オレたちがそっちに出向くよ。なのはちゃんたちが鍛えてるルーキーたちの力量も把握しておく必要もあるからね。」
“コマンダー・ユウキ、ひとつ訂正させてもらいます。彼らはもうルーキーじゃないです。立派な「ストライカー」です。”
「そうか・・それは悪かったな・・・」
はやてが言いかけた言葉を聞いて、ユウキが苦笑を浮かべて謝る。
機動六課とは別に、次元世界の平和と安定のために奮起した部隊。ユウキが発足、設立させた部隊。
特別捜査部隊「デルタ」が今、新たな出発の幕を開けようとしていた。
次回予告
この10年で見てきた管理局。
大きな影響力がある分、問題点も多い。
解決するまで待っていては何も変わらない。
だからオレたちも歩き出したんだ。
新しく生まれた部隊として・・・
明日に向かって、テイク・オフ!